9 増える店と増える常連
「師匠」
『なんですか』
「……増えてますね」
『増えてますね』
俺と師匠は今、店の奥を見つめていた。
親方達が帰り、後片付けを終えたあとだった。
師匠は天界から、戻ってくるなり――
『アイ・アム・チャンピオン!』
と、なぜかトロフィーを掲げながら帰還。
何に勝利したんだこの人。
その後、店を掃除して、さて風呂でも入るかとキッチン奥の扉を開けた瞬間。
俺達は固まった。
「……家の構造、変わってません?」
慌てて外へ飛び出す。
だが外観はいつものままだ。
後ろ半分が巨大なクリスタルに埋もれた建物。見慣れた店。何も変わっていない。
しかし、再び中へ戻ると――やはり違う。
増えている。
明らかに。
「これ、別空間に繋がったとかじゃ……」
『見覚えのある部屋もありますね』
俺と師匠は顔を見合わせ、そのまま恐る恐る探索を始めた。
完全にホラーゲームの導入である。
「これ、師匠の仕業じゃ」
『そんなわけないでしょう。さっきまでバトルロイヤルしてたんですよ。そんな余裕ありません』
「余裕あればできるんだ……」
『今回は何もしてません』
今回は、って言ったな今。
一階には元々、キッチン、トイレ、風呂場、倉庫しかなかった。
なのに今は、事務室らしき部屋があり、応接間っぽい部屋まである。
さらに小さな庭。
庭?
なんで?
しかも普通に落ち着く感じの庭。
意味がわからない。
二階も変わっていた。
リビングは広くなり、部屋が増え、トイレまで増設されている。
しかも俺と師匠の部屋。
道路沿い、カウンター席の真上あたりにあったはずなのに、いつの間にか一番奥へ移動していた。
「師匠……」
さすがに不安になり、助けを求めるように見る。
だが師匠は珍しく少し黙り込んでいた。
『……まあ、悪意は感じませんし、大丈夫でしょう』
軽い。
軽すぎる。
『考えても仕方ありません。お風呂入って休んでください。明日も朝早いですよ』
そう言って、いつものように突き放す。
「いやいやいや、もっとこう、原因究明とか――」
『調べときますから』
その一言で、結局黙るしかなかった。
師匠を信じるしかない。
俺はドナドナされる家畜のような気分で風呂場へ向かった。
そして翌朝。
一階へ降りて、さらに絶句した。
「増えてる……」
客席部分が広くなっている。
昨日までカウンター席しかなかった空間に、テーブル席を二、三卓は置けそうな余裕ができていた。
『どうやら、このお店……なんらかの力で進化してますね』
師匠がどこか楽しそうに呟く。
『初めてですよ。進化する家なんて。やりましたねヴァルナさん』
「やりましたねじゃねぇよ!」
理由不明で家が進化するとか怖いわ!
『日頃の私のおかげですね』
「ねぇ師匠、原因わかったの? 教えて?」
『きりきり働かないと、お店が大きくなった分、掃除も増えますよ? 自由時間なくなりますよ?』
「鬼か!」
『はい』
認めた。
こうして、いつも通り修行が始まった。
そして今日から、俺は自主的に始めた事がある。
《紅茶》だ。
今の俺の紅茶はインチキだった。
わずか数回淹れただけでレベル7。
でも、あれは俺が淹れた気がしない。
スキルが勝手に最適化しているだけだ。
それじゃ駄目だ。
こんなんでアンリ先生に紅茶を出したくなかった。
だから、パン作りを終え、店の前を掃除し、親方達が来る前の時間を使って、ひたすら紅茶を淹れる練習を始めた。
もしまた来てくれるなら。
今度は、もっとちゃんと。
スキルじゃなく、“俺”が淹れた紅茶を飲んでほしい。
とはいえ、来るわけないだろう。
アンリ先生は豪快だったが、常識人っぽかったし、ミレディさんもいた。
まだ看板も掲げていない。
正式開店すらしていない。
そんな店に何度も来るはずがない。
来るのは飲兵衛親方達くらいだ。
ちなみに、昨日の高級茶葉と高級ティーセット。
師匠に聞いたら、
『知りません』
で終わった。
怖い。
あと天界から『紅茶』注文の紙が乱舞したのは言うまでもない。
あの紙、どこから降ってきて、どこへ消えてるんだろう。
そんな事を考えているうちに、いつもの時間になった。
店の扉が開く。
親方達だと思い、反射的に口を開く。
「いらっしゃいませー」
「うむ、邪魔をする」
――アンリ先生とミレディさんだった。
「店主、モーニングを。それと飲み物は紅茶で」
当然のように言った。
当然のように席へ座った。
えっ。
なに?
あなた達も飲兵衛親方側の人種なの?
アンリ先生は、完全に常連の動きで椅子へ座る。
ミレディさんも一瞬申し訳なさそうな顔をしたが、結局その隣へ座った。
「私も姫様と同じもので」
呆然としている俺に、アンリ先生が不思議そうに首を傾げる。
「どうした店主?」
「い、いえ……今日も来ていただけるとは思ってなくて」
「うむ。ちょうど良い位置にこの店があってな」
そう言って、アンリ先生は満足そうに腕を組む。
「朝起きて運動がてら歩き、学園へ向かう途中、丁度腹が減る頃にこの店がある。これから毎日来るぞ」
毎日。
さらっと恐ろしい事を言った。
いや、ここ立ち食い蕎麦屋じゃないんですが。
「姫様、そんな事を言うと、朝食を食べる暇もないほど忙しいのですねと、涙して見送ってくれた“爺や”が本当に泣きますよ」
ミレディさんが静かに突っ込む。
そうだぞ、爺やが泣くぞ。
俺だって泣きたい。
まだ紅茶修行終わってないんだ。
来るなら正式開店してから来てください。
でも――
アンリ先生の笑顔を見ると、つい嬉しくなってしまう。
結局、俺はモーニングセットを丁寧に仕上げ始めていた。
飲兵衛親方達に出す時より、明らかに盛り付けが丁寧だ。
いや、別に差別じゃない。
なんかこう……絵になるのだ。
二人が優雅に朝食を取っている姿が。
ぼーっと眺めていると、
『手が止まってますよ』
ぐいっと髪を引っ張られた。
「痛い痛い痛い!」
修行。
修行である。
そんな二人が食事を終えかけた頃。
店の扉が再び開いた。
ようやく来たか飲兵衛親方達。
……と思ったが、今日は少し遅い。
「おおおう、待たせたな!」
赤毛親方が豪快に入ってくる。
「開店後なら待ってますよ」
「……」
あれ。
茶毛親方の元気がない。
何かあったのか?
二人は自然にいつもの席へ座る。
俺もいつものように料理を出す。
別に諦めたわけじゃない。
流れだ。
これは流れなんだ。
すると赤毛親方が、ぽりぽりと頭をかきながら言った。
「実はのう。昨日、そっちの二人が代金払っとったろ?」
「はい」
「そこで気づいたんじゃ」
赤毛親方は満面の笑みで言った。
「わしら、一度も払っとらんかったなって!」
ガハハハハ!
豪快に笑う。
いや、笑い事じゃない。
ようやく気づいたのか。
「別にいいですよ。まだ店も開いてないですし。修行兼まかないみたいなものですから」
「そうはいかん」
赤毛親方は真面目な顔になった。
「食った分は払う。それが筋じゃ」
そう言って、長細い箱を差し出してくる。
「なんですこれ……開けても?」
頷く。
恐る恐る開けると――
「……っ!」
一振りの包丁。
素人の俺でも分かる。
これはヤバい。
ただの包丁じゃない。
《料理鑑定》が全力で騒いでいる。
「本当は希少金属でも使いたかったんじゃがな。手元になくてのう。鋼製じゃが、良いもんじゃぞ」
良いもの?
いや、これ絶対国宝級では。
証拠にミレディさんの目が見開いている。
「ありがとうございます赤毛親方! 一生物ですよこれ!」
思わず頭を下げる。
ミレディさんが呆然と呟く。
「スミズル殿の直打ち……いったいどれほどの価値が……」
やっぱりとんでもないやつだこれ。
すると今度は茶毛親方が、どこか申し訳なさそうに言った。
「すまんの店主」
「え?」
「ワシは家具とかは得意なんじゃが、鍛冶は苦手での。役に立つ物作れんで」
そう言いながら、キッチンをちらりと見る。
ああ。
あのキッチン、師匠製だからな。
「気にしないでくださいよ。茶毛親方、気持ちだけで十分ですって」
笑いながら、焼き鳥を差し出す。
「ほら、これ初出しですよ。焼き鳥。タレと塩どっちが好きか教えてください」
すると茶毛親方の顔が少し明るくなった。
よかった。
……と思った瞬間。
「ふむ、良いものじゃな」
いつの間にかアンリ先生が包丁を持ち、店内で試し振りしていた。
「我も一振り欲しいの」
「それ包丁です!!」
なんで戦闘フォームなんですか。
しかもミレディさんまで、受け取った包丁をうっとり眺めないでください。
あなた唯一の常識枠でしょう!?
「この波紋……さすがスミズル殿。アダマンタイトの剣を打っただけはある」
えっ。
赤毛親方、そんなレジェンド級職人なの?
俺、毎日“飲兵衛親方”って呼んでたんだけど。
するとアンリ先生が、ふと店内を見回した。
「しかし店主。今気づいたが、店こんなに広かったか?」
「……あー、実は朝起きたら増えてまして」
説明不能である。
当然、アンリ先生とミレディさんの視線が痛い。
俺は誤魔化すように言う。
「テーブル席置けそうなのに、テーブルも椅子もなくて困ってるんですよねー」
ガタッ!
突然、茶毛親方が立ち上がった。
「そうかそうか!」
なんか目が輝いてる。
「店主! 後で来る焼き鳥、その時大量に頼むぞ!」
そう言い残し、勢いよく飛び出していった。
何が始まるんだ。
残された赤毛親方は笑いながら焼き鳥を食べている。
それ茶毛親方の分なんだけど。
そして――
「姫様、そろそろお時間が」
「うむ、そうか」
アンリ先生が立ち上がる。
「では店主。我も仕事帰りに寄るから、焼き鳥頼むぞ。我はつくねが好きじゃ」
……夜も来るの?
そして来た。
本当に来た。
夜。
夕方頃、茶毛親方が弟子らしき人達を引き連れて戻ってきた。
運び込まれたのは、見事なテーブルと椅子のセット。
職人仕事丸出しの逸品だった。
感動している暇はない。
設置された瞬間。
飲兵衛親方達。
アンリ先生。
ミレディさん。
全員が当然のように座った。
しかも。
カウンター席から勝手に料理を持っていき、宴会を始めやがった。
さらにミレディさん。
どこからともなくワイングラスとワインを取り出し、
「助手のたしなみです」
とか言い始めた。
まともな人がいない。
俺は涙目になりながら、ひたすら焼き鳥を焼き続ける。
タレを塗る。
ひっくり返す。
焼く。
また焼く。
なお、塩を振らなくても。
その日の焼き鳥は、きっと十分しょっぱかったに違いない。
師匠のニューワールド講座⑤
名工と逸品について
「師匠、赤毛親方にもらった包丁、本当に凄いですね」
「《料理鑑定》なしでも、なんか……こう、只者じゃない感じがします」
『そりゃ名工の品ですから』
「やっぱりドワーフ製だからですか」
『それもあります』
『名工はドワーフだけじゃありません』
『エルフ、古き小人族ドヴェルク、鬼人……色々います』
「へぇ」
『エルフの品は大自然の属性が乗りやすい』
『ドヴェルクは神秘寄り』
『鬼人製は、とにかく壊れません』
「雑な俺向きだ」
『そしてドワーフ製』
『芸術性と実用性、その両立に優れます』
『逸品が多い』
「さすが赤毛親方」
『だから』
『ドワーフが、あなたのために打った逸品』
『大事にしなさい』
「はい。一生物です」
『なくしたらピーします』
「最後怖い!」
『あと』
「まだあるんですか」
『包丁で薪割りしないように』
「しないよ!?」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




