8 姫騎士と紅茶
増えた。
正式開店前なのに、お客様が。
しかも倍。
二人の親方の後ろに立っている女性を見て、俺は思わず固まった。
どこかで見た事がある顔だ。
とても美しく、気品のある顔。
どこだったか。
思い出せそうで思い出せない。
すると赤毛親方が豪快に笑った。
「おお、すまんの店主!」
「来る途中で腹を空かせた顔して歩いとる知り合いに会うての!」
「つれて来てしもうたわ! ガハハハッ!」
ガハハハッじゃねえよ。
一杯一杯って言ったでしょ。
茶毛親方も当然のように続ける。
「ほらほら、立ち話もなんじゃ」
「座れ座れ」
茶毛親方。
あなた、赤毛親方を止めてるようで、一番ひどいですよね。
二人の女性は席に着く前から、くまなく店内を見回していた。
まだ開店準備中。
内装だって途中だ。
そんなに見られると恥ずかしいんですが。
特に赤毛の女性。
……なんか、俺の頭の上見てない?
もしかして。
最近、師匠に髪を引っ張られてるから。
抜けてる?
薄くなっている?
イテッ。
『毛根ごと抜きますよ』
本当にやめてください。
勝手知ったる様子で、いつもの席へ座る親方達。
赤毛親方が、女性達へ手を振る。
「ほれ、お主らも立っとらんで座らんか」
「姫も、お付きも」
姫。
その言葉に、女性の眉がぴくりと動いた。
「スミズル殿」
強い口調だった。
……しかも姫?
本物?
やば。
茶毛親方が慌てて笑う。
「違う違う!」
「こ奴、“姫騎士”って呼ばれておってな!」
「美人じゃろ? あだ名じゃあだ名!」
――姫騎士。
その瞬間、記憶が繋がった。
あっ。
あの時の。
街道で俺を囲んだ騎士だ。
やばい。
バレた。
捕まる。
『大丈夫ですよ』
『あの時の記憶も痕跡も完全に消しました』
『いくらハイ・エルフでも覚えていません』
本当?
本当に信じるよ師匠?
あんな怖い思い、もう嫌だからね。
茶毛親方は気にした様子もなく続ける。
「一応、良い所の出でな」
「“良い所の義務”で衛兵みたいな事をしとるんじゃ」
「その時についたあだ名じゃ」
「普段はなんじゃったか……そうそう、学園の教師じゃったかな」
すると姫騎士様が静かに訂正する。
「帝国学園の教授です、トレース殿」
「学校の教授ですか、凄いですね」
素直に感心すると、彼女は肩をすくめた。
「何、たいした事ではない」
「学園へ通うのに歩いている程度だ」
「気にするような身分ではない」
なるほど。
家が騎士の出とか、そういう感じか。
貴族階級の末端。
家の義務として騎士活動をしつつ、教授業をしているのだろう。
……凄いな。
俺なんて、この店だけでいっぱいいっぱいだ。
「あっ、本当に立ちっぱなしもあれなんで、どうぞお座りください」
「ええと……なんてお呼びすれば」
「姫騎士様? 教授?」
席を勧めながら聞くと、彼女は少し意外そうな顔でこちらを見る。
その瞬間。
「貴様、無礼な!」
もう一人の金髪女性が、勢いよく剣を抜いた。
えっ。
なに。
もしかして本当に姫様なの?
偉い人なの?
「やめないか、ミレディ」
「剣を収めよ」
姫騎士様が静かに制止する。
「しかし――」
「収めよと言っている」
低く通る声。
ミレディと呼ばれた女性は、渋々剣を収めた。
だが。
目が怖い。
完全にこちらを射殺す目だ。
そんな俺達を、酒の肴にしているのか。
親方達は大笑いしながら酒を飲んでいる。
「赤毛親方! 茶毛親方!」
「酒飲んでないで助けて下さい!」
「お二人の紹介でしょう!?」
助けを求める。
ねぇ。
笑ってないで。
飲んでないで。
すると姫騎士様が、不思議そうに聞いてきた。
「店主よ」
「そなた、スミズル殿とトレース殿を“赤毛親方”“茶毛親方”と呼んどるのか?」
「ええ」
「まずかったですか?」
「一応、許可は貰ってますし」
「その……ただの飲兵衛親方ですよ?」
――だぁははははは!
次の瞬間。
姫騎士様が腹を抱えて笑い始めた。
しかも机を叩きながら。
ちょっ。
カウンターがミシミシ言ってるんですが。
やめて。
壊れるから。
ひとしきり笑ったあと、彼女は涙を拭いながら呟いた。
「そうか……ただの飲兵衛親方か」
でしょう?
朝から晩までずっと飲んでますよ。
「そうだな」
「ただの飲兵衛だ」
彼女は楽しそうに笑う。
「決めた」
「我も今から“赤毛親方”“茶毛親方”と呼ぼう」
「のう、赤毛親方に茶毛親方」
赤毛親方は酒を飲みながら肩をすくめる。
「好きにせい」
茶毛親方も頷いた。
「今更じゃろうに」
すると姫騎士様は、こちらへ身を乗り出した。
「よし店主」
「我の事は“アンリ”と呼ぶがよいぞ」
「アンリ、と」
「姫様、それは!」
ミレディさんが慌てる。
だがアンリさんは気にした様子もない。
「よいではないか」
「こちらはミレディじゃ」
「我の副官というか、学園での助手をしておる」
「気にするな」
「少し真面目すぎるだけだ」
「昔から傍におって、面倒を見てくれておる」
するとミレディさんが疲れた顔で言った。
「姫様が自由すぎるのです」
ああ、なるほど。
騎士家に仕える従者の家系とか、そんな感じか。
だから姫様呼び。
……なんだ。
本物の姫様かと思った。
「じゃあアンリさん――」
ひぃぃぃっ。
また睨まれた。
怖いよミレディさん。
「アンリ先生、ミレディさん」
「どうぞ」
「すぐに素人料理ですけど、出しますので」
二人を席へ案内し、用意していたモーニングセットを出す。
一瞬2人の目が光った気がした。
飲み物は……コーヒーしかない。
いや待て。
酒じゃないよね?
親方達と仲良さそうだけど、酒飲み仲間ではないよね?
「ええと、お飲み物はコーヒーでいいですか?」
「すぐ出せるのがそれしか――」
「ふむ、コーヒーか」
アンリ先生は顎に手を当てた。
「嫌いではないが、我は紅茶派でな」
「紅茶はないのか?」
紅茶。
あったかな。
「少しお待ちを」
すると親方達がすぐに騒ぎ出した。
「なんじゃ紅茶じゃと!」
「そんな味もせんもん飲みおって!」
「そうじゃそうじゃ!」
「似合わんぞ!」
「そんな上品なもん、ちぃーとも似合わん!」
「初対面の店主の前で格好つけとるのか!」
ガハハハッと笑う親方達。
すると。
アンリ先生が静かに立ち上がった。
……先生?
次の瞬間。
壁へ向かってシャドーボクシングを始めた。
あっ。
かかと落とし入ってる。
「よし、準備はできた」
「表へ出ろ、相手してやる」
騒ぎ始めたので、俺はそっとキッチンへ戻った。
付き合ってられん。
それにしても綺麗な人だ。
勝気で。
さばさばしていて。
気持ちの良さそうな人だ。
ミレディさんは怖いけど、なんか苦労してそうだな。
少しおまけしてやろうかな。
……はぁ。
俺もあと三十歳若ければ。
『ぷっ』
『彼女いない歴=年齢のヴァルナさんには無理じゃないですか』
「そ、そんな事ないぞ!」
「俺だってやる時はやるぞ!」
『でも、一度も彼女いませんよね』
プ、プライバシー侵害だ!
「そういう師匠はどうなんです!」
「彼氏さんとか――」
『師匠・スーパー・キッーーーク』
痛い!
吹き飛んだ!
ほら、冷蔵庫の扉へこんでるじゃないですか!
ねぇ師匠!
死んじゃうよ!
『丈夫な身体をくれた女神様に感謝するんですね』
うぉお。
今日、いつも以上に怖い。
そして毎度のごとく天界から紙が舞い降りる。
『仕事と結婚した女』
『鉄女』
『お局』
『歩く地雷原』
『天界最終防衛線』
あのう。
煽るのやめてくれません?
師匠の圧が。
『ちょっと行ってきます』
その言葉と共に、師匠が消えた。
助かった。
多分、天界だろう。
俺は冷蔵庫にぶつけた頭をさすりながら、紅茶を探す。
「あった」
食品棚の奥。
やけに立派な箱が置かれていた。
しかも、妙に高級そうなティーセットまである。
……こんなのあったっけ。
まあいい。
師匠が仕入れてくれたのだろう。
箱を開けた瞬間。
《紅茶》
表示が浮かぶ。
……ん?
何か違う。
《紅茶》0/1
なんだこれ。
恐る恐る淹れてみる。
《紅茶2》0/1
えっ。
なんだこれ。
今までこんな事なかったぞ。
だが、せっかく淹れるのだ。
どうせなら美味しい方がいい。
レベル1より、2の方が――
《紅茶7》0/10000(あとは要努力)
なんだよこれ。
まじで誰かの意思働いてない?
師匠の言う“世界の意思”ってやつか?
訳わからん。
だが、不思議と分かる。
分かるけど、説明できない。
紅茶の知識が頭へ流れ込み、体が自然と動く。
何が最適解か理解できる。
面白い。
凄く興味が湧く。
レベル7の紅茶って、どんな物なんだ。
喜んでもらえるのか。
俺はスキルを信じ、スキルに従い、紅茶を淹れた。
今出せる、最高の一杯を。
紅茶の香りに釣られたのか。
暴れていたアンリ先生が、ぴたりと止まり、こちらを見る。
そして小さく呟いた。
「……ほう」
静かにカップを手に取り、一口。
「あっ、ミレディさん」
「あなたの分もありますよ」
見れば分かる。
暴れるアンリ先生を止めるの、大変でしたよね。
どうぞ。
二人は黙って紅茶を飲む。
まるで芸術作品でも鑑賞するように、優雅な所作だった。
店内が静かになる。
そして。
カップをソーサーへ置く音だけが響いた。
「姫様……これは」
「うむ」
アンリ先生は目を細める。
「飯はともかく、紅茶はいけるの」
……やはり飯はまだ素人ランクか。
すると赤毛親方が身を乗り出した。
「なんじゃ、そんなにうまいんか?」
「店主、わしらにも一杯くれんか」
言われて、親方達にも出す。
赤毛親方は一口飲んで頷いた。
「うむ」
「容器は立派じゃが、味はさっぱりじゃ」
ドワーフにはレベル7でも通じなかった。
……と思ったら。
茶毛親方が呆れた顔をする。
「なんじゃお主」
「この香りと喉ごしが分からんのか」
「もったいないのう」
いや。
茶毛親方。
一口飲んだ後、ブランデー入れましたよね。
かなり大量に。
もうそれブランデーですよね。
紅茶じゃないですよね。
「これだから飲兵衛は」
アンリ先生が呆れたように言い、また騒ぎ始める。
だから。
この場の誰も気づかなかった。
天界へ行ったはずの師匠ですら。
店の奥の部屋が、一瞬だけ淡く光った事に。
スミズル殿とトレース殿に紹介された店で朝食を終え、学園へ向かう。
皇宮を出た後。
考え事をまとめたくて、無理を言って歩いていた所で、あの二人と出会った。
「朝食がまだなら良い店がある」
そう言われて連れて行かれた店。
ふむ。
味はまだまだ。
だが、良い店だった。
しかし。
我の事を知らんとは驚いた。
「姫様、あのお店はいったい……」
「それに、あの紅茶の味」
ミレディが真剣な顔で問う。
「ああ」
「茶葉や茶器も、なかなかの物だった」
「しかも、あの手際と味」
「母上の筆頭女官長ほどではないが、それに近い物があった」
そう。
あれはおかしい。
あんな所にいて良い人材ではない。
紅茶だけで、身元さえクリアできれば、皇宮勤め出来る腕だった。
「……スカウトしますか?」
「いや、やめておこう」
アンリは静かに首を振る。
「そなたには見えなんだか?」
「どこの神かまでは分からんが、店主についておったぞ」
「御使いが」
「なっ……では、あの者は――」
「さあな」
「邪神どもの者ではなかった」
「それなら、あの飲兵衛達が騒いでおろう」
「『大地母神』様の御神像もあったし、おそらく様子見じゃ」
そう言って、アンリは大きくため息をついた。
「それより」
「今日もあの悪ガキ共――勇者達の相手かと思うと、頭が痛いわい」
師匠のニューワールド講座④.5
ドワーフはなぜ酒がやはり無限に出るのか
「前回終わりませんでした?」
『補講です』
「あるんだ」
『あります』
『ドワーフに酒は水と同義です』
「同義ってなんですか」
『文化です』
「雑!」
『あと鉱石の話をさせると止まりません』
「確かに」
『“ミスリルなんて普通じゃろ”とか言い出しても』
「どうするんです」
『盛ってると思ってください』
「本当に盛ってる?」
『多分』
「多分!?」
『飲兵衛の昔話には国家予算級の話が混ざります』
「こわい」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




