7 誰にも教えるもんか
皆さん、ドワーフと聞いて何を思い浮かべますか。
樽体型。
バトルアックス。
ひげ。
手先が器用。
伝説の鍛冶師。
そして――酒。
そう、酒だ。
俺は知っていたはずだった。
ドワーフが究極の吞兵衛種族だという事を。
初めて赤毛親方と茶毛親方が来店した時。
あれは朝食前だった。
そして気づけば、外には夜空と月が出ていた。
まあ、その時は喜んだよ。
「異世界だ! ドワーフだ!」
って。
でも、連日ってどうよ。
毎日毎日、来るんですけど。
おかげで色んなレシピが増えたよ。
しかし、レシピ量が増えた分、一つ一つを作る回数は減る。
殆どがまだレベル1だ。
あと天界。
ねぇ。
ここ食堂だけど。
天界の食堂じゃないの。
しかも食事って、嗜好品や趣味じゃなかったの。
これ毎回、普通に注文してるよね。
しかも、
『ダイエット中、糖分控えめで』
とか。
『野菜キライ、肉多めで』
とか。
腹立ったので、“肉無・野菜炒め”送ってやった。
師匠に文句を言うと、
『何を言っているんですか』
『人間、生きていくには先立つ物が必要なんですよ』
『そこら辺の主婦にも負ける腕前で、こんなにお客さんいて、お金を稼げるんですから感謝しなさい』
と言われた。
さらに。
『あと、お店を開いたら連日お客さんが朝から晩まで来るんです』
『今のうちに慣れておきなさい』
とも言われた。
師匠。
正論キックって効くんです。
止めて下さい。
だが、収穫はそれだけではない。
ここに来て四か月。
引きこもっていた俺にとって、赤毛親方と茶毛親方の話は良い情報源だった。
勇者召喚をしたのは、どこぞの貴族だとか。
大量に召喚された勇者達のうち、何人かが姿を消しただとか。
それを手引きした外国勢力がいるだとか。
残った勇者達にこの世界の常識を教えるため、帝国学園に入学させただとか。
その勇者を手に入れるべく、ハニートラップ要員が国内外から集まっているだとか。
……止めてくれません?
勇者関係のフラグが立ちそうな情報ばかりなんですが。
他は、この店の南と西側の再開発の話くらいだった。
そんな毎日を過ごしていて、ふと思う。
よくこの体、壊れないなと。
以前の俺なら、とっくに根を上げていただろう。
『何のために健康な体にしてもらったんですか』
『それに慣れですよ、慣れ』
身も蓋もない事を言われた。
おかげで、味はともかく。
注文の量だけはこなせた。
そしてある日。
師匠が突然言った。
『明日から、日中は市場へ行きますよ』
『親方達にも言っておいてくださいね』
……遂に。
外出解禁だ。
まだ料理スキルレベル2になってないけど、親方達が毎日来るせいで、
“ちゃんと仕入れもしている店”
に見えないと困るらしい。
なので予定変更との事だった。
俺にとっては願ったり叶ったりだ。
「おお、いいぞ」
「ここで勝手に飲んどるから」
赤毛親方。
実にドワーフらしい思考だ。
すると茶毛親方が眉をひそめる。
「さすがにそれはいかんじゃろ」
おお、まともだ。
「店のもんがおらんのに居座るのは」
まともだった。
……一瞬だけ。
「だから、日中は現場へ行って若いもんの様子でも見て、軽く汗を流してから戻って来ればよい」
「労働の後の酒はうまいぞ」
ここで飲むのは変わらんのか。
さすがドワーフ。
「師匠、天界の方はいいんですか?」
すると師匠は当然のように言った。
『出かける前に大量に作っておきなさい』
『レンチンで十分です』
すると、すかさず紙が降ってくる。
『横暴だ』
『出来立てを』
『酒』
『おみや期待』
等々。
ええい。
うちは酒はやらん。
俺は飲めないんだ。
店に置く予定もない。
それに昼飯だろう。
……もしかして天界にもいるのか。
ドワーフ。
そして俺は、明日の外出にワクワクして眠れなかった。
結果。
パン作りのための早起きに寝坊した。
師匠にベッドから蹴り落とされた。
『師匠キッーーーク』
理不尽である。
朝と午前の修行を終え。
大量に作った料理を天界へ納め。
朝から飲んでいた親方達を見送ったあと。
いよいよ市場へ出発となった。
帝都へ来た初日以来の観光だ。
とにかく広い、帝都。
道に迷わないよう、大通りだけを通る。
歴史ある巨大都市だけあって、脇道に入ると地元民ですら迷う事があるらしい。
治安は良い。
だが犯罪ゼロではない。
『お上りさんは気をつけるように』
と、頭の上の師匠から強く言われた。
――この時。
ただ俺を心配していただけではなく、もう一つ理由があった事を知るのは、ずっと後の話である。
昔。
初めての海外旅行で、一人で歩いて道に迷い、危険地区へ迷い込んだ事を思い出す。
……気を付けよう。
大通りだけあって、人込みが凄い。
どこもかしこも活気がある。
きっと良い政治をしているのだろう。
みんな笑顔だ。
だが、時折聞こえてくる不穏な噂。
親方達から聞いた通り、勇者関係の話。
隣国の不穏な動き。
この街の人達の笑顔が曇るような事は、起こって欲しくないなと思った。
帝都には幾つもの市場がある。
市場ごとに売っている物も違うらしい。
今日来たのは、食料品を主に扱っている市場だ。
でかい。
端から端まで歩くだけで、一日が終わりそうだ。
『いいですか、ヴァルナさん』
『今日は見学です』
『どこに何が売っているか』
『市場とはどんな所か』
『なんとなくでいいので体験してください』
『ただし』
『常に《料理鑑定》を意識して使い続ける事』
『まだレベルが低いから、名前くらいしか分からないでしょうが、《洗浄》と同じです』
『ひたすら使用してレベル上げです』
『そして詳しい内容や評価が出てきたら、同じ物でもなぜ評価が違うのか分かるようになるまでが、ここでの修行です』
……難しくない?
すると師匠はさらに続ける。
『あと、《料理鑑定》を使っているのがバレないようにしてください』
『使われるのを嫌う人もいますから』
『まぁ大体そういう人は、誤魔化しているか、品物に自信がある人です』
『見分けるのも修行ですね』
それ本当に難しくない?
《料理鑑定》を隠すのも。
人を見るのも。
『慣れですよ、慣れ』
出た。
いつものだ。
解せぬ。
師匠を頭に乗せたまま、市場を進む。
色んな種族。
色んな民族衣装。
売る側も買う側も、本当に多種多様だ。
とても新鮮だった。
売っている品物も、見た事ある物から全く知らない物まで様々。
《料理鑑定》では、まだ名前くらいしか分からない。
だが、こちらは俺が分かりやすいよう、女神様が与えてくれた《言語自動変換》のおかげで地球産の名前になっているらしい。
ちなみに。
俺が喋ったり、読み書きしているのも日本語。
全部自動変換だそうだ。
ご都合主義万歳。
『もう五十で頭が硬いんですから、それくらいしないと』
(by 師匠)
途中、屋台で肉の串焼きを食べた。
現地の物を食べ、現地の人がどんな味を好むのか知る。
それも全て修行らしい。
甘めのタレで、うまかった。
俺は普段、
「やっぱ焼き鳥は塩だよね」
とか格好つけて言っているが、本当はタレ派だ。
タレがたっぷり染みた焼き鳥を、串から外して白いご飯に乗せて食べるのが好きだ。
……と思った瞬間。
《焼き鳥》
《白米ご飯》
のレシピが増えた。
嫌な予感がする。
案の定。
店へ戻ると、キッチンに焼き鳥台と米俵が積まれていた。
『ダイエット中なので、玄米食希望』
という紙付きで。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
続きは明日。
そういう事で、日が傾く前に店への帰路についた。
帰り道。
ふと気になった事を師匠に聞いてみる。
「そういえば師匠」
「俺、確かに“いくら食べても病気にならない健康な体”と“料理スキル”はお願いしましたけど……」
「食堂を開きたいって、お願いしましたっけ?」
すると師匠は、しばらく沈黙した。
そして。
『問題ない』
『全ては予定通りだ』
どこぞのマダオみたいな事を言ってきた。
それ、心配しかないんですが。
店へ戻り、米俵から米を取り出していると。
親方達が入って来て、勝手に酒盛りを始めた。
「おおい、つまみはまだか!」
「今日はミックスフライがよいのう!」
「わしは湯豆腐を頼むぞい!」
「おしぼりはこっちでやっとくから、気にせんでよい!」
親方。
まだオープンすらしてないのに、常連みたいに振る舞わないで。
……でも。
つい、頼まれた物を作ってしまう。
あと天界からも紙が大量に降ってくる。
そんな日々が続き。
少しずつ各レシピの熟練度を上げ、いくつかレベルが上がった頃。
ふと、親方達に気になっていた事を聞いてみた。
「親方達」
「いつも来てもらって嬉しいんですけど……まだ開店前なんで困るんですけど」
ここを強調。
「再開発の現場に行って、お弟子さん達とも会ってるんですよね?」
「うむ、そうじゃが?」
「俺の社会人人生の経験上、仕事帰りに弟子とか同僚とか連れて来たりしないんです?」
今ですら。
ドワーフ二人と天界の注文で一杯一杯だ。
これ以上お客が増えたら困る。
そう思って聞いてみた。
すると赤毛親方は、きょとんとした顔をした。
「なんじゃ、そんな事か」
「こんな隠れ家的な店、教えるもんか」
「ここなら誰にも気にせず飲めるからのう」
茶毛親方も頷く。
「そうじゃそうじゃ」
「誰もおらんし、わし等にどうこう言ってくる奴もおらん」
「それに味の方も日々上達しとる」
「将来が楽しみな店じゃ」
「誰にも教えるもんか」
……なんか。
凄く嬉しい事を言ってくれる。
親方達、ありがとう。
そう思った。
思ったんだ。
……返せ。
俺の感動を返せ。
誰にも教えるもんかって言ったよね?
親方達二人で一杯一杯って言ったよね?
次の日の朝。
いつものように親方達のモーニングを用意していると。
親方達が入って来た。
「いらっしゃい、赤毛親方、茶毛親方――」
そして。
二人の後ろに、さらに人影。
新たに、二人の女性が立っていた。
師匠のニューワールド講座④
ドワーフはなぜ酒が無限に出るのか
「それは知りたい」
『ドワーフだからです』
完。
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「師匠!!」
『完です完です。ドワーフだから、それ以外ありません』
「講座終わってるじゃないですか!」
『仕方ないですね、少しだけ続けましょう』
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この世界の種族について
『沢山います』
「雑」
『エルフ、ドワーフ、獣人、竜人、妖精系……色々』
「ちゃんといた」
『でも』
師匠が指を立てる。
『基本、全部まとめて人間です』
「え?」
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『この世界、種族の血は長い歴史でかなり混じってます』
誰が何種族ときっちり分かれている訳ではない。
耳が少し長い。
頑丈。
夜目が利く。
酒に強い。
その程度の違いはある。
だが大半は混血。
『なので大雑把に全部人間です』
雑だけど分かりやすい。
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『ちなみに“魔族”という言葉がありますが』
「魔物じゃなく?」
『破壊神の信徒のことです』
「種族名じゃないのか」
『違います』
重要。
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純血とは
『たまに先祖返りで純血が生まれます』
その場合
ハイ・ドワーフ
ハイ・エルフ
のように
“ハイ(純血)”を冠します。
「強いんですか?」
『別に』
「え」
『大半は純血というだけです』
夢がない。
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「能力は?」
『基本そんな変わりません』
「じゃあ何なの」
『ちょっと珍しい』
雑。
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だからこの世界、
基本的に種族差別はほぼない。
「……ほぼ?」
師匠、嫌な顔。
『いますよ』
「誰」
『ハイ・ヒュマ』
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『自分達こそ世界のオリジンだと騒ぐ面倒な人達です』
「ああ、そういう」
『どこにでもいます』
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師匠がちらりとこっちを見る。
『ヴァルナさんも気をつけてください』
「え?」
『転移者、基本みんなハイ・ヒュマです』
「……え」
『偏見持たれてる場合あります』
「俺、初耳なんですけど」
『今知りました』
雑。
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「つまり俺」
『放っておくと差別主義者予備軍扱いです』
「怖っ」
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『まあ』
師匠が笑う。
『あなた、そういうタイプじゃありませんし』
珍しく褒められた。
気がする。
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『ところで』
「はい」
『赤毛親方と茶毛親方』
「うん」
『純血です』
「えっ」
『言うの忘れてました』
「重要情報軽い!!」




