10 春風と家事妖精
翌日から、店の空気は少し変わった。
……いや、“少し”ではないかもしれない。
まず、飲兵衛親方達。
今までカウンター席で朝から晩まで飲んだくれていた二人は、テーブル席が出来た途端、当然のようにそちらへ移動した。
そして朝から昼まで酒盛り。
夕方からまた酒盛り。
お前ら一日何回宴会してるんだ。
一方でアンリ先生とミレディさんは、毎朝カウンター席で優雅に朝食を食べ、そのまま学園へ向かうようになった。
……たまに夕方から親方達と飲み始めるけど。
しかも強い。
ドワーフ相手に普通に飲んでいる。
どんな胃袋してるんだ。
さすがに飲んだ日は、夜になると迎えが来る。
黒塗りの高級魔動車だ。
やっぱり良い所のお嬢様なんだろう。
若い女性二人を酔わせて夜道歩かせるのは危ないしな。
きっと親御さんが心配して迎えを寄越してるんだろう。
……と思っていた時期が俺にもありました。
そんなわけで、今朝もアンリ先生達が学園へ向かったあと、俺はカウンター席の三人分の食器を片付け、代金を受け取っていた。
そして、テーブル席で昼酒を始める飲兵衛親方達を見ながら、ふと思う。
「師匠」
『なんですか』
「俺、茶毛親方にテーブルセット貰って嬉しかったんですけど……」
親方達を見る。
完全にくつろいでいる。
なんなら赤毛親方、椅子の座り心地確認とか言って昼寝しかけている。
「……あれ、自分達が楽しむために、自分達好みに作ってません?」
師匠は答えなかった。
目を逸らした。
絶対そうだ。
冗談はさておき。
現実問題として、店の運営は急に難しくなっていた。
今まではカウンター席だけだった。
料理を作って、そのまま渡せばいい。
でもテーブル席が出来たせいで、料理を運ぶ必要が出てきた。
今は親方達が勝手に運んでるから何とかなっているが、本当に開店したらどうする。
客にセルフサービスを強要するわけにもいかない。
それに――酒。
親方達は勝手に持ち込んで飲んでいる。
だが店として開くなら、他の客は禁止して親方達だけ許すわけにはいかないだろう。
俺は酒を飲まない。
酔っ払いの相手は苦手だ。
あいつら話通じないし。
翌日になると、何事もなかった顔で来るし。
「いや、マジでどうしよう……」
思わず頭を抱える。
酒を管理できて、客あしらいも上手くて、酔っ払い相手にも慣れてる人とかいないかな。
飲兵衛親方達とかアンリ先生達みたいに、“飲んでも飲まれない”タイプってかなり希少だぞ。
お店開くって大変なんだなぁ……。
修行はある。
市場へ行って仕入れ先も探さないといけない。
夜は広くなった店の掃除。
時間が足りない。
世の飲食店経営者ってすごいんだな。
尊敬する。
そんな事を考えながら午前の修行を終えた頃だった。
親方達が「さて、午前の部は終わりじゃな」と酒瓶片手に立ち上がろうとした時。
「あー! 見つけた!」
店の外から、やたら元気な声が響いた。
「トレース親方! やっと見つけましたよ!」
飛び込んできたのは、銀髪の女の子だった。
そして――
ケモ耳。
狼耳だ。
ぴょこぴょこ動いてる。
すごい。
本物だ。
「もう奥様カンカンですよ!? 戻ってきたと思ったら部屋散らかして、また出ていって! 息子さん達も荷運びさせられて大変だったんですから!」
茶毛親方の襟首を掴み、ぐいぐい引っ張る。
「仕事遅れるって怒ってましたよ! ほら、行きますよ!」
すごい腕力だ。
でかい茶毛親方を普通に引きずっていく。
狼族すげぇ。
その光景を見ながら、赤毛親方がガハハと笑っている。
お前、完全に“巻き込まれない位置から笑ってる上司”だぞ。
「ハルヴィンダじゃ」
赤毛親方が酒を飲みながら教えてくれる。
「皆、ハルと呼んどるがのう。名前の通り春風みたいに元気な娘じゃ」
どうやら妹と二人暮らしらしい。
両親は数年前に事故で亡くなったという。
亡くなった父親が茶毛親方の工房で働いていたらしく、昔から可愛がっていたそうだ。
だから親方達は引き取ろうとした。
でも失敗した。
狼族の誇りを刺激してしまったらしい。
それ以来、妹を守りながら二人で頑張っているという。
やめて。
おじさんそういう話に弱いの。
「狼族の気高さは難儀よのう……」
赤毛親方の呟きは、どこか悔しそうだった。
翌朝。
飲兵衛親方達は、ハルヴィンダちゃんを連れてきた。
「なんですかトレース親方! 私これから仕事なんです!」
店の前で抗議するハルヴィンダちゃん。
茶毛親方は知らん顔だ。
代わりに赤毛親方が笑いながら言う。
「わかっとるわい。お主、朝飯食っとらんじゃろ」
ぴたりと止まるハルヴィンダちゃん。
「出会い頭に腹の虫鳴かせおって。ほれ、ここで食ってけ」
そして無理やり席へ座らせる。
「店主! モーニング三人分じゃ!」
朝から賑やかである。
カウンター席のアンリ先生達も、その様子を面白そうに眺めていた。
「でも私、そんな豪華な朝ごはん払うお金……」
ハルヴィンダちゃんが、アンリ先生達のモーニングセットを見て困った顔をする。
まあ、わかる。
見た目だけはかなり豪華だからな。
「大丈夫大丈夫」
俺は料理を並べながら笑う。
「まだ見開店の店だし、出せる料理も大したものじゃないから。まかないみたいなもんだよ。300Gくらいかな、皆払ってるの」
もちろん嘘だ。
親方達ほぼ払ってない。
「あと、気になるなら食器洗いお願いしていい?」
「えっ……」
「それに、もう出しちゃったから。食べてくれないと料理が無駄になるなぁ?」
少し意地悪く言う。
するとハルヴィンダちゃんは親方達の顔をちらちら見て――
観念したように食べ始めた。
……すごい食いっぷりだった。
昨日、赤毛親方が言っていた。
ハルヴィンダちゃんは妹優先。
妹にはちゃんと朝ごはんを食べさせ、妹さんには現場で朝ごはんでるからと言って自分は我慢して現場へ向かっているらしい。
一日に自分へ使える金は少ない。
だから赤毛親方達も、真正面からの同情はしなかった。
狼族には逆効果らしい。
代わりに、“低価格”と“労働”で受け入れさせた。
親方達も、自分の皿から「これも食え」と分け始める。
ふと。
神棚の神像が光った気がした。
……いや、気のせいだろう。
本当に光ってたら、そのあと大量の注文票が天界から降ってくるはずだ。
最近、注文された料理を納品するまで紙消えないから困るんだよな。
そんなこんなで。
ハルヴィンダちゃんは食器をきちんと洗い、元気よく仕事へ向かっていった。
親方達。
アンリ先生達。
皆でそれを見送る。
そして俺は再びキッチンへ戻る。
修行という名の――
飲兵衛親方達と、天界の食いしん坊共への供給作業へ。
そして。
増えた。
まただ。
次の日の朝。
食堂へ向かった俺は、静かに現実逃避した。
「……増えてる」
店がさらに広くなっていた。
しかもテーブル席が三つ追加。
茶毛親方製ほどではないが、ちゃんとしたセットまで置いてある。
嫌な予感しかしない。
そして予感は当たった。
飲兵衛親方達とは別に、ハルヴィンダちゃんが若い労働者達を大量に連れてきたのだ。
昨日現場で、同じ境遇の若者達に「安くて朝飯食える場所がある」と話したらしい。
なるほど。
来るよね。
「OK……」
俺は静かに腕まくりした。
「今さら十人やそこら増えても大差ねぇ……!」
飲兵衛親方達。
天界。
そこへ若者十人。
もう誤差だ。
「昭和生まれのおっさん舐めんなぁ!!」
かかってこいやぁ!
・
・
・
「疲れたよ……パ〇ラッシュ……」
無理だった。
普通に死ぬほど疲れた。
しかも、こんだけ料理してるのに《料理スキル》はまだレベル1。
『そんな簡単にレベル2になったら、世界中の主婦や主夫の皆様にピーされますよ』
「ピーってなに!?」
『ピーはピーです』
「放送禁止用語的なやつ!?」
そんな馬鹿話をしながら、疲れた体を引きずって着替えに向かう。
……そして見てしまった。
また内装が変わっていた。
「し、師匠……また増えてますよ……」
『まだ原因わかってません』
「怖いよ!?」
完全にホラーだよ!
キッチン奥の扉の先。
変化した廊下。
その奥の暗闇から――
コツ。
コツ。
足音。
「師匠、助けて」
情けなく助けを求める。
だが師匠も震えていた。
『べ、別に怖くないですからね!? 私は天界の住人ですよ!? お、お化けや幽霊の一人や二人……ええと、除霊? レクイエム?』
頼りにならない。
そして。
暗闇から、一人の女性が現れた。
「『「でたぁぁぁぁぁーーーっ!?』」
俺と師匠が盛大にビビり散らかす中。
その女性は静かにスカートを摘み、優雅にカーテシーをした。
「はじめまして」
柔らかな笑み。
「はじめまして、家事妖精シルキーです、今後ともヨロシク」
クリスタルの山が、
どこかで、かすかに削れる音がした気がした。
師匠のニューワールド講座⑥
家事妖精シルキーとは
「師匠、家事妖精ってなんなんですか」
『言わずと知れた、地球イングランド地方由来の妖精です』
「言わずと知れてない」
『メイド妖精です』
「雑」
________________________________________
『家事全般に優れ、住まいを整え、主人に仕える妖精』
『掃除』
『洗濯』
『整理整頓』
『備品管理』
『家そのものの世話』
「万能じゃないですか」
『ただし』
『癖があります』
「出た」
________________________________________
『几帳面すぎる主人とは相性が悪い個体もいます』
「え?」
『完璧に家事をされると』
『仕事を取られたと思って機嫌を損ねることがあります』
「めんどくさい!」
『下手に手を出すと』
『家を散らされる場合もあります』
「なんで!?」
『職人気質です』
「妖精にも職人魂あるの!?」
________________________________________
「じゃ、雑な俺って」
『珍しく適性ありますね』
「褒められてる気がしない」
________________________________________
『あと重要事項』
『今、この世界に妖精族は表にいません』
『二百年戦争の後、妖精界へ退きまして』
『基本こちらへ干渉しません』
「さらっと大事なこと言いましたよね」
『ええ』
「ちょくちょく出てくるその二百年戦争って何なんです」
『話せば一話分いきます』
「長い!」
『神様が闇落ちしたり、内乱になったり、超帝国が割れたり』
「情報量!」
『だから一話分です』
「単位そこ!?」
『今度暇があればです』
「雑に大戦争を次回予告しないでください」
________________________________________
「じゃあ、うちにいるのかなりおかしくないですか」
『かなりおかしいです』
「さらっと言うな」
________________________________________
『存在がばれたら大変です』
「どう大変なんです」
『悪い奴が来ます』
『変態も来ます』
「変態!?」
『知的好奇心に飢えた学者も来ます』
「それ悪人と同列なの」
『場合によります』
「雑!」
________________________________________
『あと帝国中枢案件です』
『下手すると国際問題です』
『下手しなくてもヴァルナさんピーです』
「ピーって何されるんですか」
『放送できません』
「怖い!」
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『なので』
『親方達にも』
『アンリ先生にも』
『ミレディにも』
『内緒です』
「飲兵衛親方にも!?」
『特に』
『酔って喋りそうなので』
「それはわかる」
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「でもこれで掃除とか楽になりますね」
『そうですね』
『しごく理由が減って残念です』
「残念なんだ」
『残念です』
「そこ喜んでくださいよ」
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『なお料理は手伝わせません』
「修行にならないから」
『そこだけ妙に真面目ですね』
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「しかし妖精メイドか……夢があるな」
『なお』
「まだあるんですか」
『床に脱いだ靴下放置すると怒られます』
「母親みたいな注意やめて」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




