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11 名を与える者

改めて、俺と師匠は話を聞いた。


“家事妖精シルキー” ――彼女の話によれば、俺のスキルが無意識に現状を打開しようとして、クリスタルの山へ干渉したらしい。

そして、俺の“助けてくれ”という魂の叫びに反応し、彼女が召喚に応じたという。


……いや、魂の叫びって。


確かに最近、料理だけで手一杯だった。

親方達に天界の注文。

修行に掃除に市場通い。

生活スペースの管理まで、完全に手が回っていなかったのは事実だ。

ちなみに、お店が勝手に拡張している件については彼女も知らないらしい。

師匠は腕を組み、完全に取調室の刑事みたいな目で彼女を見ていた。


『家事妖精シルキー。あなたが現れた理由は理解しました。ですが、今この世界の状況を把握していますか?』


空気が変わる。


『妖精族の置かれた立場を。現在、この世界に“あなた以外の妖精族”はいません』

「はい、御使い様」

『……ここでは師匠と呼びなさい』

「はい、お師匠様」


なんか完全に事情聴取だ。

そんな悪い事したわけでもないのに、そこまで問い詰めなくても――


ぐりぐりぐり。

「いだだだだだだっ!?」


頭を押さえつけられた。


『最終確認です』


師匠は冷たい目で言う。


『この馬鹿弟子の“楽したい”という思いに応じて、ここへ来た。それで間違いないですね?』

「はい。ご主人様に呼ばれて、それに応じました」


ご主人様。

その単語を、こんな若くて綺麗な女性に言われると、なんかこう……妙に破壊力がある。


ドゴォン!!


過去最大威力の『師匠キック』が炸裂した。


「ぐはぁっ!?」

『変なことしたら許しませんよ』


さらに追撃が飛んでくる。


『年齢=彼女いない歴を拗らせると、どうなるか分かりませんからね。家事妖精シルキー、何かされたらすぐ言うんですよ。天罰喰らわせますから』

「はい、お師匠様」


ねぇそこ、“私はご主人様を信じています”じゃないの?

なんで完全に危険人物扱いなの?


『いいでしょう。召喚され、それに応じてしまった以上、仕方ありません』


師匠はため息を吐きながら告げる。


『では、生活スペースの家事全般を任せます。ただし――生活スペースだけですよ』


その瞬間、師匠の声色が真剣になる。


『存在がバレたら、大変な事になります。一応、入口には関係者以外入れないよう奇跡を掛けておきますが……気をつけなさい。生活スペースから出てはいけません』


そんな。


「師匠、それは窮屈すぎますよ」


思わず口を挟む。


「俺みたいに、“出られるけど引きこもる”のと、“出たくても出られない”のは全然違いますよ」

『何を言っているんですか』


師匠は呆れた顔をした。


『“存在してはいけない存在”がここにいるんですよ。バレたらどんな騒ぎになるか、その老化した頭で考えなさい』


ひどい言い方だ。


『それに、そんな境遇が嫌なら……どうにか出来るだけの力を手に入れなさい』


その言葉に、エマがふわりと微笑む。


「大丈夫ですよ、ご主人様。生活スペース、とても広いですし」

「え?」

「お庭も広くて、お花も沢山咲いていて綺麗ですよ?」


……庭?

急いで向かう。

そして。


「な・に・こ・れ……」


絶句した。

確かに小さな庭はあった。

だが、今目の前に広がっているのは――

ちょっとした運動が出来そうなほど広い庭だった。

色とりどりの花が咲き乱れ、石畳の小道まである。

しかも。


「縁側できてる……」


和室まで増えていた。

もう意味が分からない。

恐る恐る上を見る。

そこに空はない。

あるのはクリスタルの天井。

なのに、陽光だけは柔らかく差し込んでいる。

後で確認したら、夜になると庭もちゃんと夜になっていた。

なんだこの店。

本当にホラーだ。

さて。


「改めてよろしくお願いします……えっと、家事妖精シルキーさん?」


そこでふと気づく。


「それって名前なんですか?」

『馬鹿ですね』


師匠が呆れた声を出した。


『家事妖精シルキー。それは種族名ですよ』


あっ。

そりゃそうか。

俺だって「おい、ハイ・ヒュマ」って呼ばれたらムカつく。


「じゃあ名前は?」

「ありません」


彼女は少し困ったように笑った。


「そんな高位存在ではありませんから。仲間内では、なんとなく互いを認識できますので」


不思議だな妖精。


「でも、一緒に暮らす以上、それだと不便だし……」


すると彼女は、どこか嬉しそうに言った。


「ご主人様のお好きなように、お呼び下さい」

うーん……。


俺は彼女を見る。

柔らかな茶色の髪。

穏やかな瞳。

そしてメイド服。

もし眼鏡でも掛けたら――


「あ」


ふと、昔見たアニメを思い出した。


「エマ」


その瞬間だった。

彼女の身体が眩く光り始めた。


「うおっ!?」

『なっ!?』


あまりの光に、俺と師匠は目を押さえて床を転げ回る。


「目がぁぁぁぁっ!!」

『目が、目がぁぁぁぁっ!!』


しばらくして光が収まり、恐る恐る顔を上げる。

そこには。

先ほどまでより、明らかに存在感を増した彼女が立っていた。

にこりと微笑み、優雅に一礼する。


「私は――エマ」

静かな声が響く。


「ありがとうございます、旦那様」


もしこの時。

毎日クリスタルの山を撮影してSNSに投稿しているような人間がいたなら、気づいただろう。

山頂部分が、かなり削れていたことに。

だが、そんな事を知る由もない俺は、ただ混乱していた。


「え、ええと……名付けちゃったけど、大丈夫?」

「はい」


エマさんは嬉しそうに頷く。


「名付け、ありがとうございます。そしてお久しぶりです。なんだか全身に力が満ちています」

『格が上がってますね……』


師匠が引きつった顔で呟いた。


『しかも、かなり上位存在へ進化しています』


なんか不穏な事を言ってる。

でもどうせ聞いても答えてくれないので、放置する。


「じゃあ改めて、生活スペースの家事全般よろしくね」


そう言ってから付け加える。


「あ、食事は俺が作るから。どうせ食堂側で沢山作るし、エマさんも食べてね」


その瞬間。

エマさんの目が輝いた。


「それは……」


じゅるり。

……今、絶対よだれ飲み込んだよね?


「旦那様のお料理を、私も食べられるという事で……?」

「そうだけど……」

「期待しておきます」


あっ、この人。

もしかして食いしん坊系だ。


『ああ、あとヴァルナさん』


師匠が真顔になる。


『彼女達シルキー族ですが、ズボラな人間の世話を焼くのが大好きなんです』

「ズボラとは失礼な」


確かに日本にいた頃、掃除はたまにしかしなかった。

洗濯も週一だった。

でも食器は毎回ちゃんと洗ってたぞ。


『逆に、完璧超人タイプは嫌います』

「え?」

『あまりにキッチリしすぎると、腹を立てて部屋を散らかして追い出す事もあります』


なんだそのご都合種族。


『だからといって、廊下に靴下放置とかすると怒られますよ』

「それはそれで、躾けがいがありそうで良いです」

「……今なんか言った?」


笑顔が怖い。


『あと、もう一つ重要です』


師匠が指を立てる。


『日頃のお礼として“服を贈ってはいけません”』

「え?」

『伝承では、“手切れ”の意味になるそうです。服を受け取ったシルキーは去ると言われています』


それは困る。


「大丈夫ですよ、旦那様」


エマさんが即座に首を振る。


「そんな伝承、“なにそれ美味しいのですか”です」


食い意地強いなこの人。

そして次の瞬間。


「はっ……!」


エマさんの顔色が変わった。


「まさか旦那様は……私にこの服一着で働けと?」

「え?」

「部屋も家具も与えず、オシャレする事も許さず、家事が終わったら物置で寝てろと……!」

「いやいやいやいや!!」


なんでそうなる。


「部屋も用意するし、家具だって茶毛親方に頼んで――」

「そうですか」


エマさんは満面の笑みになった。


「では、こちらです」


ものすごい力で腕を掴まれた。


「ぎゃっ!?」


そのまま二階へ連行される。

案内されたのは、庭の見える空き部屋。


「さぁ旦那様。この部屋です」

「う、うん?」

「家具を召喚してください」

「は?」

「イメージ送りますので」


頭を掴まれた。

そして流れ込んでくるイメージ。

試しに、召喚。

その瞬間。


ベッド。

机。

椅子。

棚。

タンス。


次々と家具が現れ、あっという間に人が住める部屋になっていく。


「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」


そしてエマさんはタンスを開け、真顔で振り返った。


「旦那様」

「はい」

「服がありません」


嫌な予感。


「服ください、服」


再び頭を掴まれた。


「ぎゃあああああ!!」


エマさん。

アイアンクローはやめましょう。

結局、その後も色々召喚させられた。

ちなみに、自分一人で試しても何も出せなかった。

スキル欄にも《召喚》は増えていない。

エマさん曰く。


「契約金代わりです」


らしい。

あと普通に給料も発生するらしい。

なお、その頃またクリスタル山頂が削れていたらしいが、俺は知らない。


「では、お掃除を始めますので」


エマさんはにこやかに言った。


「旦那様も、お仕事へ戻って下さい」


そのまま部屋から押し出される。

……ねぇ。

性格変わってない?

扉が閉まる直前。


「旦那様」

「ん?」

「私、お昼まだです」


その後。

俺は無言でキッチンに立っていた。


師匠のニューワールド講座⑦

妖精と精霊は、なぜいなくなったのか

「師匠、妖精とか精霊って、そんなに貴重なんですか」

『ええ、今では超貴重です』

『二百年戦争を機に、ほぼ姿を消しましたから』

「また出た二百年戦争」

『便利ですね、この単語』

「便利にするな」

________________________________________

『それ以前は、世界のあちこちにいました』

『妖精も』

『精霊も』

『もっと身近でした』

「そんなに?」

『ええ』

『ヴァルナさんの故郷で』

『万物に神が宿る、みたいな考えありますよね』

「八百万的な?」

『そういう感じです』

『昔はそれに近かった』

________________________________________

『精霊魔法を使う者も多かったですし』

『妖精や精霊と共に暮らす土地もありました』

「ファンタジーしてる」

『ファンタジーですから』

________________________________________

「そもそも妖精と精霊って何なんです」

『本来、妖精界・精霊界の住人です』

『この世界に来て』

『向こうの法則を使って存在している』

「法則」

『この世界にいるだけで』

『常時魔法使ってるようなものです』

「なんかすごい」

『すごいんです』

________________________________________

『で』

「で、きた」

『それを二百年戦争時代のハイ・ヒュマ達が利用しました』

「嫌な予感」

『戦争に』

『使ったんです』

________________________________________

『妖精や精霊を無理やり従わせ』

『魔法を破壊に転用した』

『世界各地で』

『もう大惨事です』

「うわ……」

________________________________________

『で』

「また“で”だ」

『まともな神々と』

『妖精王』

『精霊王』

『キレました』

「キレた」

『キレました』

________________________________________

『全部避難させて』

『この世界と繋がる扉を閉じた』

「閉じた!?」

『だから、今いないんです』

「なるほど……」

________________________________________

『……いないはずなんですがね』

「嫌な間」

『名付けしましたよね』

「……しました」

『やりましたね』

「え?」

________________________________________

『下位妖精や下位精霊は』

『ただの現象に近い存在です』

『名前がありません』

「名前ないんだ」

『長い時間をかけ』

『存在を高め』

『名が付き』

『中位、高位へ至る』

「進化みたいな」

『そんな感じです』

________________________________________

『で』

「また“で”」

『それを』

『大地母神様から直接名を貰った人間が』

『理解もせず』

『名付けすると』

沈黙。

「……どうなるんです」

『どうなると思います?』

「聞いてるんですが」

________________________________________

『はぁ……』

『この馬鹿弟子がぁぁぁ!』

「痛い痛いなんでキック!」

________________________________________

「つまり俺、やばい事した?」

『かなり』

「どれくらい」

『クリスタル山が削れるくらい』

「それやっぱ俺のせいだったの!?」



作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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