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86 この店はどこへ向かう

あれから何度か目を覚ました。

その度に、その場にいた人に叱られ、そして泣かれた。


うーん。

俺が何をしてこうなったのか。

その間に、何が起こったのか。

誰も説明してくれない。

でも、とてもじゃないが、それを聞ける雰囲気ではなかった。


特に泣かれた時の罪悪感がすごい。


身体は痛いわ。

訳も分からず怒られるわ。

今の状況は分かったから、せめて俺がこうなった理由を教えてくれ。

そう訴えても、皆、


「分かっているぞ」


とでも言うように頷くだけで、結局何も教えてくれない。



開け放たれた窓からは、収穫祭へ向けて盛り上がる帝都の熱気が伝わってくる。


俺も、こうなる前は楽しみにしていたのに。

今の俺では、参加どころか見学すらできないだろう。


ようやく痛み止めを飲めば、片言ながら話せるくらいまで回復した。

そんな俺を車椅子に乗せ、

キューブが新しくなったヘイムを案内してくれることになった。


やはり、一番最初に目に入ったのは、世界樹と呼ばれる大樹だった。

首が動くようになってから、部屋の窓越しに見えていた世界樹。

ずっと気になって仕方がなかった。

そこまで案内してもらう。


俺は相変わらず全身包帯姿だが、

大事な所はきちんと隠され、服も着せてもらっている。

何人かに裸を見られたかもしれないと思うと、とても恥ずかしい。

でも、もう忘れよう。

最近はキューブが世話をしてくれるし。

それはそれで、どうなんだと思うが。

もう、こんな辱めは嫌だ。


早く自分で動けるようになりたい。


キューブに車椅子を押され、部屋から廊下へ出る。


……なんか、部屋の位置が変わってないか。


やはり、ヘイムがまた大きくなっているよね。

以前は木造の旅館やロッジ、コテージを混ぜたような感じだった。

けれど今のヘイムは、歴史ある立派な料亭に武家屋敷、

高級ホテルまで、色々と混ざったような建物になっている。

明らかにグレードアップしている。


ねぇ。

廊下に、こんな壺や鎧の置物なんてあった?

壁に、こんなすごい絵が飾られていた?

ここ、本当にヘイム?

どこかの立派な病院とかじゃないよね。


確かに見覚えのあるリビングなどもある。

けれど、さっきからどれだけ進んでいるんだ。


めちゃくちゃ広くなってない?


途中ですれ違うプリセスガードの皆さんが、笑顔で挨拶をしてくれる。

でも、エウポリアーさん。

オルトシアーさん。

ベルーサーさん。

俺と会った時、どこを見て笑っているの。

ねぇ、もしかして。


「まあ、お気になさらずに。」


キューブが笑いながら車椅子を押す。


気にするわ。


そして、エレベーターで一階まで降りる。


……エレベーターなんかあったっけ。


俺の部屋、二階じゃなかった?

なんで四階から降りているの。



ようやく建物の外へ出て、庭へ向かう。

さらに大きくなっている日本庭園。


もう何も言うまい。


ここだけでも、十分観光地になるのではないだろうか。

まあ、観光地にはしないけど。

ここはヘイムのみんなの場所だ。

部外者には、あまり入ってきてほしくない。


やはり俺は日本人なのか。

日本庭園なんて、元の世界でもテレビや写真でしか見たことがなかった。

けれど、こうして眺めていると、とても落ち着く。


季節は秋なのだろう。

紅葉が色鮮やかで、とても綺麗だ。


池の上に架かった橋を渡る。

水面を覗くと、池の中に鯉が泳いでいた。


鯉って、高いんじゃないの。

何より、この世界にもいるの?


驚いていると、池の端で鯉に餌を与えていた天宮さんが、

こちらに気づいて手を振ってくれる。

まだ腕が上手く上がらないので、何とか手を持ち上げ、ゆっくり振り返す。

天宮さんも、すっかりメイド服が馴染んでいる。


「あの子も、なかなか才能があるようで。」


キューブが俺の視線に気づき、天宮さんを見る。


「エマの指導を受け、様々な技術や知識を吸収しています。」


それは喜んでいいのか。

あのエマさんだぞ。


何とか顔だけを動かして、キューブを見る。

キューブは、おやおやといった顔で前を向いた。

橋を渡りきった所に、エマさんが立っていた。


目がジト目だ。


俺を見ている。


「旦那様。また、良からぬことを考えていますね。」


いや、別に。

でも、日頃のことを考えるとですね。

仕事は完璧だけど、それを打ち消す普段の印象が。


「せっかく散歩に付き合ってあげようと思いましたのに。」

「もう知りません。」


エマさんはそう言って、手に持っていた大きな日傘を広げた。


「ここから先、炎天下の中で苦しむがいいです。」


そう言いながら、頬を膨らませたまま、キューブの後ろについてくる。

日傘を差してくれるんだ。


優しいじゃないか。



庭園のさらに奥へ出ると、こちらも以前より広く、幻想的な場所へ変わっていた。

それに、妖精や精霊がはっきりと見える。

沢山いる。


庭園を整備している者。

遊び回っている者。

花の間を飛び交っている者。

小動物の数も、以前より増えている気がする。


遠くでは、リナちゃんやソレイアちゃんが、クラスメイト達と遊んでいる。

あの金髪ドリル令嬢は、西園寺公爵令嬢だよね。

カスパール侯爵家令嬢の姿も見える。


雪原のフェンに住む一族の子供達も、一緒になって笑っている。


よかった。

子供達には差別意識なんてなく、皆で楽しそうに遊んでいる。

でも、この場所は本当に安全なのか。


「大丈夫ですよ。」


エマさんが、俺の不安を察したように答える。


「フェアリーガーデンには、上位精霊がいて見張ってくれていますから。」


そうか。

それなら安全だな。

……って、そうなのか。

上位精霊って、普通にいていい存在なの?


「旦那様次第ではないですか。」


エマさんは、遊んでいる妖精達を見ながら答える。


「他の七人の所では、こんなに伸び伸びと過ごさせてくれませんから。」

「再び、この世界へ妖精や精霊が普通に訪れるようになるかは、

 もう一度この世界の人間を信じられるかどうかです。」


エマさんが静かに呟く。

ここだけでなく、あと七か所も、こんな場所があるのか。



庭園を抜けると、神殿が見えてくる。


ブラスさんが住み着いた、『大地母神』様の神殿だ。

神殿へ近づくにつれ、身体の痛みが少しずつ引いていく。

中へ入ると、それがさらに強くなった。


癒される。


女神像から溢れる柔らかな光が、俺達を迎えてくれる。

神殿の中には、ブラスさんだけでなく、何人かの神官さんがいた。

さらに、ブルボン公爵とその娘であるローズ様。

そして、無事にミョルニル公爵家へ養子縁組され、

今回の収穫祭でローズ様との婚約を発表するという騎士さんもいる。


皆、笑顔で出迎えてくれる。


ブルボン公爵は、魔王退治に参加できなかったことへの詫びを口にした。

そして、ぜひローズ様と騎士さんの結婚式を、

この神殿で行いたいと申し出てくる。

ブラスさんには、宣誓の儀を取り仕切ってほしいという。


魔王退治のことは知らん。


頼む。

誰か詳しく教えてくれ。


それより、結婚式をここでするの?

狭いよ。

公爵家なんでしょう。

沢山人が来るよね。

貴族とか、いっぱい来るんじゃないの。

身内だけの祝いの席ならいいけど。


俺が返事に困っていると、ブラスさんが助け船を出してくれた。


「公爵閣下。式はまだ先です。」

「ヴァルナ殿も、まだ目を覚ましたばかり。」

「その話は収穫祭の後でよろしいのでは。」

「まずは、収穫祭での婚約発表の方が先でしょう。」


ブラスさんが、俺がこの場で返事をしなくてもよいように、

上手く話を誘導してくれる。

助かった。

その間に、俺達は神殿を出る。



外へ出ると、懐かしい姿が見えた。


師匠だ。


師匠がこちらの姿を見つけると、勢いよく飛んでくる。

そして、そのまま俺の髪の毛の中へ隠れた。

師匠を追いかけてきたのか、何人かのプリセスガードの姿が見える。


「あっ、店主さん。」


一人が俺に気づき、声を上げる。


「こちらに、セレスティア様が来ませんでしたか。」


セレスティア様。

誰それ。

また新しい単語が出た。

ねぇ、そろそろ。

いい加減に詳しく教えてくれ。


俺が混乱している横で、キューブが平然と答える。


「神殿の中へ入っていきましたよ。」


プリセスガードの皆さんはお礼を言うと、そのまま神殿の中へ入っていった。


俺達は移動を再開する。


「人気者は辛いですねぇ、セレスティア様。」


キューブが笑いながら、俺の頭を見る。


『うるさいですねぇ。黙っていなさい。』


俺の髪の中から、師匠が出てくる。


『まったく最近、本当にしつこくて。』

『せっかくヴァルナさんの代わりに、キッチンで指導していたのに。』

『少しでも暇になると、押しかけてきて。』


師匠はいつもの定位置へ移動し、プンプンと怒っている。


ねぇ、師匠。

セレスティア様って、師匠のことなの。


『そうですよ。まったく。』


やっぱりそうなのか。


『それより、どこへ行くのです。』

『部屋に行ってもいなくて、探しましたよ。』


そっか。

俺の代わりにキッチンへ行ってくれていたのか。

俺の代わりに料理をしてくれているハンスさん達にも感謝しないと。


世界樹を見に、根元まで向かうところだと伝える。


『それなら、私も一緒に行きます。』


師匠にも、何か用事があるらしい。


本当なら、ヘイムの建物から世界樹へ直線で向かえば近い。

けれど、庭園を通り、神殿へ寄るなど、かなり遠回りをしている。


理由は簡単だった。


今まで通ってきた場所には舗装された道があり、

周囲も緑に覆われていて進みやすかったからだ。

クリスタルの山が消えてできた場所。

荒野とまではいかないが、本当に何もない空き地が広がっている。

地面の土がむき出しになっている。


もう秋だというのに、日差しはまだ強い。


そういえば、先程からその日差しが当たっていない。

エマさんの日傘だ。

大きい。

車椅子に乗った俺。

それを押すキューブ。

その二人を完全に覆えるほど大きな日傘を差し、エマさんが後ろから歩いてくる。

こんな大きな日傘を持ちながら、平然と歩いている。


すごいなぁ。


俺の視線に気づいたのか、エマさんがこちらを見る。


「なんです、旦那様。」


俺は何でもないと首を振り、それから、ただありがとうと答えた。

エマさんが珍しく慌てて目を逸らす。


「侍女長として、当然です。」


そう言って、日傘を握り直す。



しばらく進んでいると、作業をしている沢山の人達が見えてきた。

遠くから、大声で指示を出している赤毛親方や茶毛親方の声が聞こえる。


聞いていた通り、雪原のフェンに住む一族や、

常連客の若者達が建物を建てていた。

地面を測量している者もいる。

自分達の住居や、ムラマサ親方が言っていた畑などを作っているのだろう。


よかった。


あのまま、当てのない放浪の旅へ出るのかと思っていた。

ようやく、落ち着ける場所を見つけてくれたようだ。


こちらに気づいたのか、図面を見ながら話し合っていた二人が近づいてくる。

ノートさんとグスタンさんだ。

二人とも笑顔だった。


「よう、ヴァルナ。」


ノートさんが腕を組み、話しかけてくる。


「もう外へ出ていいのか。」


まだ上手く喋れないので、手を上げて挨拶をする。

ノートさんは、そのまま黙って俺を見てきた。


なんだ。


俺は片言で話すのが精一杯だし、会話が続かないぞ。

しばらくして、ノートさんが口を開く。


「悪かった。」

「俺も、言い過ぎた。」

「まさか、こんなことになるとは思わなかった。」


恐らく、揉めたあの晩のことを言っているのだろう。

気にすることはない。

あれはノートさんの方が正しい。


俺が勝手に癇癪を起こしただけだ。


そして、それに応えてくれたのは、クリスタルの山とヘイムだ。


俺は何とか首を振り、ノートさんの謝罪を否定する。


「それに、勝手に住み着いてしまって。」


ノートさんは、建築中の建物へ目を向ける。


「今更だが、本当にいいのか。」


良いも何も。

そのためにヘイムが応えてくれたのだ。

問題ないだろう。


しかし、ムラマサ親方が言っていた。

自治区に家を建てていると。

ここが、その自治区なのか。

確か、クリスタルの山は『大地母神』神殿の特区だったはず。

そのことを言っているのだろうか。


まだ靄のかかった頭で考える。

でも、少しずつピースが集まってきた。


アンリ先生や、トール夫人とハーケン夫人も、

この建築のために動いているという。

なら、政治的にも問題はないのか。


いや。


問題がないとしても、ここは帝都の端とはいえ、帝都の中だ。

貴族の子弟達が通う帝国学園の目と鼻の先に、

これほど広い自治区なんて認められるのか。


嫌な予感がする。


「久しぶりですね、ヴァルナさん。」


悩む俺に、グスタンさんが話しかけてくる。

俺がこの世界に来てから出会った中で、

一番まともで頼りになり、何度もお世話になったグスタンさん。


「この度は、本当にご苦労様でした。」

「初めてシチューをご馳走になった時から、

 まさかこんなことになるとは思いませんでした。」


温かな笑みで、俺を労ってくれる。


「ムラマサ親方から相談がありましてね。」

「ここに、ブドウ畑や水田を作りたいと。」


言っていたな。

酒造所を作り、オリジナルの酒を造りたいと。


「あんな、子供のようにきらきらした目で夢を語られてしまいまして。」

「つい、来てしまいました。」


グスタンさんはそう言ってしゃがみ、地面の土を手に取る。

指先でほぐし、匂いを確かめる。


「とても良い土です。」

「生命力に溢れている。」

「ここで育った作物は、きっと良い物になりますよ。」


グスタンさんが嬉しそうに話す。


「どうです。」

「ブドウ畑や水田、茶の葉だけでなく、他の作物も育てませんか。」

「実は、私も色々と考えてしまいましてね。」


少し照れたように笑う。


「ここで、ノート族長や雪原のフェンに住む一族と共に暮らし、

 農業をしようかと。」

「そうしてもらえると、こちらも助かる。」


ノートさんも頷く。


「自分達の食い扶持や、働く先があるのはありがたい。」

「俺達は、犯罪に手を染めないことが唯一の自慢でな。」

「帝都には俺達を差別せず、まともな職をくれる人もいる。」

「だが、ここにいる全ての人間を雇ってもらうのは無理だからな。」


それは俺も賛成だ。


でも、グスタンさん。

自分の農地はどうするの。

帝都でも有名な農場なんですよね。

俺の考えを察したのか、グスタンさんが笑う。


「今の農場は、そろそろ長男夫婦達に譲ろうかと思っておりまして。」

「私も、良い年ですから。」

「あの広い農場の世話をするのは、最近少しきつくなってきました。」


グスタンさんは、頭を掻きながら笑った。


そんな年齢には見えない。

けれど、帝都の市場で店を開いている次男さん夫婦にも、

子供がいそうな年だったな。


まあ、酒造所に関しては、まだよく分からない。

でも、畑を作ること自体はいいのではないだろうか。

俺が頷くと、グスタンさんも満足そうに頷き返した。


「本当に、色々と恩に着る。」


ノートさんが、真剣な顔で俺を見る。


「雪原のフェンに住む一族は、受けた恩を忘れん。」


そう言って手を上げ、グスタンさんと共に作業へ戻っていった。



そして、いよいよ世界樹へ近づく。


近づくにつれ、少しずつ周囲の緑が増えていく。

キューブによると、世界樹を中心として、日々この大地に緑が広がっているそうだ。


世界樹は、この地の中心にできた泉。

その真ん中にある陸地へ立っている。

最初は誰でも泉を越え、世界樹の所まで行けたらしい。

しかし今は、もう行けないそうだ。

泉の途中から、見えない壁に阻まれるという。


俺達も対岸から眺めるだけだと思っていた。

ところが、


『大丈夫ですよ。』


師匠がそう言い、キューブにそのまま進むよう促す。


待って。

泉だよ。

水の中に入ってしまうよ。

橋も架かっていないし、小舟もないよ。


師匠もキューブもエマさんも、そんな俺を温かい目で見てくる。


俺は今、全身包帯のミイラ男だよ。

元の世界でも、泳いでいるのか溺れているのか分からないと言われたほど、


泳ぎは下手だよ。


やめて。

動かない身体で抵抗するが、車椅子はどんどん泉へ近づいていく。

恐怖で目を閉じる。


……あれ。


いつまで経っても、水に触れる感触がない。

恐る恐る目を開ける。

俺達は水面の上を進んでいた。

まるで、見えない床でもあるかのように。


でも。

見えない壁もあるんだよね。

そろそろ、ぶつかるよ。


『馬鹿ですねぇ。』


師匠の声が聞こえる。


『主人であるヴァルナさんを、世界樹が拒む訳ないじゃないですか。』


懐かしい師匠の突っ込みに、少しだけ安堵する。

けれど、それどころではない。


俺の焦りなど関係なく、車椅子はそのまま進み、無事に岸へたどり着いた。

そして、世界樹の根元へ着く。


先程までの焦りや恐怖は、一瞬で消えた。


ただ、感動した。


初めて富士山を麓から眺めた時よりも。

とても巨大で、てっぺんなど見えるはずがない。

それなのに、不思議と見えるような気がする。

視点が世界樹と重なり、帝都全体を見渡しているような感覚。


なんだろう。

俺と同調しているのか。

とても落ち着く。


世界樹が虹色に光る。

それに呼応するように、泉も虹色に輝き、世界樹を下から照らした。


まるで、俺に、

お帰りなさい。

そう言っているようだった。


「ただいま。」


自然と、口から言葉が出た。

気づけば、涙も流していた。

ずっと昔から共にいた相棒と、ようやく再会したような。

いつも一緒にいた半身のような。

とても懐かしい感覚だった。


身体の痛みも少しずつ引いていく。

完全ではないが、腕を上げられるようになった。

言葉も、少しなら話せる。

キューブとエマさんは、そんな俺と世界樹を黙って見守っていた。



師匠が、世界樹の上方へ向かって飛んでいく。

しばらくして、何かを持って降りてきた。


『ヴァルナさん。これを。』


師匠は、動くようになった俺の手に、一振りの葉のついていない枝を渡してくる。


『世界樹の枝ですよ。』

『ヴァルナさんが魔法を使う時に、手助けをしてくれる物です。』

『ヴァルナさんのためだけに、世界樹が用意してくれた大切な短杖ですよ。』


世界樹の枝を握る。

その瞬間。

何かが繋がった気がした。

キューブが大きく目を開ける。


「ほう。これはこれは。」


珍しく、キューブが感情を露わにしている。


『駄目ですよ。』


師匠がすぐに、キューブを警戒する。


『これはヴァルナさんだけの物です。』

『ここにある世界樹本体はもちろん、葉も枝も全部。』


師匠の声が少し低くなる。


『悪魔族にとって、世界樹がどれほど重要かは知っています。』

『だからといって、渡しませんよ。』


キューブは首を横に振った。


「心外ですねぇ。」

「私が、マスターの物を欲しがるとでも。」


そう言いながらも、キューブは珍しく目を開けたまま、

世界樹の枝を凝視している。


何かあるの。


俺はキューブへ枝を差し出そうとした。

その瞬間。

キューブが慌てて膝をつく。


「いけません、マスター。」

「それはマスターの物です。」

「例え悪魔族の悲願であろうとも、受け取ることはできません。」


声が、いつもの軽い調子ではない。


「それに、今の悪魔族には、世界樹の主人も守護者もいません。」


キューブは、きっぱりと断った。


何か分からないけれど。

必要な物ではないの。

そんなにも、悲しそうな顔をしているのに。

そっか。

なら、何かあったら言ってね。

いつもお世話になっているから。

俺も、キューブの力になってあげたい。


師匠。

そんな目で見ないで。


それより教えて。

短杖って何。

それに、さっき魔法って言わなかった。

これまで集まってきたピースが、少しずつはまっていく。


『そうですね。』


師匠は、少し考えてから答えた。


『そろそろ、きちんと説明しましょう。』

『でも、お部屋へ戻ってからですよ。』

『まだ本調子ではありませんし。』

『秋風に長く当たるのは、今のヴァルナさんには身体に悪いですから。』


師匠が、珍しく優しい声で語りかけてくる。


気づけば日差しも弱まり、夕方になっていた。

キューブが立ち上がり、再び車椅子を押してくれる。

部屋へ戻る途中、店の方から歌声が聞こえてきた。


「まだ誰も入れていませんが、三階席ができています。」


キューブにそう言われ、少しだけ寄り道をすることになった。



ヘイムの三階席へ上がる。


一階も二階も、いつものお客様が来てくれていた。

ありがたいことだ。

皆忙しそうなので、そちらへ顔は出さず、上からそっと店内を眺める。


そして。

聞いてはいたが、実際に見てしまった。


以前よりも、さらに大きくなったフロア。

吹き抜けになった三階席。

そして、そこから見える一階フロアには、舞台が作られていた。

お立ち台なんかではない。

本当に芝居でもできそうな、立派で大きな舞台だ。

その舞台の上で、吟遊詩人らしき人物が歌っている。

後ろでは、複数人の演奏者が楽器を奏でていた。


俺は、また頭が痛くなってきた。

俺は。

この店は。

一体、どこを目指しているのだろう。


師匠のニューワールド講座 81

~世界樹の枝編~


師匠

『なんです。』

世界樹の枝って何ですか。


『うーん……。

どうしましょう。

次回の本編と少し被ってしまいますが、

本文では詳しく説明しない予定ですし、

せいぜい数行で終わるでしょうから、

ここで少しだけお話ししましょう。』


『簡単に言えば、

そのままです。

世界樹の枝ですよ。

……問題は、

その世界樹の方なんです。

以前も話しましたが、

世界樹とは、

世界の根幹を支える大樹。

生命や魔力の循環を司る、

この世界にとって最も重要な存在の一つです。

そして、

ヴァルナさんが持つ枝は、

その若木とも言える存在。

場合によっては、

挿し木として育て、

新たな世界樹へ成長させる事すらできます。』


そんな物なの!?


『ですから、

世界樹を欲する者からすれば、

喉から手が出るほど欲しい代物です。

ですが安心してください。

神剣・ソルブレイドと同じく、

防犯対策は万全です。

世界樹に認められた者しか触れません。

他の魔法使いですら持てません。

あれは、

ヴァルナさんだけの物です。

今回、

私が触れられたのも、

怪我をして動けないヴァルナさんへ渡すという、

特別な理由があったからですよ。』


へぇ……。


『これからは、

肌身離さず持っていなさい。

枝を通じて、

離れていても世界樹の加護を受けられます。

魔法を発動する際の補助にもなりますし、

魔力制御も助けてくれるでしょう。

よく物語で、

魔法使いが杖を持っていますよね。

あれと同じ役目です。

今度、

トレース親方に頼んで、

携帯用の短杖ホルダーでも作ってもらいましょう。』


『そして、

ヴァルナさんの成長に合わせて、

世界樹の枝も成長します。

まさに、

魔法使い必携の品ですね。』


便利なんですね。


『まだまだ秘密は沢山あります。

ですが、

今のヴァルナさんには早すぎます。

一度に覚えられませんからね。

今回はこの辺りにしておきましょう。』


『それにしても、

忙しくなりそうですねぇ。

流派アルティメットだけではありません。

今後は、

他の魔法使いまで関わってくるかもしれませんよ。

料理バトルに、

魔法バトル。

ヴァルナさん、

ますます大忙しです。』


えっ、嘘ですよね!?

まだ一度も流派アルティメットと会ってないし、

魔法使いって世俗に関わらないんですよね!?


『さぁて。

これでキッチンスタジアムも解禁ですね。

私も司会として頑張らないと。』


『マジカル・ファイト・レディ・ゴー!!』


えっ!?

キッチンスタジアムで魔法使い同士が戦うの!?

色々と混ざってません!?




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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