81 敗因
本当は、もっと早く参戦する予定だった。
部族の者達や戦えぬ者、
そして負傷者を奥へ避難させるよう指示を出した直後、
俺はこの三人に捕まった。
こんな状況でも怪しい笑みを絶やさない『大地母神』の神官。
そしてドワーフ族の二人。
あの化け物相手に何か策があるらしいが、どこから取り出したのか、
食堂の一角に鍛冶道具や木工道具を並べ、慌ただしく作業を始めていた。
こんな突貫工事で作った物が、本当に役に立つのか。
そう疑いたくもなる。
だが、無いよりはましだ。
それに、スミズルと名乗ったドワーフ――。
なんと"親方"の称号持ちだった。
同じ称号持ちなのに、片や皆から尊敬され、片や俺は蔑まれる。
この差は何だ。
……まあ、この御仁が悪い訳ではない。
何事もなかったかのように、普通に接してくれるまともな人物だ。
しかし、本当にこんな作戦と道具で何とかなるのか。
そんな不安を抱えながら渡された二振りの刀を見る。
見事な業物だった。
「すまんのう。それが今出せる最高の物じゃ。」
親方は申し訳なさそうに刀身を見つめる。
「あんな化け物相手じゃ。せめて魔術金属でコーティングした物を
渡してやりたかったが、今あるのは玉鋼製だけじゃ。」
「くそう……家の倉庫には祝福を受けた武器も、
魔術金属で加工した武器もあるというのに。
アイテムボックスへ入れておけばよかった。」
悔しそうに呟きながらも、親方の手は休まらない。
その横顔を見ながら俺は首を振った。
「いや、十分すぎる。」
愛用のレイピアより重量はあるが、その分頑丈で切れ味も良さそうだ。
十分すぎるほど頼もしい武器だった。
ようやく準備が終わり、表へ向かおうとした俺へ、
親方が真剣な眼差しを向ける。
「頼むぞ。」
「そなたが鍵じゃ。」
その一言に、俺は思わず笑う。
「任された。」
さて……どこまで持ちこたえている。
プライマル・リッチと聞いただけでも絶望的なのに、それが魔王とは。
さて、うまくいくかねぇ。
勢いよく飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、
勇者学生達が大量の不死者に囲まれ身動きを封じられ、
まさに魔王の魔弾を受けようとしている光景だった。
最初からこれか。
ウォーミングアップも無しで全力とは。
放たれた魔弾へ向かって跳ぶ。
失敗すれば、出オチにもならず終わりだ。
空中で二刀を抜き放ち、鍔を交差させたまま刀身を滑らせる。
「霊座亜武零度」
青白い輝きが二振りの刀を包み込む。
着地の勢いを乗せ、そのまま魔弾を斬り裂く。
――よし。
いけた。
勢いそのままに周囲へ群がる不死者達も次々と斬り伏せる。
……ふむ。
レイピアより重いが、感覚はだいたい掴めた。
俺は肩で息をする勇者学生達へ振り返る。
「待たせたなぁ。」
「少し準備に手間取ってな」
ボロボロになりながらも立ち続ける学生達。
その姿に苦笑しながら刀を構える。
「さあ、勇者学生の諸君。」
「早く逃げな。」
「ついでに、おっさんも連れてな。」
俺は魔王との間へ割って入り、二刀を静かに構えた。
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
ようやく一息つけた松平が肩で息をしながら言う。
「僕はまだ戦えるでござる。」
その目はまだ死んでいない。
他の学生達も同じだった。
誰一人として退く気はない。
やれやれ。
「勇気と蛮勇を履き違えるな。」
「撤退するのも勇気だぞ。」
そう言いながら、自分自身へ苦笑する。
……さて。
こうして魔王の前へ立つ俺は、蛮勇ではなく何なんだろうな。
「さぁ、勇者達、早くしな。」
「それに、ただ逃げろって言ってんじゃない。」
「ドワーフの親方が、何か秘密兵器を作っているぞ。」
「最後の仕上げと運用に、お前達が必要らしい。」
その言葉に、女性陣が動いた。
おっさん――ベルンハルトだったか。
そいつを両側から抱え、店内へ向かう。
「ほら、松平、斎藤。行くよ。」
渋る男性陣へ、鈴木が指示を飛ばす。
「ほらほら、リーダーの言うことは聞く。」
そう言って歩き出すと、残された学生達や、
オーバーオールを着た二人も後に続いた。
それにしても、魔王はこのやり取りすら黙って見ている。
ブラスの言った通り、余裕なのか。
それとも、俺達を侮っているのか。
【言ったはずだ。勇者は逃がさんと】
そう思った直後、魔王は再び、店内へ向かう勇者学生達へ魔弾を放った。
ったく、連発するんじゃない。
防ぐこっちの身にもなってみろ。
俺は再度走り込み、魔弾を斬る。
だが、このままでは埒が明かない。
こちらの魔力も体力も有限だ。
魔弾を斬りながら、そのまま魔王へ近づき、斬りつける。
体術はそれほどでもないようだが、躱しやがる。
だが、その躱し方は駄目だ。
身に纏わせている負のオーラ頼りの避け方。
攻撃が通らないことを前提にした防御。
油断しすぎだ。
さらに半歩踏み込む。
当たった。
そして、斬り裂く。
手応えあり。
そのまま連撃を入れる。
人間を嘗めるな。
ここで決めるつもりで攻撃を続ける。
こちらを嘗めているうちがチャンスだ。
最初、魔王は驚いたのか、黙って受けていた。
だが、そのうちに身の躱し方が変わる。
先ほどよりも鋭く、無駄が少ない。
しかし、その程度では変わらん。
それを魔王も理解したのか、負のオーラを固めてきた。
まだ行ける。
魔王の目が光る。
今まで以上の濃度の負のオーラを、こちらにぶつけてきた。
俺は二刀で受け、後ろへ跳んで弾く。
ちっ。
ローブを刻んだだけか。
手応えはあったが、本体にダメージが入ったかどうかは分からんな。
跳んだ先で、竜人と獅子人の貴族夫人がこちらに声をかけてくる。
「やるじゃない。どうやっているの。」
竜人の夫人が、興味津々に俺の二刀を眺める。
「これ、スミズル親方のよね。でも、私の双鞭も親方作だし。」
そう言って、自分の双鞭と見比べた。
俺は苦笑いをしながら答える。
「まあ、ちょっとしたコツがな。」
「だが、口で説明してどうこうなる技じゃないぞ。」
「それに、ドワーフの親方達がとっておきを用意している。」
「俺はただの時間稼ぎだ。」
そう言いながら、呼吸を整える。
そして数歩前へ出た。
「昔、放浪している時に知り合った旅の武芸者から習ったのさ。」
「変な武芸者でさぁ。しばらく共に旅して、
目録を獲得したら、後は自分で磨けってな。」
「出会った時と同じく、ふらっといなくなりやがった。」
呼吸は整った。
二刀を構える。
「二天一流・陰陽交叉の型・破邪顕正」
「我が五輪の二刀、受けるが良い。」
あの旅の武芸者との修行を思い出す。
明鏡止水といったか。
そんな心境には、いまだに至れん。
だが、習ったことを一つずつ思い出す。
基礎に従い、攻撃を繰り出す。
対人でも、対獣でもない。
対魔。
この世の者ではない、常世の者を斬る技。
修行の時は意味が分からなかった。
だが、
「いずれ分かる。」
そう言って、うどんを食べながら笑っていた武芸者の顔を思い出す。
今、ようやく分かった気がする。
魔王も接近戦は不利と思ったか、魔術で遠距離攻撃をしてくる。
それを二刀で弾き、斬り裂きながら近づいていく。
なんの為に、こんなことをしている。
あのヴァルナの為か。
この地の為か。
一族の為か。
魔王の存在を許してはいけない為か。
どれでもある。
だが、どれでもない。
笑いがこみ上げてくる。
楽しいぞ。
一武芸者として、どこまでこいつに通じるか。
確かめてみたくなってきた。
そして、二刀の間合いに入る。
奥義を叩き込みたくなる。
通じるか。
だが、流石は魔王。
この一瞬の隙を見逃さなかった。
いつの間にか用意していた、練り上げた魔術を叩き込んできた。
避ける暇も、受ける暇もない。
直撃を喰らってしまった。
――はずだった。
衝撃が来ない。
恐る恐る目を開けると、目の前に魔術壁があった。
「油断しすぎですよ。」
胡散臭い笑みを浮かべた神官、ブラスがそこにいた。
足元には例の魔道具が置かれ、杭で固定されている。
目の隅に、背中に魔道具を背負った
オーバーオール姿の二人が走るのが見えた。
全部で六つ設置のはず。
それまで時間を稼ぐ。
俺の仕事を思い出す。
「悪かったなぁ。つい熱くなった。」
俺は少し距離を取り、再び構える。
「ええ、お願いします。」
ブラスが印を組み、魔術を唱える。
傷ついた身体が癒されていく。
「サポートはお任せを。」
そう言って、ブラスは不敵に笑った。
俺が再び魔王へ向かうと同時に、竜人と獅子人の二人も襲いかかる。
そうだな。
手数が多い方が助かる。
三人掛かりで攻撃を繰り出す。
攻撃が通じなくても、魔王の気をこちらに引きつける。
いいぞ。
今、唯一攻撃が通る俺を注視しながら、残り二人の攻撃も受けている。
攻撃が通らなくても、魔術の発動の邪魔にはなる。
オーバーオールを着た二人が地面に魔道具を設置する。
これで三つ。
残り半分。
【ええい、鬱陶しい】
魔王が全方位に無差別に魔力弾を放つ。
着弾し、爆発する。
俺達の動きが止まる。
そして、着弾した場所から、不死者の化け物が現れた。
なんという数だ。
これでは魔王に集中できん。
それに、このままでは街へ溢れてしまう。
倒しても倒しても湧き出てくる。
ええい。
物量は正義とは、よく言ったものだ。
◇
本当に不味いわ。
ようやく魔王に攻撃を通せる者が来た。
ここからどうしようかと思った矢先だった。
親方達が何かをしている。
その時間稼ぎをしてほしい。
そう伝えられ、リオニーと共に魔王へ攻撃を始めたまではよかった。
けれど、こう物量で来られると厳しい。
不死者の化け物が門を抜け、表へ出ようとする。
いけない。
力を一気に使うことになるが、仕方ない。
私は大きく息を吸った。
「竜の息吹」
口から放ったブレスが、不死者の化け物をまとめて焼き払う。
同時に竜人化が解け、元の人型へ戻った。
消費が激しすぎる。
リオニーも全身にオーラを纏い、
門を抜けようとした不死者の化け物を吹き飛ばした。
そして同じく、獅子人化が解ける。
回復が追いつかない。
まだ不死者の化け物が湧き出ているのに。
動きなさい、私。
重い身体を必死に動かし、近くの不死者の化け物を双鞭で潰す。
門の入り口も危ない。
配管工ブラザーズの二人も危ない。
誰か、サポートしないと。
「どきなさい、化け物!!」
後ろから、聞き覚えのある元気で明るい声が聞こえた。
その声の主は、ハンマーを振り回しながら、
近づく不死者の化け物を威嚇していた赤服の配管工の所へ向かい、
不死者を吹き飛ばした。
「マレオさん、大丈夫ですか。」
もう。
全身あちこちに包帯を巻いて、ボロボロじゃない。
それでも他人を心配するなんて、本当に健気で可愛い娘ね。
グレートアックスを振り回すハルちゃんに、マレオは、
「Yahoo!!!」
と答え、魔道具を設置する。
確か、ブラスの手当てを受ける時に、設置数は六つ必要と言っていた。
あと二つ。
魔道具の設置に走っていた、もう一人のルイネルを見る。
そちらには、グラウハイム卿が駆けつけていた。
満身創痍なのに、最初からよく駆け回る。
本当に見事な騎士よ。
帝国も、こんな優秀な騎士を失ってもったいない。
グラウハイム卿はルイネルを助け、恐らく次の設置場所へ向けて動き出す。
そして門の入り口では、ムラマサ親方とミレディちゃんが、
何人かのプリセスガードを連れて激戦を繰り広げていた。
皆、顔色が良くない。
それでも必死の形相で武器を振るっている。
あらら。
そんな顔してたら、気の弱い婚約者達が逃げるわよ。
私も負けていられない。
倒れているリオニーと目が合う。
彼女は笑って立ち上がった。
そうよ。
みんなボロボロで戦っている。
寝転んでいる場合じゃない。
「Mamma mia!!」
ルイネルの声が聞こえる。
何?
ルイネルとグラウハイム卿の前に、
ひときわ大きな不死者の化け物が現れる。
嘘よね。
あれ、リッチじゃない。
プライマル・リッチじゃない。
エルダーでもグレーターでもない。
けれど、リッチはリッチ。
国家規模災害級よ。
そんな者まで湧いてくるの。
これが魔王の不死者の軍勢。
リッチがルイネルとグラウハイム卿へ手を振りかざし、魔術を放とうとする。
そこへ光弾が撃ち込まれた。
「大当たり!!」
ヘイムの方から声が聞こえる。
振り向くと、二階のテラス席で鈴木がガッツポーズを取っていた。
何かを投げたのか。
横にいる親方達が、私の視線に気づいたのか、親指を立ててくる。
そう。
それが秘密兵器なわけ。
リッチすら一撃で葬れる何か。
期待するわよ、親方達。
呼び出したリッチがやられたことに気づいたのか、
魔王がルイネルとグラウハイム卿の方を見る。
バレた。
視線が明らかに、ルイネルが背負っている魔道具を見ている。
そして、今まで設置した魔道具も。
いけない。
もう少しなのに。
時間を稼がないと。
少しでもこちらへ気を逸らさないと。
そのとっておきが効果を出すまで。
私は残された力を振り絞って跳ぶ。
ナイス、リオニー。
考えは同じ。
リオニーも跳んだ。
私達にできる最強技。
今まで二度放って、一度も当てることすらできていない。
けれど、これが精一杯。
せめて三人揃っていれば、効かなくても気を逸らすことはできるのに。
私とリオニーは、魔王の頭上で止まる。
残った全てをかける。
互いに顔を見て頷き、武器を振り下ろした。
「「「ケラウノス」」」
三つの雷撃が一つになり、魔王を穿つ。
魔王が初めて反応し、手をこちらに向けた。
先程までとは違う。
手応えあり。
その証拠に、魔王が上げた手を押さえている。
初めて見せた苦悶。
見たか。
私達三人が揃えば百万パワーよ。
……ええと、三人?
力を使い果たし、膝をついて肩で息をする私とリオニーの側に、
仮面をつけた女戦士が立っていた。
「ま、マリー。」
リオニーの口から名前が漏れる。
そう。
武装したマリーが立っていた。
「違う。わらわはマリーではない。」
マリーは慌てて首を振る。
「そっ、そう。わらわは双星の断罪者じゃ。そう、双星の断罪者。」
「見よ。この仮面が目に入らんか。」
あのねぇ。
それはアンリちゃんとミレディちゃんでしょう。
それに、その仮面はまだアンリちゃんが小さかった頃。
あなたがまだ、しっかり母親をしていた短い間。
私達が作った、仮面の怪盗ごっこ遊びで使った時の物じゃない。
「そんなことより、二人共まだいけるわよね。」
マリーが剣を構える。
「あらあら。いきなり復帰してリーダー気取りかしら。」
リオニーが笑いながら立ち上がる。
本当に昔から我儘なんだから。
力を使い果たしたと思っていたのに、不思議と力が湧いてくる。
剣を構えたマリーが、魔王を挑発した。
「ふーん。貴方が魔王。大したことはないわね。」
待って待って。
仮にも魔王よ。
その存在感は半端ないのよ。
【なんだと。朕を愚弄するか】
ほら、怒っているじゃない。
まあ、視線をこちらへ逸らせる効果はあったようだけど。
「もし機会があるなら、今の帝宮に行ってみなさい。」
「貴方なんかが可愛く見える存在が、百鬼夜行しているわ。」
マリーは帝宮を見て、首を振った。
「あの中を抜けてここに来ることに比べたら、貴方なんて問題ないわ。」
何よ、それ。
そう言われると、近衛騎士の姿が見えない。
こんな大騒ぎで駆けつけてこないなんて、ありえない。
先帝の側にいるのも第六騎士団のみだ。
いったい帝宮で何が起きているの。
マリーが剣を魔王へ向ける。
そうね、今は魔王をなんとかしないと、
「行くわよ、二人共。」
人使いが荒いわね。
自然と笑みが浮かぶ。
三人揃った。
ディー・ドライ・ドンナーリーリエン。
“雷霆の三華”の力を見なさい。
後ろで、
「Here we go!!」
ルイネルの声が聞こえる。
あと一つ。
私達三人とノートで、魔王へそれぞれの獲物を叩き込む。
ブラスの聖句が聞こえる。
もう少しよ。
もう少しで、親方達の何かが発動する。
しかし
リオニーが頭を掴まれ、悲鳴を上げる。
直接、生命力を吸われている。
マリーがその手に剣を振り下ろす。
届かない。
このままではリオニーが。
私も双鞭を魔王に叩き込む。
リオニーを離せ。
嘲笑う魔王。
その魔王の背後から、ノートが斬りかかる。
「二天一流・奥義・五輪明王・不動剣印撃」
背後に不動明王を背負ったように、青白く発光する二刀を叩きつける。
魔王はリオニーを離し、ノートへ向き直る。
でも遅い。
ノートの二刀が魔王に刺さる。
【見事】
魔王の口から称賛の声が漏れる。
【だが、運がなかったのう】
その瞬間、ノートの二刀が砕けた。
【使うておる物がこれではな】
【それなりに業物らしいが、朕の力どころか、そなたの力にも耐えられんかった】
【朕と戦うには、最低でも魔術武具がないと話にならんわ】
魔王の拳がノートの腹に打ち込まれる。
ノートが倒れる。
万事休すか。
「今だ。」
ノートが崩れ落ちる瞬間、叫んだ。
同時に何かが飛んでくる。
しかし、それを魔王は躱す。
【残念じゃったのう。そちらもリッチを倒した時から把握済みよ】
魔王がヘイムの二階テラス席を見る。
そこには、悔しそうな鈴木がいる。
トレース親方に何かを渡され、再び魔王を狙って投げる。
どうやら、杭のようだ。
二回、三回と投げるが、全て躱される。
【無駄よ無駄。その程度では、不意打ちでも当たらんわ】
魔王が両手を広げる。
放たれる衝撃波。
私達三人が吹き飛ぶ。
ノートが魔王の足元に無防備に残っている。
いけない。
助けないと。
しかし、魔王がさらに追い打ちをかける。
魔弾が私達を襲う。
私達だけじゃない。
配管工ブラザーズも、ハルちゃんも、グラウハイム卿も。
そして魔弾が設置した魔道具に当たり、砕け散る。
そんな。
私達の希望が。
吹き飛ばされ、立ち上がる皆の顔が絶望に染まる。
「このやろう。」
鈴木が再度、杭を放つ。
だが、それは見当違いの場所へ飛んだ。
そして、鈴木が膝をつく。
【カカカ。どうやら最後の物だったらしい】
【これで終わりよ】
魔王が高笑いをする。
【世界樹を手に入れ、残りの我が分体を解放する】
【そして、かつての力を取り戻し、再び世界の智という智を】
【我が物に――】
芝居がかったように宣言する。
【案ずるな。そなたらはよくやった】
【死して朕の軍勢に加わることを許そう】
【竜人も獅子人も狼族も、もちろんエルフも、ただのヒュマも許すぞ】
【そこで必死に聖域を展開しているハイ・エルフもじゃ】
「ふざけんじゃないわよ。」
マリーがアンリちゃんのことを言われて立ち上がる。
だが、魔力弾をぶつけられ、倒れた。
「母上!!」
アンリちゃんの悲鳴が聞こえる。
【案ずるなと言うたであろう】
【親子ともども、朕の軍勢に加えてやる】
【それに、感じるぞ。消えかけている。鬱陶しい力を持つ存在】
【貴様も我が軍勢に入り、世界樹の糧となるがいい】
それって、ヴァルナ殿のこと。
ヴァルナ殿が死んでしまえば、世界樹が枯れる。
だから、不死者にして世界樹を操るつもりなの。
そんなの、世界樹じゃない。
まるで第二の魔王城じゃない。
何か。
何か手はないの。
勝ち誇った魔王が無防備に歩き出す。
悔しいけど、もう思いつかない。
何度も力を使い果たし、その度に立ち上がった。
けれど、もう根性論だけではどうにもならない。
身体が鉛のように重たい。
ただ黙って、魔王の歩みを見ることしかできなかった。
「悪いな。こっちが本命だ。」
ノートが立ち上がり、
無防備な魔王の背中に懐から出した何かを突き立てる。
【ぎゃああああああ!!】
魔王が叫び声を上げた。
「そういうことです。これでチェックメイトです。」
魔王から離れた場所にいたブラスが、
先ほど鈴木が闇雲に投げた杭を拾い、地面へ刺す。
同時に魔術陣が完成した。
光り輝く六芒星。
「貴方が壊した魔道具は囮です。」
「本命はこの杭。魔道具はダミー。
魔道具を固定するために使ったこの杭こそが、私達の狙いでした。」
ブラスが手を振るい、空中に聖印を描く。
それに合わせて、神官達が聖句を紡ぎ出す。
「地面に打った杭。そして、貴方に刺さった杭。」
「これは、スミズル親方とトレース親方が作った聖遺物です。」
「知っていましたか、魔王。」
「ここ、ヘイムには二柱が最近よくご降臨されるのですよ。」
「『大地母神』様も『軍神』様もご降臨されて、
色々な食器でご自由に食べたり、お酒を飲んで歌って。」
「この杭はですね。そのお使いになった食器や、
口を付けてお飲みになったお酒のボトルの残りなど、
お触れになった物で作った物です。」
ブラスは、いつもの不敵な笑みをさらに深めた。
「どうです。最新の聖遺物の味は。」
さらに手を振るい、複雑な聖印を描く。
六芒星の輝きが増していく。
◇
なんだ、これは。
この久しく忘れていた感覚は。
そうだ。
痛み。
全身を巡る痛み。
打ち込まれた杭から、不快な力を感じる。
だが、この程度。
【愚か愚か。この程度の聖遺物で、朕を倒せるとでも】
苦しみながら、刺された杭を抜き、握り潰す。
握り潰した杭から液体が弾け、朕を濡らした。
【グワアアアアア!!】
再び叫び声を上げてしまう。
「聞いていませんでしたか。それは神酒ですよ。」
神官がすました声で、液体の正体を告げる。
六芒星から光の糸が伸び、朕を拘束する。
「魔王。貴方の敗因は二つ。」
本当に憎たらしい笑顔を浮かべる。
「一つ。貴方は王者すぎた。」
「さすがに、生前は賢帝と言われたお方。」
「正々堂々と戦いすぎ、余裕を見せすぎです。」
「もっと最初から力を振るえば、私達は手も足も出すどころか、
認識すらできずに滅ぼされていたでしょうに。」
そうだ。
朕は皇帝じゃぞ。
卑怯な手は使わん。
正面から全ての抵抗を受け止め、弾き返してくれる。
朕は神官の顔を注視し、耳を傾ける。
「そして二つ目。」
「貴方は、研究者でもあった。」
「珍しい存在や知らない技を見せられて、
貴方は敵の殲滅よりも好奇心を優先させた。」
そうとも。
朕が求めるのは智。
珍しい存在や知らぬ物には、興味が尽きない。
「だから、皆さんの隠し手を注視した。」
「そして、私のような者の解説や蘊蓄にも耳を傾けてしまう。」
「どこかに、知らない智があるのではないかと。」
「お陰で時間稼ぎができました。」
そうだな。
否定はせん。
お陰でこのような目に遭っている。
【じゃが、手の内を明かすのが早すぎたし、短い】
この程度、間もなく解析が終わる。
【それに、貴様を倒せばこの魔術陣は消える。制御しているのは貴様だ】
確かに力は封じられかけておるが、間もなく弾き飛ばせる。
何より、今の朕の射程距離に入っているぞ、神官。
朕は手を構え、神官へ向ける。
なぜ、そこで笑う。
【その笑み、気に入らん】
力を放とうとした時、掛け声が聞こえた。
なんだ。
振り向いた朕の顔を、何かが打ち抜く。
一回、二回と更に続けて。
なんだ。
頭が震える。
この魔術陣の中とはいえ、これほどのことができる者が、まだいたのか。
ようやく、その者の姿を目に収める。
聖域を展開しておったハイ・エルフだった。
そうか。
この魔術陣で、朕の負のオーラは一時的とはいえ封じられた。
もう聖域展開する必要はない。
おおおお。
見えるぞ。
精霊が。
沢山の精霊が、あの娘の背を押しておる。
朕を打ちつけるハイ・エルフの娘の拳や足に、
精霊魔法の力を乗せ、我に叩きつけてきよるわ。
顎を殴られ、空を見上げる形になった朕の目に映る。
世界樹の光。
その残り少ない力を、六芒星に注いでおる。
「姫様。」
神官の声と共に、ハイ・エルフが最後の一撃を放つ。
そして、その勢いに乗じて朕から離れた。
「これで完成です。」
神官を見る。
最後の印を切る。
どうやら終わったらしい。
六芒星の魔術陣から伸びる糸が、朕を完全に拘束する。
さて、どうやってこの状況を脱するか。
【見事じゃ。しかし、この程度では朕は倒せんぞ】
拘束だけでは無理じゃ。
先ほどまでのハイ・エルフの攻撃は効いたが、致命傷には至らん。
せいぜい時間稼ぎじゃ。
「いつ、この術式であなたを倒すと言いました。」
なに。
またもや神官の言葉に聞き入ってしまう。
そこに、朕の知らない智を感じてしまった。
「これは送還術です。」
送還術じゃと。
「ええ、そうです。」
「この世界、転生者や転移者が多すぎます。」
「昔から、神々や神殿に訴えてくるんですよ。」
「元の世界に戻して欲しいと。」
神官は首を振る。
そうだ。
この世界には多すぎる。
しかしその分、新たな智がこの世界に来る。
朕も何人も招いて、知識を乞うたぞ。
「神々は言いました。」
「元の世界に戻すことはできる。」
「だが、元の世界がどこにあるか。無限に広がる世界から探し出すには、
何百年という時間がかかると。」
そう。
それが問題じゃ。
この大宇宙にどれだけの事象があるか。
それがどれか一つでも違う動きを、違う考えをすれば、もう世界は分岐する。
その中から、どうやって探す。
たとえ何百年とかかっても探し当てる神々の力の、何と素晴らしいことか。
「皆、それで諦めました。」
「しかし、それでもと考える者がいました。」
「哀れに思い、同調する者も。」
神官がこちらを見る。
「そうした者達の執念の集大成が、これです。」
そう言って、六芒星を指さす。
起点となる杭に人が集まり、それぞれが信じる神々へ祈りを捧げている。
神官共の聖句が共鳴する。
そうか。
なるほど。
あの時もそうだった。
勇者。
分体ではない、かつての朕を相手に戦った者。
あの者も、一人でありながら一人ではなかった。
確かに素晴らしき力を持っていたが、朕には届かなかった。
しかし、その背に背負った想い。
その想いが、朕を超えた。
朕を打倒し、幾つもの分体に裂き、封印した。
見事じゃった。
そして今も。
見事じゃ。
「残念ながら、未完成で違う世界に送ることはできません。」
ほう。
なら、どうする。
「なので、次元の狭間へ封印させていただきます。」
神官は、胡散臭い笑みを浮かべた。
良いぞ。
良いぞ。
憎たらしい笑みが、良き物に見える。
朕の身体が、魔術陣に沈んでいく。
良い気分じゃ。
ここに集うた想いに免じて、今回は朕の負けじゃ。
じゃが、必ず戻ってくるぞ。
もう術式も覚えた。
魔術陣もな。
時間はかかるが、戻ってくるぞ。
二度と同じ手は効かんぞ。
朕の身体が完全に魔術陣へ沈む。
空間が閉じる。
最後に神官を見る。
貴様のことも覚えた。
戻ってきたら、貴様の墓を暴いて、朕の配下に加えてやるぞ。
そなたは朕の側にこそ相応しい。
閉じきる前に、
「ごめんこうむります。」
と聞こえた。
朕は皇帝ぞ。
欲しい者は、全て手に入れる。
◇
六芒星の魔術陣は静かに閉じ、輝きを失った。
『トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世』
『アステリア帝国の帝都に出現した魔王の分体が封印されました。』
『世界は魔王の脅威から解放されました。』
世界伝言が流れる。
世界中の人がそれを理解した瞬間、爆発的な歓声が上がった。
ここヘイムでも同じだった。
力を使い果たし、皆がその場に倒れ込む。
しかし、そこにはやり遂げた者の笑みがあった。
笑うことができる者は笑い、泣き出す者は泣いた。
だが、その笑い声や泣き声をかき消すように、軍靴の音が聞こえる。
「全軍、抜剣!!」
先帝カールの声が響き渡る。
アステリア帝国・第六騎士団が、ヘイムへ向けて進軍を開始した。
師匠のニューワールド講座 76
~魔王討伐編~
師匠
『なんです。』
すごかったですね。
みんなで魔王を倒してしまいましたよ。
『そうですね。
皆さんに花丸をあげたい気分です。』
でも俺や師匠、
まったく出番なかったですね。
『……。』
『ヴァルナさんには、バッテンを。
ついでに赤点もあげましょう。』
酷い!
師匠も活躍してないのに。
『まあ、それはともかく。
本当によくやりました。
人の手だけで、
分体とはいえ魔王――
プライマル・リッチを封印したのです。
これは歴史に残る快挙ですよ。』
でも、結構ギリギリでしたよね。
『ええ。
運も味方しました。
あの魔王の分体、
最後まで本気を出していませんでしたからね。
完全に遊んでいました。
その気になれば、
帝都を一瞬で滅ぼし、
大量の不死者を生み出して軍勢を築き、
世界征服への第一歩を踏み出していたでしょう。
残る分体の封印を解き放つことも、
十分に可能だったはずです。
しかし、
世界樹に興味を示し、
皆が披露した奥の手に興味を持ち、
研究者気質が勝ってしまった。
だからこそ負けたのです。』
でも、あれで分体なんですよね。
『そうですよ。
完全体なら、あんなものではありません。
かつての勇者達は、
本当によく封印まで持ち込みました。
もし敗れていたら、
神々が直接降臨していてもおかしくない相手です。』
そんな化け物だったんだ……。
『もっとも、
あの魔王にも功績が一つだけあります。
超帝国では禁じられていた、
六大神をはじめとする神々への信仰。
魔王との戦いをきっかけに、
それが再び認められました。
それまでは邪神が国教でしたからね。
……そこだけは、
評価してあげても良いでしょう。』
あと、
次元の狭間に封印って、大丈夫なんですか。
『大丈夫ではありません。』
えっ。
『ですが、
そこから先は人間が気にする事ではありません。
神々の仕事です。
邪神やトリックスターに利用されないよう、
ちゃんと対処しますよ。
……たぶん。』
最後の「たぶん」が一番不安なんだけど。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




