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80 世界が告げた凶報

『トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世』

『アステリア帝国の帝都に、魔王の分体が出現しました』

その瞬間、世界中が恐怖に落ちた。


世界伝言。


それは、世界そのものから発せられるメッセージ。

虚偽ではない。

誇張でもない。

そこに含まれるのは、世界が真実と認めた情報だけである。


これまで流れていた世界伝言は、

どこぞの誰かが良き称号を得ただの、

何かの記録を打ち立てただの、

なかなか跡継ぎに恵まれなかった国王に隠し子が生まれただの。


世界の気まぐれかと思うような、

素晴らしき事からくだらない事まで、

ここ最近は目出度いものや笑えるものばかりだった。


だが今、世界伝言は凶報を告げた。

それも、とびきりの凶報を。


世界中の誰もが、幼き頃より聞かされて育つ叙情詩や寝物語がある。

演劇でも鉄板とされる物語。

かつて超帝国が健在であった時代ですら、語ることを許されていた物語。

それは実際にあった、魔王と勇者の物語であった。


トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世。

超帝国、第六代皇帝。


生まれながらにして、魔術の才能に恵まれた男。

その才能を十分に学び、鍛錬する環境も与えられていた。

本人もまた努力を惜しまず、切磋琢磨し、十分にその才を開花させた。


人柄も良く、よく国民のための政を行い、賢帝として民から愛されたという。

国政が安定し、時間が生まれると、彼は魔術の研究に取り組むようになった。


才能もあり、趣味でもあった魔術研究。

だが、それが進めば進むほど、彼は研究に取り憑かれていった。


後継者たる皇太子が優秀であったことも一因だったのだろう。

やがて彼は国政を皇太子へ任せるようになり、研究室に籠ることが多くなった。

そしてついには帝位を譲り、龍穴の一つに城を建て、そこへ籠もった。

その頃から、彼の口癖は決まっていたという。


「時間が足りない」


その言葉が、いつしか人々の耳に不吉な響きを持つようになった。

そして、この頃から噂が立ち始める。

城に招かれた長命種族の者が、誰一人として帰ってこない。


不老不死を目指し、研究材料にしているのではないか。

生贄にしているのではないか。


そんな噂だった。

その噂を聞き、長命種族達が城を訪れなくなると、今度は彼らを攫い始めた。


さすがにその噂と、

実際に人攫いの部隊が城へ出入りしていることが確認されると、

時の皇帝も真偽を正すために使者を送った。


だが、誰一人戻ってこなかった。


遂に討伐隊が組まれ、城へ送り込まれた。

そこで彼らが見たものは、変わり果てた前皇帝の姿だった。

そこにいたのは、不死者。


“リッチ”であった。


そして、討伐隊は滅ぼされた。

その後も、何度も討伐隊が送られた。

だが、その度にリッチは力を増していった。


リッチから、グレーター・リッチへ。


グレーター・リッチから、エルダー・リッチへ。


そしていつしか、プライマル・リッチへと。


龍穴に建てられた城は、いつしか魔王城と呼ばれるようになった。

そこから溢れ出す、不死者の軍勢。

そしてそれが、進行を始めた。


生者を求めて。


生命力を求めて。


超帝国も、討伐隊ではなく軍隊を差し向けた。

ここから、壮絶な戦いが始まる。


戦えば戦うほど、死者が増えた。

死者が増えれば、不死者の軍勢も増えた。


初めのうちは、超帝国が軍勢の数で押していた。

だが、やがて劣勢は誰の目にも明らかになっていく。


この時、超帝国は国教以外の教えを認めた。

それまで帝国政府の目を盗んで信仰されていた、

邪神やトリックスター以外の六大神を始めとした神々の信仰を。


そして、勇者が現れる。


その後、勇者は多くの心ある者達、

神々、精霊、妖精の力を借りて、魔王を討伐した。


正確には、魔王を幾つもの分体へと分断し、

世界各地に封印したと言われている。


その封印の神殿が、今も世界各地に存在している。


その一つが封印を解かれ、アステリア帝国の帝都に現れた。

いずれ、残りの分体の封印を解くために世界を巡るだろう。


その報を聞いた者達は、神殿へ駆け込み祈った。

街は門を閉じた。

農夫は鍬を置き、武器を取った。


世界に魔物が溢れる。

安全な場所など、どこにもない。




その世界伝言を聞いたのは、

国境へ攻め寄せてきた大陸連合国軍を追い返した直後であった。

もう一当てして退却させれば終わりだ。

そう考え、本陣に集まった将軍達と軍議を開いていた時だった。


『トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世』

『アステリア帝国の帝都に、魔王の分体が出現しました』


世界伝言が響いた。

地図を指していた手が止まる。


魔王じゃと。


しかも、我らが帝都に。


「総長」


参謀が声を上げた。

いかん。

幕外の兵士達が動揺しておる。

ざわめきが広がっていく。

一度恐怖が伝播すれば、戦場ではそれだけで軍が崩れる。


「軍議は後じゃ。各々方、各自の部隊に戻り、将兵を落ち着かせよ」


ワシは即座に声を張った。


「この状況で攻勢を受ければ、戦線は崩壊するぞ」


その一言で、戸惑っていた将軍達も我に返った。

急ぎ幕外へ出て、自らの部隊へと戻っていく。


一体、帝都で何が起こっておる。

ワシも直営部隊を鎮めるために外へ出た。


軍勢が落ち着くまで、しばらくかかった。

不味いのう。


取り敢えず軍の崩壊は防いだが、皆、内心では不安じゃろう。

帝都に家族を残している者も多い。

自分達が国境で敵を食い止めている間に、

その帝都が魔王に襲われたと聞かされて、平静でいられるはずがない。



司令部の置かれたテントの前で、

ワシはミュラー辺境伯とミョルニル公爵の三人で顔を突き合わせた。

そこへ、配下の者が駆け寄ってくる。


「総長閣下、大陸連合国の軍使が来ております」


軍使じゃと。

このタイミングでか。

面倒な予感しかしない。

しかし、無視する訳にもいかん。


「通せ」


ワシが許可すると、大陸連合国の軍使が通された。

軍使は仰々しい前口上を並べ始めた。

今がどういう状況か、分かっておらんわけではあるまい。


「ここは戦場であるし、緊急時じゃ。要点を申せ」


ワシが遮ると、軍使は口元だけで笑みを作った。


「そうですな。緊急事態です」


その目は笑っていなかった。


「停戦を求めます」


停戦じゃと。

こちらは構わん。

だが、そちらはいいのか。

何の成果も出さずに停戦など、責任の押し付け合いが大変じゃろうに。

軍使は続けた。


「そして、魔王討伐の共同戦線を要求します」


そう来たか。

人類総力戦である魔王。

その討伐に協力しろと。

言葉だけなら正しい。

だが、こやつらの狙いがそれだけであるはずがない。


「帰れ。その件はワシの一存で決められん」


ワシは短く突き返した。


「帝都へ連絡を取り、返事をする」

「しかし、それでは手遅れになりますぞ」


軍使は、いかにも憂いているような声を出した。


「まだ分体のうちに、力を取り戻す前に手を打たねばなりません」


正論じゃ。

だが、目が笑っておる。

嘗めるな。


「くどい。直ぐに連絡を取り、返事をする」


ワシは軍使を睨み据えた。


「それまでの停戦は飲む。そちらも怪我人の手当てがあろう。

 自軍に戻り、軍を整えるとよかろう」


実質的な追い払いだった。

軍使は一礼し、踵を返す。

だが最後に、振り返らぬまま言葉を置いていった。


「その帝都に現れたのですぞ。帝都が無事かどうか」


余計な事を言いおって。


ここには帝都出身の者も、家族を残している者も沢山いる。

不安を煽るためだけの捨て台詞。


やはり信用ならん。


軍使の姿が見えなくなると、

ミュラー辺境伯が心配そうな顔でこちらを見てきた。

去年代替わりしたばかりで、まだ三十になったばかりか。


領民の評判も良い。

軍の指揮も見事じゃった。


じゃが、少し経験が足らんのう。

もう少し経験を積めば、安心して国境を任せられる。


「魔王討伐への共闘」


ミョルニル公爵が静かな声で言った。


「言っている事も、行動も正しい」


そこで一拍置く。


「ですが、それは信用できるならです」


そうじゃな。

あれは信用できん。


「あのまま受け入れたら、共に進軍しても領地を荒らすでしょう」


ミョルニル公爵は淡々と続けた。


「散々、奴らの補給を叩きましたからね。

 現地調達するでしょう。魔王討伐の大義名分を掲げて」

「それに、上手くいっても居座るでしょうな」


ミュラー辺境伯が青い顔で頷く。


「帝都に。国内に。それに対して我らは何もできない」

「魔王討伐の功労者として我慢するしかない。

 追い払えば、利用するだけして終われば用済みかと国際社会で非難される」


よう分かっておるのう、若き辺境伯は。

その見立ては正しい。


「それに、最悪、受け入れた途端に我らへ牙を剥く可能性もあります」


まったく、その通りじゃ。

しかし、いずれ受け入れなくてはいけない時が来るかもしれん。


魔王。


分体とはいえ魔王じゃ。

人の手でどうこうできる存在ではない。

神々が使徒を遣わすか。

勇者が現れるまで、耐えねばならん。

帝都を守らねばならん。


魔王の侵攻先となる民を守らねばならん。


どれほどの恥辱にまみれようとも、力なき民の盾となり、剣となる。

それが騎士の誓いじゃ。


まずは、帝都で何が起こっているかを確かめねばならん。

ワシは通信兵に、帝都と連絡を取るよう伝えた。

そして周りの将兵に聞こえるよう、大きな声で言った。


「安心せい。帝都には先代のカール様がおられる」


ざわめいていた兵達の視線がこちらへ集まる。


「太陽神様より宝剣――神剣ソルブレイドを授かった、あのカール様がのう」


兵達の表情に、わずかに色が戻った。


「いざとなれば、宝剣を抜き、太陽神様の力が振るわれる」


ワシはさらに声を張る。


「魔王と言うても、分体じゃ。太陽神様の威光の前にはかなわん」


ワシ自身、そうは思っておらん。


だが今は、将兵を落ち着かせる言葉が必要だった。

あの方は動くかのう。

昔と違って、我欲が強くなっておる。


ワシは帝都の方角を見る。


守るべき民がおる帝都を思う。


そこにいる、ワシ以上に騎士とは、貴族とは、

民を守るためにあると信じて行動する家族を思う。


愛する妻を。


頼れる息子夫婦を。


可愛い娘を。


そして、悲しき運命を背負ったもう一人の娘を。


きっと、真っ先に危険へ飛び込んでおるだろう。

無駄だとは思いつつ、無事を祈る。


どうか神々よ。

我らに祝福を。



もう、一体なんなのよ。

アルマと共にプライマル・リッチと戦っていた私は、

視界の端でグラウハイム卿達の動きを捉えていた。


どうやら、あちらは上手くやったらしい。

あの自称覇王大帝様が、

地面に転がされているのが見えた時は、正直スカッとした。


こんな状況でなければ、声を上げて笑っていたかもしれない。


そして、あの男にプライマル・リッチへ命令させ、

負のオーラを消し、動きを止めた時は、心の中で喝采した。


よくやった。

本当に、よくやってくれた。


手が空いていたら、両手で拍手していたところだ。

だが、今はそんな余裕はない。

この最大の好機を逃す訳にはいかなかった。


アルマも同じ事を考えたのだろう。

私と同時に、全身全霊を込めた一撃の体勢へ入る。

さすがアルマ。

言葉などいらない。


長年、戦場で共に戦ってきた仲だ。

マリーも含めて、私達はかつてこう呼ばれた。


ディー・ドライ・ドンナーリーリエン。

“雷霆の三華”。


その名は伊達ではない。

けれど、今ここにマリーはいない。


マリー。


今の貴方はなんなの。

どこにいるの。

ただの皇后になってしまったの。

プライマル・リッチが現れたのよ。

このままでは、帝都どころか、帝国も、世界さえ終わってしまうかもしれない。


先帝はもう、自分の事しか考えていない。


帝都でプライマル・リッチに立ち向かえる存在など、ほとんどいないのよ。

せめて、上澄みだけでも力を合わせなければならないのに。


執務室の机に再び飾った家族の写真。


そこに映っている娘の一人は倒れている。

もう一人は必死で戦っている。

このままでは、あの子達がいなくなってしまうわよ。


私は、ここにいない三人目の戦友を、親友を思いながら地を蹴った。

アルマと呼吸を合わせる。


「リオニー」


アルマが私の名を呼ぶ。

それだけで十分だった。


かつて“雷霆の三華”が放った合体攻撃。

今は一人足りない。

それでも。

雷神が振るった武器の名を冠した一撃を。


「「ケラウノス」」


二人しかいない。

だが、それでも城壁すら砕く一撃だ。

これでも喰らいなさい。


私とアルマの一撃が、動きを止めたプライマル・リッチへ叩き込まれる。

奴は動かなかった。

抵抗する素振りすら見せなかった。


勝った。


そう思った瞬間。

プライマル・リッチへ届く寸前、私達の身体は見えない何かに弾き飛ばされた。

何が起きたのか理解するより先に、地面へ叩きつけられる。

肺の中の空気が一気に押し出された。

痛みで視界が揺れる。

それでも、私は歯を食いしばり、なんとか立ち上がった。


そして見てしまった。

プライマル・リッチの眼窩に、光が宿るのを。


空洞だったはずの瞳に。

理性が。

知性が。


そして、禍々しい意志が宿った。

聞いてしまった。


【朕は、トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世である】


はっ。

何それ。

ふざけんじゃないわよ。

それって――


『トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世』

『アステリア帝国の帝都に、魔王の分体が出現しました』


同時に流れた世界伝言。

その瞬間、この場の喧騒とは別に、帝都全体の熱気が静まった気がした。


人の営みの音が消える。


町外れのこの場所にまで届いていた雑踏も、


馬車の音も、遠くの市場の気配も、


まるで誰かが音を奪ったかのように消えた。


帝都から音が消えた。


そして次の瞬間、悲鳴が上がった。


町外れのここまで聞こえるほどの悲鳴。


笑いたくても笑えない。

乾いた声すら出ない。


打つ手なんてないじゃない。

どうしろって言うの。


構えていたハルバードの穂先が、わずかに下がった。

その時だった。


「グラウハイム卿! 松平を連れて逃げなさい!」


アルマが突然叫んだ。


「遠くへ! 地の果てまで!」


叫ぶと同時に、アルマは魔王とグラウハイム卿達の間へ割り込んだ。


その姿が変わり始める。

メタモルフォーゼ。

種族因子の解放。

アルマの背から翼が生える。

額から角が伸びる。

身体が二回りほど大きくなり、全身を青い鱗が覆っていく。

尻尾が現れ、顔つきも竜人のそれへと変化していく。


体力も魔力も、今までとは比べものにならないほど消費する。

だが、その分、能力は跳ね上がる。


竜人としての固有能力も使えるようになる。


あの姿を見るのは、いつ以来かしら。

命を削る戦い方。

アルマの正真正銘の切り札。


そうか。

もう勝ち目はない。

ならば、せめて希望を残さなければならない。

明日へ繋がる希望を。


《勇者》松平。


それがただのジョブなのか、世界に認められた称号なのかは分からない。

けれど、勇者固有スキル《ブレイブハート》を発動した。

世界伝言で、それは世界に伝えられた。


今、もっとも伝説に近い存在。


伝説の勇者なんて、ろくな人生を送れない存在だ。

そんな者になってほしくはない。

けれど今は、頼るしかない。


逃げなさい。

そしていつか、この魔王を倒して。

そのための時間は作ってあげる。


私も意識を集中した。

私の中に眠る、獅子の因子よ。

呼びかけるように、内側へ意識を沈める。

次の瞬間、身体が大きくなった。

筋肉が膨れ、骨格が軋む。

爪が鋭く伸び、牙が大きくなる。

全身を金色の毛が覆っていく。


完全な獅子化はしない。

それでは武器が持てなくなる。

相手は魔王。

そしてリッチだ。

触れるだけで、そこから生命力を吸われる。

素手では戦えない。

武器で戦うしかない。


アルマと私が因子を解放する様を、魔王は面白そうに眺めていた。

まるで、研究対象を目の前にして喜ぶ学者のように。


【ほうほう、面白いぞ。竜人に獅子人か。そこまで血が濃いのは久しぶりじゃ】


魔王の声には、恐怖も怒りもない。

あるのは純粋な興味だけ。


【その力、朕に見せてみよ。楽しみじゃ】


アルマが動き出した。

それに合わせ、私も地を蹴る。

アルマと私の咆哮が響いた。

受けてみなさい。

獅子人と竜人の本気を。

アルマと共に、次々と技を放つ。


突き。

薙ぎ払い。

踏み込み。

連撃。


竜の爪のようなアルマの斬撃と、

獅子の膂力を込めた私のハルバードが、魔王へ襲いかかる。


こいつ。

本気で私達を観察していやがる。


術者タイプなのか。

余裕を見せているのか。

躱す動きも、反撃も、それほど速くはない。

なんとか、私達でもついて行ける。


だが。

それにしても、攻撃が通らない。

刃は当たっている。

確かに当たっている。

それなのに、手応えがない。


リッチだから表情は分からない。

けれど、痛くも痒くもないように見える。

それどころか。


【ほら、どうした。その程度か】


魔王が笑うように言った。


【うん? 今、何かしたかのう】


挑発してくる。

ムカつく。

心底ムカつく。

けれど、それならそれでいい。

このまま奴が私達に興味を持っているなら、時間稼ぎになる。


グラウハイム卿や松平が逃げる時間くらいは――


【ふむ、その程度か。詰まらんのう】


魔王が軽く手を振った。

ただそれだけで、私とアルマの身体が弾かれる。


【昔、戦った竜人や獅子人は、もう少し歯応えがあったがのう】


地面に転がりながらも、私はすぐに起き上がる。

だが、魔王は私達ではなく、別の方角へ骨の指を向けていた。


【それに、感謝するがよい。茶番に付き合ってやったが、無駄骨じゃ】


指し示す先。

そこには、未だに動けていないグラウハイム卿達がいた。


なぜ逃げない。


いや、違う。

逃げようとはしている。

だが、逃げられないのだ。

魔王が召喚したのか。

不死者の化け物達。

古今東西、様々な不死者の怪物が、彼らを取り囲んでいた。


グラウハイム卿を中心に必死に戦っている。

だが、こちらと同じだ。

攻撃が通っていない。


【カッカッカッ。いくら候補とはいえ、勇者は見逃さん】


魔王の笑い声が響く。


【たとえ旅立ったばかりのひよっことはいえ。ただのジョブとはいえ】


その声に、底冷えする殺意が混じる。


【勇者は殺す。魂さえ蘇らぬように滅ぼす。身体も不死者として再利用はせん】


魔王が松平へ手を向けた。


その手の中に、魔力の塊が生まれる。

黒く濁った球。

負のオーラを凝縮したようなそれは、見ているだけで吐き気を催すほど禍々しい。


駄目よ。

そんなものを喰らったら、跡形もなく消えてしまう。


私は残る力を振り絞って跳んだ。

アルマも同時に動く。

魔王の手に集まりつつある魔力の塊へ向けて、再び全力を叩き込む。


「「ケラウノス」」


だが今度は、魔王の身体に届くどころか、空中で弾かれた。


【邪魔をするな】


魔王の声が冷たく落ちる。


【そなたらは後で朕の軍勢に加えてやる。黙って見ておれ】


そして、魔力の塊が放たれた。

とてつもない魔力と負のオーラが込められた一撃。


受けても駄目。

弾いても駄目。

早く逃げて。


気づいたのか、グラウハイム卿が松平を突き飛ばし、自ら盾になろうとする。


駄目よ。

そんなのでは防げない。

避けて。

逃げて。


爆発範囲から逃げるしかない。

恐らく、この辺り一帯が吹き飛ぶ。

もう何もかも間に合わない。

あっという間の出来事なのに、やけに長く感じた。


魔力の塊が、グラウハイム卿に当たる。

そう思った瞬間。


それが、十文字に斬り裂かれた。


あれを。

斬り裂いたですって。


爆発もせず、魔力の塊は霧のように霧散していく。


それを成し遂げた者は、そのまま流れるように動いた。

グラウハイム卿達を囲む不死者の化け物達へ斬り込む。

二つの刃が閃くたび、不死者達が斬り伏せられていった。

斬られた化け物達は、呻き声を上げる暇すらなく霧となって消える。


攻撃が通じている。

誰。

誰なの。


「待たせたなぁ」


低く、どこか飄々とした声が響いた。


「少し準備に手間取ってな」


そこには、二刀を構えたエルフの女がいた。


獰猛に笑い、まるでこの絶望的な戦場すら楽しんでいるかのように。

雪原のフェンに住むダークの称号持ち達、その一族の族長。


ノート・ヴァン・イアールンヴィズ。


その女が、魔王の前に立っていた。


師匠のニューワールド講座 75

~リッチ編~


師匠

『なんです。』


リッチって、やっぱり元人間なんですか。

それも進化していってますよ。


『そうですねぇ。

リッチは定番ですよね。

元人間の賢者や王族が成る、知性ある不死者です。


元々高い魔力や知性を持つ者が、特殊な儀式によって誕生します。

天然物はいないと思います。


生前の知識をそのまま持ち、リッチとなる事でさらに力を増す。

浄化されるまで存在し続け、その間も知識を蓄え、力を磨き続ける。

だからこそ、恐ろしい存在なのです。

存在しているだけで周囲の生命から命を吸い取り、

負のオーラを撒き散らし、

不死者の化け物を次々と生み出していく。


まさに災害級。


その言葉が相応しいですね。

普段は自らのダンジョンや城などを根城にして、

研究や知識の探求に没頭していますが、

時折、人の世界へ姿を現します。

先ほども言いましたが、

存在しているだけで周囲に甚大な災害をもたらします。

だからこそ、魔王と恐れられるのです。


よく、過去の勇者は封印できましたよ。

世界の最終決戦兵器とも言える勇者でさえ、

倒すことはできず、封印するのが精一杯だったのですから。

本当に滅ぼそうと思えば、

使徒が複数人集まり、奇跡を何度も起こさないと無理でしょうね。』


そんな危険な存在なら、

なんで封印した後に滅ぼさなかったのですか。


『それを言われると……

痛いところなんですが。

あれも、人の手によって生み出された存在です。

ならば、人の手で滅ぼすべきではありませんか。

いつの日か、

貴方達人類がリッチを物語の中だけの存在にできる日が来ると、

私は信じています。』


師匠……。

そこまで人間を信じてくれているんですね。


『それに……』


それに?


『滅ぼしてしまったら、

この話に出てこられず、

盛り上がらないでしょう。』


出て来なくていいよ!

これ、飲食店経営物語だよ!

リッチも魔王も関係ないよ!




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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