79 操り人形
目の前におる自称覇王大帝様は、覇王というより、
コメディアンの方が向いているのではないか。
覇王らしかったのは、登場時だけじゃ。
その後は、我に一方的にやられ、
不死者の登場で動けぬ我を攻撃し、
アルマ様とリオニー様に叩きのめされて
不死者に縋りついた。
そして今は、かつての生徒達に翻弄されておる。
実力的には圧倒できるだろうに、いいようにしてやられておるのだ。
ローラーブレードとかいう物で挑発しながら動き回る鈴木に気を取られ、
隙ができたところを、斎藤、天宮、松平の攻撃が入る。
冷静さを失うと駄目になる典型的な例じゃのう。
「姫様、遅れて申し訳ありません。」
グラウハイム卿とハルヴィンダが側に来た。
二人とも息が荒い。
ここまで来るだけでも、相当負担が大きかったのだろう。
「申し訳ありません。私達では、この負のオーラの中を動けませんでした。」
「冨樫殿の食べ物の効果で、なんとかここまで来られました。」
そうか。
ほんにすごいのう。
転移者とは、このような物を作れるのか。
「冨樫はどうしておる。」
「はっ。まだハンス達と共に作り続けています。」
「ただ、なかなか上手く効果のある物を作れないそうで、苦戦しております。」
そうであろう。
あのプライマル・リッチの負のオーラに対抗できる物じゃ。
簡単に作れるはずがない。
しかし今は、縋れるものには何でも縋らんと。
「グラウハイム卿。松平のあの力、どう見る。」
「あのメッセージ、聞こえただろう。もしかして称号を得たか。」
我はグラウハイム卿と共に、松平を見る。
「あの、世界伝言でございますか。」
「俺も聞きました。スミズル親方もトレース親方も、世界伝言に違いないと。」
「自分達が“親方”の称号を得た時と同じだと、おっしゃっていました。」
「しかし、称号を得たとのメッセージではなく、
スキル発動でしたので、称号を得たかまでは分からないと。」
「佐々木の方は意識を失ったままで、
あの憔悴ぶりから無理に起こすのも危険と思いましたので。」
そうか。
分からんか。
称号の“勇者”なら、あのプライマル・リッチに対抗できるかと思ったが、
かといって勇者になどなるものではないとも思う。
複雑じゃ。
あの不死者に対抗できる方法を考えんと。
「スミズル親方とトレース親方が、
あのプライマル・リッチに対抗する物を作ると。」
「今、急ごしらえで何か作っておりますが、あまり期待するなと。」
「材料も何も足りん。効果があるかどうかも分からん、とのことです。」
そうか。
我ら前線だけでなく、後方でも、冨樫を始めみんなが戦っておるんじゃな。
「姫様、ごめんなさい。」
そう言って、ハルヴィンダが我を抱えた。
これ、何をする。
我をどうするつもりじゃ。
「姫様、貴方様は、
あのプライマル・リッチの負のオーラに対抗できる唯一の術者です。」
「姫様が倒れたら一巻の終わりです。」
「ですので、ここ前線ではなく、
後方の少しでも安全な所で、聖域の展開をお願いします。」
グラウハイム卿が正論を吐く。
しかしじゃなぁ。
皆を放って隠れるなど。
「姫様。」
なんじゃ。
ミレディまで。
この場に来よって。
そなた、顔色が相当悪いぞ。
ふらついておるではないか。
そなたこそ、奥に逃れんか。
「せめて、店内の二階テラス席までお引きください。」
「そこなら、前線も見渡せます。」
「皆、姫様の聖域展開が頼りなのです。」
分かっておるわい。
じゃが、冨樫の食べ物と松平のスキルのお陰で持ち直したとはいえ、
長くは持たんぞ。
先程から、削られていく魔力と精神力の量が増加しておる。
負のオーラの範囲も濃度も増しておる。
「分かった。ハルヴィンダ。」
「我を運び終えたら、他の動けぬ者を奥に運んでくれ。」
「あの不死者に、これ以上力を与える訳にはいかん。」
ハルヴィンダが頷く。
「それから、グラウハイム卿。」
「はっ。」
「戦えるか。」
グラウハイム卿は大きくため息をつき、覚悟を決めた顔をする。
「この命尽きるまで。」
「たわけ。マルタ殿やソレイア嬢の事を考えんか。」
「気軽に吐くでない。」
そう叱るが、死ねと言っておるのは我か。
「あの、中島とかいう奴の件じゃ。」
「必ず、あの不死者に対する何かを持っておる。」
「命令できる物か、負のオーラの無効化。
できれば封印できる物があればいいが。」
我は松平達を見る。
「松平達はよくやっておる。じゃが、殺意がない。」
「恐らく、致命傷は与えられまい。できても、とどめは刺せまい。」
「躊躇してしまうじゃろう。」
「それは、命のやり取りの場では致命的じゃ。」
グラウハイム卿が頷く。
「行って加勢してやれ。そして吐かせろ。あの不死者に関することを。」
「あの不死者はまだ、目を覚ましておらん。」
「今はまだ、中島の操り人形じゃ。」
「今のうちに何とかせねばならん。」
「侮るなよ。今は醜態を晒しておるが、腕は確かじゃぞ。」
「御意。」
そう返事をして、グラウハイム卿が松平達の所へ向かう。
我はそのまま、ハルヴィンダに抱えられてヘイムの中に入る。
皆、疲れ果てておる。
動ける者が、動けぬ者をさらに奥へと避難させている。
そして、まだ術が使える者達と二階のテラス席へ移動し、
改めて聖域展開の術式を練った。
神官達が我の術に同調し、補助と強化を重ねてくる。
『軍神』様の戦士団が、喉を枯らしながらも術歌を歌う。
まさに総力戦じゃ。
二階から、騎士団の様子がよく見える。
宝剣、神剣ソルブレイドを手に笑う爺を睨む。
どこかで画策していようハシュバルト公爵にも、心の中で悪態をつく。
貴様らの思い通りにはさせん。
最後まであがいて、あがいて、鼻を明かしてやる。
◇
やれやれ。
本当に、次から次へと事件が起こるもんだねぇ。
騎士団追放から始まって、内乱騒ぎに、二柱のご降臨。
そして今度はプライマル・リッチの登場と来たもんだ。
プライマルってなんだよ。
グレーターは聞いたことがある。
騎士団で、騎士団総力戦と習った。
それ以上は無意味だから、
覚えても無駄だと騎士仲間を笑ったのを覚えている。
ブラス殿から、グレーターの上の上。
使徒様か勇者案件と説明された。
なんじゃそりゃ。
逆に凄すぎて、恐怖もなかった。
諦めか。
気になったのは、マルタとソレイアのことだった。
ソレイアなんて、まだ十歳だぞ。
これから、もっと沢山楽しいことや悲しいことがあって、
大人になって、恋をして、誰かと――いや、許さんぞ。
彼氏とか結婚とか。
とにかく、人生はこれからなのに。
どこへ逃がしても同じか。
早いか遅いかの問題か。
使徒様や勇者が来るまで、生きていられる距離ではない。
せめて最後は一緒にと思ったが、
「ソレイアちゃんとリナちゃん、
それにマルタの事はちゃんと面倒みますから、
貴方は逝ってらっしゃい。」
と、エマ殿に蹴り出されてしまった。
いや、あのプライマルですよ。
プライマル。
よく分からないけど、無理ですよ。
「プライマルかスマイルか知りませんが、子供達も必死で戦っているんですよ。」
そう言われて、生徒達が武装して出て行くのが見えた。
「騎士なら騎士らしく、戦場で散りなさい。」
いや、俺はもう騎士じゃないんだが。
ふう。
最近、ため息ばかりだ。
そうだな。
最後まで、マルタとソレイアに誇れる男でありたい。
同じ場所で死ねなくても、この同じヘイムで死ねる。
それで十分だ。
それに、なぜか俺達が死んでも、このメイドはピンピンしている気がする。
側にいるマルタやソレイアも。
そう思うと、笑えてきた。
そうだな。
俺は、このヘイムの用心棒だって、マルタとソレイアの前で格好つけたんだ。
最後まで格好つけるさ。
しかし、なんちゅう化け物だ。
プライマル・リッチって。
見ただけで生命を吸い取られていく。
あれで、まだ未覚醒とはな。
しかし、あんな者をじっくり眺めて観察した佐々木の坊主は凄いなぁ。
確かに、負けていられん。
俺は静かに、中島とかいう転移者に近づく。
確かに手強そうだ。
闇雲に振るう剣にも威力がある。
冷静さを取り戻せば、坊主どもじゃ無理だろう。
無力化して、あの化け物の制御方法を吐かせるつもりだが、こりゃ無理だ。
姫様に壊されたとはいえ、残っている鎧も良い物だ。
一気に決めんと、こちらがやられるかもしれん。
剣を静かに抜き、背後から近づく。
正面からじゃなくて悪いな。
こちらは、あんたとの腕の差も、時間も、何もかも余裕がないんだ。
鈴木殿から何かを投げられ、それを剣で砕く中島。
しかし、その中身が液体だったらしく、全身に何かを浴びる。
「鈴木!!」
鈴木殿を睨み、怒鳴る中島。
そこへ、三方から攻める。
天宮殿。
斎藤の小僧。
松平の坊主。
完全に注意が前に向いた。
今だ。
俺は静かに剣を振りかぶり、背中に叩き込む。
危険感知か何かか。
俺の動きに気づき、身を捻って躱そうとする。
ちっ。
良い反応だ。
背中には叩き込めなかった。
だが、右腕は貰った。
そのまま返す剣で、右足にも叩き込む。
中島が倒れ込む。
俺はその左足に剣を刺し、残った左手を踏みつけた。
そして短剣を喉元に突き付ける。
身を捻って躱してくれたお陰で、無力化ができた。
結果オーライだ。
生徒達が唖然とする。
悪いな。
フォローしている時間がない。
「松平、斎藤、こいつの吹き飛んだ手と足を調べろ。」
「何か魔道具がないか探せ。」
きつい展開で、二人の動きが止まっている。
無理もない。
こんな場面に慣れろという方が酷だ。
「時間がないんだ。早く。」
「わっ、私が。」
青い顔をした鈴木殿が、滑るように動いて回収しに行く。
やれやれ。
肝の据わった嬢ちゃんだ。
あの年の俺だったら、坊主共と同じで動けないぜ。
俺は喚く中島を殴りつける。
「さあ、どうやってあの化け物をコントロールしている。」
「吐け。そうしたら治療してやる。」
そう言いながら、逃げ道を塞ぐ。
そんな顔で見るな、松平。
俺だって、こんな拷問じみたことを、お前らの前でしたくないさ。
でもさ、あの化け物とこれからやり合うんだ。
少しでも手段が欲しいんだ。
それを分かってくれたのか、天宮殿が俺の代わりに薙刀を首に突き付ける。
「聞こえたでしょう。吐きなさい。」
ほんと、凄い嬢ちゃん達だ。
俺は中島の鎧を脱がし、懐を探る。
おう、やだやだ。
男を剥くなんて気持ち悪い。
出てきたのは、いくつかの隠し武器と、光るペンダントだけ。
こいつか。
俺はペンダントを掲げる。
「違います。」
後ろから弱々しい声が聞こえた。
振り向くと、皆から配管工ブラザーズと呼ばれている
赤服のマレオ・フロランにおぶられて、青い顔をした佐々木がいた。
側には、ハンマーを構えた緑服のルイネル・ステラもいる。
「苦しんでいたけど、緊急事態だから、無理して連れてキタネ。」
マレオが言う。
でかしたぞ、配管工ブラザーズ。
「それは、結界石です。」
「そのお陰で、この中を自由に動けています。」
そうなのか。
それはそれで助かるが。
なら、どこにある。
どこに隠している。
アイテムボックスか。
こいつも転移者。
持っている可能性がある。
訳の分からないことを喚く中島。
まともに喋れんのか。
やむを得ん。
回復ポーションを口に突っ込む。
痛みが引いたのか、中島が喚き出した。
「俺の腕が、足が!」
「助けてくれ、元に戻してくれ! 神官を呼べ!」
自分の心配ばかりだ。
「うるさい、黙れ。」
「治して欲しかったら吐け。」
「どうやって、あいつを操っている。」
俺は手を振り上げて脅す。
左足に刺した剣を軽く動かすと、中島の悲鳴が上がった。
「知らん! 何も知らん!」
「あの禿ネズミが、封を開けたら言うことを聞くからって!」
「そのまま命令すればいいって!」
「封印の仕方も聞いてない!」
次々と喋り出す。
「ほら、言ったぞ! 治療しろ! 早く俺を治せ!」
やれやれ。
こちらとしては助かるが、根性のない奴だ。
しかし、本当か。
「なら、命令しろ。負のオーラを消せと。」
「大人しくしろと。」
俺は左足から剣を抜き、無理やり立たせる。
「ほら、早くしろ。」
喚く中島に命令する。
同時に傷口を押さえて逃げられないようにする。
「分かった、分かったから、やめてくれ!」
涙や涎まで流しながら、中島は叫ぶ。
汚いだろ。
「お、おい化け物! 俺を助けろ!」
ふざけたことを言い出したので、わき腹を殴る。
「次に余計なことを言うと、残った左腕と左足も落とすぞ。」
そう脅すと、中島は震えながら叫んだ。
「止まれ!」
「その負のオーラを止めろ!」
「動きも止めろ!」
その声と同時に、プライマル・リッチが動きを止めた。
そして、負のオーラが消える。
成功か。
トール夫人とハーケン夫人が、
ここぞとばかりに魔力を武器に纏わせ、それぞれの武器を叩き込む。
だが、武器が当たる瞬間。
プライマル・リッチから、今まで以上の負のオーラが吹き出した。
その衝撃で、トール夫人とハーケン夫人が吹き飛ぶ。
【ククク、アハハ。もうよいか、操り人形の振りも】
【どうであった。朕の演技は】
喋りやがった。
プライマル・リッチが。
【やれやれ、情けない奴よのう。その程度の傷で敵の言いなりとは】
プライマル・リッチの目が光る。
【愚か愚か。朕がその程度の輩に操られる訳がなかろう】
プライマル・リッチが両手を広げる。
【朕は、トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世である】
【頭が高いわ、下郎共】
オイオイ。
俺どころか、世界中のガキでも知っているぜ。
誰もが小さい頃から聞かされる叙事詩。
本物の勇者が出てくる、史実のおとぎ話。
本物の魔王じゃねぇか。
師匠のニューワールド講座 75
~世界伝言編~
師匠。
『なんです。』
世界伝言って何ですか。
なんか、みんなに聞こえてましたけど。
『そうですねぇ。』
『簡単に言えば――』
『世界そのものが発信する、お知らせですね。』
お知らせ?
『何か世界に重大な影響を及ぼす出来事。』
『あるいは、誰かが特別な称号を得た時。』
『そういった時に、世界が必要だと判断すれば流れます。』
世界が判断するんですか。
『ええ。』
『世界中に知らせる場合もあれば。』
『当事者だけに伝える場合もあります。』
『分かりやすく言えば』
『ネットゲームで流れる運営からのお知らせ。』
『あんな感じですね。』
なるほど。
『今回、松平が』
『勇者固有スキル』
『《ブレイブハート》』
『を発動しました。』
『あの状況で、世界が必要と判断したのでしょう。』
それだけ凄いってことか。
『あと――』
『今回。"魔王"が目を覚ました。』
『これも、世界伝言が流れるかもしれませんね。』
それ、怖い。
『過去にもありましたよ。』
『スミズルやトレースが"親方"の称号を得た時。』
『建国し、神々から帝権や王権を授かった時。』
『世界が』
『「みんな知っておけ。」』
『と知らせてくれました。』
便利ですね。
『便利でもありますし。』
『恐ろしくもあります。』
えっ。
『ヴァルナさんも有名になったら、大変ですよ。』
なんでです。
『変な事をしたら。』
『公開処刑です。』
怖っ!
『ネットなら、自分から見に行かなければ知りません。』
『ですが、世界伝言は違います。』
『強制的に世界中へ流れます。』
例えば?
『つまみ食い。』
『脱いだ靴下を放置。』
『洗濯物を片付けない。』
『夜中にこっそり買い食い。』
そんな事まで!?
『世界が重大だと思えば。』
『流れます。』
そんな世界嫌だぁーー!!
『安心してください。』
『今のところ、世界はそこまで暇ではありません。』
『……たぶん。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




