78 僕たちの先生
なんやなんや。
けったいなことになってきたなぁ。
数日前に太陽はんに頼まれて、学問はんに力を貸しておったけど。
いやぁ、ビックリしたで。
あのプライドの塊みたいな太陽はんが、わてに頭を下げてきよったんや。
つい頷いてしもうたが、わては裁きと情報が担当なんやで。
裁きも元々は、あんさんの管轄やろ。
まったく。
貴重品を集めて学問はんに渡せって。
便利屋じゃないねん。
まあ、情報担当やから、どこに何があるか分かるんやけど。
ただでさえ、あの転移者が《ネットスーパー》を使い始めて、
また市場が荒らされるんかと冷や冷やしながら監視しとったんや。
ところが、取り寄せた物を市場に流さんと、ひたすら貯め込んでおる。
なんやと思っとったら、これに繋がるとはなぁ。
あまりの急展開にビックリや。
しかし女王はん、いつまで傍観しとるんや。
大地のおかんなんか、怒りで震えておるし。
太陽はんも、今にも飛び出しそうやで。
その二人に飲んだくれが震えておるやないか。
プライマル・リッチやで。
ただのリッチでも、国規模の災厄や。
エルダーで人類国家総力戦。
その上のプライマルや。
人の手でどうこうできる存在やない。
わてらの使徒を複数人、総がかりでぶつけんと。
太陽はんのところの使徒が、
遠距離から聖光を連射でもせんと無理や。
それに、時間が経てば経つほど力を増すで。
今のうちや。
じゃないと、出て来るで。
正真正銘の“勇者”が。
あんな悲惨な存在を、また生み出すんか。
今の時代におるんか。
出て来る前に、人類の方が滅ぶで。
ん。
おおおお。
すぐ近くに勇者候補が一人おるけど、覚醒前に殺られそうやで。
覚醒できても無理や。
“勇者”の力って、そんなに簡単に扱えるもんやない。
まあ、覚醒と同時の火事場の馬鹿力で、なんとかしそうではあるが。
被害はでかいで。
少なくとも、アステリア帝国はもう無理やな。
まあ、創造神が新しい世界を造る準備を始めたから、
このままかもしれんなぁ。
みんな、頑張っておるのに。
ここまでやなぁ。
帝国の増援は見込めそうにない。
それにしても、あのヴァルナはんて奴は、なんちゅうもんを飼っておるねん。
あの執事とメイド。
恐ろしいわぁ。
あの皇后はんは、派兵に反対しとったみたいやけど、爺が動きよった。
よっぽど、孫にしてやられたんが許せんかったんやろうな。
太陽はんが、帝権の証として授けた神剣まで持ち出して、
意の一番に駆けつけておいて、物見を決め込んでおる。
今の地上で唯一、“プライマル・リッチ”に対抗できる武器や。
見てみい。
今、孫がやられて喜んでおる。
全身全霊で聖域を展開して動けんハイ・エルフの娘が、
あの自称覇王大帝様にボコボコにされとるのに、
なんやあの笑みは。
手を貸さんかい。
今が唯一の和解のチャンスやろ。
まだ自意識を取り戻していない“プライマル・リッチ”を倒す、
最初で最後の機会やで。
英雄症候群って、上手いこと言いよったな。
今度、わても使わせてもらおう。
あれは、自分が主役じゃないと嫌なタイプや。
アステリア帝国建国時も、
政治など面倒くさいと帝位を押し付けおったけど。
あれ、ミョルニルの王さんが帝位についておったら、
絶対反乱起こしとったやろう。
隠居しても変わらん。
息子と違って、政治で動いとらん。
偉そうなこと言って、暴れたい、目立ちたいだけや。
今回も、全ての陣営が“プライマル・リッチ”にやられた後に、
神剣で倒して英雄皇帝再び、のつもりやろうけど。
そりゃ無理やで。
今天界との繋がりは、このわてらが覗いとる泉のみや。
神力も、そこにある分だけやで。
太陽はんもお怒りや。
勇者が覚醒したら、速攻で没収されて勇者の手の中やな。
応援が、近衛が来んからってイラついてる場合やないで。
ほんと、若い頃はここまでひどくなかったはずやけど。
老害とはこいつのことやな。
近衛は来んで。
今頃、帝宮は大騒ぎや。
いや、騒いどらんか。
皆、息をひそめておるで。
あの執事、えげつないわ。
“プライマル・リッチ”が可愛く思えるほどの爵位持ちの悪魔が、
うようよしとる。
何をするでもなく、ただ練り歩いておる。
余程怒っておるんやろな。
大事な主人があんな状況なのに、帝国の混乱に巻き込まれたから。
激おこぷんぷん丸や。
まあ、店の子供達は無事そうやな。
あのメイド達が側におる。
これも、気づいておるんかなぁ。
ここにおる者も、何人気づいておるんやろ。
あいつらは確かに、ただの家事妖精シルキー族や。
でも、この世界のじゃないで。
わてらと同じか、下手するとわてらより上の世界の妖精や。
怖いわぁ。
ほんまに、あのヴァルナはんってナニモンやねん。
どう見ても、ただの人間なんやけどなぁ。
前世も、前々世も。
うーん、興味あるわ。
いっそ、執事やメイドが手を出してくれたら、あっという間に解決やのに。
それやと、女王はんの答えにならんか。
『人の世の事は、人の手で』
名言やし、よう分かる。
どうせ人間って、そのうち神秘を否定し、神々を否定して、
商売のタネにするのが落ちや。
どこの世界も同じ。
そんなもん。
三千年以上も付き合ってやるなんて、わてらも優しいなぁ。
あっ、こら。
こっち見て頷くな。
やれやれと呆れるな、この悪魔執事。
で、どうするん。
せっかく太陽はんの要請で、
学問はんが疑似霊薬の用意をしてくれてるけど、もう無理や。
間に合わん。
地上で作成できる霊薬は疑似や。
本物やない。
“プライマル・リッチ”の登場で、世界樹の力が、ヴァルナはんの命が、
どんどん減っているで。
あれは存在するだけで、周りの生命を吸い続けるからな。
もうヴァルナはんは死んどる。
あの小さい使徒が、全てを懸けて魂を肉体に留めているだけや。
それも今のままでは無理やで。
もって、明日の朝か。
“プライマル・リッチ”が自我を取り戻したら、もっと早いで。
女王はん。
◇
なんじゃ。
プライマルってなんじゃ。
神話の授業で習った気がするが。
リッチって、あれじゃろう。
不死者の王。
国が総力を挙げて戦う、神話の化け物じゃろう。
エルダーで人類総力戦。
神殿で語られる神話に出てくる、
化け物のランク付けでしか出てこん、ハルマゲドンの化け物。
確か、その上だったはず。
空想上の化け物ではなかったのか。
佐々木が悲鳴を上げて倒れる。
そうじゃ。
そんな化け物を見て、正気でいられるわけがない。
松平が佐々木を抱えて、慌てて神官の所へ行くのが見える。
奥じゃ。
距離を取るんじゃ。
もっと奥へ――。
そう言おうとした瞬間、我の身体に衝撃が走った。
なんじゃ。
我が、吹き飛ぶじゃと。
いかん。
聖域の展開が解ける。
集中せんと。
「さっきは、よくやってくれたなぁ。この腐れ野郎。」
中島が卑屈な笑いを浮かべながら、我を蹴り上げる。
「どうした。反撃しないのか、ああ?」
貴様はチンピラか。
覇王大帝とか、玉座に座るとかぬかしておったくせに。
奴の鈍い攻撃を躱して反撃したい。
じゃが、聖域を展開するので手一杯じゃ。
少しでも緩めたら、あの不死者に皆がやられてしまう。
少しでも気を緩めたら、あの不死者の存在に全てを持っていかれる。
見よ。
こちらの面子だけではない。
貴様らの陣営も。
第二皇子の軍勢だけでなく、自軍である第二皇女の軍勢も、
兵共が倒れているではないか。
流石に第二皇子は《賢者》の田中に守られておるが、
我の展開した聖域の範囲外の奴らは、ほぼ全滅ではないか。
第二皇女の方も似たようなものじゃ。
騎士団は不死者の影響外におるが、時間の問題じゃろう。
倒れた者から生命力を吸って、
不死者の負のオーラの影響範囲が広がっておる。
こちらは、ミレディがなんとか動いて、倒れた者を奥へ運んでおる。
神官達も、我の聖域展開に助力してくれておる。
マジでヤバイぞ。
起点の我が倒れたら、一気にこの辺りは死体の山じゃ。
魂すら残らんぞ。
なのに。
「さっきまでの威勢はどうした、帝国の姫さんよう。」
「お前も俺を見下しやがって。」
「俺はエリートなんだ。」
「なのに、あんなくだらんガキ共の面倒を押し付けられて。」
「ウザいんだよ。生意気で。
こっちが手を出せないことをいいことに、好き勝手しやがって。」
そう喚きながら、中島は我を攻撃してくる。
これもまずい。
このまま攻撃を受け続けたら、聖域展開が乱れる。
しかし、躱せば集中が切れる。
聖域展開へ、さらに力を注がなくては。
奴を睨みつけるのが精一杯じゃ。
こ奴は口だけか。
我のひと睨みでビビりおって。
「その目、ムカつくんだよ。」
中島が剣を振り上げた。
そこへ、リオニー様がハルバートを振り下ろし、我と中島の間に割って入る。
「ごめんなさい。皆を奥に運んでいたら遅くなってしまって。」
続いて、アルマ様が四人の神官を連れてくる。
「アンリちゃんを守って。アンリちゃんの集中が解けたら終わりよ。」
そう言って、双鞭を構え、我の前に立つ。
「なんだぁ。ババア共はお呼びじゃないんだよ。」
中島が再び剣を振り下ろす。
だが、その一撃は軽くリオニー様に受け止められ、逆に跳ばされる。
「あらあら。そのババアに転がされるのは誰かしら。」
リオニー様は軽くあしらいながら、プライマル・リッチへ視線を向けた。
「アンリちゃん。あんな者が出てきた以上、もう戦術も戦略も関係ないわ。」
「あれの存在は許してはいけない。」
「後先考えずに総力戦よ。」
リオニー様が、不死者――プライマル・リッチを睨む。
「でも、戦力は私達だけよ。」
「後継者争いをしている奴らは当てにならない。」
「騎士団はさらに最悪。見て。」
そう言われて、我は騎士団を見る。
騎士団が、神々しい炎に囲まれて守られている。
なんだ。
先程まではなかった。
不死者の影響範囲に入って、何かしたか。
「神剣ソルブレイド。」
「先帝が《太陽神》様から帝権の証として授けられた宝剣よ。」
「《太陽神》様の力を宿している。おそらく、
この場で唯一、あの不死者に届く力よ。」
そうか。
それがあったか。
あれがあれば、何とかなる。
しかし、なぜ動かん。
我の目に、宝剣を手にしたカールおじい様が映る。
あの爺。
笑いよった。
そういうことか。
あの不死者に敵対勢力が全て滅ぼされた後に、宝剣を振るうつもりじゃな。
これを機に、邪魔者を葬るつもりじゃ。
その間に、どれだけの兵が、国民が、犠牲になるか。
それが嫌なら、抵抗をやめて死ねと。
そういう笑いじゃ。
この一件を仕組んだのは、爺か。
怒りがこみ上げる。
「ごめんなさい、アンリちゃん。」
「今は耐えて。乱れた心では、聖域の展開ができないわ。」
アルマ様が悔しそうに、騎士団を睨む。
「鍵は、この中島とかいう奴。」
「この場にいて、何の影響も受けていない。」
「何か持っているはずよ。」
「こんな不死者を放置したままなんてできないもの。
封印するか、操る方法があるはず。」
「だから、リオニーとなんとかするから、耐えて。」
そう言って、アルマ様はリオニー様に加勢した。
アルマ様とリオニー様。
二人を相手に、中島はあっさりと押され始める。
一息はつけんが、呼吸を整えることはできた。
我は四人の神官に守られながら、少し下がる。
そのまま、聖域展開に集中した。
「くそう、邪魔だ、ババアども!」
中島が闇雲に剣を振る。
焦りと怒りで剣筋は荒い。
だが、それでも《覇王》の力を得た一撃だ。
まともに受ければ、ただでは済まん。
「ええい、化け物! こいつらをなんとかしろ!」
その言葉に、不死者――プライマル・リッチが動き出す。
やはりこ奴、何か持っておるのか。
不死者がゆっくりと手を振るう。
中島とアルマ様、リオニー様の間に、闇の波動が走った。
お二人は即座にそれを躱す。
しかし次の瞬間、まるで見えない手で掴まれたかのように、
不死者の側へ引き寄せられた。
「っ!」
アルマ様とリオニー様が、全身に雷を纏う。
弾けるような雷光が拘束を焼き切り、二人の身体が自由を取り戻した。
そのまま、武器にも雷を纏わせ、不死者に叩き込む。
だが、不死者は避けることすらしない。
ただそこに立ち、受けた。
「駄目。やっぱり攻撃が効かない。」
リオニー様の声が聞こえる。
「あはははは! ババア共の攻撃なんぞ通じるか!」
「最初は、禿ネズミ顔の貴族にゲームの雑魚を押し付けられた時は
どうしたものかと思ったが、やるじゃないか。」
「いいぞ、化け物。鬱陶しい奴らをまとめて始末しろ。」
禿ネズミ顔じゃと。
もしかして、ハシュバルト公爵か。
いや、それだけでは断言できん。
しかし、ハシュバルト公爵なら、
あの不死者を行使する魔道具を持っていても不思議ではないか。
伊達に超帝国の一族ではないということか。
それに、これは不味い。
今動ける唯一の主戦力であるお二人が、不死者に掛かりきりじゃ。
中島が自由になった。
当然、こちらに来る。
「待たせたな。さっきの続きだ。」
「借りを返してやる。」
「楽には殺さないぞ。苦しませて、苦しませて、殺してやる。」
中島が笑いながら近づいてくる。
神官達が我の前に出る。
やめよ。
そなたらでは――。
案の定、次の瞬間には神官達が地に伏せていた。
「お前らもすぐには殺さない。」
「痛めつけて、苦しんで死んだ方が、あの化け物が強くなるらしいからな。」
そう言って、中島は傷つき倒れた神官達に追い打ちをかける。
そして、舌なめずりをしながらこちらを見てきた。
「楽しみだ。その綺麗な顔を、切り刻んでやる。」
なんじゃこ奴。
本当にキモいのう。
やれるものならやってみよ。
その程度では、我は屈せぬ。
聖域展開も止めんぞ。
恐怖を演出しているつもりか、中島は少しずつにじり寄ってくる。
もう少しで奴の手が届く。
そう思った、その時じゃった。
「やあぁああああ!」
掛け声と共に、我と中島の間に誰かが飛び込んできた。
「アンリ先生に手出しはさせんでござる!」
阿呆。
奥に逃げんか。
ここは大人の戦場じゃ。
子供は下がっておれ。
松平が震えながら剣を構えておった。
その手は震えている。
足も震えている。
それでも、我の前に立っておる。
中島は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに嫌な笑みを浮かべた。
「誰かと思ったら、松平じゃないか。」
「感心しないなぁ。先生に剣を向けるなんて。」
「ここは日本じゃないぞ。先生を敬わないと。」
「ここでは、お前達を守るPTAはいないぞ。体罰し放題だぞ。」
中島がにやける。
「うるさいでござる。女性に暴力を振るうなんて最低でござる。」
「分かってないなぁ。ここは異世界で、何をしてもいいんだよ。」
「こいつら皆、予の踏み台。NPCなんだよ。」
中島が笑い出す。
「そんなことないでござる。みんな血の通った人間でござる。」
「馬鹿か。じゃあなんで、ジョブとかスキルとかあるんだよ。」
「可視化されて見えるんだよ。ここは予達に都合の良い世界なんだよ。」
中島が剣を振り下ろす。
松平は剣で受けようとした。
たわけ。
受けるでない。
躱すのじゃ。
だが松平は、そのまま剣で受け、膝をついた。
こ奴、腐っても《覇王》レベル六じゃぞ。
そなたの腕で受けられるか。
「言ったでござる。」
「アンリ先生には、手出しさせないでござる。」
こ奴。
避ければ我に剣撃が当たると思って、受けたのか。
「先生先生って。お前の先生は俺だろうが!」
中島が松平を蹴り倒す。
貴様。
それが生徒にする態度か。
松平は苦々しい顔をしながら、
切れた口から流れる血を拭い、もう一度立ち上がる。
そこへ中島がさらに攻撃を加える。
「だいたいよう、お前キモいんだよ。」
「訳の分からん言葉しゃべって。」
「二次元嫁とかほざいて、クラスでも浮いていただろうが。」
「クラスにキモオタがいるって、他の先公に笑われる俺の身にもなってみろ。」
中島は攻撃を続ける。
ほう。
やるではないか、松平。
あ奴、攻撃を受けながら、少しずつ我から離れておる。
それに気づかんとは、余程頭に血が上っておるな。
自分のことも、予から俺に変わっている。
素が出てきたな。
しかし、状況は良くない。
アルマ様とリオニー様は、不死者に掛かりきり。
怪我人や周囲の人間から、どんどん生命力が吸い取られている。
負のオーラの範囲が広くなっておる。
我の聖域展開は、この場を守るので精一杯じゃ。
その外ではどうなっておるか。
上手く退避できておるのか。
世界樹の輝きが、さらに失われていく。
ヴァルナは大丈夫なのか。
それに、松平の身体に傷が増えてきておる。
必要最低限の訓練しか受けていないのじゃ。
無理するな。
逃げに徹するのじゃ。
いかん。
意識が遠のいてきた。
魔力切れか。
このままでは。
不死者の負のオーラが、目の前に倒れた神官達を覆う。
松平にも絡みつく。
明らかに動きが鈍り、攻撃がまともに入り始めた。
ついに動きが止まり、袋叩きが始まる。
「分かったか。お前の先生は俺だ。」
「生徒は黙って、家畜のように従っていればいいんだよ。」
「どいつもこいつも、生意気な目で見やがって。」
「俺はなぁ、エリートなんだ。」
「あんな学校にいていいはずがないんだ。」
「何のために名門校を出たと思っている。」
「どいつもこいつも、見る目がない。」
「一流企業に入って、あっという間に出世して。」
「親父の後を継いで、政治家になる予定だったのに。」
「親父も、二流大学出の弟を後継者に指名するし。」
「企業も、俺様がせっかく選んでやったのに落としやがって。」
「仕方なく、貴様らの学校の教師になってやったのに。」
「学長も先公も、親の七光りを笑いやがって。」
「お前ら生徒も見下しやがって。」
「俺はお前らの先生なんだ。」
「支配者なんだ。」
「俺を敬え。黙って従え。この下僕が。」
薄れゆく意識の中、阿呆の身勝手な声が聞こえる。
自分で言っておるではないか。
そなたに人望も実力もなかったのであろう。
その教師の職も、親のおかげなんじゃろう。
こんな奴が教師なら、あ奴らが歪むのも当然じゃ。
くそう。
マジで困ったのう。
我にも負のオーラの影響が出ているのか。
目が霞んできた。
すまん、松平。
そなたを助けたくても、もう動けん。
「黙るでござる。」
松平の声が響いた。
「お前なんか、僕らの先生なんかじゃないでござる。」
「召喚された悪徳貴族の屋敷で、お前は何をした。」
「交渉や責任を、委員長に、天宮氏に押し付けて、後ろで隠れて。」
「スキル判定で真っ先に飛びついて。」
「お前は、何をした。」
なんじゃ。
松平の声が、辺りに響く。
とても暖かい声じゃ。
「佐々木氏が裏を暴いて死にかけた時、何をした。」
「みんなが必死で戦っている時に、何をしていたでござる。」
「逃げ出して隠れて、今まで何をしていたでござる。」
「確かに、僕はキモオタでござる。」
「学校の友達も、オタク仲間の同志だけで、クラスで浮いていたでござる。」
「でも、誰かに迷惑をかけたでござるか。」
「そんな僕に、お前は何を言った。」
ただ言葉を紡ぐだけで。
それを聞いているだけで。
なぜか、力が湧いてくる。
「アンリ先生はな、僕を否定しなかった。」
「内容は分かってくれなかったけど。」
「好きな道なら、そのまま進めと、笑いながら背中を叩いてくれたでござる。」
当然じゃろ。
趣味は人それぞれじゃ。
誰かの迷惑になっていないのであれば、問題なかろう。
学生のうちは、好きなことをするべきじゃ。
「アンリ先生は、あの悪徳貴族から僕達を助けてくれた。」
帝国の姫として当然じゃ。
臣下の貴族が不正をしたなら、正すのは当たり前じゃろう。
「佐々木氏の命を救ってくれたでござる。」
目の前に救える命があるなら、助けるのは当たり前じゃろ。
「天宮氏の呪いを解いてくれたでござる。」
あれは我ではない。
エマじゃ。
「冨樫氏や鈴木氏をここに連れてきて、明るさを取り戻してくれたでござる。」
そんなもの、偶然じゃ。
それはここのみんなのお陰じゃ。
「斎藤氏や他のみんなに、人の道を真剣に説いてくれたでござる。」
それは、勝手に動かれては困るからじゃ。
「お前は、先生として何をした。」
ぼやける視界に、松平の姿がはっきりと見える。
「僕達の先生は、お前じゃない。」
「アンリ先生だけでござる。」
『勇者固有スキル、ブレイブハート発動』
なんじゃ。
これは頭の中に響く声は。
ブレイブハートじゃと。
聞いたことのないスキルじゃが。
その言葉と共に、頭がクリアになる。
視界も戻る。
心の底から湧き上がる、この力はなんじゃ。
そして、松平が虹色のオーラを放ちながら立ち上がる。
そなたがやったのか。
勇者固有スキルと聞こえたが。
松平が放つ虹色のオーラが、不死者の負のオーラを打ち消していく。
再び、体に力がみなぎってくる。
これが勇者の力か。
こんなの知らんぞ。
数いる勇者の記録の中にも、こんな力が発動したなど聞いたことがない。
まるで、叙情詩に出てくる一場面ではないか。
そう。
魔王対勇者の。
何度打ちのめしても、ふらつきながら立ち上がってくる松平。
中島が苛立ち、渾身の一撃を繰り出す。
いかん。
これは当たると不味いぞ。
避けろ、松平。
聖域展開を維持するために、我は魔術を放てん。
間に合わん。
中島の剣が、ふらつく松平に当たる。
そう確信したのだろう。
中島の顔に笑みが浮かぶ。
その瞬間。
中島が吹き飛んだ。
「俺を忘れているぜ、中島。」
斎藤が、見事に中島の顔を拳で振り抜いておった。
「待たせたな、松平。捻った足をテーピングで固めていたら遅れた。」
そう言って、斎藤はファイティングポーズを取りながら、松平の前に出る。
「さ・い・と~う!!」
怒り顔で立ち上がる中島へ、刃が振り下ろされる。
慌てて避けた中島の前に、薙刀を構えた天宮が立った。
「アンリ先生のクラス委員長として、
クラスメイトや先生に暴力を振るうのは許しません。」
「部外者の方。」
そなた。
ジョブを失って、何の力もないじゃろう。
「心配ありませんわ、アンリ先生。」
「今の私には、〇〇〇様の加護がありますので。」
なんじゃ、〇〇〇って。
「天宮氏。今、聞いてはいけない単語が出てきた気がするのでござるが。」
松平がふらつきながら問いかける。
「私、何か言いました?」
「大丈夫ですよ。エマお姉様から習ったこの薙刀術、ちゃんと役立ててみせます。」
いや、今、明らかに雰囲気が違う気配じゃったろう。
そう疑問に思う我の口に、いきなり甘味が押し込まれた。
「アンリ先生、大丈夫? はい、これ食べて飲んで。」
印を組んで動けぬ我の側に、鈴木が立っていた。
飲み物まで差し出してくれる。
このような状況とはいえ、甘味と飲み物を口にすると落ち着くのう。
そして、鈴木を見る。
「えへへ、これいいでしょう。エマっちがくれたの。」
「ローラーブレードっていうんだよ。」
「これで、滑って早く移動できる。」
そう言って、自分の足元を見せてくる。
ほう。
便利そうじゃのう。
じゃなくて。
なんでそなたまでおる。
非戦闘員じゃろう。
「これでねぇ、日本にいた頃、大会にも出たことあるんだよ。」
「それに、効果出てきたでしょう。」
「これ、柑奈が作ったんだって。しばらくだけど、HP・MP自動回復。」
「飲み物には、状態異常耐性が付くって。」
「お陰で私らも、この変な空気の中でも普通に動けるし。」
そう言って、鈴木はさらに我に飲み物を飲ませてくれる。
「す・ず・き~!!」
こちらの様子を見て、中島がさらに叫ぶ。
「うっさいなぁ。」
鈴木はカバンから、我が食べたのと同じような甘味を取り出した。
そして、背負っていたクロス。
確か、ラクロスとかいうスポーツの道具。
そのクロスで、中島目掛けて投げつける。
中島は避けようとしたが、見事に顔に当たった。
「ふふん。それはね、失敗作だよ。」
「柑奈が作るのが難しくて、何度も失敗してたの。」
「その失敗作、食べるとお腹下すから気をつけてね。知らない人。」
そうか。
これは冨樫の作ったものか。
美味いぞ。
それに、体力も魔力も回復してくる。
「先生、今ハルちゃんやベルンのおっさん達が、
みんなに配っているから、もう少しお願いね。」
「私は我らが勇者のところに行くから。」
鈴木はローラーブレードとかやらで軽快に滑りながら、松平の所へ向かった。
「ほら松平、食えよ。柑奈の愛情たっぷりだぞ。」
そう言って、松平の口に甘味を突っ込む。
もう少し優しくできんのか。
「うごお。うご。」
ほら、喋れていないではないか。
「ひどいでござるよ、鈴木氏。でも助かったでござる。」
「きつかったでござる。」
「で、佐々木氏は大丈夫でござるか。」
甘味を飲み込み、飲み物を口にした松平が聞く。
相変わらず、他人の心配ばかりじゃのう。
「ああ、佐々木っちね。今頃エミリアさんの膝枕でいい夢見てるんじゃない?」
鈴木が笑う。
「そうでござるか。良かったでござる。」
「なら、後はあ奴をギッタンギッタンにするだけでござる。」
松平が強い目で中島を睨み、前に出ようとする。
だが、その前に鈴木が一歩出た。
「そういうことで、覚悟しな。」
「この、バイトリーダーで、ローラーブレードの県大会出場。」
「そして、ラクロスのエースである、
この鈴木様と愉快な仲間達が
アンリ先生に代わってお仕置きよ。」
そう言って、鈴木はセンターで決めポーズを取る。
のう。
そこは松平のポジションじゃないのか。
愉快な仲間達ではなく、勇者パーティーではないのか。
締まらんのう。
師匠のニューワールド講座 74
~魔物の脅威ランク編~
師匠。
『なんです。』
今回、エルダーとかプライマルとか出てきましたけど、
あれって何なんですか。
『これも、みんな大好き。』
『魔物の脅威ランクですね。』
まずは――
『ノーマル。』
『一般的な魔物です。』
『衛兵や武芸者などが対応します。』
次は。
『グレーター。』
『これが現れたら大変です。』
『村なら住民を避難させ。』
『街なら籠城。』
『騎士団へ救援要請。』
『国によっては総力戦になりますね。』
もう十分強いですよ。
『次がエルダー。』
『ここからは神々や精霊、妖精が地上にいた神話時代の記録にしか、
ほとんど登場しません。』
『国の総力戦どころか、人類全体で立ち向かわなければならない災厄です。』
そんなの勝てるんですか。
『普通は勝てません。』
……
『そして、プライマル。』
『ここから先は、人類の領分ではありません。』
『神々の使者。』
『天界の住人である使徒案件です。』
『半ば使徒に近い存在ですね。』
『魔王などは、このクラスになります。』
『もし使徒でも止められなければ――』
『世界は最終防衛兵器。』
『"勇者"を選定します。』
勇者って、そういう存在なんだ……
『そして』
『エンシェント。』
『神々に限りなく近い存在です。』
『ここまで来ると、神々自ら相手をします。』
『安心してください。』
『彼らは基本的に世界の味方です。』
『異星からの侵略者とも戦いました。』
人類の味方じゃないんですか。
『世界の味方です。』
『結果として、人類も守られているだけですね。』
なるほど。
『そして、もう一つだけ。』
まだあるんですか。
『あります。』
『ドラゴン。』
えっ。
ランク名じゃないんですか。
『ありません。』
『ただ"ドラゴン"。』
『あるいは"龍"。』
『西洋竜であろうと東洋龍であろうと構いません。』
『人が倒せる巨大なトカゲでも。』
『使徒が倒せる巨大な蛇でもありません。』
『彼らは世界そのもの。』
『この世界が具現化した存在です。』
『姿を見た者は、創造神くらいではないでしょうか。』
じゃあ伝説なんですね。
『一説では。』
『"大魔王"と呼ばれる存在が、この領域に達しているとも言われています。』
『あくまで噂ですが。』
……。
『まあ、このように色々ありますが。』
『現実にはグレーターが一体出るだけでも国家非常事態です。』
『小国なら隣国へ救援要請。』
『帝国でも騎士団が総動員されます。』
なのに今回は……
プライマルが出てきましたけど。
『そうですねぇ。』
『作者。』
『どうやって風呂敷を畳むつもりなんでしょうね。』
えっ。
そこ!?
『私は楽しみにしています。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




