77 格の違い
ヘイムの常連客や各神殿の増援により、なんとか持ち直すことはできた。
じゃが、常連客に関しては、ありがたいが、ほんに無謀じゃ。
外におる連中は、今こそ民間人であるそなたらに戸惑って手を出さん。
じゃが、一度命令があれば、躊躇なくそなたらを狩るぞ。
奴らはそう訓練されておる。
軍人じゃ。
無抵抗の民間人じゃろうと、女子供じゃろうと容赦はせん。
そうでなければ、帝国なぞ築けるか。
前線を、来たばかりの聖騎士団に任せ、我は常連客のリーダーを呼び出した。
そして、今のうちにもう一度並木通りを通って離脱するよう告げる。
我が告げた事実に、常連客達の間へ動揺が走った。
だが、疲労困憊した我らの顔を見ると、リーダーの男が一歩前に出る。
「てやんでぇ、こっちとら帝都市民よ。」
「困っている人を見て見ぬふりなんて、帝都市民の名がすたらぁ。」
そう啖呵を切るリーダーに、残りの面々も頷く。
しかしのう。
向こうは戦闘のプロじゃぞ。
そなたらは、いくら日々の肉体労働で鍛えられておるとはいえ、
殺し合いの経験などないだろうに。
そう説得しようとした時、アルマ様が扇を閉じて口を開いた。
「じゃあ、こうしましょう。」
「戦いは何も、武器を振るうだけではないわ。」
そう言って、常連客達を後方支援に回すよう指示する。
怪我人の搬送。
バリケードの設置。
後方からの投石などの遠隔攻撃。
壊れた防備の補修。
物資の運搬。
アルマ様は次々と仕事を割り当てていく。
普段の仕切り具合や、アルバイトの生徒達への威圧具合からか、
常連客達は素直に従っていった。
やれやれ、助かった。
じゃが、これでこ奴らを前線に出さずに済む。
聖騎士団の加勢に、『軍神』様の戦士達が歌う術歌。
それによって戦意高揚や身体能力向上などの補助効果がかかり、
こちらは押し返している。
だが、相変わらず数の劣勢は変わらん。
いつまで耐えればいいのか分からん状況では、精神的な余裕がきついのう。
やはり、ここは――。
「駄目よ。我慢しなさい。」
リオニー様が我の肩に手を置き、突撃しようとした我を止める。
「言ったでしょう。向こうはアンリちゃんのことを知っている。」
「そのうえで、ここに来ているの。」
「アンリちゃん対策はしているわよ。」
むむむ。
しかし、これでは埒があかんではないですか。
「そうね。何か手を考えないと。」
リオニー様はそう言って考え込む。
だが、我にも良い考えは思い浮かばん。
その時、ミレディが小さく呟いた。
「しかし、おかしいですね。」
なんじゃ、と促す。
「第二皇女を支持する者には、裕福な貴族や商人が複数いるので分かります。」
「ですが、第二皇子にはそこまでの後ろ盾はいないはずです。」
そう言われてみれば、そうじゃ。
第二皇子には、歴史ばかりで名ばかりの口先貴族が多かったはずじゃ。
第一皇子の後ろ盾だった貴族の取り込みも、上手くいっていないはず。
あ奴らは中立を保っているか、反帝室になった者がほとんどじゃ。
「それなのに、展開している兵士の数や装備が整い過ぎています。」
「背後に、誰か新しい者がついたか。」
「それにしては、物の流れがありませんでした。」
「帝都や軍需物資の流れは掴んでおりますので。」
ミレディが答える。
おかしいのう。
まるで、どこからか湧いているような話じゃのう。
我は第二皇子を見る。
その横には、転移勇者の田中がいた。
転移勇者か。
そう言えば、行方不明の転移勇者がおったのう。
確か黒木じゃったか。
《ネットスーパー》のスキル持ち。
おるかもしれんのう。
厄介じゃ。
こちらの世界にない、とんでもない兵器を持っておるかもしれん。
ガトリング砲や狙撃銃、ロケットランチャー。
レールガンとか光線兵器までなら問題ないが、
ミサイルとか細菌兵器とか、
無差別兵器を持ち込まれては被害がとんでもないぞ。
衛星砲とかないよな。
我は思わず空を眺める。
まあ、この辺は、ないことを祈るしかない。
防ぎようがないからな。
しかし、言われてみると良い装備をしておるの。
宝の持ち腐れじゃが。
それからも、再編成したチームでローテーションを組み、
なんとか対応しておる。
だが、向こうはピクニック気分かのう。
前線で部下が命を懸けて戦っておるのに、
指揮官たる第二皇子も第二皇女も、
テーブル席に日よけまで持ち出して、
呑気に飯を食らっておる。
周りの部下達の冷たい視線にも気づかず、
平然としておるのは、皇帝としての素質かのう。
まあ、こちらもハンス達が作ってくれた握り飯を食らっておるが。
うむ。
兵糧の心配もせねばならん。
飲食店とはいえ、無限にあるわけではないからのう。
その時、第二皇女陣営が動きを変えてきおった。
第二皇女の側にいた中島が、口を拭きながら立ち上がる。
そして、剣を手に取った。
ここで来るか。
その途端、リオニー様の側におった佐々木が吐いた。
「佐々木!」
何か攻撃を受けたか。
佐々木は、なんとか息を整えながら顔を上げる。
「鑑定スキルのレベルが、今、上がって……見たくないものが……。」
そう言って、さらにえづく。
それでも、佐々木は新たに見えた情報を伝えてきた。
「《覇王》レベル六……それだけじゃない。」
「虐殺数が見えて……半端ない。」
「それに、取りついた怨霊が沢山見える。」
成る程。
そこまで見えるか。
佐々木も転移勇者。
スキルの格が違う。
しかし、辛かろう。
そんなものが見えては。
それにしても、《覇王》レベル六じゃと。
どうやって上げた。
ジョブ《覇王》。
大当たりじゃが、大外れのジョブ。
なにせ上げるには、半端な鍛錬では上がらんぞ。
虐殺数に怨霊ときたか。
一体、どれだけの者を殺した。
いくら転移勇者とはいえ、こんな短期間でそこまでレベルを上げるとは。
どれだけの者の命を糧にした。
我だけではない。
佐々木の言葉を理解した者達の目が険しくなる。
中島は笑いながら、こちらに歩いてくる。
それを、第二皇女が笑って見送っている。
お主、知っておるのか。
そんな虐殺を、どこでした。
どこで用意した。
我は、迎え撃とうとした皆を下げた。
悪いが、こいつは。
そして恐らく田中もじゃが。
許せん。
帝国民を虐殺したこいつらを。
「初めまして。予は“覇王大帝”中島正義。」
「君達の支配者だよ。大人しく、この場を明け渡したまえ。」
何が覇王大帝じゃ。
そんなジョブも総称もないわい。
「あの美しき大樹は、予にこそ相応しい。」
予じゃと。
それは皇帝や王にだけ許された一人称じゃ。
よく周りが放っておくのう。
「キャー、中島様、カッコイイ!」
「そのムカつく女、いつも上から目線のお姉様をギタギタにしてやって!」
第二皇女がはやし立てる。
そうか。
我はそのように、そなたを見ておったか。
しかし、見下されて当然と思うぞ。
今のそなたを見ると、反省する気が起きん。
「任せておけ、ハニー。」
「とっとと邪魔者を蹴散らして、世界樹とやらを手に入れてみせるさ。」
「そして、そのまま皇帝の座に座り、ハニーを迎えよう。」
中島が第二皇女に手を振る。
それに笑顔で応える第二皇女。
本当に皇帝陛下や皇后陛下は、どのような教育をしたのか。
こ奴、今、反逆を口にしたぞ。
自ら皇帝になると。
中島は剣を抜き、こちらを見てくる。
「さて、君が噂の第一皇女かぁ。」
いやらしい目で、我をじろじろと見てくる。
なんじゃ。
寒気がするのう。
「美人だけど、予の好みではない。」
「予はもっとこう、儚くて、守ってやりたくなるようなのが好みで。」
「そんな反抗的なのには興味ない。」
そう言ってくる。
ほう。
第二皇女のどこが、儚くて守ってやりたいのか知りたいわ。
貪欲で、血気盛んで、騒がしいだけではないか。
となると、権力を握るために利用しているだけか。
なんで第一皇子も第二皇女も、こんな権力狙いで、
自分を見ておらん者に引っかかるかのう。
第二皇子は手当たり次第に手をつけるし。
アレクは大丈夫か。
まあ、カスパール侯爵令嬢や西園寺公爵令嬢に捕まっておるから、
問題ないとは思うが。
やはり、帝位はミレディの家とか分家に譲った方がいいのではないか。
そちらの方が恨みも少ないし、まともに領地を治めている者が多いぞ。
まあ、国と領地の経営は違うが、
宰相が育てた官僚組織があるから問題ないじゃろう。
その辺は、全てが終わってからじゃのう。
まずは目の前の問題から片づけんと。
成る程。
誰かに払わさせた代償どおりの力をつけておるのう。
《覇王》。
力で他者や国をねじ伏せ、統べる者。
戦乱の世には沢山いて、大きな戦果を上げ、
潰し合い、最後は《偽善王》や《自己陶酔王》に
美味しい所を持っていかれると聞く。
結果はともかく、戦闘力は本物らしいのう。
十分通じるであろう。
ここに集まっている者では、歯も立たんじゃろう。
中島が剣を振るう。
放たれたソニックウェーブは、良い速度と質量を持っておる。
じゃが。
腹ががら空きじゃ。
余裕ぶる中島の腹を、鎧ごと殴る。
鎧が砕け、中島は床を這った。
先程食った昼食を戻しておる。
佐々木と違って、同情の余地はない。
それに、これだけでは済まんぞ。
我はそのまま中島を蹴り上げ、落ちてきたところをさらに殴る。
ほう。
まだ生きておるか。
手応えが浅い。
何かのスキルか。
防御膜でも張っておるのか。
まあ良い。
それなら何度でも殴るまで。
その後は、一方的なサンドバッグじゃった。
しかし、この防御膜、しぶといのう。
硬いだけでなく、柔らかい。
衝撃を吸収しておる。
じゃが、だんだんコツが分かってきた。
その防御膜も、もう少しじゃ。
周囲が静まり返る中、我の打撃音だけが響く。
なんじゃ。
第二皇女の切り札ではなかったのか。
こちらには、まだアルマ様やリオニー様がおるぞ。
お二人が組めば、我より強いぞ。
そして、何かが割れる音がした。
ようやく防御膜が消えたか。
ボロボロになった中島が、命乞いをしてくる。
悪いが、それはできんのう。
お主がその力を手に入れるために、誰を、どこで、どれだけ殺した。
それを素直に吐けば、楽に殺してやろう。
我は中島を睨みながら近づく。
「やめろ……予はこの国だけでなく、この大陸を、世界を統べる王だぞ。」
「こんな無礼を働いて……。」
この状況で、まだそんな言葉を吐けるか。
どうして転生者や転移者は、こんな者が多いかのう。
少しは、そなたの生徒を――。
いや、おかしいのもおるか。
まあ、まともな者とそうでない者の落差が激しすぎる。
第二皇女の軍勢が中島を助けようと動き出す。
だが、すかさず第二皇子の軍勢がそれを阻止する。
第二皇女の切り札を削ぐ好機と見たか。
たわけ。
そこで動けば、そのまま第二皇女の軍勢と潰し合いじゃろうが。
我らや騎士団にとってはありがたいがのう。
それに、もう間に合わん。
これでしまいじゃ。
どこで何をしたかは、後で調べる。
我の目線が、一瞬、ぶつかり合い始めた軍勢を見た。
その瞬間。
中島が懐に手を入れ、何かを取り出そうとする。
甘いわ。
我は中島の手を蹴り上げた。
そして、手から跳ねて転がる物。
なんじゃ。
小さな瓶じゃのう。
回復薬か。
目くらましか。
毒薬かのう。
自決でもするか。
いや、そんな根性はなさそうじゃし。
我に投げるつもりだったのか。
残念だったな。
少し遅れたが、これで――。
「先生、逃げて!」
佐々木の声が聞こえた。
我は何かを感じ、とっさに後ろへ飛ぶ。
佐々木が、中島の手から転げ落ちた瓶を指さしておる。
声が出ておらん。
何が見えておる。
瓶を見ると、何かが漏れている。
やはり無差別の毒薬か。
そう思った瞬間、背筋を凍らせる恐怖が走った。
空間が震える。
ヘイムに張られた結界も震えている。
それどころか、みるみる結界の魔力が減っていく。
なんじゃ、これは。
「みんな逃げて、早く!」
佐々木の切羽詰まった悲鳴が響く。
瓶から漏れた何かが煙となり、辺りを漂う。
やがて、煙が晴れた。
その中から現れたのは、元は立派だったと分かる上質なローブを着た人影。
いや、違う。
人ではない。
アンデッドか。
それを見た聖騎士達が、一斉にターンアンデッドを唱える。
『軍神』様の戦士達が《鎮魂歌》を歌う。
それらが、現れたアンデッドを襲った。
少々過剰と思える対アンデッド魔術じゃが、
先程感じた恐怖を考えれば当然じゃろう。
何の妨害もなく、聖なる光と歌が炸裂する。
アンデッドを包み込む聖なる光。
鎮魂の歌声。
これで終わりのはずだった。
だが、一向に空間の震えが止まらない。
我は本能的に魔術を使った。
全身全霊を込めて。
「聖域展開!」
一気に魔力が消耗していく。
しかし、止められない。
止めたら終わりじゃ。
そう本能が訴えてくる。
そして、光が消えた後から現れたのは――。
無傷のアンデッド。
「リッチ……。」
佐々木の、絶望に怯えた声が聞こえる。
「プライマル・リッチだ。」
師匠のニューワールド講座 73
~アステリア皇室編~
師匠。
『なんです。』
出番がありません。
名前すら出てきません。
お店経営してません。
もはや別ジャンルです。
ジャンル詐欺で訴えられます。
『そうですねぇ。』
『やはり、主役変更。』
『題名変更。』
『ジャンル変更をするべきですね。』
そんなぁ。
元の世界で職を失って、
ここでも失うのですか。
辛い、辛すぎる。
『まあまあ、そのうち良い事ありますよ。』
『しかし、本当に名前すら出てきませんね。』
『存在感がありません。』
うっ……
『まあ、その代わり。』
『今回は本編でもアンリが少し触れていましたので、
皇室のお話でもしましょう。』
お願いします。
『アンリの副官であるミレディ。』
『正式名は――』
『ミレディア・サフィール・ソルヴェルン・アステリア。』
長っ。
『この世界の貴族としては普通ですよ。』
『それぞれ意味がありまして。』
『ミレディアが名前。』
『サフィールが青宝石伯爵家。』
『ソルヴェルンが皇統分家の証。』
『アステリアが皇室の姓ですね。』
つまり……
『アステリア帝国皇室の分家です。』
『ミレディの母親は、先帝カール陛下の姪。』
『現皇帝ルートヴィヒ陛下の従妹にあたります。』
『つまりミレディ自身にも皇位継承権があります。』
えっ。
そんなに偉い人だったの。
『継承順位二十八位ですけどね。』
低いような高いような……
『まず回ってきません。』
『ですが、継承権は継承権。』
『ちなみに、アンリには継承権がありません。』
えっ!?
『だから順位だけならミレディの方が上です。』
なんかややこしい。
『皇室にも本家だけではなく分家が複数あります。』
『それぞれ帝国各地の要所を治め。』
『万一本家に何かあった時の保険でもあります。』
なるほど。
『結局、最後に頼れるのは血の繋がり。』
『建国間もない帝国では特に重要ですからね。』
でも……
二代目、三代目でこれだけ問題抱えてませんか。
『ええ。』
『話が進むにつれ、アステリア帝国の脆さがどんどん見えてきます。』
『作者も首を傾げています。』
作者まで!?
『最初はもっと強大で盤石な帝国だったはずなのに、と。』
それ大丈夫なんですか。
『大丈夫じゃありませんね。』
『だから、主役変更です。』
まだ言う!?
『次回より』
『「アンリ先生奮戦記」』
『どうぞご期待ください。』
だから俺は!?
『……そのうち出番があります。』
『たぶん。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




