75 四すくみ
出鼻はくじいたか。
二階のテラスから、グラウハイム卿が帝国騎士を蹴散らしたのを見届ける。
しかし、おかしな建物じゃのう。
明らかに城壁の方が高いのに、二階のテラスから城壁の外の様子が見える。
実際の高さと、見た目が違うのか。
向こうからどう見えるのか、一度見てみたいものじゃ。
「姫様、危のうございます。」
ミレディが下がるように言ってくる。
我がテラス席に姿を見せたのを好機と見たのか、
先程から西側の建物の屋上より、矢や銃弾、魔術が飛んできている。
だが、それらは敷地を囲む謎の防壁に弾かれ、こちらへ届くことはない。
あれのお陰で、遠距離からの攻撃は防がれておる。
どこまでの攻撃に耐えられるのか。
いつまで持つのか。
疑問は尽きぬが、試す時間はない。
試して結界が消えては困るしのう。
眼下では、焦ったのか、それとも現戦力で押し切れると思ったのか、
第六騎士団が突入してくる。
見れば、他の派閥と同じく数が揃っておらん。
準備も不十分。
それで動くとは。
現場指揮官は何をしとる。
戦力が整う前の逐次投入とは……どれだけ愚策か、最近の学生でも知っておるぞ。
橋の上で、グラウハイム卿が剣を構える。
その背後から、ハルヴィンダが軽々と飛び越えた。
そして、巨大なグレートアックスを地面に叩きつける。
「はああああああっ! グレート・インパクト!」
叩きつけられた刃から衝撃波が走り、
橋へ押し寄せていた騎士や衛兵達をまとめて吹き飛ばした。
土煙が舞い上がり、吹き飛ばされた者達が折り重なる。
「ここは室内じゃないから、これで問題ないですね。」
そう言って、ハルヴィンダは笑顔でグラウハイム卿に振り返る。
「嫌な嬢ちゃん。そういう問題じゃないし、初手は俺って約束しただろう。」
呆れるグラウハイム卿をよそに、
ハルヴィンダは近づく者を次々とグレートアックスで吹き飛ばしていく。
「さあさあ、この橋を渡りたければ、私を倒していくことです!」
威勢の良い声が橋の上に響く。
グラウハイム卿はため息をつきながらも、
ハルヴィンダの攻撃を逃れた者を確実に倒していく。
上手いのう。
殺すのではなく、急所を外し、ほどよい怪我をさせておる。
一撃ごとに武器を弾き、足を止め、動けぬ程度に痛めつける。
これでは救出するために人手を割かれ、戦闘に参加できる者が限られる。
ただでさえ大軍を動かすには狭い入口が、さらに狭くなる。
「アンリちゃん、指揮を取っても?」
背後から、アルマ様が語りかけてくる。
扇を仰ぐ姿には、まるでこれから戦闘ではなく
ダンスパーティーにでも出るような優雅さがあった。
戦場とは思えぬ落ち着き。
たしか、現役の頃は一部隊どころか軍勢を率いて東国と争い、
勝利を収めたことは一度や二度ではなかったはず。
確かその時の参謀長は――。
「久しぶりに血が騒ぐわぁ。」
ハルバートを肩に担ぎ、リオニー様が楽しそうに出てきた。
その様子を見ると、本当に参謀長として策略を巡らせていたのか疑いたくなる。
どう見ても逆じゃろう。
冷静沈着に見えるアルマ様に、脳筋に見えるリオニー様。
これがいざ戦闘になると、自ら先頭に立つアルマ様と、
その後ろで悪辣な策を巡らすリオニー様になるとは、話には聞いておるが。
本当じゃろうか。
じゃが、実績は確か。
我は簡単な捕り物や魔物狩りを指揮したことはある。
だが、対人で、これほどの相手は初めてじゃ。
ここは任せるか。
我が頷くと、リオニー様が橋を指さした。
「この戦闘に、大した戦術も戦略も必要ないわ。」
続いて、先程からしつこく飛んでくる攻撃を弾く結界を指す。
「この結界があるのが大前提だけどね。」
そうじゃな。
これがこの地を守ってくれているから、
大軍からの一斉攻撃に遭わずに済んでいる。
なければ全方位を囲まれて、それで終わりじゃ。
リオニー様がハルバートを一閃する。
同時に、西側の建物に線が入り、その位置からずれて崩れ落ちた。
轟音と共に瓦礫が落ち、屋上にいた者達が慌てて退避する。
「大丈夫よ。民間人は退避済み。いるのは軍人や諜報員だけよ。」
「それに、セバスの報告通り、こちらからの攻撃はできるわね。」
嬉しそうにそう言うと、リオニー様はハルバートを肩に担いだ。
「でも、それだけよ。」
建物の倒壊に混乱する軍勢を見ながら、彼女は話を続ける。
「侵入できるのは一か所だけ。」
「そこを守ればいい。単純よ。」
「でも、それは向こうも同じ。」
「そこさえ突破できれば、後はやりたい放題。
こちらには、それを止める兵力がない。」
「そして向こうも馬鹿じゃない。少し頭を使える者がいれば気づくわ。」
そうじゃな。
簡単な話じゃ。
大軍の利を使えばよい。
人数で負けているこちらにはできない方法。
「入口に展開できる人数の部隊で、交代しながら攻めればいい。」
「こちらが個人の武で優れていても、いずれ数の暴力に負けるわ。」
その説明を聞きながら、アルマ様がプリセスガードや神官戦士達を組み分けし、
こちらのローテーションを決めていく。
こちらも同じように回し、体力や魔力を回復せねばならん。
しかし、分母が違いすぎるのう。
向こうが圧倒的じゃ。
「こちらの勝利条件は何かしら。」
リオニー様は軍旗を一本一本眺めながら言った。
「敗北条件は、突破されて、世界樹を奪われること。そして世界が滅ぶこと。」
「それだけ。単純でいいわね。」
そう言って笑いながら外を眺める。
「で、こちらは?」
まるで講義中の教師のように聞いてくる。
そうじゃな。
なんじゃ。
いっそ我が出て、弟妹の首を上げるか。
「そんな顔しないの。私も分からないわ。」
やれやれ、と言うようにリオニー様が笑った。
「第二皇子や第二皇女を倒せばいい、なんて単純な話じゃないわ。」
「喜ぶのは、この騒ぎを利用したい貴族達だけよ。」
「それに、それをしたら今度は帝宮に乗り込み、
皇帝陛下や皇后陛下も手にかけて、皇帝の座に座るしかない。」
「そんなことをしている時間もないし、仮にできても誰が従うの?」
「弟妹殺し、両親殺しの皇帝に。」
リオニー様は、ハルヴィンダが吹き飛ばす兵士達を見る。
「あらあら、元気ねぇ。ハルちゃん。」
「世が世なら、立派な騎士は無理でも、戦士として名を残せるわよ。」
ほんに、すごいわ。
本当に《超剛腕》スキルだけかのう。
他にも持っていそうじゃ。
「さて、こちらの勝利条件は、本当に分からないの。」
「あっちが諦めて引き下がるくらいしか思いつかないわ。」
「でも、それはないわね。」
「どの勢力も隠していた軍勢を出してきた。」
「ここを勝負所と、どの勢力も分かっているのよ。」
苦々しく、リオニー様は掲げられた軍旗を見る。
「私達ができるのは時間を稼ぐこと。」
「その間に、ヴァルナ殿を回復させる方法を見つける。」
「そして、ここの主として宣言してもらうしかないわ。」
「もしくは、帝国政府が全力で、ここにいる勢力全てを武力で滅ぼすか。」
「それはないわね。恐らく最高のタイミングで来るわよ。」
「私達が潰し合って疲弊した時を狙って。」
今度は帝宮の方を見る。
「王道で確実な方法よね。だから最も効果的。」
「それだから、どの勢力も切り札を用意している。」
「こっちのアンリちゃんみたいにね。」
「さぁ、皆どんな切り札を用意しているかしら。」
リオニー様は扇で軍勢を示す。
「最初は帝国政府を気にしなくていいわ。」
「有名な切り札である騎士団総長は東の国境へ。」
「じい様は帝国学園に籠っている。」
「後は皇帝陛下や皇后陛下。この二人はさすがに動かないでしょう。」
「あるとすれば、カール様。先帝様が来るかしら。」
「でも、さっきも言ったように最後よ。」
「最後の最後に、勇んで攻めてくるわ。」
「この間のお茶会で、アンリちゃんにしてやられたこと、
相当根に持っているみたい。」
「普段は話の通じる好々爺をしているけど、
あれはかなりの負けず嫌いで英雄症候群よ。」
「じゃなきゃ、一代でこんな巨大な国の皇帝になんかなれるものですか。」
そう言って笑い出す。
「それまでは、各勢力を疲弊させようと、
隠し玉を使わせようと暗躍してくれるわ。」
「その分は味方ね。」
「だからアンリちゃん。もどかしいでしょうけど、我慢しなさい。」
「こっちの切り札は、アンリちゃんだけだから。」
そして、我の後ろにいるブラスやミレディを見る。
「後は、どうやってヴァルナ殿を治療するか。」
「何か分かった?」
「残念ながら、まだ何も。神殿にも書庫や倉庫を漁ってもらっていますが。」
ブラスが力なく答える。
「私も実家の母に頼んで調べてもらっていますが、まだ返事は来ていません。」
分かっていたとはいえ、ため息が出る。
「アンリちゃん、気づいていて。」
「世界樹の輝きが、だんだん失われているのを。」
そう言われて世界樹を見る。
言われて気づいた。
気のせいか、確かに最初より光が少し弱くなっている気がする。
世界樹の葉が、風もないのに静かに揺れた。
また一段、光が弱くなったように見える。
「恐らくね、ここの結界は世界樹の最後の抵抗だと思うの。」
「主であるヴァルナ殿以外は受け付けないって。」
「御使い様のお言葉から考えると、
ヴァルナ殿の残りの生命力に応じて、
ヴァルナ殿を守ろうと結界を張っている。」
「でも、ヴァルナ殿に応じて力を失っていく。」
「もしヴァルナ殿が亡くなれば、結界も消えて、世界樹も枯れる。」
「この結界、ヴァルナ殿の命の残量でもあるわ。」
「気をつけなさい。何もできないけど。」
「ここからでも、ヴァルナ殿の容態を知ることができるわ。」
リオニー様は悲しそうに視線を橋へ戻す。
アルマ様の指示だろう。
幾人かが、ハルヴィンダとグラウハイム卿の後ろに、
サポートできる位置で配置されていた。
そして、突破が無理と考えたのか。
それともまともな指揮官が来たのか。
第六騎士団が引き上げていく。
橋の向こうでは各軍が距離を取り、互いに牽制し始めた。
こちらから見て正面に騎士団。
右側に第二皇子を中心とした軍勢。
左側に第二皇女を支持する軍勢。
どこの陣営も人数が揃ってきた。
これは、我らを含めて四すくみになるか。
我らは打って出るわけにはいかん。
他の勢力も動けば、別の勢力に背後を狙われる。
戦力も温存したいじゃろう。
我らにとってはありがたい状況じゃが。
「こうなると、特機戦力の出番ね。」
リオニー様が分析する。
「切り札で足止めして、残りの戦力で力押ししてくる。」
「アンリちゃん、上手く潰し合いをさせるの。」
「こっちの戦力は温存して。」
こちらも、ハルヴィンダとグラウハイム卿が下がり、他の者が橋へ向かう。
我も二人を労おうと中に入ると、ハルヴィンダとグラウハイム卿が、
リナ嬢やソレイア嬢に褒められて照れながら、変なポーズを取っていた。
やれやれ。
あの三人組のメイドが来てから、変なポーズを取るのが流行っておる。
我には理解できんが、子供達には人気だ。
我の姿を見て、二人が敬礼してくる。
我は軽く手を上げた。
「そんなに畏まるな。指揮系統は必要じゃが、ここは軍隊ではない。」
「それに、ようやった。」
「ゆっくり休め。」
「休める時に休んでおけ。じきに連戦になるぞ。」
二人にそう声をかける。
しかし、前線に子供を連れてくるとは感心せんな。
誰じゃ。
我は咳払いをした。
「出てこんか。なぜ隠れおる。」
店の奥を睨む。
我の威圧に観念したのか、
「ほら、バレてるじゃん。松平、お前出て怒られるじゃん。」
「嫌でござるよ、怒っているでござるよ。斎藤氏が行くでござる。」
「押すんじゃねぇ。」
と揉める声が聞こえてくる。
もう一度咳払いをすると、渋々と六人組が出てきた。
「で、なぜおるんじゃ。」
我は腕を組み、睨む。
「ええと、私はケーキを作っていて遅くなったので泊めてもらって……。」
冨樫が俯きながら答える。
「私は、エマお姉様から、修行帰りにみんながいるから泊まっていけと……。」
天宮が申し訳なさそうに答える。
「ええ、みんなお泊りするのに、除け者はないじゃん。」
鈴木はあっけらかんと答えた。
続いて、男子生徒達を見る。
「僕は、締め切りが近くて、明日……って今日か。」
松平は目の下に隈を作りながら答える。
「悪役令嬢じゃなかった、リスティーナ様が原稿を取りにくるでござる。」
「ええと、その手伝いです。」
佐々木が答える。
なぜか斎藤の後ろに隠れている。
怪しいのう。
その斎藤じゃが、
「ええと、その……。」
歯切れが悪い。
なんじゃと睨むと、
「ムラマサ親方のお店で酒を飲んで、起きたら朝でした。な、佐々木。」
そう言って、後ろに隠れた佐々木に振る。
酒じゃと。
確かに、こちらではもうそなたらの年なら働いて飲んでおる者もおる。
違法ではない。
じゃが、そなたらの世界では酒は二十歳からと聞いておるぞ。
禁止したはずじゃが。
「だって、いつもアンリ先生達、美味しそうに飲んでるじゃん。」
「ムラマサ親方が、これなら酒精も低く、美味しく飲めるって。」
鈴木、お前もか。
我は三人に拳骨を落としてから、ムラマサ親方を見る。
「ムラマサ親方、困ります。」
「まだこ奴らは半人前。」
「酒はまだ早うございます。」
そう苦情を言うと、ムラマサ親方は笑った。
「そうかそうか、すまんかった。」
「しかしアンリシア姫。」
「いや、アンリ先生。」
「まだ教師の顔を持っておる。」
「良いことじゃ。」
そう言って笑い出す。
「今度は、もう少し後に残らん物を出してやろう。」
反省もせず、誤魔化してくる。
まったく。
説教は全て終わってからじゃ。
「お前達は、子供達を連れて奥に行っておれ。」
そう指示を出していると、表が騒がしくなった。
何かあったか。
そう思って外に出ると、
左右の両陣営から第二皇子と第二皇女が出てきて、睨み合っておった。
なんじゃ。
一騎討ちでもして潰し合ってくれるのか。
そちらはどちらも、特機戦力どころか、その辺の衛兵にでも負けるであろう。
ならば、側に控えている者達か。
見慣れぬ者達を眺める。
はて。
側近の顔は知っているはずじゃが。
そう思っていると、奥に行けと言ったのについてきた六人組。
その中の鈴木が声を上げた。
「あっ、中島じゃん。それに田中もいるじゃん。」
転移勇者か。
師匠のニューワールド講座 71
~神酒と霊薬編~
師匠。
『なんです。』
前話で、
エリクサーとかネクタルって出てきましたけど、
あれですか。
RPGに出てくるアレ。
「ラスボスまで取っておこう。」
そう思っていたら、
操作ミスかイベントでしか使わず、
結局、一度も使わずクリアしてしまうアレですか。
『ですねぇ。』
『最近では店売りしている作品もありますし。』
『ありがたいような、ありがたくないような。』
『微妙な立ち位置になりましたが、本来はとんでもない代物ですよ。』
そんなにですか。
『まず、エリクサー。』
『エリクシャー。』
『エリクシール。』
『エリクシア。』
『イリクサ。』
『エリキシル剤。』
『様々な呼び名があります。』
『賢者の石と同一視される事もあり。』
『あらゆる病を癒やし。』
『時には永遠の命すら与えると伝えられる。』
『神々の治療薬ですね。』
すごい……。
『次にネクタル。』
『神々が飲む神酒です。』
『飲んだ者を不死とし。』
『若さと力を保つ霊薬として有名ですね。』
他には?
『ソーマ。』
『寿命を延ばし。』
『霊感を授ける。』
『これも不老不死の霊薬として知られています。』
名前だけでも聞いた事あります。
『でしょうね。』
『この世界には様々な世界から文化や知識が持ち込まれています。』
『ですから名前は違っても。』
『結局は"神々の霊薬"という意味では同じです。』
『そして伝説通りの力を持っています。』
昔から地上にあったんですか。
『あったというか授けられました。』
『偉業を成し遂げた者。』
『神々の試練を乗り越えた者。』
『愛する者のために命懸けで戦った者。』
『そんな者達へ神々が授けていました。』
なるほど。
『ですが。』
『残された霊薬を巡って争いが始まりました。』
『さらにチーター共が複製し。』
『劣化品まで作り始めましてね。』
あぁ……
『当然、大混乱です。』
『ですから神々が全部回収しました。』
『もう本物は地上には残っていません。』
残念ですね。
『はぁ……。』
『どうして天界では自販機で売っている程度の物で
、地上はあそこまで争うのでしょうねぇ。』
それは……
上位世界の物だからじゃないですか。
下位世界へ持ち込めば、
価値が違い過ぎるんですよ。
『何を言っているんですか。』
『ネクタルなんて軍神の部屋に転がっていますし。』
『ソーマなんて二日酔い対策ですよ。』
えぇ!?
『だから言っているでしょう。』
『上位世界と下位世界では。』
『エネルギーそのものが違うんです。』
『人間が黄金だと思っている物も。』
『天界では紙コップ程度の価値しか無い事だってあります。』
なんか……
夢が壊れた。
『いいえ。』
『夢ではありません。』
『"世界が違う"というだけですよ。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




