73 守るべき場所
何が起こった。
店主が力なくクリスタルの山に触れたと思った瞬間、
視界一杯に神々しい光が立ち上がった。
目を開けていることもできぬほどの光。
それがようやく収まったと思った時には、何もかもが消えておった。
いや、違う。
目の前には、天を突くほどの大樹が聳え立っておる。
あれは、なんじゃ。
いや、知っておる。
幼き頃、一度だけ見たことがある。
カールおじい様に連れられて訪問した、四葉の魔法使いの工房。
そこに聳え立っていた大樹。
世界樹。
あれを見た時の感激は、今でも忘れられん。
『大地母神』様と初めてお会いした時と同じじゃ。
まるで世界そのものに触れたような壮大さ。
自らがとても小さく感じる。
だが同時に、不思議な安心感も覚える。
ああ、まさか再びこれを垣間見ることになろうとは。
最近はよくご降臨され、
茶会や酒場に紛れ込んで飲み食いしておる姿を見ておるせいか、
ありがたみが薄れるというか、微妙な感じになっておったが。
これは、また別格じゃ。
この瞬間だけは、嫌なことも、くだらぬ政治闘争も忘れることができた。
のう、店主よ。
そう思わんか。
聞いておるのか、店主。
なんじゃ、静かじゃのう。
見よ。ノートの奴も口を開けて唖然としておるではないか。
見てみい。
そう言おうとして、我は店主の方を見た。
……おらん。
どこへ行った。
先程まで、確かにそこにおったはずじゃ。
我の視線が、足元へ落ちる。
そこに、真っ赤な肉塊らしきものが転がっていた。
こんなもの、先程まであったか。
我の中のアンリが悲鳴を上げた。
いや、違う。
理解したくない。
理解してはならん。
だが、目の前のそれが何なのか、
ようやく理解した瞬間、我は駆け出していた。
「ヴァルナ!!」
なんじゃ。
何が起こっておる。
服が汚れるのも構わず、我はその場に膝をついた。
かすかに動いておる。
まだ生きておる。
間に合う。
間に合わせる。
我は即座にリザレクションを発動した。
本来なら、ミレディ達の補助なしで使うべき魔術ではない。
だが、そんなことを言っておる場合ではない。
一秒でも遅れれば、目の前の店主――ヴァルナから命の炎が消える。
間に合え。
間に合え。
頼む。
なのに。
「なぜじゃ……」
効かぬ。
確かに発動しておる。
リザレクションは間違いなく発動しておる。
それなのに、ヴァルナの身体は回復するどころか、逆に苦しげに震えた。
声も出せぬ。
ヒューヒューと、空気が漏れるような呼吸だけが聞こえる。
「姫様、リザレクションはおやめください!」
ブラスが我の肩を掴み、魔術を止めた。
「なぜ止める!」
「ヴァルナ殿の身体が、リザレクションの回復に耐えられません!」
ブラスの声にも焦りが滲んでいる。
「このままでは、回復そのものが身体を壊します。」
「まずは体力回復を。生命維持を最優先にします。ライフサポートです。」
「身体回復系の高位魔術は駄目です。今のヴァルナ殿には逆効果です。」
「誰か担架を! 女神像の前へ! 神に奇跡を願うしかありません!」
ブラスが我に代わり、治療を始める。
皆、今まさに現れた奇跡など見る余裕もなくなった。
慌ただしく動き出す。
ヴァルナが死にかけておる。
そなた、一体何をした。
何が起こった。
先程まで、手を怪我しておっただけではないか。
我は呆然と、治療を受けるヴァルナを見る。
手当てをするブラスの顔色が悪い。
頼む。
助けてくれ。
そなたは高位神官であろう。
治療魔術にかけては、帝都でも指折りであろう。
親方達が長椅子を持って来て、ヴァルナをそっと乗せる。
そのまま『大地母神』神殿へ、女神像の前へと運び込む。
ブラスはその間も、ライフサポートの魔術をかけ続けていた。
だが、やがてブラスが、聞きとうない言葉を告げる。
「……治療の手段が思いつきません。」
「何じゃと。」
「ヴァルナ殿の身体を修復しようにも、
効果の薄い身体回復魔術では治療が追いつきません。」
「ならば高位魔術を使え!」
「高位魔術では、ヴァルナ殿の身体が回復に耐えられません。」
ブラスは苦しげに唇を噛んだ。
「ライフサポートで現状維持をするのが、今の私にできる精一杯です。」
「現状維持で、なんじゃ。」
嫌な予感がした。
聞きたくない。
だがブラスは、神官として嘘をつかぬ。
「……苦しみを長引かせるだけです。」
「私の力では、これが精一杯です。」
「何を言っておる!」
我は思わず叫んでいた。
「ヴァルナを助けんか!」
「ここは奇跡の場じゃぞ!」
「二柱が降り立ち、今度は世界樹まで――」
世界樹。
その言葉で、我の中のアンリシアが冷静に囁いた。
世界樹が現れた。
その意味は。
その影響は。
分かっておる。
分かっておるわ、アンリ。
我もここにいたい。
ヴァルナの側にいて、なんとかしてやりたい。
だが、やらねばならんことができた。
「ブラス。」
我は涙を拭い、声を絞り出す。
「頼む。ヴァルナを助けてくれ。」
「なんとかしてくれ。」
ブラスは強く頷いた。
我は一呼吸置き、振り返って叫ぶ。
「ミレディ!!」
「ここにおる大人達を全員、食堂に集めよ!」
「ヘイムにおる大人は全てじゃ。すぐに、大至急じゃ!」
「ここにおる者も皆じゃ!」
「ヴァルナが心配なのは分かる!」
「じゃが、間もなくここは戦場になる!」
「攻めて来るぞ!」
我の言葉に、ミレディが走り出す。
その意味を理解したのだろう。
トール夫人やハーケン夫人も、まだ状況を飲み込めぬ者達を促し始めた。
「すまん、ブラス。ヴァルナを頼む。」
「承知しました。」
ブラスは治療を続けながら言う。
「神殿へ要請してください。回復魔術を使える者を全てここへ。」
「それと神殿長に、聖戦の発動を。」
「この地を邪な者共に踏み込ませてはなりません。」
「分かった。すぐに使いを出す。」
我は神殿を後にし、食堂へ向かった。
食堂に着くと、既に大人達が集まっていた。
世界樹の奇跡を見て起き出した者。
寝起きのまま外を見て驚いている者。
皆、口々に話している。
あれは何か。
なぜこんな早朝に集められたのか。
雪原のフェンに住む一族も、族長ノートを中心に集まっていた。
セバスと爺やの姿は見えぬ。
だが、今は待つ時間がない。
我は手を叩き、皆の視線を集めた。
「時間がない。端的に言う。」
食堂が静まる。
「皆も見たであろう。」
「ヘイムの庭に大樹が現れた。」
「世界樹じゃ。」
「魔法使いの工房の証。力の象徴じゃ。」
ざわめきが広がる。
無理もない。
実在するとはいえ、帝国では物語の中でしか語られぬものじゃ。
「本来なら、世界樹には守護者がいる。」
「魔法使いじゃ。」
我は一度息を吸う。
心が震える。
口に出したくない。
だが、隠しても仕方ない。
「恐らく、それはヴァルナじゃ。」
皆の視線が一斉に集まる。
我は自らを落ち着かせる。
口に出せば、本当にそうなってしまいそうで嫌だった。
「だが、店主は今、危篤じゃ。」
「生死の境をさまよっておる。」
「助かるかどうかも分からん。」
さらにざわめきが大きくなる。
なぜそうなったのか。
今どういう状態なのか。
皆が問いかけようとした。
だが、我の顔を見て察したのだろう。
やがて静かになった。
「店主は今、ブラスが見ておる。」
「その間に、我らがしなくてはならん事がある。」
我は皆を見渡す。
その時、爺やが食堂へ入ってきた。
全身が赤い。
返り血か。
「姫様。」
「今、セバスが相手をしておりますが、かなりの数が来ております。」
「どこの者じゃ。帝室か。」
「それもあります。」
爺やは静かに告げる。
「ですが各勢力が、もうなりふり構わずここへ入ろうとしています。」
我は舌打ちをした。
「そちはよいのか。」
「帝国を、本当に敵に回すぞ。」
「この間の一件で、もう回しております。」
爺やは淡々と答える。
「セバス一人では大変でしょうから、私はこれで。」
そう言って、再び外へ向かう。
食堂のざわめきが、恐怖を含んだものへと変わった。
我は声を張る。
「聞いたであろう。」
「ここは間もなく戦場になる。」
「今は情報員だけじゃが、いずれ正規軍が来よう。」
「それだけではない。他派閥の者、
貴族の私兵、魔族、盗賊紛いの者まで来るかもしれん。」
「主なき魔法使いの工房を、世界樹を、手に入れようと押し寄せてくる。」
「それを邪魔する我は、今度こそ帝国の敵じゃ。」
「味方する者も同じじゃ。」
食堂が静まり返る。
誰も口を開かない。
「時間がない。」
「酷なことを言うが、即座に判断せよ。」
「そなたらだけでなく、家も対象になるぞ。」
「皇帝陛下も皇后陛下も甘くない。」
「ここぞとばかりに潰しに来る。」
「家も忠誠を示すため、真っ先に攻めてくるかもしれん。」
我は侍女達を見る。
皆、伯爵家以上の令嬢だ。
影響が大きすぎる。
「エミリア、そなたもじゃ。」
「家を出たとはいえ、関係ない家にまで迷惑がかかる。」
「商業ギルドの面々を連れて、すぐに出よ。」
「すまんな。」
「大口を叩いて商業ギルドを辞めさせておいて、このざまじゃ。」
「グラウハイム卿、ハルヴィンダもそうじゃ。」
「すぐに出よ。」
「ソレイア嬢やリナ嬢も巻き込まれるぞ。」
「ミレディ、そなたの家で保護してやれ。」
「ハンス、そなたもじゃ。」
「子供達と共に行け。」
我は矢継ぎ早に指示を出す。
少しでも多く逃がさねばならん。
少しでも多く守らねばならん。
「姫様はどうなさるんです。」
ミレディが静かに聞いた。
「我か。」
我は少し笑う。
「我はここに残る。」
「我は反抗期の不良娘じゃ。」
「今更、家には戻れん。」
「まあ、ここを帝国に、帝室に差し出せば許してくれるかもしれんがの。」
我は寂しさを隠しきれぬまま、側にあった机を撫でる。
「ここは渡さん。」
「ここは店主、ヴァルナの店じゃ。」
「ここはのう、親方達と馬鹿騒ぎして、
エミリアやマルタ殿が苦労してやりくりして、
ソレイア嬢やリナ嬢が笑顔で駆け回る場所じゃ。」
「それを皆で見て、笑って。」
「沢山の客が来て、飯を食って、
酒を飲んで、文句を言って、また来る場所じゃ。」
「とにかく、そういう場所じゃ。」
我は机を強く握りしめた。
「何も知らん奴らに、好きにさせてたまるか。」
いかん。
机が軋んだ。
「こら、何をやっとる。」
茶毛親方が机を心配そうに覗き込む。
「机が壊れたらどうする。修理代はどうするのかと、
店主がエミリアに怒られるじゃろうが。」
「茶毛親方……」
「むう。これならなんとか大丈夫じゃのう。」
そう言いながら机を確認する茶毛親方の姿に、我はようやく気付いた。
「その姿は……」
茶毛親方は全身をチェインメイルで包み、
腰にはバトルアックス、手には兜を下げていた。
「これか。」
「スミズルに言って整えさせたわい。」
「スミズルも、サイズが合わんと今忙しゅう調整しとる。」
「たるみ過ぎじゃわい。ちっとは運動せんとな。」
そう笑いながら、背中を叩いてくる。
その先には、自分のチェインメイルを必死に調整している赤毛親方の姿があった。
「姫様。」
呼ばれて振り向く。
アンナを始め、侍女達が全員跪いていた。
「家のことなど関係ありません。」
「ここにいる者は皆、帝国ではなく、
姫様――アンリシア様に忠誠を誓う者であります。」
「お前達……」
「よいのか。」
「肉親同士で戦うことになるぞ。」
我の問いに、アンナは迷いなく答える。
「何を今更。」
「姫様の侍女になった時から。」
「プリセスガードになった時から。」
「覚悟は決まっております。」
「さあ、お命じくださいませ。」
「戦え、と。」
いつの間に、そんな覚悟を決めておったのじゃ。
阿呆ばかりじゃ。
本当に、阿呆ばかりじゃ。
「あの、姫様。」
今度はハンスが頭を掻きながら声を上げる。
「俺達が出て行ったら、誰が食事の用意をするんすか。」
「姫様、お食事の用意できるんすか。」
「何を言っておる。食事の用意くらい――」
我は侍女達を見る。
皆、目を逸らした。
「ええと、食べるのが専門でして。」
誰かが力なく答える。
「だそうです、姫様。」
ハンスが苦笑する。
「食事は補給っすよ。大事っす。」
「伊達に後方支援科を卒業してないっすよ。」
「それに、店主さんがいない時は、
いつも俺がキッチンを預かってましたからね。」
そう言って、照れ臭そうに鼻の下を掻く。
まったく。
愚か者が、ここにもおった。
せめて子供達だけでも逃がさねばと思い、我はグラウハイム卿を探す。
だが、店の入口へ向かう彼を見つけた。
こちらも全身フル装備。
騎士団時代のものじゃな。
視線に気付いたのか、グラウハイム卿は振り返る。
「俺はここの用心棒ですからね。」
「無粋な輩は入れさせませんよ。」
そう言って敬礼する。
そなた、奥方や子がおるじゃろう。
「パパ、かっこいい!」
「それでこそ貴方よ。」
いつの間にか起きて来たソレイア嬢が、
騎士姿のグラウハイム卿を褒め称える。
いや、あのなぁ。
ここは戦場になるんじゃぞ。
側にはリナ嬢と、グレートアックスを構えたハルヴィンダ。
「お姉ちゃん、頑張ってね。」
リナ嬢がハルヴィンダを励ましておる。
「お姉ちゃんに任せなさい。」
だからのう。
「ううむ、ハルヴィンダ嬢。」
グラウハイム卿が真面目に指摘する。
「室内ではグレートアックスは大きすぎて扱いづらいぞ。小物はないのか。」
「ああ、すみません。ええと、これならどうでしょう。」
ハルヴィンダが取り出したのは、棘付きメイスだった。
だからのう。
決闘とは違うんじゃぞ。
「アンリちゃん。」
ええい、次の馬鹿は誰じゃ。
そこには、腕を組み、プンスカと音が聞こえそうなほど怒っているエミリアがいた。
「また私だけのけ者にして。」
「大体、終わった後に書類仕事を任せるつもりでしょう。」
「いつも後始末ばかり。」
「どうせやるなら、同時進行の方が楽だわ。」
「それに、修理は任せろって。」
エミリアの後ろで、配管工ブラザーズがポーズを決める。
そのさらに後ろから、ムラマサ親方が首を鳴らしながら歩いてきた。
「酒屋の方は問題ないぞ。」
「戸締まりしてきたし、壁も堀もあるみたいじゃからのう。」
そうだ。
地形の確認をせねば。
「ミレディ、皆に武装させよ。」
「準備ができ次第、小隊を組み、周囲の地形を確認せよ。」
「ここは広い。どこから来るか分からん。」
「はっ。」
ミレディが侍女達――いや、プリセスガードに指示を飛ばす。
どいつもこいつも、好きにせい。
分かっておるのか。
帝国を敵に回すのじゃぞ。
それでも誰一人、逃げようとはしなかった。
めいめいが動き始める。
武具を取りに走る者。
子供達を安全な部屋へ誘導する者。
食料や薬品を運び始める者。
皆、それぞれが自分にできることを探し、動き始めていた。
我も外の状況を確認しようと食堂を出た、その時だった。
いつの間に現れたのか。
キューブが、我のすぐ後ろに立っておった。
そういえば、一番厄介な者がおったのう。
「今回は何もしとらんぞ。」
「逆に何が起こったのか、こちらが知りたいくらいじゃ。」
我が睨むように言うと、キューブは相変わらず無表情のまま軽く頭を下げた。
「ええ、存じています。」
「感謝していますよ。」
「ここを守るために、皆さんが手を尽くそうとしてくれていることは。」
静かな声だった。
どこか人間味を感じさせぬ、妙に落ち着いた声。
「しかし。」
「勝ち目はありませんよ。」
その一言に、我は眉をひそめる。
「頼みの綱である管理者は、傍観を決め込んだようですし。」
「マスターの治療にも、一切手を貸していないようです。」
「なんじゃと。」
思わず声が漏れる。
我はキューブを睨みつけた。
「ブラスが先程から管理者へ訴え続けています。」
「ですが返事はありません。」
何を言っておる。
神々が見捨てただと。
「そう言っています。」
キューブは残念そうに肩を竦めた。
その時だった。
『違います。』
どこからともなく、御使い様の声が響く。
『見捨ててなどいません。』
「おお、御使い様。」
我は思わず胸を撫で下ろした。
見捨てられてはおらぬのじゃな。
だが、キューブは首を傾げる。
「おや。」
「管理区画へ通じる全ての門は閉ざされていますが。」
その言葉に、御使い様は答えなかった。
沈黙。
その沈黙が、かえって重い。
キューブはさらに続ける。
「この世界に漂う神気も、今は残り香だけです。」
「このままでは、ブラス達が使う魔術も、そのうち使えなくなるのでは。」
「真か……。」
もしそれが本当なら。
世界樹どころではない。
世界そのものが大混乱になる。
『すぐには使えなくなりません。』
御使い様が静かに答える。
『数十年は持ちます。』
「それは……。」
我は思わず呟く。
「肯定と考えてよいのか。」
御使い様は少しだけ間を置き、
『それに。』
『私がいます。』
その声だけは力強かった。
『絶対にヴァルナさんは死なせません。』
『必ず助けてみせます。』
そう言い残すと、小さな光は一直線にヴァルナのもとへ飛んでいった。
我はしばらく、その光を見送る。
本当に何が起きておる。
世界樹の出現。
神々がこちらとの門を閉ざした。
誰も理由を語らぬ。
我らの知らぬところで、一体何が始まっておるのじゃ。
そう考えながらも、ふと気になった。
「そなた。」
我はキューブを見る。
「ここに居ってよいのか。」
「ヴァルナの所へ行かんでも。」
キューブは首を横に振った。
「ええ。」
「大丈夫ですよ。」
「この程度でどうにかなるマスターではありません。」
その自信はどこから来るのか。
我には理解できぬ。
「それに。」
「ご存じありませんか。」
「万が一があっても、第二形態になればいいだけです。」
「第二形態になれば、HPもMPも全回復。」
「デバフも解除され――」
「ええい、もうよい!」
思わず叫んでしまった。
毎度毎度、何を言っておるのか分からん。
ゲームだか何だか知らぬが、こちらには通じぬのじゃ。
「そうじゃ。」
我は一つ思い出す。
「頼みがある。」
「なんでしょう。」
少しだけ不満そうな顔でキューブがこちらを見る。
「子供達のことじゃ。」
「ソレイア嬢やリナ嬢。」
「エミリア達もそうじゃ。」
「非戦闘員だけは守ってくれんか。」
「我ら戦う者とは違う。」
「戦に巻き込みとうない。」
その言葉を聞いたキューブは、初めて柔らかく笑った。
「ええ。」
「大丈夫ですよ。」
「傷一つ付けさせません。」
その笑顔には、不思議と嘘が感じられなかった。
「マスターが起きた時、悲しみますから。」
そう言って、実に綺麗な一礼をする。
……なんじゃろうな。
こやつ。
無駄に信用できてしまう。
それが逆に怖い。
もしかして。
本当にこやつ一人に任せたら、我らは何もせんでも済むのではないか。
そんな馬鹿な考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
「……いや。」
我は小さく首を振った。
何を考えておる。
戦うのは我らじゃ。
守ると決めたのも我らじゃ。
他人任せにはできん。
我は気持ちを切り替え、再び皆の指揮へ戻る。
さて。
どこまでやれるかのう。
我が先祖。
セレスティア様。
貴女も最後の戦いの時――
このようなお気持ちだったのですか。
皆を守るとは、これほど苦しいものだったのですか。
師匠のニューワールド講座 第69回
~魔法使い編~
師匠。
『なんです。』
今回も出てきた魔法使い。
四葉の魔法使いって呼ばれてましたけど、
あれって名前なんですか?
『違います。』
『世界から与えられた称号です。』
称号?
『現在、この世界に存在する魔法使いは七人。』
『それぞれが世界樹のある工房で』
『世界樹を守護しています。』
『そして現れた順番に』
『一葉の魔法使い。』
『二葉の魔法使い。』
『三葉の魔法使い。』
『四葉の魔法使い。』
『というように呼ばれているのです。』
なるほど。
じゃあ俺が……
『もし復活できれば』
『八人目。』
『八葉の魔法使いですね。』
まじですか!
なんか中二っぽくて格好いい!
『何を言っているんですか。』
『なりたてのへっぽこですよ。』
えっ。
『見習いが付きます。』
『料理の修行と並行して』
『魔法使いとしての修行の日々です。』
そんなぁ。
覚醒したら
チートになるんじゃないんですか。
『甘えるんじゃありません。』
『力を持つ事と』
『力を使いこなす事は別です。』
『使いこなせなければ』
『それこそ世界の脅威になります。』
そんなに?
『赤ん坊に』
『ミサイルの発射ボタンを渡すようなものです。』
例えが怖い。
『そうなれば』
『勇者が現れます。』
『正真正銘の勇者が。』
『魔王退治に。』
俺、魔王扱い!?
『暴走すればですが。』
『力とは』
『どう言い繕っても力です。』
『そこに善悪はありません。』
『善にも悪にもなる。』
『全ては使う者次第です。』
だから……
『七人の魔法使いは』
『世界へ干渉しません。』
『ひたすら世界樹を守り』
『傷ついた世界を修復する。』
『それが本来の役目です。』
でも。
みんな伝説の英雄みたいに思ってますよね。
『当然です。』
『アステリア帝国のある大陸には』
『今回の一本を除けば』
『世界樹は一本しかありません。』
『しかも帝国ではなく』
『南東の小国にあります。』
だから実物を見た人が少ない。
『その結果』
『世界樹は"力の象徴"。』
『魔法使いは"伝説の英雄"。』
『そんな話だけが独り歩きしています。』
本当は違うのに。
『本当にやれやれです。』
……
『ヴァルナさん。』
『もし本当に魔法使いになっても』
『修行は容赦しませんからね。』
えっ。
料理だけじゃないの!?
『料理も。』
『魔法も。』
『礼儀作法も。』
『全部です。』
鬼だ。
『師匠です。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




