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67 一介の料理人ですから

さて、慌ててキッチンに向かう。



それにしても、本当に店内が大きくなった。

正直、これ飲食店なのって感じだ。

大きめのファミレスの三倍から四倍くらいの広さだろうか。

俺でもこの例えが合っているのかどうか解らないが、多分それくらい。


エルミナさんが言うには、

酒を出さない場合は、ピーク時に一人で二十人くらいの接客。

酒を出せば、一人で十五人くらいが限界らしい。


今、元からいるハルヴィンダさんやベルンさん達四人に、

配管工ブラザーズを入れても六人。


全然足りない。

しかも今は二階席もある。


転移勇者の学生達も不定期だし、数には入れられない。

しかも、貴族や裕福な商人が多い。


あいつら、文句が多い。


最初はありがたがって来ていたのに、

今ではいかにヘイムに影響力を持つかと、色々ちょっかいを出してくる。


気が抜けない。


トール夫人やハーケン夫人が目を光らせているが、二人では限界がある。


そこで出てきたのが、アンリ先生の親衛隊。

プリンセスガードの皆さんだ。

皆さん、伯爵家以上の令嬢で礼儀作法も完璧。

帝宮で侍女をしていただけあって、高位貴族のあしらい方にも慣れている。


助かったよ。


まあ、敵対している家などからの嫌がらせはあるが、

そこはトール夫人やハーケン夫人の出番だ。

最近、帝宮との不仲が噂されているが、宰相と筆頭魔術師長の身内だ。


権力は健在である。


逆らえるのは皇族くらいだ。

その皇族も、アンリ先生とアレク殿下くらいしか来ない。

アンリ先生はこちら側。


アレク殿下も、歓迎会での他生徒との交流で忙しい。

それに、通りすがりのお節介焼きのお姉さんに

見定められているので、変な事はしない。

というか、純粋に歓迎会を楽しんでいる。


このまま真っ直ぐに育って欲しいが、それでは次期皇帝は駄目だそうで、


「もっと腹黒くならないと駄目じゃ」


と、アンリ先生に駄目出しされていた。


「一体誰が教育しとるんじゃ」


そう言って、ついて来ている、ばあやことマチルダさんに文句を垂れる。


やめて、アンリ先生。


この後、この人の指導が入るの。

一柱に紅茶を淹れるのに、マナーも腕もなっていないと指導が入るの。

厳しいの。

怖いの。

笑顔で。

言葉で。

俺を追い込むの。


「俺じゃありません。私です」

「ほら、淹れるタイミングが遅いです」

「なぜ出す時に手が震えるのですか。全部台無しです」


と、次から次へと指摘が飛ぶ。


周りから見たら解らないようなタイミングや動きも、

悔しいかな《紅茶7》では解ってしまう。

マチルダさんの言葉が正しい事も。


ちなみに、マチルダさんは紅茶レベル9らしい。

紅茶界では伝説級で、神話に片足を突っ込みかけているそうだ。


淹れてもらった紅茶は素晴らしかったし、


あの飲兵衛親方達も黙ってブランデー無しで飲んでいた。


通りすがりのお節介焼きのお姉さんからも、


『身の振り方を考えたくなったら、いつでも言いなさい』


と言われていた。

お付きの秘書官さん達からは、指名がついている。


「一体、誰のせいでこうなっているのですか」

「帝宮は荒れていますよ」


聞きたくない事を言いながら、指示棒を出すのはやめてもらえませんか。

それ、八つ当たりですよね。

俺、関係ないよね。


「指示鞭じゃないだけ、ありがたく思いなさい」


そんな俺の横で、


「店主もなかなかじゃが、ばあやに比べるとまだまだじゃな」

「茶菓子の方も精進せんと、冨樫に負けとるぞ」


と、元凶たるアンリ先生が優雅にお茶を飲んでいる。


……解せぬ。



さて、一階の人手不足だが、時々プリンセスガードの皆さんが来てくれたり、

不定期だが朝の常連客である再開発地区で働いている

若者達が力を貸してくれるようになった。


なんでも、最近再開発に大型魔動機、

日本でいう重機が本格的に導入され始めたらしい。

最近まで、東西南北の主要都市を繋ぐ国道の整備を行っていたが、

それがほぼ完成し、再開発地区にも回されてきているそうだ。

そして此度の内乱の噂や、

東方への備えの為、再開発の作業が遅くなっているらしい。


以前ほどの人手はいらないとの事。


また再開発が本格化すれば、

細かい作業に人手が必要らしいが、今は余っているそうだ。

そんな時に、いつも通っている店が大きくなり、人手が足らないとなれば。

声を上げるのは、必然だったかもしれない。


まあ、知らない人を雇うより、知った人の方がましだ。


内乱がなくなったとはいえ、それは表向きだけの事。

東方の国境が落ち着けば、再び内乱の可能性があるとの事。


ブルボン公爵、カスパール侯爵、西園寺公爵がアンリ先生の元に集まり、

アレク殿下の後ろ盾となる事になった。

ただし、これは北・西・南のトップを押さえただけ。


皇位継承争いや、それを機に成り上がろうとする者。

復権を目指す者など、完全に抑え込まれた訳ではない。


今まで、第二皇子か第二皇女かで争っていた所に、

中立だった各地方のトップが、ダークホースだったアレク殿下を担ぎ上げた事で、


第三勢力として出てきた。


これに、現帝国政府中枢が複雑な立ち位置で、表向きは協力しているとの事。

帝国政府中枢は、この三家を潰して、

それぞれの土地やそこで生まれる富を得たい。

力を持った貴族を潰し、帝政をより盤石な物にしたい。


ところが、唯一まともな皇族であり、

帝国政府中枢が後継者にしたいアレク殿下の後ろ盾になってしまった。

三家なしでは、他の候補者に対抗できなくなってしまったのだ。


また、筆頭魔術師長が、兼任していた帝国学園の学園長としての仕事に

専念すると言い出したらしい。

帝国政府中枢の会議には出席するものの、以前ほど発言しなくなっているとの事。


騎士団総長は東方へ。


宰相は、アンリ先生が抜けた帝国政府中枢の仕事を

第二皇子や第二皇女に任せてみたものの、

失策や利権を求める取り巻きに食い物にされかけ、

その尻ぬぐいに走っているらしい。

結局、宰相自身がアンリ先生のしていた仕事をしているとの事。


皇帝陛下も皇后陛下も、日々の業務や貴族間の調整などで、

以前以上に動いており、カール先帝も、

女神様と約束した二か月後に控えた収穫祭に向けて大忙しとの事。


そして農地も女神様の発言の後、実をつけ、

不作から豊作へと変わりつつあるそうだ。


などなど。


指示棒を振るいながら、マチルダさんが教えてくれる。


あのう。

帝国政府中枢の事なんか知りたくないんですが。

ここは、下町の一介の飲食店なので。

俺はそこの店主なので。


「あなたは、少しどころか、かなり世間を知らなすぎです」

「新聞も読んでいないとか。ならば口で言い聞かせるしかないでしょう」


それはありがたいのですが。

世間の事ですよね。

帝国政府中枢の事は関係ないのでは。


「ふうう。姫様の苦労が思いやられます」

「私がいない時にでも、誰かに教育させなくては」


だから、一介の料理人ですから。


「お黙りなさい」


あっ。

指示棒が指示鞭に変わった。

……解せぬ。



まあ、そんな訳で、一階も二階もフロアスタッフはなんとかなった。


キッチンは人を増やしていない。


あれから、帝宮の宮廷料理人から追加と、

ハンスさんの交代の話があったが断った。

マチルダさん曰く、間違いなく情報収集だけでなく、妨害要員が来るだろうとの事で。

ハンスさんも、宮廷料理人を辞めて正式にうちの料理人になった。


「まあ、あっちにいたら、そりゃ名誉ですし箔もつきますけど」

「俺、本当に料理が好きなんで、こっちでも色々学べるし」

「こっちの方が気楽で面白そうだし」

「何より、お師匠様の料理を食べられるから。

 あれ、絶対宮廷より勉強になるっすよ」


と、カッコいいことを言ってくれた。


「でもよう、あれだけは勘弁な。流派至高不敗だけは」

「まるで、流派アルティメット流を崇拝して入った同期を思い出してしまうぜ」

「だいたい、食材や料理に襲われるってなんすか」

「料理人服にチェインメイル並みの防御力がいるって」

「これ、ただの布ですよね。どうしてそんな防御力あるんすか」

「魔道具っすか、この服装」


と、微妙なフラグと、俺も常々思っている事を口に出す。


周りの料理人も頷く。


文句は俺じゃなく、キッチンの中心で腕を組み、指示を出す師匠に言ってくれ。


「それが言えないから、店主に言っているんすよ」

「この間言ったら、口にパンを詰め込まれましたよ」


そっか。

俺なんかいつも蹴られているぞ。


ほら。


『キッチンで余計な事を喋らない。唾が飛びます』


それは解るけど。

俺が吹き飛んで舞う塵はいいのか。


『さあ、みんな。口ではなく手を動かす』

『客が料理を待っていますよ』


みんな、錐揉み状に飛んで地面に車田落ちする俺を放って、料理に戻る。

これ、ギャグ補正がなかったら死んでるよ、俺。



二階のパティシエキッチンはというと、冨樫さんと帝国学園の先生で回している。


物によって食べ頃があるが、焼きたてやその日のうちが美味しい

マドレーヌやフィナンシェ、スコーンなどを始め、

少し置いた方がいいパウンドケーキやイチゴのショートケーキなど、


毎日手際よく順番に作っている。


あまり帝国学園に行かずにいて大丈夫なのかと思うが。

世の中の事は、一緒にケーキを作ってくれている

パティシエ先生ことアレス先生から学んでいるらしい。


名前が軍神なんだが、とても優しくて、パティシエとしての腕も確かだ。

俺もたまにお菓子作りを教えて貰っている。


『ほう、浮気ですか。私というものがありながら』


いや、別に色んな人に教わるのも。

ハンスさんも勉強になると言ってるし。


まあ、そのアレス先生から、空いた時間や焼き上がる待ち時間に

色々とこの世界の事を学んでいるらしい。


そして、そのままここで働きたいと言ってくれた。


いいのか。


アレス先生も、もう少し切磋琢磨すれば、

自分でお店を開いて帝都でもやっていけるって言っているのに。


「お菓子を作れても、お店を経営するのは難しいかも」

「店長さんを見ていたら、お店って料理やお菓子を作るだけじゃ駄目なんだなって」

「経理や材料の仕入れ、店舗の管理とか」

「色々と大変だそうだし」

「父さんや母さんは、すごかったんだなって」


冨樫さんは少し俯き、悲しそうにする。


「それに、ここに雪菜ちゃんも住み込みで働くって言ってたし」


天宮さんか。

いつの間に。

またエマさんが勝手に決めたな。


どうせ止まらないんだろうけど、せめて一言言って欲しい。


「ここなら、思う存分お菓子作りに集中できるし」

「何より、皆さんがいて楽しいから」


そう笑顔で言ってくる。


まあ、好きになさい。

でも、独立したくなったらいつでも言うんだよ。


独立資金も、あの迷惑な二階のお客様のせいで最近余裕があるし。

素材だって、この店の卸先を使ってもいいし。

店舗経営に関しては、詳しいエルミナさんがいるし。


「ありがとうございます」


冨樫さんは笑顔でお菓子作りに戻る。


アレス先生も、こんな生徒ばかりならどれだけ嬉しいか、と苦笑いしている。

みんな、ベルを鳴らせば勝手に料理が出て来ると思っている生徒ばかりらしい。


そっか。

基本、貴族の子弟ばかりだもんね。


ハンスさんも言ってた。


料理人とか後方担当は、あまり人気がないって。

単位欲しさに来る奴が多いって。



そして、我らがアンリ先生だが。


帝国政府中枢の政務からは、徐々に手を引いている。


表向きはともかく、実質、敵とまではいかないまでも、

重要な案件を任せてもらえるほどの関係ではないらしい。


近いうちに無職になるらしい。


領地もなく、ただの名ばかり皇族に。

でも、そこに待ったをかけたのが、帝国学園の学園長である筆頭魔術師長。


「学園の人事はワシのもんじゃ」

「戦場や政治の事は解っても、勉学の場の事を知らん者が口を出すな」


と、そのまま帝国学園の教授として雇っている。


「だいたい、あの馬鹿共、転移勇者クラスの面倒は誰が見るんじゃ」


と言って、勇者クラスをそのまま押し付けているらしい。

確かに聞いていた話だと、アンリ先生以外いないよね。


あの問題児達。


あいつら、アルバイトがない時も、いつの間にか専用の部屋でたむろしているよ。

まあ、直接居住スペースに行けないし、見張りもいるからいいけど。


そんなつもりで用意した訳じゃないのに。


生徒達が何か起こしたら、監督責任でアンリ先生を狙っているらしいから、

ここでまとめて監視できるのはいいけど。


それでいいのか、お前ら。


ある程度は自由なんだから、もっと帝都内を散策したり、

スキルやジョブを伸ばすなり。


天宮さんや冨樫さんみたいに手に職をつけるとか。


佐々木君みたいに、エルミナさんにロックオンされて……。

それ仕事でだよね。

ええと、こき使われたりしてて、漫研と両立大丈夫かな。


松平君はどっち。

趣味、それとも漫画家目指すの。


とりあえず、君たち引きこもらないで、何かしなさい。

俺は親でもなんでもないんだから、いつまでも面倒見られないぞ。


「何をしたらいいのか、わからない」


まあ、確かに俺もその年の頃は解ってなかったけど。

なんかあるでしょう。

でも、あのナルシスト野郎みたいな事はするなよ。


追い出すからな。



ふう、やれやれ。

まだ本当に色々あるけど、大きな変化はこんなものかな。


「収穫祭後が大きな節目で、その後大きく動くでしょう」


と、またいらない情報を教えてくれるマチルダさん。

だから、いらないって。

でも収穫祭かぁ。

年末年始の祭りと同じく、帝都でも大きな祭り。

どんな祭りになるんだろう。

楽しみだ。


師匠のニューワールド講座 63

~収穫祭編~


師匠。

『なんです。』

収穫祭って、

そんなに大きなお祭りなんですか?

『そうですね。』

『地球でも珍しく』

『地域や文化の違いを超えて』

『世界中で行われている祭りの一つです。』

『秋の収穫を祝い』

『自然の恵みに感謝する祭りですね。』

へぇ。


『この世界でも同じです。』

『作物の無事な収穫を祝い』

『その実りを』

『大地母神様や』

『今は姿を消した精霊や妖精達へ感謝する祭りです。』

なるほど。


『実際のところ』

『異星の侵略者によって世界は深く傷付きました。』

『今でこそ豊かな大地が広がっていますが』

『本来なら草木一本生えなくてもおかしくないほど』

『世界は疲弊していたのですよ。』

そんなに。

『そんなにです。』

『それを大地母神様を始めとする神々が支え』

『生命が暮らせる環境を維持しているのです。』

『本当に頭が下がりますね。』

師匠が真面目だ。


『それなのに』

『為政者の一部は好き勝手。』

『邪神やトリックスターも好き勝手。』

『魔族や一部のハイ・ヒュマも好き勝手。』

『まったく信じられません。』

急にいつもの師匠に戻った。


『だからこそです。』

『この世界の収穫祭は盛大なのですよ。』

『感謝を込めて。』

『祝福を込めて。』

『来年も実りある一年になりますようにと願って。』

へぇ。

『それだけではありません。』

『この時期は愛の告白も多いですね。』

『結婚式も多いです。』

なんで?

『大地母神様は』

『家族と子供達の守り神でもありますから。』

『祝福を頂こうとするのですよ。』

なるほど。


『特に今年は大変です。』

『大地母神様が降臨されるという話が広がっていますからね。』

あっ。

『壮大な祭りになりますよ。』

『きっと帝国中から人が集まります。』

『当然』

『ヘイムにも押しかけてくるでしょう。』

うわぁ。

『聖地巡礼です。』

『頑張るのですよ。』

えっ。

閉めたら駄目?

みんなで収穫祭を楽しもうよ。

『そんな事できる訳ないでしょう!』

えぇ!?

『最大の稼ぎ時ですよ!』

『さあ!』

『張り切っていきましょう!』

『目指せボーナス!』

急に俗っぽくなった!

『待っていてくださいね。』

『私の』

『"ドイボットン"』

『"ジャングル"』

『"江戸メス"』

『"ボッチ"』

『達。』

結局それかーーー!!





※収穫祭はこの世界最大級のお祭りの一つです。

※神々への感謝の日でもあります。

※恋人達には告白イベントです。

※商人達には書き入れ時です。

※ヘイムには巡礼客が押し寄せます。

※師匠はすでにボーナスの使い道を決めています。

※ヴァルナさんに拒否権はありません。




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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