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66 侍女長ですので

俺は今、執務室にいる。


驚いた事に、アンリ先生の執務室だけでなく、俺の執務室も出来ていた。


俺は料理人だぞ。


なんであるの。

事務員さんの事務室があれば、こんなのいらないだろう。


「まあ、社長室という事で。ヘイムの店主ですから」


椅子に座っている俺の後ろから、キューブが語りかけてくる。


社長室って。

机と椅子だけで、応接セットどころか棚もない。

ただの空き部屋に机と椅子を置いただけのようだが。

まあ、この部屋の使い道が思いつかない。


ふううう。


いい加減、現実逃避はやめるか。

料理の仕込みもあるし。

それに、前からの視線が痛い。


無視したい。


本当に無視したい。


何やってんの。


さっきから、エマさんを中心に、

真顔で五人のメイドさんがポーズをつけてこっちを見ている。


「ようやく戻られましたか、旦那様」


エマさんが、胸を張ったまま言う。


「私達の美しくてカッコイイポーズに見惚れるのは解りますが」

「放置は失礼ですよ」


だから、その決めポーズは何。

最初にした時、後ろで五色の煙が上がったよね。


「あら、知らないのですか」


エマさんが当然のように言う。


「五人揃ったので。地球では終わったようですし、こちらで戦隊をと思いまして」


そう言って、五人がポーズを解き、普通に立つ。


天宮さん。

顔が赤いよ。

恥ずかしいのなら付き合わなくていいのに。


「何を言っているのですか」


エマさんは真顔で言い切った。


「彼女は“冥土戦隊ヘイムファイブ”の期待の新人ですよ」


いや、その真顔で言われても。

それに戦隊なら、真ん中は赤じゃないの。

髪の毛、エマさん茶色じゃん。

天宮さんが黒で、赤、緑、青は横にいるじゃん。

赤がリーダーで真ん中じゃないの。


その言葉に、赤、緑、青の三人が一歩下がり、再びポーズを取る。


「ふっ、さすがは解っていらっしゃる」

「「「我らは」」」

「強くて」

「優しくて」

「可憐な」

「「「三人揃って」」」

「「「Go!プリンセスメイド!」」」


同時に背後で、赤、緑、青の爆発と煙が上がる。

火事にならないよね。


「ふっ、こちらは終了ではなく、まだ続いているんです」

「こちらの方がいいのではないですか」


三人が真剣に訴えてくる。


「何を言っているのです」


エマさんが腕を組む。


「巨大ロボのすごさが解らないとは、まだまだですね」

「侍女長には解らないんです。この人気が」


赤髪のメイドさんが、一歩前に出る。


「小さな子から大きなお友達まで。現役なんです」

「それに、侍女長はメイドではなく侍女ではないですか」

「そっちの新人と違って戦隊には入れません」

「司令ポジです」


緑髪の娘と青髪の娘が、後ろでうんうんと頷く。


「何を言っているのです。司令はこっちです」


エマさんが俺を指す。

人を指で指すんじゃありません。


「そうですね。私はあれです。ゴールドとかのチートキャラですね」


そう言って、勝ち誇ったように三人のメイドさんを見る。


「天宮はシルバーですか。そのまま新人ですね。精進するんですよ」

「はい、エマお姉様」


いいのか、天宮さん。

せっかく“怒りの精霊”から解放されたのに、今度は冥土に憑りつかれているよ。


「ふっ、五月蠅いですよ、無能司令」

「それに、前から思っていたのですが、メイドではありません。侍女です」

「仕事内容も格も違います」

「そうなの?」


俺はキューブに尋ねる。


「どちらも身の回りの世話をする女性の事ですが、

 メイドは主に家事全般を行う者です」


キューブが穏やかに説明する。


「侍女は、身分の高い女性の側近くに仕え、

 付き人や身の回りの世話を担う女性ですので、

 ある程度の身分が必要です」


そうなのか。

あれ。

そうなると、プリンセスガードの皆さんはそれなりの身分では。


「そうですね。皆、伯爵家令嬢以上です」


まじで。


いいの、こんな所にいて。


「マスターのいる所は、どこでも素晴らしい所です」


部屋も狭くて。


「貴族の令嬢として十分な広さの個室が用意されています」


食事も粗末で。


「高位貴族も喜んで食べています」


お給料は。


「ミレディ様のご実家が出しています」


その他待遇とか。


「有名クラブのクラブハウス並みの設備です」

「特にお風呂場や衣装部屋は喜ばれています」


そうなのか。

お風呂場はともかく、衣装部屋は聞いてないぞ。

まだあるのか。


「常に最新ファッションで溢れています」


エマさんが得意げに言う。


「旦那様も、いつも同じ服ではなくお洒落しないと、

 アンリ先生に呆れられますよ」


なんでアンリ先生が出てくるの。

それに同じ服じゃなくて制服。

料理人としての格好なの。

だいたい最近、私服なんて寝る時くらいしか……。


いかん、泣けてきた。


キッチンと自室のベッド。

あと風呂場くらいしか活動範囲がない。


というか。

勝手にその最新ファッションを召喚しているな。

あれ、俺のスキルじゃないの。

《料理器具お取り寄せ》スキルって、エマさんも使えるの。


「昔から言うじゃないですか」


なに。


「エマの物はエマの物。旦那様の物はエマの物って」


どこかのガキ大将みたいな事を言っている。

そう言えば、よくアイアンクローして召喚してたな。

あれか。

でも最近されてないぞ。


「妖精は日々進化するのです」


もうヤダ。

なんでもありだよ。


「ふっ、こんなの、冥土ならぬ司獄長にとっては出来て当たり前です」


なに、司獄長って。

侍女長じゃないの。


「で、どうするんです」


なにが。

エマさんが呆れてため息をつく。


「名前ですよ、名前。このまま髪の毛の色で呼ぶんですか」


たしかに。

そう言えば、エマさんの時も最初は名前がなかったな。

三人が目をキラキラさせて見てくる。


「そう言えば、名前だけでいいのか」


家名とか。

キューブはあるよね。


「はい。キューブ・オーシャンといいます」

「私は、エマ・オーシャンです」


えっ、同じ家名なの。

もしかして。


「旦那様、どつきますわよ。こんな腹黒と」

「おやおや、嫌われましたね」


キューブが愉快そうに笑う。


「マスター、これはオーシャン家の者という意味で」

「こことは違う世界での偉大なるお方が、

 我らは同じ家族という意味で付けてくれたもので、

 それに倣っているだけです」


そうなのか。

よく解らんけど。

師匠を始めとした天界の住人の名前も、

発音も判別も人間には理解できないらしいから、

妖精や悪魔族の風習かなにかなのかなぁ。


「そういう事ですので、お気になさらず」

「あの三人にも、どうか良き名前を付けてあげて下さい」


と言われてもなぁ。

キューブの時は、なぜか知っていたし。

エマさんは、昔見たアニメから思いついたし。


うーん。

世間の親はどうやってつけるんだろう。


昔見たアニメでは、部隊の名前にお酒の名前をつけていたけど、

それは部隊で、人の名前ではないし。


名前って、その人の一生物だしなぁ。

適当にはつけられないし、俺にセンスはないしなぁ。


むうう。


そんな期待に満ちた目で見てくるし。

ここは花の名前か。

定番の三女神とか。


そうか、三女神か。


赤髪のメイドさんが「エウポリアー」。

潤沢、豊穣の女神。


緑髪のメイドさんが「オルトシアー」。

繁栄の女神。


青髪のメイドさんが「ベルーサー」。

本質、実り多き者を象徴する女神。


それぞれ、ギリシャ神話に登場する、大地の豊穣を象徴する三柱の女神だ。

『大地母神』様の加護があるここには、ぴったりだろう。


そう呼んだ途端。

体から何かが抜ける感覚がした。


あっ、これヤバい奴だ。


意識が遠のくのをなんとか耐えようとするが、目の前が暗くなる。



目を覚ますと、自室のベッドに寝かされていた。

頭が痛い。

それにこの声。

なんだ、騒がしい。

痛む頭に耐えながら、部屋を見る。

五人のメイドさんとキューブがいて、その前で誰かが怒鳴り声を上げている。


「私はメイドではなく侍女です。しかも侍女長」


エマさんがドヤ顔してくる。


・・・

あっ、師匠だ。


『あっ、師匠じゃありません』

『ちょっと目を離した隙に、何をしているかと思えば』

『また勝手に名付けなんかして』


先程までみんなを叱っていた師匠がこちらに振り返り、今度は俺を叱ってくる。


『懲りてないんですか。エマの時のように』


そう言って、エマさん達を指さす。

しかし、俺を叱る為に振り向いた瞬間、四人のメイドさん達は退散していた。

逃げ遅れたのか、天宮さんが部屋の入り口を潜る所だった。


『まったく、誰に似たのか逃げ足は速いですね』

『珍しいですね。いつもなら真っ先に消えると思っていましたけど』


確かに、エマさんが残っている。

珍しい。


「ふっ、いつまでも拘束されては仕事に支障が出ますからね」

「それに、私の姉妹に名を与えて頂いたお礼を言っていませんでしたし」


そう言って、エマさんが見事なカーテシーをする。


「これで、さらに広くなったヘイムを隅々まで管理できます」

「旦那様、ありがとうございます」


む、むずかゆい。

いつものエマさんと違いすぎて。


「で、彼女達の給与と福利厚生ですが」

「部屋はもちろん、衣服や食事など、きっちり頂きます」

「マルタさんには、

 旦那様に適正な物を出すよう許可を頂いた、と話をしておきました」


えっ。


これからではなくて、もう話がついているの。

いつ許可したかなぁ。


「まあ、旦那様」


エマさんが心外とばかりの顔をする。


「あの子達も私みたいにこき使うおつもりですか」


ええと。

いつ、こき使ったかな。

使われているの、俺の方のような。


エマさんを俺が見るのって、リビングで雑誌を読んでいる時とか、

食堂で食べる時とか、チーム飲兵衛に参加している時だよね。

仕事しているの、見た事ないけど。


「ふっ、旦那様の目が行き届かない所で仕事するのが、たしなみです」


そうなんだよなぁ。

なぜかいつも完璧に仕事が終わっているんだよな。


不思議だ。


でも、これで人数が増えたから、さらにぐうたらした姿が見えるのでは。


「ふっ、本来の侍女長に戻りましたからね」


エマさんは得意げに胸を張る。


「掃除洗濯はあの子達の領分です」

「私は、貴人の世話に集中します」


貴人って誰よ。


「いませんね」


それ、完全に仕事丸投げでサボる宣言だよね。


「侍女は忙しいのです。特に侍女長ともなれば」

「では、忙しいのでこれで」


そう言って部屋を出ていくエマさん。

扉を潜る時に、振り返って言った。


「ああ、そうそう。私、侍女長ですので、給与アップしておきましたから」


そう言って、扉を閉める。

俺達は呆れて何も言えなかった。


エマさんだなぁ。



『で、どう申し開きするんですか』


師匠が、残ったキューブを睨む。


『ヴァルナさんが意識を失うまで、力を使わせるなんて』

『あなたを信用して目を離したら、これですか』


キューブは、おや、という顔をした。


「まさか信用してくれているとは、意外でした」

「そうですね。確かにここまでとは、少し見通しが甘かったですね」


そして、キューブは深くお辞儀をする。


「マスター、お師匠殿。申し訳ございませんでした」


いや、別にキューブが悪い訳じゃ。

俺もこうなるとは考えてなかったし。

以前こうなったのは、初めて《料理器具お取り寄せ》スキルを使った時で。

エマさんの時は、こうならなかったし。


「三人分ですからね。まさか一度にいっぺんにつけるとは」


そうなのか。

じゃあ、俺が悪いじゃん。

ごめんよ、キューブ。

そして、ごめんなさい、師匠。

心配かけて申し訳ないです。


『別に心配なんかしてないですからね』

『何かあったら困るのはキッチンのみんななんですから』

『あれ、今も回っていますし、ヴァルナさんいります?』


……ひどいよ、師匠。

本人が気にしている事を。


『まあまあ、冗談ですよ』


師匠が、ふわりと俺の頭上に浮かぶ。


『これに懲りたら、気をつけるんですよ』

「そうですね。今後は私も気をつけます」


えっ。

今後もあるの、こんな事。


「店が、ヘイムがどんどん広くなっていますから」


キューブが静かに言う。


「それに、見知らぬ人が一気に増えました」

「安全の為にも、あの三人にも力を与えて、

 皆さんの身の安全や普段の生活に影響が

 出ないようにしないといけませんので」


そっか。

確かに、アンリ先生の部下とはいえ、名前も顔も覚えられないよ。


ちみっこ達もいるし。

店も人が沢山来るようになったしなぁ。


ああ、どうしよう。

食堂フロア、さらに大きくなっているよ。

フロアスタッフ足らないよ。


キッチンに行かないと、みんな大変だよ。

そう思い、俺は慌ててキッチンへ向かう。


『やれやれ』


師匠が俺の頭に乗っかる。


『ヴァルナさんのお店ですからね』

『ヴァルナさんの味ですからね』


そうだね。

他人任せにして、他人の味の店になったら悔しいからね。


頑張らないと。


急いでキッチンに向かう俺の目に、

決めポーズを教えるエマさんと、

真面目に練習する天宮さんの姿が見えた。


あれが侍女長の仕事なのか。



ちなみに、あの三人組。


“Go!プリンセスメイド”


どこかで聞いた事がある冥土さん達は、

うちのちみっこ達や来店するちみっこ達に人気である。

決めポーズと、色とりどりの爆発が。


メイドってなんだろう。


侍女長ってなんだろう。


師匠のニューワールド講座 62

~給料と特別メニュー編~


師匠。

『なんです。』


今回エマさんが、

お給料アップとか言ってましたけど。


『言っていましたね。』


人も増えましたし、

本当に大丈夫なんですか?

いつもマルタさん、

帳簿を見て頭を抱えているじゃないですか。

みんなの給料も少ないですし、

当然ボーナスなんてありませんし。

ギリギリ経営じゃないんですか?


俺なんてお小遣い月一万ですよ。


買い食いしたら、

すぐ無くなってしまいます。


『そうですねぇ。』

『確かに少し前までは大変でした。』

『皆さん薄給。』

『休日も少ない。』

『朝から晩まで働く。』

『今思えば完全にブラックでしたね。』

『さらに誰かさんが問題ばかり起こしますし。』


いやぁ、それほどでも。


『褒めてません。』


ですよね。


『だから私も黙認していたのですよ。』

『お風呂場の日本製品とか。』

『衣装部屋の洋服とか。』


あっ。


『心当たりがある顔ですね。』


でも今は違うんですか?


『ええ。』

『幸か不幸か。』

『最近は貴族や裕福な商人が大量に来ています。』

『特別メニュー。』

『貸切。』

『お茶会。』

『その他諸々。』

『おかげで利益は大幅に改善しました。』

『ようやくまともな給料が払えるようになったのです。』


よかった。

でもいいのかな。

貴族やお金持ちから、

同じ料理なのに特別料金を取るなんて。


『何を言っているんですか。』

『ああいう方々はですね。』

『逆に安い方が怒ります。』


えっ。


『安すぎると不安になるのですよ。』

『高い方が安心するのです。』

『そして特別扱いされると喜びます。』

『優越感ですね。』


なんだそれ。


『身分社会ですから。』

『むしろ自然な感覚ですよ。』


でも、

料理は同じですよね?


『同じです。』

『ですが器を変えます。』

『盛り付けを変えます。』

『量を少し調整します。』

『雰囲気も変えます。』

『高級感という名の魔法ですね。』


なるほど。

じゃあもう、

お風呂場の日本製品とか。

衣装部屋の洋服とか。

必要なくなるんだね。

ちゃんと給料も出てるし。


『・・・・・・』

『私には。』

『ヴァルナさんが何を言っているのか理解できません。』


絶対わかってる。


『本編で気を失いましたからね。』

『まだ本調子ではないのでは?』

『今日は早めに寝た方が良いですよ。』


誤魔化したな。

あっ。

師匠。


『なんです?』


また化粧品隠した。


『・・・・・・』

『そういえば。』

『ヴァルナさん。』


なに。


『買い食いに行けるほど余裕があるのですね。』


あっ。


『お小遣い据え置き。』

『修行追加です。』


横暴だ!


『経営判断です。』


絶対違う!



※ヘイムの経営状況は改善しました。

※従業員の待遇も少しずつ良くなっています。

※貴族向け特別メニューは利益率が高いです。

※師匠の化粧品事情も改善しています。

※しかしそれは絶対に認めません。

※最終的に被害を受けるのはヴァルナさんです。

※いつものことです。



作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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