64 大変良くできました
続々と人が集まってきおる。
朝食を食べ終えた子供達は、お召し替えじゃ。
次々と晴れ着に着替えてきておる。
西園寺家令嬢なぞ、主催者役マザーじゃからのう。
真っ先に着替えて、出迎えをしておるわい。
リナ嬢もソレイア嬢も晴れ着でお手伝いじゃ。
めんこいのう。
歓迎会の主役は、隅っこで待機じゃ。
少しは緊張せんか。
足をぶらぶらさせおって。
マチルダがたしなめても、やめようとせん。
どうやら、招待客への妨害はなさそうじゃ。
邪神やトリックスターは、おそらく神々が見ているから手出しできんのか。
それとも、ここに神々の目が集まっているうちに、他の所で画策しとるかのう。
皇帝陛下や皇后陛下が介入してくるのは、茶会が終わった後か。
あるいは、アレクが退場した後。
一気に押さえる気かのう。
ここには東西南北全ての中心人物がおる。
恰好の機会じゃ。
一網打尽じゃのう。
さて、どうなるか。
それを実行する騎士団総長も、筆頭魔術師長もここにおる。
ましてや、宰相まで捕らえたら、明日どころか今日の政務はどうするのかのう。
指揮は近衛副団長か。
騎士団総長に逆らえるかのう。
まさか、いきなり騎士団総長が指揮を取るか。
奥方も側におるが、あの様子じゃと私人と公人を割り切れるかのう。
てっきり、血を分けた家族であるミレディや、第一皇女である我でも、
帝国の為なら平気で剣を向ける方と思っておったが。
それを伝えると、泣き出しおった。
「情けない。我が愛が娘に届いていないとは、一生の不覚じゃ」
と、奥方に泣きつきおった。
すまんの。
我には解らんのじゃ。
その家族とか、愛とかな。
だって、知れば辛かろう。
これから先の、孤独な人生が。
ミレディや奥方にも泣かれた。
エミリアには頬をつねられた。
解せぬ。
いかんいかん。
店主の口癖が移ってしもうた。
保護者達が、保護者席とした場所に次々と座る。
ブルボン公爵親娘。
カスパール侯爵。
前西園寺公爵。
この者達は今回の影の主役じゃ。
我と共に特等席を用意した。
その後ろに、宰相を始めとするトール家とハーケン家、サフィール伯爵家一同。
この六家が顔を合わせた時は、
ブルボン公爵親娘、カスパール侯爵、前西園寺公爵に騙し討ちかと睨まれたが、
アルマ様とリオニー様の取りなしでなんとか座ってもらった。
そんなにお手柄顔をされても、原因はお二人でしょうに。
AクラスやBクラスの親御さん達も席に着く。
Aクラスは貴族ばかり。
庶民のBクラスの親御さん達は困惑しとったのには、悪い事をしたのう。
幸い、今回のAクラスの貴族はまともな者ばかりで、
庶民と同じ席で内心はともかく、表立って気を悪くする者はおらんかった。
助かったわ。
この調子なら、予定より早く始められる。
参加者が皆揃い、西園寺家令嬢の進行のもと、お茶会、もとい歓迎会が始まる。
マチルダに連れられて、アレクが入ってくる。
てっきり、相応の主賓席にアレクが座ると思っておったのじゃろう。
テーブル席の真ん中に案内され、周りが戸惑っている。
あそこはのう。
予約席じゃ。
テーブル席の真ん中に座った事により、より多くの生徒達と触れ合う事ができる。
それに気づいたのは、子供達よりも貴族の親の方が早かった。
一斉に色めき立つ。
アレクの最初の歓迎会に呼ばれたのじゃ。
取巻きも婚約者候補もおらん。
次期皇帝レースに出馬する事も知られていよう。
取り入るチャンスじゃ。
子らにも言い聞かせておるのじゃろう。
皆、狩人の目じゃ。
カスパール侯爵令嬢、名を何といったか。
「リスティーナ・シャルルーズ・カスパール侯爵家令嬢です」
おお、そうじゃった。
しかし、なぜそなたが答える。
マチルダが側に控えておった。
「私は悲しゅうございます」
「ご隠居様の奥様からも、孫を頼むと言われていたのに」
「頼っても頂けぬとは」
そう、アレクを見ながら話しかけてくる。
許せ。
こんなに我が恵まれておるのに気づいたのは、ついさっきじゃ。
我は何も知らんかったのじゃ。
「家の者が来るのは、アレク様がお店を出た時、入れ代わりです」
「この店に裏口は」
「ない」
我は短く答える。
「正面から迎え撃つ。アレクを頼む」
マチルダは悲しそうに目を伏せる。
「かしこまりました」
そして深く一礼した。
なんじゃ、泣くでない。
アレクの晴れ舞台じゃ。
見ろ。
リスティーナ嬢なんか、もうアレクにべったりじゃ。
ライバルである春香嬢は、
中身が大人のせいでアレクに興味がないのか、
それとも主催者として忙しいのか、てんてこ舞いしておる。
アレクの困った目にも対応できとらん。
こういう場に慣れておるAクラスに比べて、
Bクラスは慣れておらんからのう。
またもやガチガチじゃ。
そんなクラスメイトのフォローで手一杯じゃて。
しかし、なんじゃのう。
またもや子供達より大人達が盛り上がっておる。
カスパール侯爵なんぞ、
勝ち誇って前西園寺公爵と取っ組み合いが始まりそうじゃ。
このままじゃと、Aクラスの圧勝じゃのう。
Bクラスの子供達よ。
昨日言われたであろう。
大人達の都合など気にするな。
好きに楽しめばいいのじゃ。
しばらくすると、ブルボン公爵家の使いの者が来て、
ブルボン公爵に耳打ちをする。
ブルボン公爵の表情が、わずかに引き締まった。
「アンリシア様」
ブルボン公爵が静かに立ち上がる。
「アレク殿下の初の場、見せて頂きました」
「アンリシア様と娘も、楽しい時間を過ごさせて頂き、ありがとうございます」
「ですが、そろそろ領地に戻る時間ですので」
貴族達の間に緊張が走る。
そうか。
近衛の包囲網が始まったか。
退散するなら今のうちじゃな。
じゃが待て。
見てみろ。
子供達の顔が変わったぞ。
先程までの緊張が解けて、笑顔になっておる。
逆に店主の方が震えておるではないか。
まるで、授業参観に親が来て、悪い事をしたのがバレた子供みたいに。
あれでは、紅茶がこぼれてしまうではないか。
しっかりせんか。
「粗茶ですが」
何が粗茶じゃ。
それが粗茶なら、ここにおる高位貴族が普段飲んでいるのは何じゃ。
ただの色付きのお湯になってしまうではないか。
茶器も茶葉も、我のとっておきじゃぞ。
立ち上がって去ろうとしたブルボン公爵が、そこで固まる。
信じられないものを見ているようで、理解できていないのではないか。
しかし、しっかりとアミュレットを震える手で握っておるな。
『大地母神』様のアミュレットを。
帝国北部は大穀倉地帯。
大貴族も、大地と共に生きている。
中には、自ら鍬を握りしめて耕している大物貴族もおる。
そなたもそうじゃな、ブルボン公爵。
北部の民は、熱心な『大地母神』信者が多い。
ローズ嬢なぞ、涙しておる。
解るぞ。
昨日も皆そうじゃった。
「アンリシア様、これは一体」
震える声で、ブルボン公爵が語りかけてくる。
「静かにせんか」
我は声を潜める。
「そんな声を出しては、子供達がびっくりするであろう」
それと同時に。
いつの間にか空いていた主賓席に、その方はお座りになっていた、
通りすがりのお節介焼きのお姉さんは、
口元に人差し指を当て、静かにするようこちらを見てくる。
もう乱闘寸前だった前西園寺公爵もカスパール侯爵も、
掴み合ったまま固まり、静かに席に座った。
Bクラスの子供達にマウントを取っていた子供達も、最初は戸惑っておった。
しかし、通りすがりのお節介焼きのお姉さんに微笑まれると、
顔を赤くして、もうその辺の子供と変わらず、礼儀も忘れて話しかけておる。
アレクもリスティーナ嬢も、我先にと話しかけている。
これではもうお茶会でも歓迎会でもない。
何か良いことがあって、褒めて欲しくて、
急いで家に帰ってきた子供達が、母親に語りかけているようではないか。
『こら。ワシを無視するでない』
声が響いた。
『また勝手に地上に降りおって』
「ひっ」
騎士団総長の声が上がる。
それだけではない。
『軍神』様を信ずる者達がみな息を呑んだ。
通りすがりのお節介焼きのお姉さんの足元に、誰かが転がっておった。
服がボロボロじゃが、大丈夫じゃろうか。
『太陽も夜も、学問や天秤まで、ワシに押し付けおって』
『ワシ一人で止められる訳ないじゃろうに』
そう言いながら、その方は立ち上がって埃を払う。
『五月蠅いですよ。そんな大きな声を出して』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんの声が、静かに響く。
『子供達が震えています』
『もう一度締めますよ』
そして、子供達へ向き直る。
『ごめんなさいね、みんな。このアル中が邪魔するから遅くなって』
そう言って、通りすがりのお節介焼きのお姉さんは、
アル中と呼ばれた方を睨みつける。
アル中殿は子供達を見て、ばつが悪そうに頭をかいた。
『おお、すまんな。つい大きな声を出してしもうて』
『せっかくの歓迎会であったな』
そして、にやりと笑う。
『よし、ワシに任せておけ』
『宴に音楽もないのは寂しかろう』
そう言って、アル中殿、いや『軍神』様は、どこからかバイオリンを取り出す。
そして、子供達の邪魔にならないように、静かで、どこか楽しい曲を奏で始めた。
神の生演奏じゃ。
誰もが聞き惚れる。
騒がしかった一階の騒音も消えた。
おそらく、そちらでも聞こえるのじゃろう。
そう思い、入り口を見ると、一人の完全武装の騎士が膝をついていた。
後ろには、ベルンを始め何人かが倒れている。
カールおじい様。
その様子だと、歓迎会が終わるのを待てずに乗り込んできたか。
そして、この場に出くわしたと。
茶会が始まるまでであったなら、我も恐れ、構えていただろう。
じゃが、もう怖くはない。
我がいなくても、この場は収まる。
『大地母神』様だけでなく、『軍神』様まで、二柱がいらっしゃるのだ。
誰が逆らえようか。
『軍神』様の奏でる音楽を背に、子供達の笑い声だけが聞こえる。
あと、店主が震えて鳴らす茶器の音だけがのう。
マチルダが、いや、ばあやが呆れてため息をつき、手伝いに向かう。
そうじゃな。
店主一人では荷が重そうじゃ。
エマ達も部屋の隅で笑って見ておるからのう。
助けてやらんか。
そなたら、神々を前にしても平然としておろう。
そうして和やかに進む中、リスティーナ嬢がそっと手を上げた。
「あの、通りすがりのお節介焼きのお姉様」
『なあに、リスティーナちゃん』
リスティーナ嬢が満面の笑みを浮かべる。
そうじゃろう。
名を呼んで頂いたのじゃ。
「あの、またお会いできますか」
場が静まる。
そうじゃな。
我らは昨日今日と二回目じゃが、それは奇跡の時間じゃからのう。
『あらあら』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんは、優しく微笑む。
『アレク君の歓迎会でしょう』
『ABCとクラスメイトが沢山いて、何回かに分けてするのでしょう』
『お姉さん、今回しか来ちゃいけないの?』
場がどよめく。
子供達は嬉しそうに歓声を上げる。
『来ていいわよね』
そう言って、通りすがりのお節介焼きのお姉さんが店主に尋ねた。
店主は慌てながら口を開く。
「あの、その、来ていただくのはいいのですが……」
『何? 問題あるの?』
有無を言わせぬ声じゃ。
「そのですね」
店主が必死に言葉を選ぶ。
「歓迎会を開く為の食材がですね」
「師匠は元の所は駄目って言うし、
今の所も良い物を卸してくれるんですが、
まだ店を始めたばかりで信用がなくて」
「量を卸してくれないんです。そこも、そんなに大きくなくて」
ナイスじゃ店主。
それを待っておった。
安心せい。
なんの為にブルボン公爵を呼んでおると思う。
「食材ですか。何が足りないのですの」
ローズ嬢が立ち上がり、通りすがりのお節介焼きのお姉さんと店主の元へ向かう。
「ええと、野菜は大丈夫なんですが、小麦とか乳製品の良い物が」
「大丈夫ですわ」
ローズ嬢が即座に言う。
「全て最高の物をお届けしますわ。ねっ、お父様」
ローズ嬢が輝く笑顔で振り返り、ブルボン公爵に語りかける。
ブルボン公爵は立ち上がり、
通りすがりのお節介焼きのお姉さんの前に膝をついた。
「このブルボン、家名に誓って用意させて頂きます」
これで北は落ちた。
「あと、何かいる物はないですの?」
ローズ嬢の問いに、店主は困ったように首を傾げる。
「ええと、良い茶葉とか茶器かなぁ」
「今回はアンリ先生に貸してもらったし」
その言葉に、カスパール侯爵が勢いよく身を乗り出した。
「くっ、年のせいで出遅れた」
横で前西園寺公爵が悔しそうに唸る。
「店主殿、茶葉と茶器ですな」
カスパール侯爵は胸を張る。
「ちょうど西の大陸から仕入れた良い物がある。すぐに取り寄せよう」
西も落ちた。
「ええい、店主。ほかにないかのう」
前西園寺公爵が店主に詰め寄る。
店主が完全にパニックになっておる。
そんな店主を見て、子供達が笑う。
「ええと、特には……」
「何かあるじゃろう」
そんな店主と前西園寺公爵のやり取りに、
相変わらずいつの間に移動したのか、キューブが後ろから声をかけた。
「マスター」
「西園寺財閥には、南で獲れた魚介類を新鮮な状態で運ぶ技術をお持ちとか」
そして、通りすがりのお節介焼きのお姉さんへ視線を向ける。
「そちらのお節介焼きの方に、休憩時間、お酒と海の幸を出されては」
その言葉に、前西園寺公爵が勢いよく頷く。
「任せておけ。毎日届けてやる」
これで、南も落ちた。
東は、アルマ様がおる。
問題なかろう。
そう思って見ると、アルマ様が任せろと胸を叩いた。
後は中央じゃ。
『そういえば、ヴァルナさん』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんが、ふと思い出したように店主へ声をかける。
『この店は、今年の収穫祭はどうするのかしら』
「えっ、収穫祭ですか。何かあるんですか」
通りすがりのお節介焼きのお姉さんが、店主の頭上を見る。
『ヴァルナさん、あれですよ、あれ』
御使い様が慌てたように身振りをする。
『秋のお祭りですよ』
『ほら、この間話した。店を解放して、パーッとやろうって言ったあれ』
「えっ、そんなのあったっけ」
『言いました。これだからヴァルナさんは、アハハ』
なんか、御使い様が困っておるが、仕方ないのう。
どうせ御使い様も忘れておったのじゃろう。
収穫祭。
『大地母神』神殿の一大イベントではないか。
「店主、あれじゃ。ブラス殿と話しておったじゃろう」
「秋の祭りじゃ。のう、ブラス殿」
ブラスが笑みを深め、話に参加してくる。
「ええ、以前お話しました」
「しかし今年は帝都全土の実りが良くないとの事で、小規模な物になると」
「だからお忘れでは」
「ヴァルナさんも毎日料理ばかりで忙しいですから」
御使い様と我とブラスで畳み込む。
「そうだったかなぁ」
店主は首を傾げる。
「最近記憶飛ぶし、みんなラーメン食ったとか……」
『そう、パーッとする予定なのね』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんが、にこやかに結論づける。
「でも、今年は不作なんでしょう。そんなに大袈裟にしては」
主のその言葉に、通りすがりのお節介焼きのお姉さんはブルボン公爵を見る。
『そうなの?』
「はっ」
ブルボン公爵が背筋を伸ばす。
「今年は我が領地や北部だけでなく、帝国全土で」
『おかしいわ』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんは、少し不思議そうに首を傾げる。
『私には、大きく実る風景が見えるのに』
貴族達が顔を見合わせる。
つまり。
『大地母神』様の祝福が、今年は豊作だと。
貴族や大人達が立ち上がり、深く礼をする。
「恐れながら」
そんな中、カールおじい様がそこへ割って入った。
『何? 無粋ねぇ』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんが、少し眉をひそめる。
『そんな恰好で子供達の輪に入るなんて』
「申し訳ありませぬ」
カールおじい様は深く頭を下げる。
「しかし東方が騒がしいのは確かでございます」
「戦の中で盛大に祭りなど」
通りすがりのお節介焼きのお姉さんは、
優雅にバイオリンを奏でている『軍神』様を見る。
『ふん』
『軍神』様が鼻を鳴らす。
『ワシは人間同士の地上の争いに介入はせん』
『勝手にしろ。いつもつまらん事で争いよってからに』
『力を貸すとしても、両軍共にじゃ。えこひいきはせん』
そして、東の方角を見るように目を細める。
『もっとも、東からは愚か者共の臭いがするのう』
『ちと蹴散らすか』
そう言って、騎士団総長を見る。
つまり、今回の東国の侵攻の裏に邪神やトリックスターがいる。
そして、力を貸して頂ける。
騎士団総長を始め、軍人達が感謝の意を示す。
『そうねぇ。盛大にしましょう』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんは、
アレク、春香嬢、リスティーナ嬢の頭を順に撫でる。
『貴方達も出るのでしょう』
『三人が綺麗なおべべを着て並んでいるの、見たいわ』
「それは」
と、カールおじい様が言い淀む。
しかし、カスパール侯爵がすぐに声を上げた。
「はい、それは喜んで用意します。のう、南の」
「おおう。西の。春香が嫌でなければ用意するぞ」
「とびっきりのをな」
そう言って、前西園寺公爵とカスパール侯爵が睨み合う。
少し早いが、三人のお披露目じゃな。
そして、両令嬢は婚約者候補か。
それが解ったのか、リスティーナ嬢なぞ喜んでおるし。
春香嬢は、
「いやああ、悪役令嬢フラグがぁ」
と叫んでおる。
嬉しいのかのう。
解っとらんのは、アレクだけじゃ。
『それと、ローズちゃん』
「あっ、はい」
呼ばれたローズ嬢が緊張した面持ちで、
通りすがりのお節介焼きのお姉さんの前に立つ。
『あなたも、そこの護衛さんと参加なさい』
「えっ」
ローズ嬢が目を見開く。
護衛の騎士もまた、驚いたように固まった。
『もう十分苦しんだのだから』
『家に、国に尽くしたのだから』
『自由になさい』
『身分の差など、ここの誰かに頼みなさい。力を貸してくれるわよ』
そう言って、こちらを見る。
身分違いの恋。
それなら、誰かの養子にして遂げればよい。
この場には、ブルボン公爵家に引けを取らぬ家格がおる。
通りすがりのお節介焼きのお姉さんの斡旋じゃ。
喜んで名乗り出るじゃろう。
これで、通りすがりのお節介焼きのお姉さん公認のカップルじゃ。
もう、婚約破棄された令嬢などと後ろ指をさされまい。
さて、どうしますかな。
アレクの後ろ盾に、
元からの
ミョルニル公爵家、
ガイアースブルク侯爵家、
サフィール伯爵家だけでなく。
ブルボン公爵家。
西園寺公爵家。
カスパール侯爵家。
そして、ここにおる貴族達がついた。
帝室の力ではなく、ここヘイムのお陰で。
カールおじい様が、我に出し抜かれた悔しさと、
アレクに大きな後ろ盾がついた事への喜びが混じり合った、
複雑な顔をしている。
そして、諦めたのか。
大きくため息をついた。
「全て承りました」
そう言って一礼し、退出する。
「撤収じゃ。ここの者に手を出すな」
そんなカールおじい様を、宰相が追う。
その前に、宰相はアルマ様に口づけをして、やれやれと肩をすくめた。
筆頭魔術師長が我の所に来る。
「さすがは、自慢の孫じゃ」
笑顔で我の肩を叩く。
「安心せい。後はこちらでやる」
そう言って出ていく。
「そうじゃろう。自慢の娘達じゃ」
騎士団総長はミレディの額に口づけをして、こちらに手を振って出ていく。
店主も子供達も、何が起こったか解らん顔をしている。
店主よ。
忙しいのは解るが、もう少し世の中を知るが良い。
帝都の町の空気くらい読めるようになれ。
まあ、情報通の店主も何か嫌じゃが。
そなた、今回何をしたか解っておらんじゃろう。
確かに直接は何もしておらん。
じゃが。
お主がこの世界に来てくれて。
帝都に来てくれて。
この店、ヘイムを開いてくれて。
ヘイムで人や神々の縁を結んでくれて。
それが今日の結果じゃ。
とりあえずじゃが、内乱は止まったぞ。
戦は止まったぞ。
それに、アレクに大きな後ろ盾も出来た。
愚か者に育たぬ限り、強力な地盤が作れる。
全て、そなたのお陰じゃ。
そう思いながら店主を見ていると、
通りすがりのお節介焼きのお姉さんが我の元へ来た。
『大変良くできました』
そう言って、優しく我の頭を撫でてくださる。
『こんなに介入するのは今回だけよ』
ああ。
心の中のアンリが泣いています。
いつもの理不尽な世の中に対してではなく。
歓喜の涙を。
そんな感激をしておるのに。
『ええい、喉が渇いたぞ。そこなドワーフ』
『酒を隠しておろう。出さんか』
『軍神』様もとい、アル中様が言い出す。
『子供達がいるのよ。お酒はやめなさい』
『なんじゃ、そちもそんな物より酒の方が好きじゃろうに』
『ここで良き幼子達と和んでいるが良い』
『ついてまいれ』
そう言って、アル中様はバイオリンを奏でながら一階へ向かう。
それについて行く大人達。
なんじゃ、転生者や転移者から聞くバイオリン弾きみたいじゃのう。
早速、親方達やアルマ様、リオニー様が酒を配りだす。
『主人よ、飯じゃ。酒のあてを出さんか』
その声に、店主がびくりと震える。
『仕方ないですねぇ。行きますよ、ヴァルナさん』
御使い様が、店主を連れていく。
『仕方ない大人達ねぇ』
通りすがりのお節介焼きのお姉さんが、呆れたように一階を見る。
『私抜きで、私の前で宴を開くなんて』
『覚えておきなさい』
そう呟き、再び子供達の輪に戻る。
我も、ミレディやエルミナ、ローズ嬢に連れられて二階席に行く。
キッチンからは、御使い様の声が響いてきた。
『いいですか皆さん。今回は特別です。手伝ってあげます』
『時間もありませんし、いてはいけない存在が二柱もいます』
『気合を入れていきますよ』
「「「「「イエス・マム!」」」」」
『ア・レ・キュイジーヌ』
おお。
御使い様の料理が食べられるのか。
こいつは僥倖じゃ。
皆が、それぞれの盃を手に持つ。
貴族も庶民も関係ない。
みな喜んでおる。
噂の内乱はない。
今この場で、二柱がご降臨され、それを聞いた。
今年は豊作だと、『大地母神』様が約束された。
ここ最近の嫌な空気は払拭された。
この話は、もう帝都中に出回り始めておるじゃろう。
明日には隣町に。
数日後には帝国中に広がるじゃろう。
皆が我を見ている。
「ほら、姫様」
ミレディが微笑む。
「みんなが、今回の一番の功労者の言葉を待っていますよ」
たしかに、すぐにでも酒を飲みたいだろうに。
喜びを分かち合いたいだろうに。
待ってくれておる。
アル中様も、発表前の為の音楽を奏で出す。
子供達も、これから何か祭りでも始まるかのように、興奮してこちらを見ている。
色々言いたい事がある。
明日はどうなるか解らん。
皇帝陛下は穏健派に見えて、かなりプライドが高いからのう。
カールおじい様も、孫にしてやられて黙っておらんじゃろう。
何をしてくるか。
じゃが、少なくとも今日は我の。
ここにいる皆の勝ちじゃ。
あまり待たせてもあれじゃしのう。
我は、柵に足をかけてビールジョッキを掲げる。
「Let's partyじゃ!」
師匠のニューワールド講座60
~軍神編~
師匠。
なんです。
すごいですよ、『軍神』様。
ヴァイオリンが上手ですよ。
本当に上手です。
みんな陽気に歌って踊って、
お祭り騒ぎですよ。
何を言っているんですか。
『軍神』は、
戦と酒と芸術を司る神
ですよ。
元々は芸術の神だったのですが、
酒好きが高じて酒を司るようになり、
さらに酔っ払って暴れ回るものだから、
いつの間にか戦まで司るようになったのです。
えっ、本当ですか。
さあ、どうでしょう。
ですが、
芸術の神であることは間違いありません。
多才ですよ。
ヴァイオリンだけでなく、
ありとあらゆる楽器を弾きこなし、
歌い、
踊り、
絵画、彫刻、建築に至るまで、
何をやらせても超一流です。
まるで、
ヴァルナさんの世界の
ダ・ヴィンチみたいですね。
まあ、その代わり重度の酒好きですが。
芸術の友は酒だと言って、
暇さえあれば自分で酒を造って飲んでいます。
それでいて、
個展を開けば満員御礼。
本当に理不尽な才能の塊ですね。
そのくせ、
「軍神だから」
という理由で、
神々の争いが起これば真っ先に先鋒を任され、
『ふっ、あやつは六大神最弱』
などと言われているのですが、
毎回きっちり生き残って帰ってくるんですよね。
しかも、
神々の宴会では誰よりも早く酔い潰れるのに、
酒の神まで兼任しているんです。
何を司っているんでしょうね、
あの方は。
どう思います?
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




