63 遅すぎた反抗
ちと待て。
そう、待て。
我はそのまま、空いていた席に腰を下ろした。
なぜおる。
今回の作戦における、最大の仮想敵の一人であろう。
ここにおるという事は、もう帝国政府中枢は動いているのか。
いや、それならもっと直接的な行動に出ているはずじゃ。
これは、明日の参加者も今から集めるべきか。
いや、こんな時間に集めれば足元をすくわれる。
参加者に不信感を持たれ、明日の茶会自体がなくなる可能性もある。
ええい。
修正が必要じゃ。
最悪、北・西・南の中心人物がここにおるだけましか。
思考の渦に入り込む我を、
ブルボン公爵親娘が不審そうに見ながら、少し離れた空席へ座る。
前西園寺公爵とカスパール侯爵は、
力比べから周りを巻き込み、酒飲み競争に入っておった。
もう、今更奥へ通しても無駄か。
逆に目立つ。
給仕に来たアンナに水を頼む。
本当は酒でも飲んで楽しみたいが、そんな余裕はない。
ついでに、ブルボン公爵とカスパール侯爵一行へ酒と料理を出すようにも頼む。
急かして連れてきたからのう。
夕食もまだじゃからな。
エルミナには、食事が済んだらローズ嬢を風呂にでも案内してもらおう。
ミレディには、ブラスを呼んでもらう。
ええい。
騎士団総長の事は後回しじゃ。
なんのつもりでおるのか知らんが、考えても解らん。
娘達を泣かせるのは誰じゃ、じゃと。
娘だと。
そちはミレディの父親だろうが。
我のではない。
そもそも、父親とはなんじゃ。
母親とは。
我が物心ついた頃、父上も母上も側におらなんだ。
たまに食事をする、知らない男女でしかなかった。
そんな男女よりも、いつも側にいてくれたミレディや爺や。
よく遊び相手をしてくれたスミズル親方やトレース親方。
教師であったアルマ様やリオニー様の方が、よっぽどましじゃったわい。
そういえば、騎士団総長や宰相、筆頭魔術師長も、
ミレディやアルマ様、リオニー様達と共に遊んだり、
食卓を囲んだりしておったのう。
改めて思うと、父上や母上との幼少期の思い出などないのう。
まだ帝国内で内紛が続き、落ち着いていないとはいえ。
それを治めるのが皇帝陛下と皇后陛下の務めだと、
周りから聞かされ、自分で言い聞かせて納得しておったが。
あの頃からじゃな。
我の中に、アンリとアンリシアが居ったのは。
よく、あの馬鹿達のようにならんかったものじゃ。
あの馬鹿、第一皇子が生まれた頃から、
帝国の内情も落ち着き、余裕ができたのか、
皇帝陛下は子供達の所に顔を出しとった。
しかし、皇后陛下が顔を出した事などあったのか、記憶にない。
顔を出しても、皇后としてか。
母親としておったかどうか。
もうその頃は、我も諦めというか、
第一皇女としてあろうとして、冷めておったからのう。
だからかもしれぬな。
弟妹達がああなったのは。
これでは、皇帝陛下や皇后陛下の事を悪く言えんのう。
「アンリ様、お呼びだそうで」
ブラスの声で、我は現実に戻る。
ふと視線を向ければ、
カスパール侯爵と飲み比べをしている前西園寺公爵の横で、
楽しそうに応援する西園寺家令嬢の姿が目に入る。
少し離れた席では、ブルボン公爵親娘が寄り添い、料理を楽しんでおる。
我とは無縁の世界じゃ。
そう思っておった。
つい昨日までは。
「すまんの、ブラス。明日の件じゃ」
「Aクラスの生徒達の件ですね」
「そうじゃ」
ブラスはすぐに頷いた。
「既に手配をしております。もう各家に、
神官戦士や神官が護衛として張り付いています」
ほう、早いのう。
しかし、それ程の人数をよくこの短期間で集めたのう。
我が感心しておると、ブラスは苦笑した。
「神殿長が聖戦と叫んでおりまして」
「どうやら、昼間の出来事を察知したようで」
さすが神殿長という事か。
あの神気を感じ取ったか。
それでも、早くて多すぎないか。
そんなに神殿におったのか。
たまたまか。
普段は帝国全土に、治安と布教の為に出払っていよう。
我の疑問が顔に出ていたのか、ブラスはさらに続けた。
「『大地母神』神殿だけではありません」
「六大神殿だけでなく、全ての神殿から人が出ております」
「意味も解らず、全ての神殿に、主神であらせます『夜を司る女神』から、
明日のお茶会を成功させろと神託が降りまして」
「なんの事か解らない神官達に、
今度は『軍神』様から人員の割り振りなど、命令が下りました」
なんじゃ、それは。
何が起こっている。
『大地母神』様や『天秤の女神』様だけではなく、他の神々も動いているじゃと。
「余程、神々も此度の一件を止めたいようですね」
ブラスの声が、少し低くなる。
「案外、本当に東方の国境、
邪神やトリックスターが介入しているのかもしれません」
「噂では、消えた転移勇者の姿も見えるとか」
なら尚更、この内戦を止めなくては。
「アンリ様、かなりお疲れの様子」
ブラスが、真っ直ぐ我を見る。
「本番は明日です。その前に主役が倒れては、どうにも止まりませんよ」
「方針も、明日のお茶会の狙いも解っております」
「明日どうなろうとも、最後はアンリ様が締めなくてはいけません」
「ヴァルナ殿は、まだ一介の料理人です」
「今日できる事は、もうありません」
「後はこちらで整えます」
「食事をして、お風呂に入って。もうお休みなさい」
そうブラスが休むように勧めてくるが。
そうもいかんじゃろう。
まだ話す事もある。
ブルボン公爵や前西園寺公爵、カスパール侯爵とも――。
そう言いかけた我の両腕を、ミレディとエルミナが左右から抱えた。
「さあ、姫様。お風呂にでも行きましょう」
「疲れでボロボロですよ。そんな姿、店主に見せて良いのですか」
なんじゃ。
なんでそこで店主が出てくる。
我はいつもパーフェクトじゃぞ。
「ほらほら、行くわよ、アンリちゃん」
エルミナが強引に引っ張る。
「ローズ様、今からお風呂で女子会ですけど、ご一緒しませんか」
そのまま引きずられていく我。
そんな我を見て、ローズ嬢も少し笑いながらついて来る。
こら、やめんか。
髪くらい自分で洗えるわい。
サウナは苦手じゃ。
長風呂は良くないぞ。
我はフルーツ牛乳じゃ。
なんじゃエマ、風呂上がりのマッサージじゃと。
気づけば、朝になっておった。
一階の和室に寝ておった。
久しぶりによく寝た気がする。
そうじゃな。
今更できる事など、もうない。
お茶会が始まり、終われば、どう転ぼうとも帝国政府とは対立じゃ。
どう転んでも、決して皇帝陛下も皇后陛下も我を許さないだろう。
帝国政府の決定事項に逆らうのじゃからのう。
静かな朝じゃ。
鳥の鳴き声しか聞こえん。
これで最後かものう。
このような朝を迎えるのは。
さて、いつまでもこうしてはいられん。
最後の段取りを確認せねばのう。
それに朝飯じゃ。
店主の事じゃ。
もうパンを焼いておろう。
摘まませてもらうかのう。
服を整えて、食堂に向かう。
なんじゃ、騒がしいのう。
モーニングにはまだ早かろうて。
「ああ、なんで今日はこんなに早くからお客様が来るの」
店主の悲鳴にも似た声が、厨房から聞こえてくる。
「ハンスさん、スープのおかわり早めに仕上げて」
「うん、それ下ごしらえはしてあるから、温めて」
「ドンナーさん、燻製室、開けていいから。在庫全部使っていいから」
「シュヴァルベ先生は、もうすぐ子供達が起きて来るから、
二階のバイキングをお願い。エマさん達も手伝って」
「モーントリヒトさんは、パスタをお願い。あいつら無尽蔵に食べるから」
「ほらほら、斎藤君も松平君も鈴木さんも手伝って」
「天宮さんと佐々木君は冨樫さんを手伝って。そう、二階」
なんじゃ。
店主が覚醒しとる。
あんなにてきぱきと指示を出して。
もしや、今日の茶会は失敗か。
呆然とその様子を眺めていると、エミリアが我を見つけた。
「アンリちゃん、おはよう。よく寝れた? こっちこっち」
そう呼ばれて二階席に行くと、ミレディやローズ嬢、親方達が食事をしていた。
「なんじゃ、遅いぞ。もうみんな食っとるわい」
スミズル親方が笑う。
「そう言ってやるな、スミズル。よい顔しとるぞ」
トレース親方が、目玉焼きを口に放り込みながら言う。
「よく寝られたようじゃな。よきかな、よきかな」
そう言って席を立ち、こちらに来る。
「そちは、なにもかも一人で背負い込みすぎじゃ」
「長女か、第一皇女か知らんがのう」
「ほら、見てみい」
そう言って、一階の食堂を示す。
沢山の人がいる。
こんなに朝早くから。
いつもの常連達。
ミレディやブラスが連れて来た護衛達。
「ベルンやアンナがのう、
入り口で余計な事をしそうな奴がおらんか、客を選別しとる」
「それに、見てみい」
「余計な奴が入ってきても座れんように、席が一杯じゃろう」
「皆、そなたの為に駆けつけておるわ」
そう言われて席を見る。
あれは、我に帝宮で仕えてくれている侍女達ではないか。
全員来ておらんか。
「プリンセスガードが、
姫様のピンチに動かないで、なにがプリンセスガードですか」
ミレディが傍に立つ。
その声は穏やかだが、どこか誇らしげじゃった。
「まったく、皆武装してきおって」
赤毛親方があくびをしながら並ぶ。
「久しぶりに使うから整備してくれじゃと」
「整備道具が、リヤカーの倉庫と配管工ブラザーズが
持っている物しかないのに、どうしろと」
「お陰で徹夜じゃわい」
「裏口というか、ワシの店の方の警護は大丈夫ですぞ」
ムラマサ親方が階段を上ってくる。
「朝起きたら、表の入り口が消えておってびっくりしましたわい」
「ああ、車庫の方も消えていて、スミズルが暴れとったのう」
トレース親方が呆れたように言う。
「まだ皆寝とるんじゃい。静かにせんかい」
沢山の客の中を、ハルヴィンダとセバスが料理を運んでいる。
二人だけでは大変なのか、再開発エリアで仲良くなったのだろう。
いつもの常連の若い衆や、配管工ブラザーズも給仕を手伝っていた。
「姫様、アルマ様とリオニー様も来られていますよ」
ミレディが続ける。
「ご家族と一緒に」
なに。
その言葉に驚いてしまう。
確かにいた。
一階の席に。
アルマ様。
その夫である宰相。
息子である現公爵一家。
リオニー様の所にも、夫と今の侯爵家一家。
そして筆頭魔術師長もいる。
皆、平民の服装をしておるが。
知っとる者は知っとるぞ。
「ご両家とも、トール家とハーケン家で、しがない下級貴族の家だそうで」
「それに、こんなビッグイベントは見逃せないと」
「後で母上も来るとか。父上が迷惑をかけていないか見に来るそうです」
ミレディがそう語るが。
帝国の中枢が、帝室以外みなここに来ているではないか。
「何を言っとる」
赤毛親方が我を見る。
「帝室なら、そなたがここにおるではないか」
「皆、そなたの為に集まったのだ」
その言葉に、一瞬胸が詰まる。
「どうじゃ。このまま帝宮に乗り込むか」
赤毛親方は冗談めかして笑う。
だが、その目は笑っておらん。
「玉座に座らんか」
「皆、喜んでついていくぞ」
「そうなれば、流れる血も少なかろう」
言うな。
そのような事。
考えなかった訳ではない。
こんなに力を貸してくれる者がいるとなると、余計に考えてしまう。
そして、我は首を振った。
「今回の騒動は、決して権力欲しさの為ではない」
「ただ、内乱を、戦を止めたいだけじゃ」
そう言って、振り返り、皆を見渡す。
「そう」
「流れんでも良い血を止める為じゃ」
赤毛親方が静かに問う。
「良いのか」
「もう元には戻れんぞ」
「そなたは皇帝を、皇后を敵に回したぞ」
「それでもじゃ」
我は笑顔で皆を見渡す。
我には、これだけの者達が力を貸してくれる。
それが解っただけで、充分報われた。
後は――。
「姉上ー!」
アレクの声が聞こえる。
元気よく階段を駆け上がってくる。
ほんにのう。
何も知らずに元気なやつじゃ。
我はアレクを抱え上げる。
案ずるな、アレク。
そなたが玉座につく頃には、少しだけじゃが、綺麗にしてやる。
姉として、お前にしてやれるのはこれで最後じゃろうが。
今日は楽しんでいけ。
アレクに続いて、ばあやが上がってくる。
いや。
皇后陛下付きの筆頭女官長、マチルダか。
我の周りとその後ろ。
そして一階を眺めて、マチルダが大きくため息をつく。
「旦那様も奥方様も、そしてご隠居様もお怒りですよ」
じゃろうな。
「どう収拾をつけるおつもりですか」
「これは、もういたずらでは済みません。反乱です」
「奥方様は反対なさいましたが、昼前には家の者達が来ますよ」
近衛が動くか。
皇后陛下が反対じゃと。
ありえんじゃろう。
皇帝陛下よりも血の気が多いぞ。
それ程、キューブとの間に何かあったか。
じゃが、昨日の出来事まではまだ知らんようじゃ。
知っていれば、昨日のうちに来とる。
茶会も、もうその頃には始まっておる。
カスパール侯爵に言って、参加者には早めに来るよう手配してもらっている。
ほら。
ブラス達に連れられて、もう参加者が着きだした。
時計を見れば、もう良い時間ではないか。
我は寝過ごしたか。
出入り口は一つ。
ここに集まった者達なら、茶会が終わるまで充分防げるじゃろう。
できれば、ヘイムで血は流しとうなかったが。
その後は、我の首でも持ってゆけ。
これは、アンリとしての遅き反抗期じゃ。
我も、その馬鹿な弟と同じ、馬鹿娘じゃ。
師匠のニューワールド講座59
~東方の大国編~
「師匠」
『なんです』
「俺」
「覚醒というか」
「普段からあれくらいできます」
『どうでしょうね』
『見た事ありませんが』
「ひどい」
『まあ、その話は置いておきましょう』
『今回は東方のお話です』
「東方?」
『ええ』
『最近少々怪しいですからね』
『かつて』
『アステリア辺境伯とミョルニル王国の連合軍が』
『大陸最強の勢力となった頃』
『大陸東部には小国が乱立していました』
『互いに争い』
『足を引っ張り合い』
『とても連合軍に勝てる状況ではありませんでした』
『当然』
『後に現れた異星の侵略者に対抗できるはずもなく』
『多くの国や地域が滅ぼされました』
「うわぁ……」
『そして二百年戦争終結後』
『アステリア帝国が復興に追われている間に』
『誰かが裏で糸を引いたのか』
『それとも自然の流れだったのか』
『東方諸国は次々と統合されていきました』
『その結果誕生したのが』
『大陸連合国』
『United States of the Continent」』
『通称USCです』
「名前からして大国っぽいな」
『実際大国ですよ』
『二十三の旧国家から構成される連合国家です』
『表向きは民主主義』
『ですが実態は少々違います』
『元王族』
『元貴族』
『元統治者達による元老院議会』
『そして』
『その中から選ばれる独裁官』
『この二つが政治の中心です』
「民主主義……?」
『名目上は』
『です』
「なるほど」
『そして四年に一度』
『独裁官選挙が行われます』
『すると不思議な事に』
『アステリア帝国との関係が悪化します』
「露骨だな」
『国是ですから』
『建国理念が』
『対アステリア帝国』
『です』
『さらに』
『国内不満の発散』
『支持率稼ぎ』
『武器商人達への利益供与』
『色々な事情があります』
『ですから』
『小競り合いは日常茶飯事ですね』
「でも二十三国家の寄せ集めなんだろ」
『ええ』
『連携はあまり良くありません』
『内部対立も多いです』
『ですが』
『国土』
『人口』
『軍事力』
『全て大陸最大規模です』
『周辺諸国も逆らえません』
『事実上の属国になっている国もあります』
「強いな……」
『さらに』
『超帝国時代の遺産も保有しています』
『浮遊要塞です』
「出た!」
『複数保有しています』
『再現不能技術によって作られた超兵器ですね』
『そこから放たれる砲撃は』
『まさに天災です』
『もっとも』
『維持費も莫大ですし』
『失えば二度と作れませんので』
『滅多に使いません』
「切り札か」
『その通りです』
「首都はどこなんだ?」
『浮いています』
「はい?」
『浮遊都市です』
『巨大な都市そのものが空を漂っています』
『国土上空をゆっくり巡りながら』
『各地を統治しているのです』
「ロマンあるな」
『見た目だけなら』
『壮大で』
『神秘的で』
『夢のような光景でしょうね』
『ですが』
『決して侮ってはいけません』
『USCは』
『アステリア帝国最大の仮想敵国ですから』
「師匠」
『なんです』
「なんか嫌な予感しかしない」
『安心してください』
『私もです』
※USCは大陸最大の国家です。
※建国理念が「対アステリア帝国」です。
※選挙のたびに帝国は胃が痛くなります。
※浮遊都市は観光資源でもあります。
※師匠は絶対に面倒事になると思っています。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




