61 今一度だけ信じて
さて、この店主の謎の執事をどうしたものか。
女神像の前で祈りを終えた我は、静かに振り返る。
そこには相変わらず、隙のない笑みを浮かべたキューブがおった。
「おや、特に驚かない所を見ると」
キューブはわずかに首を傾げる。
「私が来ると解っていたようですね」
「ああ、必ず来ると思っておった」
「ほう」
その目が細められる。
こ奴の目は本当に恐ろしいのう。
まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚になる。
しかし、ここで目を逸らしてはいかん。
我も第一皇女じゃ。
逃げる訳にはいかん。
「当然じゃ。聞いたぞ」
我は腕を組みながら言う。
「母上が来訪された時、二人きりで会うたそうじゃのう」
キューブの目がさらに細くなる。
「おや、あの方が話しましたか」
少し意外そうな顔をする。
「プライドだけは高そうなので、話すとは思いませんでした」
そして小さく肩を竦めた。
「特に貴方には」
よほど母上の事が嫌いそうじゃのう。
「違う」
我は首を振る。
「リナ嬢とソレイア嬢が言っておった」
「そなたと話していた客人が、具合悪そうな顔をしていたとな」
「心配しとったぞ」
その言葉を聞いた瞬間。
キューブの表情が少しだけ和らいだ。
「やれやれ」
優しい目で苦笑する。
「子供達にはかないませんねぇ」
本当に店主や、その身内には優しい男じゃ。
しかし。
我を見る目は相変わらずじゃ。
面白がっておる。
値踏みされておる。
敵か味方か。
見定められておるのかもしれん。
「あの母上に」
我は女神像へ視線を向ける。
「いや、皇后陛下に信仰を取り戻させたのじゃ」
「余程の事があったのじゃろう」
「想像はつく」
キューブは何も言わん。
ただ黙って聞いておる。
「どうせ、この店や店主を利用しようとしたのじゃろう」
「最悪、接収でもしようとしたか」
キューブは何も答えない。
冷ややかに笑うだけじゃ。
当たりか。
「それで、そなたの怒りを買った」
「なら当然、我の所にも来るじゃろう」
「おやおや」
キューブが楽しそうに笑う。
「そこまで解っていて」
「やはり、あの親にしてこの娘ありですか」
そして呆れたように肩を竦めた。
「ご婦人も懲りずに、まだここを利用しようとしておりますし」
「似た者親娘ですね」
そう言って見てくる。
その目に悪意はない。
ただ、心底呆れておるだけじゃ。
「そうじゃ」
我も否定せん。
「皇后陛下にどのような思惑があるかは知らん」
「しかし我にも譲れぬ物がある」
キューブは静かに歩き出し、我の横に並ぶ。
二人で女神像を見上げる形になる。
「内乱を止める、ですか」
その声は冷たい。
今まで聞いた中でも一番冷たい声じゃった。
「そうじゃ」
我は即答する。
「今日明日で止めてみせる」
キューブは黙る。
そして小さく笑った。
「上手くいくとでも」
「そんな子供達頼みで」
「神頼みの作戦で」
痛い所を突く。
その通りじゃ。
子供達を利用する。
神頼みでもある。
本当に明日、再びご降臨される保証などない。
ご本人が来ようとしても、他の神々が横槍を入れるかもしれん。
これは大きな賭けじゃ。
明日ご降臨される事が大前提。
失敗すれば全て終わる。
「おやおや」
キューブが感心したように息を吐く。
「貴方は凄いですね」
「ご婦人は、今の私と話しただけで震え上がり」
「管理者に助けを求めていましたよ」
母上らしいのう。
「それに貴方は最後まで成そうとしている」
「賭けとはいえ」
「最後まで自分の意思で進もうとしている」
キューブは我を見る。
その目は先程までと違った。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
敬意が混じっているようにも見えた。
「この場を」
「この国を」
「民を守ろうとしている」
「本当に得難い存在ですよ」
「貴方は」
そして。
その直後。
「しかし」
冷たい声に戻る。
「貴方の、その未熟で気高い魂は」
「支配者には向いていません」
我は眉をひそめる。
「この国で最も次期皇帝に相応しいのに」
「支配者には向いていない」
「矛盾していて、もったいないですね」
なんじゃそれは。
褒めておるのか貶しておるのか解らん。
するとキューブはさらりと言った。
「私なら」
その笑顔が恐ろしく見えた。
「明日の茶会で参加者全員を毒殺します」
思わず固まる。
「その責任を北か西に押し付ける」
「そして再統一します」
なんという事を言う。
そんな事をすれば泥沼じゃ。
皆が我を信じて動いてくれておる。
そんな事できるものか。
「おや」
キューブが少し首を傾げる。
「皇帝陛下や皇后陛下なら喜んですると思いますよ」
「それに今なら」
「全てを黙らせ、再統一する力もある」
「これが最後のチャンスです」
悪魔の誘惑。
まさにそのものじゃ。
それが最良の策なのも理解できる。
全ての罪を我らが背負い。
何も知らぬアレクへ帝位を継がせる。
理屈だけなら正しい。
じゃが。
「そんな事はせん」
我は即答する。
「我は何としても内乱を止める」
「民を」
「ここを守ってみせる」
そんな事をしたら。
店主が悲しむじゃろう。
もう二度とここへ来れなくなる。
なんじゃ。
なぜここで店主が出てくる。
我ながら意味が解らん。
ククク。
キューブが笑う。
先程までの冷たい笑いではない。
心底可笑しそうに笑う。
「やはり」
「アンリ様は支配者には向いていない」
呼び方まで変わった。
アンリ様じゃと。
「何がそんなに可笑しい」
我が睨むと。
キューブは一通り笑った後。
珍しく穏やかな声で言った。
「ご心配しなくても」
「管理者は明日も来るでしょう」
「多少どころか」
「他の五人が妨害しても来ます」
その言葉に我は目を見開く。
何を知っている。
「それより」
キューブは盛大なため息を吐く。
「私はマスターが明日しっかりできるか心配ですよ」
「その……あの……」
珍しく言葉を選んでおる。
「マスターは馬鹿ですから」
お主。
店主の事を諦めたな。
可哀想ではないか。
そなたの主人であろう。
「おや」
キューブが笑う。
「アンリ様はマスターが上手くできると」
なにを言っておる。
いつも頑張っておるではないか。
至らん所があるなら周りで支えてやればよい。
だから何故笑うのじゃ。
そなたの主であろう。
「ええ、ええ」
キューブは満足そうに頷く。
「アンリ様にお任せします」
その瞬間。
社員食堂の扉が開いた。
「アンリちゃん、準備ができたわよ」
エミリアが姿を現す。
「ブルボン公爵が屋敷で待っているって」
どうやら。
正念場その一は無事突破できたようじゃ。
次は正念場その二じゃな。
◇
エミリアを連れて魔動車に乗り込む。
すると当然のような顔で、キューブまで乗り込んできた。
「仮にも公爵家に行くのです」
そう言って向かいの席に腰掛ける。
「お忍びとはいえ、お二人だけでは無礼ですし、不用心でしょう」
それは確かにそうじゃが。
「それにしても、運がよろしい」
キューブは窓の外を眺めながら続ける。
「ブルボン公爵とかやらは、明後日には領地へ戻る予定でしたよ」
それが本当ならギリギリじゃったのう。
しかし相変わらずの情報網じゃ。
どこから仕入れてくるのやら。
それに、その目じゃ。
子供を見るような目でこちらを見てくる。
これは身内と認められたのか。
それとも、まだまだ頼りないと見られておるのか。
頼もしいが、別の意味で大変そうじゃ。
魔動車は夜の帝都を駆け抜け、
やがてブルボン公爵邸へ到着した。
大きな門。
高い塀。
北部の大貴族に相応しい屋敷じゃ。
我らはすぐに客間へ通される。
長年の怨敵。
四年前の裏切り。
使用人共の敵意に晒されるかと思ったが。
皆、キューブの美しさに見惚れておったわ。
侍女など、完全に足を止めておる。
恐ろしい男じゃ。
そして客間におったのは。
ブルボン公爵。
そしてその娘。
第一皇子に婚約破棄されたローズ嬢じゃった。
ローズ嬢はともかく。
ブルボン公爵の視線は歓迎しとらんかった。
帝国貴族としての最後の矜持かのう。
恐らく耳には既に入っておるのじゃろう。
帝国軍が北へ攻め入る準備をしておる事を。
その証拠に。
ローズ嬢は腰に短剣を下げておった。
公爵令嬢が屋敷の中で武装するなど普通ではない。
それほど緊張しておるのじゃ。
席に着くと。
礼儀も何もなく、ブルボン公爵が口を開いた。
「さて、急用との事でしたので、この場を設けさせましたが」
その声は硬い。
「こちらも忙しゅうございましてな」
「何用か、お聞きしても」
棘のある言い方じゃ。
当然か。
廊下には兵が並んでおる。
このまま人質にでもするつもりか。
領地へ帰るまでの交渉材料として使うか。
それとも。
皇帝陛下なら我ごと消しかねんのう。
「そう邪険にするな、公爵」
我は平然とした顔を作る。
「ちと願いがあって来ただけじゃ」
ブルボン公爵の眉間に皺が寄る。
「その願いとやらを聞いて」
「娘は帝国学園でどのような目に遭いましたかな」
痛い所を突いてくる。
しかし、こちらも後がない。
「お父様」
ローズ嬢が慌てて口を開く。
「もう良いのです。その事は」
「それにアンリシアお姉様も良くして頂きました」
「謝っても頂きました」
「それに、あれは転生者の仕業でした」
そう言って我を庇ってくれる。
「私も愚かでしたわ」
ローズ嬢は苦笑する。
「転生者に気付かないなんて」
まだ我をアンリシアと呼んでくれるか。
姉と呼んでくれるか。
第一皇女ではなく。
「少し黙っていなさい。ローズ」
ブルボン公爵は娘を制する。
「どうせ碌な話ではあるまい」
敵意を隠そうともせん。
まあ良い。
元からそのつもりじゃ。
「そうじゃな」
我も認める。
碌な願いではない
そして単刀直入に言った。
「のう、ブルボン公爵」
「茶会に参加してくれんか」
「はっ?」
公爵が間の抜けた声を出す。
無理もない。
「なに、我の弟のアレクが帝国学園へ編入したのは知っておろう」
「クラスメイト達が歓迎会をしたいと言っておってな」
「明日、その歓迎会があるのじゃ」
「そこへ参加してもらいたい」
拍子抜けしたような顔になる。
しかしすぐに表情を引き締めた。
「何を言い出すかと思えば」
「デビュタントも済んでいない者達の、お茶会ですらない物に参加しろですと」
「ふざけるのも大概にして頂きたい」
当然の反応じゃな。
「今、領地では不作の予兆が出ております」
「その対策に急いで戻らねばなりません」
そして鋭い目で我を見る。
「良いのですかな」
「北部が不作となれば民が困りますぞ」
案に食料をちらつかせてくる。
そうじゃ。
その民の為なのじゃ。
「安心せい」
我は首を振る。
「帝宮などで開かん」
「帝国学園近くの飲食店で開く」
「子供達が張り切っておってな」
そう言いながらローズ嬢を見る。
その胸元には美しいアミュレット。
公爵令嬢でありながら。
政争に巻き込まれながら。
これほど美しい輝きを残しておる。
清い心を持った証拠じゃ。
あの馬鹿め。
こんな娘は他におらんのに。
「それに」
我は少し笑う。
「これが最後の別れとは悲しいしのう」
悪いが。
情に訴えさせてもらうぞ。
「身の安全は我が保証する」
すると公爵は即答した。
「それが信用ならんのですよ」
まいったのう。
あの馬鹿の件がここまで尾を引いておるとは。
まあ仕方ないか。
その時じゃった。
「アンリシア様、こちらを」
キューブが一枚の紙を差し出す。
起請文じゃ。
神々に誓いを立てる契約書。
破れば天罰を受ける。
しかも。
『太陽神』でも。
『天秤の女神』でもない。
『大地母神』様の起請文じゃ。
解っておるのう。
我は即座に受け取り。
ブルボン公爵の身の安全を保証する内容を書き署名した。
すると。
紙が淡く輝く。
契約成立じゃ。
普通なら神殿へ持ち込み。
神官を通して成立させる物。
それが儀式もなく反応した。
つまり。
今この場をご覧になっておる。
それを理解したのか。
ブルボン公爵が慌てて起請文を確認する。
「本物ですな」
驚きを隠せておらん。
「一体、何なのです」
事の重大さに気付き始めたのじゃろう。
「すまんが何も言わん」
我は頭を下げる。
「我を信じて、このまま来て欲しい」
「今日はその場所へ泊まり」
「明日、歓迎会へ参加して欲しいのじゃ」
これで駄目なら。
後は実力行使。
そうなれば。
キューブはともかく。
エミリアは。
「大丈夫よ、アンリちゃん」
小声でエミリアが囁く。
「覚悟はできているわ」
すまんの。
恐らく骨も拾ってやれん。
「まあ、お泊まりですの」
その声に顔を上げると、ローズ嬢が胸元のアミュレットを握りしめておった。
「もしかして、帝国学園の近くのお店って、噂の勇者様達が利用している……」
「そうじゃ」
我は頷く。
「あの悪ガキどもが世話になっている店じゃ」
「それでは、噂の日本製があって、使えるのですね」
ローズ嬢はそんな俗物ではない。
あえてその振りをして、ブルボン公爵を説得してくれておるのじゃ。
我か。
それとも、この場をご覧になっている『大地母神』様か。
そのどちらかを信じて。
「むうう、しかしのう」
ブルボン公爵はなおも渋る。
その胸の内では、領地と娘と帝国への疑念がせめぎ合っているのじゃろう。
ローズ嬢は静かに父へ歩み寄った。
「今一度だけ、アンリシアお姉様を信じてみましょう」
そして、真っ直ぐに父の目を見る。
「帝国政府ではなく、アンリシアお姉様を」
そう言って、ブルボン公爵の胸を軽く叩いた。
ブルボン公爵が、はっとしたようにその場所へ手を当てる。
そして懐からアミュレットを取り出した。
母上の物と同じで、ひびが入り、ボロボロじゃ。
しかし、強い力を感じる。
ブルボン公爵はそれを強く握りしめた。
「そうじゃな」
その顔から、少しだけ公爵としての険しさが抜ける。
「今一度だけ、信じてみるか」
そして我を見る。
「しかし、その歓迎会とかやらに参加するだけですぞ」
「その後は領地に帰らせて頂く」
その顔は、公爵ではなく、一人の信徒の顔であった。
「ああ、それで良い」
我は頷く。
「あとは好きにするが良い。もう止めぬ」
そう返答した時じゃった。
「ご歓談中、横から失礼します」
キューブが一歩前へ出た。
その動きは静かで、あまりにも自然だった。
「私、キューブ・オーシャンと申します」
「歓迎会が行われる店の執事でございます」
「こちらに、我が主より歓迎会への招待状を預かっております」
そう言って、白い封筒を三通差し出す。
「どうか、お納めください」
一体いつの間に用意した。
しかも三通じゃと。
普通ならありえん。
従者が許しもなく直接話しかけるなど。
まして、貴族でもない者が公爵に勝手に物を渡すなど。
我も含めて、その場にいた者が一瞬動きを止めた。
しかし、キューブには有無を言わせぬ圧があった。
ブルボン公爵は、気づけばその封筒を受け取っていた。
そして、何か仕掛けられていないか確かめもせず、中を開けてしまう。
魅了や催眠の類ではない。
我が身に着けている魔道具は反応しておらん。
しかし、何らかの力を行使しておるのじゃろう。
こ奴が店主の執事で助かった。
「これは、ワシと娘の分じゃのう」
ブルボン公爵が二通を見て、最後の一通へ目を向ける。
「最後の一枚は」
「カスパール侯爵の分でございます」
キューブはさらりと言った。
「ご友人の」
その言葉に、ブルボン公爵が再び公爵の顔へ戻る。
「なんの事じゃ」
彼の声が低くなる。
「カスパール侯爵とは商売の関係でしかないわい」
「あの金の亡者と友人など、寒気がするわい」
「この間も穀物を安く買い叩きおって」
不機嫌丸出しの声じゃ。
「これは失礼しました」
キューブはまったく悪びれず、優雅に頭を下げる。
「ここ二週間の間に六度もお会いし、何やら内緒話をされていたようですので」
そして、にこりと笑う。
「てっきり領地にお帰りになる前に、友情を確かめ合っていたのかと」
なんじゃと。
そのような事、我は耳にしておらんぞ。
ブルボン公爵が珍しく、苦虫を噛み潰したような顔をする。
事実か。
「それに」
キューブはさらに続ける。
「明日の歓迎会の後、カスパール侯爵もご令嬢を連れて領地に戻られるとか」
「公爵閣下も、ご帰郷される前に、もう一度親交を深められては」
何をどこまで知っておる。
この男は。
「当店では、かのムラマサ親方が厳選したお酒を用意しております」
「我が主も、身内びいきながら、良い料理を出します」
「どうぞ今宵は、お店でお過ごし下さい」
「歓迎いたします」
そこで一拍置き、キューブはにこやかに付け加えた。
「ああ、人数は最低限でお願いします。あまり大きなお店ではありませんので」
だから、どうやってその情報を仕入れてくる。
事実なら、本当に年内に内乱が起こるぞ。
しかも、向こうの奇襲という形で。
今、国内では騎士団を始め軍の再編中じゃ。
隙がありすぎる。
ブルボン公爵がこちらを見てくる。
我も驚いておるが、ここは乗らねば。
「安心せい」
我は平然とした顔を作る。
「皇帝陛下を始め、中央は知らん」
「なんなら、もう一枚起請文でも書こうか」
その言葉に、キューブがまた起請文を取り出す。
本当に何なんじゃ。
お主は用意がよすぎる。
「いや、それには及びません」
ブルボン公爵は短く息を吐いた。
「すぐにカスパール侯爵へ使いを出しましょう」
そう言って、控えていた執事を呼び、伝言を命じる。
「ブルボン公爵」
我は声を落とす。
「すまんが、今回は時間と情報が勝負じゃ」
我の言葉に、公爵は頷いた。
「あい、解りました」
「それも伝えましょう」
そして席を立つ。
「少しお待ちいただけますかな」
「このまま、そちらに伺った方が良いのでしょうな」
「すぐ手配します」
ブルボン公爵はローズ嬢へ向き直った。
「ローズ、お前も用意しなさい」
「誰にも何も言わず、ワシと泊まりで出かけるとだけ伝えよ」
「連れて行く者も最低限じゃ」
そう言って、ブルボン公爵は部屋を出ていった。
「これで、また一つ上手くいきましたね」
キューブが笑いながら呟く。
ああ。
そうじゃな。
そなたのお陰じゃ。
我一人じゃと、エミリアを犠牲にしていた。
「わーん、怖かったよ、アンリちゃん」
緊張の糸が切れたのか、エミリアが我に抱きついてくる。
すまんかったのう。
我はエミリアが落ち着くように抱きしめ、そっと頭を撫でる。
最初から、犠牲になるかもしれんと知っておいて。
それでも、よく来てくれた。
我は恵まれておるな。
本当に、ありがとう。
しかし我は、この時知らんかったのじゃ。
キューブだけではない。
他のメンツも色々やらかしている事を。
師匠のニューワールド講座57
~起請文のお話~
「師匠」
『なんです』
「今回出てきた起請文って」
「あれですか」
『そう、あれです』
『日本の戦国時代物でよく出てくる』
『よく破られるアレです』
「身も蓋もないな」
『まあ実際には』
『意外と守られていました』
『ただし絶対ではありません』
『戦国時代の起請文は単なる契約書ではなく』
『神仏に誓い』
『破れば天罰を受け』
『子孫まで祟られる』
『そう信じられていた宗教的な誓約書です』
「結構重いな」
『重いですよ』
『だからこそ皆書いたのです』
『もっとも』
『有名な武将達を見れば分かる通り』
『必要とあれば同盟は破られます』
『松永久秀』
『荒木村重』
『その他大勢』
『戦国武将達は割と容赦ありません』
「じゃあ意味ないじゃん」
『それが違うのです』
『彼らは』
『起請文なんて紙切れだ』
『とは考えていません』
『むしろ逆です』
『戦国武将は結構頭が良いのですよ』
『起請文を破る時は』
『相手が先に約束を破った』
『主君が変わったので契約は無効』
『神仏の意思に従った』
『などなど』
『現代の弁護士みたいな理屈を並べます』
「うわぁ」
『つまり』
『起請文そのものを否定するのではなく』
『起請文が適用されない状況だった』
『と主張したのです』
「人間って昔から変わらないなぁ」
『その通りです』
『ですが』
『ヴァルナさん』
『ここは地球ではありません』
神々は見ているだけではありません』
『必要とあれば介入してきます』
『そして割と本当に怒ります』
「怖い事言うなぁ」
『そこでです』
『ヴァルナさんも起請文を書きましょう』
「なんで!?」
『脱いだ靴下は洗濯籠へ入れる』
『裸足で歩き回らない』
『夜更かししない』
『早寝早起きをする』
「最後のは俺の生活を知ってて言ってるだろ」
『何か言いましたか?』
「いえ何も」
『そうですね』
『ちゃんと師匠を敬う』
『も追加しましょう』
「絶対それが本命だろ」
『言い逃れできないように』
『六大神全員の御名入りです』
「やめろぉ!」
『さあ』
『どうぞ』
「誰か助けて!」
※起請文は本来真面目な誓約書です。
※師匠は悪用しています。
※六大神連名の起請文はたぶん誰も書きたくありません。
※ヴァルナさんは逃げました。
※たぶん追いかけられます。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




