53 明日怒られます
決闘。
時代や地域によって色々ルールは違うが、
己や誰かの名誉の回復や、恨みを晴らすなど、
何かを賭けての一対一の戦いである。
何を野蛮な、と思うが、
地球でも十九世紀後半頃まで行われており、
明確なルールもあった。
それに、ここは剣と魔術と科学の世界。
決闘は、まだ当たり前に現役だった。
だからといって、
ハルヴィンダちゃんがするなんて。
俺から見たら、まだ子供だぞ。
止めようと思ったけど、
『止めてはいけません。ハルヴィンダは妹と一族の誇りをかけて戦うのです』
でも。
『ここは、平和な日本ではありません』
『裁判以外で己の矜持を貫く、正当な権利です』
『それに、ハルヴィンダを過小評価してませんか』
そう言われて、ハルヴィンダちゃんを見る。
確かに、あんな大きなバトルアックスを二本も持って動いている。
けど、相手はナルシスト野郎でも転移勇者ですよ。
しかも《聖騎士》のジョブ持ちで、
ちゃんと鍛錬も積んでそうだし。
『どのみち、ヴァルナさんに選択権はありません』
ナルシスト野郎が剣を収める。
「いいでしょう。僕が勝ったら、二人とも僕のモノだよ、ベイビー」
だから、前髪をかき上げて、
歯をキラリと輝かせるな。
「ふっ、何を言うかと思えば」
「私が、二度とそんな態度を取れないように、磨り潰してあげますよ」
もしかして、ハルヴィンダちゃんって結構バトルジャンキー?
舌なめずりしているよ。
というか、こういう事にならない様に、
トール夫人とハーケン夫人がいたんじゃないの。
「すまんな、店主」
アンリ先生が謝ってくれるけど、
「トール夫人はともかく、ハーケン夫人は思考型のはずじゃが」
「最終的には脳筋寄りだからのう」
結局、脳筋じゃん。
どうしよう。
もう止められないなんて。
決闘なんかして、怪我したら。
負けてしまったら。
くそう、ナルシスト野郎を呪うか。
闇討ちするか。
そんな葛藤をしている間にも、
トール夫人とハーケン夫人を中心に決闘の中身が決められていく。
場所は、帝国学園の決闘場。
日時は、一週間後の正午。
獲物は自由。
介添人はなし。
この場で決める。
ナルシスト野郎が勝った場合は、
ハルヴィンダちゃんとリナちゃんに対して交際を申し込む権利を認める。
ハルヴィンダちゃんが勝った時は、
二度と二人に近づかない事。
決闘にはスケープドールを使い、
それが破損したら決着とする。
スケープドールは高額だが、
今回はトール夫人とハーケン夫人が出してくれるとの事。
その他細かい事が決められ、
誓約書に双方が署名する。
なんで、決闘の申請書があるの。
「脳筋貴族のたしなみじゃ」
なにそれ、怖いよアンリ先生。
そうして決闘が決まり、
決闘までナルシスト野郎はここに来るなと追い出した。
終わっても受け入れるつもりはない。
けっ。
店にも、俺にも、客を選ぶ権利はあるんだ。
スマホの代理持ち込みも禁止だ。
さて、情報通の佐々木君から仕入れた情報だが、
日本にいた頃からあんな感じだったらしい。
手当たり次第に女性に声をかけて、
よく問題を起こしていたらしい。
校内だけでなく、別の学校ともよく揉めていたらしい。
こちらに来てからは、
常に周りに複数の女子生徒を侍らせている。
まあ、ハニトラ要員らしいが、
それでますます調子に乗っているらしい。
ただ、意外と授業や鍛錬は真面目に受けているとの事だ。
それに、背後にいる貴族から良い装備品なども支給されているらしい。
本当に大丈夫かな。
転移勇者で鍛錬真面目って。
うん。
真剣に闇討ちでも考えるか……。
「なに阿呆な事言っておる」
阿呆な事って、赤毛親方。
「いや、あの小僧の頭をスイカにしてやろうかと斧を取り出したら、
ハルに取られてのう」
じゃないでしょ、茶毛親方。
二人共、心配じゃないんですか。
「心配しとらん訳ではないが、ハルなら問題ないじゃろう」
「それに、万が一があっても、小僧はその日のうちに病院送りじゃ」
「背後の貴族ごとじゃ」
「もう、あの時みたいに躊躇せんわ」
そう言って、飲兵衛親方達が顔を見合わせて笑う。
その日の夜から、
ハルヴィンダちゃんの特訓が始まった。
相手はベルンさん。
一歩間違えば、ソレイアちゃんが対象だったかもしれないと、
顔を青ざめさせていた。
ヘイムの庭に、軽く運動ができる広場があった。
……なかったよね、さっきまで。
軽くハルヴィンダちゃんとベルンさんが手合わせすると、
すぐにベルンさんが待ったをかけて、
フル装備でやってきた。
流石にフルプレートじゃないけど、
鎧一式に剣と盾持ちだ。
当たると不味いとの事だった。
ブラスさんが待機中です。
それ、ハルヴィンダちゃんの為だよね。
ベルンさんじゃないよね。
すごい打ち合いだった。
両手のバトルアックスを軽々と振り回し、
素早い動きでベルンさんを攻め立てる。
ベルンさんが防戦一方だ。
でも、流石にベルンさんも元騎士。
見事にカウンターを入れている。
ハルヴィンダちゃんも、なんか顔が怖いけど、
本当にバトルジャンキーじゃないよね。
鍛錬が終わった後に、
赤毛親方に、
「スミズル親方、これ軽くて使い勝手悪いんです」
「もっと振り応えある物ありませんか」
と言ってたよ。
そのバトルアックス一つでも、俺は持てないよ。
「うーむ、少し待て。明日までにはハル用の物を用意しとく」
「鎧も合わせんとな」
「で、どんな装備が良いんじゃ」
おお、赤毛親方が職人の目になっているよ。
翌日、ハルヴィンダちゃんが装備していたのは、
ハルヴィンダちゃんの身長よりも長い大きなグレートアックスだった。
チェインメイルにハーフプレートを着て、
軽々と振り回して飛び跳ねているよ。
それを見たベルンさんは、
「今日、俺死ぬのかな」
と唖然としていたよ。
ベルンさんと打ち合った後、
トール夫人とハーケン夫人とも遣り合っていた。
なんなのあの二人。
「二人共、元軍人で紛争地を駆け回っていたからのう」
「血が騒ぐのじゃろう」
そう言いながら、ウォーミングアップをしているアンリ先生。
「どんな搦め手で来るか判らんからのう」
「色んな手合いと経験を積まんとな」
そう言って、ハルヴィンダちゃんと楽しそうに対戦を始める。
ミレディさん曰く。
元々狼族は身体能力が高く、
生まれついての狩人で戦士との事で、
更にハルヴィンダちゃんは、スキル《超剛腕》持ちなので、
装備の重さを感じる事なく、その素早い身体能力を発揮できるとの事だった。
今まで再開発現場で肉体労働をしていたから、
体は充分鍛えられているし、
後、必要なのは戦いの経験だけだそうだ。
一通り終わった後、
茶毛親方がハルヴィンダちゃんにペンダントを渡す。
「これは、装備ストレージの魔道具じゃ」
「グレートアックスは大きいからの。小回りが利かん」
「じゃから、それだけではなく、他の装備も使える様にせんとな」
「ほら、まずは触れて念じてみい。ストレージの中身が頭に浮かぶじゃろう」
ハルヴィンダちゃんは言われた通りにする。
「すごい、色んな装備が入っている」
「すごいじゃろう。それはな、スミズルの所の倉庫に繋がっておっての」
「念ずれば、そこから取り出す事ができる」
「向こうはアイテムボックス持ちじゃ。何が出てくるかわからんし、
下手すれば装備を収納されるかもしれん」
「じゃから、いちいち触っておってはバレてしまうからのう。
触らんでも無意識で装備を取り出せる様に特訓するんじゃ」
それ、すごくない。
要は転送装置でしょ、それ。
「そうじゃ。昔、便利そうじゃから帝宮から押収されそうになったが、
持主登録されとるからの。解除の仕方が解らんと断ったわ」
「おかげで、今からハルの物じゃ」
とガハハハッと笑うトレース親方。
流石爺馬鹿だ。
さらっと帝宮を敵に回す事をする。
武闘派の皆さんも半笑いだぞ。
「ほらほら、何ぼさっとしとる。時間がないんじゃ、特訓せんか」
そうして、特訓の日々は過ぎていく。
装備は整えた。
鍛錬も時間の許すかぎりした。
あとは本番を待つのみ。
その鍛錬の片隅で、
ベルンさんが装備がボロボロになって泣いていたよ。
まあ、赤毛親方が全て終わったら見てやると言ってくれて、
喜んでいたが。
そしてついに、決闘当日。
ヘイムは休みだ。
いつも来てくれるみんなには申し訳ないと思っていたが、
みんな応援に来ているよ。
一種のお祭り騒ぎだ。
帝国学園の施設に入れるのかと思ったが、
下手に止めて帝国学園の周りをうろつかれたり、
勝手に入られては面倒だから、
最初から管理して観客席に入れた方がいいと判断したそうだ。
こちらの応援席には、
横断幕まで持って盛り上がっているよ。
因みに、ヘイムの常連の学生も一緒に騒いでいる。
人気者だなあ、ハルヴィンダちゃん。
対する向こうは、
取り巻きの女子達がキャーキャー言っている。
他の見学の生徒達は様子見かな。
転移勇者のお手並み拝見と言った所か。
あれは、賭けもしているな。
別にこの世界では賭けは普通にあるし、
逆に貴族の嗜みらしい。
どうせ禁じても裏で行われる。
それなら堂々として管理した方が良いとの事だ。
競馬とかと同じかな。
それに貴族達にとっては、
どれだけの大金をつぎ込めるかの財力の見せどころだし、
それで身を滅ぼすような人や家は要らないとの事らしい。
決闘の儀式に則り、
決闘に至った経緯と、
決闘内容、そして賭けられた条件が発表される。
経緯が語られた時は、
うちの応援団はもとより、
生徒達からもブーイングの嵐だった。
だが、ナルシスト野郎は気にする事なく、
いつも通りに前髪をかき上げ、
歯をキラリと輝かせて、
見に来ている女性達に手を振る。
マジでスゴイな、こいつ。
本当は連れて来たくなかったけど、
自らも決闘に関わっており、
姉の勇姿を見に来ているリナちゃんを見つけると、
投げキッスまでしてきやがった。
横にいたソレイアちゃんも、
ええと、金髪ドリル令嬢。
西園寺春香ちゃんだっけか。
三人とも怖がって震えていたよ。
飛んできたキッスはベルンさんが責任を持ってはたき落として、
次は俺が決闘を申し込んでやると、
手袋を用意していたよ。
俺も殴ってやりたい。
そして、そんなナルシスト野郎を、
グレートアックス片手に静かに眺めるハルヴィンダちゃん。
なんだ。
アニメみたいに全身から闘気が見えるのは俺だけか。
だんだん勢いよく大きくなっていってるが。
そして、消える。
「違う、あれは濃縮して身に纏っているんだ」
「初陣でこれとは、末恐ろしい」
とベルンさんが解説してくれる。
一方のナルシスト野郎は、
かなり良い装備をしているらしい。
そして、軽く体を動かしているのを見て、
ベルンさんが、
装備に使われていない。
ちゃんと使いこなしているとの事だった。
「手ごわいぞ、あのナルシスト野郎」
とベルンさんが呟く。
佐々木君曰く、
充分鍛錬を積んでいて、
一時は《聖騎士》のジョブでもあるから、
卒業後は『太陽神』の神殿にスカウトされそうだったが、
『太陽神』様直々に、
『あんな、気持ち悪いのはいらん』
と神託が降りたらしい。
司会の説明が終わる。
いよいよだ。
それぞれスケープドールと繋がっている。
例え真っ二つになっても、
一度だけなら身代わりになってくれるらしい。
帝室や高位貴族ご用達の一級品らしい。
こんな決闘で使っていいのかと思うが、
本当に真っ二つにしてやれとも思った。
会場が静かになる。
そして、
始めの合図。
審判の手が下がる。
次の瞬間、ナルシスト野郎は左右に真っ二つになった。
誰も何も喋らない。
真っ二つになったナルシスト野郎が、
装備を残して消える。
そして場外に、
真っ裸で無事な姿のナルシスト野郎が現れた。
ハルヴィンダちゃんの身長よりも大きなグレートアックス。
その柄が地面に着く音が聞こえる。
コツン、と。
その瞬間、会場に爆発的な歓声が上がる。
あれ。
鍛錬積んだ転移勇者じゃないの。
ベルンさん、手ごわいって言ってたよね。
ベルンさん、歓声上げて誤魔化さないで。
「勝ったからいいではないか。細かい事を気にすると禿げるぞ」
ベルンさん、それは禁句だよ。
ハルヴィンダちゃんが、
応援に来たみんなに手を上げて応える。
生徒達の所から紙吹雪が舞う。
あれは、外れた賭け券だな。
まあ、色々言いたい事はあるが、
終わってみれば瞬殺だったし、
ちみっこ達も喜んでいるから、いいか。
まだ決闘の儀式は続くらしいが、
急いで帰るか。
どうせこの後は祝賀パーティーだろう。
ここにいるみんなも来るに違いない。
料理人総動員で忙しくなるぞ。
今日は大盤振る舞いだ。
材料足りるかな。
酒あるかな。
明日、マルタさんとエルミナさんが怖そうだな。
そんな金どこにあるんだと。
まあ、怒られますか。
師匠のニューワールド講座㊾
決闘編
「師匠」
『なんです』
「本当にこの世界」
「決闘があるんですね」
「俺の元いた世界だと」
「完全に過去の遺物ですよ」
『そうですねぇ』
『どうしても』
『法治国家とはいえ』
『まだ帝政や王政の世界ですから』
『支配者階級にとっては便利なのですよ』
「便利?」
『ええ』
『名誉問題』
『権利問題』
『侮辱』
『家同士の揉め事』
『いちいち裁判をして』
『金と時間を使うより』
『決闘で決着をつけた方が早い場合があります』
「物騒だなぁ」
『一般大衆にも利点があります』
「あるの?」
『あります』
『裁判では勝てない』
『権力者が相手』
『証拠もない』
『そんな時に』
『最後の手段として決闘があるのです』
『だから』
『権力者に対抗する手段としても機能しています』
「なるほど」
『なので簡単には廃れません』
『貴族も必要』
『庶民も必要』
『双方に需要がありますからね』
「意外だ」
『さらに』
『娯楽になります』
「出たよ」
『出ました』
『有名な』
『パンとサーカスですね』
「絶対言うと思った」
『大衆は娯楽に飢えていますから』
『決闘』
『武術大会』
『模擬戦』
『非常に人気があります』
『当然』
『賭けの対象にもなります』
「やっぱり」
『やっぱりです』
『一見平和な時代ですが』
『人々は本能的に感じているのですよ』
『何かが起きそうだ』
『戦乱が近いのではないか』
『と』
『だからこそ』
『そういった催しは盛り上がるのです』
「世知辛いなぁ」
『とはいえ』
『流石に命のやり取りばかりではありません』
『ルールは細かく定められています』
『医療班』
『神官』
『立会人』
『決闘管理官』
『そして』
『スケープドールですね』
「身代わり人形」
『そうです』
『重傷や死亡を防ぐ為の安全装置ですね』
『普通はこれで十分です』
「普通は?」
『普通は』
『ですが』
『今回の決闘は』
『用意した二人も驚いたでしょうね』
「なんで?」
『あれ』
『国宝級ですよ』
「えっ」
『真っ二つになって』
『なお生きているのですから』
「そんな凄い物だったの!?」
『おそらく』
『家宝か』
『一族の秘宝でしょうね』
『本来なら』
『そうならないように』
『ヘイムが止めるべきだったのですが』
『職務怠慢ですね』
「言い方ぁ!」
『まあ』
『決闘は自己責任です』
『だからこそ』
『皆、本気になるのですよ』
「俺は絶対やりたくないなぁ」
『安心してください』
『ヴァルナさんの場合』
『決闘になる前に土下座しそうですから』
「否定できないのが悔しい!」
※決闘は伝統文化です。
※賭け事はほどほどに。
※師匠は観戦する側です。
※ヴァルナさんはたぶん開始前に和解交渉します。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




