45 増殖する居候達
転移勇者達の来店に備えて、
アンリ先生を始め、各方面との調整が行われている。
今はその最終調整の真っ最中だ。
俺も空いた時間はキューブと共に店内を見回っている。
キューブは本当に気が利く。
俺が気付かない事や疑問に思った事にも、的確に答えてくれる。
なんで、こんな優秀な執事が俺なんかを手伝ってくれているんだろう。
一度聞いてみた事がある。
するとキューブは、いつもの穏やかな笑顔で、
「マスターだからですよ」
とだけ答えた。
うん。
全然わからん。
同じ召喚で来てくれたエマさんとは大違いだ。
仕事は完璧なんだ。
そう、本当に完璧なんだ。
でも、ちみっこ達に変な事を教えるし。
この世界にないTVやDVDを持ち込み、映画やアニメの鑑賞会を始めるし。
この前なんか松平君が、
「日本の声優さんの声が聞こえるでござる」
とか言いながら探索を始めようとしていた。
やめろ。
それ以上は危険だ。
はぁ……。
どうせ言っても無駄なので、居住スペースの一番奥で見るように言ってある。
もちろん、みんなにも口外無用だ。
この世に存在しない珍しい娯楽だから、みんなすっかり嵌っている。
だがな。
師匠に蹴られるのは俺なんだぞ。
女神像がカタカタ動き始めた時は、本気で怖かったんだからな。
渡り廊下を通る。
居住スペースの入口には小さな部屋が作られていた。
そこには交代制で常に二~三人。
アンリ先生の家から派遣された衛兵さん達が詰めている。
みんないい人達だ。
これから転移勇者クラスの生徒達が来る。
その取り巻きが来る可能性もある。
許可のない者が入らないよう見張ってくれているのだ。
少し息苦しく感じるが、
みんなの安全の為だ。
仕方ない。
住人達も、
「これで安心です」
と喜んでいた。
まあ本当のところは、
師匠の奇跡によって不審者は入れないようになっている。
だが師匠の存在自体が秘密なので仕方がない。
師匠曰く、
『転移勇者ごときに破られる結界ではありません』
との事だ。
しかし結界の存在が明るみになると、それはそれで問題らしい。
だから人の手による検問と、
ちゃんとした証拠が必要なんだそうだ。
大変だな。
神様も。
で、問題が二階の入り口なんだが。
一応ここも吹き抜けと階段があるので、
何かあればすぐに衛兵さん達が駆け上がれるようになっている。
そのはずなんだが――
いつの間にか、ここにも部屋が出来ていた。
しかも看板付きである。
“商業ギルド技術部ヘイム詰所”
……。
いや、いつ作った。
そこは完全に配管工ブラザーズの部屋になっていた。
事務所があり、作業場があり、
見たこともない機械が並んでいる。
「これ何?」
と聞けば、
測量機だの図面作成機器だの、
配管検査用の器具だのと説明された。
解らん。
全く解らん。
でも本人達は真面目に仕事している。
何なら俺の店より真面目に仕事している。
さらに聞けば、
「仮眠室もあるから風呂場貸してくれ」
との事だ。
もう好きにしろよ、お前ら。
「Wahoo!」
「Yahoo!」
元気だけは良い。
で、もう一人の商業ギルド職員だが。
マルタ事務長の下で、
事務室勤務になっていた。
ちなみに事務室の入口には、
“事務室”
の表札の横に、
ひっそりと
“商業ギルド出張所ヘイム支部”
という表札が追加されていた。
勝手に支部が出来ているんですが。
俺の知らない所で。
そしてエルミナさん。
なんと昇進したらしい。
課長代理。
異例の出世だそうだ。
だが本人は全然嬉しそうではない。
むしろ複雑そうだ。
理由は簡単。
商業ギルド本部から、
出来たばかりの無名の店へ異動だからだ。
商業ギルド内部では、
「左遷では?」
と噂されているらしい。
そりゃそうだ。
俺でもそう思う。
商業ギルドの官舎から引っ越してきた時も、
何とも言えない顔をしていた。
ちなみに配管工ブラザーズはどうかって?
あいつら、もう仮眠室に私物が溢れている。
帰る気あるのか。
キッチンには帝国学園商業科の料理の先生が。
パティシエキッチンには、同じくパティシエの先生が。
そして喫茶スペースには接客担当の先生が。
それぞれ配属され、お店を手伝ってくれている。
しかも人件費は帝国学園持ちだ。
ありがたい。
本当にありがたい。
先生方は毎日帝国学園へ出勤した後、こちらへ来てくれているらしい。
そこまでしてくれるという事は、
やはり転移勇者の件は帝国政府にとって相当大きな問題なのだろう。
えっ。
パティシエキッチンだけじゃなく、
メインキッチンまで乗っ取られるんじゃないかって?
そこは大丈夫だ。
料理の先生は確かに俺より腕は上だ。
だが、自分が臨時の手伝いだと弁えてくれているし、
むしろ俺の料理を見ながら、
「勉強になります」
と言ってくれる。
不思議な話だ。
俺の料理はシンプルだ。
基本に忠実。
それだけ。
俺には料理の才能はない。
スキルのお陰で頭の中にレシピがあり、
それを再現しているだけだ。
アレンジする才能もなければ、
新しい料理を生み出す才能もない。
そんな物があったら日本で料理人として成功している。
これといった目玉料理はない。
ただ基本通りの味を出す店。
それがヘイムだ。
そう話したら、
師匠には呆れられた。
だが料理の先生は違った。
「奇をてらった料理より、その方が難しいんですよ」
そう言って褒めてくれた。
さらに許可が出たら、
軍の後方支援科や料理科の生徒達も連れて来たいとまで言ってくれた。
正直、嬉しかった。
まあ。
レシピ以外の事をすると、
食材から反撃を受けるんだが。
以前カルフォルニア巻きを作ろうとした時など、
海苔に
「巻き巻き」
と言われながら、
俺自身が巻かれた。
あれは酷かった。
スキル的には認められなかったらしい。
その後、何とか調伏して作れるようにはなったが、
未だに海苔は不満そうである。
美味しいのにな。
冨樫さんは毎日放課後に来て、
様々な洋菓子を作っている。
パティシエの先生も彼女を高く評価していた。
「もう少し経験を積めば独立も夢ではありません」
そう太鼓判を押していたほどだ。
本人は照れていたが、
嬉しそうだった。
天宮さんはエマさんの所だ。
礼儀作法から接客まで、
様々な事を学んでいる。
ちなみに俺が、
「エマさんって礼儀作法できるんですね」
と言ったら、
久しぶりにアイアンクローを喰らった。
解せぬ。
鈴木さんは放課後から酒を出すまでの短い時間だが、給仕をしている。
流石は元バイトリーダー。
最初こそ接客担当の先生から幾つか指導を受けていたが、
今ではほとんど問題なくこなしている。
客への声掛けも自然だし、料理の運び方も慣れたものだ。
本人は面倒くさそうな顔をしているが、仕事はきっちりやる。
そういう所は偉いと思う。
斎藤君はムラマサ親方の所だ。
毎日ではないが、たまに顔を出して組み手をしてもらっている。
普段は帝国学園で鍛錬しているそうだ。
まあムラマサ親方だから、未成年に酒を飲ませる事はないだろう。
飲兵衛親方達だったら、
「こちらでは、もう成人して飲んどる奴もおるわい」
とか言い出しかねない。
本当に言いそうだから困る。
松平君と佐々木君は事務室の隣の部屋を占拠していた。
部屋の入口には、
“ヘイム漫画研究部”
と書かれた紙が貼られている。
いつの間に漫研なんて立ち上げたんだ。
しかも勝手にヘイムの名前まで使われている。
「帝国学園では理解がないでござる。」
「他のクラスからのちょっかいも大変でござる。」
「だから同士ヴァルナよ、助けてなのでござる。」
松平君が涙ながらに訴えてくる。
誰が同士だ。
机の上には大量の紙。
ノート。
設定資料。
何やら怪しいメモ。
完全に作業部屋である。
「コミケがないなら作るでござる。」
「これは偉大なる第一歩でござる。」
そう言って俺の許可もなく作業を始めた。
横では佐々木君が真面目な顔で絵の練習をしている。
佐々木君。
君って意外と染まりやすいのね。
そして漫研の部屋の奥。
そこには更に怪しい集団がいた。
まあ数人ほどだが。全員目がいっている。
なんでも過去の転移者や転生者が残した
スマホの保管係と帝国学園技術部らしい。
ここで充電できると知り、解析作業を始めたそうだ。
最初は拒否した。
当然である。
そんな
政治的な危険そうな集団を店に入れたくない。
師匠も珍しく不機嫌だった。
だがアンリ先生が申し訳なさそうな顔で、
『大地母神』神殿
『学問の神』神殿
双方から神託による許可を得た書状を持ってきた。
しかも帝国政府からの条件の一つだという。
そこまで言われては断れない。
渋々受け入れる事になった。
せめて別室でやれと思ったが、
「漫研の部室で技術解析をしているなど誰も思いません。」
との事だった。
確かにそうかもしれない。
悔しいが説得力はあった。
しかも部費や備品代まで出してくれるらしい。
おまけに時々一緒に薄い本まで描いている。
もう駄目かもしれない。
保管係の人達も。
技術部の人達も。
見た目からして怪しい。
「コミケとは何ぞや。」
と真剣な顔で松平君のスマホを囲み、
佐々木君と話を聞いていた。
あれはスマホの研究だ。
きっとそうだ。
そう信じたい。
翌日。
技術部員達は真面目な顔で仕事をしていた。
昨日までは。
なのに朝になったら、
松平君と一緒になって、
「「「オハポニニでござる。」」」
と挨拶していた。
……。
幻聴に違いない。
そうそう。
なんでこの六人が先行して来ているのかというと、
当然ながら他の生徒達からは文句が出たらしい。
「なんであいつらだけなんだ」
「ずるい」
「俺達も充電したい」
などなど。
まあ当然だろう。
スマホは今や転移勇者達にとって命綱みたいな物だ。
だがアンリ先生達は上手く説明したらしい。
まず問題が起きないか確認する為のテスト要員である事。
そして先行組が他の生徒達のスマホも預かって充電してくる事。
その条件で何とか納得してもらえたそうだ。
そしてこの時。
日本製品の中でも特に女性用品が持ち出された。
向かった先は――
帝国政府直属。
《帝宮錬金術師》の研究施設。
なんでも解析して量産するらしい。
発案者はアンリ先生を始めとする女性陣である。
必死だった。
本当に必死だった。
アンリ先生以外の人など、
姿も見えない師匠に向かって、
「お願いします」
「どうかお願いします」
と何もない空間に拝み倒していた。
傍から見るとかなりシュールだった。
最終的にはブラスさんまで動いた。
『大地母神』
『夜を司る女神』
『太陽神』
『天秤の女神』
四柱の神々から許可を取り付けたらしい。
全員女神様である。
女性用品の重要性について、
各神殿の神殿長や幹部達へ延々と説明が行われたそうだ。
男性神官達。
どんな顔をして聞いていたんだろう。
少し見てみたかった。
なお、
『学問の神』
だけは最後まで反対したらしい。
だが四大女神連合には勝てなかった。
うん。
まあ無理だろう。
『軍神』?名前すらでなかった。
さらに『天秤の女神』から
量産化が成功した暁には、
安価で国民へ普及させる事。
世界中へ広める事。
製法も公開する事。
そう厳命されたらしい。
パテントは発生しない。
まあ俺が考えた物じゃないし問題ない。
だがこうやって昔の転生者や転移者達は儲けたんだろうな。
オセロ。
トランプ。
マヨネーズ。
ケチャップ。
甜菜から作る砂糖。
早い者勝ちである。
羨ましい。
本当に羨ましい。
だが今はそんな事を言っている場合じゃない。
学生達にはアルバイトをしてもらっている。
充電もさせている。
日本製品も使わせている。
だがそれだけでは駄目だろう。
課外授業扱いとはいえ、
働いたのなら対価は必要だ。
「どうしましょう……」
事務室ではマルタさんが頭を抱えていた。
「俺も知りたいです」
俺も一緒に頭を抱える。
経営者とは大変だ。
庭の方は、師匠が見つけたフェアリーガーデンがある。
そこには人払いの奇跡が張られていた。
エマさんやキューブも協力してくれたらしく、
今では外から覗こうとしても簡単には見つからないようになっている。
二人とも、ちみっこ達の事は本当に大事にしてくれている。
まあキューブは、
「誰かが連れ去られたら、マスターは自分から助けに行きそうですから。」
と言っていたが。
そこは素直に、
「子供達が可愛いからです」
と言おうよ。
お陰で今日も、ちみっこ達のクラスメイトが遊びに来ている。
キューブの調査によれば、一人を除いて全員平民。
裏も問題もないらしい。
だから自由に遊ばせている。
あの金髪ドリルの子も悪い子ではない。
むしろ面白い子だ。
ただし。
時々よく解らない事を言う。
多分転生者なんだろう。
でも確信はない。
キューブも問題ないと言っているし、
そこは触れないでおこうと思う。
前世と今世の違いに戸惑っているのか、
妙に庶民的だったり、
急に奇抜な事を言い出したりする。
公爵令嬢らしくないと言えばらしくない。
だが見ていて飽きない。
そんな事を考えていると、
後ろを通り過ぎたエマさんが、
ぽつりと呟いた。
「まるで旦那様みたいですね。」
えっ。
俺ってそんな感じなの?
思わず振り返ると、
エマさんは何事もなかったように歩いていく。
周囲を見ると、
何人かが微妙に視線を逸らした。
『今更ですね。』
師匠だけが即答した。
なんでさ。
さて。
準備はこんなものだろうか。
アンリ先生からは、
特別なおもてなしも、
飾り付けも必要ないと言われている。
今回はあくまで、お忍びという体裁での監視と指導だ。
だから普段通りで良いとの事だった。
ただし。
店主にとって良い事か悪い事かは解らないが、
客は増えるかもしれないらしい。
帝国学園の生徒だけでなく、
貴族や上流階級の人間も興味を持つ可能性があるそうだ。
いや。
来なくていいんですが。
ここ庶民の店なんですが。
俺は窓の外を見ながら遠い目をした。
静かに食堂経営したいだけなんですが。
そんな風に黄昏れていたので気付かなかった。
師匠の目が、
完全に
「G」
になっていた事に。
『これは、お金の臭いがします。』
師匠がうっとりと呟く。
嫌な予感しかしない。
その時だった。
師匠の耳に、
どこからともなく声が届いたらしい。
『儲かりまっか』
《天秤の女神》である。
『ぼちぼちでんな』
師匠が即答したそうな。
なんで神様と商人みたいな会話してるんですか。
師匠のニューワールド講座㊶
神様は暇なのか編
「ねぇ師匠」
『なんですか』
「神様って暇なんですか?」
『どうしてそう思うんです?』
「だって」
「この世界」
「神託がポンポン降りてません?」
「普通、神様って」
「アリの巣や一匹一匹のアリを観察してるんですか?」
「って存在じゃないんですか」
『まぁ』
『普通はそうですね』
『高位神官が命懸けで祈っても』
『普通に無視しますし』
『いちいち相手していたら』
『キリがありません』
「ですよね」
『それにヴァルナさん』
『天界を少し見たでしょう』
『忙しいんですよ』
『零細企業は』
『親会社から無茶振りされ』
『邪神やトリックスターに仕事を増やされ』
『常に火の車です』
「天界のイメージ壊れるなぁ」
『ですが』
『転生者や転移者案件は別です』
『放置すると世界の均衡が壊れます』
『使徒達が総出で対応しています』
『それに』
『この世界にはジョブやスキルがあります』
『現地人でも』
『当たりを引いて努力すれば』
『誰でも化け物になります』
「怖っ」
『まぁ』
『大半はそこまで行く前に寿命を迎えますが』
「でも師匠」
「なんでジョブやスキルなんて作ったんです?」
『ここだけの話ですが』
『昔は無かったそうです』
「えっ」
『地球と似たような世界だったらしいですよ』
『ですが』
『何度やっても』
『人類が滅ぶ』
『また滅ぶ』
『さらに滅ぶ』
「駄目じゃん」
『そこで当時の創造神が』
『読んでいた漫画の影響で』
『ジョブとスキルを実装したそうです』
「軽いな!?」
『ところが大成功』
『現在』
『三千年以上継続中です』
『歴代最長記録更新中ですね』
「そんな理由だったのかよ」
「そういえば」
「邪神とトリックスターって何なんです?」
『解りやすく言うとですね』
『親会社の重役の子供達です』
「嫌な予感しかしない」
『コネ入社しました』
『実力ありません』
『でも役職だけ高いです』
『なので一番下の子会社へ押し付けられました』
「うわぁ……」
『それが邪神やトリックスターです』
『最初は頑張るんですよ』
『でも仕事が出来ません』
『周囲の成果を自分の成果として報告します』
『飽きます』
『親会社へ戻りたいと言います』
『ですが親会社は言います』
『頑張れ』
『その会社にはお前が必要だ』
『そこで閃いたのです』
『会社が無くなれば戻れるのでは?』
『こうして』
『世界を壊そうとし始めたのが邪神です』
「最低だな!?」
『一方トリックスターは』
『どうせ戻れないなら』
『面白おかしく生きよう』
『皆で騒ごう』
『世界ごと巻き込もう』
『そんな連中です』
「もっと駄目だろ」
『しかも』
『こいつらが一番厄介です』
『数百年に一度くらい』
『その行動が、世界を救ってしまうんですよね』
「え?」
『だから処分もできません』
『功績は本物ですから』
『本当に面倒です』
『結果として』
『天界は後始末に追われ』
『神託を降ろし』
『使徒を派遣し』
『問題解決に奔走する』
『つまり』
『天界とは名ばかりの』
『地獄ですね』
「夢も希望もないなぁ」
『ちなみに』
『創造神は記録更新しろとだけ言って、実務を全部押し付けてバカンス中です』
「最低だなその社長」
『まあ例え話ですけどね』
「ですよね」
『九割くらいは』
「ほぼ事実じゃねぇか!」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




