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41 酒樽を壊してはいけない

まあ、なんじゃ。

予想通りというか、更にその上を行きおった。


帝宮での長い打ち合わせを終え、“ヘイム”へ戻る途中


「姫様、戻るべき場所は帝宮です」

「熱燗じゃ。店主が宛を用意してくれておるじゃろう。行かんでどうする」


そんな不毛な言い争いをしながら“ヘイム”へ辿り着いた我らを待っていたのは――。


グラウハイム卿や親方衆三人、

セバスやアンナに取り押さえられた勇者クラスの馬鹿共であった。


思わず天を仰いでしまった。

我の苦労も、段取りも、全て吹き飛んだ。


どうやら見張っていた“目”が手配したのだろう。

既に“目”所属の騎士達が現れ、転移勇者達を連行していく所だった。

転移勇者だけに、普通の衛兵や騎士には任せられん。

ランデマリオン伯爵家の一件もある。

どこにどの派閥の者がおるか。

情けない話だが、把握しきれておらん。


“目”ですら怪しい者がおる。


まあ、そこまで疑えば帝国は成り立たぬがな。


この国は、まだご存命の初代皇帝である祖父上。

そして祖父上と共に戦場を駆け巡り武勲を上げた父上や母上が

睨みを利かせておるから持っているだけじゃ。


中身は、もうガタガタだ。


いっそ帝国など建国せず、

一辺境伯のままでいた方が良かったのではないかとさえ思う。

もっとも、

二百年戦争末期はそんな事を言っておられる状況ではなかったらしいがな。

超帝国は崩壊し、各地で独立建国が起こり、そのまま隣国との戦争へ突入。


難民。

異星からの侵略者。

魔獣。

食糧不足。


問題が多すぎた。

誰かが統一し、戦乱を終わらせねばならなかったのも事実じゃ。


だが、その時に征服した国や地域の支配者達の恨みは今も残っておる。

復権を狙う者も少なくない。

種族が違うとはいえ、当時の支配者もまだ存命の者がおるからの。


それだというのに。

次期後継者たる第一皇子は阿呆な真似をしおった。


おかげで後継者争いの勃発じゃ。


我が普通のエルフであったなら。


名乗り出て纏めておるわ。

いずれ祖父上も父上も母上もいなくなる。

二百年戦争の功労者達が消えれば――荒れる。


間違いなく内乱の始まりじゃ。


妹や弟達も解っておらん。

口では立派な事を言う。

だが、自分が皇帝になれば帝国を纏められるなど夢物語ばかりじゃ。


第一皇子の婚約破棄騒動で、帝室の信用は地に落ちたのだぞ。


敵対しておった最大派閥。

ブルボン公爵家令嬢との婚約破棄。

それがどれほど重い事か。


どの家も次代皇帝を傀儡にしようと暗躍しておるというのに。

その証拠に、誰も転移勇者の件へ本気で向き合っておらぬ。


本当に帝国を想うなら。


転移勇者がどれほどの火種か理解しておるはずじゃ。


邪魔ばかりしおって。


今の帝国には新たな重しが必要じゃ。


争っても無駄。

帝室は揺るがぬ。

そう思わせる何かが。


そう思いながら、“ヘイム”を見上げた。

夕暮れに照らされた建物は、どこか神々しく見えた。

のう、店主殿。

八枚目の葉が舞い降りるのを夢見るのは、酷かのう。



すげぇ。


めちゃくちゃビックリした。


みんなの夕食を作っている時だった。

いきなり店の扉が乱暴に開けられ、数人の男女が店内へ飛び込んでくる。


――鍵、飛んだよね?


派手な格好をした男が先頭に立ち、カウンターを指差した。


「おい、ここにあるんだろう。出せよ」


なんだ、強盗か。

あいにく店構えは立派だが、金はないぞ。


「早く出しなさいよ。ここに来たら充電できるって斎藤の奴が言ってたのよ」


こちらも、おっさんにはよく分からない服装をした女性だ。


ああ、充電ね。

君達が転移勇者か。

早速トラブルかよ。

しかも、いきなり駆け込んで来て挨拶もなしに要求とは。

アンリ先生やミレディさんの愚痴の通りだな。

そんな態度、日本でも通じないだろうに。


同じ日本人として恥ずかしい。


一番近くにいたハンスさんへ掴みかかろうとした派手男を、

ベルンさんが素早く押し返した。


「ハンス殿、奥へ。ヴァルナ殿は皆を居住スペースへ」


低い声で告げられ、俺は慌ててみんなを避難させる。

せっかく新しくできた二階席で食事をしようと準備していたのに。


「待てよ。てめぇがヴァルナとかいう店主だろ」

「メタボ体型ですぐ分かったぜ。とっとと充電させな」


その言葉に周囲の転移勇者達が笑う。

こいつら、本当に日本人か?

勇者か?

松平君なんか、めちゃくちゃ勇者してたぞ。


「ガタガタうるせぇんだよ」

「俺は《剣聖》だぞ」

「町のチンピラも、うざい衛兵も何度も叩きのめしてやった」

「いずれ、あの生意気な女教師も黙らせてやる」

「だから黙ってよこしな」


派手な服装の転移勇者。

よし、剣聖君改め“いきり君”と呼ぼう。

別にビビってなんかないからな。

今日は走り回って疲れているだけだからな。


『どう見てもビビってますね。情けない』


いや師匠。

剣聖ですよ、剣聖。


『何言ってるんですか』

『なんの為に毎日フライパン振っているんですか』

『言ったでしょう。どんな良いジョブに就けても鍛錬なしでは雑魚ですよ』


そんな会話をしているうちに、いきり君が剣を抜こうとした。

それを見たベルンさんが一歩前へ出る。


「小僧。抜けばこちらも容赦しないぞ」


かっこいいぞ、ベルンさん。


「やっちゃえ、木村っち」


後ろから囃し立てる転移勇者達。


「邪魔するんじゃねぇ、おっさん!」


剣を抜き、ベルンさんへ斬りかかる。


だが。

ベルンさんは静かに腰を落とし。

一瞬で懐へ潜り込むと――

腹へ拳を叩き込んだ。


「剣を抜く程でもないな」


いきり君、《剣聖》じゃなかったの?

そのまま膝から崩れ落ちる。


それを見た他の転移勇者達が笑う。


「だっせぇ。流石すかしの木村――ぐはっ!」


スパァン!


笑っていた転移勇者の顔面にスリッパが直撃した。

赤毛親方が投げたらしい。

あの赤毛親方。

エールジョッキじゃなかったのはありがたいのですが。

スリッパも備品ですよね?


「ガタガタうるさいのはどっちじゃ」

「せっかく今から楽しく酒を飲めると思ったのに」


朝から飲んでますよね?


「なめんなよジジイ。この《火の魔術師》の俺が、その髭燃やして――」


ペチ。


枝豆の皮が顔に当たった。


ペチ。 ペチ。

  ペチ。

  ペチ。


茶毛親方。

相変わらず一番えぐいっすよね。

席に座ったまま、エール片手に枝豆の皮を投げ続けている。


「残念じゃったのう」

「そいつは鍛冶職人での。火には慣れておるし」

「お前さん程度の火では炉の火も着かんわ」


ワナワナ震える《火の魔術師》君。

その背後に、いつの間にかセバスさんが立っていた。


「酔っ払いの相手は慣れておりますので」


首トン。


本当に首トンした。

映画やアニメでしか見た事ない奴だ。

実際には難しいと聞いた事があるが。

普通に無力化してる。

白目剥いてる。

すごいぞ異世界。


「何よあんたら、私に近づかないで。近づくと――」


最初の派手な女生徒が、腰から鞭を取り出した。


おっ。

ジョブは《女王様》かな。

いてっ。


『下品ですよ、ヴァルナさん』


ここにもいたよ。

いてて。


『お望みなら、毎回これで叩いてあげましょうか』


師匠がどこからともなくハンマーを取り出す。


師匠。

そのハンマー。

百トンじゃなくて、

“100テラ”

って書いてありますが。


『トンより上の単位を知りませんので、これで良いかと』


良くねぇよ。


そんな馬鹿な会話をしているうちに――

いつの間にかアンナさんが女生徒の懐へ入り込み、鞭を取り上げていた。

そして次の瞬間には、見事な手際で縛り上げている。


「侍女の嗜みです」


この世界の侍女ってすげぇ。


あと一人だ。

ん?

なんだ、その余裕は。


「俺はそいつらとは違うぜ」

「ジョブは《空手家》だ。レベルも高いぜ」


いつも思うのだが。

なぜ自分の能力を自らばらす。

黙っていた方が有利だろうに。

さては、幽〇紋バトルを知らないな。

相手の能力を探りながら戦うのが最高なんだぞ。


『確かに面白かったですよね』

『一部や二部も捨てがたいですが』


師匠。

意見が合いましたね。


《空手家》君が静かに構える。

そして――

正拳突き。


ドォン!!


少し離れた場所に置いてあった酒樽が砕け散った。


「さぁ、誰から同じ目に遭いたい?」


すげぇ。

酒樽に触れてないのに。

だが、それは悪手だよ。

酒樽を割るなんて。

なにせ、うちには酒をこよなく愛する飲兵衛シックスがいるんだぞ。

ほら。


「ほう、面白い宴会芸じゃのう」


低い声と共に前へ出てきたのはムラマサ親方だった。


「しかし、お主が壊した酒樽と、

 その中身を作るのに一体何人の職人が苦労しておると思う」


静かに怒っている。

これは怖い。


「ワシが教育してやろう」

「上等だよ、ジジイ。あんたも酒樽と同じにしてやる」


《空手家》君が殴りかかる。


だが――

ムラマサ親方はひょうたんを片手に、ふらふらと体を揺らした。

酔っているように見える。

しかし拳は当たらない。


躱す。

躱す。

躱す。


そして転びそうな動きから突然鋭い一撃を放つ。


「これは、壊された酒樽の分」


裏拳。

《空手家》君の背中にめり込む。


「これは、酒の材料を作ってくれた農家の皆さんの分」


弁慶の泣き所。

痛そう。


「これは、醸造現場の職人達の分」


足の指を踏んでいる。

あれ結構痛いぞ。


「そして最後は――」


ムラマサ親方が拳を握る。


「酒を飲めんかったワシの分じゃ!!」


そんな。

飲兵衛シックス最後の良心が。

いや、飲兵衛だったわ。


ドゴォッ!!


盛大な一撃が炸裂する。

吹き飛ぶ《空手家》君。


「あっ」


ムラマサ親方の顔色が変わる。


「しまった。避けるんじゃ、ハル嬢ちゃん!」


その飛んでいく先には。

ハルヴィンダちゃんがいた。


ハルヴィンダちゃんは慌てる事もなく、近くの椅子を掴む。

そして――


「バッスターーーーーーーーー!!」


フルスイング。

ホームランだった。


見事なまでの。

《空手家》君は店の外へ飛び出し。

地面へめり込んだ。


でもそのネタどこで覚えたの。

おっさん世代のネタだよ。


何?

エマさんがDVDでアニメを見せてくれた?

師匠。

禁則事項ですよ。

禁則事項。


『あの不良冥土がぁぁぁぁぁぁ!!』


師匠が居住スペースへ飛んでいった。

エマさんの事は任せよう。

俺じゃ口で勝てないし。


ぐすん。



こうして乱入してきた転移勇者達は全員取り押さえられた。

だが問題は残る。

店の扉は壊されるし。

ハルヴィンダちゃんのホームランで壁には穴が開くし。

何より。


「店長、ごめんなさい」


ハルヴィンダちゃんが何度も頭を下げてくる。


「安心せい、ハル」


茶毛親方が胸を張る。


「この程度、すぐに直してやるわい」


そう言って工具を取り出し修理を始める。

完全に孫娘同然のハルヴィンダちゃんへ格好良い所を見せたいだけである。


そりゃ助かるけど。

相変わらず、その素材と道具どこから出してるの。

絶対持ってるよね。

アイテムボックス。

いいなぁ。

そう思いながら眺めていると。


壊れた扉の向こうに二人の姿が見えた。

アンリ先生とミレディさんだ。


アンリ先生は天を仰ぎ。


ミレディさんはこめかみを押さえている。


あっ。

察した。

その後、

アンリ先生は駆け付けた騎士団へ指示を出し、転移勇者達を連行していった。

最後に。

壊れた扉と修復中の壁を見て。

痛ましそうに目を伏せる。


そして。

何度も。

何度も。


「すまぬ」


と謝ってきた。

まあ、誰も怪我してないから。

そんなに落ち込まなくても。


「それでもじゃ」


アンリ先生は力なく答える。

そう言ってミレディさんと共に去っていく。

その寂しそうな背中へ向かって声を掛けた。


「明日待ってますからね!」

「熱燗のあても用意してますから!」


アンリ先生はこちらを振り返らなかった。


ただ。

力なく手を挙げてくれた。


しかし転移勇者達は、あんなのばかりなのだろうか。

鈴木さんや松平君みたいな子もいたし。

そうでない事を祈ろう。


それにしても。

これで接触した転移勇者は十人。

本当にみんな個性的だ。


さて。

晩御飯にしよう。

かなり時間が経ってしまった。

みんなお腹を空かせているだろう。

俺も減った。

周りに家がなくて良かった。

かなり騒がしかったし。

特に最後のハルヴィンダちゃんのフルスイング。

そういえば以前、茶毛親方を襟首掴んで引きずっていたもんな。

怒らせないようにしよう。


気付けば、壊れた扉も穴の開いた壁も綺麗に塞がっていた。

しかも前より立派になってない?

さすが茶毛親方だ。


二階へ戻ると、皆もう席についていた。

飲兵衛達は当然のように酒を飲んでいる。

ハンスさんが気を利かせて料理を温め直してくれていた。

エマさんは師匠と対峙しながら言う。


「閉鎖空間にいると頭がおかしくなります」

「娯楽は必要です」

「それに可愛いは正義です」

「そう思いますよね?」


ちみっこ達へ同意を求める。


「ネズミの国のお話面白いよ!」

「ガラス靴姫物語も、美女と魔獣のダンスも綺麗だった!」


どうやら。

ちみっこ達を味方につけたエマさんには勝てないようだった。


あれだけの騒ぎだったのに。

みんな何も変わらない。


能天気なのか。


たくましいのか。


恐らく前者だろう。


『ヴァルナさんだけには言われたくありません』


八つ当たり気味の蹴りを食らった。



解せぬ。


師匠のニューワールド講座㊲

勇者と経験値編


「師匠」

『なんですか』

「今回の転移勇者達」

「そんなに強くなってましたね」

「みんな、あっさりと」

『はぁ……』

『解っていませんね』

「なにが?」

『周りが』

『それだけ鍛錬を積んで強かったのです』

「えっ」

『転移勇者達も』

『《空手家》君以外は』

『大した実戦経験を積んでいませんでした』

「でもチンピラとか衛兵倒したって」

『だから』

『“いきり君”なのですよ』

「ひどい言い方」

『チンピラを倒した程度で』

『自分が強くなったと勘違いしたのでしょう』

『衛兵を倒したというのも』

『おそらく事実でしょうが』

『どうせ』

『帝国学園の制服着ていて、貴族の子弟と勘違いされたか』

『背後にいた取巻き貴族子弟を恐れて』

『衛兵側が本気を出せなかったか』

『政治的圧力でも受けたのでしょう』

「なるほど」

『普通なら』

『騎士団案件です』

『ですが来ていない』

『つまり』

『サクラだった可能性すらあります』

「うわぁ……」

『取り巻きに持ち上げられ』

『都合よく操られ』

『天狗になっていたのでしょうね』

「なるほどなぁ」

「じゃあ転移勇者達も」

「経験を積まないと駄目なんですね」


「過去の転移勇者達も努力したんだ」

『それが違うのです』

「えっ」

『過去の転移勇者や転生者』

『邪神やトリックスターが関与した者達は』

『最初からカンスト状態でした』

「は?」

『努力する前に最強です』

『そうしないと』

『世界を混乱させられませんからね』

「最低だ!!」

『おかげで』

『世界の法則は歪み』

『異星からの侵略者――』

『インベーダーまで来るようになりました』

「責任重大じゃないか」

『流石に』

『邪神やトリックスター達も』

『これは不味いと思ったのでしょう』

『最近は少し自重しています』

「少しかよ」


『とはいえ』

『今の転移者や転生者も』

『かなり良い物を貰っています』

『真面目に努力すれば』

『十分大成できますよ』

「じゃあ希望あるんだ」

『まあ』

『大体どこか心が歪んでいますので』

『難しいですが』

「身も蓋もない」

『ですが』

『稀にまともな人もいます』

『きっかけこそ』

『邪神やトリックスターだったとしても』

『途中で気付くのです』

『“これはおかしい”と』

「へぇ」

『そういう者達は』

『静かに暮らすか』

『身の程を知って生きるか』

『あるいは』

『自らの力を世界の為に使います』

「格好いいな」


『本来』

『力とはそういう物です』

「うん」

『ですから』

『ヴァルナさんも』

『せっかく女神様から頂いた力を』

『無駄にせず精進してくださいね』

「珍しく良い話だ」


『料理人として』

『クリスタルの山を消すのですよ』

「やっぱりそこに繋がるの!?」

『当然です』

『ノルマですから』

「聞いてない!!」

「それに、後ろの化粧品の山は」





作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。

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