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40 女子会は国家機密


結局のところ、バイトを雇うかどうかは保留となった。


帝国学園や帝国政府の許可が必要との事だった。


アンリ先生曰く、


「転移勇者関係はめんどくさいのじゃ」


と言っていたが、風呂上がりのホクホク顔で言われても説得力がない。

アンリ先生もミレディさんも、普段から使ってましたよね。


「それは、あれじゃ。シャンプーとかは使っておったが……」

「化粧品とかは使っておらんかったぞ。使い方が謎じゃったからの」


で、今は鈴木さん達に教わって使ったと。


……いつも以上にお肌が光ってますよ。


珍しくアンリ先生が言葉を濁して誤魔化す。

これ以上はいじるのを止めておこう。

セクハラになる。


許可取りのついでに、改めて確認した。


販売はしない事。


理由は、市場の混乱や、まだこの世界に存在しない物を流通させたくないから。


使用はこの建物内に限る事。


理由は、日本のシャンプーやボディソープなどは化学製品であり、

そのまま排出すると自然破壊に繋がるからだ。

適切な下水処理をしないと毒になる。

この世界の下水処理は、まだそこまでのレベルには達していないらしい。


その点、この建物なら問題ない。

下水処理も完璧だ。

綺麗にマナなどへ分解し、問題なく処理できる。

大気中のマナを取り込みエネルギーへ変換し、廃棄物も無駄なく分解。


エコだ。エコ。


そう言った時――

背後に修羅がいた。


「お前の血は何色だぁ……」


再びアンリ先生の後ろへ隠れる。

怖いよエマさん。

ため息をつきながら、


「そうだったのですね。だから、いくら調べても解らないはずです」

「光熱費の謎が解けました」

「そうなら早く言ってくれないと。どれだけ誤魔化したか……」


いえ、そのまま誤魔化してください。

このシステム、表に出るとまずいので。


その後、アンリ先生の取りなしで、エミリアさんは事務室へ戻って行った。


「はぁ、また一からやり直し……」

「でも、これで毎日あのお風呂に入れるわね」

「食事もデザートも出るし……」

「いっそ、ここに住もうかしら。でも商業ギルドから遠いしなぁ……」


なんか締め切りに追われたゲーム制作者みたいな事を言っているが、

そっとしておこう。


そんなエミリアさんへため息をつきながら、アンリ先生が言う。


「まあ、なんじゃ。勇者クラスの奴らが来ても、

 許可がおりるまで充電せんでいいぞ」

「居住スペースに入れるなど、もってのほかじゃ」


そう言って、ミレディさんと生徒達を連れて引き上げていった。


「おお、そうじゃ店主。今日は少し遅くなるが、

 熱燗の気分じゃから、宛は頼むぞ」


いつもの飲兵衛ぶりは変わらなかった。


去り際、生徒達がちみっこ達と写真を撮っていたが……。


これは危なくないか?


今日来た六人はともかく、他のメンバーがどんな者かは判らない。

あんな酷い目に遭ったのに、ハニトラに引っかかっている奴までいるらしいし。

自由に居住スペースをうろつかれては、問題しか起きない気がする。

キューブやエマさんに、常時見張らせる訳にもいかないし……。


キューブを見る。


「やはり、専用スペースを設けるのが良いかと」


……だよね。


だから俺は、店に――“ヘイム”に念じた。


出来るだろう、と。


それに応えるように、店が少し揺れた。

キューブと一緒に確認へ向かう。


すると、今まで店舗スペースと居住スペースが一体化していた構造が、

綺麗に分離されていた。

長い渡り廊下で区切られている。

その途中――店舗スペース寄りには、


事務室。

倉庫。

応接室。

パン工房。


そして新たな部屋。


大きなリビングに、男性用と女性用、それぞれ立派な脱衣所と風呂場。


……悔しいが、商品も揃っている。

なんか転移勇者クラスのたまり場になりそうで怖い。


そう思いながら、キューブと一緒に問題がないか点検する。

下手に現代日本の物なんかあって、持ち出されたら問題だからな。



天宮達を帝国学園の寮へ送り返した後、アンリは帝宮へ戻った。

警備の者や“目”に対し、

勇者クラスの者どもが勝手に抜け出し、

“ヘイム”へ向かわぬよう監視を厳しくする様に命じたが……大丈夫じゃろうか。

一部、置かれた状況を理解できん奴がおるからの。

ミレディだけでも配置しておけば良かったか。

じゃが、今からの事を考えると居らんと困るしのう。



向かった先は帝宮最奥――皇族の執務区画。


皇帝陛下は会議中との事で、先に母上……いや、皇后陛下へ話を通す事にした。

皇后陛下の執務室へ向かうと、先客がおった。

皇后陛下の学生時代からの親友。


アルマデッタ・ヴァル・セイレス・ミョルニル前公爵夫人。


リオニー・アルス・フェルセア・ガイアースブルク前侯爵夫人。


そして――我の行儀見習いと学問の師でもある。


頬が引きつるのが解る。

この三人が揃う時、碌な事がない。

幼少の頃からの知り合いじゃ。余計な事まで覚えておるからの。

引きつる頬を全力で押さえ込み、挨拶をする。

行儀見習いの師だけあって、礼儀にうるさいからの。


「帝国の月にあらせられます皇后陛下におかれましては、

 本日もご健勝にてあらせられますこと、恐悦至極に存じます」

「あらあら、ようやくまともな挨拶ができるようになったわね」


と、ミョルニル前公爵夫人。


「本当に。すぐに勉強を抜け出して庭を駆け回っていたのに」


ガイアースブルク前侯爵夫人まで。


……一体いつの話でしょうか。

もう小さき幼子ではありません。


「どうしたのじゃアンリ。えらくかしこまりおって」

「ここには、わらわらしかおらん。いつも通りで良いぞ」

「しかし皇后陛下。今の我はアンリシアとして、ご相談に参っておりますゆえ」

「なんじゃ。この二人の前では言えん話か?」

「どうせ難しい話なら、後で相談するから遠慮は無用じゃ」


そうは言うが、こればかりは言って良いものか……。


少しの沈黙を“思考中”と見たのか。

ばあや――筆頭女官長へ、皇后陛下が合図を送る。

その合図と共に、部屋にいた護衛や侍女が退出した。


正確には、

ミョルニル前公爵夫人とガイアースブルク前侯爵夫人付きの侍女が二人。

筆頭女官長。

ミレディ。

そして四人の高級侍女が部屋の四隅へ移動し、結界を発動させる。

これで、外へ音が漏れる事も、外から覗く事もできない。


高位の防御結界だ。


もっとも、これを使った時点で“密談しています”と丸わかりなのだが。

この三人、結構使う。

しかも、かなりの頻度でわざと結界に“ほころび”を作り、外へ漏らす。

もっとも、その時は学生時代の話や、芝居、流行の服飾など、

立場を忘れたどうでも良い雑談ばかりだ。

要は、身分を忘れて騒ぎたいから結界を張り、

“醜聞隠し”を装っているのである。


そして本当の密談の時は――決して、結界にほころびなど作らない。


「さあ、これで大丈夫です。アンリ」


ようやく息をつく。


「では、母上。ご相談があります」

「例の店と、転移勇者の件です」


そう言って、話を進める。


例の店。

クリスタルの山の麓にある店。

店主の名前。

店が進化するように、内装がコロコロ変わる事。

『大地母神』様の加護を受けている事。

『大地母神』様の御使い様がついている事。

『大地母神』様の高位神官が入り浸っている事。

家事妖精シルキーがいる事。

店主の執事が、“帝国の目”すら手に入れられなかった情報を仕入れてくる事。

グラウハイム卿の件。

“親方”の称号を持つ者が四人も関わり、

その内二人が入り浸り、一人が住み着いた事。

商業ギルドのエルミナを使い便宜を図っている事。

店主がお人好し過ぎて困っている事。

それにつけ込み、何人か手の者を潜り込ませている事。

店主が抜けていて、ほっとけない事。

店主の料理はまだまだだが、これから見込みがある事。

店主は放っておくと、すぐ問題を起こす事。

店主の淹れる紅茶は、ばあやの次に美味い事。

店主が嬉しそうに、店の名前“ヘイム”を披露した事――。


……ん?

なんじゃ、ミョルニル前公爵夫人もガイアースブルク前侯爵夫人も、

扇子で口元を隠して笑いおって。

ばあやも呆れた顔をして――


「姫様、先ほどから店主殿の話しかしておりません」

「天宮達の件を」


なっ、そんな事ないぞ!

きちんと――


「はぁ。その店主とやら、ヴァルナじゃったか。その話はもう良い」

「で、その者と転移勇者がどう繋がるんじゃ」


と、母上が呆れ顔で言ってくる。


「あら、マリー。私はもっと聞きたいわ」

「そうね。こんなに楽しそうに話すの久しぶりだもの」

「アルマデッタもリオニーも少し落ち着いて。今は仕事の話よ」


のうミレディ。我、そんなに楽しそうか?

唯の事務報告じゃが。


「姫様、お気になさらず。ささ、報告の続きを」


……う、うむ。

で、ここからですが――


転移勇者の一人、《狂戦士》のジョブ持ちである天宮の事。

それを、店主の所の家事妖精シルキーが解決した事。

その件で店主を裏切ってしまったが、あっさりと許してくれた事。


……なんだ、ばあや。その暖かい目は。


そして、転移者の魔道具“スマホ”の充電ができた事。


ここで母上の眉がぴくりと動いた。


機能は限定されているが、『大地母神』様の加護を得て使用可能な事。

店主の店の風呂場に、

異世界――日本製のシャンプーやリンス、化粧品などが色々ある事。


ここで、母上を含め、この場の全員が我とミレディを凝視する。


……いや、我らを見るでない。


それに、使用についていくつか店主から条件がある事。

残念ながら販売はしない事。

その瞬間、この場の皆の肩が、目に見えて落胆した。

天宮達が、その商品を欲しがり、対価として店で働く許可を求めてきた事。

それに付随して、他の者達も同じ要求をしてくるであろう事。

最後に――店主が、自らの口で転移者である事を明かしてくれた事。


「本当に嬉しそうに語るわね」


そう母上が締めくくる。

……うーむ、解せぬ。

店主もいつもこんな感じなのか。



母上が静かに目を閉じ、考え始める。

我らは言葉を挟まず、静かに待つ。

しばしして――


「よろしい」


ゆっくりと目を開き、皇后として告げた。


「まず、スマホの件じゃが、『大地母神』様の許しが出たのは誠じゃな」

「ならば、ミレディの進言通り、過去の転移者のスマホを持ち込み、中身を確かめるのじゃ」

「諜報部の者も連れて行け。“保管者”か“技師”とでも名乗らせれば良い」

「念の為、ブラス殿に話を通し、天罰が下らぬ様に気をつけよ」


そして続ける。


「それと、転移勇者のスマホの件じゃが――許可制にせよ」

「手綱を握る手段の一つにするのじゃ」

「なんじゃ、不満か?」


今のは母上ではない。

皇后としての目だった。


「いえ、皇后陛下のお言葉通りに」


すまんの、店主。

巻き込んでしもうた。


「女生徒達が、その日本製の物を使いたい対価として働く件じゃが」

「それも、そなたの裁可で許してやれ」

「あまり閉じ込めてばかりで暴発されても困るからの」


息抜きと手綱か。

……止むを得んな、しかし。


「ご配慮、感謝します。しかし皇后陛下」

「あの者達が、店主の店で給仕として働けるかどうか……」

「殆どの者が迷惑をかけ、断られるやもしれません」

「特に色仕掛けにかかった者など、背後にいる者達が何をするか……」

「今回の件で、もう店主が転移者という事は広まります」

「ふむ」


母上が軽く頷く。


「ならばまず、帝国学園商業科の給仕教師を派遣しなさい」

「監督官として転移勇者達を監視・指導させるのです」

「課外授業の一環にでもしてしまえば良い」

「はっ。しかし、それだけでは後ろの貴族達が直接出てきた時、

 教師程度では逆らえません」


そうだ。

教師の権力は、帝国学園内――しかも生徒相手に限られる。


「あら、それなら良い案があるわ」


ミョルニル前公爵夫人が、ぱんと扇子を鳴らした。

……嫌な予感しかしないのだが。


「なら、私が行ってあげるわ」

「これでも、アンリちゃんの行儀見習いの教師よ?」

「たかが転移勇者の数人。私やリオニーがいれば問題ないわ」

「まあ、それは良い案ね」


母上まで頷きおった。

まてまて。

お二人が、あの店へ来るだと?

確かに、お二人なら並の貴族どころか高位貴族ですら、表立って無理は言えまい。

それに、母上と同じ年齢とは思えぬ、あの若さ。


ミョルニル前公爵夫人には竜人の血が。


ガイアースブルク前侯爵夫人には獅子人の血が流れておる。


今は見た目こそ唯のヒュマじゃが――

一度力を振るえば、それぞれの血が表へ現れ、手がつけられん。

行儀見習いと学問の師であると同時に、実質、我の武術の師でもあるのだぞ。


「それに、お店から出して貰えない、

 日本製のシャンプーやリンスが使えるかも知れないし」

「そうよね。化粧品も興味あるわ。噂でしか聞けないもの」


……そっちか。

そっちが本命か。


「ズルいですわよ、二人とも。私も使いたいですわ」


先程までの重苦しい空気はどこへ行ったのか。

目の前の三人は、もう完全に女子会をしているようにしか見えん。


どうしたものかと考えておったが――


「マチルダ、準備なさい」

「貴方も興味あるでしょう? アンリが褒める紅茶の腕」


そう言って、母上が立ち上がる。

ばあや――マチルダが、軽く頭を下げ。


「ええ、とても」


と微笑んだ。


……もしかして。


ミョルニル前公爵夫人とガイアースブルク前侯爵夫人だけでなく。

母上も行くのですか。


“ヘイム”へ。


その瞬間。

店主とエマと執事以外、“ヘイム”の皆が崩れ落ちる幻影を見た気がした。


その幻影の中――

店主だけは、何も解っていない顔をしていた。


師匠のニューワールド講座㊱

血統因子とメタモルフォーゼ編


『ふぅ……』

『前回は危ない所でした』

「なにがですか」

『下手をすれば』

『二代目師匠が誕生する所でした』

「女神様に怒られた件!?」

『日本製品を隠し持っていて正解でしたね』

『お陰で全部、女神様に没収されましたが』

「全然正解じゃない」

『まあ』

『またヴァルナさんから接収すれば……』

「しないからね?」

『……』

・・・

・・

「あのう師匠」

『なんですか』

「本編でアンリ先生が」

「“一度力を振るえば、それぞれの血が表へ現れ、手がつけられん”」

「って言ってましたけど」

「変身でもするんですか?」

『そうですねぇ』

『以前も言いましたが』

『この世界の人類は』

『様々な種族が混ざり合っています』

「うんうん」

『そして』

『強い因子が表に出ると』

『姿や能力へ影響します』

「へぇ」

『例えば』

『普段はヒュマでも』

『翼が生えて空を飛ぶ者』

『水中で人魚化する者』

『獣へ変化する者』

『色々います』

「マジで変身なんだ」

『一般的には』

『“メタモルフォーゼ”と呼ばれています』

「なんか格好いい」

『虎や熊になって戦ったり』

『部分変化だけしたり』

『かなり個人差がありますね』

「じゃあハルヴィンダちゃん達は?」

『あれは常時発現型ですね』

『狼族などは』

『ケモ耳や尻尾が常時出ています』

『ドワーフ族』

『鬼人族』

『あの辺りも』

『混血していても』

『主因子側の特徴が強く出ます』

「なるほどなぁ」


『まあ』

『この世界の人々からすれば普通です』

『いちいち気にするのは』

『転生者や転移者くらいですね』

「たしかに俺、結構気にしてたわ」

『ちなみに』

『“ひ弱そうなヒュマだな”と思って因縁つけたら』

『突然メタモルフォーゼされて返り討ち』

『よくあります』

「怖っ」

『お笑いですね』

「被害者からしたら笑えない」


『ですが』

『この特徴を根拠に』

『妙な思想を持つ者達もいます』

「うわ出た」

『“ハイ・ヒュマ至上主義”です』

「嫌な名前だなぁ」

『“普段ヒュマ姿なのだから』

『ヒュマこそが原初の人類だ”』

『“他種族因子は混ざり物だ”』

『そんな理屈ですね』

「うわぁ……」

『そして』

『ハイ・ヒュマ以外を下に見て』

『排斥を叫びます』

「どこにでもいるな、そういうの」

『ですが面白い事に』

『ハイ・ヒュマ自体』

『世界全体では少数派です』

「えっ」

『まあ』

『ハイ・ヒュマだけの国もありますが』

『そこで祀られているのが』

『邪神なんですよねぇ』

「うわぁ……」

『自分達こそ純血だと叫びながら』

『邪神の影響を受けまくっているのですから』

『笑ってしまいます』

「師匠、めっちゃ嫌ってる?」

『まじでウザいんですよ』

『あの国』

「珍しく本音が強い!!」




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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