39 福利厚生と猛獣オーラ
俺はずれているのだろうか。
何がって?
今、俺はアンリ先生に謝られているんだが。
なんでも、天宮さんの《狂戦士》の件で、
勝手に連れて来てエマさんに会わせたらしい。
……なにか問題あるのだろうか。
まあ確かに、エマさんの存在は秘密だけど、今更な気もする。
せっかく師匠が“人払い”の奇跡を使ってくれているのに、
最近は平気で表に出て来るし。
それに、天宮さんの深刻な問題がそれで解決したのだから、
結果オーライじゃないだろうか。
アンリ先生が変な人を連れて来る訳ないし、そこは信用している。
アンリ先生を始め、ミレディさん、飲兵衛親方達もいる。
多少の事はなんとかなるでしょう。多分。
ねっ、師匠。
『……』
そう、やれやれって顔しないで。
それにアンリ先生には、いつも助けて貰っているし。
お店の税金関係で困れば、エルミナさんを紹介してくれた。
お酒に詳しい人を探していたら、セバスさんを紹介してくれた。
さらに、お給料をアンリ先生持ちで、
ハンスさんとアンナさんを従業員として迎えられたし。
ねっ、問題ないでしょう。
……って言ったら、もの凄く呆れられた。
えっ、俺おかしい?
社会人として充分、世の中の汚い部分も見て来たし、
理不尽にも揉まれて来ただろうって?
だからだよ。
こんな安全な場所にいて、目の前に助けられる子がいる。
それを助けるって、チートの醍醐味でしょう。
それが女性なら余計に。
男なら誰でも助けるでしょ。
俺も、もう少し若ければ、ぐふふな展開を期待したかもだし。
えっ、おかしい?
そうかな。
アンリ先生が、もの凄く困った顔をしている。
そして――
「アンリ先生助けて!」
そう言って、俺はアンリ先生の後ろへ隠れる。
俺が隠れた理由?
エミリアさんが、今にも髪を逆立てそうな勢いで、
哀しみを背負った者のみが習得できる一子相伝の暗殺拳、
その究極奥義みたいな歩き方で近づいて来ているからだ。
「ヴァルナさん……我が怒り、我が悲しみを……」
ほら!
俺絶対やられるって!
汚い花火になるって!
「やられる! 助けてアンリ先生!」
アンリ先生を中心に、謎の追いかけっこが始まった。
◇
なんじゃこれは。
我はこれでも結構、真剣に悩んだんじゃぞ。
せっかくエマが気を利かせてくれて、
皇女である我がそのまま便乗しておけと言ってくる。
じゃが、ここでは我は“唯のアンリ”じゃ。
だから隠し事をしたくなかった。
それなのに――
師匠と呼ばれている御使い様が、我の頭にちょこんと止まる。
『気にするだけ無駄ですよ』
『あの頭お花畑のヴァルナさんの事です』
『そのうち、エマの事を普通に思い出して会わせてますよ』
『エマへの貸しも、ヴァルナさんに払わせなさい』
……身も蓋もない。
そう言えば、以前グラウハイム卿が笑いながら言っとったな。
“店主の行いを見ていると、どうでも良くなった”と。
……そうじゃな。
この様子を見れば。
悩んでおった我が道化じゃわい。
◇
俺とエミリアさんの追いかけっこに、ちみっこ達まで参加し始め。
メタボのおっさんが転び、捕まるまで、そう長い時間は掛からなかった。
俺の足が小鹿みたいにプルプルしているのを、
つつくの止めてくれませんかアンリ先生。
鈴木さん達もお風呂から上がって来て、今後の事もあり、皆で社員食堂に集まる。
……ここも、いつの間にか広くなっている気がする。
足りない椅子は、とりあえず店から持って来て並べた。
なぜか勇者クラスの六人や、
エミリアさん、配管工ブラザーズまでいるが、
肩で息している俺には気にする余裕がない。
『あれだけの運動で息が上がるとは、まだまだ修行不足ですね』
『メニュー増やさないと』
師匠、なんのメニュー。
レシピなら日に日に増えて、整理できてません。
ソート機能ください。
体力だって、一日中立って仕事しているんだけどなぁ。
やはり年か。
『50歳なんて、一番の働き盛りですよ』
『やはり甘やかしすぎですかねぇ』
そうやり取りしていると
「さて、今回の騒動ですが――」
いつの間にか、こういう時はブラスさんが司会進行をするようになっていた。
俺はもう無理だ。
息が上がっている。
けっして、司会進行が苦手な訳ではないからね。
「いつもの事とはいえ、今回は少々色々あったようですので、整理しましょうか」
そう言ってブラスさんが指を立てる。
「まず庭園に関してですが、
安全が確認されるまでは侵入禁止。これでよろしいですか」
皆が頷く。
そりゃフェアリーガーデンだからね。
下手するとダンジョン級の脅威だ。
「次に、学生の皆さんの“スマホ”という魔道具についてですが」
ああ、もう残りのスマホも充電コードを繋いで、充電を始めている。
「学園でも習ったと思いますが、かなり貴重な魔道具です」
「しかも、充電が可能で、一部機能が使用できる」
「手に入れようとする者が必ず現れます。気を付けるように」
「あと、ヴァルナさんのご厚意で、ここで充電できるようになっていますが」
「クラスのご友人へ話す時も気を付けてください」
「ここで出来ると、周囲へ広めないように」
「アンリ先生、ご指導お願いします」
アンリ先生は腕を組み、難しい顔をした。
「ああ、解っておる。
じゃが、ハニトラに引っ掛かっておる色ボケ共は無理じゃぞ」
「いくら忠告しても聞きやしない」
「いっそ、選ぶか」
そう言って生徒達を見るが、
「……無理じゃな」
と首を振る。
別にいいよ。
もう覚悟決めたから。
みんなも知ってる通り、俺は転移者だから。
「みんな、ありがとう。知らないふりしてくれていて」
息も絶え絶えにそう言うと、皆が苦笑いした。
「えっ、店長さん転移者さんだったんですか」
ハルヴィンダちゃんが、本気で驚いた顔をする。
ハルヴィンダちゃん、そのまま汚れない君でいてね。
そこへ松平君が、
「あれ? でも店長さん、なんで日本の名前じゃないんでござるか。外国人?」
と聞いて来た。
ああ、俺の場合は、来る時に女神様に会って、名前を――
その瞬間。
俺は沈んだ。
師匠のかかと落としが、見事に脳天へ決まっていた。
「ほう」
ブラスさんが、何かを察したように頷く。
「さあさあ、次ですよ」
松平君が続きを聞きたそうにしていたが、ブラスさんが強引に話を進めた。
「次は拡張したお店ですが、どうしますヴァルナさん」
机に突っ伏した俺へ話を振ってくる。
「なるほど、確かにこの広さでは人手が足りませんね」
「ならば二階はしばらく閉鎖ですか」
……ブラスさん、あなたエスパーか。
「他に何かありますか」
ブラスさんが周囲を見渡す。
「はい」
鈴木さんが手を挙げた。
意外と礼儀正しいのね。
「別に私、何が起こったかとか興味ないし」
「それより、これよ」
そう言って、先ほどから抱えていた物を机へ並べ始める。
……心なしか、転移勇者の女性陣三人の目が怖い。
席の端では、エマさんが笑っていた。
お前、何をした。
「これ、なんで日本メーカーのシャンプーとかリンス、ボディソープ、
果ては女性用品まであるの?」
「しかも、お風呂場の脱衣所がサロンみたいになってて、
化粧品やドライヤーまであるし」
「もう完全に日本の高級リゾートホテルなんだけど!」
今までの鬱憤をぶつける勢いだった。
知らんがな。
男性風呂なんて、
今回変化する前は、ちょっと大きめの民宿みたいなお風呂だったぞ。
……あれ?
でも言われてみれば。
シャンプーとか髭剃りムース、日本で使ってた物な気が――
女性用品の話題に、他の女性陣まで食いつき始める。
いや、それ男性陣の前で話して大丈夫なのか。
俺もこの年で、なんとなくしか知らんぞ。
そこへキューブが、ぬるめのお茶を持って来てくれる。
ありがとうキューブ。
猫舌だし、この年になると冷えた飲み物より常温がありがたいのよ。
「マスターの好みを把握し提供するのは、執事として当然です」
「それよりマスター。鈴木殿への返答を間違えると――」
「女性陣を敵に回しますよ」
えっ。
なにその恐ろしい忠告。
ようやく息が整い、皆を見る。
男性陣は、ブラスさん以外みんな明後日の方向を向いていた。
女性陣の視線が怖いんですが。
「あのね。俺、女性用のお風呂なんて、
ここに来た初日に居住スペースを確認したきり。入った事ないから」
「お風呂場の様子や備品なんて知らないよ」
そう言って、知っていそうなエマさんを見る。
みんなの視線も集中する。
そのエマさんは、さも当然のように微笑み。
「ふふっ、旦那様。レディの美の追求に終わりはありませんのよ」
……どこのお嬢様ですか。
「あら、これも福利厚生です」
「お給料安いんですもの。この位は当然です」
「それに――皆、綺麗な方が良いでしょう?」
そりゃそうだけど!
じゃなくて!
なんで日本製の物があるの!
なんで脱衣所がサロンなの!
「そんなの淑女の嗜みですよ。ねぇ?」
そう言って、ちみっこ達へ微笑みかける。
「「ねぇー」」
可愛く返事するちみっこ達。
巻き込むな!
そんな返事したって誤魔化されないぞ!
飲兵衛親方達やベルンさんは完全に陥落しているし。
松平君も佐々木君も、スマホ構えてもう一回とか言わない。
いや、女生徒達も撮ろうとしない!
師匠、これは由々しき事態です。
そう相談しようとした時。
ソレイアちゃんが無邪気に言った。
「ししょうも、いつも一緒にお風呂入ってるよ?」
「“見なさい、わたしのウルトラシー!”って言って、お風呂に飛び込んで、一緒に泳いでるの」
「ねぇ、リナちゃん」
「うん! いつも一緒!」
「それにお風呂上がりに、一緒に腰に手を当ててフルーツ牛乳飲むの!」
「その後、“私達にはまだ早い”って言って、
“けしょうだい”って所で色々してる!」
……師匠をジト目で見ていたのは、俺だけじゃないはずだ。
師匠。
共犯ですか。
『仕方ないじゃないですか』
『今期は査定も厳しく、良い化粧品は高いんですよ』
『毎日毎日、徹夜で――』
最近寝れてるって言ってましたよね。
ほら。
『一人だけ』
『変わってあげようか。優しいよ私』
『女神様に報告だ。黙っていて欲しかったら――贈れ!!』
主に女性陣からだと思うが、大量の紙が飛んで来る。
みんなには見えないだろうが、俺埋もれてますよ。
そこからなんとか抜け出して、問い掛ける。
「そんなに良い物なのか?」
「こっちにも似たようなのあるだろうに」
「いや、あったけど」
鈴木さんの言葉に、天宮さんと冨樫さんも頷く。
「帝宮で使ったのより、こっちの方が全然いいし」
その瞬間。
女性陣の目が光った。
余裕なのは、たぶん既に使っていたハルヴィンダちゃんとマルタさんくらいだ。
ちみっこ達は分かっていない。
アンリ先生とミレディさんは、なぜか遠い目をしていた。
「これ頂戴!」
鈴木さんが机を叩いて立ち上がる。
続いて天宮さんと冨樫さん。
……さっきまで落ち込んでたよね?
怖いよ。
でも、それなら尚更だ。
「ダメ。売り物じゃないし」
「なんでよ!」
「授業で習わなかったか? 過去のチーター達の所業を」
「そんなに凄い物なら、持ち出したらどうなるか習っただろう」
そう言ってアンリ先生を見る。
……目を逸らされた。
冷や汗まで流している。
師匠――駄目だ。
今回は役に立たないどころか、完全に向こう側だ。
男性陣を見る。
何か話し始めて、こっちを見ない。
キューブとブラスさんは含み笑い。
女性陣の圧が凄い。
背後に竜や虎やら、あらゆる強者のオーラが見える。
その後ろで面白そうに笑っているエマさん。
絶対お前が原因だろ。
こうなったら俺も負けん。
気合いを入れてオーラを放つ。
……兎さんだった。
女性陣の猛獣オーラと、俺の兎さんオーラが火花を散らす。
ああ、このままだと因幡の白兎だよ。
だが、意外にもこの場を収めたのは鈴木さんだった。
「じゃあさ、こうしようよ」
「おっさん、さっき人手足りないって言ってたじゃん」
「私、手伝ってあげる」
「こう見えても、喫茶店でバイトしてて、バイトリーダーまでやってたのよ」
得意げに胸を張る。
「ちょっと恵子、アルバイトは学則違反よ」
天宮さんが慌てて止める。
「今更じゃん。それに雪菜も柑奈も一緒にやろうよ」
「バイト代代わりに、これ使わせて貰うの」
それに対して天宮さんは、
「でも、それなら私、エマさんのお仕事手伝いたい」
エマさんを見る。
エマさんが、邪悪な笑みを浮かべた。
「良いでしょう。私の指導は厳しいですよ」
何勝手に話進めてるの!?
第一いつも、リビングでゴロゴロ――
スリッパが飛んで来た。
やだ今日はこんなのばっかり。
「だったら私も」
今度は冨樫さん。
「二階のキッチンでケーキを作りたい」
「日本でやってたみたいに」
その目は、ここへ来た時の悲しみに沈んだものではなかった。
何かを見つけた目だ。
そんな目をされたら、何も言えないじゃないか。
後は保護者の許可を――
アンリ先生は頬をぽりぽり掻きながら。
「許可は取る。少し待て」
「それより、その……新しい風呂場とやらも見に行くかのう」
「その日本製とやらの性能も確かめるぞ」
……完全に興味津々じゃないですか。
そう言って、女性陣を連れて風呂場――いや、サロンへ向かって行った。
男性陣も、やれやれと席を立ち、それぞれ散って行く。
男子生徒三人も、復活したスマホに夢中だ。
師匠もいない。
気付けば。
俺だけが、一人ぽつんと取り残されていた。
……解せぬ。
師匠のニューワールド講座㉟
化粧品戦争編
「師匠」
『なんですか』
「そんなに日本製の化粧品って良いんですか?」
『まだ言いますか』
『仕方ないですねぇ』
『確かに』
『天界製には及びません』
『ですが』
『現地品より遥かに上です』
「へぇ」
『そもそも』
『天界製は高いんですよ』
『ヴァルナさん』
『女性の化粧品代』
『男性の趣味代の二~三倍とか普通ですからね』
「マジか」
『しかも』
『日本みたいに』
『“安くて高品質”が存在しません』
「うわぁ……」
『それなのに』
『誰かさんのせいで』
『最近、食費にも困っていてですね……』
「いや師匠」
「ここでタダ飯してますよね?」
「あと単純にブランド品買いすぎでは?」
『……』
スリッパが飛んできた。
「甘い」
「本編の二の舞にはなりませんよ」
華麗にキャッチする俺。
次の瞬間。
上からタライが落ちてきた。
「ぐはぁっ!!」
『人は』
『同じ失敗を繰り返す生き物なのです』
「理不尽!!」
『まあ、それはさておき』
『この世界の化粧品文化は』
『あまり発展していません』
「意外だな」
『理由は簡単です』
『過去』
『ネットスーパー系チーターが現れる度に』
『日本製化粧品が流入したからです』
「またお前らか」
『転移者達も』
『自分用』
『賄賂用』
『金儲け用』
『色々な理由で販売していました』
「絶対そうなる」
『ですが』
『問題がありました』
『誰も作り方を知らなかったのです』
「あっ」
『チーター本人達も』
『“便利だから使ってた”だけで』
『成分も製法も知りません』
「現代人あるあるだ」
『その為』
『周囲は再現しようとしました』
『特に錬金術師達ですね』
「おお」
『ですが』
『サンプルが残っていません』
『現物が消えれば』
『解析もできません』
『今でも頑張っていますが』
『まだまだ追いつけていませんね』
「なるほどなぁ」
『ですので』
『表に出さないという判断は正解です』
『こんな物』
『広めたら面倒事になります』
「まあ、なるよなぁ」
『もっとも』
『勇者クラスから』
『そのうちバレるでしょうが』
「嫌な予感しかしない」
『いいですかヴァルナさん』
『資金難だからといって』
『化粧品で金儲けしようとか考えたら』
『普通に天罰案件ですからね』
「でも師匠」
『なんですか』
「今回、師匠も共犯ですよね?」
『……』
「ほら」
「後ろに女神様が――」
『えっ』
その後。
師匠の姿を見た者はいなかった。
チャンチャン。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




