38 名づけがされました
解放された時、真っ先に財布の中身を確認した。
良かった、半分になってない。
何度か、河を渡った先でブランド品に身を固めて、
ご機嫌な師匠を見た気がしたのだ。
うん、きっと気のせいだ。そういう事にしておこう。
さて、師匠の許可も出たし、やれる事はとっととやろう。
そう言えば、俺のパソコンやスマホ、タブレット端末はどうなったのだろう。
中身、見られてませんように。
電源コードは問題なく《お取り寄せ》できた。
《料理器具お取り寄せ》はそのままだ。
進化していないのを確認して少し安心する。
さて、後は電源なんだが――探してみると、
電源らしき物があるのはキッチンと社員食堂だけだった。
キッチンは衛生管理の問題がある。
流石に人を入れる訳にはいかない。
仕方ない。社員食堂に呼ぶか。
ミレディさんに頼んで、残った生徒四人を連れて来てもらう。
飲兵衛親方達やブラスさんも、興味があるのか戻って来た。
おのれ、さっきは見捨てたな。
延長コードも取り寄せて、テーブルの上まで電源を伸ばす。
少しして、生徒達が入ってくる。
男子生徒はともかく、冨樫さんは大変だった。
ミレディさんに肩を抱えられながら、ゆっくりと入って来る。
俺は、準備できた充電コードを手に、冨樫さんへ話しかけた。
「冨樫さん、これをスマホに繋げれば充電できる。けど、どうする」
冨樫さんの肩が、小さく震える。
「もう元の世界に戻れない事は聞いている」
「今は辛いけど、このままスマホが使えない方が、
元の世界との繋がりはなくなって……踏ん切りがつくかもしれない」
「逆に、スマホが使えるようになったら、もっと未練が強くなるかもしれない」
自分で言っていて、残酷だと思った。
思い出を取り戻すか。
諦める為に捨てるか。
そんな選択を迫っている。
冨樫さんは、何を言われたのか理解できないような顔でこちらを見た。
「店主殿、スマホという魔道具は、エネルギーの補給ができないのです」
ミレディさんが、冨樫さんを見ながら静かに言う。
「下手にエネルギーを補給しようとすると、魔道具自体が壊れてしまいます」
長い沈黙が続いた。
「大丈夫じゃ、ミレディ」
その沈黙を破ったのは赤毛親方だった。
「お主らが回収した“スマホ”という魔道具は、
ワシも解析依頼を受けておったからの。再現には少し手を貸した」
「スミズル殿、それは……」
「ここで今更、国家機密もないじゃろう」
えっ、何、国家機密って。
止めて。
もう今日の俺のHPはゼロどころか、何回も教会で復活してるのよ。
「確かに、帝国が転移者の持っていた
スマホを元に秘密裏に開発した魔道具と充電機では無理じゃ」
「エネルギーの波長が合わんかったからのう」
そう言って赤毛親方は、ふと神棚の女神像を見る。
「しかし、ミレディ。ここはどこじゃ」
その言葉に、ミレディさんも、この場にいる皆も女神像へ視線を向けた。
一瞬。
女神像が優しく光った気がした。
「どうやら、『大地母神』様も祝福してくださったようですね」
ブラスさんがそう言って印を切る。
ミレディさんは、深いため息をついた。
「なら、僕ので実験してよ」
そう言って松平君が、自分のスマホを差し出す。
「僕ので上手くいったら、問題ないよね」
「僕の壊れても、大したデータ入ってないから」
夏のコミケとか、冬のコミケとか、etc。
……なんか、それ一部の人種にとっては超重要では。
でも、それを差し出すなんて。
鈴木さんが言っていたけど、やっぱりクラスの勇者なんだな、松平君。
俺は受け取ったスマホに、そっと電源コードを繋ぐ。
問題なく充電が始まった。
そして――入る電源。
ホーム画面の画像は、見なかった事にしてあげよう。
そう思ったのに。
「見るでござる、佐々木氏!」
「これが拙者一押しのポニーちゃんでござる!」
と、おっさんには分からないキャラの説明を始めた。
みんなの目がスマホ画面に吸い付く。
「およ、皆さんもポニーちゃんの魅力に釘付けでござるか」
違うよ、松平君。
みんな、スマホに電源入った事に驚いてるだけだよ。
ほら、飲兵衛親方達なんて、新しい技術に興味津々で食い入るように見てるし。
これか。
過去のチーター達の所業。
遥か未来の技術を持ち込む業。
『スマートフォン自体は、もう持ち込まれています』
『チーター達の手で再現もされています』
『諜報部の必須アイテムですね』
『ただ、本物のスマートフォン自体がどのように実際に動くのかは、
この世界の人間には未知でしょう』
『こちらの世界の人間が手に入れた時には、
すぐに電源が切れてしまいましたから』
『そして感謝なさい。女神様が、
スマートフォンのいくつかの機能は封印してくれました』
『これで余計な混乱は最小限に留まるでしょう』
『それと、スマートフォンと中の思い出データには
“不壊の加護”を与えてくれました』
『ほん~と~に、感謝なさい』
俺は即座に女神像へ向かって五体投地した。
ありがとうございます女神様!
ついでに、日本の俺のパソコンやスマホ、
タブレット端末の中身が見られてませんように!
そうして五体投地した俺は、幻を見た。
慈悲深く微笑む女神様。
その腕は、大きくバツを作っていた。
いきなり五体投地して滝の涙を流し始めた俺に、ドン引きする皆さん。
やってしまった。
俺は何事もなかったように静かに立ち上がる。
「で、どうだい松平君。スマホは無事に使えるかい」
そして師匠に教えてもらった、女神様の加護についても伝える。
ブラスさん、ここぞとばかりに『大地母神』様への勧誘をしないで。
松平君がスマホを確認する。
「問題ないでござる。ちゃんとコミケのデータあるでござる」
「写真も動画も撮れるでござる」
ミレディさん、驚くのは解るけど口閉じようよ。
「これは……奇跡か。
なら、過去に没収した魔道具も持ち込めば、転移者の機密が見れるのでは」
口閉じた瞬間、物騒な事言わないで。
そんなつもりで用意したんじゃない。
持ってきそうだなぁ。
飲兵衛親方達も触りたがってるし。
そして、本命の冨樫さん。
どうするかな。
「もう一度……家族に会えるの」
手がワナワナと震えている。
「会える訳じゃない。あくまで思い出だよ」
「それによって、もっと辛くなるかもしれない」
冨樫さんはスマホを胸に抱きしめ、目を閉じた。
葛藤しているのだろう。
誰も何も言わず、静かに見守る。
やがて冨樫さんは、ゆっくり目を開けた。
そして。
「お願いします」
そう言ってスマホを差し出した。
俺は黙って受け取り、電源コードを挿す。
無事に充電が始まり、そのまま返した。
電源を入れる冨樫さん。
静かにスマホを操作する。
そして。
優しい女性の声が流れた。
『ほらほら、お父さんの作業をよく見て』
冨樫さんの名前だろう。
『柑奈、飾り付けはこうやるんだ』
優しく指導する男性の声。
『姉ちゃん、早くー!』
小さな男の子の声。
それを見て涙する冨樫さん。
「お母さん……お父さん……檸檬……」
これ以上、何をしてやればいいのだろう。
『後は彼女次第ですよ』
そうだな。
物語では憧れの異世界転移・転生。
でも現実は、こんなものなのかもしれない。
みんながみんな、望んでいる訳じゃない。
望んだ者だけ呼べばいいのに。
残酷な事を許可するもんだ。
『だから、邪神、トリックスターと言われるんですよ。あの者達は』
「あの、店長さん。僕のもお願いできますか」
「あっ、俺のもお願いします」
佐々木君と斎藤君もスマホを取り出した。
焦りなさんな。
君達の分も。
ここにいない鈴木さんや天宮さんの分も。
勇者クラス全員分、ちゃんとやるさ。
その時だった。
ドンッ!
扉が力任せに開かれる音が響く。
「ああ、鈴木さんどうしたの――って、あれ」
お風呂入ってないの、そのままだよね。
後ろから天宮さんも走ってくる。
そして固まる二人。
どうしたの。
ああ、もしかして飲兵衛親方達を見るの初めて――
それとも。
バサァッ!
大量の紙がぶちまけられる音。
誰かが崩れ落ちる音。
「Mamma mia!!」
エルミナさんの叫び声が響いた。
……あれ。
そういえば、ここどこ。
さっきまで社員食堂にいたよね?
なんか二階のテラス席みたいな所にいるんですが。
吹き抜けの下に、いつもの食堂席が見えるんですが。
やばい。
店がまた進化している。
それも、かつてない規模で。
「キューブ」
頼りになる執事を呼ぶ。
すぐに返事が来た。
「皆の無事を確認して。今回のは大きすぎる。すぐ安否確認と保護を」
「了解しました」
そう言って一礼すると、キューブは消えた。
「師匠、これ何なんですか」
『こればかりは私にも分りませんよ。店の意思としか』
『悪意がないのは確かですが』
程なくして、“ヘイム”にいた皆が二階テラス席へ集まる。
無事で良かった。
エルミナさんは長椅子で横になっている。
ちみっこ達は早速冒険に行きたがっていたが、我慢してもらう。
松平君、ハルヴィンダちゃんやちみっこ達を写真に収めないように。
飲兵衛親方達ならいいぞ。
「リアルドワーフと鬼人族だから嬉しいでござる!」
その気持ちは分かる。
キューブとエマさんが代表して、拡張された部分の偵察へ向かった。
なんとなくだが――あの二人なら、何があっても無事な気がする。
ミレディさんは、少し離れた場所で何かをアンリ先生へ報告していた。
おそらくスマホの件だろう。
一方で、鈴木さんと冨樫さんは、天宮さんを囲んで盛り上がっていた。
なんでも、“怒りの精霊”から解放されたらしい。
我が事のように喜び合っている。
戻って来た天宮さんを見て、佐々木君が目を丸くする。
「天宮さん、《狂戦士》のジョブが消えてる」
「代わりに、文字化けして見えないけど、《%&$の加護》ってある」
「あれ、佐々木っち、《鑑定》使えなくなったんじゃ」
「うん。使えなくなってたけど……なんとかトラウマと向き合って、頑張ろうって思ってたら、時々使えるようになったんだ」
「そしたら、寄ってくる人が殆ど“ハニトラ要員”って見えるから黙ってた」
「なんですと、流石ですな成績学年TOPの佐々木氏」
と、盛り上がっている。
鈴木さんが何かを抱えている気がしたが、見なかった事にしよう。
嫌な予感がビンビンするから。
さて。
キューブとエマさんを待つ間、改めて周囲を見渡してみる。
……これ、もう完全に店の二階席だよな。
席数も充分ある。
このまま、お酒を飲まない人や騒がしいのが嫌な人用の席にして、
一階の飲兵衛ゾーンと分けられる気がする。
そして気になるのが、二階東側へ伸びたスペースだ。
観葉植物で柔らかく仕切られた先。
そこには――喫茶スペースが広がっていた。
仕切りのすぐ近くには、大きなショーケース。
これ、ケーキとか入れて販売する奴だよね。
その後ろには、ケーキ屋でよく見る包装台と道具一式。
さらに奥には、新たなキッチン。
これはもう、どう見てもパティシエ専用のキッチンだ。
一階のキッチンを確認していたハンスさんが、下から顔を出した。
「店長! これ、下のキッチンと階段で繋がってますよ!」
そう。
キッチン奥に階段があり、一階と二階を直接行き来できるようになっていた。
しかも北側は一面ガラス張り。
帝都の景色が一望できる喫茶スペースになっている。
さらにその先。
だだっ広い何もない空間。
だが、よく見ると天井に溝が走っている。
……あれだ。
ホテルとか大きな貸会場にある、可動式の仕切り。
中身によって大きさを変えられる式典会場だ。
実際、収納式の仕切り壁まであった。
更に最奥。
大きな扉を開けると――
見事な部屋と、大きなテラス。
そして、そこから見える景色に息を呑んだ。
帝国学園で見たものとは段違いの庭園。
花が咲き乱れ、それでいて不思議なほど調和が取れている。
小動物達も見える。
小さな泉まであった。
ちみっこ達は、我慢できないのかテラスで騒いでいる。
「待っててね! 今キューブとエマさんが安全確認してるから!」
ベルンさんもダメですよ。
いくら元騎士でも、フェアリーガーデンがあったら大変なんですから。
飲兵衛親方達やムラマサ親方も、
「これはこれは見事な……」
と感動していた。
茶毛親方なんて、
「何かインスピレーションが湧きそうじゃ」
とか芸術家みたいな事を言い出すし。
『木工職人ですから、ある意味芸術家では』
そうなのか。
そこへ、外の様子を見に行っていたセバスさんが戻って来る。
相変わらず外は変わっていないらしい。
初期の潰れた観光案内所のまま。
どないなっとんねん。
そして次々と入る報告。
女子学生の皆さん。
キューブを見て歓声を上げない。
キューブも爽やか笑顔を返さない。
松平君もエマさんを見て、
「リアルメイドでござる!」
って興奮しない。
佐々木君、スマホで撮るんじゃありません。
松平君に感化されてるよね。
斎藤君も見習いなさい。
「美しい……」
あかん。
エマさんに見惚れている。
見た目に騙されるな少年。
エマさんは優秀な家政婦さんだが、性格は悪魔だぞ。
「だ・ん・な・さ・ま?」
ほらな。
店の方はさほど変化していないらしい。
店内に二階へ上がる大きな階段が追加された事。
二階は先ほど見た通り。
あと、キッチンに料理用の簡易エレベーターができていた。
問題は居住スペースだ。
さらに部屋や意味不明の空間が増えているらしい。
それに比例して広がった庭園。
そちらは暫く立ち入り禁止。
フェアリーガーデンが間違いなくどこかに開いているとの事だった。
沢山のノームやドリアドが、早速庭園の手入れをしているらしい。
師匠が後で、人が通れないようフェアリーガーデンへ結界を張るとの事。
なにより驚いたのは――風呂場だ。
鈴木さんが何か言いたそうだった、
風呂場から持ち出した物を女性陣へ見せた後、俺を見てきた。
紅茶を被ったままだから、先に入って来い。
そう言って、エマさん付きで追い出される。
一応、風呂場にフェアリーガーデンとかあったら怖いからな。
天宮さんと冨樫さんも一緒に連れて行く。
四人で入るには流石に狭いだろう。
うちは銭湯じゃないよ。
「銭湯ですよ」
キューブが即答した。
俺は走った。
なんだ本当に広がってる居住スペース。
辿り着いて見た男性用風呂場は――
十人は入れそうな洗い場と巨大な湯舟。
更にサウナに水風呂まで完備されていた。
「女性用はもっと広く、設備も整っていました」
後ろからついて来たキューブが淡々と告げる。
ねえ。
店よ、“ヘイム”よ。
本当に俺に何をさせようとしているの。
――店に名づけがされました。
どこかでシステムメッセージが流れたのを聞いたのは、女神様だけだった。
師匠のニューワールド講座㉞
スマホと文明の歪み編
師匠が全身を天界四大ブランドで飾り、
ご機嫌でふよふよ飛んでいる。
「……夢じゃなかったんだ」
『なんですか、ヴァルナさん』
『もっと普段の感謝を込めて』
『貢いでもいいのですよ?』
「駄目だ、聞いてない」
「師匠、今回の件ですけど」
『もう、せっかちですねぇ』
『なんですか』
「スマホです、スマホ」
「本当にもうあるんですか?」
『そうですねぇ』
『完全再現ではありませんが』
『あります』
「あるんだ……」
『まず』
『最初に転移者が本物を持ち込みました』
「まあ、そうなるよな」
『もっとも』
『ほとんどのアプリは使えません』
『通信環境もありませんからね』
「そりゃそうだ」
『ですが代わりに』
『別のアプリが色々と入っていました』
「別の?」
『邪神やトリックスター製です』
「はいアウト」
『アイテムボックス』
『ネットスーパー』
『鑑定』
『魔術発動補助』
『それから』
『邪神やトリックスターに都合の良いことしか書いていない』
『ウ〇キのようなもの』
「情報汚染が酷い!!」
『充電も』
『転移者本人の魔力で可能でした』
「便利すぎる」
『ネットスーパーで買い物』
『複製端末同士で通話やメール』
『写真や動画のやり取り』
『まあ、やりたい放題ですね』
『ただし』
『持ち主が亡くなると』
『魔力充電ができなくなり』
『やがて使えなくなります』
「そこは制限あるんだ」
『その不便さを解消しようと』
『転移者達が集まって作ったのが』
『この世界版スマホです』
「え、作ったの!?」
『完全再現は無理でした』
『アプリの再現も不可能』
『ですが』
『通話』
『写真』
『動画撮影』
『そこまでは可能になりました』
「十分すごい」
『中には』
『プログラマーや技師もいましたからね』
『彼らはさらに』
『サーバー』
『パソコン』
『通信網』
『その開発に手を出しました』
「おお、文明革命」
『そこで』
『《学問の神》がブチ切れました』
「えっ」
『天罰が落ちまくり』
『計画は中止です』
「怖っ!!」
『ですが』
『その計画の副産物として』
『電話』
『写真』
『ラジオ』
『これらが発明されました』
「順番おかしくない!?」
『ええ』
『本来なら』
『基礎技術から積み上がるはずのものが』
『チーターの持ち込みで』
『逆順に発展しているのです』
「文明が歪むわけだ」
『これが』
『この世界の歪さの一つです』
『だからヴァルナさんも』
『気を付けるのですよ』
「俺?」
『あなたも十分ギリギリです』
『いつ天罰が下るか』
『分かったものではありません』
「俺、料理してるだけなんだけど!?」
『その“だけ”で』
『何度世界の法則に触れかけたと思っているのですか』
「知らないよ!!」
『知らないから怖いのです』
『悪意のない知識の活用』
『身を守る為の知識の乱用』
『彼・彼女らも必死だったのでしょう』
『その結果がどうなるかなんて考える余裕がなかったのでしょう』
『まあ、殆どが立身出世を目指してましたけどね』
「今日も胃が痛い……」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




