4 帝都に来たら食堂を渡された
俺達は今、帝都アステリアに入る為に入場列に並んでいる。
”アステリア”
古代ギリシャ語で“星座”を意味する言葉らしい。
この世界で二番目に大きな国、『アステリア帝国』の首都。
どうやら師匠は、俺をここへ連れて来たかったようだ。
帝都への入場を待つ人の列は凄かった。
だが、不思議と流れはスムーズだ。
あちこちに兵士が立ち、行列を誘導している。
俺も指示された通りに進む。
時々、兵士に連れられていく人がいた。
当然、連れて行かれる側は文句を言っているが、兵士達は有無を言わせない。
たまに兵士が武器へ手をかける場面もある。
周囲の人達は慣れているのか、少し距離を取り、場が落ち着くのを待っていた。
そんな中、頭の中に師匠の声が響く。
『下を見てください』
『地面が綺麗に舗装されているでしょう』
言われて足元を見る。
土でも石畳でもない。
明らかに何らかの金属で舗装されている。
しかもここだけではない。
恐らく、帝都を囲むこの入場区域全体が同じ素材で覆われているのだろう。
『これ全て、魔術判別機なんですよ』
『この上にいると、犯罪歴とか、武器や違法な物を持っていないか判別できるんです』
『だからヴァルナさんも、背中のカバンに包丁が入っているので、この列に並ばされているんですよ』
『珍しく世界の役に立ったチーターの発明ですね』
相変わらず、なんだこの超技術。
魔術ってすげぇ。
ここに立っているだけで荷物の中身が分かるのか。
そう。
今の俺はリュックサックを背負っている。
中には色々な物が入っている。
昨日の夜の後、師匠から渡された物だ。
昨日の宴は楽しかった。
料理を作るのは大変だったが、良い思い出になった。
以前の俺なら、二時間もすれば冷めていただろう。
いつもそうだった。
会社の飲み会。
親友との遊び。
どんなに楽しい時間を過ごしていても、なぜか二時間くらい経つと、ふっと冷める。
もういいかな、と思ってしまう。
別に一緒にいる人が嫌いなわけじゃない。
ただ、どんなに仲の良い相手とでも、その場から心が少し離れてしまうのだ。
でも昨日の夜は違った。
最後まで楽しかった。
なぜだろう。
まあ、深く考えるのはやめよう。
楽しかった。
ただそれだけでいい。
夜が明け、俺が目を覚ました時には、もうほとんどの人はいなかった。
少しでも早く目的地へ。
商売へ。
朝早くに出発したらしい。
寝ている俺を起こさないように、
“昨日は楽しかった”
と伝えてくれと、皆がグスタンさんに頼んでいたそうだ。
グスタンさんは、知り合いと待ち合わせするらしく、もうしばらくいるそうだ。
俺はテントを畳み、昨日召喚したシステムキッチンへ向かう。
この魔法――いやスキルで呼び出した物には、防犯システムがしっかりしているらしい。
俺が許可した者以外、物を持ち出す事が出来ない。
勝手に持ち出しても、手元から消え、元の位置へ戻るそうだ。
この世界では高価な物に似たような魔術を掛け、防犯しているらしい。
だが盗む側も、それを破る魔術や道具を生み出し、またそれを防ぐ。
完全にイタチごっこだ。
冷蔵庫を開けて軽く朝食を済ませ、システムキッチンを消そうとすると、師匠からストップがかかった。
まず簡単な携帯食を作るようにと言われた。
今日の昼飯だ。
それからリュックサックも渡された。
何も荷物なしで旅をするのは不自然だろう、との事。
確かに。
師匠の指示に従い、簡単な調理道具を詰めていく。
そして、システムキッチンを消した。
この時、指パッチンで消した。
あまりの格好良さに自己陶酔していたのは内緒だ。
『師匠キック』
と言われ、物理的にツッコミが入るまでは。
その後渡されたのが、今首から下げているアミュレットだ。
なんでも『大地母神』――つまり女神様の信者の証らしい。
俺は装飾品を身に着けるとイライラするタイプで、腕時計すらしていなかった。
だが、これは別だ。
なんか肩こりに効く気がする。
『師匠ダブルキック』
を食らった。
実家は仏教で、特にお参りへ行くわけでもなく、せいぜい葬式の時に頼るくらい。
どこにでもいる日本人的宗教感覚だった。
でも実際に女神様に会った。
体の不調を治してくれた。
特に髪の毛を増やしてくれた。
たくさんいるらしい神様からどれか選べと言われたら、間違いなく女神様――『大地母神』様を選ぶ。
ありがとう、髪の毛を増やしてくれて。
……またツッコミが来そうなので、この辺で止めておこう。
このアミュレットは、見える所に着けていると色々助かるらしい。
なので首から下げ、帝都へ向かった。
そうして今に至る。
リュックサックの包丁に魔術判別機のセンサーが反応して、この列に並ばされているらしい。
普通にしていれば問題ないので、大人しくしていろと言われた。
ちなみに師匠は、俺のフサフサの髪の中にいる。
フサフサ。
ここ大事。
試験に出るからね。
行列に並んでいる間、他の人に見えない師匠と普通に話していると、本当に怪しい人と間違われる。
あるいは、何らかの魔術を使っていると思われて連行される。
だから今は、師匠のテレパシーで会話している。
最初は戸惑ったが、慣れると面白かった。
待っている間、周囲から色々と情報も入った。
帝都へ入ろうとする人が多い理由。
原因は、どこぞの貴族が大規模な『勇者召喚』を行い、大量の勇者が召喚された事。
その勇者を利用しようと、帝都内外の貴族や有力者が集まっている事。
帝国以外からも来ているらしい。
さらに、勇者見たさに少し余裕のある人達が軽い旅行気分で集まり、商人も動き、人の流れが膨れ上がっている事。
街道のどこかで、大きなクリスタル結晶が忽然と消えた事。
勇者召喚。
クリスタル結晶の消失。
すわ、何か大事件の予兆か。
……等々。
いや、ごめんなさい。
前に並んでいたおしゃべりなおばちゃんが、勝手に話してくれただけです。
しかし内容が、昨日聞いた話とほぼ同じだった。
師匠。
おばちゃんの話に勇者召喚の話題が出る度に、髪の毛引っ張るの止めて下さい。
ちなみにクリスタル結晶は師匠ですよね。
えっ、毛根抜く?
すみません許して下さい。
列はスムーズに進み、最後は城門前だった。
水晶のような物に手を乗せ、名前を聞かれる。
それで終わりらしい。
担当の兵士が、俺の手元の水晶を見て目を細める。
「ん? おっ、ハイ・ヒュマか」
それから俺の首元を見る。
「悪さするんじゃないぞ」
「……そのアミュレットは『大地母神』様のものか。なら大丈夫か」
兵士は笑った。
「よし、通れ。ようこそ帝都アステリアへ」
そう言って通してくれた。
ハイ・ヒュマ?
悪さなんてしないよ。
そう疑問に思いながら城門を抜ける。
その先は――凄かった。
どう表現すればいいのか分からない。
城門前の人だかりも凄かったが、中はそれ以上だった。
綺麗に整えられた街並み。
規則正しく建てられた建物。
大きな道。
そこに溢れる人、人、人。
後で聞いた話だが、この首都だけで約二十五万人以上いるらしい。
日本で言うと、新潟県長岡市くらいの規模だそうだ。
それだけじゃない。
ファンタジーお馴染みのエルフやドワーフ。
色んな獣人。
角のある人。
羽のある人。
耳の長い人。
本当に色んな種族がいる。
『何を今さら驚いているんですか』
頭の中に師匠の声が響く。
『道中にもたくさんいたでしょうに』
『グスタンさんなんか、ドワーフとエルフの混血ですよ』
えっ。
その二種族、仲悪いんじゃ?
『そんな事ありませんよ。仲良いですよ』
『そんな事を言ったら笑われます』
『それにこの時代、もう色々混じり合って、純血の種族なんてほとんどいません』
そうなのか。
『そうそう、ヴァルナさん。さっき門番さんにハイ・ヒュマって言われてましたね』
『この世界で種族名に“ハイ”が付くと、純血という意味です』
『たまに天然の純血や、先祖返りで純血として覚醒する者もいますが、ただそれだけです』
『特別な力を持っているとかではありません』
『ヴァルナさんは転移者ですから、純血のハイ・ヒュマです』
『でも特別な事はありませんよ』
『むしろハイ・ヒュマって嫌われていますからね』
『言われたでしょう。“悪さするな”って』
『あれ、半分は冗談で、残り半分は警告です』
なにそれ。
俺なにもしないよ。
『この世界のハイ・ヒュマは色々やらかしているんですよ』
『そう、色々』
またいつもの不穏な話を。
『さっ、行きますよ』
『いいですか。渡したアミュレットを周りから見えるようにして歩くのですよ』
そう言われ、アミュレットを目立つようにして歩き出す。
凄い人混みだ。
活気がある。
色んな種族が、色んな格好をして生きている。
あちこちから店の呼び込みが聞こえる。
子供達が駆け回る。
街行く人々は皆、どこか楽しそうだ。
町も綺麗だ。
さすが帝都。
完全におのぼりさん状態でキョロキョロしながら歩いていると、子供や柄の悪そうな人に何度かぶつかった。
だが相手は、俺の首から下げているアミュレットを見ると、向こうから謝ってくれる。
いい人達だ。
『何言ってるんです』
師匠の声が冷たい。
『あれ全部スリやたかりですよ』
「えっ。でも何も取られてないし、因縁もつけられてませんよ」
『はぁ』
師匠がため息をつく。
『女神様に感謝なさい』
『そのアミュレットは『大地母神』様の高位神官の証です』
『皆、女神様の威光に恐れおののき――』
『いえ、バチが当たるのを怖がっているんですよ』
『人気ありますからね、女神様』
「そんな。俺、神官でもなんでもないですよ」
「しいて言えば、ただの信者ですよ」
『ヴァルナさん、お上りさんですからね』
『絶対トラブルに巻き込まれるので、魔除けですよ魔除け』
『慣れたら返してくださいね』
とほほ。
確かにこれが無ければ、今頃オケラか簀巻きになっていたのだろう。
文句は言えない。
これだけ人がいれば、悪い奴がいても仕方ないか。
歩きながら、師匠に簡単な町の紹介を受ける。
商業ギルド。
それに隣接する市場。
いい匂いがして屋台に吸い寄せられ、その度に『師匠キック』を食らった。
木工ギルド。
鍛冶ギルド。
商店街や住宅街を通り抜ける。
そして、それはあった。
『大地母神』様を祀る神殿だ。
なんだか懐かしい気がする。
天界で感じた、大地の温かさ。
包み込むような優しさ。
その気配に似ていた。
そのまま中へ入り、礼拝所で師匠に座って待っているよう言われる。
『勝手にうろうろして、迷子にならないでくださいね』
しませんよ。
そう言って、備え付けの長椅子に腰掛ける。
礼拝所の正面には、大きな女神像がある。
天界でお会いした女神様に似ている。
でも、少し違う気がする。
本物の方がもっと美人で。
もっと優しくて。
それでいて、少し腹黒い笑顔を――。
その瞬間、背筋に寒気が走った。
慌てて辺りを見回す。
女神像が一瞬、あの腹黒い笑顔をした気がした。
“ハゲますか?”
と聞こえた気がする。
ゴメンナサイ。
スミマセン。
ユルシテクダサイ。
俺は即座に五体投地で許しを請う。
『まったく、何をやっているんですか』
呆れた声が頭上から聞こえる。
顔を上げると、師匠と――笑っている神官さんがいた。
『目を離すと、すぐ問題を起こすんですから』
人を問題児みたいに言うな。
ただ異世界に来て、少しはしゃいでいるだけだ。
「まあまあ、そんなに怒らずに」
神官さんが柔らかく笑う。
「で、こちらが新たな転移者殿ですかな」
そう言って、こちらへ向き直る。
「私、『大地母神』神殿にて神官職をさせて頂いております、ブラスと申します」
「よろしくお願いします」
「あっ、はい」
俺は慌てて立ち上がる。
「ヴァルナ・ヴァーミルストと申します。こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を握る。
なんだろう。
値踏みされている気がする。
いや、間違いなくされているのだろう。
転移者だとバレているようだし、師匠と普通に会話している。
師匠の姿が見えて話も出来る。
かなり徳を積んでいる人なのに違いない。
しかし。
手が痛い。
握力が強い。
離してくれないかな。
「では、ご案内します」
ようやく手を離してくれたブラスさんが歩き出す。
『ほらほら、置いていかれますよ』
師匠が、もはや定位置となった俺の頭に乗り、ついて行くよう促す。
「あっ、あの。転移者という事は……」
「ええ、ええ。内緒にしておきますよ」
ブラスさんは含み笑いを浮かべる。
「候補生様もついていますし、問題ないでしょう」
『ブラス』
師匠が少し低い声で名を呼んだ。
「失礼しました」
ブラスさんはすぐに言い直す。
「案内役の方がいらっしゃるので、安心しました」
「それに、そのアミュレットを着けられる方ですから」
また訳が分からない事を言う。
ねぇ皆さん。
俺に秘密多すぎません?
あと、その含み笑い止めて。
「どうです、初めての帝都は良い街でしょう」
歩きながら、ブラスさんが楽しそうに語る。
「人口も大陸一ですし、人口の多さに対しては犯罪も少ない」
「経済も回っている」
「これからご案内する場所も再開発が始まっています」
「ますます人口が増えていきますよ」
「もっとも、その分問題も増えそうですが」
そこでブラスさんは、少しだけ声を落とした。
「お聞きになりましたか? 大規模な『勇者召喚』」
「それを巡って、周辺国も巻き込み、きな臭くなり始めています」
「ヴァルナさんも巻き込まれないようにして下さい」
だから。
フラグを立てないで。
フラグを。
それから街の紹介を受けながら、一時間ほど歩いた。
疲れた。
てっきり馬車か路面バスでもあるかと思ったが、ないらしい。
地下鉄を作る計画はあったそうだ。
だが、この規模の街になると、今さら地面を掘るわけにもいかないらしい。
古い建物もある。
長い歴史ある街だけに、色々と難しいようだ。
案内されて連れて行かれたのは、帝都の南東。
再開発地区。
二百年戦争で壊滅的な破壊を受けた帝都南東部。
ここ百年ほど手つかずだった場所を、ここ数年、国主導でようやく再開発し始めたらしい。
なぜ百年も放置だったのか。
すぐに分かった。
いや。
帝都に入ってから、ずっと気になっていたのだ。
これ。
クリスタルの結晶じゃない。
クリスタルの山だ。
とてつもなくでかい。
『ヴァルナさんに解りやすく言うと、東京ドーム六十個分くらいですかね』
『端から端まで歩けば、普通の人で三十分くらいです』
確かに、こんなのがあったら無理だ。
このクリスタルの山の周囲を囲むように、南側と東側を再開発しているらしい。
西側はほとんど被害がなかったそうだ。
北側へ少し行くと、王侯貴族が通う帝国学園があるらしい。
ブラスさん曰く、最近では裕福な市民や優秀な庶民も通うようになっているとか。
そして二年前。
卒業パーティーでこの国の第一皇子が婚約破棄を宣言。
そこへ第一皇女が乱入。
第一皇子をコークスクリューパンチで沈めるという、ざまぁ劇が帝国中を賑わせたそうだ。
残念。
見たかった。
そして目の前。
クリスタルの山の麓。
北西の角。
道に面した場所に、一軒の家があった。
家の後ろ半分は、クリスタルに呑まれているように見える。
「どうぞ、こちらです」
ブラスさんが鍵で扉を開ける。
中へ案内される。
そこは、カウンターだけの小さな食堂らしき場所だった。
埃っぽいが、作りはしっかりしている。
入口すぐにカウンター。
奥には厨房。
さらに奥へ続く扉もある。
俺が呆然としていると、ブラスさんがゆっくり振り返った。
「さぁ、ヴァルナさん」
「ここが、あなたの新たな生活の場ですよ」
師匠のニューワールド講座①
~貨幣と暦の基本ですよ、ヴァルナさん~
『授業を始めます。寝たら蹴りますよ』
「学校かよ」
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■貨幣価値
この世界の通貨単位は G です。
超帝国時代から続く規格で、かなり広く使われています。
ざっくり 1G=1円感覚で考えると分かりやすいですね。
金額目安
1G水一杯
100G軽食
500G庶民向け定食
3,000G安宿一泊
180,000G一般的な月給目安
※地域差あり。
※都会は高い。田舎は安い。世知辛いですね。
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「月給十八万……意外と堅実だな」
『以前の二万案は国家崩壊レベルでしたからね』
「誰のせいだよ」
『作者です』
(初期設定とは雑なものです)
「メタやめろ」
『あと食材が強い世界です』
「それ何」
『後で分かります』
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■暦
一年は 360日。
•一週間:7日
•一か月:30日
•一年:12か月
かなり地球と近いです。
「都合よすぎない?」
『作者に言ってください』
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■月名
超帝国由来で月名も地球に近いです。
January
February
March
……
November
December
「まんまじゃねぇか」
『転生者案件ですね』
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■師匠の補足
この世界、文明レベルがちぐはぐなのは
色々な転生者が好き勝手やった結果でもあります。
「またチーターか」
『はい、だいたいチーターのせいです』
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作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




