3 魔術じゃない何か
解せぬ。
俺は今、先程の騒動の場所からかなり離れた街道脇で、正座させられ説教を受けている。
解せぬ。
師匠の言う通りにしただけなのに。
『聞いてますか、ヴァルナさん。だいたいですねぇ――』
頭上でぷんすか怒る師匠。
なんか途中から、
なんかメタボ体型とか、ハゲとかハゲとか
と、関係ない方向に話が逸れている気がする。
ハゲはもう治ったでしょうに。
『ハゲたいんですか!!』
「いえ、結構です」
大人しくしておこう。
周囲の視線が痛い。
どうせ場所を変えるなら、人のいない所にして欲しかった。
しかし、あの後が大変だった。
突然現れた巨大なキッチンスタジアム。
何事かと集まる人、人、人。
その上、師匠はなんかUFOみたいに高速で飛び回っていた。
ふーん。
あんな慣性の法則を無視した飛び方できるんだ。
さすがファンタジー。
などと感心していたら。
「おい! これをやったのは貴様か!」
兵士みたいな人達に囲まれた。
しかも槍を突き付けられている。
えっ。
戦争終わったんじゃないの。
「答えろ! 貴様、何者だ!」
突然槍を向けられ、頭が真っ白になる。
舐めるなよ。
平和な日本育ちだぞ。
怖くて、一言も喋れない。
膝も震えている。
助けてぇ。
じりじりと近づいてくる槍の穂先。
その度に恐怖が加速していく。
漏らさなかった事だけは褒めて欲しい。
「待て」
突然、凛とした女性の声が響いた。
その声のおかげで、少しだけ周囲を見る余裕ができる。
馬に乗った騎士達。
しかも明らかに周囲とは違う。
装飾も装備も、一段格上だ。
その騎士達が、兵士達のさらに外側を取り囲んでいた。
「お前達は下がれ。周囲を固めろ」
「はっ!」
命令を受けた兵士達が、一歩下がる。
それでも槍先は俺に向けられたままだ。
だが、今なら解る。
兵士達の手も震えていた。
何に怯えている。
怖いのは俺だよ。
何もしてないし、できないよ。
「おい、貴様」
馬上の騎士の中でも、一番立派な装備をした騎士が俺を睨む。
よく見ると女性だ。
女騎士。
かっこいい。
「その建物を作り出したのは貴様かと聞いている」
「誤魔化しは効かんぞ」
「下手な嘘や怪しい行動をしたら――」
周囲の騎士達が剣を抜く。
オワタ。
「貴様は何者だ」
「どこに属している」
「何が目的だ」
「答えろ」
詰問されているというのに、俺は何を考えていたのだろう。
綺麗だなぁ。
なんて思ってしまっていた。
余裕のない時ほど、変な方向に思考が飛ぶらしい。
「なぜ答えぬ!」
女騎士が苛立ったように声を荒げる。
「答えねば捕らえて――」
その時だった。
周囲から感嘆の声が漏れる。
なんだ?
振り返る。
キッチンスタジアムが光の粒子となり、崩れ始めていた。
「なっ……捕らえよ!」
女騎士は、俺が何かしたと思ったのだろう。
騎士達が一斉に動き出――さない。
止まっている。
騎士達だけじゃない。
兵士達も。
遠巻きに見ていた人々も。
鳥の羽ばたきも。
木々のざわめきすら。
世界そのものが止まっていた。
そして。
キッチンスタジアムが完全に消えた後。
師匠が俺の頭上に現れ、淡く光り始める。
『さっ、行きますよ』
そう言って頭に乗る。
次の瞬間。
空間が跳んだ。
◇ ◇ ◇
ヴァルナと師匠が消えた後。
残された者達は混乱していた。
自分達が、何をしていたのか解らない。
騎士達は抜剣している。
兵士達は何かを囲むように配置についている。
だが。
そこには何もない。
周囲を見回しても、変化はない。
いつもの街道だ。
――違う。
確か、この辺りには巨大なクリスタル結晶があったはず。
周囲は何も変わっていない。
ただ。
クリスタル結晶だけが消えていた。
「姫様」
「ああ、全隊仕事に戻れ」
その命令で兵士達は敬礼し、巡回へ戻っていく。
街道の人々も歩き出した。
まるで何事もなかったかのように。
女騎士は、誰にも聞こえぬよう小さく呟く。
「まるで、おとぎ話のフォクス族の幻影話みたいだな……」
「それとも、ガラス靴姫物語の……魔法……?」
「ばかな……」
◇ ◇ ◇
そうして俺は今に至っている。
あそこから二、三時間ほど歩いた場所らしい。
『ああ、絶対怒られる……』
師匠が頭上でぶつぶつ言っている。
『絶対に……奇跡を使ったの誤魔化せませんし……』
『下手したら太陽神の使徒どころか、太陽神が直々に……』
『いゃー! ボーナスの査定がぁ!』
『この間買ったボッチのカバンのローンがぁ!』
なんだその、お約束みたいなブランド名は。
というか、本当に天界は会社なのか。
『ヴァルナさん』
「はい」
先程までの情けない空気が一変する。
兵士達に槍を向けられた時より怖い。
何か見えない刃物を首に突き付けられているような圧。
お漏らしだけは耐えろ。
俺は五十歳だぞ。
『いいですか』
『先程起こった現象は、あなたの料理スキルの暴走です』
『天界の存在である私が手を貸した事で、近くにあったクリスタル結晶が反応し、暴走したのです』
『いいですね?』
『決して“魔法”が発現したわけではありません』
「魔法?」
『スキルです。スキル』
『料理スキルの暴走です』
「は、はい!」
もう泣いていいよね。
大きい方じゃなかった俺を誰か褒めて。
『ふぅ、くさい』
そう言って師匠が少し離れる。
途端にプレッシャーが消えた。
いつもの暖かい雰囲気に戻る。
師匠、その優しさを少し下さい。
もう泣きます。
『洗浄』
師匠が一言唱える。
すると、先程まで感じていた不快感が綺麗さっぱり消えた。
「これが……」
『生活魔術の《洗浄》ですね』
『そのうち覚えましょうねぇ』
『私は案内係で、介護係じゃないんで』
「はい師匠。一生ついていきます」
俺の尊厳を守って頂き、ありがとうございます。
『お漏らしさん、日が暮れてしまいますよ』
『行きますよ』
お願いだからバラさないで。
痺れて感覚のない足をつつかれながら、俺は涙するしかなかった。
『疲れた〜』
とか言いながら頭の上に乗った師匠を振り落とす訳にもいかず、再び街道を歩き始める。
ようやく少し質問する余裕が出てきた。
「あれ、すぐ兵士とか騎士とか来ましたけど、治安悪いんですか?」
『そんな事ないですよ』
『騎士達はたまたまいたみたいですし、兵士は普通の巡回ですね』
『たまにいるんですよ。野生動物がクリスタル結晶の小さいものを餌と間違えて食べてしまって』
『それが何個か体内に溜まると、魔物になるんです』
おお。
お約束だ。
冒険者とか、冒険者ギルドとか――。
頭上から冷たい視線を感じた。
『冒険者も冒険者ギルドもありませんよ』
「ええっ!?」
一番のお約束ですよ!?
『そんな危険な人や組織、まともな国なら即潰します』
『なんですかその国の治安組織にも属さない個人で英雄級の武力とか』
『国の命令を聞かない複数国家にまたがる武装組織とか』
『治安と国体維持の脅威の塊じゃないですか』
たしかに。
言われるとそうだ。
『でも、今言った魔物とか山賊とかは?』
『ない、ないです』
師匠は即答した。
『動物が魔物化した程度なら、巡回兵士で十分対処できます』
『強い魔物や大規模な賊が出ても、騎士団が国の威信をかけて殲滅しに来ますよ』
『それに、ほらあれ』
示された方向を見る。
神官のような人達が、大きなクリスタル結晶を囲み、何か儀式をしていた。
その周囲を聖騎士らしき人達が守っている。
師匠は俺のフサフサの髪に潜り込みながら言った。
『あれは《解放》の儀式ですね』
『やっているのは太陽神の神官達です』
ああ、だから隠れて――いてぇ。
髪を引っ張られた。
それにしても聖騎士。
憧れる。
昔TRPGやると、よく選んでたなぁ。
オンラインゲームでは駄目だった。
最後幻想シリーズでタンクやったら、下手すぎて味方に迷惑かけまくった。
『聖騎士は太陽神の所しかいませんから』
『なんか“至高の”とか“正義の”とか堅苦しいので、用事がない限り近づかないでくださいね』
何それ。
どっかの美食倶楽部かよ。
……ん?
料理スキル、変なフラグ立ちそうだな。
うん、近づくのはやめよう。
『《解放》って?』
『クリスタル結晶は、神々の力の残滓です』
『魔術や魔動車の動力源にもなりますし、魔物化の原因にもなります』
『つまり基本、地上にあってはいけない物なんです』
『特に、まだ神力が残っている物は危険ですから』
『儀式を行い、神力を《解放》して天へ還しているんですよ』
なるほど。
『聖騎士達は、その神力が悪用されないよう護衛している訳です』
「成程。それにしても凄い人数ですね」
『《解放》を独力で出来るなんて、徳を積みまくった高位神官か、神々の使徒クラスですよ』
『それ以外は、ああやって人数で押し切ります』
『ちゃんと手順を踏めば問題ありません』
『ほら、さっきヴァルナさんが暴走させた時、クリスタルが消えてたでしょう?』
『あれ、私がいた事もあって、スキルが反応してエネルギーになったんですよ』
全然気づかなかった。
すごいなファンタジー。
『でも危険じゃないですか?』
『そんなエネルギーの塊が、あちこちにあるなんて』
『だから巡回してるんですよ』
師匠はため息をついた。
『戦争終わっても軍人さん忙しくて』
ぶっそうだ。
安全な街に引きこもろう。
日が暮れ始めた頃。
小さな宿場町が見えてきた。
『帝都へ向かう人達の最後の宿場町ですねぇ』
『おかしいな、いつも人多いですけど、ここまでじゃないのに』
本当に人が多かった。
人人人。
まるで――。
『そのネタ、後に取っておいた方がいいですよ』
師匠が呆れた声を出す。
『帝都はもっと凄いですから』
『それより急がないと宿取れませんよ』
「あ、お金持ってないんですが」
『安心してください』
『女神様から当分の必要経費は預かっています』
『どっかの王様じゃないんですから』
『でも領収書お願いしますね。経理がうるさいので』
もう、天界が会社なの突っ込むのやめよう。
その後、人混みをかき分け宿を回ったが、どこも満室。
ようやく親切な宿屋の人が教えてくれた。
泊まれなかった人達が集まり、外れにテント村を作っているらしい。
そこなら何とかなるかもしれないと。
移動すると、完全にキャンプ場だった。
トイレも炊事場もある。
帝都で祭りなどがあると、こうなるらしい。
レンタルテント代を払い、指定された場所へ向かう。
かなり隅だ。
周囲には荷車が多い。
どうやら商人エリアらしい。
テントを張ろうとしたが、不器用すぎて張れない。
見かねた隣の人が手伝ってくれた。
名前はグスタンさん。
近くで野菜農家を営んでいるらしい。
帝都へ出荷に向かう途中、この渋滞に巻き込まれ、荷車が壊れたそうだ。
荷崩れを起こし、野菜もかなり傷んでいた。
「ついてない時は、本当に次から次へと来ますよねぇ」
苦笑いするグスタンさん。
あるよね。
本当に。
なんとかしてやりたい。
でも俺一人で買える量なんて、たかが知れてる。
傷んだ野菜は足も早いし。
そんな話をしていると、周囲で火を囲んでいた親子連れが会話に入ってきた。
どうやら帝都で大規模な《勇者召喚》が行われたらしい。
その恩恵に預かろうと地方貴族や有力者が押し寄せ、さらに野次馬も集まり、商人も動き――結果、この大混雑になったそうだ。
ちなみに師匠は《勇者召喚》の話を聞いた瞬間、俺の髪が抜けるんじゃないかってくらい掴んだ。
今は天界と交信中だ。
しばらくして戻ってきた師匠は、げっそりしていた。
『駄目です』
『天界も予想外だったらしく、気づいた時には止められない状況で』
『大量召喚されたみたいです』
『その対応に追われてるので、与えられた任務を果たせと言われました』
そ、そうか。
ホワイトと思っていたけど、案外ブラックなのか天界。
「ママ、お腹減ったー。もう栄養クッキーやだー」
先程の親子連れの女の子が、むくれていた。
どうやらまともな保存食は食べ尽くし、この騒ぎで買い足しも出来なかったらしい。
俺も晩飯を買い損ねた。
買えたのは保存食じゃなく、非常食だ。
昼も食べ損ねたし、まともな飯食いてぇ。
その時。
ふとグスタンさんの荷車を見る。
傷んだ野菜。
『……』
頭上の師匠と目が合う。
『いいですか』
『今度は暴走させたら駄目ですからね』
お願いだから髪引っ張らないで。
「グスタンさん」
「傷物の野菜、売ってくれませんか?」
「傷んだ野菜はもったいないですが、捨てるだけなんで、タダでいいですよ。何個かお好きなのを持って行って下さい」
グスタンさんは、申し訳なさそうに荷車の方を見ながらそう言った。
荷崩れした野菜達は、たしかに商品としては厳しいのだろう。
葉は少ししおれ、土まみれになった物もある。
だが、まだ十分食べられそうだった。
「いえいえ、それなりの量欲しいので」
俺はそう言って、グスタンさんと一緒に荷車へ向かう。
適当に傷み具合を確認しながら、使えそうな野菜を選び、お金を払った。
正直、なぜかは解らない。
でも――やれる気がした。
さすがに皆が囲んでいる場所でやる訳にはいかない。
少し離れた空きスペースへ移動する。
頭の上では、師匠が不安そうにぐるぐる飛び回っていた。
『いいですね、イメージですイメージ』
『もう変なの駄目ですからね』
『大丈夫、焚火さえ召喚できれば、今回は特別に手伝ってあげますから』
『さぁ』
「はい」
今回はちゃんとやる。
イメージするのは、焚火。
その上に鍋を置ける、簡単な調理スペース。
よし、完璧だ。
『さぁ、焚火のイメージが固まったら、それを目の前に設置して――』
『いざ』
『ア・レ・キュイジーヌ(料理開始)』
――って、あれ?
今回は変なのイメージしてないぞ?
ちゃんと焚火をイメージしたぞ?
なのに。
目の前に現れたのは。
小さいながらも、とても使いやすそうなシステムキッチンだった。
調理台完備。
コンロ完備。
調理器具一式完備。
調味料まで揃ってる。
しかも冷蔵庫まである。
なんで。
痛い痛い痛い。
師匠が髪を引っ張る。
『何やっているんですか!』
『あれほど料理スキルを使いなさいって言ったでしょう!?』
『なんで料理魔法使っているんですか!!』
『どんだけ証拠隠滅に《奇跡》使ったと思っているんですか!!』
「だから俺はイメージしただけで!」
痛い痛い!
抜ける!
せっかく復活した髪が!
髪を抜きそうな勢いの師匠をなんとか宥めていると、グスタンさん達が近づいてくる。
親子連れや、先程一緒に火を囲んでいた人達もだ。
特に、あの女の子が真っ先に走ってきた。
「わぁー! すごい!」
「とっても綺麗なキッチンだぁ!」
「ねぇねぇおじちゃん、料理するの!?」
「何作るの!?」
「わたし、あったかいスープ飲みたい!」
子供は怖いもの知らずだなぁ。
普通、突然こんなの出たら警戒するだろうに。
親御さんが慌てて女の子を止め、謝ってくる。
「すみません、この子――」
「いえいえ、気にしないで下さい」
俺は苦笑しながら答える。
さて。
冷蔵庫に何が入っているかな。
扉を開ける。
「おお……」
なんだこれ。
便利すぎる。
冷蔵庫を開ける。
おお、肉がある。
一番手前にあった牛肉を手に取る。
その瞬間――
(……あ)
頭で考えるより先に、感覚が伝わってきた。
いい肉だ。
色、張り、脂の乗り方。
焼けば、ちゃんと旨くなる。
……なんとなくだが、分かる。
(これなら、いけるな)
他の食材にも手を伸ばす。
鮮度がいい。
火を入れれば甘みが出る。
逆に、触れた瞬間に「やめた方がいい」と感じるものもある。
(……これは、危ないな)
理由は分からない。
だが、感覚がはっきりと告げてくる。
「……これ、料理スキルの効果か?」
『ああ、料理スキル(魔法)の一つ、《食材鑑定》ですね』
師匠が投げやり気味に説明してくれる。
『料理に関する事だけに働くスキル(魔法)です』
『レベル1でここまで解るなんて便利ですねぇ、料理スキル(魔法)』
なんか最後の方、雑じゃない?
でも本当にすごいなぁ。
完全にゲームだ。
『今回は時間がないので、手伝ってあげます』
師匠が示した場所を見る。
そこには、よく知っている市販のシチューの素があった。
おお!
これは助かる!
かなり時間短縮できるぞ。
『いいですか』
『いくら料理スキル(魔法)があるとはいえ、料理を作るのはヴァルナさん、あなたです』
『物語みたいに杖を振って完成品が出てくるのは、もっともっとレベルを上げてからです』
『だから、きちんとその手で料理をして、熟練度を上げましょう』
『はい、まず野菜の皮むきから』
『早くしないと夜が更けてしまいますよ』
「はい!」
急がないと。
俺はシステムキッチンに備え付けられていた包丁を取り出し、野菜の皮をむき始める。
……あれ?
俺、包丁で皮むいた事ないぞ?
いつもピーラーだったのに。
なのに。
むける。
『言ったでしょう?』
『今回は手伝ってあげるって』
おお。
ありがとうございます師匠。
しかもサポート性能が半端ない。
あっという間に野菜の皮がむけ、丁度良い大きさに切り揃えられていく。
次は肉。
こちらも知らない手順が、勝手に頭に浮かぶ。
その通りに処理していく。
すげぇ。
料理してる。
俺、料理してるぞ。
そして全ての材料を圧力鍋へ投入。
蓋を閉める。
これで時短できるはず。
ふう、と一息つき顔を上げる。
すると。
いつの間にか人だかりが出来ていた。
どうやら匂いにつられて集まってきたらしい。
先程の女の子なんて、圧力鍋をキラキラした目で見つめている。
「まってな、もうすぐ出来るから」
「うん!」
さて。
足りるかなぁ。
仕方ない。
もう一鍋作るか。
しかしこの冷蔵庫すごいな。
在庫尽きないぞ。
えっ、本当は料金払わないと駄目なんですか?
今回だけ後払い?
世知辛い世の中ですねぇ。
二回目の調理は少し大変だった。
師匠がサポートを弱めたらしい。
修行だそうだ。
「うわっ」
包丁で手を切りそうになりながら、なんとか下準備を終える。
その頃。
最初の圧力鍋が完成したらしい。
よし。
蓋を開ける。
ぶわっと、ホワイトシチューの香りが夜空へ広がった。
周囲から感嘆の声が漏れる。
女の子なんて、目が落ちそうなほど輝いている。
可愛いなぁ。
俺は少しだけシチューをすくい、味見した。
「……うまっ」
過去一だ。
これが料理スキルの力か。
驚いて師匠を見ると、満足そうに頷いていた。
『私が手伝ったとはいえ、初めてでこれなら上出来ですね』
『まぁ、素人より少しまし程度ですが』
『まだまだレベル1。修行あるのみですよ』
これでレベル1。
レベル上がったらどうなるんだ。
ぐぅ〜。
誰かのお腹が鳴る。
そうだ。
早く配らないと。
――しまった。
皿がない。
慌てていると、集まった人達は旅用の携帯食器を取り出した。
旅の必需品らしい。
なるほど。
俺は女の子を先頭に、出来立てのシチューを配っていく。
途中、親御さん達も配膳を手伝ってくれた。
その間に、俺は三つ目のシチューを作り始める。
お代はいらないと言ったのに、皆「礼だ」と言ってお金や保存食を置いていく。
気づけば。
宿泊場はちょっとした宴会状態になっていた。
誰かが酒を持ち込み、飲み始める者もいる。
帝都近くとはいえ、宿に泊まれなかった人々。
そんな彼らにとって、この夜は忘れられないものになっただろう。
そして。
それを空高くから眺めていた師匠は、小さく呟く。
『大地母神様……ようやく解りました』
『なぜ私がヴァルナさんの案内役に選ばれたのか』
夜空に浮かぶ小さな光。
静かに微笑む。
『最初は、なんで私がと思っていましたが』
『必ずや導いてみせます』
そして。
彼女は遠く下で料理を振る舞うヴァルナを見下ろしながら、高らかに宣言した。
『覚悟して下さい、ヴァルナさん』
『天界で、数々の究極を名乗る料理人達を打倒してきた、この私が――』
『徹底的にしごいて、至高の料理人にしてみせます!』
『はぁーっはっはっはっ!!』
雲一つない星空。
誰に聞かれる事もなく。
師匠の高笑いだけが、静かな夜空へ響き渡っていた。




