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34 徹夜のしすぎかなぁ

皆さんこんにちは。

もしかしてこんばんは、でしょうか。

エルミナ・フェルディアです。


えっ、「オッス」は言わないのかって?

私は、グスタン様の野菜は大好きですが、野菜星人ではありませんし、

八時から始まるコント番組のリーダーでもありません。

ただの帝国市民です。


確かに、生まれはフェルディア子爵家の三女ですが、家督も継げぬ身。

帝国学園を卒業した、ただの一市民です。


両親と家を継いだお兄様のご温情で、一代限りですがフェルディア家の名を名乗る事を許されています。


……まあ、学生のうちに婚約者を決められなかった負い目もあるのでしょう。


子爵家とはいえ、そこまで裕福ではありませんでした。

領地には大した特産もなく、のんびりと農業をしているだけ。

大きな商いをするわけでもなく、堅実な領地経営をしている家です。

分をわきまえているのでしょう。

先祖代々、商才のある者はいませんでしたから。

圧政もなく、商人に騙される事もなく、特定の派閥に組み込まれる事もなく。

ただコツコツと義務を果たしてきた一族です。


自慢じゃありませんが、兄を含め、上二人の姉も帝国学園大学部まで卒業したのですよ。

長女も次女も、それぞれ別の子爵家へ嫁ぎ、領地経営に携わっているとか。


まあ、そんな何の取り柄もない子爵家の三女など、政略結婚のあてもなく。

貴族の血を欲する欲深い商家に嫁ぐ理由もなし。

帝国政府の役人として、帝国と帝室に忠誠を捧げ、生きていくつもりでした。


……それなのに、どうしてこうなっているのでしょう。


なぜ私は、今所属する商業ギルドの事務室ではなく、

飲食店の事務室で、延々と書類を店主の代わりに書いているのでしょう。


もう何日目でしょうか。


店名も決まらぬまま、なぜか申請が通っていた営業許可。

えっ、「担当は私で、チェックしたのも通したのも自分自身だろう」ですって?

……なんの事やら。黙秘します。


お陰で、全部やり直しです。


ほら、配管工ブラザーズ。

とっとと図面を引き直してください。


……いけないいけない。


私まで店主――ヴァルナさんの呼び方が移ってしまいました。

赤い服を着た金髪がマレオ・フロラン。

緑の服を着た黒髪髭がルイネル・ステラ。

兄弟でも何でもないし、“配管工”でもない。

れっきとした商業ギルド技術職員です。

服もただの作業着ですし、なんなら商業ギルドに戻れば黄色や青色もあります。

オーバーオールだって何色かある。

なのに、なぜ配管工ブラザーズと呼ばれるのでしょう。

……まあ、なぜかしっくり来るのですが。


話が逸れましたね。



そう――全ては、

帝国学園中等部でアンリちゃんと席が隣だった事から始まります。

名前順で座った席。

最初は、クラスが一緒なだけでも震えました。


第一皇女アンリシア・ヴァレリア・ソルヴェイン・エーテリア・アステリア殿下


帝室の方の隣など、地方貴族の私には一生縁のない事。

せいぜいデビュタントで、一目見る事ができるかどうか。

そんな私に、気さくに声をかけて頂き、名前まで覚えていてくださった。

なんでも、クラス全員の名前を覚えているとか。



どれだけ感激したか。

……返せ、全部。

ごほんごほん。



授業中には、よくちょっかいをかけられました。

教師に一緒に怒られ、廊下に立たされたものです。

私は真面目に授業を受けたいのに。

その後、真面目に授業を受けノートを取っていた、

お付きのサフィール伯爵家令嬢――ミレディア様に、アンリちゃん共々小言を言われ。

図書室でノートを写させてもらい、勉強を教えてもらったのも良い思い出です。


……そういえば、この頃にはもう“アンリちゃん”と呼んでいましたね。


明らかに不敬ですが、そう呼んでくれとお願いされたのです。

アンリちゃんの傍には、ミレディちゃんしかいない。

寄ってくるのは、“アンリちゃん”ではなく、“第一皇女”に寄ってくる者ばかり。

私もそうでしたけど、あんまり授業の邪魔をしてくるから、

一度キレて怒った事があるんです。


その時以来でした。

アンリちゃんと呼んでくれと言われた時、気づいたんです。

ああ――ミレディちゃん以外、誰もいないんだ、と。


それに噂で聞いていました。


アンリちゃんは、ハイ・エルフの先祖返りだと。


それがどれほど重い運命か。

現在、この世界唯一のハイ・エルフ。

これから彼女は、長い時を一人で生きていく。

同じ時を生きた思い出が欲しいのだ、と。


同情だったのか、友情だったのかは分かりません。

でも、そう呼ぶ事にした。

不敬と言われても構わない。


一緒に授業を受けた。


怒られて廊下に立った。


図書室で勉強した。


だって、その時間は嘘じゃなかったから。


それからは大変でした。

第一皇女殿下の傍にいてもふさわしい様に、努力した。

陰口も、意地悪もされた。

その度に助けてくれるアンリちゃんとミレディちゃん。

私も堂々と立ち向かいました。

だって私は、アンリちゃんの後ろに隠れているんじゃない。

横に並ぶんだから。


本当に苦労しました。


学級委員長アンリちゃんの、学園への報告書づくり。


文化祭や運動会の、アンリちゃん発案イベントの企画書づくり。

なお、作成は私。


生徒会書記として、生徒会長アンリちゃんが起こすイベントの書類づくり。


その他もろもろ。

……書類仕事ばかりしていた気がします。



……あれ?

もしかして私、昔からアンリちゃんの尻拭いばかりしてない?



そして帝国学園大学部へ進学し、卒業の時。


第一皇女付き書記官として来ないか、と言われました。


嬉しかった。

……でも断った。


今その立場を受け入れたら、周囲から“コネ”だと思われる。

どの派閥からも相手にされない地方貴族の娘の私でも、それ位は分かります。

他の皇族や貴族の、格好の攻撃材料になる。


何の後ろ盾もない私が、帝宮で堂々とアンリちゃんの隣に立つには、周囲に実力を示すしかない。

だから、必ず実力ではい上がり、その席を掴み取ってみせると告げました。

アンリちゃんは、そんな私の決意を黙って聞いてくれて。


「わかった。なら、お主の席は空けておくから、早く上がってこい。」


そう言って、笑って送り出してくれました。


だからでしょう。

両親も、お兄様も、フェルディア家の名を名乗る事を許してくれたのは。

その席に着く為には、貴族の籍が必要だから。

私が“フェルディア家の娘だ”と名乗れるように。


感謝しかありません。



それから辞令を受け、配属されたのは商業ギルド。

ただの一職員として、役人人生が始まりました。


しかし、ここはなんなんですか。

無駄な書類が多すぎる。

書式も時代遅れな物ばかり。

伝統と格式らしいですが、時間の無駄です。

でも、ただの新人にそんな事を言っている暇はない。

次から次へと書類が来る。


原因はあれです。


次から次へと来る書類と、女性上司――俗に言う“お局様”。


ここに配属された同僚を含む若い女性達は、この書類地獄に嫌気が差し。

本来は新人教育の一環であり、交代制であるはずの受付業務へ行き。

商業ギルド所属の将来有望な商家の男性と仲良くなり、寿退社を狙う。


帝国学園大学部卒で、教育も受けている。

貴族の血も流れている。

優良物件として人気です。


そして、そこで上手く相手を捕まえられなかった先輩の嫌がらせ。


……別に、結婚が全てではないでしょうに。


これ以上は止めておきましょう。

プライバシーの侵害です。

彼女達には彼女達の、私には私の考えがあります。



あとあれですね。


貴族出身職員の腐敗。


全てとは言いません。

ですが、実家が商売に失敗すると、巻き込まれる形で不正に手を染める者が出る。

そして利権争いを始める。


そのしわ寄せが、下に来るのです。


やってられない、と思った事は何度もあります。

だけど、アンリちゃんとの約束を守る為にも頑張った。


お陰で主任になれました。


このまま頑張って、上へ行くのです。

ちなみに、不正には巻き込まれていません。

実家は何の旨味もない田舎の子爵家ですし。

時々来るんです。


アンリちゃんとミレディちゃんが。


お陰で、私の背後には第一皇女殿下と伯爵令嬢がいる事は知られている。

そんな存在を巻き込む馬鹿は、流石にいなかったようです。

その代わり、閑職へ回されました。

中央にいては目障りなのでしょう。

それでも頑張りました。

負けてたまるか、と。


いつかお前達を、汚職容疑で粛清してやる、と。



いけないいけない。

またテンションが上がってしまいました。

それにしても、部屋の外がうるさいわね。

こっちは書類を書いているのに、静かにして欲しいわ。



さて、そんな風に頑張っていた時でした。

アンリちゃんが、職場にお願いがあると来たのは。

なんでも、少々訳アリの店があり。

詳しくは言えないが、とても大事な店らしく。

潰れてもらっては困るとの事。

潰れると、かなり厄介な問題になるらしい。

帝室の機関は、この件では大っぴらに使えない。

個人的に信頼できる私にしか頼めない、と。

そこまで言われたら動くしかありません。

問題も税金や店舗経営関係との事で、普段の業務にも関わっていますし。

引き受けました。


そして調べると、確かに訳アリそうでした。

本来『大地母神』神殿管轄だった、帝都名物“クリスタルの山”と、その管理施設である観光案内所が、個人所有へ変更されている。

そのくせ、光熱費支払いや特区扱いはそのまま。

裏で色々動いていそうです。

確かにこれでは、下手に帝国機関など動かせない。

誰がどこに繋がっているか分からないから。


最近は隣国や貴族間の問題だけでなく、皇族内での争いが表に出てきている。

皇帝陛下や皇后陛下、アンリちゃんを始め、帝国中枢は頑張っています。

でも、まだまだ帝国は問題が多すぎる。


建国から百年近く経つのに。

戦争が終わっても、暗躍する者が多すぎる。

騎士団だけでは、旧勢力や混乱を利用して成り上がろうとする者。

それを煽る他国や邪神、トリックスター達を抑え込むには時間が足りない。


何か、もう一つか二つ、重しが必要なのです。

……ですが、そんな都合の良い物はない。


地道にやるしかない。

だから私も、実績を積み重ね、実力で上へ行き。


アンリちゃんを支えなくてはいけない。

そう思っているのに――


なんなのよ、この店は!

店主ヴァルナさんは!

やる気あるのか、と言いたい。


……いや、言ってしまいました。


帝国民なら、帝国学園に通わなくても知っている事を知らない。

常識がずれている。

本当に、あの年までどうやって生きてきたのか不思議です。


まるで転移者みたい――


……そうなの? アンリちゃん。

いやいやいや、嘘と言って。


確かに、アンリちゃんの力になるって約束したけど。

それはないわ。

まだ私、何の力もない商業ギルドの一職員よ。

せめて課長とか部長くらいの権力がないと無理よ。

でも、お店へ行く度、それを実感させられる。


グスタン様を始め、スミズル様、トレース様。

そして今度は、ムラマサ親方迄

4人も“親方”の称号持ちがいる。


監視なのか、それとも関係者なのか。

『大地母神』神殿の高位神官、ブラス様までいる。


行く度に店の内装が変化する。

こんなの普通じゃありえない。


どこが“少々訳アリ”よ。

完全に訳アリじゃない。


確かに、事の大きさに対して大した事はしてないわ。

ただ、お店が上手く回る様に、役所関係の手続きや書類を手伝っているだけ。

でも毎回毎回、ようやく書類が出来て申請が通ったと思えば、

訂正や変更のオンパレード。


最初は、余りにも何度も同じ店の書類を出すから、

上からは「こんな簡単な事も出来ないのか」と笑われていた。

でも最近は、心配されているのよ。

屈辱だわ。


まだ笑われていた方がマシよ。


だから、店に来る度、グスタン様の野菜料理をごおばっても問題ないわよね?

なのにアンリちゃんが、


「リナ嬢とソレイア嬢の帝国学園推薦状を、みんなで提出しに行くから、その間店番頼むぞ」


って。

報酬として、ヴァルナさんがグスタン様の野菜たっぷり料理を沢山作ってくれるって言うから。


仕事中なのに。

お店を手伝ったのに。


アンリちゃんが言ったのに。


それを理由に私へ書類仕事を押し付けるなんて。

これじゃ学生時代と何も変わらないじゃない!


横暴よ!

職権乱用よ!

普段の仕事もあるのよ!


ああ、もう、部屋の外がうるさいわね。

静かになさい。


……でも、これで終わる。


最後の一枚。




終わった。

まったく。

いきなりヴァルナさんが店名なんて決めるから、全部やり直しじゃない。

しかし、店名が“クリスタルの山の観光案内所”で通っていたとは。

うかつだったわ。


さあ、報酬にグスタン様の野菜料理を――


……あれ?

お店の事務所、一階だったわよね?

なんか窓から見える景色がおかしいんですが。


あれ?

事務所から出て食堂に向かうと、一階席が見えるんですが。


……あれ?

ここ、吹き抜けの二階なんですが。


可笑しいな。


徹夜のしすぎかなぁ。


師匠のニューワールド講座㉚

商業ギルド編


「師匠」

『なんですか』

「エルミナさんの所属してる商業ギルドって」

「なんなんですか?」

「なんか、俺のイメージと違うような」

『そうですね』

『基本的にやっている事は』

『皆さんが想像する“商業ギルド”そのままです』

「ほうほう」

『違うのは』

『完全に帝国政府管理下という点ですね』

「えっ」

『ギルド長から下っ端職員まで』

『全員、帝国政府の役人です』

「役人だったの!?」

『商家が“所属している”形ですね』

「思ったより官僚組織だ」


『昔は違いました』

『本当に、商家の集まりだったのです』

「へぇ」

『発起人はもちろん』

『転生者・転移者達ですね』

「またお前らか」

『最初は』

『商売を円滑に進める為の助け合い組織でした』


『共同輸送』

『相場共有』

『護衛依頼』

『信用管理』


『まあ、便利組織ですね』

「普通に便利だな」

『ですが』

『徐々に力を持ち始めました』


『流通を握り』

『商品を握り』

『金を握る』


『そうなると』

『各国政府も無視できません』

「まあ、そうなるよな」

『発言力は増大』

『中には』

『“商業国家”みたいな小国まで現れました』

「強っ」

『超帝国時代には』

『一大勢力として巨大派閥化しています』

「うわぁ……」

『ですが』

『彼らは勘違いしました』

「おっ」

『この世界』

『現代の資本主義社会ではありません』

『絶対帝政です』

「はい」

『つまり』

『“絶対帝政なめんなよ”です』

「言い方!!」

『商家は商売だけしていろ』

『国民生活を脅かすな』

『政治に口を出すな』

『そうして』

『徹底的に潰されました』

「怖ぇ……」


『もっとも』

『ギルド自体の必要性は認められていました』

『ですので』

『政府主導管理へ移行したのです』

「なるほど」

『ギルドが担っていた業務は役人へ』

『商家は所属義務化』

『ただし』

『政府の管理下でなら自由商売を認める』

『それが現在まで続いています』

「じゃあエルミナさんって」

『普通に国家公務員ですね』

「うわ、胃痛そう」

『実際胃痛枠です』


『そして当然』

『利権の塊になります』

「だろうなぁ……」

『領地を持たない貴族』

『家を継げない貴族子弟』

『有力商家の子弟』

『成り上がり志望』

『そういう人間が大量に集まります』

「うん、絶対揉める」


『不正』

『腐敗』

『癒着』


『まあ、日常茶飯事ですね』

「さらっと言うな」

『もちろん』

『アステリア帝国も理解しています』

『泳がせるのですよ』

「泳がせる?」

『数年に一度』

『大規模査察を入れて』


『不正役人』

『不正商家』

『不正貴族』


『まとめて釣り上げて処分します』

「怖い怖い怖い」

『ですが』

『なぜか』

『不正腐敗は無くならないのですよねぇ』

「人間だなぁ……」

『人とは』

『実に業深い生き物です』

「師匠、それ神様側が言う?」

『神々も大概ですが?』

「否定しろよ!!」




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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