32 世界の片隅の飯屋
なんだか、俺をほっといて話が進んだが、これで良かったのか。
まあ、酒の仕入れ先はとりあえず決まったし、ムラマサ親方も張り切って「醸造元を探す」と言っていた。
ワインを始め、お酒は地方貴族の大事な収入源の一つであり、人気の高い物や味の良い物は、中々仕入れが難しいらしい。
「今までの醸造元は息子に譲ったから、一からじゃ」
そう言いながら、ムラマサ親方は持ってきた看板を酒蔵フロアへ設置していく。
もっとも、看板も“ムラマサ”の屋号も、そのまま持ってきているから、向こうも大変じゃと笑っていた。
あと、人気と味は別じゃと。
ビールは総称で、エールとラガーは違うぞと。
俺にはまだよく解らない話を、楽しそうに色々教えてくれる。
看板、看板かぁ。
そう考えながら食堂へ戻る。
途中、事務室から。
「何、なんなのよこの店ぇぇぇ!」
というエルミナさんの悲鳴が聞こえてきた。
そう。
実は俺、現在進行形で書類地獄から“一時的に”解放されている。
本当に一時的かは知らない。
あの後。
首をゴキゴキ鳴らしながら書類を持って迫ってくるエルミナさん。
じりじり後退する俺。
そこへ颯爽と現れた救世主――アンリ先生。
「ほれ、こっちじゃ」
「えっ、ちょ、アンリちゃん!?」
そのままエルミナさんを事務室へ拉致。
帳簿と格闘していたマルタさんの前へ座らせる。
「店主はのう、ああ見えて忙しいのじゃ」
「最終確認だけさせて、そなたが書いてやれ」
「えっ!? アンリちゃん何言ってんの!? 私、商業ギルド職員だよ!?」
「この書類、本人に書かせないと駄目なの!」
「お店で提供するだけじゃなく、販売する勢いなんだけど!?」
「そうなると書類が! 山ほど!」
戸惑うエルミナさんに、アンリ先生は腕を組んだまま当然のように言う。
「じゃから、お主が書いて最後にサインを貰えばよかろう」
「お主要領よいし、その方が早い」
「ムラマサ親方がやるんじゃ。資格も問題ないじゃろ」
えっ、俺、書かなくていいの?
「だから本人じゃないと!」
ですよねぇ。
アンリ先生は、にっこり笑った。
「誰が書いたなど、上の阿呆共が気にするわけなかろう」
「役人の癖に利権争いしおって。いつも真面目な者へ押し付けておる」
「ふむ、一度監査でも入れて綱紀粛正するか」
「いやだから! そんな事になれば私も粛正対象に!」
「案ずるな。そこは我のせいにすればよい」
うわぁ。
なんか凄く不正の匂いがする。
俺は黙っておこう。
それでも渋るエルミナさんへ、アンリ先生が追撃する。
「そういえば、そなた先日店主に買収されたそうじゃのう」
「仕事中に、この店を手伝っていたのう」
「えっ!? あれはアンリちゃんが!」
アンリ先生、腹黒い笑み。
「知らんのう。買収されたのは事実じゃろ?」
なんか可哀そうになってきた。
ごめんねエルミナさん。
でも書類地獄は嫌じゃ。
『はいはい、今のうちに逃げますよ』
師匠に襟首を掴まれながら最後に見たのは。
「えーん! アンリちゃんが久々に横暴だー!」
「少しは融通きかせい」
「そうやって、いつも便利屋扱いするぅ!」
「今回でここに親方が四人揃うのじゃぞ?」
「その意味の大きさに気づかん、お主ではあるまい」
笑顔のアンリ先生。
泣きながら書類を書き始めるエルミナさん。
そこへ無言でお茶を置くマルタさん。
そしてどこからか。
「Mamma mia!!」
配管工ブラザーズの陽気な掛け声が聞こえた気がした。
廊下を歩く。
思えば、この建物も大きくなったものだ。
最初はカウンター席だけの小さな店だった。
居住スペースだって、そんなに広くなかった。
それが今では、こうして長く歩ける廊下まで出来ている。
一階には事務室。
まだ何かに使えそうな空き部屋。
社員食堂。
衣装室。
男女別の大きな風呂。
アンリ先生達の和室。
日本庭園。
その奥には妖精だらけの花畑付き庭園。
この間なんて、いつの間にか噴水まで出来ていた。
セバスさん達の部屋も一階だ。
あと、ただの車庫ではない。
“リアカーMr-Ⅱver3.7専用ガレージ”。
飲兵衛親方達が、どんどん改造していく魔窟である。
さらに今回増えた、ムラマサ親方の酒蔵。
二階にはハルヴィンダちゃん達の部屋。
ベルンさん一家の部屋。
キューブやエマさん、師匠、そして俺の部屋。
でかいリビング。
大量の空き部屋。
……空き部屋、本当に空いてるよな?
なんか増えてない?
エマさん、これ全部掃除してるから凄い。
さすが家事妖精。
……褒めると追加報酬を要求されるから、この辺で止めておこう。
店の方も変わった。
残念ながらカウンター席はなくなってしまった。
今は一時的な料理置き場になっている。
テーブル席は、小さなファミレスみたいだ。
木造で、いかにもファンタジー酒場という雰囲気。
カーテンやテーブルクロスも女性陣が選んでくれて、とても合っている。
片隅のバーカウンター裏には、少しずつ酒瓶が並び始めた。
目ざとい客は、もう注文してくる。
まだ出してない。
キッチンも広くなった。
……広くなりすぎた。
現代日本風の調理器具。
燻製室。
焼き鳥台。
中華鍋用の大型コンロ。
統一感が無い。
本当に無い。
でもなんとかハンスさんと回している。
隣にパン工房が生えた時は、本当にビックリした。
“生えた”。
もう建築ではない。
生えたのだ。
フロア側は、
ハルヴィンダちゃん。
アンナさん。
セバスさん。
ベルンさん。
この四人で回している。
だが、これ以上大きくなると厳しい。
だから店よ。
もう増えるな。
本当に。
頼むから。
社員食堂へ移した神棚。
その女神像へ祈る。
今からルインドさんが商品を持ってきてくれる。
問題なければ契約。
そうなれば最低限の仕入れ先は揃う。
最低限だけど、人も揃った。
店も。
備品も。
常連さんも。
少しずつ。
本当に少しずつだが。
『後はヴァルナさんの料理の腕ですね』
確かに。
でもそれは、地道にやっていくしかない。
ここは断じて“大盛だけの店”じゃない。
『その意気ですよ』
なら最後に、決めなくてはいけない。
俺は外へ出る。
店を見上げる。
相変わらず、クリスタルの山に埋もれている。
リアカーガレージとムラマサ親方の酒蔵以外、外見はほとんど変わらない。
知らない人が見たら、潰れた観光案内所だろう。
こちらの世界へ来てから怒涛の日々だった。
ただ、美味い飯が食べたかっただけなのに。
気づけば店を持つ事になった。
その為に色々準備して。
色んな人と出会って。
今考えると、俺は運が良かった。
たったこれだけの期間で、ここまで来れた。
これって、ご都合主義のチートだろう。
チーター嫌いのこの世界。
俺もそのチーターの一人なんだろう。
みんなも薄々気づいているはずだ。
でも。
この人達に嫌われたくない。
このまま、わちゃわちゃとやっていきたい。
正直、どうすればいいか解らない。
『考えるだけ無駄ですよ、お馬鹿さんなんですから』
師匠の声は、珍しく優しかった。
いつもこうならいいのに。
『誰のせいですか。馬鹿ばっかりやっているのは』
『髪の毛むしりますよ』
止めて。
そこだけはチート全開で守るから。
そんなやり取りの後。
深呼吸をして、改めて店を見る。
決めた。
俺は真っ直ぐ飲兵衛親方達の元へ向かう。
相変わらず飲んだくれていた。
最近はムラマサ親方が加わり、飲兵衛フォーが飲兵衛シックスへ進化している。
マジで困る。
エマさん、身バレの危機感ないですよね。
まあ今はいい。
それより。
「赤毛親方、茶毛親方。お願いがあるんですが」
赤毛親方。
「なんじゃ、店主がお願いとは珍しいのう」
「ついに自分専用のリアカーが欲しくなったか?」
茶毛親方。
「じゃが、あれはハル専用機じゃからのう」
「いくら店主でも譲れん」
いらんわ。
赤毛親方。
「なーにぃ!? ワシ等の最高傑作を!」
茶毛親方。
「ドワーフ族の叡智の結晶を!」
さっきハルヴィンダちゃん専用って言ってたじゃん。
「そうじゃなくて、とても大事なお願いなんだ」
二人が顔を見合わせる。
「ほう?」
「大事なお願いとな」
俺は深呼吸して言った。
一瞬、静かになる。
その後。
飲兵衛親方達、大爆笑。
「ガハハハハハ!」
「そうかそうか!」
「ついに決めるか!」
赤毛親方。
「任せとけ! とびっきりのを作ってやる!」
茶毛親方。
「最近、息子が“良い素材が手に入った”と喜んでおってな!」
「使われる前に確保じゃ!」
息子さん泣いてない?
そう言って、飲兵衛親方達は上機嫌で出ていく。
そして数日後。
「店主! 出来たぞぉ!」
勢いよく店へ飛び込んでくる飲兵衛親方達。
皆ビクッとなる。
茶毛親方。
「危なかったぞ!」
「危うく、どこぞの侯爵家の注文へ回される所じゃった!」
だから息子さん大丈夫?
夕方。
社員食堂へ皆を集めた。
エルミナさんと配管工ブラザーズにも残って貰った。
「なんじゃなんじゃ?」
アンリ先生が、キラキラした目で俺の後ろを見る。
「あの、ヴァルナさん……私、仕事が……」
「ごめんねエルミナさん」
今日、帰れないかも、だって今日の晩御飯はかなり気合いれてるから。
酒も飲兵衛親方達とムラマサ親方がとって置きを出してくれた。
ほらグスタンさんも来たよ。
今日はもう閉店。
身内だけで見て欲しい物がある。
「ごめんね、みんな」
「どうしても見て欲しいんだ」
すると。
配管工ブラザーズが、なぜか前へ出る。
「3!」
「2!」
「1!」
「GOOOOO!!」
お前ら何してるの。
ちみっこ達が大喜びしてるじゃん。
エマさんなんか、もう席に着いてフォーク持ってるし。
「まだ料理じゃないよ!?」
俺は苦笑しながら、キューブとエマさんへ頷く。
二人が布を外した。
そこに現れたのは。
木と金属で作られた、立派な看板だった。
重厚な木材。
金属の縁取り。
ドワーフらしい力強い細工。
そして中央には――
『ヘイム』
その文字が刻まれていた。
「おおぉ……」
リナちゃん達が目を丸くする。
アンナさんなんか拍手している。
「凄い……本当にお店みたいですわ」
「店です」
即ツッコミした。
皆が笑う。
俺は少し照れながら、看板を見る。
「ヘイムっていうのは、北欧神話の言葉で」
「“家”“居場所”“世界”って意味があるらしい」
「ここには色んな人がいる」
「色んな種族がいて」
「皆で飯食って」
「騒いで」
「笑って」
「だから、ここが皆の“家”で、“居場所”になればいいなって」
「ここは俺の“世界”だから」
静かになる。
師匠は、やれやれという顔。
赤毛親方達は看板を自慢している。
アンリ先生は興味深そうに眺め。
ミレディさんは眼鏡まで掛けて確認。
ブラスさんは含み笑い。
グスタンさんは嬉しそうに頷く。
ハルヴィンダちゃんは、本当に自分の事みたいに喜んでくれていた。
リナちゃんとソレイアちゃんは、
「ヘイム!」
「ヘイムー!」
と連呼して走り回っている。
ベルンさん一家も穏やかな顔。
セバスさんと爺やは静かに頷いた。
ハンスさんは、
「スゲー!」
と言った直後。
「あっ、料理ぁぁ!」
とキッチンへ走っていった。
すまん。
俺もすぐに行くから。
ムラマサ親方は腕を組み、
「うむ、良い看板じゃ」
「看板は店の顔じゃからのう」
と満足げ。
配管工ブラザーズは、いつものサムズアップ。
そして。
「なんで今なんですかぁぁぁ!」
エルミナさんが崩れ落ちた。
「もっと早く決めてくださいよぉ!」
「えっ、店名って後から決めるものじゃないの?」
「違います!」
「普通は最初です!」
「というか、なんで今まで店名なしで申請通ってたんですか!」
それは俺も知りたい。
横でアンリ先生が爆笑していた。
「ふはははは!」
「確かに、なぜ通ったんじゃろうな!」
「笑い事じゃないですからぁ!」
完全にいつもの店だった。
キューブが後ろで微笑む。
「良かったですね、マスター」
「ようやく、ここまで来れました」
ありがとうキューブ。
でも俺一人じゃない。
ここにいる皆のおかげだ。
まだ居ない人達も含めて。
エマさんが、すでに席で待機している。
はいはい。
そんな目で見ない。
すぐ始めるから。
俺はキッチンへ向かう途中、女神像を見る。
「ねぇ師匠」
「女神様の期待に応えられてるかな」
『何も期待なんてしてませんよ』
『ヴァルナさんはヴァルナさんらしくやればいいんです』
そんな事ないだろ。
あの時の含み笑い。
『気にしすぎですよ』
『五十にもなって中二病なヴァルナさんの願いが、思ったより小さかったから拍子抜けしただけです』
『それに、道を踏み外さないよう私が見張っていますから』
『踏み外したら……そうですね』
『ハゲの呪いでも』
止めて。
俺、闇落ちするよ。
そんな馬鹿なやり取りをしながら。
こうして店の名前が決まり。
“ヘイム”は、ようやく本当の意味で産声を上げた。
いよいよ開店へ向けて動き出す、決意の夜だった。
師匠のニューワールド講座㉘
転移者文化汚染編
「師匠」
『なんですか』
「俺、本編で普通に“北欧神話”って言っちゃったんですけど」
「身バレしてませんよね?」
「転移者ってバレてませんよね?」
『何を今更』
「えっ」
『どう見ても』
『転移者ってバレバレじゃないですか』
「嘘だろ!?」
『皆さん優しいので』
『黙っていてくれているだけですよ』
「優しい世界……」
『まあ』
『“様子見”と』
『“どう利用するか”を考えているのですが』
「怖ぇよ!!」
『そもそも』
『この世界に』
『どれだけ転移者・転生者が来たと思っているのですか』
「そんなに?」
『大量です』
『知識』
『文化』
『技術』
『宗教』
『神話』
『ありとあらゆる物を持ち込みました』
「うわぁ……」
『おかげでこの世界』
『北欧どころか』
『色んな文化圏がごちゃ混ぜです』
「まあ、そんな感じはしてた」
『そのせいで』
『三千年経っても』
『未だに“神話時代”ですし』
「えっ」
『文化が混ざりすぎたのです』
『本来なら』
『独自文化が成熟するはずでした』
『ですが』
『外部文化が次々流れ込み』
『結果』
『“ごちゃ混ぜそのもの”が文明化しました』
「カオス!!」
『同じ一族なのに』
『英国系の名前があり』
『ゲルマン系があり』
『メソポタミア系までいます』
「統一感どこ行った」
『地球知識が少しある者ほど』
『見た瞬間、混乱しますよ』
「わかる」
『“なんでローマ系名字の家に北欧系名前いるの?”』
『とか』
『“なんで和風国家にケルト神話混ざってるの?”』
『とかですね』
「それ俺もツッコミたくなるわ」
『ですので』
『あまり気にしなくて大丈夫です』
『今さら』
『“北欧神話知ってる=転移者”』
『にはなりません』
「よかった……」
『まあ』
『ヴァルナさんの場合』
『それ以前の問題で』
『行動と言動が転移者丸出しですが』
「なんでだよ!!」
『だって普通』
『初対面の第一皇女を』
『“アンリ先生”呼びしませんよ』
「……あっ」
『しかも飲兵衛扱いです』
「うぐっ」
『皆さん』
『面白いので放置してるだけです』
「優しいのか怖いのかどっちなんだよ!!」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




