31 酔っ払いは残っていた
久々の外出は気持ち良かった。
最近ずっと店内にいたからな。
せいぜい外に出たのは、店の前の掃除くらいだ。
出かけた先が近くの帝国学園だったとはいえ、それでも異世界を感じる事ができた。
毎日、色んな種族のお客様や不思議なスキルを見て体験はしてるけど、料理修行の忙しさもあって、感動に浸れたのは最初だけだった気がする。
料理を作るのは楽しい。
でも、もう少し異世界を味わいたいなと思う今日この頃だった。
今日は、飲兵衛親方達の紹介で、ガラス職人さんが沢山のグラスやジョッキを持ってきてくれた。
やはり、お酒を出すとなると酔っ払い問題はつきものらしい。
割れる。
武器になる。
投げる。
最悪である。
木製は趣があり壊れにくいが、やはり凶器にはなるし、冷たい飲み物には不向き。
かといって、それを完全に解決するには魔道具になる。
そんなコストは、今のうちには無理だ。
酒を出すお店の世界共通の問題。
そこで、この世界の職人さん達は頑張った。
見た目が良くて。
冷たい物にもぴったりで。
壊れにくく。
凶器にしても大した威力が出ない。
そんな絶妙なガラスを作り上げたのだ。
チーター達は強化ガラスやステンドグラスには手を出したらしいが、こちらの分野にはあまり興味を示さなかったらしい。
師匠が珍しく、
『現地のガラス職人達は優秀ですねぇ』
と素直に褒めていた。
まあ、今はあまり資金がないので、質より量になってしまったが。
資金に余裕ができたら、もっと良い物を揃えたい。
見本で見せてもらった切子細工のコップ、凄かったもんな。
だから取り寄せは止めた。
この店の目標の一つにした。
セバスさんが嬉しそうな顔で、グラスを布で磨き、棚へ並べていた。
後は酒か。
こちらはまだまだ時間がかかりそうだ。
どうも飲兵衛親方達や先代さんが色々と言い過ぎたせいで、現店主も意固地になっているらしい。
俺も門前払いだった。
最悪、別の卸先を探すかなぁ。
ベルンさんの件は、最終的にベルンさん自身が“フォン”の称号と騎士の階級を辞退した。
名誉が回復しただけで十分だと。
あれからも説得しに来た騎士仲間達へ、頭を下げていた。
「俺の幸せは、ここにもあったんだ。今はこれで満足している」
騎士達も最初は戸惑っていたが、ベルンさんと仲が良いだけあって、最後には皆笑って新しい門出を祝ってくれた。
その時だった。
「おい店主、酒」
と言われ。
「ありません」
と水を差してしまった。
空気が死んだ。
すまん。
まあ、今ではその騎士達もたまに来店する。
育ち盛りの従騎士や従卒まで連れてきて。
「量が多くて助かる」
と言っていた。
……味じゃないのね。
この件で一つ良い事もあった。
ベルンさんの件に巻き込まれた商家の人が、わざわざ店まで来てくれたのだ。
ベルンさん、人望あるなぁ。
『ヴァルナさん要努力です』
シクシク。
で、来たのが狸族のルインドさん。
ハルヴィンダちゃんみたいなケモ耳尻尾系ではなく、大きな狸そのものが服を着ていた。
『みんな文明人ですよ。裸族なんて、ハイ・ヒュマしかいません』
いるんだ。
しかもハイ・ヒュマ限定なのか。
「探しましたよ、グラウハイム卿」
「はは、ルインド殿。“卿”はよしてくれ。騎士は辞めたんだ」
「何をおっしゃいますか。私達にとっては、あなた様は信頼できる騎士様ですよ」
「今回の件はすまなかった。多大な迷惑をかけてしまったな」
「たしかに大変でしたけど、家族も従業員も皆、命を取られず無事ですよ」
「まあ、店の在庫は空になりましたが、損害は帝国政府が補填してくれましたし、もう一度初心に戻って頑張りますよ」
“双星の断罪者”の件で冤罪が晴れ、再び店を開く事を許されたらしい。
店を閉めていた間、従業員や家族を養う為に、在庫を一切合切、例の悪徳商家へ買い叩かれたそうだ。
その金で退職金を払い、家財まで処分して、新しい土地でやり直そうとしていた所で事件が解決。
帝国政府が、押収資産から損失分を補填してくれたらしい。
元々評判の良かった店だったようで、従業員達も戻ってきたそうだ。
ただ、失った取引先も多いらしい。
「大変ですわ~」
と軽く言っていたが、一度失った信用を取り戻す苦労は、俺でもなんとなく解る。
で、取り扱っている商品を聞くと。
なんと穀物類と、少量ながら香辛料も扱っているらしい。
聞き耳を立てていた俺、乱入。
冷静になると失礼極まりない。
だが笑って許してくれた。
後日、サンプル品を持ってきてくれるそうだ。
去り際。
「やっぱりグラウハイム卿は頼りになりますわ」
「皆さんの元気な顔も見れましたし、こうしてヴァルナさんという新しい取引先候補とも出会えました」
「一から出直すのに良いスタートがきれました。ありがとうございました」
そう言って帰っていった。
その瞬間。
後ろから野太い鳴き声が響く。
「ぬおおおおお! ワシは感動したぞぉ!」
鬼人族の老人が、涙を流していた。
「苦境に負けず、あのような笑顔で一から出直すと申す! あれこそ商人の鏡!」
「ワシも負けておれんぞぉ!」
誰。
「店主殿! ワシに任せておけ!」
そう言って、お代を払い、そのまま出て行った。
「……ベルンさん、お知り合いですか?」
横で一緒に呆然としていたベルンさんに聞く。
「いや、知らん顔だ」
「ヴァルナ殿こそ、何か頼んだのでは?」
「“任せておけ”と言っていたが」
「俺も初めてなんですが」
二人して、
“誰?”
という顔で鬼人族の老人を見送った。
「店長ー! 注文ですよー!」
ハルヴィンダちゃんの声が飛ぶ。
慌てて現実へ戻った。
翌日。
俺達は悩んでいた。
正確には、手の空いている皆で悩んでいた。
飲兵衛親方達作、“リアカーMr-Ⅱver3.5”の車庫。
その隣に、大きなスペースができていたのだ。
中はがらんとしている。
だが、立派な作りだった。
大量の商品を置ける保管スペース。
そして、そのまま商売できそうな販売スペース。
しかも奥は、飲食店側の倉庫と直結している。
怖い。
怖いぞ店。
どこまで増殖するんだ。
まあ、表を閉めれば問題ないだろうが。
居住スペースに繋がらなくて本当に良かった。
ちみっこ達や、最近自覚のない機密存在がうろついてるからな。
茶毛親方が、壁を撫でながら感心したように言う。
「これは見事な木製じゃのう」
「酒の保管に最適じゃわい」
赤毛親方も頷く。
「直射日光が入らんようになっとる」
「空調管理の魔道具まで付いとるぞ」
「こっちにはワインセラー用の棚もあるわい」
「湿度調整付きじゃ」
……報告が全部酒関連なのは気のせいかな。
セバスさんも無言で真剣に見ていた。
だから、そんなに真顔で確認しないで。
この店の不思議、いちいち気にしてたら身が持たないですよ。
そして店よ。
今度は俺に何をやらせる気なんだ。
「店長さーん! お客様ですよー!」
ハルヴィンダちゃんの声に呼ばれ、店へ戻る。
そこにいたのは、昨日涙を流していた鬼人族の老人だった。
「待たせたな店主!」
「ワシが来たからには安心じゃ!」
ええと。
何の話でしょう。
満面の笑みで歯をキラーンと光らせる鬼人族の老人。
周囲を見回す。
誰も解っていない。
困った時のキューブだが、今日はちみっこ達の大事な試験の日。
流石に前回のメンバーは止めた。
絶対行かせなかった。
だって、あの後お客様達が噂してたんだぞ。
“帝国学園小学部に、その筋の人達が大量に押しかけ、学部長を脅し屈服させた”
って。
今度は小学部でスキャンダルかと。
キューブなら安心だ。
……まだまとも枠だし。
でも、嬉しそうに顔を赤らめて、手を繋いで帝国学園へ向かうちみっこ達を見て、ベルンさん泣いてたぞ。
流石に俺の反応がおかしいと気づいたのか。
「なんじゃ、何も聞いとらんのか」
「スミズルやトレースから話は入っとらんのか」
む。
飲兵衛親方達案件か。
本人達に聞かないと解らないな。
俺は鬼人族の老人を、飲兵衛親方達の元へ案内する。
「赤毛親方ー、茶毛親方ー、お客様ですよー」
まだ新フロアを調べ回っていた飲兵衛親方達。
赤毛親方が振り向いた。
「おお、ムラマサ!」
茶毛親方も笑う。
「面白いもんがあるぞ!」
「お前さん、絶対好きじゃ!」
「なんじゃなんじゃ!」
鬼人族の老人――ムラマサさんは、目を輝かせて新フロア探索へ突入。
「なっ、ムラマサ親方!?」
ミレディさんが驚きの声を上げる。
知り合いなのかな。
アンリ先生なんか、肩震わせて笑ってるし。
しかしムラマサって、えらく日本っぽい名前だな。
まあ飲兵衛親方達の知り合いなら大丈夫か。
そろそろランチタイムだし、キッチン戻るか。
……俺は、この時忘れていた。
なぜベルンさんを雇った?
酔っ払い対策だろ。
ここに残ってるのは誰だ?
飲兵衛フォーではないか。
そう。
酒は入っていないが、酔っ払いは残っていたのだ。
忙しい時間も落ち着き。
ハルヴィンダちゃん達も戻ってきて、まかないを用意する。
おかしい。
いつも真っ先に来るエマさんや飲兵衛親方達が来ない。
エマさんなんて、忙しい最中でも昼飯要求してくるのに。
セバスさんが呼びに行き、戻ってくる。
「店主殿」
言葉少なく、来るよう促す。
なんだ?
ついて行く途中。
セバスさんがボソリ。
「また、書類地獄です」
「えっ」
「何があったの」
「店、何もなってないよね?」
その時だった。
俺の横を。
「Yahoooooo!!」
「Here we gooooo!!」
配管工ブラザーズが、ジャンプしながら駆け抜けていく。
待て。
いつから店内にいた。
しかもここ、新通路だぞ。
コツ、
コツ。
後ろから足音。
振り返るのが怖い。
俺はそのまま速足になる。
駄目だ。
振り返ったら終わる。
この通路、こんな長かったか?
そして辿り着い新フロア。
何も無かったはずの場所。
そこは。
完全に酒蔵だった。
大量の酒樽。
綺麗に並ぶ酒瓶。
ワインセラー。
飲兵衛フォーとムラマサさんが、楽しそうに酒を並べている。
「すまんのう、ワインはまだ少なくてな」
「いえいえ、この銘柄まで……!」
「こちら頂きます。お代は旦那様に」
なんか。
ムラマサさんとミレディさんとエマさんが、普通に談笑してるんですが。
声を掛けようとした瞬間。
肩を掴まれた。
「ヴ・ァ・ル・ナ・さ・ん?」
眼鏡を光らせたエルミナさんがいた。
終わった。
「俺は無実です!」
「知らん!」
「何も知らん!」
必死に弁明していると。
「おお店主殿!」
「ようやく来たか!」
ムラマサ親方が大笑いする。
「感謝するぞ!」
「ワシの為に、わざわざこんな場所まで用意してくれて!」
「まさしく酒を保管するのに相応しい!」
だから知らんって!
エルミナさん肩痛い!
「なぜムラマサ親方が……!」
更に握力が強くなる。
駄目だ。
話を聞いてない。
ようやく解放され、事情説明。
チェリー・ムラマサ。
十八代目蔵人ムラマサ。
帝都でも老舗中の老舗。
以前、飲兵衛親方達が言っていた酒の卸元だ。
現店主と喧嘩してくれた前店主。
息子を説得できず、謝りに来た時。
偶然、ルインドさんとの会話を聞いてしまったらしい。
「ワシももう年じゃ、と隠居して腐るんじゃなく!」
「まだまだ現役だと見せてやる!」
「一からやるんじゃ!」
……で、家を飛び出して来たらしい。
「えっ、息子さん追い出すんじゃなくて!?」
「そうじゃ!」
「店はもう譲った!」
「そこまでは迷惑かけられん!」
よかった。
多分この人、常識枠だ。
「看板と“十九代目”を名乗らせろとか言い出しおって!」
「誰があんな若造に渡すか!」
そう言って、どこからともなく看板を取り出す。
「すまんの店主殿」
「ビール類は元々あったが、ワインはのう」
「貴族が絡むから、銘柄も量も揃えられんかった」
「まあ、これから少しずつ醸造元を探す」
どうやら、ここにある酒は全部ムラマサ親方の私物らしい。
本当に一からここで店を始める気らしい。
茶毛親方が笑う。
「どうせ住む場所も決まっとらんのじゃろ」
赤毛親方も笑う。
「昔から思いつきで動く男じゃ」
「ちっとも変わっとらん」
「安心せい!」
「ここには部屋がいくらでも余っとる!」
ムラマサ親方、大笑い。
「そうかそうか! 助かるのう!」
「店から住処まで世話になるとは!」
茶毛親方が追撃。
「しかも飯付きじゃ!」
赤毛親方。
「ワシらも朝から晩まで飯付きで飲んどるしの!」
「ガハハハハ!」
待て。
なぜ勝手に話が進んでいる。
アンリ先生達、完全に酒選び始めてるし。
セバスさんまで遠い目をしながら参加しないで。
配管工ブラザーズ、また図面引いてるし。
エルミナさん、首ゴキゴキ鳴らしてるし。
みんな俺を置いていかないで。
師匠ーーー!
『やれやれですねぇ』
師匠のニューワールド講座㉗
ジョブ・二つ名・称号編
「師匠」
『なんですか』
「前から皆さん言ってますけど」
「“親方”って、そんなに凄いんですか?」
『ほう』
『良い所に気付きましたね』
『“親方”とは』
『称号です』
「称号?」
『今回は』
『ジョブ』
『二つ名』
『称号』
『この三つについて説明しましょう』
「なんか急にRPGっぽくなった」
『まずジョブ』
『これは皆さんお馴染み』
『職業スキルですね』
『戦士』
『魔術師』
『商人』
『料理人』
『漁師』
『色々あります』
「まあ定番だな」
『ジョブを持つ事で』
『その職に関する恩恵を受けます』
「スキル補正みたいな?」
『そんな感じですね』
『そしてジョブには』
『生まれつき持つ者と』
『努力して獲得する者がいます』
「天才型と努力型か」
『ええ』
『地球圏でも』
『ある偉人が言っていましたね』
『“天才とは1%の才能と99%の努力”』
「おお」
『その1%を持っているのが』
『天才です』
『もし』
『天才型と努力型が』
『同じだけ努力した場合』
『残念ながら』
『その差は埋まりません』
「現実ぅ……」
『まあ』
『そこまで努力する天才は』
『そう多くありませんが』
「それは救いなのか?」
『ちなみに』
『酒場へ行けば』
『“勇者”ジョブ持ちなんてゴロゴロいます』
「えっ!?」
『市場で石を投げれば』
『結構な確率で当たります』
「勇者の価値!!」
『ただの器用貧乏ジョブですから』
「酷ぇ!!」
『ちなみに』
『帝国最強の騎士団総長の生まれ持ったジョブは』
『《トイレットペーパー職人》』
「待て」
『筆頭宮廷魔術師長は』
『《鉛筆削り職人》です』
「それジョブなの!?」
『大体の人間は』
『“適当に決められたのでは?”』
『と思うジョブを持って生まれます』
『生かすも殺すも本人次第ですね』
「夢があるのか無いのか」
『ちなみに貴族は』
『妙に変なジョブ率高いですよ』
「なんでだよ」
『次に二つ名』
『これは各分野で活躍した者に』
『周囲が勝手に付ける』
『中二病ネームです』
「言い方!!」
『“紅蓮の剣鬼”』
『“蒼銀の魔女”』
『“千里眼の軍師”』
『まあ、そんな感じですね』
「確かに中二病だ」
『格好いい物から』
『恥ずかしい物まで色々あります』
『中には自称もいます』
「痛いやつ!!」
『まあ』
『本人と周囲が楽しむ文化ですね』
『特に意味はありません』
「雑!!」
『そして最後が――』
『称号です』
「おっ、なんか重そう」
『重いですよ』
『これは』
『神々ですらなく』
『“世界”そのものが与えます』
「世界が?」
『偉業を成した者へ』
『宿命や運命を背負わせる為に』
『世界が定義するのです』
「怖っ」
『“親方”もこれですね』
『その道を極めた者へ与えられる』
『努力の結晶みたいな物です』
「なるほどなぁ」
『ですが』
『中には悲惨な称号もあります』
『“ダーク”です』
「あー……」
『太陽神のやらかしと』
『それに便乗したトリックスター神達』
『そして』
『世界自身が承認してしまった』
「重い……」
『世界もまた』
『破壊神とその信徒に対して』
『思う所があったのでしょう』
「うーん……」
『そして』
『最も悲惨なのが』
『本物の“勇者”』
「えっ」
『世界中の業を背負わされた』
『最終兵器兼、生贄です』
「うわ」
『各国が束になっても勝てない敵に対し』
『単独で特攻し』
『無双します』
「字面が怖い」
『勝っても』
『負けても』
『碌な人生になりません』
『ある日突然』
『力と宿命を押し付けられ』
『見た目そのままに』
『人外へ変質するのですから』
「……救いがねぇ」
『ですので』
『ジョブだけで人を判断してはいけません』
『大事なのは』
『その人の本質です』
『ちなみに』
『この手の話で鑑定は役に立ちません』
「万能じゃないんだな」
『万能なら』
『世界はもっと平和ですよ』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




