30 ただの編入申請だから
ごめんなさい、嘘つきました。
カチコミなんかしてません。
ただ、みんなで一緒に帝国学園小学部の学部長室と職員室に押しかけただけです。
「あの面子で押しかければ充分殴り込みです。」
と、キューブが涼しい顔で言う。
解せぬ。
そもそもの発端は、ベルンさんがうちに残ると決めてくれた夜の事だった。
ミレディさんから、
「では、子供達の学校はどうしますか」
という現実的すぎる問題が提示され、場が静まり返った。
そこでアンリ先生が、胸を張って言い放ったのだ。
「うむ、帝国学園小学部でよかろう」
軽い。軽すぎる。
帝国学園小学部。
名前だけ聞くと普通の学校だが、実態は全然普通ではない。
貴族の子弟子女。
貴族の隠し子。
有力商家の子供。
才能ある一般人。
未来の官僚や騎士や貴族候補を、幼少期から囲い込む場所。
つまり、エリート養成機関だ。
「案ずるな」
アンリ先生はどこか楽しそうに腕を組む。
「貴族の子弟達と違い、一般人の二人には無体な事はせん」
「普通に学べば問題ないし、箔もつくぞ」
「教師陣もまともじゃ。何かあれば我に言うが良い」
そう言って、さらっと首を掻き切るポーズをした。
アンリ先生。
意味は解りますけど。
教育に悪いから、そのジェスチャー止めて。
「編入という形になるが、そなた達の学力なら問題あるまい」
「まあ、今ある学年のクラスは三つ。Aクラスはともかく、B以下なら問題あるまい」
……なんだその“ともかく”って。
俺が首を傾げると、キューブが自然に前へ出る。
「お嬢様方が入学される学年には、現在三つのクラスがあります」
「成績による振り分けですが、年齢的にそこまで学力差はありません」
さすが執事。
説明が解りやすい。
「Aクラスは、ほとんどが貴族階級の子弟で占められております。侯爵家令嬢を中心にまとまっています」
「Bクラスは、公爵家令嬢が一人いる以外は一般庶民です」
「Cクラスは、下級貴族や裕福な商家の子弟が中心で、特に中心人物はいません」
おおー。
ありがとうキューブ。
……でもなんか、アンリ先生とミレディさんが苦虫を噛み潰した顔してるぞ。
せっかく説明しようとしてたのに、出番取ったら駄目だろ。
「それはそれは失礼しました」
キューブが優雅に頭を下げる。
だから、なんで俺の心の声が読めるんだよ。
「まあ、なんだ」
アンリ先生が咳払いする。
「二人の推薦人には我がなってやろう。問題あるまい」
その瞬間。
ベルンさん、マルタさん、ハルヴィンダちゃんが一斉に慌てた。
「い、いえ流石にそれは……!」
「なんじゃ、足らんのか?」
アンリ先生がニヤリと笑う。
「ならミレディ、そちも名前を貸せ」
「どうせ親方達も連ねるんじゃろう。一人二人増えても問題あるまい」
「当然じゃ」
と、当然のように頷く飲兵衛親方フォー。
ブラスさんまで静かに頷いている。
人数多い方がいいなら、俺も書くぞ。
なあ、みんな。
ハンスさんは面白そうに笑い。
アンナさんは戸惑いながらも頷き。
セバスさんは、いつも通り無言で頷いた。
「ヴァルナ殿……」
ベルンさんが、なんとも言えない顔をする。
「人数が多ければ良いという訳でもないんだが……」
「解ってるって」
俺は自信満々に頷く。
「こういうのって名前の順番が大事なんだろ?」
「アンリ先生とか前にして、俺は最後でいいから」
「それに、学費くらい何とかするさ」
さあ天界の皆さん。腕を振るうから沢山食べてね。
『やれやれ』
『ブラック飯屋』
『甘味増量希望』
『学費ローンかな?』
紙切れが舞う。
ベルンさんは何か言いたそうだったが、最後には諦めたように座り込んだ。
マルタさんが、ぽんと肩に手を置く。
ちみっこ二人は、ただ「一緒に学校行ける!」と大喜びしていた。
そこからは早かった。
翌日にはアンリ先生が仕立て屋を連れてきていた。
「ほれ、立つのじゃ」
「腕を広げい」
「リナ、くすぐったいのう」
採寸が始まっている。
アンリ先生。
流石に気が早くないですか。
まだ入学決まってないんですよ。
万が一落ちたら、制服もったいないじゃないですか。
ねぇベルンさん。
「ああ……そうだな……」
返事が弱い。
なんかもう、悟ってません?
(ヴァルナ殿……本当に解ってないのか……?)
(ここまで来ると、もはや世間知らずとかいうレベルじゃ……)
(羨ましいな……)
なんかベルンさんの視線が妙に優しい。
解せぬ。
◇
帝国学園小学部。
小学部長ハルトンは、学部長室の窓から校庭を眺めていた。
今日は良い天気だった。
高等部と違い、小学部は平和だ。
どうせ今日も高等部は勇者クラス中心に荒れておるのじゃろう。
国家機密だの外交問題だの。
学園に持ち込むなと言いたい。
「……また戦争でも起きるのかのう」
ハルトンは昔を思い出し、軽く頭を振った。
嫌な記憶を追い払う。
小学部は平和。
多少のクラス争いや貴族同士の問題はある。
じゃが、それも教育の一環。
王侯貴族社会とはどういうものか。
幼いうちから学ばせるのも仕事じゃ。
そう考えていた時。
コンコン、と扉が鳴った。
「入れ」
事務員が入ってくる。
「学部長、あの……」
「なんじゃ」
「中途編入希望者が二名、家族と共に来ておりまして……」
ふむ。
またか。
正式入学時期でもないのに来る編入希望者。
どうせ、
“金を積めば何とかなる”
とか思っておる裕福な家じゃろう。
甘い。
編入試験は正式入学より難しい。
学業は進んでおるからな。
それについて来れねば意味がない。
それに推薦状を書くだけの貴族など、大抵は金にがめつい。
真っ当な名家は、自分の名に傷が付くような真似はせん。
「試験を受けさせて返せ」
「どうせ箔付けじゃろ」
「このハルトン百年を超える教師人生で、本物など片手ほどしか見ておらん」
だが。
事務員は妙な顔をしていた。
「学部長……推薦状を……」
「なんじゃ、そんなもの――」
適当に受け取った瞬間。
時が止まった。
…………。
………………。
「……ナニコレ」
目を擦る。
この帝国学園の教授で高等部で「勇者クラス」の担任でもある
我らが偉大なる、
第一皇女アンリシア・ヴァレリア・ソルヴェイン・エーテリア・アステリア殿下
次にその副官であり助教授でもありご本人も皇位継承権をお持ちの
ミレディア・サフィール・ソルヴェルン・アステリア伯爵令嬢
『大地母神』神殿の高位神官で『聖人』の二つ名を持つ
大神官ブラス・フォート殿
帝国でもわずかしかいない『親方』の称号をもつ職人しかも2人
スミズル・エルドソン殿
トレースミズル・フィヤルソン殿
その他に、伯爵家令嬢に宮廷料理人で子爵家ゆかりの者
この流れだと、聞いた事ないがきっと残りもそれなりの者に違いあるまい。
「ナニコレ」
大事な事なので二回言った。
頭が処理を拒否する。
一体何者だ。
この推薦状一枚貰うだけで、どれだけ功績が必要だと思っておる。
金では無理じゃぞ。
「まさか転移者か転生者か!?」
「いえ、一般人との事です」
「一人は元騎士の娘。もう一人は狼族の孤児」
「共に同じ場所で保護されているとか」
「……は?」
意味が解らん。
騎士の娘?
孤児?
この推薦状で?
思考の海に沈みかけた時。
事務員が恐る恐る言う。
「あと、その……」
「なんじゃ、まだあるのか」
「もう、その方々来ております」
「先に言わんかーーーーい!!」
その瞬間。
勢いよく扉が開いた。
今、俺達は帝国学園小学部の来賓室にいる。
今日は推薦状提出と、軽い顔合わせ。
あと試験日程の調整だけ。
……のはずだった。
朝の仕事を終え。
出前とランチの準備を整え。
今日はセバスさん一人に出前を任せ。
ランチは珍しくキューブが手伝う。
エルミナさんと配管工ブラザーズは、グスタンさんの野菜と限定メニューで買収した。
あと、ハンスさんとアンナさんも連れていけとキューブに言われた。
保護者の一人として、ビシッと決めなければ。
そう。
こういう時はスーツだ。
この世界でもスーツは正義らしい。
なので取り寄せた。
色は黒か紺だよな。
するとエマさんが。
「旦那様、こういう時は全員同じ格好の方が“家族感”が出ます」
とか言い出した。
さらに。
「面白いですねぇ」
と、ブラスさんまで乗ってきた。
「今の流行は黒ですよ」
……本当に?
なんかこれ。
家族感というより。
別のファミリー感ない?
常識枠。
常識枠どこ。
マルタさんも普通に着替え。
ハンスさんもノリノリ。
セバスさんだけ、妙に遠い目をしていた。
問題ないのか。
全員で外へ出る。
まぶしい。
一体いつぶりの外出だ。
「マスター、こちらを」
キューブがグラサンを渡してくる。
おお、助かる。
すると。
「身バレ防止です」
アンリ先生達までグラサンを装備し始めた。
そっか、アンリ先生とミレディさん、帝国学園の教授と助手だもんな、
飲兵衛親方達もなんだか有名らしいし、
ブラスさんさんも有名人だ
おっなんかこうしていると、有名人の取り巻きみたいで楽しいな。
でもちょっと待て。
これもう完全にアレな集団では。
だが皆、妙に似合っている。
解せぬ。
帝国学園へ到着すると、そこは凄かった。
ゲームとかアニメで見たような巨大校舎。
広い石畳。
整備された校庭。
噴水。
これ本当に学校か?
「見た目も大事なのじゃ」
アンリ先生が胸を張る。
「地方貴族へ帝国の権威を見せつける絶好の場じゃからの」
ああ。
師匠が言ってた“洗脳施設”ってこういう……。
「で、予約とかしてるんですか?」
「いきなり行って大丈夫なんですか?」
「安心せい」
アンリ先生がニヤリと笑った。
「どうせ毎日暇じゃ」
「それに、いきなり行った方が面白いじゃろう」
不安しかない。
飲兵衛親方達もうんうん頷いている。
ミレディさんは頭を抱えている。
そしてそのまま。
「たのもー!」
事務室へ突撃。
「姫様!!」
「それでは横暴な貴族と同じです!」
「おお、そうじゃった」
「編入申請に来たぞ。受付はどこじゃ」
周囲の職員が凍りついている。
警備員まで固まっていた。
やっぱりこの格好じゃない?
「なんじゃまだ言っとるのか」
「第一印象が大事なのじゃ!」
「編入生として舐められんようにな!」
いや、その方向性が違う気が。
来賓室へ通される途中。
帝国学園の廊下を、俺達はぞろぞろと歩いていた。
黒スーツ集団で。
しかも、なぜかグラサン付きで。
いや、本当にこれ必要だった?
「必要じゃ」
アンリ先生が即答する。
「第一印象は大事じゃからの」
絶対違うと思う。
廊下を歩くたびに、周囲がざわつく。
「あれ誰だ……?」
「新しい視察官か?」
「いや、騎士団では……」
「貴族?」
「なんで親方がおるんだ……」
教師らしき人達まで、書類を抱えたまま固まっていた。
すれ違う生徒達も、ヒソヒソと話し始める。
「なんだあの集団」
「怖っ」
「黒服しかいない……」
すると今度は。
「姫様では……?」
誰かがそう呟いた瞬間。
周囲がさらに静まり返った。
「うむ」
アンリ先生が堂々と頷く。
やめて。
変装の意味。
ミレディさんが頭を抱えている。
事務員さんなんか、もう半泣きだ。
「ど、どうして小学部に……」
「何か問題でも……」
「ま、まさか査察……?」
「違う違う」
俺は慌てて手を振る。
「ただの編入申請だから!」
その瞬間。
周囲の空気が、
(ただの……?)
みたいな空気になった。
なんでだよ。
そして来賓室にて
「遅いのう」
「姫様、まだ数分です」
「ハルトンならこの時間、暇なはずじゃ」
「いつも窓眺めておるし」
なんか個人情報漏れてません?
すると。
「待たせすぎじゃ!」
「髭むしるか!」
飲兵衛親方達が立ち上がった。
やめて。
ハルヴィンダちゃん達、ちゃんと静かに待ってるから!
「よし、突撃じゃ!」
それを合図に。
飲兵衛フォー。
ハンスさん。
アンナさん。
なぜか全員出撃。
「えっ!? ちょっ――」
慌てて追いかける。
廊下を進むたび、教師達が左右へ避けていく。
完全にモーゼ状態だった。
なんなのこれ。
俺達そんなに怖い?
廊下を進み。
遅れて辿り着くと。
涙目の学部長らしき人物が、完全に囲まれていた。
……何やってんの。
その後。
なんとか全員を落ち着かせ。
応接セットへ座る。
しかしソファは一つ。
ベルンさん一家とハルヴィンダちゃん達優先。
だからみんな。
学部長の後ろに立つな。
しかも全員グラサン外してない。
圧が凄い。
話は一瞬で終わった。
というか。
学部長が終わらせた。
推薦状受理。
試験日程決定。
事務員さんが震えながら決めていた。
ごめんね。
俺達ただの飯屋だから。
帰り際。
「試験当日も来るからの!」
と親方達。
学部長、力なく頷く。
帰り道。
職員室前を通る時も、皆笑顔だった。
……でもなんか。
職員さん達、引きつってません?
やっぱり黒スーツまずかった?
「紺の方が良かったんじゃ……」
そう呟くと。
ブラスさんが、いつもの含み笑いで。
「そうですねぇ」
とだけ答えた。
師匠のニューワールド講座㉖
帝国学園 小学部編
「そういえば師匠」
『なんですか』
「帝国学園小学部って」
『ええ、その通りです』
『日本で言う小学校ですね』
「やっぱあるんだ」
『そのまま』
『小学部』
『中学部』
『高等部』
『大学部』
『六・三・三・四年制です』
「思ったより日本だった」
『前にも言いましたが』
『帝都在住の貴族子弟子女は』
『隠し子含め』
『小学部から強制入学です』
「隠し子まで!?」
『帝国の目は怖いですよ』
「怖ぇよ」
『地方貴族は』
『基本、中学部からですね』
「じゃあ編入生って?」
『裕福な商家の子』
『優秀な一般人』
『あとは外国帰りや留学生です』
「留学とかあるんだ」
『ありますが』
『この世界の留学は』
『ほぼ政治案件です』
「急に重い」
『ですので』
『基本、合格は確定しています』
「出来レースか」
『高等部までは』
『ほぼ全員そのまま進学します』
「で、問題は大学部?」
『その通りです』
『大学部へ行けるかどうか』
『そこが分岐点ですね』
『家を継げない子弟は』
『騎士団試験に合格すれば従騎士へ』
『技術職希望は職業訓練校』
『役人志望は』
『試験に受かれば大学部です』
「完全にエリート選別だな」
『特に貴族子弟は大変ですよ』
『親が跡取りと決めても』
『大学部進学試験があります』
「えっ、親の権限だけじゃダメなの?」
『さらに』
『それまで学園で問題行動を起こしていると』
『皇帝が知っています』
「また帝国の目!!」
『ですので』
『弾かれる事もあります』
「容赦ねぇ……」
『帝国としては』
『貴族の力を削ぐ好機ですから』
『遠慮しません』
「でも悪徳貴族、結構いますよね?」
『そこは』
『裏道や政治的駆け引きですね』
「やっぱあるのか」
『アステリア帝国は絶対帝政ですが』
『成り立ち的に』
『まだ完全ではありません』
『併合した旧王国貴族』
『旧勢力』
『そして――』
『例のお手紙将軍の劣化版達』
「なんでそんな増殖してるの」
『不安材料は多いですね』
『ですが』
『帝国中枢は理解しています』
『権力争いも』
『利権争いも』
『帝国という土台があってこそだと』
「まあ、国が無きゃ意味ないもんな」
『ですので』
『いずれ淘汰されるだろうと見ています』
「長い目だなぁ」
『現皇帝は二代目』
『まだ建国期ですからね』
『勢いがあります』
「これからどうなるか、か」
『このまま繁栄するのか』
『まとめきれず』
『再び戦乱へ向かうのか』
『ただでさえ』
『“お手紙将軍劣化版”という』
『絶好の開戦火種を抱えていますからねぇ……』
「その呼び方やめろって」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




