29 騎士じゃなくても
店内に漂っていた唐揚げの匂いに混じって、最近はインクの匂いも増えていた。
昼の忙しい時間帯がようやく落ち着き、俺がキッチンで一息つこうとしていた時だった。
テーブルの端に、誰かが置いていった新聞や週刊誌が積まれているのが目に入る。
「双星の断罪者、華麗なる成敗」
「帝国侯爵家の闇」
「伯爵家と騎士団の癒着」
「実録、騎士団の腐敗」
……なんだなんだ、随分と物騒な見出しだな。
どうやらここ数日、帝都ではかなり大きな事件が起きているらしい。
ランチを食べに来た客達も、その話ばかりしている。
騎士団の再編だの。
侯爵領や伯爵領への強制調査だの。
不正商家の摘発だの。
「やれやれ、どこの世界にも官民の癒着とか腐敗ってあるのねぇ……」
俺は新聞をぱらりとめくりながら、ため息をつく。
でも侯爵とか伯爵って、この国じゃかなり偉い存在のはずだ。
そんな連中が一気に失脚したら、帝国全体が混乱するんじゃないのか。
ふと視線を上げると、ベルンさんが新聞の見出しをじっと睨んでいた。
……そっか。
元騎士だもんな。
しかも自分自身が、冤罪で追放された身だ。
色々と思うところがあるんだろう。
「その新聞、後で読んでいいですよ。どうせ捨てるだけですし」
そう声をかけると、ベルンさんは少しだけ驚いたような顔をしたあと、小さく頷いた。
『少しはヴァルナさんも読みなさい。世間の勉強になりますよ』
頭上から師匠の声が飛んでくる。
『この世界にはネットニュースなんてないんですから』
ふっ、師匠。
今の俺に、そんな時間があるとでも?
『睡眠時間を削りましょう』
「これ以上削ったら死ぬわ!」
思わず叫ぶ。
すると師匠は、呆れたようにふわりと回転した。
『はぁ……覚えてないんですか。死にかけたら高位回復魔術を使ってあげるって言ったでしょう』
『ついでに精神異常回復もかけてあげますから安心してください』
「ねぇなにそれ。俺もしかして地獄に落ちた?」
『何言ってるんですか。天界なんて“月月火水木金金”の精神で働いてます』
『睡眠時間があるだけ、地獄よりマシでしょう。おかげで最近お肌の調子も良く――』
あっ、今さらっと天界を地獄扱いした。
すると、いつものように天界から紙切れが舞い降りてくる。
『7徹の先が始まりだ』
『休みって検索しても出てこない』
『甘味プリーズ』
『一人だけずるいぞ』
……久々に注文票以外のビラが来たな。
「はぁ……レベル1で申し訳ないが、今夜はデザート大きめに作るか」
そう呟いた時だった。
店の表が急に騒がしくなる。
おっ、ハルヴィンダちゃん達が戻ってきたかな。
今日の出前は、鳥の唐揚げ盛り合わせだった。
あまり良い肉じゃなかったから、味付けをかなり工夫した。
ピリ辛。
南蛮風タルタル。
明太子衣。
ハニーマスタード。
色々試したが、満足してくれただろうか。
……しかし、うちの住人達の感想が、相変わらず信用ならない。
飲兵衛親方達は、次から次へと口へ放り込んで酒を飲むだけだし。
「味わかってるんですかねぇ……」
ハンスさんは何を食べても、
「うまいっす!」
しか言わない。
ちみっこ達は、
「おいしいー!」
とは言ってくれるが、マルタさんには負けるらしい。
マルタさんは、いつもニコニコしながら食べるし。
アンリ先生とミレディさんは、
「不味くはないのう」
「いつも通りですね」
キューブは、
「マスターの手作りご飯、感激です」
エマさんは、
「ふぅ……チートお願いします」
アンナさんは、
「こんな物を姫様に食べさせるなんて……」
セバスさんに至っては、
「……」
「……」
無言。
素直に「美味しいです!」って言ってくれるの、ハルヴィンダちゃんくらいだ。
……いや待て。
逆に気を遣われてる?
よし、こういう時は第三者だ。
「ベルンさん、どうです?」
なんか最近、世のお母さんが、
『今日の晩御飯なにがいい?』
って聞いて、
『なんでも』
って返される気持ちが分かってきた。
そんな事を考えていると、店の入り口が開いた。
「おかえりな――」
そこまで言いかけて止まる。
入ってきたのは、ハルヴィンダちゃん達ではなかった。
複数の騎士。
……なんだ、手入れか?
いやいや、ちゃんと商業ギルドには申請してるぞ。
モグリ営業じゃない。
はっ、まさかエマさんか。
でも師匠が居住スペースから出られないようにしてるし――。
騎士達はキョロキョロと店内を見回し、やがて一人が声を上げた。
「おお、探したぞグラウハイム卿!」
……狙いはベルンさんか。
思わずキッチンから飛び出しかける。
ベルンさんは冤罪だ。
ここでも真面目に働いてくれてる。
これ以上うちの従業員に難癖つけるなら――。
「ヴァルナ殿」
ベルンさんが静かに俺を止めた。
「すまんが、少し時間を貰えんか。彼らと話がしたい」
そう言われると、何も言えない。
「……奥の席、使ってください」
俺はそう言って、マルタさんとソレイアちゃんを庇える位置を確認する。
念のため、キューブにも――。
「心配ありませんよ、マスター」
いつの間にか後ろに立っていたキューブが、にこやかに微笑んだ。
「ささ、料理をお待ちのお客様がいますよ」
そのままキッチンへ押し戻される。
うーん……気になる。
なんか騎士達、めちゃくちゃ興奮してるぞ。
「疑いが晴れた」
「名誉が回復した」
「騎士に戻れる」
そんな言葉が断片的に聞こえてくる。
やがて騎士達は、ベルンさんの肩を叩き、笑顔で握手を交わして帰っていった。
……そっか。
詳しくは分からないが、ベルンさんの冤罪が晴れたんだ。
騎士に戻れる。
それは、本来なら喜ばしい事のはずだ。
でも――。
なんか、ベルンさん元気ないな。
『はぁ……本当にお馬鹿さんですね』
「なんでだよ。騎士に戻れるんだぞ?」
『はいはい、手を動かす』
解せぬ。
そんなやり取りをしていると、
「ただいま戻りましたー!」
元気な声と共に、ハルヴィンダちゃん達が戻ってきた。
ああ、リヤカーMK-2ver1.45から荷物下ろすの手伝わないと。
洗い物も山ほどあるし。
あとあと――。
その日の晩御飯は、久しぶりに全員が揃っていた。
……なのに。
静かだった。
ちみっこ達も、最初こそ嬉しそうだったが、今は黙って食事している。
原因は明らかだった。
ベルンさんだ。
怖い顔をしたまま、食事の手が止まっている。
事情を知っている者達も、目配せだけで会話している。
重い。
そんな空気をなんとかしようとしたのか、ハルヴィンダちゃんが明るく口を開いた。
「あの店長、お昼に騎士様達来てましたけど、何かありましたか?」
あっ。
ハルヴィンダちゃん、それホームラン。
事情を知っている連中が、一斉にベルンさんを見る。
さらに重くなる空気。
「あ、あの……私、何か言っちゃいました?」
ハルヴィンダちゃんが、慌てて謝る。
ケモ耳がしゅんとなる。
それを見たリナちゃんが、そっと服を掴む。
「おねえちゃん……」
まずい。
泣くぞこれ。
ソレイアちゃんまで涙目になり始める。
マルタさんが席を立ち、二人を優しく撫でる。
そして、ベルンさんへ視線を向けた。
「あなた。皆さん困っていますよ」
仕方ないですねぇ――そんな顔だった。
ベルンさんは小さく息を吐く。
「ああ、すまん」
「実はな。昼の騎士達は昔の同僚でな」
「私の冤罪が晴れたそうだ」
その言葉に、店内が静まり返る。
「近々、“フォン”の称号も戻され、騎士団への復帰も決まった」
そう言って、ベルンさんは立ち上がり、アンリ先生とミレディさんへ深く頭を下げた。
おお、やっぱりそうだったのか。
良かった。
本当に良かった。
「ほんと!? パパまた騎士様になるの!?」
ソレイアちゃんが、ぱっと笑顔になる。
やっぱり騎士だった父親が誇りだったんだろう。
「本当ですか! おめでとうございます!」
ハルヴィンダちゃんも嬉しそうに祝福する。
……そして気づく。
騎士に戻る。
それはつまり――ここを出ていくって事だ。
再び沈黙。
その空気を破ったのは、アンリ先生だった。
「そうじゃな。騎士に戻れば住む所も決められる。ここにはおられんな」
……そんな嫌われ役、俺が言わなきゃいけなかったのに。
また逃げた。
昔、部下が理不尽に怒鳴られていた時。
俺は何も言えなかった。
その時の嫌な記憶が蘇る。
駄目だ。
今度こそ――。
そう思った瞬間。
『いいから黙って見てなさい』
師匠の声が響く。
『あの時と違って、今はまだ出番じゃありません』
……なんで知ってるんだよ。
ベルンさんは、ソレイアちゃんの前へしゃがみ込む。
「なぁソレイア。父さん、騎士じゃないと駄目か?」
優しく頭を撫でる。
「父さんな。小さい頃から騎士に憧れてた」
「孤児院育ちで、何もなかった」
「昼は騎士ごっこ。夜はシスターが読んでくれる騎士物語」
「母さんに会って、結婚したくて必死に頑張って騎士になった」
「そしてお前が生まれて……本当に幸せだった」
ソレイアちゃんを抱き上げ、膝へ乗せる。
「でも色々あった」
「父さんは騎士を辞めさせられた」
「お前にも辛い思いをさせた」
ソレイアちゃんは涙目で首を横に振る。
「でもな」
ベルンさんは優しく笑った。
「ここに来て気づいたんだ」
「騎士じゃなくても幸せなんだって」
「給料は減ったし、酔っ払いの相手もしなきゃいかんが」
給料安くてすみません。
「でもな。ここなら毎日お前達といられる」
「それが父さんの幸せなんだ」
ソレイアちゃんは泣きながら抱きつく。
「わたしもパパと一緒がいい!」
……いい話だ。
なのに。
「いつまででしょうねぇ」
エマさんが余計な事を言い始めた。
「思春期になったら“パパ臭い”とか――」
ナイス、キューブ!
即座に口を塞いだ!
危ねぇ!
全国のお父さんのHPが消し飛ぶ!
『独身でよかったですね』
シャラップ師匠。
そんな漫才をしているうちに、話はまとまったらしい。
ベルンさんが改めて頭を下げる。
「ヴァルナ殿。これからもここで雇ってくれないか」
「もちろんですよ!」
俺は即答した。
「ベルンさんもう立派なフロアスタッフですし!」
「酔っ払い対応もしてもらわないと困るし!」
「マルタさんいなくなったら帳簿誰つけるんです!」
「ソレイアちゃんとリナちゃんも一緒にいられるし!」
「みんなハッピーです!」
『もっとマシな言い方ありません?』
うるさい。
だが、その言葉に皆が吹き出した。
重かった空気が、一気に崩れる。
「よし、騎士団の方は我がなんとかしよう!」
アンリ先生が胸を張った。
頼りになる。
……やっぱり実家すごい騎士家系なんだろうなぁ。
だが、その時。
ミレディさんが静かに口を開いた。
「……しかし、困りましたね」
「何がです?」
「学校です」
あっ。
ソレイアちゃんもリナちゃんも、今学校行ってない。
皆が黙り込む。
そして。
「うむ、乗り掛かった舟じゃ」
アンリ先生が不敵に笑った。
「帝国学園小学部でよかろう」
…………は?
「ここから近いし問題なかろう!」
いやいやいやいや。
アンリ先生。
その帝国学園が問題だらけなんですが。
この瞬間。
俺を含め、飲兵衛親方フォーとその他諸々による“殴り込み”が決定したのだった。
師匠のニューワールド講座㉕
帝都の街づくり編
「師匠」
『なんですか』
「騎士って、住む場所決められてるんですか?」
『ある程度は決められていますね』
『帝国では』
『身分や職業ごとに区域分けされています』
「へぇ」
『これは』
『二百年戦争時代の名残です』
「戦争の?」
『効率よく都市を運用するためですね』
『例えば職人街』
『同系統の職人を集め』
『素材加工や物流の流れを最適化します』
「工業地帯みたいな感じか」
『さらに』
『そこへ通う住民を近くへ配置』
『輸送効率も向上させます』
「完全に都市設計だな」
『帝宮を守るように』
『下級貴族や騎士の住居』
『その外側に一般市民区画』
『さらに外周や要所に』
『中級以上貴族の屋敷』
『騎士団屯所』
『防衛線として配置されています』
「なるほどなぁ」
『ヴァルナさんも』
『エルミナに言われたでしょう?』
「……ああ」
『“勝手に店を出すな”と』
『飲食店の内容によって』
『周辺環境が変化しますからね』
『治安維持施設』
『市場』
『娯楽施設』
『全部、人口と需要を見て配置されています』
「思ったよりガチだった」
『当たり前です』
『数十万都市を運営するのですよ』
「うっ……」
『ヴァルナさんも』
『日本でやっていたでしょう』
『街運営ゲーム』
「……」
『街地平線とか』
『カリブの独裁者5とか6とか』
「微妙に危ない言い方するな」
『あれを国家規模でやってると思ってください』
「急に理解できた」
『つまり』
『帝都は』
『“設計された都市”なのです』
「もしかして……」
「最初に設計したのって」
『ふふふ』
『《街づくり》スキルです』
「出たチート!!」
『あっという間に都市が完成します』
『大国建国時には』
『だいたい初代皇帝や王の近くにいますね』
「便利すぎる」
『便利すぎて問題でした』
「ですよねー」
『まあ』
『現在の帝国には存在しません』
『ですので今は』
『地道に再開発しています』
『良いことですね』
「師匠」
『なんですか』
「なんでそんな怖い顔で俺見るの」
『……』
『別に?』
「いや絶対疑ってるよね!?」
「俺、《街づくり》スキルなんて持ってないからね!?」
『本当でしょうかねぇ』
「疑いが強い!!」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




