27 まだ看板も出してない
俺がそれを最初に見た時に思ったのは――
やりやがった、あの飲兵衛達。
だった。
店の裏手。
新しく出来た車庫の前に鎮座しているそれを見上げ、俺は思わず頭を抱えた。
飲兵衛親方達は、これを“リヤカー”と言う。
いや待て。
どこがだ。
防振マットに防振タイヤ。
最高級のサスペンション。
保温保冷装置。
重い荷物を楽に運べるよう魔動補助装置まで搭載。
さらに、雨風を防ぐ簡易結界に、防犯装置までついているらしい。
「これ、もうリヤカーじゃなくて別の何かだろ……」
思わず呟く。
しかもサイズがおかしい。
小型バンくらいある。
どこをどう見ても、人力で引くサイズじゃない。
「見ろよ……エルミナさん来たぞ……」
俺は青ざめながら振り返る。
こんな物を見たら、また鬼になる。
般若を背負って書類を抱えて襲ってくる。
そう思ったのだが――
「素晴らしい……!」
エルミナさんは目を輝かせた。
「素晴らしいですよ、スミズル様、トレース様!」
両手で書類を抱えたまま、リヤカーの周囲をぐるぐる回り始める。
「これは世紀の発明では!? 早急に特許申請をするべきです!」
あれ?
なんか俺の時と対応違いません?
俺というか、店が何かやると、
“書類”
“訂正”
“追加申請”
“図面修正”
の怒涛のコンボなのに。
なんで飲兵衛親方達だとベタ褒めなの。
ねぇ。
『日頃の行い、人徳の差ですね』
「なにがだよ!」
頭上から聞こえた師匠の声に即座にツッコむ。
「こっちは毎日真面目に料理作ってるんだぞ!?
あっちは朝から晩まで酒飲んでるだけじゃん!」
しかもこうなった原因、エルミナさんだからな?
そう。
遡ること約一週間前――。
ランチタイム。
グスタンさんの野菜をふんだんに使った“野菜天ぷら定食”をエルミナさんに出した時だった。
「ヴァルナさん」
天ぷらをサクッと齧りながら、エルミナさんが何気なく言った。
「以前話していた“出前”の件、どうなりました? 書類の方は」
「いや、あの計画止めましたし」
即答した。
嫌だもん。
書類地獄も、お取り寄せ地獄も。
すると、ちょうど料理を配り終えたハルヴィンダちゃんが、ぱっとこちらを向く。
「えっ、店長。出前されるんですか?」
しまった。
聞かれた。
「そうみたいよ」
エルミナさんが余計な補足をする。
「再開発エリアの皆さんが、昼休みにわざわざここまで来るの大変だからって、相談受けてたの」
それを聞いたハルヴィンダちゃんの顔が、ぱあっと明るくなった。
「私も思ってたんです!」
両手を胸の前で握る。
「みんな、昼休み短くなって大変そうだなって!」
そして、真っ直ぐな目でこちらを見てくる。
「さすが店長です! ちゃんと皆の事考えてたんですね!」
やめろ。
そんな穢れなき笑顔で見るな。
おっさんは汚れてるんだ。
社会にもまれて、だいぶ穢れてるんだ。
「私、お手伝いします!」
さらに追撃。
「現場どこか分かりますし! 私、出前します!」
――止めた。
とは、言えなかった。
その夜、会議が開かれた。
……いや。
“やるかどうか”を話し合う会議ではない。
もうやる流れだった。
完全に。
なので、相談内容は
“何を作るか”
“どう運ぶか”
になっていた。
現場を知るハルヴィンダちゃんや飲兵衛親方達によると、
「若い衆は肉と量じゃ」
「あと炭水化物じゃな」
との事。
おにぎり。
ハンバーガー。
唐揚げ。
ラーメン。
「……のり弁とかあるかな」
思わず呟く。
のり弁とカップ麺。
あれは贅沢だった。
「……カップ麺?」
ふと考える。
容器は発泡スチロールだが――。
現地でマグカップに乾燥麺とスープの素を入れ、お湯を注げば……。
その瞬間。
ラーメンのレシピが頭に流れ込んできた。
「無理だこれ!!」
即座に叫ぶ。
普通の料理だけでも大変なのに!
スープ作るだけで何日かかるんだ!
しかし、スープ単体ならありか?
魔法瓶を何本か――
いや重い。
そんな風に一人で唸っている間に、周囲では話が進んでいた。
ハルヴィンダちゃんを中心に、
「どこで受け渡すか」
「どれだけ注文が来るか」
「現場の導線」
などが、どんどん決まっていく。
朝の食いっぷりを見る限り、あいつら結構食う。
それこそ小型バンが必要なレベルだ。
……まあ、この世界にそんな物は特権階級専用だ。
「任せとけ」
赤毛親方が胸を叩く。
「良い荷台を作ってやる」
「おお、ひらめいたぞ!」
茶毛親方が酒瓶片手に叫ぶ。
「受け渡し場所も任せとけ!現場監督はほとんど知り合いじゃ!」
おお。
さすがだな。
現場で偉そうにしていただけはある。
……いや、本当に偉い人達らしいんだけど。
そして。
“若い労働者に何を食べたいか聞いてみた結果”。
ダントツ一位だったのが――
カレー。
「お前ら日本人か!?」
思わずツッコんだ。
いや俺も好きだけど!
この世界でも通じるのか!?
普通ホットドッグとかハンバーガーじゃないの!?
でも確かに、保温の強い容器にカレールーを入れて、現地でかければ――。
そこそこ温かい状態で出せる。
よし。
試作品を作ろう。
そう思ってカレーと揚げ物を出した結果。
店がカレー臭くなった。
「うちはカレー屋じゃない!飯屋だ!」
しかし誰も聞いてくれない。
ランチはカレー祭りになった。
そして現在。
目の前には“リヤカー”。
……らしい何か。
「これどうやって引くんだよ」
「楽勝です!」
ハルヴィンダちゃんが胸を張る。
《超剛腕》持ちだからな。
そりゃそうか。
「で、これどこ置くの?」
「車庫あるぞ」
「えっ」
店の南西を見る。
……出来てた。
クリスタルの山が一部削れて。
シャッター付き車庫が。
防犯結界まで完備で。
なんでだよ。
しかも親方達、完全に“やり切った顔”してる。
ハルヴィンダちゃんに、
「どうじゃ!」
「すごいじゃろ!」
とドヤ顔で説明している姿は、もう完全に“孫にプレゼントを渡すおじいちゃん”だった。
「……で、これいくらするの」
恐る恐る聞く。
「誰が店主の為に作ったと言った」
茶毛親方が鼻を鳴らす。
「そうじゃ」
赤毛親方も続く。
「ハルヴィンダ専用機じゃ」
「ですよねー!」
知ってた!
でもおかげで揺れは減った。
保温保冷装置のおかげで、温かい料理も運べる。
夏場も何とかなるかもしれない。
これは……本当にいけるか?
そして。
出前初日。
若い労働者達から注文を取り、
「一週間だけのお試し」
と念押しした上で、第一回メニューは――
野菜たっぷりカレー。
カツ。
卵スープ。
しかも全部量が多い。
絶対多い。
三人前くらいある。
ステンレス製弁当箱に詰めながら思う。
「これ弁当箱か?贈答用おかきの缶じゃないのか?」
でも保温性は高い。
出前要員は、
ハルヴィンダちゃん。
セバスさん。
そして。
“試作型リヤカーの現場検証”とか言ってついていく飲兵衛親方達。
いや絶対遊びだろ。
エルミナさんまで、
「製品化の際はぜひ担当に」
とか言いながらついて行こうとするな。
あんた弁当頼んでるの知ってるからな。
「うまく行くと良いわね、売り上げ上げてもらわないと」
出前へ向かうハルヴィンダちゃん達を見送りながら、マルタさんがぽつりと呟く。
「はい、頑張って料理作ります。いつもやりくりありがとうございます」
最近、本当にマルタさんには頭が上がらない。
毎日帳簿とにらめっこしながら、どうにか店を回してくれている。
そして、若い労働者達が出前になったからといって、店が暇になる訳ではなかった。
まだ看板すら出していない。
なのに、口コミだけで客が増えていく。
最近では、帝国学園の生徒までちらほら見かけるようになった。
「お前ら、学食で食え学食で」
思わずツッコむ。
すると、学生の一人が肩をすくめた。
「学園内は貴族社会の縮図なんですよ」
「将来、家を継げない人間には食堂も面倒で」
「取り巻きは家の方で用意されてますし、取り入っても雑用係になるだけです」
……その年で苦労してるな。
「ほら、サービスだ。デザート食ってけ」
今日はキャロットケーキ。
うちの女性陣には不人気な一品だ。
「まだまだだね」
と、ちみっこ達にまで言われた。
どこで覚えたんだそんな台詞。
……まあ、一人しかいないな。
あの家政婦め。
そして
……結果。
出前は大成功だった。
まあ、現場の責任者達も飲兵衛親方達には強く言えないらしい。
現場に着いた瞬間、
「おう!監督!」
「なんじゃお前ら、ちゃんと働いとるか!」
みたいなやり取りが始まり、そのままなし崩し的に受け入れられたそうだ。
ハルヴィンダちゃんも、最近まで働いていた場所だ。
「この辺なら昼休みに集まりやすいです!」
と、勝手知ったる様子で配膳場所を決めていったらしい。
値段も500G。
ワンコイン。
量を考えると完全にギリギリ価格だ。
いや、たぶん赤字寄りだ。
でも今さら適正価格になんて出来ないだろう。
味は、まだその辺の人気店に追いついてない物も多い。
それでも、量と安さ目当てとはいえ、毎朝わざわざここまで来てくれていたんだ。
そう考えると、値上げなんて簡単に言えなかった。
「……マルタさんには悪いけど」
帳簿とにらめっこしているマルタさんを思い出し、苦笑する。
あの人、最近本当に毎日電卓……じゃないな、計算盤片手に頭抱えてるんだよな。
「今日もやるか、デザート作り」
小さく呟き、俺はキッチンへ向かった。
これが意外と――天界に売れる。
『まあ、不味くはないですからね』
頭上で師匠が淡々と言う。
『食べられるレベルの甘味ですし』
ひでぇ評価だ。
でも実際、天界では甘味が人気だった。
忙しい天界の住人に糖分需要があるらしい。
毎晩、料理の仕込みが終わった後。
睡眠時間を削って、俺は焼き菓子やケーキを作る。
「ああ……奥が深すぎる……」
泡立て器を動かしながら、思わず呻いた。
作れば作るほど、深淵が見えなくなる。
料理もそうだが、デザートは特にシビアだ。
材料の量。
混ぜる順番。
焼き加減。
ほんの少し比率を間違えるだけで、
膨らまない。
固まらない。
焦げる。
別物どころか、完成すらしない。
「こんなの、大雑把でめんどくさがりの俺には無理な世界だろ……」
本気で思う。
スキル万歳である。
間違うと、なんとなく“違う”って感覚で教えてくれる。
レシピも自動で脳にインストールされる。
便利すぎる。
便利すぎて怖い。
「でも俺の脳、大丈夫か?かなりレシピ増えてるぞ」
『元々空っぽですから問題ないですよ』
「ええい!」
見てろよ!
いつか美味いケーキ作ってギャフンと言わせてやる!
そう思っていたら。
師匠が手本だと言って、苺のショートケーキを作った。
……ギャフン。
なんだあれ。
スポンジふわっふわだし。
生クリーム軽いし。
苺との一体感おかしいし。
口に入れた瞬間、幸せが広がるんだけど。
「…………」
無言になる俺。
『修行不足ですね』
ぐうの音も出ない。
そんなこんなで、毎日デザート作りまで始めた結果――
俺は気づいてしまった。
「……俺、働きすぎじゃね?」
まだ月が出ている時間に起きる。
パンを焼く。
そこからモーニング。
さらに出前用弁当の準備。
ランチタイム終了まで、ひたすら料理。
以前は気分転換になっていた市場巡りも、最近は行けていない。
ランチ後は仕込み。
時々エルミナさん襲来。
夕方から晩飯。
終わったら掃除。
明日以降の仕込み。
そこからデザート作り。
気づけば日付が変わっている事なんてザラだった。
「ねぇ師匠」
生クリームを混ぜながら呟く。
「この職場、真っ黒じゃね?」
『天界よりマシです』
即答だった。
『おかげで夜寝れます』
「……」
なんだかんだ言って。
師匠はいつも最初から最後まで付き合ってくれる。
その一言を聞くと、何も言えなくなった。
でもさ。
これ。
まだ正式オープンしてないんだよな。
酒も出してない。
看板も出してない。
なのにこの忙しさ。
「これ、正式に店回り始めたらどうなるんだ……」
想像しかけて――やめた。
考えたら負けだ。
俺は無心で生クリームを混ぜ続ける。
しばらくして。
ぷるぷる震える右腕を見ながら、小さく呟いた。
「……うん、泡立てミキサー取り寄せよう」
師匠のニューワールド講座㉓
帝国学園編
「師匠」
『なんですか』
「今回、本編で帝国学園の生徒出てきましたけど」
「アンリ先生やミレディさんが働いてる所ですよね?」
「実際どんな所なんです?」
『簡単に言うと――』
『洗脳施設です』
「いきなり物騒!!」
『帝国貴族の子女は』
『必ず通わねばなりません』
『通わなければ』
『基本、家督継承資格を失います』
「うわ重い」
『継げない者でも同じです』
『通わせなければ』
『家そのものに罰則が来ます』
「徹底してるな……」
『妾の子』
『火遊びでできた子』
『そういった者も対象です』
「帝国の監視怖っ」
『あと』
『裕福な商家や有力者の子女にも』
『突然通知が届きます』
「拒否権あるの?」
『ありません』
「こわ」
『逆に』
『優秀な庶民の子や』
『推薦を受け試験に合格した者もいます』
「エリート学校なんだな」
『そして』
『これらの子供たちに』
『帝国への忠誠』
『身分制度』
『統治』
『責任』
『そういった物を徹底的に叩き込みます』
「やっぱ洗脳では?」
『そうでもしないと』
『こんな大帝国、維持できません』
「まあ、それはそうか」
「でも、お約束であるじゃん」
「“学園では皆平等”みたいなやつ」
『どこのお花畑ですか』
「辛辣!!」
『本編でも言っていたでしょう』
『帝国学園は』
『“貴族社会の縮図”です』
『下手をすれば』
『宮廷より酷いですよ』
「学生で!?」
『教師陣を絶対とし』
『徹底的に叩き込みます』
『身分社会とは何か』
『貴族とは何か』
『権力とは何かを』
「怖いなぁ……」
『ただし』
『学園内に限り』
『失敗は許されます』
「おっ」
『卒業後にやらかす前に』
『学べという事です』
「なるほど」
『まあ』
『これを利用して』
『わざと不敬行為を繰り返す者もいますが』
「いるんだ」
『卒業後、ピーされます』
「またピー!!」
『教師陣も大変ですよ』
『卒業後は』
『自分達より身分が上になる者も多い』
『下手をすれば報復されます』
「うわ胃が痛い」
『逆に』
『庶民出身教師が』
『卒業後も大貴族に尊敬され続ける事もあります』
「熱いなそれ」
『ですが』
『貴族出身教師が・・・』
『卒業後、あとは察してください案件もあります』
「闇が深い」
『ちなみに』
『身分を笠に着て』
『弱者を虐げる者は』
『帝国の目が記録しています』
「帝国の目?」
『誰が』
『どこで』
『何をしたか』
『皇帝陛下へ直接報告されます』
「怖すぎる」
『ですので』
『誤魔化しは効きません』
『“覚えの悪い存在”として記録されます』
「ブラックリストだ」
『ですが』
『時々いるんですよねぇ……』
『頭お花畑のピンク髪が』
「嫌な予感しかしない」
『“身分制度なんておかしい”』
『“皆平等であるべき”』
『などと言いながら』
『権力者や富豪の子弟へ擦り寄る』
『悲劇のヒロイン気取りが』
「うわぁ……」
『しかも大抵』
『認識阻害』
『魅了系スキル』
『精神誘導系』
『その辺持ちです』
「アウトだろそれ!!」
『数年前にもいましたよ』
『かなりやらかしたらしく』
『高位貴族の跡取りが何人も地位を失いました』
「うわ……」
『皆さん大好き』
『ざまぁ案件ですね』
「雑にまとめるな」
『まあ寄り道しましたが』
『普通に真面目にしていれば問題ありません』
『馬鹿は』
『いつの間にか消えるか』
『修正されますので』
「“修正”ってなんだよ……」
『……』
『ですが』
『今、あるらしいですよね』
『“勇者どものクラス”が』
「えっ」
『……はぁ』
『胃が痛い』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




