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25 甲斐性なしとお取り寄せ

キューブ、キューブが来たよ。


どこ行ってたの。

俺は半泣きで、積み上がった書類を抱えてキューブへ駆け寄った。


店舗改装。

店舗拡張。

避難経路変更。

税率変更。

営業申請訂正。


書類、書類、また書類。

もはや料理人ではない。書記官だ。


「この書類どうにかしてくれ、俺には無理だよ……」


藁にもすがる思いで差し出した俺に返ってきた言葉は。


「初めまして、そしてお久しぶりでございます。」


キューブは胸に手を当て、芝居がかったほど優雅に一礼した。


「このキューブ、御前に参上いたしました。家政の事はお任せ下さい。きちんと仕切ってみせます。」


おお、家政。

家政ってあれだよな。

こういう書類とか、経理とか、そういう面倒くさいやつだよな。

救世主だ。

俺の救世主がついに来た。


「ですが、マイ・マスター」


そんな、銀河の英雄的な伝説に出てくる双璧の片割れみたいな低音ボイスで呼ばれると、変に感動するからやめて欲しい。


「店舗に関する事は、ご自分でなされる様に。」


キューブはにこやかに、しかし一切の容赦なく続けた。


「料理の修行も、その書類も、店舗経営に関わる大切なお仕事ですよ。」

「家の事はこちらでやりますので、気兼ねなくお励み下さい。」


キ、キューブ。

お前もか。

俺の肩がガックリ落ちる。


「ほらほら、手が止まってますよ。」


後ろから、いつの間に移動したのかキューブが俺の背後に立っていた。


「今日中にお願いしますね。」

「今日中って、そんなぁ……」


机に突っ伏した俺を見て、エマさんが呆れた様にため息をつく。


「旦那様、現実逃避しても書類は減りませんよ。」


減ってほしい。

むしろ誰か燃やして。


「旦那様、昼の時間ご飯早く」


エマさん今更ですけど、表に出てきたら・・・はいはい

皆さんお待ちですね、



「ヴァルナさん、私、グスタン様の野菜をたっぷり使った物をお願いします。」


昼時。

エルミナさんが、珍しく機嫌の良さそうな顔で席についた。

この人、本当にグスタンさんの野菜好きだな。


「はいはい、今日は野菜スープ山盛りにしときます。」

「特盛りでお願いします。」


配管工ブラザーズが後ろでサムズアップしてくる。

だからお前ら、本当に配管工なのか。

最近は、

•エルミナさん

•配管工ブラザーズ

•若い労働者組

•飲兵衛フォー

•従業員組

•天界

で、もう店内が毎日戦場だ。


ハンスさんと並んで料理を作る。

フライパンを振るい、鍋を回し、皿を並べる。

忙しい。

でも。


「あーうめぇ!」

「今日のスープ最高っす!」

「店長おかわり!」


そんな声が飛び交うと、不思議と疲れが飛ぶ。

ああ、楽しい。

やっぱり料理してる時が一番楽しい。


……書類は嫌じゃ。


なんで全部手書きなんだ。

過去の転生者ども。

なぜタイプライターかワープロを発明しなかった。



昼の忙しい時間を乗り越え。

なんとか夕方までに書類を書き上げた俺は、燃え尽きた顔で机に突っ伏していた。

そんな俺の前で、エルミナさんが赤ペン片手に書類をめくる。


「相変わらず汚い字ですね。」


グサッ。


「ここ間違っています。」


グサグサッ。


「ここもです。」


やめて。

俺のライフはもうゼロよ。

結局。


「とりあえず商業ギルドに持ち帰って確認します。また来ます。」


そう言い残し、エルミナさん達が帰った頃には、外はもう夕焼け色だった。



アンリ先生とミレディさんもやって来て、店内はいつもの騒がしさを取り戻していた。


「ええと、今日から増えた新しい仲間です。」


俺は皆の前に立ち、キューブを手で示す。


「名前はキューブ。」

「みんなの居住スペースの管理を、エマさんと一緒にしてくれます。」


新入社員紹介みたいだなと思いつつ、台の上に乗せようか考えて――やめた。

必要ない。

だってこの人、この場で一番背が高い。

身長163cmの俺には眩しい世界だった。

この世界、みんな背高くない?

ドワーフの親方達すら俺と同じくらいあるんだが。

解せぬ。


「皆さま初めまして。」


キューブは静かに一礼する。


「キューブ・オーシャンと申します。マイ・マスター、ヴァルナ様の執事を務めさせて頂きます。」

「居住スペースで皆さまが快適に過ごせますよう尽力致しますので、よろしくお願い致します。」


完璧だった。

声。

所作。

立ち姿。

全部が執事。

一部女性陣の目が完全に輝く。


「わぁー!」


リナちゃんとソレイアちゃんがキャッキャしている。

アンナさんなんか、頬を押さえてうっとりしていた。


「婚約破棄できるかしら……」


怖い事言わないで。

ハルヴィンダちゃん。

凝視しすぎです。

固まってますよ。

まあ、男の俺から見ても美形だしな、俺も女性なら年甲斐もなくはしゃいでいたかもな、これで男性らしいから、女性ならさぞ絶世の美人だろう。


「私、女性体にもなれますが。」


真顔で艶やかな女性の声で言ってきた。


「マスターがお望みなら。」

「冗談ですよ。」


キューブがニコリと笑う。


「毎回引っかかってくれて嬉しいです。」


なんだ冗談か。

……いや待て、一瞬ドキッとした俺が悔しい。

俺はノーマルだ。

ボンキュッボンの大人の女性が好きなんだ。

ベルンさんはベルンさんで、マルタさんがキューブを見惚れていないか気になって仕方ないらしい。


「や~ねぇ、私はあなた一筋よ。」

「お、おう……」


イチャイチャし始めた。

親方達はというと。

ちみっこ組の騒ぎっぷりと、ハルヴィンダちゃんの様子を見て。


「こら、まだ早いわい。」


茶毛親方笑顔が怖い。


「そうじゃ、ワシの目が黒いうちは。」


赤毛親方も腕を組む。

しかし次の瞬間。

キューブがどこからともなく酒瓶を取り出した。


「ほう。」

「お主、良い奴じゃのう。」


早い。

陥落が早い。


「店主! つまみを早よう!」

「さっきまで警戒してたよね!?」


ブラスさんはいつもの細い目をさらに細め、「ほう」と含み笑い。

ミレディさんは一瞬だけ腰の剣に手をかけたが、アンリ先生に止められる。

そのまま師匠を見て、何か納得した様に黙り込んだ。

ハンスさんとセバスさんはマイペースに晩飯準備。

エマさん、もう席についてる。


『婚約破棄しちゃえ、ざまぁだ』


って天界煽るのやめて。

今日はキューブ歓迎会だ。

俺も腕を振るった。

騒がしくて。

笑い声が絶えなくて。

とても楽しい晩飯だった。


……最後に出したケーキだけは。


「最後でオチがついたな。」


と言われた。

見てろよ。

いつかギャフンと言わせてやる。



晩飯も終わり。

帰ろうとするブラスさんへ、キューブが数枚の書類を差し出した。


「これは?」

「なかなかマスターがこちらへ招いてくれなくてですね。」


キューブは苦笑する。


「時間を持て余しましたので、少し調べておきました。どうぞご自由に。」


そう言い残し。


「さて、私の部屋は……」


と、2階へ向かっていく。

ブラスさんは書類に目を通した。

そして。

いつも細められている目が、大きく見開かれる。

え、なに。

そんなヤバい内容?

気になる。

ブラスさんは最後まで読み切ると、すぐにアンリ先生とミレディさんの元へ向かった。

三人で小声の密談が始まる。

何。

なになに。


「店主、馳走になったの。」


アンリ先生が立ち上がる。


「今日はちと用事があってな、これで失礼する。」


さっきまで「今日は泊まるぞ」空気だったのに。

ミレディさんが低く言う。


「すぐに裏を取ります。」


何の!?

めちゃくちゃ気になるんですが!?

だが。


『さあさあ、洗い物ですよ。』


現実は待ってくれない。

人数が増えた分、洗い物も増えた。

ハンスさん達も手伝ってくれるが、それでも山盛りだ。

さらに明日の仕込み。


生ハム原木。

グスタンさんの野菜たっぷりスープ。

朝用仕込み。


段取り八分仕事二分。


この年になってようやく意味がわかった。

料理って、本当に大変だ。



次の日の午後。

俺は師匠に呼び出され、キッチンの床に正座していた。


『先日は色々あって中断しましたが、改めて《料理器具お取り寄せ》スキルの練習です。』


師匠が、どこからともなく取り出した教鞭を機嫌よさそうに振り回す。

いや待って。

その教鞭、なんか途中からハンマーみたいになってません?


『前回、ヴァルナさん情けなく倒れましたから、最初から座って行いましょう。』

「うっ……」


あれは思い出したくない。

トングと菜箸を呼んだだけで、危うく三途の川を渡りかけたのだ。


『ヴァルナさん、始める前に確認です。』


師匠がジッとこちらを見る。


『ちゃんと《料理器具お取り寄せ》スキルありますか。なんか召喚とか文字化けしてませんか。』


なんか執拗に聞いてくる。

しかも、さっきからハンマーを素振りしてません?

怖いんですけど。

俺は慌てて意識を集中し、自分のスキル一覧を確認する。

どこだ、どこにある。

レシピ多すぎて見づらいんだよ。


「あった!」


《料理器具お取り寄せ》


「師匠、大丈夫です! ちゃんとあります! 文字化けもしてません!」

『ちっ』

「今、舌打ちしましたよね!?」

『気のせいです。』


師匠は澄ました声で言いながら、ハンマーをフルスイングした。

風圧が頬を撫でる。

どうやって“修正”するつもりだったのかは、聞かないでおこう。

絶対ろくな方法じゃない。


『以前も言いましたが、《料理器具お取り寄せ》は、ヴァルナさんがお店をやっていく上で、とても有用なスキルです。』


師匠はハンマーを肩に担ぎながら説明を続ける。


『特にヴァルナさん、まだお店も開けてなく、お金が稼げてません。』

『女神様ローンも、すでに20年物を組んでますし、これ以上は無理です。』


ぐはっ。

気にしてる事を。

第一、俺ローン組んだ覚えないぞ。


『忙しそうでしたから、代行しておきました。保証人なしですから、来世以降も続きますよ。』

「なんだよそれ!」


怖いお兄さん達の所より恐ろしいぞ!

俺が青ざめていると、師匠はどこ吹く風で続ける。


『お店がある程度は勝手に用意してくれてますが。』

『細かいデザインや、足らない必要な物は買わなくてはいけません。』

『でも先立つものがないです。』


師匠が深々とため息をつく。


『ふぅ、甲斐性なしですねぇ。』

「止めて! もう俺のHPマイナスですよ!」


本当に泣きそうなんですが。


『そこで役に立つのが、お待ちかねのチート、《料理器具お取り寄せ》です。』


おお。

ついに俺にもチートらしいチートが。

でもいいのか?

チート嫌いの師匠が。


『本来は気が進まないのですが、色々と理由があります。』


師匠は指を一本立てる。


『まず、甲斐性のないヴァルナさんがお店の備品を仕入れる為に。』


また言った。

二回言った。


『料理器具とそれに類するもの。』

『お店のカーテンとか、食器とか、少し緩く、お店をやっていくのに必要な物を取り寄せる事ができます。』

『まあ、ダメなものはダメですが。それはやってみないと解りません。』


なるほど。

かなりアバウトだけど、便利だな。


『ただし、好き放題無料ってわけではありません。』


ですよねぇ。

そんなの無限に出来たら、この世界の流通おかしくなるし。

権力者にバレたら、俺、監禁製造マシーン化だよ。


『対価が必要です。』


師匠が真面目な声になる。


『無から有を生み出すなんて、神様でも無理です。必ず元となる物が必要です。』

「えっ、それがもしかして20年ローンの正体?」


やだ。

元本増えるじゃない。

無限地獄だ。

俺は真っ青になって震える。

そんな俺を見て、師匠は苦笑いした。


『それは出来ない事はないですが、今回は別です。』


そう言って取り出したのは、小さなクリスタルの結晶だった。

淡く光を放つ、美しい石。


『これです。』


師匠がクリスタルを指先でつまみ上げる。


『神々の振るった力の残滓、クリスタル。純度の高いエネルギーの塊です。』

『これを元に物質変換を行い、お取り寄せを行います。』


なるほど。

あの魔動車とか、色々な魔道具の燃料になっているやつか。


「でも師匠、クリスタル買うお金ありませんよ。」


すると師匠は呆れたようにこちらを見た。


『はぁ、ここの立地忘れたのですか。』


立地?

……あ。


「クリスタルの山。」


そうだ。

ここ、山そのものが巨大クリスタルだった。

でも。


「あれ、『大地母神』神殿の物でしょ? 勝手に使っていいの?」

『いいんです。』


師匠は即答した。


『逆に、どんどん使って下さい。これがもう一つの理由です。』

『これ、本当に神々の力の残滓です。』

『地上にあっては邪魔ですし、不要な物です。』

『だから、使って使って無くすのが、この世界の為です。』


なるほど。

そういう意味もあったのか。


『なんの為に、ブラスに言って、ここの管理権と所有権を譲らせたんですか。』

「そ、そうなのか。」


さすが師匠。

頭いい。


『まあ、スキル使うのにヴァルナさんの魔力使いますが、微々たるものです。』

『前回、倒れましたけど。』

「おおぅ……」


つまり、あれは俺の魔力不足が原因なのか。

トングと菜箸で力尽きるほど少ないのか、俺。

しょんぼりしていると、師匠が肩をすくめた。


『《料理》レベルが上がれば、さらに消費魔力も減りますし、取り寄せる事ができる物も増えますよ。』

『あとは慣れですよ、慣れ。』


慣れ、か。

これも繰り返し行い、使いこなせるようにならないと駄目なんだな。

本当に料理と同じだ。

下積みが大変だなぁ。


師匠のニューワールド講座㉑

クリスタル編


「今回は、本編でも少し説明した」

『クリスタルについてです』

「帝都の名物ですね」

『名物扱いする物ではないのですがねぇ……』

「え、そうなの?」

『あれは』

『過去に神々が地上で力を振るった際に残った』

『“力の残滓”です』

「残りかすってこと?」

『まあ、そうですね』

「急にありがたみが消えた」

『ですが』

『残りかすとはいえ』

『上位世界の住人たる神々の力です』

『地上には過ぎたる物ですよ』

「つまり危険物?」

『超危険物です』

「帝都の観光名所なんだけど!?」

『本来なら』

『神々が回収しなければならない物でした』

「じゃあ、なんで残ってるの?」

『当時、神々も余裕がありませんでした』

『天界も地上も巻き込んだ大戦争中でしたので』

「神様も忙しかったんだな」

『ようやく手が回るようになった頃には――』

『チーターどもが』

『戦略兵器化』

『戦術兵器化』

『物資化』

『生活インフラ化』

『していました』

「全部やってる!?」

『神の力ですからね』

『便利な高出力エネルギー源です』

「うわぁ……」

『しかも』

『人類はクリスタル依存になっていました』

『代替エネルギー技術が衰退しすぎて』

『取り上げると文明崩壊しかねない状態だったのです』

「詰んでるじゃん」

『ですので神々は』

『“有限だから、これ以上増やさない”』

『という神託を下しました』

「まあ当然だな」

『ですが人類は』

『クリスタル研究ばかりしています』

「ダメだこいつら」

『代替エネルギー研究?』

『ほぼ進んでいません』

「未来が怖い」

『どうなるのか』

『実に面白いですね』

「師匠ちょっと楽しんでない?」

『ちなみに』

『《太陽神》神殿などは』

『総出でクリスタルを浄化し』

『天界へ力を返しています』

「ちゃんと減らしてるんだ」

『ええ』

『とはいえ世界中に存在していますので』

『完全になくなるまで』

『数百年ほどでしょうか』

「けっこう長いな」

『ですが』

『必ず終わりは来ます』

『その時』

『人類がどうなるか』

『楽しみですね』

「だから楽しむなって!!」

『だ・か・ら』

『ヴァルナさんも頑張って』

『クリスタルの山を消すのですよ』

「えっ」

『上位世界の物など』

『この世界には害しかありません』

「帝都名物全否定!?」



作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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