24 導く者と支える者
鬼じゃ、般若がおる。
今、俺はエルミナさんに怒られている。
なんか来る度に怒ってません?
「だ・れ・の・せ・い・で・す・か。誰の」
机を叩く勢いで身を乗り出し、
エルミナさんが眼鏡の奥からこちらを睨みつける。
怖い。
「最初に言いましたよね、来る度に。何度も」
「は、はい……」
「なんなんですか、来る度に店舗拡大改装して」
改装だった。
回想じゃない。
いやそこじゃない。
「避難経路、客席数、店舗面積、全部変わるんです」
「店舗の広さによって税率も申請書類も変わるんです」
「今日も店の入り口に待合スペースなんて作って……また店舗図面からやり直しですよ!」
どんっ、と新しい図面が机に叩きつけられる。
その後ろでは、
配管工ブラザーズが普通に床へ座り込み、
定規片手に図面を引いていた。
だからなんでお前らそんな慣れてんの。
「へへ、これでスパゲッティメニュー全制覇まで粘れますね兄貴」
「サラダバー追加されねぇかな」
サムズアップするな。
お前ら完全に入り浸る気満々じゃねぇか。
「聞いてます? ヴァルナさん」
「はっ、はい!」
ビクッと肩が跳ねる。
「私、上から“訂正ばかりで内容が毎回変わる書類”を持ってくる問題職員扱いされてるんですよ?」
「しかも“店が勝手に広がります”って報告してるんですよ?」
「何言ってるんだこいつ、って目で見られる私の気持ち分かります?」
分かる。
すごく分かる。
俺でもそう思う。
「あの婚活しか考えてない馬鹿共にまで、可哀想な目で見られて」
「もうアンリちゃんの依頼じゃなかったら投げてますよ」
怒涛の勢いでまくし立てるエルミナさん。
うん。
これは完全に溜まってる。
というか。
毎回来る度に店の構造変わってるの、
普通にホラーだもんな。
俺でも嫌だ。
「うぅ……」
机に向かいながら書類を書き直す。
また書類地獄だ。
これもう異世界スローライフじゃなくて、
異世界役所対応生活なんだが。
「おーい、キューブー!」
助けを求めて周囲を見回す。
「こういう内政とか家政とか、お前担当だろー!」
いない。
あれ。
なんで俺、
キューブの担当分かるんだ?
「聞・い・て・ま・す・か?」
「はいぃぃっ!」
怒られた。
周囲を見れば、
ハルヴィンダちゃん達はリナちゃん達が気になって居住スペースへ。
飲兵衛親方達もそっち。
ベルンさんも家族の様子を見に行った。
残ったメンバーは、
怒るエルミナさんなど我関せずで淡々と仕事をしている。
くそう。
頼れる人がいない。
これじゃ本当にギャグ漫画のワンシーンだ。
そんなヴァルナ達の頭上。
遥か上空。
クリスタルの山頂。
風が吹き抜けるその場所に、
三つの影が立っていた。
師匠。
キューブと呼ばれた青年。
そして――エマ。
『あなた、悪魔族ですね』
師匠の声が冷える。
普段の軽口とは違う。
空気そのものが張り詰めた。
『なぜこの世界にいるのです』
『あなた達の存在は、まだ誰にも知られていないはず』
『呼べるはずがないのですが』
圧。
神格を伴う威圧。
空気が震える。
だが。
キューブはまるで気にした様子もなく、
穏やかな笑みを浮かべた。
「おやおや、そんなに警戒なさらずとも、戦乙女殿」
『その名で呼ぶな』
ピシリ、と空気が鳴る。
こいつ。
私の本体を見ているのか。
「私達は“師匠”と呼んでいる」
横からエマが口を挟む。
緊張感がない。
本当にない。
「それは失礼しました」
キューブは胸へ手を当て、
優雅に一礼する。
「では、お師匠殿と」
ちっ。
真名を知られるのはまずい。
『好きにしろ』
「ありがとうございます」
そう言って、
キューブは柔らかく微笑んだ。
「私、キューブと申します」
礼儀正しい。
調子が狂う。
悪魔族とは、
もっとこう……禍々しく邪悪な存在ではなかったか。
『なぜここへ来たのです』
『女神の加護で守られた、この場所へ』
『この世界への侵攻ですか?』
『だとしたら、いきなりここへ来るとは無謀ですね』
もし本当に敵対するなら。
勝てるのか?
……いや。
無理だ。
こいつ。
かなり上位だぞ。
援軍を呼ぶにしても時間稼ぎにもならん。
「別に、この破綻した世界に興味はありません」
キューブは肩を竦める。
「ただ、マスターに呼ばれたので来ただけです」
「本当はすぐ参上したかったのですが」
「お師匠殿の仰る“女神の加護”のおかげで弾かれてしまいまして」
「難儀しました」
そう言って、
両手を広げる。
『マスター?』
『誰です』
『ここにそんな知識も力も持った者はいませんよ』
誰だ。
ドワーフか。
エルフか。
いや、違う。
そんな素振りはなかった。
エマ?
いや。
エマ程度でこんな存在を――
「おやおや」
キューブが笑う。
「エマではありませんよ」
エマが横で、
心外そうな顔をした。
「マイ・マスター……ああ、名前は封じられていましたね」
「ここでは“ヴァルナ”と呼ばれているお方ですよ」
『は?』
思わず間抜けな声が出た。
『ヴァルナさん?』
『それは無理ですね』
『彼の事は最初にきちんと調べました』
『そんな知識も力もありません』
「ええ、百も承知です」
キューブはあっさり頷く。
「ですが、マスターは人材不足で悩んでおられましたので」
「お力になるべく、マスターが行った”物質変換”に便乗して召喚に応じました」
『物質変換……』
『《料理器具お取り寄せ》ですか』
「あれは便利ですね」
キューブはクリスタルの山を見下ろす。
「この山を媒体とし、等価交換で必要な物を手に入れる」
「実に興味深い“魔法”です」
『魔法ではありません』
即座に否定する。
『スキルです』
「……そうでしたね」
キューブが小さく笑う。
「失礼しました」
気に食わない。
全部分かっていて、
わざとやっている。
「ご安心を」
「私はマスターを助けに来ただけです」
「それ以外、何もするつもりはありません」
「見ているのでしょう?」
キューブが天を見上げ、
両手を広げる。
「あなたの主人だけでなく、他の五柱も、それ以外も」
「何かするつもりなら、もう始まっていますよ」
瞬間。
空が低く唸った。
雷鳴。
《太陽神》辺りが、
雷でも落としそうな空気。
だが。
落ちない。
つまり。
容認した?
「さて」
キューブが微笑む。
「問題ないようですし、マスターの所へ――」
『待ちなさい』
師匠が遮る。
『まだ話は終わってません』
『そもそも、ヴァルナさんとどういう関係です』
『日本にいた頃、あなたのような存在は確認していません』
「おやおや」
キューブが笑う。
「覗きですか。趣味が悪い」
『転生転移者の身辺を洗うのは当然です』
「そうやって破綻者ばかり呼ぶから、世界が破綻するのですよ」
『それは邪神やトリックスターです。我々は違います』
『きちんと人選しています』
「おや」
キューブが首を傾げる。
「マスターの転移は事故ではなかったのでは?」
こいつ。
どこまで知っている。
『事故です』
『事故による天界転移でした』
『不適格なら、そのまま輪廻へ流していました』
「そういう事にしておきましょう」
キューブは笑う。
腹立つ。
「まあ、今世では今回が初対面ですよ」
「それ以前からのお付き合いですが」
『それは前世という意味ですか』
「ええ」
キューブは楽しそうに笑った。
「マスターの前世は、貧しい修道女でした」
「その前は貧しい商家の娘」
「毎日お腹空いたって愚痴ってましたね」
『えらく詳しいですね』
「おや、ご存じない?」
キューブが口元を押さえる。
「日本で営業中、ゲームセンターの“前世占い”でよく遊んでおられましたよ」
きーーーっ!
絶対おちょくってる!
「まあまあ」
キューブが肩を竦める。
「私はマスターを助けに来ただけです」
「ご存じでしょう?」
「マスターに店を経営する能力がない事を」
否定できない。
痛い。
「これ以上増えるファミリーを統率するなど不可能です」
「ズボラで、能天気で、行き当たりばったり」
「何も考えていないのですから」
ぐうの音も出ない。
「キューブは、旦那様を甘やかしすぎ」
エマが頬を膨らませる。
「そんな事ありませんよ」
「私は執事として当然の事をしているだけです」
「それよりエマ。あなた、ちゃんとしているのでしょうね?」
「ちゃんとしてる」
エマが胸を張る。
「掃除洗濯、ちゃんとしてる」
「旦那様が怠けないよう、お尻も叩いてる」
いつも思う。
本当に自由だなお前。
「という訳で」
キューブが改めて頭を下げる。
「マスターの家政全般は、執事として私が取り仕切らせて頂きます」
「まだまだ大きくなりそうですからね。ここ」
そう言って、
クリスタルの山を見上げる。
「東京ドーム六十個分、でしたっけ」
たぶんそれくらいだ、正確には分からない。
日本人じゃないからな、その例え。
ヴァルナさんにはそう言ったが
「ご安心を」
「料理や飲食店経営へ口を出すつもりはありません」
「折角マスターが楽しんでおられるのです」
「邪魔するのは失礼でしょう」
「お師匠殿の事も信頼されているようですし」
「そちらはお任せします」
『当然です』
師匠が即答する。
『そこへ口を出されたら困ります』
「おやおや」
キューブが笑う。
「悪魔が約束を違えるとでも?」
『違えなくても湾曲するでしょう』
「いえいえ」
キューブは微笑む。
「ちゃんとマスターの事を考えて行動しますよ」
そして。
沈黙。
睨み合い。
風だけが吹き抜ける。
遥か下から、
ヴァルナの悲鳴が聞こえる。
だが。
今はそれどころではない。
「お腹へった」
エマだった。
「旦那様のご飯食べたい」
緊張感がない。
本当にない。
「……だそうです」
キューブが苦笑する。
「私もマスターに招かれましたから」
「もう自由に入れますよ」
「お師匠殿は導く者」
「私達は支える者」
「それで良いではありませんか」
「それとも、マスターを放って暴れます?」
本当に腹立つ。
私では止められないと分かっていて挑発を。
『……言っておきますが』
師匠が低く告げる。
『ヴァルナさんの料理修行の邪魔は許しません』
『あと、この世界や住人へ害をなした時は――』
『真っ当な神々が許しはしないでしょう』
キューブが静かに答える。
「約束します」
「私はマスターを支えるだけです」
「めしー」
エマはぶれなかった。
そして。
三人が店へ戻ると。
そこには。
書類の山に埋もれながら、
必死にペンを走らせるヴァルナ。
容赦なく追加書類を積み上げるエルミナ。
そして。
「旦那様、ご飯」
当然のように要求するエマ。
やれやれ。
私がこんな大変な目に遭っているんです。
あなたも苦労しなさい。
ヴァルナさん。
師匠のニューワールド講座⑳
魔族と悪魔族編
「師匠、悪魔族ってなんですか?」
『はい?』
「魔族と違うの?」
『ヴァルナさん』
『あなた今まで何を学んでいたのですか』
「いきなり辛辣!」
『全然違います』
『以前も言いましたが』
『魔族とは』
『破壊神やトリックスター系神格の信者です』
「種族じゃないのか」
『ええ』
『思想・信仰分類ですね』
『種族は関係ありません』
「じゃあ人間でも?」
『普通になります』
「嫌な世界だなぁ」
『さらに厄介なのが』
『“ダーク”の称号です』
『昔』
『太陽神が激怒しまして』
『破壊神・トリックスター神の信者達に』
『“末代まで苦しむがいい”』
『と呪いました』
「神様が感情的!!」
『その後』
『冷静になって解除しました』
「やらかしてるじゃん」
『ですが』
『時すでに遅し』
『地上では』
『“魔族の血=危険”という偏見が広まりました』
『本人に罪がなくても』
『親ガチャ』
『先祖ガチャ』
『で、“ダーク○○”と呼ばれ差別されました』
「うわぁ……」
『その後』
『各神々が』
『“差別をやめろ”と神託を出したおかげで』
『迫害は減りました』
『ですが』
『偏見を持つ者は、今もいます』
「人間だなぁ……」
『ですので』
『ヴァルナさんも差別してはいけませんよ』
「わかってるよ」
「で、悪魔族は?」
『……』
『初です』
「へ?」
『この世界に現れたのが』
『初めてです』
「そんなレベル!?」
『はぁ……どうしましょう』
「そんなに大変なの?」
『お馬鹿なヴァルナさんにも分かるよう説明しましょう』
「微妙に腹立つ」
『例えば』
『日本の、とある寂れた村があるとします』
『その村のインフラや物流』
『生活の全てを牛耳る大企業がありました』
「うん」
『そこへ突然』
『同規模のライバル企業が参入してきました』
『品質良し』
『サービス良し』
『接客対応も良し』
『文化は少し違いますが』
『村人の需要を満たします』
「強いな」
『当然』
『元からいた企業を潰しにかかります』
『規約』
『抜け道』
『契約』
『法律』
『あらゆる手段を使って』
『追い出そうとします』
『ついて来ていますか?』
「わかりません」
「会社で例えられても」
『会社ですから』
「えっ」
『要するに』
『“天界と同規模の組織”が』
『この世界に介入してきたのです』
「うわ、やば」
『しかも』
『ヴァルナさん』
『店に招き入れましたよね?』
「え?」
『悪魔族は』
『家の主が招かなければ入れません』
「吸血鬼か!!」
『ただし』
『一度交わした約束や契約は守ります』
「お、意外とまとも」
『ですが』
『契約の抜け道を突き』
『解釈を湾曲し』
『都合よく利用してきます』
「やっぱ怖ぇ!!」
『ですので』
『契約内容には気を付けてください』
「うーーん……」
「何にもわからなかった」
『でしょうね』
『今回の話の鬱憤を込めて――』
『師匠キーーック!!』
「ぎゃああああ!!」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




