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21 どうでもよくなった

毎度お馴染み――正座スタートである。


床の上に座らされ、痺れ始めた足をどうにか誤魔化しながら、俺は周囲を見回した。

俺を囲んでいるのは、飲兵衛フォーとブラスさん。

……うん、逃げ場がない。

だってみんな、


「グラウハイム卿」

「グラウハイム殿」


って呼ぶからさ。

ベルンハルトなんて、ほとんど聞かなかったじゃん。

知らんよ、そんなの。


ちなみに――

ベルンさんことベルンハルトさん。

正式には、

『ベルンハルト・グラウハイム』

らしい。

つい癖で、

「ベルンハルト・フォン・グラウハイム」

って名乗っちゃったらしいけど。

追放騎士になった時点で、

“フォン”の称号は剥奪されているそうだ。

……重い。


ベルンさんは、アンリ先生とミレディさんの顔を見て固まっていた。

それについては、ちょっと悪い事したと思ってる。

だって騎士の家系なんだろうし。

知り合いの可能性とか、あるじゃん。

するとアンリ先生が、咳払いを一つしてから、ぐいっと胸を張った。


「我はアンリじゃ。帝国学園の教授で、ここではアンリ先生と呼ばれておる」


アンリ先生は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。


「――よいな?」


圧がすごい。

つまり――

騎士の家の娘じゃないよ、学園の教授だから気にするな。

そういう事らしい。

ベルンさんも、


「あ、はい」


と大人しくコクコク頷いていた。

ありがとう、アンリ先生。


今、ベルンさんと奥さんのマルタさん。

それにハルヴィンダちゃんが、二階で引っ越し作業をしている。

ソレイアちゃんは、リナちゃんと一緒に、


「新しいお家の冒険だー!」


とか言いながら、エマさんを引っ張り回している最中だ。


そして残された俺は――

正座で囲まれていた。

別に叱られているわけじゃない。

ただ、正座した俺の頭上で会議が始まっているだけだ。

……なぜ。

ブラスさんが、静かに資料らしき紙を閉じた。


「まず件の商家ですが、店を閉め、大量の在庫を抱えているそうです」


赤毛親方が、腕を組んだまま鼻を鳴らす。


「ワシも聞いたぞ。しかも閉めた途端、別の商家が在庫を叩きに来たらしい」

「うむ」


茶毛親方も、重々しく頷いた。


「あまりにも早いのでな。調べてみたんじゃが――見つけたぞ」

「どうやら商売敵での。表向きは評判の良い商家じゃが、ある騎士が頻繁に出入りしとるらしい」


ミレディさんが、すっと背筋を伸ばした。


「トレース殿からお聞きして調べました」


静かな声。

だが空気が変わる。


「その騎士――グラウハイム卿の所属していた大隊の参謀です」

「かつて入団試験でグラウハイム卿と戦い、惨敗したとか」


アンリ先生が眉をひそめる。


「……ほう」


ミレディさんは続けた。


「ですが、実家の力で入団し、役職も金とコネで買ったそうです」


空気が冷える。

アンリ先生が、組んだ腕を指で軽く叩いた。


「どこの家じゃ」

「ランデマリオン伯爵家です。前当主の四男で、現当主の弟にあたります」


ミレディさんが淡々と答える。


「……あまり良い噂は聞きません」


アンリ先生の目が細くなった。


「よもや、騎士団大隊の参謀職が売られておるとはの」

「もっと上の関与があるのではないか?」

「そちらは現在、爺や殿が調査中です」


ミレディさんが頭を下げる。

赤毛親方が、ふむ、と唸った。


「となると――商売絡みの利権争い」

「そして、たまたま担当地区だったグラウハイム卿への私怨かのう」

「可能性は高いですね」


ブラスさんが頷く。


「もう少し情報を集め、動機と証拠を固める必要があります」

「うむ!」


とアンリ先生


「皆の衆、もうひと踏ん張りじゃ! 頼むぞ!」


その声に、


「おう!」

「任せろ!」


と親方達が応える。

なんか騎士団の作戦会議みたいなんですが。

そうして、飲兵衛親方達は引っ越しの手伝いへ向かっていった。

俺はようやく解放――

されなかった。


「のう店主」


いつの間にか、アンリ先生が俺の前にしゃがみこんでいる。

嫌な予感。


「報・連・相という言葉、知っておるか?」


にこぉっと笑いながら、

痺れて感覚のなくなった俺の足を指でつついてきた。

やめて。

そこ痛い。


『きーーーっ、馬鹿弟子が』


ここで師匠まで便乗してくる。

楽しんでますよね師匠

助けて。

ミレディさんはそんな俺たちを見て、


「仲がよろしいですね」


とでも言いたげに、小さくため息をついた。


「では私は自室を整えて参ります」


あ、行かないで。

ベルンさんもこっち見てる。

助けて。

なんで苦笑いして去っていくんですか。





第一印象は――

“おのぼりさん”だった。

市場の真ん中で、キョロキョロと周囲を見回す男。

いかにも、


「田舎から出てきました」


という雰囲気全開である。

そりゃ絡まれる。


ヴァルナ殿には、


「知人への挨拶回り」


と言ったが、半分は嘘だ。

本当は――逃げ出したかった。

家では、行き場を失った引っ越しの準備。

娘のソレイアは、必死に明るく振る舞っている。

だが、その顔が痛々しくて見ていられなかった。

少しだけ。

気分転換したかった。


これからの事を考えながら、街を歩いていた。

そこで見つけたのが、ヴァルナ殿だ。

絡まれていた。

本来なら放っておけばよかった。

もう騎士でもない。

だが――体が勝手に動いた。

長年の癖だ。


「おいおい、やめとけって」


気づけば間に入っていた。

……まったく。

不名誉騎士になっても、この癖は抜けんらしい。



これでも頑張ったのだ。

幼馴染のマルタと共になる為に。

向こうは、帝都でもそれなりに名の知れた商家の娘。

対して俺は、孤児院育ち。

どう考えても釣り合いが取れなかった。

だから騎士になった。

幸い、体格には恵まれていた。

剣の腕にも才能があった。

この帝国は実力主義だ。

ならば――上に行けると思った。

もっとも、騎士というのは剣だけではなかった。


礼儀作法。

読み書き。

政治。

貴族との付き合い。

覚える事は山ほどあった。


正直、何度も逃げたくなった。

だが、そのたびにマルタの顔を思い出した。

だから頑張れた。


入団試験を突破し、従騎士見習いとなり。

そこから更に修練を積み、

ようやく“見習い”と“従”が取れた。


晴れて正式な騎士となった日。

俺はマルタにプロポーズした。

するとマルタは、泣きながら笑って言った。


「……遅いわよ、ばか」


あれは今でも忘れられない。

マルタの兄――現当主には、


「孤児院育ちなど認めん」


と最後まで反対された。

だが、マルタの両親は違った。


「娘を頼む」


そう言ってくれた。

金もなかった。

反対も多かった。

だから結婚式は小さかったが――

『大地母神』神殿の高位神官。

ブラス様が式を取り仕切ってくださった。

あの時は、俺達は世界一幸運だと思ったものだ。


そこからは順風満帆だった。

騎士として真面目に働き。

ソレイアが生まれ。

気づけば騎士長にまでなっていた。

騎士長になった頃。

上司に言われた事がある。


「少しは政治を学べ」


だが、俺は断った。

俺はただの騎士でいたかった。

剣を振るい。

民を守る。

それだけで良かった。

面倒な権力争いなど御免だった。


――それが、いけなかったのだろう。


気づけば、身に覚えのない罪を着せられていた。

調べてくれた同僚によると、

上の方の権力争いに巻き込まれたらしい。

政治に興味のなかった俺は、

身を守る術を知らなかった。

絶好の“駒”だったのだろう。

巻き込んでしまった商家には悪い事をした。

ただ真面目に商売していただけだったのに。

謝りたい。

だが同僚に止められた。


「会うな」

「逃亡か、次の策を疑われる」


そう言われた。

住んでいた家は官舎だ。

当然、出て行かねばならない。

孤児院育ちの俺には、

頼れる親も親戚もいない。


マルタの方も同じだ。

不名誉騎士となった俺との関わりが広まれば、

商家にも迷惑がかかる。

それでも。

マルタは俺の手を離さなかった。

マルタの両親が、


「せめて二人は引き取る」


と頭を下げてくれた時も。

マルタは首を横に振った。


「どんな時も一緒って、神前で誓ったじゃない」


嬉しかった。

本当に。

だが現実は厳しい。

帝都でも地方でも、

もう兵士にもなれまい。

まともな商家は、必ず身元を洗う。

不名誉騎士だと分かれば終わりだ。

治安の良い地区で家を借りる事も難しい。


残るのは――

日雇い。

裏のある貴族や商人の私兵。

あるいは裏稼業。

だが犯罪は駄目だ。

これ以上、家族を悲しませるわけにはいかない。

なら日雇いか。

あるいは帝都を離れ、開拓村に志願するか。

それでも身元が露見すれば終わりだ。

それほど、不名誉騎士という罪は重い。

だから少し考えたかった。

それで街に出た。


そして――

変な奴に捕まった。

最初は、田舎から出てきたばかりの、

おのぼりさんかと思った。

だが話を聞けば、

もう半年近く帝都にいて、

しかも店まで持っているという。

ひょっとして、かなりのやり手なのか。

そう思った次の瞬間。


「用心棒やりません?」


と言われた。

意味が分からなかった。

どうやら俺の事を、

酒場の用心棒か何かだと思っているらしい。

いや、荒事には慣れている。

慣れているが。

ついこの間まで騎士だったのだぞ、俺は。


……まあ、今は不名誉騎士だが。


ヴァルナ殿は、


「人手が足りない」

「酔っ払い怖い」

「店員がか弱い女性だから守りたい」


と、ものすごい勢いで語っていた。

何を言ってるのか半分くらい分からなかったが。

熱意だけは伝わった。

そして、


「お礼に茶でも」


と言われた。

特にやる事もなかった。

時間潰しにはなるか。

そう思い、店に向かう事にした。

店を見て驚いた。

帝都南東――クリスタルの山。

『大地母神』様の奇跡の名残。

その麓にある、元観光案内所ではないか。

マルタと何度か来た事がある。


中へ入る。

想像以上に綺麗だった。

しかも、かなり広い。

席につくと、


「紅茶飲みます?」


とヴァルナ殿が嬉しそうに聞いてきた。

だがコーヒー派の俺は、

つい、


「コーヒーで」


と言ってしまった。

するとヴァルナ殿、

露骨に落ち込んだ。

少し悪い事をした気分になる。


その後、色々話を聞いた。

要するに――

店の準備中。

今後、酒を出したい。

だが人手不足。

ヴァルナ殿は厨房で手一杯。

もう一人は“か弱い女性”なので酔っ払い対応はさせたくない。

だから俺の出番。

そういう事らしい。


……まあ。

裏稼業よりはマシか。

条件も悪くない。

住む場所と食事付き。


そして俺は、

つい名前も事情もぼかしてしまった。

前職で失敗した事。

近いうちに家を出る事。

行くあてがない事。

正直には言えなかった。

不名誉騎士だと知られれば、

この話は消える気がしたからだ。


それほど――

俺はこの話に気づけば乗り気になっていた。

事情を話し終えると。

ヴァルナ殿は、あっさり言った。


「じゃあ、次決まるまでここにいればいいじゃないですか」


驚いた。

人が良すぎる。

そんな甘さでは、この帝都では生きていけんぞ。

だから聞いてしまった。


「……なんでそこまでするんだ?」


俺が悪党だったらどうする。

そう思って。

するとヴァルナ殿は、

きょとんとしてから笑った。


「だって、ベルンさんも見ず知らずの俺を助けてくれたじゃないですか」


笑うしかなかった。

なんだその理由は。


「目の前で困ってる人、放っておけなくて」


……負けた。

完全に。

マルタやソレイアとも相談しなければならない。

確約はできない。

だが、行くあてもないのだ。

しばらく世話になろう。

そう決めた。


そのあと握手をしたのだが――

普通に握っただけで、

ヴァルナ殿が痛がった。

軟弱だぞ、ヴァルナ殿。



その後、家へ戻り。

マルタとソレイアに、

当面の行き先が決まった事を伝えた。

まだ正式ではないが、

そのまま働く事になるかもしれないとも。


マルタも理解していた。

不名誉騎士の行き先など、

裏街道か開拓村くらいしかない。


だから、

「飲食店の配膳兼用心棒」

と聞いた時。

明らかに安心した顔をした。


ソレイアは、まだよく分かっていない様子だったが。

家族が離れ離れにならないと分かった時。

少しだけ、表情が柔らかくなった気がした。



そして数日後。

荷物をまとめ、

官舎を出た。

見送りには、

昔の部下や同僚まで来てくれた。


「無実を晴らしてやる!」


そう言ってくれる者もいた。

だが断った。

かなり上の政治絡みだ。

関われば、ろくな事にならない。


「命があるだけマシだ」


そう言って笑い、

巻き込まれた商家の様子だけ気にしてくれと頼んだ。

そして向かった。

クリスタルの山の麓。

ヴァルナ殿の店へ。

店の前まで来ると、

ヴァルナ殿が、なぜかそわそわしながら入口を行ったり来たりしていた。

落ち着きがない。


「おっ、来た来た!」


こちらに気づいた瞬間、

ぱっと顔を明るくする。

……犬か。


「待ってました!」

「いや、まだ正式に働くとは――」

「大丈夫です!」


何が大丈夫なんだ。

ヴァルナ殿は、俺の荷物を見るなり慌てて駆け寄ってきた。


「重いですよね、持ちます!」

「いや、これくらい――」

「遠慮しないでください!」


ぐいぐい来る。

押しが強い。

困る。

後ろでは、マルタが苦笑していた。

ソレイアは、店を見上げながら、


「ここがお店……」


と、小さく呟いている。

店に入ると、ヴァルナ殿は店の中にいる者達へ向かって、大きく手を振った。


「皆ー! 新しい従業員候補連れてきました!」


やめろ。

なんだその紹介。

店内にいた視線が、一斉にこちらへ向く。

カウンター席では、赤毛と茶毛のドワーフが酒を飲んでいた。

その奥には、見覚えのある赤髪の女性と、その護衛らしき銀髪の女性。


そして――


黒衣の神官。

思わず、背筋が伸びた。

あの男は知っている。


『大地母神』神殿、高位神官。

ブラス様だ。


帝都でも有名人である。

なぜそんな人物が、こんな店で普通にいる。

混乱している間に、ヴァルナ殿がこちらを振り返る。


「自己紹介どうぞ!」


軽い。

軽すぎる。

だが、ここで黙るわけにもいかない。

俺は軽く咳払いをした。


「ベルンハルト・フォン・グラウハイム――」


言った瞬間。

固まった。

しまった。

癖だ。

ついこの前、不名誉騎士として追放され、

“フォン”の称号も剥奪されたばかりなのに。

店内の空気が、一瞬だけ止まった気がした。


特に赤髪の女性。

こちらを見たまま、ぴたりと動かない。

すると、その女性がゆっくり立ち上がった。

そしてこちらへ歩いてくる。

圧が凄い。


「我はアンリじゃ」


堂々と胸を張る。


「帝国学園の教授で、ここではアンリ先生と呼ばれておる」


そこで一拍置き。

にっこり笑った。


「――よいな?」


圧力だった。

暗に、


“余計な事を言うな”


と言われている。

というか。

帝国第一皇女アンリシア姫殿下だぞ。

知らんわけがない。

この帝都で暮らしていて、

顔を知らん者などおるのか?

混乱していると。

二階から、小さな足音が聞こえた。


「ソレイアちゃーん!」


駆け下りてきた少女が、ソレイアへ飛びつく。


「あっ、リナちゃん!」


さっきまで不安そうだったソレイアの顔が、一気に明るくなる。

なるほど。

以前、ソレイアが話していた狼族の友達か。

その後ろから、狼族の女性も姿を見せる。

ヴァルナ殿が、


「あっ、ハルヴィンダちゃん」


と手を振っていた。

こちらが、以前話していた従業員か。

ハルヴィンダ嬢は、俺たちと荷物を見比べると、ぱっと顔を明るくした。


「お手伝いします!」


そう言うなり、荷台へ向かう。

これが”か弱い”

力持ちだ。

大きな荷物を軽々と持ち上げている。

その様子を見ていると、別の女性が静かに近づいてきた。

茶髪のメイド。

どこか人間離れした雰囲気を纏っている。


「エマと申します」


優雅に一礼する。


「お部屋へご案内しますので、気に入った場所へ荷物をお運びください」


そう言って微笑む。

マルタと、ソレイア、それにリナ嬢を連れ、

エマ嬢は奥へ歩き出した。

俺も慌てて後を追う。


……良いのか?


主人であるヴァルナ殿を放置して。

ふと振り返ると。

ヴァルナ殿が、正座させられていた。

アンリシア姫をはじめ、

ドワーフ二人と、ブラス様に囲まれて。

なにをやったんだ、あの人。


しかもよく見ると――

赤毛と茶毛のドワーフ。

あれはまさか。

《親方》の称号持ちではないか。

帝国でも、ほんの一握りしか名乗る事を許されていない存在。


スミズル殿。

トレース殿。


しかもブラス様までいる。

なんなんだここは。

帝国でも有名人ばかりではないか。


するとエマ嬢が、こちらの視線に気づいたらしい。

くすり、と笑う。


「旦那様は、馬鹿ですからねぇ」


さらっと酷い事を言った。


「皆さま、この状況を楽しまれているのですよ」


……本当にどういう関係なんだ。


「それに」


エマ嬢が小さく笑う。


「面白いですから」


その笑みは、妙に意味深だった。


「内緒ですよ?」


お主、何者なんだ。

表から見た時も驚いたが、

中はさらに異常だった。

広い。

異様に広い。

しかも、ただ広いだけではない。

廊下の先が、妙に深い。

普通の建物の構造ではない。

エマ嬢曰く、


「まだまだ広がります」


との事だった。

意味が分からない。


「『大地母神』の加護がある建物ですので、安全ですよ」


安全とは。


「それに、まもなく家政を取り仕切る執事も召喚されますので」


召喚?

雇うのではなく?

なんだここは。


案内された部屋は、驚くほど立派だった。

日当たりも良い。

外はクリスタルの山に囲まれているはずなのに、

なぜこんなに明るい。

居間。

夫婦部屋。

ソレイアの部屋まである。

食堂や風呂は共用らしいが、

男女別なので問題ないとの事だった。


「こんな良い部屋、本当にいいのか?」


思わず聞いてしまう。

するとエマ嬢は、


「空き部屋は沢山ありますので」


と平然と答えた。

さらに。


「アンリ様とミレディ様も、一階の和室にお部屋があります」


頭が痛くなった。

つまりそれ、

帝室の影や姫の護衛兵プリンセスガード付きという事ではないか。

不名誉騎士の俺が、

こんな場所にいて良いのか?

そんな事を考えながら、再び荷物を取りに階段を下りる。

そして。

その瞬間。


――どうでもよくなった。


ヴァルナ殿が。

アンリシア姫にじゃれつかれていたからだ。

正確には。

痺れた足をつつかれ、

悲鳴を上げながら転げ回っていた。

しかも。

周囲全員、笑っている。

ブラス様まで笑いを堪えている。

なんなんだ、この店は。


師匠のニューワールド講座⑰

不名誉騎士編


「師匠」

『なんですか』

「帝国って、不名誉騎士への扱い厳しすぎません?」

『厳しいですね』

「即答だなぁ……」

『前にも言いましたが』

『帝国騎士団は、基本実力主義です』

『下級貴族』

『平民』

『家を継げない三男以降』

『そういった者たちが、実力で這い上がる場所です』

「夢があるな」

『だからこそ』

『腐敗を嫌います』

「なるほど」

『騎士団は』

『悪徳貴族や犯罪者を断罪する側です』

『その騎士団が腐敗すれば』

『格好の攻撃材料になります』

「まあ、そうなるよな」

『もちろん』

『表立って騒ぐのは三流です』

「え?」

『本当に厄介な黒幕貴族は』

『政治の道具として利用します』

「うわぁ……」

『ですが』

『帝国上層部は、比較的まともです』

「比較的って付いたぞ」

『軍の腐敗と弱体化が』

『国の衰退に直結すると理解しています』

『賢い者ほど』

『騎士団そのものを壊したりはしません』

「権力争いするにも、国が必要だもんな」

『その通りです』

『それを理解できず』

『騒ぎ立てるのは――』

『馬鹿貴族か』

『邪神・トリックスター系信徒です』

「ろくでもねぇ」

『ですので』

『帝国は基本、騎士団の不正を許しません』

『政治的事情で完全ではありませんが』

『腐敗した騎士は切り捨てます』

「だから“不名誉騎士”が重いのか」

『ええ』

『まともな帝国民ほど』

『堕ちた騎士を嫌います』

『騎士は』

『帝国の剣であり』

『盾であり』

『力の象徴です』

「憧れの存在なんだな」

『だからこそ』

『裏切った時の反動も大きい』

『不名誉騎士となれば』

『帝国内に居場所はありません』

「そんなにか……」

『受け入れるのは』

『後ろ暗い商人』

『悪徳貴族』

『犯罪組織』

『その程度です』

「腕の立つ便利な道具扱いか」

『開拓村ですら嫌がります』

『犯罪者の元騎士など』

『怖くて住まわせたくありませんからね』

「詰んでる……」

『騎士とは』

『憧れであると同時に』

『責任そのものなのです』

「……重いなぁ」

『ええ』

『だから、堕ちた騎士に居場所はないのですよ』


作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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