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20/76

20 知らぬは店主ばかり

今、俺たちは作戦会議の真っ最中である。


社員食堂の大きなテーブル。

その誕生日席に座るブラスさん。

そして、飲兵衛フォー、エマさん、ハルヴィンダちゃん、師匠が、某新世紀なアニメの会議シーンみたいに並んで座っている。

ブラスさん、似合いすぎ。


俺?

爺やと一緒に照明係です。

もういいよね。


ちなみにリナちゃんは寝ている。

夜遅いしね。


「では改めて報告させて頂きます」


ブラスさんが、いつもの悪役めいた笑みを消し、静かに口を開いた。


「ソレイア殿の父君、ベルンハルト・フォン・グラウハイム殿」

「帝国第六騎士団所属。階級は騎士長」

「治安維持部隊の小隊長を務めています」

「勤務内容は真面目。部下や担当地区の帝国民からも慕われているようです」


ふむふむ。

問題ない。

真っ当な騎士みたいだ。


「しかし、最近きな臭い話が出ています」


場の空気が少し重くなる。


「特定の商家と結託し、便宜を図ったとして、騎士団から追放されそうです」


なんと。

それが本当なら、皆悲しむぞ。


「本人は無実を訴えているそうです」

「ですが、自宅と、噂された商家に騎士団の調査が入り、多数の証拠が出てきたとの事」

「近いうちに処断されるでしょう」

「良くて騎士団追放」

「最悪の場合、騎士団の名誉を傷つけたとして処刑ですね」


そんな。

残された家族はどうなるんだ。


『うるさいですね』


頭の上から師匠の声。


『さっきから声には出していませんが、心の声が駄々漏れです』

『師匠錐揉みキック』

「ぐおっ」


静かな会議中に、俺だけが小さく悶絶した。


「我も聞いたぞ」


アンリ先生が腕を組む。


「知り合いの騎士に聞いたが、グラウハイム卿はかなり評判の良い騎士らしい」

「話してくれた騎士も、そんな不正をするはずがないと言っておった」

「しかし証拠が出ておる」


アンリ先生の顔も険しい。


「判断に時間は掛かっておるようじゃが、処罰が下るのは間違いないらしい」


さすがアンリ先生。

騎士家の横の繋がりからの情報ですね。


ミレディ

「件の商家も、悪い噂はありません」

「その地に根付き、良い商いをしており、周囲の住民からの評判も良いそうです」


赤毛親方

「こいつは、何か匂うのう」


茶毛親方

「誰かにはめられた可能性があるな」

「しかし、情報が少なすぎる」


ハルヴィンダ

「そんな……無実で追放だなんて、ひどすぎます」


エマ

「旦那様、何かご意見は?」


ありません。

あるわけない。

俺はただの飯屋のおっさんです。


「おっしゃる通り、何かありそうです」


ブラスさんは指を組み、顎の前に構えた。

本当に似合いすぎだからやめて。


「ですが、今分かっているのはこれだけです」

「もう少し情報を集めましょう」

「帝国政府も、騎士の不正は見逃せません」

「しかし長引けば、庇っていると見られる事も嫌がるでしょう」

「時間はあまりありません」

「動くなら迅速に」


ブラスさんは、そう言ってアンリ先生を見る。

アンリ先生が軽く頷いた。

次の瞬間、爺やの姿が消えた。

すげぇ。

騎士家の爺や、すげぇ。

御庭番かな。


『はぁ』


師匠のため息が聞こえた。

俺、何かした?

その日は、それ以上の進展もなく解散となった。



翌朝。

何も進展していない事をリナちゃんに告げるのは、正直つらかった。


さらに悪い事は続く。

その日、リナちゃんはハルヴィンダちゃんにおんぶされて帰ってきた。

泣き疲れて眠っているようだった。


リナちゃんを部屋に寝かせ、降りてきたハルヴィンダちゃんに話を聞く。

ソレイアちゃんが、転校――いや、退学するらしい。

突然の別れに、驚き、悲しみ、耐えられず泣いたそうだ。


その夜の作戦会議で、さらに情報が入った。

ソレイアちゃんのお父さん。

ええと、グラウハイム卿だったか。

その騎士さんが、騎士団を退団。

いや、追放刑になったと聞いた。

本人の評判は良く、周囲にも庇う声があったらしい。

しかし証拠がある以上、有罪は覆らない。

温情により、処刑ではなく騎士団追放。

一週間の猶予を与えられ、騎士団の官舎からの退去も決まったそうだ。

件の商家も取り潰しが決まったらしい。


手際が早すぎる。

絶対、裏があるのではと思ってしまう。

なんでも上司の中隊長が、


「名誉ある騎士団の誇りがどうたら」


と激怒し、処刑を命じたらしい。

だが周囲からの取りなしで、一命だけは取り留めた。

不名誉騎士としての追放刑。

その家からは、これから三代、騎士になれないそうだ。

騎士の家系には、死刑よりきつい刑罰かもしれない。

そこまでしないと、貴族がうるさいらしい。

悪徳貴族の下請け貴族が。

普段、騎士団は悪徳貴族に容赦がない。

その分、騎士団側の不正は徹底的に叩かれるようだ。


噂は千里を走る。

たとえ冤罪でも、不名誉騎士になったのは事実。

奥さんの実家の商家にも迷惑がかかる。

学校にも、同じ騎士の子供が通っている。

もう居場所はないだろう。

おそらく帝都を出ていく。


残っても、再開発地区のような新たな住民が多い場所くらいしかない。

仕事も厳しいらしい。

現代日本みたいに、前職場への問い合わせ禁止なんて法律はない。

前職を誤魔化そうとしても、まともな所ほど必ず問い合わせる。

面接での嘘は無駄だそうだ。

帝都に残って日雇いか。

犯罪組織の用心棒か。

帝都を出て遠い町へ行くか。

悲惨だな、この世界。


ごめんね、リナちゃん。

おっさん、力になれなくて。

料理しかできない、ただのおっさんなんだ。

暗い気持ちになる。

こんな時、皆は酒を飲むのだろうか。

酒で忘れる事ができるのだろうか。


師匠を見る。


『人の成した事は、人の手で』


師匠は静かに言った。


『まともな神々は、いちいち介入しませんよ』

『この世界の管理者ですから』

『介入するのは、世界に必要な時だけです』



翌日から、リナちゃんは引きこもった。

ソレイアちゃんのいない学校には行きたくないとの事だった。

こればかりは、時間が解決してくれるのを待つしかないのかもしれない。

社員食堂で飲む親方達も、どこか寂しそうだった。


赤毛親方

「長い事生きとると、こんなんばかりじゃ」

「良い事も、悪い事も」


茶毛親方

「ワシに出来る事なんぞ、たかが知れとる」

「……こんな風に悟りたくはなかったのう」


アンリ先生とミレディさんは、用事があるのか来なくなった。

それがまたリナちゃんを寂しがらせたのか、ますます部屋にこもってしまった。


やれやれ。


俺は嫌な事を忘れるように、必死で料理を作った。

でも師匠に、


『気持ちが入っていません』


と怒られた。


そして、やらかした。

空いた時間に、気分転換として久々に市場へ出かけたのだ。

この時、俺は『大地母神』のアミュレットを付けるのを忘れていた。

案の定、絡まれた。

酒に酔ったチンピラに。


うわーん。

師匠助けて。

……師匠いない。

どこ?

あっ。

屋台の前で料理見てる。

師匠!

無力な弟子が大変ですよ!

助けて!


「おい、こら。どこ見てやがる」

「なめとんのか」


師匠の方を見ていたせいで、無視されたと思ったチンピラが激高する。

腕を振り上げた。

あっ、殴られる。

そう思って目を閉じた。

だが、いつまで経っても痛みが来ない。

あれ?

師匠?

恐る恐る目を開ける。

そこには、チンピラの振り上げた腕を掴む一人の男がいた。


「もうその辺にしておけ」

「これ以上騒ぐと、しょっ引かれるぞ」


落ち着いた声。

男はチンピラの腕をひねり、俺との間へ自然に割って入った。


「ほら、行け」

「騒ぎを聞きつけて衛兵が来たぞ」


軽く突き放されたチンピラは、人込みの中へ逃げ出す。


「覚えていやがれ!」


どこでも共通なんだな、それ。

助けてくれた男が、こちらを見る。


「大丈夫かい、君」

「帝都は初めてか?」

「さっきからキョロキョロ歩いていたが」

「ここは治安が良い方だが、ああいう輩もいる。気をつけたまえ」


いえ。

もう帝都で暮らし始めて半年です。


「ありがとうございます。おかげで助かりました」


頭を下げると、男は穏やかに笑った。


「気にするな」

「職業柄……いや、元職業柄、ああいうのは慣れている」


おお。

イケメンだ。

おっさんと思ってごめんなさい。

引き締まった体。

落ち着いた物腰。

酔っ払いの相手に慣れている。

俺はピンときた。

この人、酒場の用心棒だ。

しかも元。

きたああああ!

見知らぬ俺を助けてくれる人だ。

悪い人ではない。

そう、俺の当たらない直感が告げている。

逃がすな、と。

俺はお礼と称して、店に連れて行く事にした。

最初は遠慮していたけど、何度か誘うと苦笑しながら来てくれた。


ほら。

やっぱり悪い人じゃない。

店に着き、紅茶でおもてなしを――と思ったら、コーヒー派だった。


「あっ、俺、ヴァルナっていいます」

「まだオープンしてませんが、この店の店長をしています」

「今、オープンに向けて料理とか内装とか、あと従業員とか、準備中です」


ここぞとばかりにアピールする。

男は少し恐縮したように頭を下げた。


「ああ、挨拶が遅れてすまない」

「私はベルンハ……いや」


一瞬、言葉が止まる。


「ベルン」

「そう、ただのベルンという」


ベルンさんか。

短くて覚えやすい。

みんな名前が長くて苦労するんだよ。

いいぞ。

プラス評価だ。

俺は店の事を色々話した。

もちろん一方的じゃない。

きちんとベルンさんの話も聞いた。


なんでもベルンさんは、職場でミスをしてしまったらしい。

周りは庇ってくれたが、結果的に首になったそうだ。

奥さんの実家を頼る訳にもいかず、帝都での仕事も難しい。

近々、帝都を離れるつもりらしい。

行く当てはないが、昔の知り合いを頼ってみるかと考えている。

ただ、それも未定。

とりあえず帝都を去る前に、お世話になった人へ挨拶回りをしている途中で、俺がチンピラに絡まれている所へ出くわしたそうだ。


おうおう。

これは間違いない。

酒場のトラブルで揉めたんだろう。

酔っ払いをあしらったら、後からクレームか何かが来て、店側が庇えなくなって解雇。

そういう流れだ。

そうに違いない。


くーーー。


うちの店なら問題ないぞ。

客層もそんなに悪くない。

今のところ。

これはチャンスだ。

ありがとう女神様。

俺は神棚の女神像に手を合わせた。

少し光った気がした。

ベルンさんによると、週末までに住んでいた家を出るよう言われているらしい。

今、奥さんが荷造りしているそうだ。


「そろそろ手伝いに戻らないと」


そう言って立ち上がろうとするベルンさんを、俺は押しとどめた。

そして、居住スペースへ走り込む。


「エマさん!」

「認識阻害は完璧って言ってましたよね!?」

「言った! 言ったと言って!」


エマさんは呆れた顔をした。


「当然です」

「今の私を見破れる者など、そうそういません」


リナちゃんには速攻でバレたけどね。

痛い。

アイアンクローが入った。

エマさんは俺を締め上げながら、店の方を見る。


「ええ。あの方なら見破る事は無理ですね」

「余裕です」


よっしゃー!


「しかし、よろしいのですか?」


エマさんが静かに問う。


「師匠にも相談せず、決めて」


師匠?

師匠なら今頃、市場の屋台前だ。

俺がいないから料理を買えず、悔しがっているだろう。

チンピラから助けてもくれなかったし。

それより今はベルンさんだ。


俺は戻って、ベルンさんに力説した。

店をオープンするにあたり、お酒を出す用意がある事。

だが、料理酒以外の酒に詳しくない事。

酒を提供するようになれば、酔っ払い対策が必要になる事。

上手くあしらってくれる、用心棒っぽい人が欲しい事。

住む所と食事は出す事。

給料は要相談。

相場が分からない事。

行く所が決まってないなら、次が決まるまでの間でいいから来てほしい事。

いや、袖振り合うも多生の縁。

用心棒をしなくても、行く所が決まるまでいて下さい。

助けてもらったお礼です。

俺は一気にまくしたてた。

ベルンさんは驚いていたが、きちんと話を聞いてくれた。


「ヴァルナ殿」

「どうして、見ず知らずの私にそこまでしてくれるのですか」

「先ほど会ったばかりなのに」

「だって」


俺は素直に答えた。


「ベルンさんも、見ず知らずの俺を助けてくれたじゃないですか」

「それに俺には、ベルンさんみたいな人が必要なんです」

「この店には、まともな人が必要なんです」


そう。

まともなのはハルヴィンダちゃんとリナちゃんしかいない。

皆いい人だけど、個性が強すぎる。

少し呆気に取られていたベルンさんは、やがて小さく笑った。


「では、良い返事ができるかは分からんが」

「次の行き先が決まるまで、厄介になろうか」

「ヴァルナ殿」

「正直助かる」

「家を追い出されて少し困っていたのだ」

「家内にも娘にも、これ以上辛い思いをさせたくなくてな」


そう言って、握手を求めてきた。

俺は力強く握り返す。

ベルンさん。

痛いです。

引っ越しの手伝いを申し出たが、大した荷物もなく、力仕事には慣れているとのこと。

それより、勝手に決めた事を奥さんにどう説明するかと、苦笑していた。

準備が出来次第、来てくれるそうだ。

待ってます、ベルンさん。



その後。

いつの間にか戻っていた師匠に報告した。

また怒られるかなとビクビクしていたら、


『本当に馬鹿ですね、ヴァルナさん』


と、なぜか嬉しそうに笑っていた。

やばい。

今夜は台風か。



その夜、皆に伝えた。

新しい従業員候補が見つかった事。

決まるかどうかは置いといて、しばらく居住スペースに家族共々住む事になった事。

細かい事情は秘密だ。

前の職場でミスして首になったなんて、勝手に言えないからね。

リナちゃんも、まだ少し暗い顔をしながら聞いてくれた。

新たな出会いが、リナちゃんを少しでも明るくしてくれたらいいな。

部屋は沢山ある。

どこに入るかは当人達に決めてもらうとして、掃除だけはエマさんに頼んだ。


「ふっ」


エマさんは胸を張った。


「日頃から空き部屋もきちんと掃除しておりますので、余裕です」


良かった。

追加アイアンクローはなかった。



そして、数日後。

小さな荷車を押して、ベルンさん一家がやってきた。

皆でお出迎えする。

ベルンさん。

奥さん。

そして娘さんの三人だ。

ベルンさんは、俺達の前で深く頭を下げた。


「ヴァルナ殿」

「改めまして」

「ベルンハルト・フォン・グラウハイムと申す」

「家族共々、世話になる」


……あれ?

どこかで聞いたような。


皆の視線が、一斉に俺へ突き刺さる。


“事情を話せ”


という無言の圧。

師匠が俺の頭の上で笑い転げている。

この妙な間。

新しい住人を出迎えるため、部屋から出てきたリナちゃんの声が響いた。


「ソレイアちゃーん!」

「会いたかったよ!」


リナちゃんが、ベルンさんの娘さんに抱きついた。

俺は、ぽつりと呟いた。


「……なんか、やっちゃった?」










《料理〇〇》 → 《料理〇〇2》







師匠のニューワールド講座⑯

騎士団編


「今回はアステリア帝国騎士団の話です」

『ようやく来ましたね』

「まず分かんないのが」

「衛兵・兵士・騎士の違い」

『簡単に言うと――』

『衛兵はお巡りさんです』

「うん」

『兵士は一般兵・下士官』

「うん」

『騎士は――』

『刑事以上のエリートです』

「雑にまとめたな」

『中級士官以上、と考えてください』

「なるほど」

『なお』

『実力主義です』

「いいじゃん」

『ただし人数が多いので』

『一定数、腐敗します』

「ですよねー」

『発覚すれば』

『良くて追放』

『最悪、処刑です』

「重い」

『まあ』

『政治的に守られている者もいます』

「はい出た」

『では騎士団構成です』

『全部で八つあります』

『第一騎士団』

『近衛および帝都防衛』

「エリート中のエリートだな」

『第二~第五騎士団』

『帝国内各地に駐屯』

『有事対応部隊です』

「地方軍か」

『第六騎士団』

『帝都の治安維持』

「警察強化版」

『第七騎士団』

『補給線維持・工作部隊』

「裏方つよい」

『第八騎士団』

『医療・後方支援』

「絶対必要なやつ」

「で、編成は?」

『騎士には従騎士や見習いがつきます』

「弟子付きか」

『基本構成はこうです』

『小隊』

『騎士三名+各騎士の部下』

『中隊』

『小隊三つ』

『大隊』

『中隊三つ+参謀』

『連隊』

『大隊三つ+直轄部隊+参謀』

「急に軍隊っぽくなった」

『さらに』

『部隊によっては小隊の下に一般兵がつきます』

『連隊が複数集まって騎士団です』

「まあ、規模は団によって違うと」

『その通りです』

「で、ベルンさんは?」

『小隊長』

『騎士長ですね』

「現場の責任者だな」

『なお』

『細かい階級は山ほどありますが』

『この話ではあまり出ません』

「助かる」

『覚えるのは』

『“だいたいこのくらい”で十分です』

「作者が覚えきれないだけでは?」

『……』

『鋭いですね』

「図星かよ」



作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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