19 増えすぎる日常と、ひとつのお願い
「あのね、ソレイアちゃんを助けて欲しいの」
――Why? Wat?
社員食堂で朝ごはんを並べていた俺は、思わず思考停止した。
いつの間に来たのか、リナちゃんが足元にちょこんと立っている。
そして小さな手を胸の前でぎゅっと合わせ、うるうるした瞳で下から見上げてきた。
そんな高等テクニックどこで覚えたの。
視線の端を見ると、エマさんが満足そうに親指を立てていた。
お前か。
「ええと……ソレイアちゃんって誰?」
困ってハルヴィンダちゃんを見る。
「ええと、多分、リナの同級生のソレイア・グラウハイムさんの事だと思いますが……私も詳しくは」
ハルヴィンダちゃんも困ったように耳をぴこぴこ動かしている。
困った。
本当に困った。
「そのソレイアちゃんが、どうかしたの?」
俺はしゃがみ込み、リナちゃんと目線を合わせる。
リナちゃんは真剣な顔で、ぎゅっと拳を握った。
「ええとね、ソレイアちゃん最近元気ないの」
ぽつりぽつりと話し始める。
「お話しても、暗い顔して笑ってくれないの。
だからね、元の元気な笑顔にしてほしいの」
ノーーーッ!
なんとかしてあげたい。
だが、情報が足らなさすぎる。
どうすればいい。
俺だけでなく、ハルヴィンダちゃんも、飲兵衛親方達も揃って首を傾げる。
だよね。
これだけじゃ分かんないよね。
「……だめ?」
そう言いながら、さらに上目遣いを強化してくるリナちゃん。
この子、将来絶対やばい。
「ふむ。ソレイア・グラウハイムとは、ベルンハルト・フォン・グラウハイム殿と、マルタ・グラウハイム殿のご息女の事ですかな」
突如、背後から響く渋い悪役ボイス。
「ブ、ブラスさん!? いつの間に」
振り返ると、そこには『大地母神』神殿の高位神官、ブラスさんが立っていた。
ハルヴィンダちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「店長、いつの間にって……さっきからいましたよ。
いつも皆さんとご飯食べてるじゃないですか」
えっ、噓。
さっきから?
いつも?
そういえば、毎回カウンター席に料理出していたような、いないような……。
「リナ殿。ソレイア殿のお父上は、騎士ではありませんかな?」
「うん。騎士団で働いてるって、ソレイアちゃん言ってたよ」
知ってるのか、ブラスさん。
「ベルンハルト・フォン・グラウハイム殿。
帝国第六騎士団所属。
治安維持の為、帝都中を巡回されている真面目な騎士ですな」
ブラスさんは、まるで資料を読むようにすらすら話し始める。
「母親、マルタ・グラウハイム殿。
とある商家の出で、ベルンハルト殿とは恋愛結婚をされた方です。
それぞれ『軍神』様と『天秤の女神』様の信徒ですな」
へぇー。
この世界、そういうのちゃんとあるんだ。
「なぜ知っているかですと――」
そこでブラスさんは、ふっと悪役みたいに笑った。
「お二人の結婚式は、『大地母神』神殿で私が取り仕切りました」
えっ。
それいいの?
それぞれの神様の所でするんじゃないの?
『別に、一つの神様しか信じてはいけない訳じゃありませんよ』
師匠がふわりと飛びながら補足する。
『この世界、神様たくさんいますから。
そんな事したら宗教戦争ですよ』
なるほど。
『特に『大地母神』様は、母と子の守護者でもありますからね。
結婚式は結構、『大地母神』様の神殿で行われます』
あれか。
日本でクリスマスは教会。
年末はお寺。
正月は神社ってやつか。
「そういえば最近、グラウハイム一家を見ませんな。
よく休日には一家で神殿に来られていたのですが」
ブラスさんは顎に手を当てる。
「何かあったのでしょうか」
すごいな、この人。
結婚式を担当しただけで、家族構成どころか顔まで覚えてるのか。
「ふっ、常識ですよ」
いやだから、その悪役っぽい笑みやめてって。
「少し調べてみますか」
「ほんと!? ありがとう、ブラスおじちゃん!」
……あれ?
リナちゃん。
さっきまで俺の所にいたよね?
いつの間にブラスさんの膝の上に。
確かに俺、役に立ってないけどさぁ。
「『ふっ、無様ですね』」
師匠とエマさんのダブルツッコミが刺さる。
やめて。
泣くぞ。
まあ、分からない事をここで悩んでも仕方ない。
時間もないし、さあご飯ご飯。
俺は皆に朝食を出し、キッチンへ戻る。
店はさらに広くなった。
客席も増えた。
バイキング台までできた。
それを知った若い労働者達が、毎朝どんどん来るようになった。
だから、お前ら。
まだ店オープンしてないんだって。
エルミナさん怖いんだって。
「またオープン前にこんな人集めて、まだ帳簿もつけてないんですか!」
って毎回怒られるの、俺なんだぞ。
そう思いながらも、手は止まらない。
料理を作る。
作って。
作って。
また作る。
ハルヴィンダちゃんが従業員になってくれて、本当に助かった。
この客数、俺一人じゃ絶対無理だった。
しかし、みんな朝からよく食べるな。
作っても作っても足らない。
天界、ちょっと待って。
今そっちの分まで手が回らない。
以前より大きくなった燻製室からソーセージを取り出しながら、俺はため息をつく。
キッチンまで成長してるんだよなぁ……。
なのに。
「俺の《料理スキル》、上がんねぇなぁ……」
ぼそりと呟く。
ようやく一段落して、店内を見渡す。
飲兵衛親方達は、キッチンを挟んで店と反対側。
社員食堂で飲んでいた。
茶毛親方が作ってくれたテーブルセットは、社員食堂へ運んだ。
振り返ったら、新しいテーブルセットが生えていた時は、本気で笑った。
茶毛親方の作った物は、大事な物だからな。
今は社員食堂で、みんなで使っている。
あと、飲兵衛親方達が社員食堂で飲んでいるのには理由がある。
ハルヴィンダちゃんとリナちゃん。
二人がここに住んでいるから、一緒にご飯を食べたいっていうのもある。
そして――酒だ。
店では酒を出してない。
なのに、飲兵衛親方達をはじめ、アンリ先生とミレディさんまで酒持参で飲む。
飲兵衛フォーだけ特別扱いなんてできない。
もし「持ち込みOK」になったら、他のお客様も勝手に持ち込み始める。
絶対収拾つかない。
特にエルミナさんが怖い。
だから今では、飲兵衛親方達だけでなく、アンリ先生、ミレディさん。
あと、いつの間にかブラスさんまで。
朝と宴会時は社員食堂で普通に飲んでいる。
そう。
普通に、だ。
最初は、あまりにも自然すぎて何も気にしなかった位だ。
しかも。
なんと生活スペースに、アンリ先生とミレディさんの部屋までできた。
ある日、学園で何かあったらしく。
夜遅くまで飲んだあと。
「もう寝る。明日もあの馬鹿共の相手をするかと思うと気が遠くなる。
帰るのも面倒だ。ここは学園にも近くて便利だし、
部屋も余っとるじゃろう。風呂も広いしな」
そう言って、アンリ先生が勝手に奥へ入っていった。
そして和室を見つけるなり。
「あっ、ここよいな」
と、そのままごろん。
いやいやいや。
アンリ先生。
布団もないのに、そんな所で寝たら風邪ひきますって。
ミレディさんも止めて。
ため息つきながら「仕方ありません」みたいな顔して一緒に和室へ上がらないの。
ほら。
爺やらしき迎えの人、めちゃくちゃ慌ててるから。
それに俺、男ですよ。
うら若き乙女が「他に人がいるから大丈夫」とか言って泊まるんじゃありません。
……って。
爺や、なんで諦め顔で和室前に門番みたいに立ってるの。
俺、何もしませんから。
「はぁ……せめて布団位……」
そう呟いた瞬間。
俺より大きなため息をついて、エマさんが現れた。
「仕方ありませんね。旦那様、出してください」
えっ。
嫌な予感。
ぐおおおおおおっ!?
だからアイアンクローやめて!
俺、浮いてる! 宙に浮いてる!
すると。
ぽん。
ぽん。
ぽん。
三組の布団一式が現れた。
「さっ、運んでください。か弱い私に肉体労働させるつもりですか」
どこが。
さっき俺浮いてたよね。
結局、布団を爺やへ渡し。
和室に敷き。
アンリ先生達は本格的に寝始めた。
爺やも隣の部屋へ入る。
そして次の日には、私物らしき物まで持ち込まれていた。
こうして、一階の部屋三つが埋まった。
リナちゃんは、新しい住人が増えて大喜びだった。
あと。
アンリ先生達の和室前の庭。
日本庭園に進化していた。
ししおどしまであった。
そしてその日本庭園を抜けると――。
大きな花畑。
とても大きな花畑。
「ねぇ、いつの間に……」
しかも手入れどうしてるの。
こんなの無理だよ。
そう思っていたら。
いた。
花畑を手入れする小人達。
宙に浮く女性達。
『大地の精霊ノームと、木の精霊ドリアドですね』
師匠が当然のように説明する。
『彼・彼女らに任せておけば大丈夫でしょう。しかし、これだけいるとフェアリーサークルがどこかに開いているかもしれませんね』
なにそれ。
聞いてない。
それに、この精霊達のご飯は?
お給料は?
泊まる所は?
『今の所、無償ですね。庭や花、木々の世話をするのが好きな精霊達ですから』
いやいやいや。
『でも、そのうち中位精霊位には進化しそうですね。そうなると自我が生まれて、要求してくるかもしれません。エマみたいに』
えっ。
エマさん増えるの?
助かってるけど。
助かってるけど!
「旦那様、呼びました?」
ぬおおおおっ!?
また気配なく後ろに!
「大丈夫ですよ。
リナちゃんが妖精界に連れていかれないよう、ちゃんと見張っていますから」
何それ怖い。
駄目だよそんなの。
みんな泣いちゃうよ。
『心配ないですよ。下位妖精とはいえ、《夜の女王》は怖いですから。
天界の変態達も見ていますし。上位妖精でも出てこない限りは』
だから、不安煽るような事言わない。
……話はかなり逸れたけど、酒だ。
どうしよう。
出すか。
出さないか。
売上はかなり変わりそうなんだよな。
だってもう、店内にできてるんだもん。
バーカウンターみたいなのが。
いかにも「ここに酒樽置いて酒出しますよ」って感じの。
ビールサーバーとか。
酒瓶置き場とか。
これはあれか。
店の意思か。
酒を出せと。
俺、酒飲まないから分かんないんだよ。
生と発泡酒の違いすら怪しいんだぞ。
どうしろと。
仕入れは飲兵衛親方達に聞けば分かりそうだが。
管理任せたら、自分達で飲みそうだし。
それに酔っ払い対策。
絶対起こるだろ。
アメリカ映画みたいに、うまくあしらってくれる役の人必要だよなぁ……。
はぁ……。
絶対、あのバーカウンター見たら。
エルミナさんに見られたら
「酒。お酒出すつもりですね。申請書類、書き直しです」
って居座るんだよな。
「ヴァルナさん」
――ほら来た。
しかも後ろの配管工二人。
グッジョブするんじゃない。
エルミナさんは、ゆっくりと店内を見渡す。
そして。
ピタリと視線を止める。
バーカウンター。
「……何か増えてません?」
終わった。
師匠のニューワールド講座⑮
妖精界と連れ去り編
「師匠、今回エマさんが怖いこと言ってたんですけど」
『どの件ですか』
「妖精界に連れていかれるってやつ」
『ああ、それですか』
『普通にあります』
「普通に言うな」
『妖精は気に入った存在を』
『自分たちの世界に連れていくことがあります』
「理由は?」
『一緒にいたいからです』
「子供か」
『特に厄介なのが――』
『下位精霊です』
「なんか嫌な予感しかしない」
『彼らは自我が薄い』
『つまり“悪気なく連れていきます”』
「一番ダメなやつ」
『しかも』
『向こうとこちらでは』
『時間の流れや法則が異なります』
「はいアウト」
『無事に戻れる保証はありません』
「保証どころか絶望しかない」
『場合によっては』
『向こうで精霊化します』
「は?」
『下位精霊になるのです』
「戻ってこれないじゃん」
『区別がつきませんからね』
「さらっと怖いこと言うな」
『昔』
『精霊使いが契約のために精霊界へ行き』
『そのまま精霊になる事故が多発しました』
「事故で済ませるなそれ」
『ですので』
『不用意に近づかないことです』
「いやでもさ」
「うちの庭とか大丈夫なの?」
「リナちゃん普通に遊んでるけど」
『……』
『そのうち出来そうですね』
「やめろ」
『フェアリーサークル』
『精霊界との接点』
『つまり“出入口”です』
「完全にダンジョンじゃん」
『ですが』
『リナは大丈夫でしょう』
「ほんとか?」
『高位精霊であるエマが監視していますし』
狼族は――』
『《夜を司る女王》の眷属です』
「またやべぇの来たな」
『精霊側も、そう簡単には手を出しません』
『わざとでなければ』
「“わざと”があるの怖いんだけど」
『……』
『ただ』
『ここは《大地母神》様の領域』
『そこに』
『《夜を司る女王》の気配がある』
「……」
『少々、気になりますね』
「やめて」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




