14 書類地獄と減点制度
皆さんは、役所や政府機関に書類を提出した事があるだろうか。
呼び出され、普段は入れない部署に通され、延々と書類を書き直させられる――そんな経験を。
俺は毎回思っていた。
なぜ、こんなにもややこしく、回りくどい言い回しをするのかと。
一行で終わる内容を、なぜ数行かけて説明するのか。
一般企業なら、「もっと簡潔にまとめろ」で終わりだぞ。
いかに少ない文字で、分かりやすく伝えるか。
それが大事じゃないのか。
……そして、それは異世界でも同じだった。
俺は今、《飲食店開業申請書》なるものと格闘している。
しかも、何度目かわからないダメ出しを食らっていた。
「はぁ……なんでこの程度の書類も書けないんですか……」
眼鏡を光らせながら、エルミナさんが深いため息をつく。
その顔は、完全に“ダメ生徒に匙を投げる教師”だった。
いや、違う。
教師というより、役所の鬼教官だ。
問題の書類は山ほどある。
例えば――
「飲食店を開きたい理由」。
いや、開きたいから開くんじゃダメなのか?
そう言ったら、ため息。
「そこで販売する料理の種類」。
そんなの色々だろ。
ため息。
「今後の収支見込み、ターゲット層」。
やってみないと分からん。
ため息。
その後、延々と説教された。
“もっともらしい事を書け”と。
開きたいからで開業されたら、あちこちに無秩序に店ができる。
火事や犯罪の温床になる。
料理の種類も、近隣店舗との兼ね合いがある。
競合しすぎれば共倒れの危険も増える。
収支見込みがない店は、すぐ潰れる。
役所側としても、無責任に許可は出せない。
――などなど。
話を聞いているうちに分かってきた。
どうやらこの世界の書類文化も、長い年月を経て“継ぎ足し継ぎ足し”で肥大化したらしい。
昔の書式。
昔の慣習。
昔の決まり。
そこへ新しい項目を追加し続けた結果、整理されないまま今に至る。
……チーター達に“書類改革の達人”はいなかったようだ。
書類を書き始めると、なぜか師匠は消える。
エルミナさんは、ため息とダメ出ししかしない。
頼れる人が誰もいない。
おかげで最近は、唯一の楽しみだった市場巡りすらできず、毎日机に向かって書類地獄である。
しかも。
俺が店から出ないと分かると、飲兵衛親方達がさらに入り浸り始めた。
四苦八苦しながら書類を書いている横で、普通に注文してくる。
「今、書類書いてるんですけど……」
そう言ったら。
「お客様への態度がなってません。減点です」
「……その減点って何ですか」
怖いんですけど。
さらに追い打ちのように、天界から紙が降ってくる。
『レンチンからの脱却だ』
『できたて、できたて』
『昼休み短い、早く』
便乗するな。
そして最近、毎日のように現れる奴らもいる。
「エルミナ主任! やはり不正は見つかりません!」
「次はあちらを確認してきます!」
ガスメーターや水道メーターを調べに来る、どこか配管工っぽい連中だ。
お前ら、もう何日目だ。
調査調査って。
俺は知ってるんだからな。
お前らの本当の目的が、“昼の大盛料理”だって事。
安い値段で、他店の二~三倍の量が出てくるの目当てだって事。
初日に普通盛り出したら、足りなさそうにしてたから、おかわり無料にしてやったのが失敗だった。
師匠の奇跡で、生活スペース側は手前の部屋しか認識できないようになっている。
光熱費も完全チート仕様だ。
配管もメーターも、何も細工なんかしてない。
探すだけ無駄である。
だがエルミナさんは納得していなかった。
日中ずっと店にいるせいで、実際の使用量を見ている。
だから余計に疑念が深まっているのだ。
結局。
書類が完成するまで、一週間かかった。
……あれ?
日本より短い。
解せぬ。
◇
書類を抱え、商業ギルドへ戻る道中。
エルミナは、ぶつぶつと独り言を漏らしていた。
「はぁ……なんなのよ、あの店……」
どう考えても光熱費がおかしい。
あれだけ大量の料理を、朝から晩まで作っている。
それなのに、ほぼ基本料金。
どう考えても異常だった。
しかも、スミズル様やトレース様の注文は止まらない。
さらに、店主はそれ以上の量を作る。
そして、なぜか消えていく料理。
意味が分からない。
書類関係もそうだ。
最初は完全に駄目人間だと思っていた。
だが、時折こちらが驚くような鋭い指摘をしてくる。
――分かっているのだ。
役所の書式が非効率だという事も。
整理されていないという事も。
でも。
「そんな権限、私にあるわけないじゃない……」
書式を整えれば、業務速度は確実に上がる。
そんな事は、現場の人間なら誰でも分かっている。
だが、変えられない。
変えようとすると、面倒が増える。
「はぁ……今日も残業確定ね……」
窓口係に行った連中は、婚活だなんだと騒いでいる。
誰かが裏方をやらなければ、仕事は回らないのだ。
しかもアンリちゃんからは、
“あの店は訳ありだから、上手くいくよう便宜を図ってくれ”
などという無茶ぶりまでされている。
せめて“訳あり”の理由くらい教えて欲しい。
アンリちゃん本人が通っているから、安全面も含めて慎重に動いているというのに。
……そこまで考えたところで、ふとエルミナの表情が変わった。
「それにしても……」
先程までの不満顔が、少しだけ緩む。
「グスタン様の野菜……」
あの味。
また食べたい。
「何か理由見つけて、通わないと……」
もはや目的が変わっていた。
その後ろでは、
「もう大盛食べられないのか……」
と、しょんぼりする調査職員達が続いていた。
◇
ようやく書類地獄も終わり、少しずつ日常が戻ってきた。
……そう思っていた頃だった。
久しぶりに、ハルヴィンダちゃんが店へ来た。
「お、久しぶりだな」
せっかくだ。
今日は少しサービスしてやろう。
そう思ったのだが――。
店内の空気がおかしい。
ハルヴィンダちゃんが、茶毛親方となにやら揉めていた。
強い口調で何かを訴えるハルヴィンダちゃん。
それを、赤毛親方と茶毛親方が宥めている。
だが。
「もういい!」
とうとう感情を爆発させ、ハルヴィンダちゃんは店を飛び出していった。
静まり返る店内。
何があったんだ……?
俺が親方達を見ると、茶毛親方が酒を煽りながら、ぽつりと言った。
茶毛親方
「どうも……色々とうまくいっとらんみたいでのう……」
その横顔は、どこか悲しそうだった。
そして次の瞬間。
「店主、おかわりじゃ」
「酒は置いてません」
赤毛親方
「気にするな店主。これはわしらの問題じゃ。こっちで何とかする」
そう言って、こちらを見る。
「いちいち来る客の事を気にしとったら、おかしくなるぞ」
「これから店開けたら、どんだけ客が来ると思っとるんじゃ」
……確かに。
確かにそうなんだけど。
気になるだろ。
あんな顔されたら。
しかし親方達、自覚はあったんですね。
この店、まだ正式オープンしてないって。
そんな事を考えながら、空になったテーブル席を片付ける。
ここ数日、学園で何かトラブルがあったらしく、アンリ先生達も来ていない。
若い労働者達も、今日は早々に現場へ向かった。
静かになった店内。
俺は食器を片付け終えると、キッチンへ戻っていった。
何事もなければいいけど、
師匠のニューワールド講座⑩
~書類は世界を救うのか~
「師匠、この世界の書類ってなんなんですか」
『なんなんですか、とは?』
「長い、面倒くさい、意味が分からない」
「三拍子揃ってるんですけど」
『ふふふ』
「その笑い方やめてください」
『名探偵師匠が調べました』
「自称やめて」
『結論から言いましょう』
『無駄です』
「言い切った!?」
『正確には』
『元々は合理的だったものに』
『長年の追加と慣習が積み重なり』
『誰も整理できなくなった結果です』
「どこの世界も同じかよ……」
『なお』
『書式を簡略化しようとすると』
『新たな確認項目が追加されます』
「悪化してるじゃねえか」
『さらに』
『改善提案を出した者は』
『責任者にされる可能性があります』
「絶対出さねえ」
『ちなみに』
『書類が存在しない場合』
『無秩序に店舗が増えます』
「まあ、それはそう」
『火災・犯罪・倒産』
『一気に増加します』
「うん、それは困る」
『つまり』
『必要悪ですね』
「悪って言っちゃったよ」
『この馬鹿弟子が』
『世の中は綺麗事だけでは回らないのです』
「せめてもうちょっと分かりやすくしてくれ」




