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13 放置してはいけない案件

俺は最近、少し気になっている事があった。


あれから、大きな変化のない日々が続いている。

……いや、正確には一つだけ変化があった。

ハルヴィンダちゃんが来ない日が増えたのだ。

以前から、時々姿を見せない日はあった。

だから最初は、そこまで気にしていなかった。

だが最近は、明らかに頻度が増えている。


「何かあったんですかねぇ……」


昼前。

店内にはいつものように酒を飲む親方達の姿。

俺は皿を洗いながら、ぽつりと呟いた。

すると、茶毛親方が酒瓶を揺らしながら答える。


茶毛親方

「再開発地区の工事の進み具合が変わってきたのが原因じゃろうなぁ」


話によると、廃墟の撤去作業がほぼ終わったらしい。

そのせいで、“壊す仕事”が減っているのだという。

ハルヴィンダちゃんは、不器用という訳ではない。

だが、なぜか“生産性の仕事”が昔から苦手らしい。

茶毛親方の工房を手伝っていた頃も、荷運びや力仕事は得意だった。

しかし家具作りの細かい作業になると、途端にうまくいかなくなるそうだ。


「昔、神殿で調べてもろうたら、《超剛腕》持ちじゃったらしい」


赤毛親方が笑いながら言う。

なるほど。

だから茶毛親方を軽々引っ張っていけたのか。

《超剛腕》――。

単純な力仕事では強力なスキル。

だが逆に、繊細さが求められる建築や細工仕事には向かない。

撤去作業が終わりつつある再開発地区では、彼女にできる仕事が減ってきている。

しかも残った仕事も、他の労働者達との取り合いになっているらしい。


「うーん……」


スキルって、便利なだけじゃないんだな。

俺は思わず考え込む。

今、ハルヴィンダちゃんは、その“デメリット”のせいで苦労しているのかもしれない。

頑張れ、ハルヴィンダちゃん。

……いや、せめて飯くらい食べに来てくれてもいいんだけど。

別の職場に移ったのかもしれない。

帝都は広い。

ここで朝飯を食べてから別の場所へ向かうのは、時間的にも厳しいのだろう。


そんな話をしていると、店の扉が開いた。


「店主、おるか?」


聞き慣れた声。

アンリ先生とミレディさんだ。


……ん?

今日はもう一人いる。

二人の後ろから、青髪の女性が店内へ入ってきた。


「以前、相談受けたであろう。店の税金関係の話じゃ」


そう言って、隣の女性を指差す。


「こやつは我の学園時代の同級生でな。今、商業ギルドで働いとる。エルミナじゃ」


紹介された女性は、ピシッと背筋を伸ばし、一礼した。


「商業ギルドから参りました。エルミナ・フェルディアと申します。よろしくお願いします」


真面目そうだ。

めちゃくちゃ真面目そうだ。

そんな彼女を見て、アンリ先生がニヤニヤしながら口を開く。


「なんじゃ、相変わらず硬いのう。そんなだから、いつまで経っても一般事務員で出世できんのじゃ」

「もっと愛想よくして、スケベ上司をたぶらかしての――」

「なに言ってんのよ、アンリちゃん!」


エルミナさんが真っ赤になって抗議する。


「そんなハレンチな事できません! それに、あそこ年功序列で上に行けないのです!」

「なんじゃ、要領良い奴らは窓口行って、将来有望な若手商人捕まえようと婚活しとるじゃろうが」

「おんしも、もうちっと――」

「ごほん」


ミレディさんが咳払いした。


「姫様、皆あきれておりますが」

「あー、すまんすまん」


全然悪びれてない。


「そんなわけで、多少要領悪いが、努力家で仕事はできる。安心して相談するとよいぞ」


そう言い残し、アンリ先生は当然のように飲兵衛親方達の席へ向かっていった。

ミレディさんも大きなため息をつきながら席につき、どこからともなくワインとグラスを取り出している。


……昼ですよね?


「まあ……本当にスミズル様とトレース様がいらっしゃるのですね……」


エルミナさんは、目をキラキラさせながら親方達を見ている。

そんなに有名なの、この二人。

完全に“昼から酒飲んでるドワーフ”くらいの認識なんだけど。

俺は空いているテーブルへエルミナさんを案内し、紅茶を淹れようとした。


「あ、私コーヒーで――」


大丈夫。

俺は紅茶派だ。

眠い時は紅茶の方がカフェイン強いって聞いて、よく飲んでたし。

それにコーヒーだって《コーヒー3》だ。

そこそこいける。


そんな事を考えている間に、エルミナさんは書類を取り出していた。


「さて、アンリちゃんから話は聞いています」


眼鏡を押し上げながら、真面目な声で話し始める。


「将来的に飲食店を開く予定で、現在修行中。しかし、それにも関わらず人を呼び込み、食事を振る舞い、収入を得ている――と」


なにその言い方。

事実だけど。

人は呼んでません。

押しかけられてます。


「調べましたが、土地建物は最近まで『大地母神』神殿所有だったようですね」

「現在はヴァルナさん名義へ変更済み。このクリスタルの山を含め、神殿特区扱いですので土地建物関係は非課税です」


おお、なんかすごい。

……と思った瞬間。


「しかし」


来た。

“しかし”だ。


「光熱費等の支払いがされていません」

「現在は『大地母神』神殿側が立て替えています」


まじか。

そうだよな。

光熱費。

俺、完全に忘れてた。

だってこの店広いんだぞ?

日本でワンルーム住んでた頃ですら、月二~三万とか飛んでたのに。


「ただですね……」


エルミナさんが眉をひそめる。


「消費量を見たところ、ほぼ基本料金だけなんですよね」

「ここ、お店ですよね?」

「見た限り、かなり使ってますが……メーター細工してません?」


怖い事言わないで。

メーターどこにあるかも知りません。


『心配しなくても、ここの電気・ガス・水道は大気中のマナや魔力を変換してます』


いつの間にか戻ってきた師匠が、頭の上で軽く言う。


『水なんか魔素たっぷりで美味しいですよ。下水も自動分解して魔素へ還元。エコですね、エコ』


そんな“天然水です”みたいなノリで説明されても。

この店、ハイテクすぎない?


「さて、ここからが問題です」


エルミナさんが、さらに分厚い書類を取り出した。

嫌な予感しかしない。


「商業ギルドに飲食店申請してませんよね?」


ぐはっ。


「困るんですよ、勝手に開かれると」


始まった。

真面目な人の正論ラッシュだ。


「火を扱って良い場所」

「酒を扱って良い場所」

「人を大勢集めて良い場所」

「商業ギルドは単なる商人組合ではありません。帝国機関です」

「職員も上層部も役人です」


うわぁ、ちゃんとしてる。


「なのに、みんな婚活場所みたいに――」

「失礼しました」


自分で脱線して戻ってきた。


「とにかく、火・酒・人が集まる場所は、治安維持案件なんです」

「勝手に営業されては困ります」

「こんな立派なキッチンまで作って……許可が下りなかったらどうするんですか」


師匠。

師匠どこ。

逃げたな。


「申請書類、持ってきています。書いてください」


ドン、と置かれる分厚い書類。

辞書かな?


「読み書き計算できますよね?」

「は、はい……」

「では次に、売上による税計算をしますので、帳簿を見せてください」


……来た。

帳簿。

俺は無言で立ち上がった。

奥から小さな箱を持ってきて、静かにテーブルへ置く。


「ヴァルナさん?」


エルミナさんが嫌な顔をする。

俺は黙って鍵を渡した。


「まさか……」


箱が開く。

中には――

金だけ。

現金だけ。


「やっぱりぃぃぃっ!!!」


エルミナさんの悲鳴が響いた。


「帳簿つけてないんですか!?」


解る。

帳簿が大事なのは解る。

俺だって社会人経験ある。

経理やって本社から怒られた事だってある。

でもな!?

朝から晩まで修行!

勝手に増える客!

飲兵衛!

天界!

家事妖精!

どうしろと!?

店員一人だぞ!?


「ちょっとアンリちゃん! ここまで酷いなんて聞いてないわよ!」

「だからそなたを呼んだんじゃ」


アンリ先生、酒飲みながら笑ってる。


「ここ潰れると楽しみ減るのでな」

「きぃぃぃーーーっ!!」


その後。

俺はエルミナさんに、

•商人とは

•飲食店とは

•大人とは

を延々説教された。

正論が痛い。

痛すぎる。

俺が涙目になっていると、


『50のおっさんが泣いても需要ありませんよ』


師匠の追撃が飛んできた。

鬼か。

いや鬼だった。


ようやく説教が終わり、エルミナさんが立ち上がる。


「後日、メーター確認に係員を連れてきます」

「それまでに飲食店申請書、書いておいてくださいね」


その時だった。


「やぁ、お邪魔するよ。ヴァルナさんいるかい?」


聞こえた声に、俺は勢いよく振り返った。

グスタンさんだ。

俺の心のオアシス。

この店で唯一の常識人。


「グスタン様!? テラキン農場の!?」


なぜかエルミナさんが一番驚いていた。


「さっ、どうぞこちらへ!」

「あの、ここ俺の店なんですけど」


エルミナさん、完全に接客モード入ってる。


「いやいや、構わんよ」


グスタンさんは笑いながら荷車を指差した。


「約束していた野菜、持ってきたんだけど見てくれるかな?」


外へ出る。

野菜を見せてもらう。

その前に、目に入った。

——魔動車。

それも、荷運び用ではない。

しっかりとした作りの、個人所有のもの。

帝都でこれを持てるのは——

王侯貴族か、よほどの大商人くらいだ。

周囲の人間も、それに気づいたのか足を止める。


「おい……あの魔動車……」

「なんでこんな場所に……」


視線が、一斉に集まる。


そして、荷車の中。

艶のある野菜が、ぎっしり詰まっていた。

色が違う。張りが違う。

傷一つない。

素人の俺でも分かる。

——明らかに質が違う。

《料理鑑定》が叫んでいた。

A。

S。

A。

S。

なんだこれ。

化け物か。


「いいんですか……こんな良い物……」


俺が震えながら聞くと、グスタンさんは穏やかに笑った。


「あの日のシチュー、美味しかったですよ」

「あんな温かい料理を作れるんだ。きっと良い店になります」


グスタンさん……。

あなた“だけ”です。

俺を褒めてくれるの。


「こうしましょう」

「まだ正式開店前ですし、他店へ卸せない余り分を引き取ってもらう形で」

「店が軌道に乗ったら、その時に改めて商談しましょう」


グスタンさぁぁぁん!!

神か!?


アンリ先生

「ほう、帝宮にも卸しとる野菜じゃのう」


ミレディさん

「これも導きでしょうか……」


エルミナさん

「そんな……帳簿もつけられない店なのに……」


スミマセン。


赤毛親方

「ガッハッハッ!」


絶対何も考えてない。


茶毛親方

「うまいもん食えるなら、それでよいのう」


自由だなぁ。

そして最後に、頭の上から。


『これで仕事が減りますね』


師匠。

あなた絶対、“馬鹿弟子が”って言いたいだけですよね。

さらに。


「食材よくても、料理の腕がねぇ……」


……。

ねぇエマさん。

どこから見てるの。


エルミナは改めて見渡す。

騒がしい店内。

規格外の食材。

規格外の客。

そして——

どうしようもない店主。


「……」


エルミナは額を押さえた。


(これは……放置してはいけない案件ね)


師匠のニューワールド講座⑨

不思議なお店(光熱費編)


「師匠、このお店って光熱費どうなってるんです?」

『どういう意味ですか』

「ほとんど基本料金だけって」

「おかしくないですか、この広さで」

『ふふふ』

「その笑い方やめてください」

『名探偵師匠が調べました』

「自称やめて」

『本文でも言いましたが』

『この建物、大気中に存在するエネルギー』

『マナ、エーテル、魔力、霊力などを取り込み』

『水・電力・ガスに変換しているみたいです』

「……」

「みたい、って言いました?」

『みたいですね』

「断言してくださいよ」

「いやいや、ここ元々観光地の管理事務所ですよね?」

「そんなハイテク機能ついてたんですか?」

『そんなわけないでしょう』

「ですよね!?」

『そんな機能、帝宮にもありませんよ』

「じゃあなんでここにあるんですか!?」

『さあ』

「さあって」

『世の中には』

『知らない方が良いこともあるんですよ』

「怖いこと言わないで」

『ちなみに』

『下水も自動で分解されてマナに変換されています』

『完全循環型ですね』

「エコすぎるだろ」

『外部から遮断されても問題ありません』

『水・電力・食事、全て確保できます』

『長期籠城可能です』

「どこと戦うんじゃい」


作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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