122 無駄ではなかった
やれやれ、何をやっているのかしら。
短い旅路だったけど、南へ東へと旅をして少なからず人と触れ合い、
少しは成長したかと期待したけど……相変わらず進歩がないわね。
まぁ、リオニーの故郷
――ガイアースブルク侯爵領に希望の灯をともしたことには、
花丸をあげましょう。
リオニーだけじゃない。ガイアースブルク侯爵領出身の者はもちろん、
その場にいた者達はみな驚き、そして何が起こったのか理解すると、
軍事行動中だというのに喜びだしたほどだ。
サフィール伯爵や各騎士団長が怒鳴り散らしていたけど、
本人達も頬が緩んでいて、あまり効果はなかったみたい。
海軍大提督が、
「これだから陸の脳筋どもは」
と嫌味を言って、サフィール伯爵と睨み合っていたのは、もうお約束ね。
あの二人以外は仲がいいのに、あの二人だけは伝統的な
陸軍と海軍の対立そのままに、いつもいがみ合っているのよね。
揉めるたびに、それぞれ部下や周りの者に同意を求めるのだけど、
みな揃って相手を弁護するものだから、
最後には二人で仲良く肩を並べて愚痴を言い合う。
困った二人だこと。
夫は夫で、このガイアースブルク侯爵領の件を
アレク殿下の初陣の成果にどう組み込むかで、色々と考えているし。
これはヴァルナ殿の功績でしょう。
「魔法使いの功績を勝手に使ったら、後が怖いわよ」
そう忠告したら、夫は何でもないことのように答えた。
「別に奪うわけではない。アレク殿下の初陣の勝利の後に、
この奇跡が起こったと噂を流すだけさ。後は勝手に解釈してくれる」
いかにも宰相らしい言い分に、私は呆れながら夫を見る。
「例えば、勝利の褒美に起こしたとか、華を添えていただいたとか。
嘘じゃない、時系列的には事実だからね」
確かに嘘ではないけれど、絶対に勘違いさせる気でしょう。
「世界伝言でガイアースブルク侯爵領の件は全世界に伝わった。
何がどうなったのか、色んな所から情報を仕入れようとするはずだ。
アレク殿下の初陣の結果も派手に広がって、良い宣伝になるさ。それに……」
そこで夫が言葉を切り、あくどい笑顔を浮かべた。
まったく、昔からこういうことは好きよね。
あれかしら。やはり戦争を経験して、他者を出し抜きながら
生き残ってきた者はこうなるのだろうか。
マリーも最近は元に戻りつつあるけど、一時はひどかった。
皇后なんてなるものじゃないわね。
一歩間違っていたら、私もそうなっていたのだろうか。
だからこそ、夫が何を考えているのか解ってしまう。
いや、これはここにいる者なら誰でも解るか。
帝国宰相である夫が口にした「それに……」の後に続く言葉。
ハシュバルト公爵、ヒデオン九世。
討伐になるのか、捕縛になるのかは解らない。でも、これだけは確実。
もう、超帝国の威信は通じない。
世界各国に散らばった、超帝国皇室の血を引く者達。
中には過去を捨て、庶民として生きている者もいると聞く。
けれど大抵は、過去の主君筋であることを鼻にかけ、
権勢を振るいながら王侯貴族として国に寄生して生きている。
大陸連合国よりさらに東の大陸では、
超帝国の生き残りがそれぞれ皇室の末裔を神輿に掲げ、
継承争いをしているという。
もう、継ぐ国すらないというのに。
神輿に担がれる者も、その権威を利用して権勢を振るう者達も、
自分達の地位は安泰だと思っているのだろう。
各国の争いを、かつての家臣同士の争い程度に考え、適当に名分を与えている。
でも、それが変わる。
アステリア帝国が、その権威を否定するのだ。
超帝国皇室の血筋に背く。
二百年戦争が終わり、
ようやく落ち着きを取り戻しつつある世界での、旧き権威の否定。
きっと、多くの国が続くでしょう。
血が流れ、もしかしたらどこかでは争乱が起こるかもしれない。
それでも、みんな持て余し、機会を狙っていたはずだ。
どこからも良い話は聞かないし、
何より、かつての家臣達はもう一人立ちしているのだから。
寂しいものね、国が滅びるとは。
いつかアステリア帝国も、そうなるのかしら。
そうなったら、私の故郷はどうなるのだろう。
共に滅びるのか、それともミョルニル王国が復活するのか。
その答えを、私は知ることはないでしょう。
それは遥か未来のはずだ。
なぜなら、私達がそうさせないからだ。
そうならないように、夫も、子供達も、みんな動いている。
これは慢心かしら。
でも、一つだけ解ることがある。
たとえいつの日かアステリア帝国が、そしてミョルニル領が滅んだとしても、
そこにはきっと、
ガイアースブルク侯爵領で力強く生き続けていた者達のように、
民が生きている。
顔も名前も知らない、遥か未来の民が。
そう思うと、なんだか嬉しくなった。
飛空艇の甲板から流れていく景色を眺めながら、自然と頬が緩む。
「アルマ、何を微笑んでいるの?」
不意に声を掛けられ、振り返る。
「何か面白いものでも見えるの?」
そこにいたのはリオニーだった。
私は答えるより先に、彼女の顔を見つめてしまった。
――良い笑顔だ。
こんなリオニーの笑顔を見るのは、いつぶりだろう。
もしかしたら、
学校の卒業式で笑い合って別れた、あの時以来かもしれない。
あの頃の私達は、これから参加する戦争の恐ろしさも、
異星からの侵略者のことも知らなかった。
ただ戦争で手柄を立て、名声を得る。
戦えぬ者達の代わりに戦場へ行き、平和な世を作る。
そんな英雄願望しか持っていなかった。
みんな、夢見る乙女だったのだ。
戦争の現実を知って。
大事な友を失って。
そして、故郷を失って。
いつしか、心の底から笑うことを忘れてしまった。
戦争や紛争の後は、建国の忙しさに追われていたお陰で、
忘れたふりをすることができた。
そして国が落ち着き、もう人質としてしか価値がなくなった頃に引退した。
それでもマリーの茶飲み友達として帝宮へ顔を出してはいたけれど、
あの頃からだと思う。私もリオニーも、お酒の量が増えたのは。
マリー、――いえ、当時の皇后陛下の前では弱みを見せられなかった。
だから昔通りの自分を演じていた。
目が曇っていたマリーには分からなかったようだけど、
同じような境遇にあったリオニーには気づかれていたみたい。
……いえ。
同じ境遇なんて言ったら、リオニーは怒るかもしれないわね。
少なくとも、私の故郷は生きていた。
たとえ自分が戻ることができなかったとしても、
故郷そのものは残っていたのだから。
でも。
それも、もうおしまい。
ようやくガイアースブルク侯爵領に、復興への希望が芽吹いた。
あの後、『夜を司る女神』様から色々とお言葉をいただいた
――というより、ほとんど解説だったわね。
まるで久しぶりに学校で講義を受けているような気分だった。
しかも学園長がいちいち唸っては質問するものだから、
話がどんどん長くなってしまい、
帝都へ向かう準備が整うぎりぎりまで続いた。
お陰で最後は本当に慌ただしかったわ。
簡単に言えば、ヴァルナ殿が起こした奇跡についての説明。
ご本人――いえ、『夜を司る女神』様の説明では奇跡ではないらしいけど、
もう奇跡でいいでしょう。
あんなこと、私達にはできないもの。
まず、異星からの侵略者が何をしたのか。
それは――資源回収。
ガイアースブルク侯爵領だけではない。
この惑星そのものを巨大な資源地帯と見なし、搾取していたそうだ。
木材。
石材。
鉱物。
そういった物だけではない。
彼らの本当の目的は、星の命とも呼べるもの。
龍穴から湧き出し、龍脈を通じて世界を巡るエネルギーだった。
龍穴へ巨大なエネルギー採掘装置を設置し、
そこから星の力を吸い取っていたらしい。
『夜を司る女神』様は、
『石油プラットフォームのようなもの、と言えば分かる者には分かるであろう』
と説明されていた。
異世界の知識を持つ人達は、それを聞いてすぐ納得していたわね。
要するに、エネルギーが湧き出す龍穴の上へ巨大な魔道具を建築して、
惑星そのものから力を吸い上げていたということ。
そして、それを邪魔する私達は、彼らにとってただの邪魔者。
私達が鉱山を掘ったり、開拓のため森や荒野を切り開いたりする時、
その場に住んでいた動物や魔物一匹一匹の事情まで考えるか、
と『夜を司る女神』様に問われ、誰も答えることができなかった。
異星からの侵略者から見れば、私達も同じなのだ。
採掘を邪魔する、現地にいるだけの生物。
それだけ。
そして、このままでは惑星全体のエネルギーを吸い尽くされる。
そう判断した世界そのものが、龍脈を切り離し、龍穴を隠した。
その結果、ガイアースブルク侯爵領周辺は
外からエネルギーが入ってこなくなり、
残っていた力まで侵略者に吸い尽くされ、死の大地へと変わった。
ならば。
異星からの侵略者を撃退したのだから、隠れた龍穴を元に戻せばいい。
当然、私達もそう思った。
でも。
そう簡単にはいかなかった。
異星からの侵略者は、まず世界の境界を「適度に」破壊したらしい。
一気に壊してしまえば、別世界と完全に繋がって世界そのものが崩壊しかねない。
だから、すぐには壊れない。
でも放置すれば、確実に崩壊する。
しかも、神々が総掛かりで修復しなくてはならないほどの損傷。
そんな状態へ世界の境界を追い込んだ。
そして神々が境界の修復に掛かりきりとなり、
こちらへ十分に手を出せなくなったところで、本格的な侵略を始めた。
さらに恐ろしいのは、その後だった。
隠れた龍穴へ。
神々を装い。
偽りの呼び掛けを行った。
龍穴を開かせるために。
何度か騙されそうになった龍穴は、さらに深く。
もっと深く。
大地の奥へ逃げていった。
そして異星からの侵略者を撃退し、世界の境界修復も終わった。
今度こそ本物の神々が、
『もう大丈夫だ』
と呼び掛けても龍穴は信じなかった。
偽物ではないのか、また騙されるのではないか。
そう警戒して、地の奥深くへ閉じ籠もってしまった。
この惑星を守るため。
そして何より。
いつか、この地に住んでいた者達が戻ってきた時のために。
その時を夢見て眠りについた。
神々にできたのは、水が完全に失われ、大地が砂へと崩れ、
何もかもが消えてしまうのを辛うじて食い止めることだけだった。
龍穴も。
龍脈もない。
その状態では、それ以上何もできなかったのだ。
では、なぜヴァルナ殿は龍穴を起こすことができたのか。
ヴァルナ殿は、まだ新米の魔法使い。
ならばなぜ他のベテランの魔法使い達は、
今までここへ来て龍穴を起こさなかったのか。
答えは単純だった。
ヴァルナ殿がしたのは、無理やり龍穴を叩き起こしたことではない。
ただ、思いを届けただけ。
その思いを受け取って目覚めた龍穴へ力を貸し、再び外へ繋がる穴を開いた。
そして精霊界へ働き掛け、世界の構成を助けている精霊達へ声を掛けた。
それだけなのだという。
……それだけ。
と言われても。
私達からすれば、充分とんでもない話だけれど。
では、ヴァルナ殿が龍穴へ届けた思いとは何だったのか。
それは。
荒れ果てた大地へ戻ってきた、元住民達の思い。
この地で果てた者達への無念。
かつて家族や友人達と過ごした、幸せな時間。
もう戻ることのない日々への慟哭。
死した故郷への悲しみ。
それでも。
それでも諦めることができず。
いつか。
いつの日か。
再びこの地が蘇ることを信じ続けた。
そんな思い。
他にも沢山。
この地を想う人々の気持ち。
ヴァルナ殿は、それらを集め。
地中深く、孤独に眠る龍穴へ届けた。
だから、龍穴は目を覚ました。
ヴァルナ殿が力ずくで起こしたのではない。
ロビン前侯爵達が。
ガイアースブルク侯爵家が。
元領民達が。
長い年月、諦めずに努力してきたから。
届けられる思いが、そこにあった。
その話を聞いた時。
ロビン前侯爵達は泣き崩れた。
今までの行いは無駄ではなかった。
ずっと続けてきたことに意味があった。
そう知ったから。
……今思えば、本当によく涙が尽きないものね。
そして、イン河へ戻った水。
あれもヴァルナ殿一人の力ではなかった。
ヴァルナ殿の呼び掛けに応え、
精霊界から戻ってきた水の精霊――ウンディーネ達。
彼女達は、元々イン河を縄張りとしていたそうだ。
異星からの侵略者が現れた時、精霊界へ避難した。
だが戻ろうにも、イン河そのものが枯れてしまったため、
こちら側へ帰ることができなくなっていた。
そこへヴァルナ殿からの呼び掛け。
大喜びで戻ってきて、龍脈復活へ力を貸してくれたらしい。
復活したイン河は、そのまま西園寺公爵領まで流れ、海へ繋がった。
あとは、アトランティス海の守護者たる
『海神』様が上手くしてくださるそうだ。
自らの使徒達を遣わし、まず荒野一帯の川や河を蘇らせる。
そして、蘇った水場を中心として少しずつ緑が戻る。
やがてかつてのように、自然も戻ってくる。
ただし急いではいけない。
『今、この大地はようやく昏睡状態から目を覚ました病人と同じじゃ』
そう『夜を司る女神』様はおっしゃった。
神々の奇跡や。
魔法使いの魔法で。
無理やり治すのではない。
自然が本来持っている治癒力で。
少しずつ確実に蘇らせる。
それが自然の摂理なのだと。
それこそ、何十年・何百年掛かるかもしれない。
壊すのは簡単。
でも、築き上げるには時間が掛かる。
私達が生きている間には、かつての姿へ完全に戻ることはないかもしれない。
それでも今日から確実に目に見える形で、この大地は息を吹き返していく。
最後に。
フェンリルに咥えられて運ばれていたヴァルナ殿を見ながら。
『あの未熟者に、気張れと言っておけ』
そう言い残し。
『夜を司る女神』様は姿を消された。
ああ、その後が最高だった。
ロビン前侯爵ったら。
つい先程まで、
「領地復興の研究は一度止めよう」
「これからは家族と過ごそう」
なんて感動的な話をしていたくせに。
急に。
そわそわ。
そわそわ。
誰が見ても、
「研究に戻りたい」
「復興作業を始めたい」
と丸分かり。
ソフィーに、とんでもなく呆れた顔で見られていたわね。
その時のことを思い出し。
私は、つい笑ってしまった。
「だから、何がそんなに楽しいのよ。私にも教えなさい」
リオニーが頬を膨らませながら、こちらを睨んでくる。
そんなの、言えるわけないじゃない。
貴女達のお涙頂戴の家族劇。
そのオチが喜劇だったなんて。
私は誤魔化すように、顎で甲板の先を示した。
「あれよ、あれ」
その先甲板のど真ん中。
ヴァルナ殿が正座させられていた。
その目の前では、御使い様が何やら怒っている。
……また何かしたのかしら。
私達には御使い様のお姿が見えるけれど、ほとんどの者には見えていない。
だから見えない者からすれば。
ヴァルナ殿が甲板の真ん中で、何もない空間を前に正座し。
一人で何か話しているようにしか見えない。
傍から見たら本当に変な人よ。
「ああ、あれね」
リオニーも苦笑しながら、ヴァルナ殿を見る。
「本当に、何をやっているのかしら」
そして思い出したように笑う。
「私もね、お礼を言おうと思ってヴァルナ殿を探したのよ」
「ええ」
「そうしたら」
そこでリオニーは少し間を置いた。
「ずぶ濡れになって、フェンリルに襟首を咥えられていたの」
「……」
「もう、呆れるしかないわ」
今度は声を上げて笑い出した。
「それに、ソフィーも大変よ」
……そうね。
最初は。
「忌々しいコック」
だったの、イン河へ水が戻った途端。
「魔法使い様」
でもその後の情けないヴァルナ殿の姿を見て。
口を開けたまま放心。
「あれが……伝説の魔法使い様……」
って。
分かるわよ、ソフィー。
ヴァルナ殿ってどう見ても駄目なおっさんだものね。
でも、キッチンへ立つと違うのよ。
魔法使いになる前から、料理人としては頼りになる人だった。
……まあそれ以外は駄目駄目だったけど。
妙に親方達から可愛がられ。
ハルちゃん達、子供にも何だかんだと好かれている。
親戚のおじさんみたいなものかしら。
子供達には、特に甘いものね。
それに。
アンリちゃん。
エルミナちゃん。
マルタ殿達。
皆、ヴァルナ殿を支えている。
ハンス達料理人からは尊敬されているし、
雪原のフェンに住む一族からは守護者として崇拝されている。
ノート殿なんて。
忠誠に近い感情まで持っているように見える。
自分がどれだけ人に恵まれているのか。
知らないのは、ヴァルナ殿本人だけ。
……ソフィー。
何も知らないままヘイムへ行って、
「コック野郎」
なんて言い続けていたら。
怖いわよ。
色んな意味で。
「ああ……楽しい」
思わず声が漏れた。
私もこんなに楽しい気持ちになったのはいつ以来だろう。
そんな私につられるように。
リオニーもまた笑う。
私達の笑い声に気づいたのだろう。甲板で作業していた者達が。
何事かとこちらを見ている。
普段なら宰相夫人として、元公爵夫人として人前で、
こんなふうに大笑いなんてしない。
見られたなら。
「何を見ているの」
と睨み返してやるところだ。
でも今回はそんな気持ちにならない。
だって本当に楽しいんだもの。
やがて日が沈み始める。
遠くに帝都の灯りが見えてきた。
まだ距離があるというのに巨大な街の光はここからでもはっきりと分かる。
そして今では街の灯りに加え。
帝宮よりも高く虹色に輝く世界樹の姿まで見える。
大勢の民が毎日一生懸命に生きている街。
その裏では魑魅魍魎のような貴族や商人達が己の欲望のために蠢く街。
それでも私達の愛する第二の故郷帝都。
そこが間もなく戦場となる。
飛空艇の甲板が一段と騒がしくなった。
情報部から何か入ったのかしら。
魔族達を帝都へ入る前に捕らえなくてはならない。
一度帝都へ入り込まれれば。
人混み。
建物。
地下。
隠れる場所はいくらでもある。
探索は一気に難しくなる。
しかも敵の計画が帝都へ入った瞬間に実行される可能性すらある。
もう時間はない。
魔族達がこちらに気づく前に接敵する。
そしてフェンリルの子供達が傷つけられる前に助ける。
飛空艇は何事もないように装いながら帝都軍港へ向かっている。
ただし敵へ気づかれないため飛空艇そのものを
目的地へ直接着陸させることはできない。
そもそもそんな時間もない。
となれば。
「……久しぶりに、飛空艇からの降下作戦かしら」
最後に飛び降りたのはいつだっただろう。
ちゃんと着地できるかしらね。
空を見る日はもう沈む。
その向こう帝都の灯りがさらに大きくなる。
魔族どこにいる。
帝都も帝国も世界もお前達の好きにはさせない。
師匠のニューワールド講座 115
~滅びても残る超帝国の血筋編~
「師匠!」
『なんです?』
「超帝国の血筋って、そんなにスゴイんですか?」
『そうですね』
『超帝国は、今回の世界で初めて世界を統一した王朝です』
「世界全部を……」
『ええ』
『皇帝を始め、その側近達も転移者・転生者の集団』
『その圧倒的なチートを背景に、世界を統一しました』
「うわぁ……」
『もちろん、力だけで支配したわけではありません』
『先進的な技術や政治体制』
『それに、地球で過去に存在した様々な
政治体制を熟知していた者も複数いました』
『彼らは自らの知識とチートを背景に、
皇帝を中心とする強固な政治体制を築き上げたのです』
「なるほど……」
『もっとも――』
師匠が呆れたようにため息をつく。
『六大神を始めとする神々を禁教とし、
邪神やトリックスターを国教にしてしまいましたけどね』
「それ、大丈夫なんですか?」
『大丈夫じゃなかったから、色々と大変だったんですよ』
『ですが、そのせいで邪神やトリックスターからの介入が頻繁に行われ――』
『皮肉にも、それが超帝国の支配をさらに強固なものにしました』
「邪神とトリックスターが国を支えてる……」
『嫌な国でしょう?』
「嫌ですねぇ……」
『まあ、以前お話しした魔王――』
『トヨミアス・ダオ・クパンカ・ヒデオン三世』
『彼に対抗するため、後に六大神達への信仰も解禁されましたが』
『それでも超帝国による支配は、長く続きました』
「それが終わったのが……」
『二百年戦争です』
『皇位継承争いから始まり、やがて世界規模にまで広がった大内乱』
『それによって超帝国は滅亡しました』
『ですが――』
『まだ、その時代を生きていた者達が大勢いるのですよ』
「あっ……長命種族」
『そうです』
『二百年前なんて、彼らにとってはそれほど昔ではありません』
『中には、超帝国の支配を昨日のことのように覚えている者すらいます』
『ですから、超帝国が滅びて世界各国が独立した現在でも――』
『その威光が通用する場所では、今でも通用してしまうのです』
「特に長命種族が多い国……」
『ええ』
『そして、もう一つ問題があります』
「まだあるんですか?」
『むしろ、こちらの方が厄介ですね』
『超帝国崩壊後に生まれた国々の多くが――』
『自分達こそ超帝国の正統な後継国家である、
と名乗ってしまったのですよ』
「ああ……」
『それを、自国を統治する正当性の一つにしてしまった』
『これがまずかった』
『なにせ超帝国の後継者を名乗っているのに、
本物の超帝国皇室の血筋を無下にはできませんからね』
「元々の主君筋ですもんね」
『そういうことです』
『そして――』
『そこにつけ込んだのが、
世界各地に散らばった超帝国皇室の末裔達です』
「嫌な予感がする……」
『地位と金銭を要求して贅沢三昧』
『これくらいなら、まだ可愛いものです』
「それで可愛い方なんですか!?」
『政治に介入したり』
『国の上層部に婚姻を迫ったり』
『中には、そのまま国そのものを乗っ取った者までいます』
「やりたい放題じゃないですか!」
『ええ、やりたい放題です』
『もちろん、中には皇室の姓を捨て、
普通の人間として静かに暮らしている者もいますよ』
「おお!」
『ほんの一握りですが』
「駄目だった……」
『そして――』
師匠の声が少し低くなる。
『本当に恐ろしいのは、血筋でも権威でもありません』
「まだ何かあるんですか?」
『アーティファクトです』
「……あっ」
『超帝国の初代皇帝と、その周囲にいた転移者・転生者達』
『彼らは、数多くのアーティファクトを所有していました』
『ですが二百年戦争の内乱によって、皇室の宝物庫は焼失』
『そこに何が保管されていたのか、正確な記録すら失われています』
『ただ――』
『一つだけ分かっていることがあります』
「なんです?」
『焼け跡から、あるはずだった品々がほとんど発見されなかったことです』
「……持ち出された?」
『その可能性が極めて高いですね』
『どうやら超帝国が崩壊する際、
皇室の者達が各地へ逃げる時に持ち出したようです』
『そして、その中には――』
『《バランスブレイカー》と呼ばれるような代物まで含まれています』
「そんな物が……世界中に?」
『ええ』
『超帝国皇室の血筋と共に、世界中へ散らばっています』
「…………」
『しかも厄介なことに、その末裔達の中には今なお――』
『邪神やトリックスターの加護を受けている者がいます』
『加護だけではありません』
『場合によっては、直接助力を受けている者までいます』
「それ……下手に手を出せませんね」
『そういうことです』
『血筋による権威』
『旧超帝国の後継者という政治的価値』
『何を持っているか分からないアーティファクト』
『そして、その背後にいる邪神やトリックスター』
『だからこそ、世界各国は彼らを簡単には排除できないのですよ』
「じゃあ、アステリア帝国も……」
『当然、同じです』
『そして今回――』
『ハシュバルト公爵、ヒデオン九世の排除』
『これはすでに、アステリア帝国としての決定事項です』
『ここまで来れば、もう止まりません』
「…………」
『ですが、だからこそ気を抜いてはいけません』
師匠が珍しく真剣な声を出す。
『追い詰められた者ほど、何をするか分かりません』
『ましてや相手は――』
『超帝国皇室の末裔』
『何を持っているか分からず』
『誰が背後にいるのかも分からない』
『そして本人は、すでに後がない』
「……嫌な条件が揃ってますね」
『ええ』
『ですから――』
『ハシュバルト公爵ヒデオン九世が、最後に何をするのか』
『決して、気を抜いてはいけませんよ』
「……分かりました」
『まあ、ヴァルナさんが警戒しても、
できることなんてほとんどありませんけどね』
「最後にそれ言います!?」
『昨日まで、龍穴をどうやって復活させたのかすら
分かってなかった人でしょう』
「ぐっ……」
『まずは自分が起こした奇跡くらい説明できるようになりましょうね』
「……はい」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




