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121/125

121 遅いよ

生き残れた。


それが今の正直な気持ちだ。

グレーター級と戦って、隊長に助けられた。

ハルヴィンダの奴も無事に助かったし、

残りのグレーター級も姫様達が片付けた。


本命が来る前にひと休憩――と思ったところで現れた、


新たな魔物の軍勢とグレーター級の群れ。

でも、それも絶望する前に現れた帝国空挺師団と近衛騎士団に一掃された。


マジですげぇと思った。


騎士団総長、人類最強は伊達じゃねぇ。

その異名通り、グレーター級が面白いように吹き飛んでいく。


ひい爺さんも相変わらず化け物だ。魔術一つでグレーター級が沈む。


防壁の方でも竜騎士達の飛竜によって、魔物が次々と駆逐されていく。

飛竜のブレスって、いつ見てもすげぇ。

アルマ様もたまにブレスを吐くけど、本物の飛竜には及ばない。


そして、駅へ次々と降下してくる近衛騎士達。

その中でもひときわ目を引くのは、騎士団長達だ。


なんであんたらまでいるんだよ。


そう思ったのは、私だけじゃないはずだ。隊長だって驚いていた。

東方の備えのため移動中の第三騎士団と、

北方で再編中の第五騎士団を除く騎士団長が、ほとんど全員来ている。

騎士団総長のように単騎でグレーター級を相手にできるわけではないが、


全員一騎当千の猛者達だ。


比喩じゃねぇ。

本当に、一人一人が千人分の戦闘力を持っている。


そして海軍大提督を背後に従え、飛空艇から降りてきたのがアレク殿下のはずだ。

新聞でしか見たことがないが、多分間違いない。

肩にアステリア皇室の紋章を付けている。

あの紋章を付けることを許されているのは皇太子だけだ。

でも、初めて見るアレク殿下より、その後ろの方が気になる。


海軍大提督。


騎士団総長に次ぐ化け物だ。

もう「すげぇ」としか言えねぇ。

これに皇帝陛下や皇后陛下、最近あまり良い噂を聞かない引退した先帝陛下、

それから鬼籍に入られたミョルニル公爵まで揃えば、

建国の英雄達オールスターだ。


身近で見れば分かる。

横槍さえ入らなければ大陸を統一できた、なんて話も嘘じゃねぇ。

この英雄達が、あの屈強な騎士団を率いていたんだ。


向かうところ敵なし。

……でも。

そのオールスターを蹂躙した、異星からの侵略者って一体なんなんだよ。

ガイアースブルク侯爵領と、

その周囲の土地を荒野にしたって話も分かる気がする。

上には上がいるってことか。


そして――。

そのさらに上が現れやがった。

そこから先のことは、あまり覚えていねぇ。

現れた白い化け物――じゃなかった、フェンリルが咆哮を上げた瞬間、

目の前が真っ暗になった。

次に気づいた時には治療を受けていて、

辺りを見回すとアレク殿下達、お偉いさん達が一斉に頭を下げていた。


夜の闇よりも深い。

だけど、どこか優しく光り輝いている。

そんな真逆の印象を同時に感じさせる存在。

名を『夜を司る女神』様と聞いた時には、もう一度気を失いかけた。


……私、今日死ぬのか?


グレーター級。


帝国の英雄達。


神獣フェンリル。


『夜を司る女神』様。


そして麗しの姫様。


話でしか聞いたことのない存在に、

今日だけで一体何人――いや、何柱出会ってんだよ。


ああ。

悔いありまくりの人生だったぜ。


そうやって現実逃避しようとして――現実へ引き戻された。


「あのコック野郎……何していやがる!」


姫様を抱えていやがる!

姫様!

今、お助けします!

その不埒な無礼者、今すぐぶっ飛ばしてやります!


そう思って飛び出そうとしたが、背後からハルヴィンダ達に押さえ込まれ、

さらに隊長から拳骨を喰らった。


「痛ぇ!」


くそう。

姫様がこちらを見て呆れている。

そんな。

姫様。

まんざらでもない顔で、あのコックと接しないでください。

そんな奴、姫様には相応しくありません!


……まあ。

それ以上は何もできなかった。


『夜を司る女神』様のお話が、嫌でも耳へ入ってきたからだ。

しかも、その中身がとんでもなかった。

あのシロと呼ばれていた犬が、フェンリルの子供。

それを私は殺そうとしていた。

そう理解した瞬間。


さすがに笑えなかった。


私。

マジで帝国どころか、じい様や領民達まで殺すところだったんじゃねぇか。


後で答え合わせをしたところ、私が北の遊牧民達の地で見た、頻発する雪崩。

あれは魔族達の仕業だったらしい。


雪崩を起こしてフェンリル達の注意を逸らし、その隙に子供達を攫った。

そして、子供を追って太郎と花子が南へ走っていたところを、

私が目撃したというわけだ。


さらに、囚われたフェンリルの子供達は魔族達の隙を見て、

末っ子のシロだけでも逃がそうとした。

その時、シロがただの犬に見えるよう、

兄弟達が力を合わせて加護の魔術を掛けたらしい。


逃げ出したシロは、運悪く通りかかった第五騎士団へ紛れ込んだ。

そして、そこへシロの匂いが残った。


それを追ってきた親フェンリルが第五騎士団を襲い、

その現場を、また私が目撃してしまった。


傷ついたシロはさらに南へ逃げ、このガイアースブルク侯爵領まで辿り着いた。

そこで、あの不埒なコック野郎に拾われ、治療されて、飯をもらって、

挙げ句の果てに使い魔になった。


「なんだよそれ!」


事情を知らない私が、遠目から殺気立って暴れるフェンリルを見たら、

魔物と勘違いしても仕方ないだろうが!

大体、フェンリルなんて見たことないし、存在自体が伝説だろう!

そう言ったら。


ゴツン。


ばばぁから拳骨を喰らった。


「だから、いつも言っているでしょう」


ばばぁが呆れた顔で私を見下ろす。


「『軍神』様の神殿ばかり行かないで、他の神々の神殿にも足を運び、

 神官達の話を聞きなさいと」


さらに指を立てる。


「フェンリルの姿くらい、

『夜を司る女神』様の神殿の壁画にも描かれていますし、

 女神像の側にも像が建っているでしょう」

「ぬおおおおっ! 痛ぇ!」


頭が割れそうだ。

どいつもこいつも拳骨しやがって。


馬鹿になったらどうするんだ!


その瞬間。

周りの奴らが一斉にため息をつき、首を振りやがった。

なんだよ、その反応。

……まあ。

これは、もう少し後の話だ。


それより重要なのは、『夜を司る女神』様から語られた提案。

私達の。

周辺領地の領主達の。

そして領民達の仇。


ハシュバルト公爵ヒデオン九世。


ついに討てる。

今までは証拠がなく、帝国政府ですら何もできなかった。

それを、ようやく討伐できる機会が巡ってきた。


……解かっているって。


まずはフェンリルの子供達の救出だ。

今回の誘拐騒ぎに、私達アステリア帝国は関係ない。

それを証明しなくてはならない。


……あれ?

でもハシュバルト公爵ヒデオン九世って、帝国の公爵だよな。

ということは。

帝国の責任になるんじゃ――。

……。


今、それを言うのはやめておこう。

なんか、ややこしくなりそうだ。


そんなことを考えていたら、じい様が改めてこちらへやって来た。

打ち合わせが終わったのだろう。


ばばぁへ近づき、そのまま抱きしめる。

ばばぁも嬉しそうに抱き返した。


けっ。

そんなの後でやりやがれ。


そう思って見ていたら、私の視線に気づいたじい様が、

今度は私まで一緒に抱きしめてきた。


「ちょっ! 離せよ!」


そう言って抜け出そうとした。

だが。

じい様が泣いていた。


「ソフィーも……無事で良かった」


そう言いやがったから。

仕方なく。

静かにしてやった。


違ぇからな。


私が抱き返したのは。

じい様が疲労で倒れそうだったから、支えてやっただけだからな。


「おお。家族の無事を祝う抱擁に、私も加えておくれ」

「なんでひい爺さんまで入ってくるんだよ!」


大の大人が四人も抱き合って、おかしいだろうが!

見ろよ。

帝都へ向かう準備をしている騎士達の目が、生暖かいだろう。


なんだよ。

ハルヴィンダまで、そんな目で見やがって。


「……私、家族は妹しかいないから」

「……は?」

「両親も、親戚もいないし」


……。

悪かったよ。

でも。


「今はヘイムのみんなが家族みたいなものだから」


そう言って笑うハルヴィンダ。


……そうか。

良かったな。

お前にも帰る場所があって。

待っていてくれる奴らがいて。


だから違うって!

これはじい様達が暑苦しくて、汗かいているだけだ!

決して泣いてないからな!

私は乱暴に目元を拭った。


それにしても。

騎士かぁ。

やっぱり、いいよな。

私もなりたい。

戦えぬ者の盾となり。

剣となる。


私も大人だ。

綺麗事だけじゃ済まないことくらい分かってる。


これでも貴族の娘だ。

それでも憧れる。


何が古くからの伝統だ。

そんなもん、何の役に立つ。

少なくとも今日、グレーター級を倒し、領民を守ったのは騎士じゃない。

姫様。

じい様達。

そして。

私やハルヴィンダ達だ。


帝国学園時代、私の夢を鼻で笑ったぼんくら共。

見たか。

婚約破棄騒動の時みたいに、もう一度殴ってやろうか。


もちろん伝統が大事なのは分かっている。全部を否定するつもりなんてない。

伝統には、そうなった経緯がある。

今も残っているなら、何かしらの意味があることも多い。

その意味も考えず、なんでもかんでも「くだらない」

「時代に合わない」と言っている奴らと一緒にはされたくない。


でもこれは違うだろう。


誰もが知っている。

始まりは、初代超帝国皇帝の腹いせ。


「女性は守られる存在であるべき」


なんて、ただ振られたことへの嫌がらせだろうが!

それを「法は法だ」と正論ぶりやがって。

別にアステリア帝国の法じゃないだろうが。

とっくに滅んだ超帝国の法だろう。


どこにでもいるんだよ。

ろくでもない伝統くらいしか誇れるものがなくて、それにしがみつく奴らが。

そういう奴に限って声がでかくて、影響力までありやがる。


皇后陛下。


アルマ様。


姫様。


それに……ばばぁ。


あれだけの方々でも変えられなかった。

アルマ様や隊長。

プリンセスガードの皆様を。


「騎士ごっこ」


と笑いやがって。

見ていろよ。お前らなんかより。

絶対に私達の方が騎士に相応しいって、活躍して証明してやる。

そう思いながら周囲を眺めていると。


「ワフッ! ワフッ!」


やたらと鳴くシロに引っ張られるように、

あの忌々しいコックが歩いているのが見えた。


呑気なものだ。


周りの慌ただしさに気づいてねぇのか?

手伝えとは言わない。邪魔にならないよう、隅にいろ。

コックならコックらしく、忙しいみんなのために飯でも作ってろ。

適材適所って言葉、知らないのか。


シロと遊んでるんじゃねぇ。


姫様にベタベタ触れやがって。馴れ馴れしく話しやがって。

許せねぇ、粛清してやる。

そう決めて、抱擁の輪から抜け出そうとした時だった。


「リオニー。それとソフィー。

 義父上にも聞いていただきたいことがあります」


じい様が手を離し、少し畏まった。

なんだよ。

私は今から、あのコックに身の程ってものを教えて――。


「実はな。決めたことがあるんだ」


ああん?

今晩の飯か?

確かに大事だが、今晩は帝都でパーティーの時間だ。

メインディッシュはもちろん、ハシュバルト公爵ヒデオン九世。

ウェルダンにきっちり仕上げてやる。


「当然、あの男との決着の場には私も行く」


じい様が苦笑する。


「戦えない私に何ができるか分からないけどね」


笑っている。

だが目は笑っていない。

任せな、じい様の分まで、私がしっかり調理してやる。


「ああ。頼むよ」


じい様が頷いた。


「でも、その件じゃない」

「……じゃあ、なんだよ」

「領地のことだ」


領地?

ああ、今回、散々魔物に破壊されたものな。

魔物の軍勢を倒すためとはいえ、空挺師団の砲撃も凄かった。

その分も、きっちり直さないと――。


「領地復興の研究のことだ」


じい様が、一度息を吐いた。


「もう、手を引こうと思う」

「……は?」


何を。

言っていやがる。

手を引く?

一族の生き残った領民達の悲願だろうが。

私は、信じられないものを見るようにじい様を見た。


あんたがその中心だったじゃねぇか。


「ばばぁ! ひい爺さん!」


何か言いやがれ。

だが二人とも何も言わない。

ただ静かにじい様の続きを待っている。


「ソフィー」


じい様が私を見る。


「お前が言った通りだ」


そして、私自身が言った言葉を口にする。


「でも、何の成果も出てないじゃん」

「この地は……もう駄目なんだよ」

「……現実を見ろよ」


胸が痛くなった。


「全部、分かっていたよ」


じい様は静かに続ける。


「でも、どうしたらいいのか分からなかった」

「いつまで続ければ成果が出るのか」

「……違う」


じい様が目を閉じた。


「あの時死んだみんなが、いつになったら納得してくれるのか」

「私も。この地に残った者達も。本当に、心の底から復興したかった」

「かつての美しい故郷を蘇らせるために、色々なことをした」

「でも」


声が少し震える。


「心のどこかでは、逃げていたんだ」

「現実を見ず」

「なぜ自分達だけが生き残ったのか」

「どうすれば、この地で死んだ者達が許してくれるのか」


じい様が静かに、ずっと押し込めていた心の内を吐き出していく。


違う。


そんなことない。


じい様も。


親父も。


お袋も。


兄上も。


他のみんなも。


そんなこと――。


私が知っている。

みんなこの地のために必死で――。


「家族が全員揃ったのって、いつだよ」


また私の言葉。


「私、記憶にないぜ」


じい様が寂しそうに笑う。


「そうだよ」

「私にも記憶がない」

「これだけの大家族がいて」

「最後に全員揃ったのは、いつだったんだろうな」


何も言えなかった。

全部、私が言ったことだ。


「今回、こんなことになった」


じい様が壊された街を見る。


「以前の環境へ戻すだけでも、またかなりの時間が掛かるだろう」

「資金だって無限にあるわけではない」

「莫大な金が掛かる」

「帝国政府は出してくれると言ってくれているが」


一度、言葉を切る。


「私を含め、みんな気づいたんだよ」

「また破壊された故郷を見て」

「ソフィーに言われて」

「現実を見よう、と」

「違う!」


思わず声が出た。


「私は、そんなつもりで言ったんじゃ――」

「ああ」


じい様が笑った。


「分かっている」

「お前は優しい子だ」

「私やみんなのことを思って言ったんだと、分かっているとも」

「でも」


じい様の顔が少しだけ晴れる。


「いいんだ」

「これは良い転機だと思う」

「別に領地を見捨てるわけじゃない」

「管理は続ける」

「それでも研究したいと言う者もいるだろう」

「騎士団の演習場としての役目もある」

「東方へ向かう移動拠点の一つでもある」

「だから、運営も管理も続ける」

「ただ」

「規模を小さくするだけさ」


そして。


「ここへ来る前」

「みんなで話したんだ」


じい様がばばぁを見る。


「一度」

「家族のもとへ戻ろう、と」

「家族に会って」

「ゆっくり休んで」

「その上でもう一度考えよう」

「この愛する故郷に」

「今の私達が」

「何をできるのか」


涙を流しながら。

じい様は晴れ晴れとした顔をしていた。


「帝都にいるジョニーやステファニー殿」

「孫のケインにも、きちんと話をするさ」

「何より」


少し照れたように笑う。


「私も息子夫婦や孫に会いたい」

「聞けばカインが、今年帝国学園へ編入するそうじゃないか」

「学生服姿を見てみたいんだ」


もう何も言えなかった。

ばばぁも、涙を流しながら黙ってじい様を抱きしめる。


……さっきから、そればっかりじゃないか。


ひい爺さんも短い髭を撫でながら、


「そうか。そうか」


と涙ぐんでいやがる。

……。

そうだな、私ももう何年も両親や兄貴カインにも会っていない。

カイン私のこと覚えてるかな。


「貴方、誰ですか?」


なんて言われたら。

どうしよう。

最後に会ったの、いつだ?

……やべぇ。


じい様のこと、悪く言えねぇ。


だからそんな目で見るなハルヴィンダ。

分かってるよ。失ってからじゃ遅いからな。

……くそう。


これじゃ、くだらねぇ三文芝居じゃねぇか。

その辺の劇団だって、もっとマシな家族劇をするぜ。


『ほう』


突然声がした。


『この地の復興研究を止めるのか?』

「ぬぉっ!」


心臓に悪い!

いきなり側に現れないでくださいよ!


『夜を司る女神』様が、いつの間にかじい様のすぐ近くに立っていた。

じい様が慌てて姿勢を正す。


「いえ。止めるというわけではありません。ただ、少し休もうかと」

『良い、良い』


女神様が楽しそうに笑う。


『責めてはおらん』

『むしろ』


じい様達を順番に眺める。


『今まで、ようやったと褒めておる』


……。

不敬だけど思ってしまった。


褒めてくださるのなら、どうにかしてくれないのだろうか。

じい様を始めどれだけ多くの人が辛酸を舐めて。

それでも立ち上がろうとしているか。

故郷を元に戻そうとどれだけ頑張ってきたか。


神様なら、どうにか――。


そう思った私の心を見透かしたように。

『夜を司る女神』様がこちらを見て。

笑った。


『今日は少々しゃべりすぎたが』

『ついでに、もう一つ話をしてやろう』


そして。


『この地に縁のある者達よ』


声を少し張る。


『神の奇跡とは、なんだと思う?』

「……奇跡?」


そんなこと言われても。

なんだったかな。昔、帝国学園で習った気がする。


私だけではない。

再び話し始めた『夜を司る女神』様の声に、

周囲の人間まで聞き耳を立てている。


宰相やアルマ様、他のお偉方まで、こちらへ近づいてくる。


ひい爺さんが答えようとした。

その前に。


『ただの力押しよ』

「……は?」


力押し?

何それ。


ひい爺さんまで目を点にしている。


『まあ、中には様々な権能を持ち』

『まさしく奇跡と呼ぶべきものを起こす者もおる』

『だが基本的に、神の奇跡など、力押しよ』


『夜を司る女神』様が手をかざし私を見る。


『そこの娘』

「はい?」

『なぜ神々が、この地を癒さぬのかと思っておるな』


……そうだ。

私だけじゃない。

みんな。

そう思っている。


その理由も聞いた。

これ以上奇跡を行使すればこの地を逆に、本当に殺してしまうと。


『その通り』

『これ以上何かをすれば』

『傷ついたこの地は、我らの力に耐えられん』


女神様が地面へ視線を向ける。


『去年の大豊作』

『大地母神が行った奇跡』

『あれは神の力を、この星にある龍穴へ注ぎ』

『龍脈へ流し』

『大地へ働き掛けたに過ぎん』

『圧倒的な力を流しただけで』

『そなたらが行っていることと、本質は変わらぬ』


……。


『我らとて』

『特別な権能を使う場合を除けば』

『この世界の理に』

『法に縛られておる』

『この地へ降りてできることなど』

『本質的には、そなたらと変わらん』


そして。


『ただ、圧倒的な力を持つがゆえ規模が大きく、

 派手に見えておるだけじゃ』

……。

私達と同じことしかできない?

そんなわけ。


『結構大変なんじゃぞ』


女神様が少し不満そうな顔をする。


『ただの力押しとはいえ』

『影響が出すぎぬよう、調整するのはな』


……そうなのか。

でも。

その圧倒的な力で――。

そう考えた瞬間。

『夜を司る女神』様が指を鳴らした。


パチン。


私の前に小さな台、その上にコップと水差し。

……いや。

こんなことひい爺さんにもできませんからね。


『そこの娘』

「はい」

『コップへ水を注いでみろ』


言われるまま私は水差しを手に取り、コップへ水を注ぐ。

普通に適量。


『それが、そなたらじゃ』

「……はい?」

『だが』


女神様が微笑む。


『私がやると――』


パチン。


再び指が鳴った。

その瞬間周囲が暗くなる。


「……なんだ?」


影?

どよめきが上がる。

私は顔を上げた。


「……は?」


空に飛空艇より大きな、巨大な水の塊が浮いていた。

そして。落ちてくる。


「うわああああああっ!」


あちこちから悲鳴が上がる。

私も咄嗟に衝撃へ備え――。


パチン。


再び指が鳴った。

巨大な水塊が跡形もなく消える。


『そういうことじゃ』


女神様は平然と言う。


『これは力押し』


……いや。

それ。

力押しとかいう話じゃなくて。

あのまま落ちていたら、ここ一帯水浸しどころか。

どれだけ被害が出たんだよ。


……でも。

言いたいことは分かった。

次元が違いすぎる。


『この地はもう充分傷ついた』


女神様が荒野を見る。


『龍穴も』

『龍脈もない』

『この地へどうやって力を注ぐ?』

『我らの力を受け取り』

『それを大地へ巡らせる方法がない』

『それで、どうしろというのだ』

『仮に力を与えたところで』

『一時的なもの、すぐに消え失せる』

『この地はまだ、受け入れる準備ができておらんのだ』


……。

分かったよ。

奇跡を起こしても意味がない。

だったら、いつだいつ受け入れる準備ができる?

いつ龍穴が、龍脈が蘇る?


『分からん』


女神様はあっさり答えた。


『それは神々ですら分からぬ』


周囲の表情が凍る。


『言ったであろう』

『この地にいる限り』

『神々とて』

『この世界の理に』

『法に縛られておる』

『星そのものへ直接働き掛けるなど』

『力が大きすぎて逆に壊してしまう』


……。


周りのみんなの顔が曇っていく。


解かっていた、解かっていたけど。

改めて神様にしかも主神様に言われると。

現実を突きつけられた気分だ。


……くそう。


本当に私達はちっぽけで、神々は大きすぎる。


『フフフ』


……?

女神様が笑った。

皆、『夜を司る女神』様を見る。

いくら女神様でも、この雰囲気で笑うのは、どうかと思いますよ。


『見ろ』


女神様が指を差した。


その先あのコックがシロと遊んでいやがる。

駅の側、かつてイン河が流れていた川底で

シロに追い回されクタクタになっている。

そのシロが今度は、コックのズボンの裾を咥えどこかへ引っ張っている。


本当に粛清してやろうか。

この呑気な奴め。


「あらあら」


横でばばぁまで笑う。


「躾がなってないわね」

「犬を飼う時は、最初が肝心よ」

「どちらが上か、きちんと分からせないと」


そこで少し笑う。


「馬鹿な貴族と同じでね」


……。

言っていることには同意するけどよ。


で、なんなんです?

『夜を司る女神』様。

まさかこの沈んだ空気を、あの間抜けなコックを見せて。

和ませようとしているわけじゃないですよね?


何人か、ばばぁみたいに笑っているけど。


『あ奴らは違う』


……。


『魔法使いは違うぞ』

「……は?」


なんで、そこで魔法使いが出てくるんです?

私は意味が分からず周囲を見る。


……なんだ?


何人かの顔が変わっている。

何があるんだよ。

私はもう一度コックを見る。

ちょうどかつての川底、その真ん中あたりでシロが吠えている。


「ワフッ! ワフッ!」


そして。

まるでそこに何かあるかのようにコックまでしゃがみ込み地面へ耳を当てている。

何か話しかけているようにも見える。

本当に変な奴だ。


『魔法使いはな』

『理を』

『法を』

『書き換える』


……。


『もちろん』

『力ずくで行う時もある』

『だが』

『大抵の場合は世界と対話し世界が納得した後に『それを行う』


……だからなんなんだよ。


ばばぁ。


じい様。


ひい爺さん。


姫様。


隊長。


アルマ様。


ハルヴィンダ。


勇者パーティー。


アレク殿下。


西園寺公爵令嬢。


カスパール侯爵親娘。


宰相。


その他のお偉方まで、みんなしてあのコックを見ていやがる。


ばばぁなんか。

目を見開いてキラキラさせている。


その時近くにいたフェンリル達が立ち上がった。

そして遠吠えを上げる。

先程の殺意の籠もった咆哮じゃない。

とても神聖で気高い遠吠え。


『もう、充分耐えた。準備もできた』

『そろそろ目覚めてもよかろう』


コックが立ち上がる。

……違う。

いつの間にローブ姿になっている?

そしてそこに描かれている紋章。


世界樹。


八枚の葉。


八葉の紋章。


……。


「コック……?」


いや。


「魔法使い……様?」


その手が上がる、手には光り輝く杖。

そして杖がゆっくり振り下ろされた。


「……なんだ?」


何が起きた?

その瞬間何かが立ち上った。

ほんの一瞬。

一瞬だけ巨大な光の大樹が天へ伸びたように見えた。



もし、この時。

いや実際に観測していた者もいた。


天界そしてその他の観測地から。


この惑星を巡るエネルギーの流れを見ることができる者達ならば。

はっきりと見ただろう。


この惑星に点在する龍穴。


そして星全体へ張り巡らされた龍脈。


それらは光り輝いて見える。


この惑星の生命そのものなのだから。


その中北半球にある大きな大陸。

その一角だけ光のない地域がある。

ぽっかりと穴が空いたような巨大な黒い空白地帯。

その中心に突然ひときわ大きな光が立った。


天へ真っ直ぐ伸びる巨大な光。


やがて、その光は静かに収まり他の地域と同じ一つの光点になる。

そしてその光点から無数の光の線が走り出した。

勢いよく四方八方へ伸びる。

伸びて、伸びて周辺を走る。

別の光の線へ繋がった。

その瞬間光が一段と強くなる。


さらに一本また一本龍脈が次々と繋がっていく。


そして長い間巨大な穴のように存在していた黒い空白地帯が消えた。


惑星そのものがひときわ大きく輝く。


それを見てある者は惑星の復活を喜び笑った。


そして。


ある者はようやく姿を現した獲物を見つけたかのように笑った。



……ただ。

それだけだった。

杖を振り下ろした魔法使い様はいつの間にか、またただのコックに戻っていた。


「……なんだ?」


目の錯覚か?

何も起こっていない。


「なんだよ……期待させやがって」

『夜を司る女神』様が見せた集団幻覚か何かか?

『どうやら、『起きたようじゃな』

「……起きた?」

『異星からの侵略者より逃れるため』

『地中深くへ潜り、眠り隠れていたものが』


女神様がコックを見る。


『あの未熟者に起こされたらしい』


……。


私は意味が分からず、『夜を司る女神』様を見る。

もうちょっと、分かりやすく言ってもらえませんか?


カン!

カン!

カン!

カン!


突然警報が鳴り響いた。


「なんだ!?」


上空に浮かんでいる飛空艇からだ。

何隻もの飛空艇から一斉に警報音が響く。

そして拡声魔道具から声。


「河川敷から離れろ!」

「イン河へ近づくな!」

「直ちに避難せよ!」

「……イン河?」


なんで?


そう思った時音が聞こえた。


ゴゴゴゴゴゴゴ……。


「……なんだ?」


地響き?

いや違う枯れたイン河の上流そちらから近づいてくる。


……なぁ。

これ。

夢か?

夢なら。

頼む、覚めないでくれ。


親フェンリルが呆れたようにまだ川底にいるシロとコックを見た。

そして二体が同時に跳ぶ。

片方がシロをもう片方がコックを咥え川底から一気に飛び上がる。

その直後二人がいた場所を大量の水が通り過ぎた。


「……水」


誰かが呟いた。


「水だ!」


イン河に水が流れていやがる。


「嘘だろ……」


水。


水。


水。


ずっと枯れていた。

何十年流れることのなかった河へ水が流れている。


しかもその水流の先頭。

透明な人影。

何人も楽しそうに水と共に駆けている。


『ウンディーネ、水の精霊達め張り切りおって』

「……ウンディーネ?」


水の精霊?

精霊って。

もう長いこと姿を消して――。


……。


そうだな、『夜を司る女神』様もいるフェンリルもいる。

だったら精霊くらいいるさ。

そして魔法使い様も……いるんだ。


周囲から歓声が上がる。


じい様達だ。


ばばぁ。


ひい爺さん。


ガイアースブルクの者達。


泣きながら笑っている。


その時世界中へ声が響いた。


世界からのメッセージ世界伝言だ。


『八葉の魔法使いにより』

『アステリア帝国・ガイアースブルク侯爵領に

 眠っていた龍穴が解放されました』


一瞬、誰も声を出せない。


『龍脈が復活しました』

『付近の方々は、突然の大地の活動に注意してください』


……。


私は。目の前を流れる大量の水を見る。


大騒ぎして逃げ回る騎士や兵士達。

そして川岸で喜び泣いている者達。

それを見ながら思わず笑った。


「遅いよ!」


大声で突っ込む。


「もうイン河に水が流れて、みんな慌ててるぞ!」


師匠のニューワールド講座 120

~奇跡を起こした本人が何も分かっていない編~


「師匠!」

『なんです?』

「偉いぞ、俺!

 すごいぞ、俺!」

『……なんです、それ』

「112回の時の師匠の真似です」


胸を張る。


「俺、やりましたよ!」

「世界伝言でも名前を呼ばれましたし!」

「これで俺にも、アイテムボックスくれるかなぁ」

『はぁ……』


師匠が呆れたような声を出す。


『それで、何をしたんです?』

「だから、龍穴を復活させたんですよ!」

『それは知っています』

『で――』

『どうやったんです?』

「ええと……」


思い返してみる。


「シロと遊んでいたら、ここ掘れワンワンされて」

『はい』

「でも、何も道具を持ってなかったから、どうしようかなって思っていたら……」

『はい』

「世界樹の枝が――」

「『任せとけ!』っていうから」

『…………』

「それで、つい振るっただけです」

『…………』

「世界樹の枝を振り上げたら、なんか杖に色々な思いが集まってきて」

「『あれ?』って思っていたら……」

「……です」

『…………』

「…………」

『やれやれ』


師匠が深いため息をつく。


『何も分かってないじゃないですか!』

「えっ」

『それでよく自慢できましたね!』

『この馬鹿弟子がぁ!!』

「わぁ!」

「久々にいただきました!」

『喜ぶんじゃありません!』

「はい!」

『本当に、なんでヴァルナさんが魔法使いなんでしょう……』


師匠が頭を抱える。


『そんなご都合主義みたいな流れで奇跡を起こして……』

『真相を知ったら、みんな呆れますよ』

「そんなぁ……」

『これだから、《なんかやっちゃいました系主人公》は質が悪いんです』

『勘違い系主人公とか、一生懸命頑張っている人達が可哀想でしょう!』

「俺だって頑張ってますよ!」

『何を頑張ったんです?』

「シロと遊びました!」

『そこに座りなさい』

「はい」


俺は素直に座った。


『まったく……』

『ヴァルナさんが何をしたのかについては、次回の本編で解説します』

『ですので――』


師匠が俺を見下ろす。

嫌な予感しかしない。


『今は、お説教です』

「えっ」

『そこに正座しなさい』

「もう座ってますよ!」

『正座です!』

「はい!」

『ただでさえ、惑星のリポップを気づかれたというのに……』

『その守護者たる魔法使いが、この体たらくとは』

『決めました』

「な、何をです?」

『一から鍛え上げてあげます』

「えっ」

『魔法使いとは何なのか』

『世界樹とは何なのか』

『魔法とは何なのか』

『一から徹底的に教え直してあげます』

「ちょ、ちょっと待って師匠!」

『待ちません』


師匠がニッコリ笑う。

怖い。


『――そこに直りなさい、馬鹿弟子』

「もう直ってますってばぁ!」




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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