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120 これは罰なのかもしれん

これは罰なのかもしれん。


魔王と戦い、封印した。分体で本来の強さではなかったらしいが、

それでも勇者でもない我らが勝った。

そして今日は、一人でグレーター級の魔物を二体も倒した。

先程まで全身に力がみなぎり、年甲斐もなく内心ではしゃいでおった。


今なら騎士団総長ともいい勝負ができるのではないかと、

魔物の軍勢を蹴散らすサフィール伯爵を見ながら思っていたほどじゃ。

きっと、その身の程知らずな高慢さに罰が当たったのだろう。


なんじゃ、この存在感は。

ただそこにいるだけで気圧され、動くことすらできない。

圧倒的な強者とは、こういう存在なのか。

我の周りにいた者達が次々と倒れていく。


神獣・フェンリル。


本当にいたのだ。

いや、当たり前か。神々でさえ実在し、

ヘイムへ何度も御降臨されているのだ。

神獣がいたところで何もおかしくない。


ああ。

これがソフィーの言っていた奴か。

第五騎士団が敵う相手ではない。


人が手を出してはいけない存在じゃ。


我も気を抜けば、ミレディから「本命がまだいる」と警告を受け、

気を引き締めていなければ、とうに意識を持っていかれていただろう。


そんな存在が二体。

今、目の前にいて、こちらへ明確な殺気を向けている。


そのうち一体が前脚を振り上げる。

逃げなくては。

とても受け止められるようなものではない。


だが、指一本動かせん。

先程フェンリルが上げた咆哮。いつもの大型魔物が放つ、

煩わしく、うるさいだけの咆哮とは次元が違いすぎる。


時間が、異様なほどゆっくりに感じられた。

誰かがヴァルナへ警告を飛ばす。


フェンリルの前脚が振り下ろされる。

我に――いや。

隣にいるヴァルナへ。


そう認識した瞬間。

身体が動いた。


まさに奇跡じゃ。


ヴァルナを守らなければ。

そう思った瞬間だけ、身体が動いたのだ。

直後、左脚に激痛が走る。


「ぐっ……!」


直撃だけは避けられたようだ。

だが、左脚を持っていかれた。

見ることはできないが、もうまともには動かないだろう。

やがて痛みすら薄れ、何も感じなくなる。

神経までやられたか。


今度こそ、本当に動けん。


それでも我は顔を上げ、ヴァルナの無事を確認する。

……無事じゃ。

相変わらず抜けた顔をしておる。

こんな時くらい、シャキッとした顔をせんか。

そう我が思ったからか、急にヴァルナが真剣な顔になった。


「アンリ!」


我の名を叫び、そのまま強く抱きしめてくる。

こら。

家族以外で、我の愛称を敬称もなく呼ぶとは何事じゃ。

これでも予定はないが、婚姻前の乙女じゃぞ。

こんな人前で呼び捨てにして抱きしめるなど、

そなたでなければ不敬罪で死刑じゃ。


ほら。

あまり強く抱きしめるから、

間に挟まれたシロが驚いておるではないか。


しかし。

こんな状況なのに、我も随分余裕があるものじゃ。

それも、きっと再び振り下ろされようとしている

フェンリルの前脚が見えたからだろう。


我が長年培ってきた勘が――いや。

そんなものすら必要ない。

終わった。

もう我は動けん。


ヴァルナにも、この状況から逃げ出せるような敏捷性はない。


まあ。

短かったが、濃い人生ではあった。

これから何千年も生きるものかと思っていたが、

こうして終わるのも悪くない気がする。


ヴァルナと。

シロが一緒か。


……ああ。

悪くない。

我は目を閉じ、ヴァルナの服を握って、その胸へ抱きついた。


そして。

その時が来た。


「痛てっ」


ヴァルナの声が聞こえる。


そうだろう。

痛いだろう。

我など痛みを通り越して麻痺しておるぞ。


……。


痛てっ?


「……だと?」


我は目を開ける。

ヴァルナが、まるでタンスの角へ小指をぶつけた時のような顔をしておった。


ええと。

フェンリルじゃぞ?

神獣の一撃じゃぞ?


我は慌てて腕を回し、ヴァルナの背中へ触れる。

服は裂けておる。

だが。

血が出ていない。

それどころか、直接見ることはできんが、傷が付いているようにも思えん。


ヴァルナ。

そなた、確かに喰らったよな?


ほれ。

フェンリルまで首を傾げておるぞ。


こういう時、我はどんな顔をすればよいのだ。

そう思っていたら、頭上を覆う影がさらに大きくなった。


「……まずい」


もう一体のフェンリルじゃ。

囲まれた。

今度は二体のフェンリルが同時に咆哮を上げ、全身を銀色に輝かせる。


本気じゃ。

先程も殺気の籠もった一撃ではあった。

だが、今度は全力。

しかも二体同時。

再び振り下ろされるフェンリルの前脚。


しかし――。

それは我らには届かなかった。

眩い光が我らを覆っている。


「セレスティア様……!」


セレスティア様が来られ、防壁を張ってくださったのだ。

だが、それも長くは持たないようだった。


ヴァルナ。

そなた、動けるであろう。

我を置いて逃げんか。


……いかん。

我を守ろうと必死で、セレスティア様の声すら耳に届いておらん。


なんとかしたい。

だが我は動けん。

左脚がまだ付いているのかどうかすら分からんほど、何も感じないのだ。


そして。

セレスティア様の防壁が割れた。


神獣・フェンリルとは。

ここまでの存在なのか。


このままでは、ここにいる者全てが死ぬぞ。


我らだけならともかく、アレクまで死んでしまえば、

せっかくまとまり始めた帝国が再び混乱する。


いや。

それ以前に、このフェンリル達によって帝国そのものが滅ぼされかねん。

……と。

さっきまでは思っておったのだが。



なんじゃ。

やはり、これは罰じゃろう。


皆の前でヴァルナに抱きかかえられたまま、

『夜を司る女神』様の治療を受けておる。


これは一体、何の羞恥プレイじゃ。


ええい、ヴァルナ。

いい加減に離さんか。


『これ、動くな。もう少しで終わる』


『神獣・フェンリルの爪でやられたのだ。

 原形を留めているだけでも儲けものと思え』


『夜を司る女神』様に怒られた。


あの後、突如として現れた『夜を司る女神』様によって

鎮められた二体のフェンリル。


太郎と花子と言ったか。


どうやら夫婦で、『夜を司る女神』様の使徒。

飼い犬ならぬ、飼い狼らしい。

そして。

どうやらシロの両親らしい。


ヴァルナがシロを攫ったものと勘違いして、攻撃してきたそうだ。


『よし。終わったぞ。念のため、しばらく激しい運動はやめておけ』


『夜を司る女神』様が立ち上がる。


神獣・フェンリルから受けた傷は、人の治療師では治せないらしい。

神々の奇跡でなければ、完全に癒すことができないそうだ。


「『夜を司る女神』様。姉上を助けてくださり、ありがとうございます」


御降臨された『夜を司る女神』様により意識を取り戻した皆を代表して、

アレクが頭を下げる。

それに合わせ、この場の者達も一斉に頭を下げた。


『ああ。確かに受け取ったぞ。幼いのに、よくできた子じゃ』

『夜を司る女神』様がアレクの頭を撫でる。


直接、神に触れられたアレクは興奮を隠せておらん。

まあ、当然か。

神々に直接触れられるなど、普通ならあり得んからな。


……あり得んか?


ヘイムで騒いでいる二柱を思い出し、我は首を振った。

あれは例外じゃ。


『しかし、太郎と花子の咆哮の一つや二つで、この体たらくとは』

『精進が足らんのではないか?』


皆が揃って冷や汗を流す。

いや。

それは無理というものではありませんか。


我はあれを耐えたサフィール伯爵と学園長を見る。

……こやつら、何者じゃ。

いや。

伊達に人類最強、大陸一の魔術師と呼ばれてはおらんということか。


そして、その太郎と花子はというと。

先程まで心配そうに我の傷口を舐めていたシロを前に、

二体揃ってお座りをして尻尾を振っている。

無事な我が子を見つけて、心から喜んでいるのだろう。


聞けば、シロはまだ赤子らしい。


『夜を司る女神』様がシロに触れる。

すると、シロの姿が変わった。

いや。

変わったというより、少し小さくなっただけか。

だが、もう犬には見えない。


小さな狼。


愛らしさは変わらんが、犬らしい雰囲気は消え、

代わりに魔物とは明らかに違う神獣の気配が漂っている。

どうやら、何らかの力で姿を変えていたらしい。


それに気づいたソフィーは、なかなかやるではないか。


……しかし。

もしソフィーの言う通りにシロを殺していたら。

考えただけでも恐ろしい。

きっと『夜を司る女神』様でも、太郎と花子を鎮められなかっただろう。

子を奪われた怒りで。

それこそ帝国が滅ぶまで暴れ続けたかもしれん。


向こうではソフィーが説教を受けている。

当然じゃ。


しかし。

それより皆の視線が耐えられん。


もう治ったのだから離せ、ヴァルナ。

我は心配そうにしているヴァルナの腕から離れようとする。


「ええ、もういいの? アンリ先生、なんか残念そう」


先程から間近でニタニタしながら見ておった鈴木の頭へ拳骨を落とす。


「痛ったぁ!」


まったく。

我は残念がってなどおらん。

我が大きくため息をついた、その時だった。


『さて。ここからが本題じゃが』


『夜を司る女神』様が声を上げる。

それまで少し緩んでいた場の空気が、再び張り詰めた。


『そこな帝国の姫よ』

「はっ」

『先程、何を思った?』


我は首を傾げる。


『あの赤子が死んでいたら、どうなっていたかと思ったのではないか?』


その言葉に、この場の皆が緊張する。

シロとソフィーのやり取り。

ハルヴィンダが庇わなければ。

ヴァルナが使い魔として迎えなければ。

最悪の状況になっていた。

ソフィーが居心地悪そうにしているが、今は大人しく話を聞け。


『何者か――いや、魔族だったな。先程報復を受けた者達』


皆が視線を向ける。

フェンリルに報復を受け、もはや地面の染みになっている元魔族達へ。


『あやつらがのう。古の神具を使って、あの子を攫ったのだ』


……なるほど。

そういうことか。

魔族達がフェンリルの住処へ忍び込み、シロを攫った。

それを追って、親フェンリルたる太郎と花子が暴れた。


『そうだ。どうやって太郎と花子の目を掻い潜り攫ったのか』

『魔族ながら見事じゃ』


確かに。

目の前の二体が、赤子の守りを疎かにしていたとは思えん。

だが。

こうしてシロは親元へ戻った。

こちらの被害は大きいが、幸い死人は出ていない。

……ならば。

これで解決か。


『甘いの、帝国の姫よ』

「……甘い?」


まさか。

第五騎士団に大きな被害が出ているのか。

壊滅でもしていると?


『違う。そちらは私が出向いて治療を施した』

『引退を余儀なくされる怪我人は出たが、死人は出ておらん』


その言葉に、我はほっと胸を撫で下ろす。

周囲からも安堵のため息が漏れた。

だが。


『甘いと言ったのは』

『攫われたフェンリルの子の数じゃ』


我を含め、この場の視線が一斉に『夜を司る女神』様へ集まる。

不敬だなんだと言っている余裕などない。


『全部で五匹』

『そこの赤子は、そのうちの一匹に過ぎぬ』


……五匹?


『何か特殊な力で誤魔化しておるが、完全に気配を消すことはできん』

『忌々しい。トリックスターめ』

『聞け。ここにいた魔族は、誘拐犯の一部に過ぎぬ』


空気が変わった。


『残りの誘拐犯共の狙いは――』


そう言って。


『夜を司る女神』様が西を指差した。


その方角。

まさか。


『そう』

『帝都じゃ』


息を呑む音が聞こえる。


『間もなく帝都へ入る』

『そして帝都へ入ったならば……後は分かるな?』


分かる。

嫌というほど。


『そうなれば』

『私でも太郎と花子を止められんぞ』


宰相。

サフィール伯爵。

軍人達が一斉に立ち上がる。


皆。

我と同じ答えに辿り着いたのだろう。

帝都が。

いや。

帝国が終わる。


『急げ』

『今なら帝都へ入る前に、ぎりぎり間に合うだろう』

『そなたらの手で子供達を助け』

『帝国は、この件に関して無実だと証明するのだ』

『そうしなければ、太郎も花子も納得せんぞ』

『一匹でも保護できねば――』


最後まで聞く必要はなかった。

その言葉を合図にしたように、一斉に人が動き出す。

怒声が飛び交い、撤収作業が始まった。


これは大事じゃ。

帝都へ入る前に。

情報はほとんどない。

いかに捕捉し。

いかに保護するか。


気づけば何人かの情報員の姿が消えている。

帝都へ連絡を入れ、暗部を総動員するのだろう。

間に合うか。

我も立ち上がろうとする。


「……っ」


だが。

上手く歩けん。


「アンリ先生!」


鈴木が慌てて我を支え、天宮が持ってきた椅子へ座らせる。

そこへアレク、春香嬢、リスティーナ嬢まで心配そうに集まってくる。

……そうじゃな。

今は次期皇帝としての面子がどうこうと言っておる場合ではない。


「お主らは大人達に任せておけ。今動いても邪魔になるだけじゃ」


我は周囲を見回し、一人を呼ぶ。


「カスパール侯爵」

「はっ」


リスティーナ嬢の付き添いとして来ていたカスパール侯爵が近づいてくる。


「分かっております、姫様」


侯爵の表情から、すでに何を言おうとしているか伝わったらしい。


「これは帝国どころか、人類の危機。

 すぐに連絡し、寄子の貴族達も動かしましょう」

「派閥などと言っている場合ではありません。

 西園寺公爵、ブルボン公爵にも連絡を入れます。

 それに、あの男の息が掛かった者達も、これで判明するでしょう」


侯爵の目が鋭くなる。


「必ず何らかの動きを見せるはずです」


そう言って宰相のもとへ向かい、

通信魔道具の使用許可を取り、そのまま動き始める。


誰へ。

どの順番で。

どの情報まで伝えるか。

宰相が次々と指示を飛ばしていく。

さすがじゃのう。

帝国宰相の面目躍如じゃ。


我の周囲には、今すぐすることのないアレク達や生徒達。

ソフィー。

アルマ様。

リオニー様などが集まってくる。


ハルヴィンダも無事で何よりじゃ。


グレーター級の一撃をまともに喰らったと聞いて、心配したぞ。


「無理をするな。休め。そなたらもじゃ」


我は生徒達にも言う。


「出番があるとしても、帝都へ着いてからじゃ」


ミレディが皆の分の茶を持ってきてくれた。


「休め、休め。今ここでじたばたしたところで、何も解決せん」


しばらくして。

指示を出し終えたのか、宰相がこちらへやって来る。


「姫様達はいかがいたします?」

「怪我も疲労もあるでしょう。後は騎士団へ任せてもよろしいのでは?」


宰相が空挺師団の飛空艇を見る。


「今なら、一隻くらいは回せますぞ」


そして。


「なんなら、今一度南へ戻り、療養でもしてこられては?」


……なるほど。

暗に逃げろというわけか。


アトランティス・ザ・ムー辺りへ退避せよ、と。

確かに。

アレク達を避難させるのも一つの手ではある。


そう考えた時。

再び『夜を司る女神』様が口を開いた。


『休息中、すまんが』

『少し聞きたいことがある』

『帝国の者達よ』


我らは慌てて『夜を司る女神』様へ顔を向ける。


『座ったままでよい』


そして。

女神様の表情が少し険しくなった。


『聞きたい』

『帝国は、いつまであの者を放っておくのだ?』


……あの者?


『あの者は今まで、暗躍し続けているのであろう』

『最近では第一皇子を破滅させ』

『分体とはいえ、魔王の封印を解いた』


……まさか。


『そして』

『今回の騒動じゃ』


皆が同じ人物へ辿り着いた。


ハシュバルト公爵・ヒデオン九世。


かつての超帝国皇族の末裔。

常に超帝国の復活を目論み、何度も暗躍を続けてきた男。

帝国にとって、長年の頭痛の種じゃ。


『いつまで好き勝手にさせておくつもりだ?』


宰相が前へ出る。

そして片膝をつき、頭を下げた。


「恐れながら申し上げます」

「帝国は帝政ではありますが、法治国家です」

「いくら疑わしくとも」

「間違いなく黒幕だと分かっていたとしても、

 証拠もなく処断することはできません」


宰相が顔を上げる。


「それをしてしまえば、誰もが疑心暗鬼に陥ります」

「皇帝が気に入らぬ者を、証拠もなく処断できる国家となる」

「その先に待つのは国の崩壊です」

『あの者に証拠など必要か?』


女神様の一言。

だが。


『……しかし』

『これだけ時間を掛けても、その証拠一つ見つけることができんとは』

『本当に大丈夫なのか?』

「……申し訳ございません」


宰相が深く頭を下げる。


ですが。

本当にあ奴は、保身にかけては見事なのですよ。

危険感知が凄まじい。

足切りも早い。

状況的には間違いなく黒幕。

誰もがそう思っていても。

決して、自分へ繋がるものを残さないのだ。


『証拠があればよいのだろう?』


……。

その言い方。

何かあるのですか?


『ほれ』

『そこの帝国の娘が、側にいる娘と仮面を付けて、いつもやっているだろう』

「……は?」


我ですか?


『私は結構好きだぞ』

『あの悪党どもの屋敷へ乗り込んでからの名乗りとか』

『学問の奴なんか、もうはしゃいでうるさくてかなわん』

「えっ……」


ええええええええっ!?


その。

なんです。

あれを。

神々も。

見ておられるのですか?


周囲の視線が。

一斉に。

我とミレディへ集まった。


いやいやいや。

ない。

あれはない。

あれは若気の至りというか。


『最近もやっておったではないか』

「なんのことだか分かりません」


なぁ。

ミレディ。

ミレディが激しく首を縦へ振る。


「ええ。私も何のことだか、さっぱり分かりません」


何のことか分からないアレク達や、

ハルヴィンダが不思議そうな顔をしておる。


アルマ様も

リオニー様も

笑いを堪えるでない。


「ああ、やっぱり《双星の断罪者》って――」

「こらっ! 余計なことを言うでない、ヴァルナ!」


鈴木の顔に嫌な笑みが浮かんだ。


「店長さん、《双星の断罪者》って何? 何?」

「貴様、分かっていて言っておるだろう!」


後で覚えておけ。

絶対じゃ。


『別に、そなたにあの者の所へ行けと言っているわけではない』

『太郎と花子じゃ』


我らは。

近くで寝転んでいるフェンリル親子を見る。


『無事に子供らが戻ったとしても』

『あやつらは許さんだろうな』

『きっと報復に動くぞ』


我は息を呑む。

それはつまり。


『理由など、どうとでも付こう』

『フェンリルからの保護でもよい』

『鎮圧でもよい』

『そして一度暴れれば』

『何かしら出てくるだろう』

『あれほど暗躍を続けているのだ』

『全ての悪事の証拠まで、完全には消せまい』


そこで女神様の声音が低くなる。


『我らとて、政争などどうでもよい』

『だが』

『それに巻き込まれる民など見とうない』

『しかも今回は』

『我が使徒まで巻き込んだ』


僅かに。

空気が震えた。


『いい加減』

『鬱陶しい』


……なるほど。

そういうことじゃな。

これを機に、あの者を排除し。

帝国を落ち着かせろと。

宰相も、その意味を理解したのだろう。


「承知いたしました」


深く頭を下げた。

やれやれ。

そうなると動かん身体が恨めしい。

あの者には我も恨みがあるからな。


そして。

我はリオニー様を見る。


……いや。

リオニー様だけではない。


ロビン前侯爵。


ソフィー。


学園長。


皆。

震えておる。


恐怖ではない。


怒り。


憎しみ。


当代ではないとしても、この地を死の大地へ変えた一族。

その者達へようやく報復する機会が巡ってきたのだ。

間違いなく作戦へ参加するだろう。

止めたところで勝手に参戦するに違いない。

そして。


帝都にいる現筆頭魔術師たるガイアースブルク侯爵。


その跡継ぎたる宮廷魔術師も。


当然。

動く。

……。

これは。

作戦へ参加する者達は。

ガイアースブルク一族がやりすぎないように見張り。

大事な証拠や証人まで消し飛ばされないよう保護するだけで、

精一杯になるのではないか?


下手をすれば。

周辺貴族まで来るぞ。


……当然の報いか。


ハシュバルト公爵・ヒデオン九世。


そなたはやりすぎた。


あまりにも多くの者を不幸にした。


あまりにも多くの恨みを買いすぎた。


もはや誰もそなたを庇うまい。


『気を抜くでない』

『子とはいえ、フェンリルを捕らえることができる者達なのだぞ』


女神様の警告に皆の顔が引き締まる。


『しかも』

『それを自らもいる帝都で暴れさせ』

『何らかの目的を成そうとしている』

『きっと』

『何かしらの備えをしているぞ』


一同が頷く。


そうじゃ。やることは山ほどある。

まず、帝都へ向かうフェンリルの子供達を保護して太郎と花子を鎮める。


そのために、今頃、帝都は大騒ぎになっているだろう。

誰がヒデオン九世へ通じているかも分からない。

その中で動かなければならない。

しかも。

これだけ大掛かりに動けば。

ヒデオン九世へも情報は筒抜けになるだろう。

その状況で始まる、フェンリルの子供達の救出作戦。

それとは無関係な者達まで、この騒ぎへ乗じ。

自らの利権のために動き出すだろう。

そして、その先に待つ、ハシュバルト公爵ヒデオン九世の討伐。


……。

今年の社交シーズンは大荒れじゃな。


我は、両手を春香嬢とリスティーナ嬢に掴まれているアレクを見る。


大きくため息をついた。

そなたらの社交界デビュー。

随分と派手なものになりそうじゃのう。


師匠のニューワールド講座 113

~人類最強と大陸一の魔術師編~


「師匠!」

『なんです?』

「人類最強とか、大陸一の魔術師とか出てきましたけど、なんなんですか?」

『そうですねぇ』

『サフィール伯爵と学園長のことですね』

『まず、人類最強と呼ばれているのが――ミレディの父親にして、

 帝国騎士団総長でもあるサフィール伯爵です』

「人類最強……」

『ええ』

『そして、彼が持って生まれたジョブは――』

『《トイレットペーパー職人》です』

「…………」

『…………』

「なんで?」

『知りませんよ』

『スゴイですねぇ』

『どうやったら《トイレットペーパー職人》などという、

 何をするのかすらよく分からないジョブから、ここまで強くなれるのでしょう』

『私も知りたいです』

「いや、トイレットペーパーを作るんじゃ……」

『そうかもしれませんね』

『ですが、それでどうやって人類最強になったのでしょう』

「…………」

『…………』

「謎ですね」

『謎です』


師匠がうんうんと頷く。


『もっとも、人格については至ってまともな方ですよ』

『家族思いで、跡継ぎである長男夫婦はもちろん、

 長女であるミレディのことも、とても大切にしています』

『そして――』

『両親から十分な愛情を受けることのできなかったアンリにとって、

 親代わりとなった者の一人でもあります』

「そうなんですね……」

『ええ』

『家族を、とても大切にする方です』

『そのせいで、帝国と家族のどちらを取るのか、いつも悩まされていますけどね』

「大変だなぁ……」

『ですが、この人――妙なところで強運なんですよ』

『究極の選択を迫られるたび、なぜか何かが起こります』

『おかげで今まで、帝国か家族、そのどちらかを選んでもう一方を見捨てる、

 という最悪の事態だけは免れています』

「それも才能なんですかね」

『どうでしょうねぇ』

『そして、《人類最強》と呼ばれるだけあって、その実力は本物です』

『あの先帝ですら、神剣ソルブレイドを持ってようやく勝てる――』

『ということになっています』

「……なっています?」

『ええ』

『サフィール伯爵は大人ですからね』

『先帝に気づかれないよう、上手に負けてあげていたのですよ』

「人類最強、大人だ……」

『先帝の自尊心を傷つけても、面倒なだけですからね』

『大人とは、時には負けてあげるものなのです』

「なんか嫌な教訓だなぁ……」

『さて、続いて――』

『《大陸一の魔術師》』

『リオニーの父親ですね』

『元帝国筆頭魔術師にして、現在の帝国学園学園長です』

「こっちは、ちゃんと魔術師っぽいですね」

『ええ』

『ちなみに、生まれ持ったジョブは――』

『《鉛筆削り職人》です』

「なんでだよ!」

『私に言われても困ります』


師匠が肩をすくめる。


『幼い頃から魔術が大好きで、いつも魔術の勉強ばかりしていたそうです』

『もしかすると、《鉛筆削り職人》のスキルで綺麗に削った鉛筆を使って、

 一生懸命勉強していたのかもしれませんね』

「それ、ジョブ関係あります?」

『分かりません』

『この人も謎です』

『好きこそものの上手なれ、とは言いますが――』

『限度というものがあるでしょう』

「大陸一になっちゃいましたからね……」

『そうなんですよ』

『そして、ガイアースブルク侯爵領が《死の大地》と呼ばれるようになってからは、

 さらに魔術の研究へ没頭するようになりました』


師匠の声から、少しだけ冗談めいた調子が消える。


『……なんとかしたかったのでしょうね』

『故郷を』

『草一本生えない、死んでしまった大地を』

『だからこそ、研究して、研究して、研究し続けた』

『その努力が実り――』

『いつの間にか、《大陸一の魔術師》と呼ばれるほどの実力者になっていました』

「スゴイ人なんですね」

『ええ』

『周囲からは《魔術馬鹿》などと呼ばれていますが、一応まともな大人です』

『一応』

「なんで二回言ったんです?」

『大切なので』

「…………」

『ですが、家族や身内にはとても優しい方ですよ』

『そして彼もまた、アンリにとって親代わりとなった者の一人です』

「サフィール伯爵と学園長……」

『そうです』

『この二人は、単に帝国でもっとも強い者達というだけではありません』

『アンリを幼い頃から知り、見守ってきた大人達でもあるのです』

「なるほど……」

『さて』


師匠が再び、いつもの調子に戻る。


『そんな二人ですから――』

『グレーター級程度なら、余裕で倒してしまいます』

「余裕なんですか!?」

『この二人なら、です』


師匠が指を一本立てた。


『そこを勘違いしてはいけませんよ』

『今回現れた極点熊のグレーター級』

『本来なら、騎士団が波状攻撃を仕掛け、

 それでも数日かけてようやく討伐するような化け物です』

「……あれ?」

「それを一人で倒してませんでした?」

『だから、人類の上澄みなんですよ』

『サフィール伯爵も』

『学園長も』

『アンリも』

『アルマも』

『リオニーも』

『そして、ミレディも』

『彼らは、この世界が様々な脅威に対抗するために生み出した――

 いわば《カウンター》となる存在です』

「世界が用意したカウンター……」

『ええ』

『転生者や転移者だけが、特別なのではありません』

『この世界に生まれ、この世界で育った者の中にも――』

『とんでもない者はいくらでもいるのですよ』


師匠がこちらを見る。

なぜでしょう。

嫌な予感がします。


『ですから――』

『良い子の皆さんは、決して真似をしてはいけませんよ』

『特に、そこの転生者や転移者の皆さん』

『チートを持っているからといって、調子に乗ってはいけません』

『この世界には、《トイレットペーパー職人》の人類最強や――』

『《鉛筆削り職人》の大陸一の魔術師がいますからね』

「ジョブってなんなんだろう……」

『調子に乗って喧嘩でも売れば、痛い目を見ますよ』


そして師匠が、じっと俺を見る。


『――分かりましたね、ヴァルナさん?』

「なんで俺を見るんですか!」

『一番心配だからです』

「俺、攻撃魔法すら使えないんですけど!」

『だから心配なんですよ』

「酷い!」




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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