118 こいつらじゃない
ケモ耳娘が突撃する。
スピードはすげぇな。さすが狼族だけはある。そして振るわれる重い一撃。
一流の戦士相手なら簡単に躱されるだろうが、あのデカい化け物相手なら充分だ。
あの佐々木とかいう勇者パーティーの一人。あれが歌で歌われている賢者だろう。
どうやら叙情詩と違って戦えないようだが、情報収集能力は間違いないらしい。
ど派手な魔術を期待したんだけどな。まあ、吟遊詩人の歌なんてそんなものだ。
どこまでが本当のことか分かんねぇ。
だが、その《鑑定》のお陰で色々分かって助かった。
確かにこいつは斬撃が効きにくそうだ。
硬い表皮に、高い魔術耐性がありそうな体毛。
私の武器だと不利だな。となると、期待するのはケモ耳娘の
グレートアックス、あの重量だ。
他の勇者パーティーはどうなんだ。
私は共に走る勇者達を見る。そして気づいた。
こいつら、震えていやがる。顔色も悪い。
まるで剣術の訓練で格上の先輩に指名されて、しごかれる前みたいじゃないか。
いや、訓練ならコテンパンにされても死なないし、大怪我もしないから違うか。
新兵が勝ち目のない殿を命じられて、使い捨てにされる時みたいな顔だ。
それでも、自ら立ち向かっている。
さすが勇者パーティーということか。
だから、言わないことにした。
こいつは違う。
確かに白くて大型の魔物だが、私が見た奴とは違う。
ここまで大きくなかったが、迫力というか、存在感そのものが違う。
こいつは、その巨体に任せて力を振るっているだけだ。
元のサイズなら素早そうだが、
魔物化して大きくなった分、動きはそこまで速くない。
現にここへ来るまでにも時間がかかっている。お陰でこちらも用意ができた。
それに、熊と犬の区別くらいつく。だから違う。
本命はまだ他にいる。
本当ならそれを伝えて、力を温存させるべきなんだろう。
だが、温存して勝てるような相手じゃない。
グレーター級なんて、私達じゃ無理だ。
出来るのは時間を稼いで、姫様達が来るのを待つだけ。
だが、姫様達だっていつ来られるか分からない。
向こうでは一対一のタイマンを張っている。
さすがだ、姫様にアルマ様、それから……ばばぁ。
私は改めて、勇者達の獲物を見る。
斎藤と呼ばれた男は、手と足に装甲を付けている。
拳聖斎藤か。まあ、こいつも歌じゃ誇張されているんだろうな。
酒造の親方にして幻の酔拳使い、
“ムラマサ”の弟子らしいが、どこまでできる?
その拳で、あの体毛を越えて本体にダメージを与えられるか。
次に、駆けるというか、大地を滑っている鈴木とかいう女。
足になんか車輪を付けている。手には変な棒を持っていて、
その先には網目みたいなものが付いている。
確か勇者パーティーのリーダーで、遠距離狙撃手と聞いている。
その横にいるのは……メイド。
なんでメイドがいるのか分からないが、
汽車に残った二人と同じバックアップ要員かと思ったら、
手に薙刀を持っている。
歌では“冥土流薙刀術”を使うとあったが……なんだよ、その“冥土流”って。
まあ、薙刀を振るう戦士系と思っていいんだよな。
そして最後の勇者、松平。
お前、期待していいんだよな。
伝説のスキルは発動したと聞いているぞ。覚醒するならしていいんだぞ。
いや、むしろしてくれ。グレーター級ってのは、それだけの脅威なんだ。
「おい、さっき賢者が言っていただろう。斬撃は効かねぇ。
打撃ができねぇ奴は牽制して気を引け。
攻撃は、打撃ができる獲物を持っている奴に任せろ」
私のアドバイスに勇者パーティーが頷く。
どうやら本当に素人らしい。
どうやって魔王とやり合ったのか、生き残れたら聞きたいもんだ。
すでにケモ耳娘が接敵している。
上手く攻撃を躱しているが、こちらから攻撃する余裕がない。
待っていろよ。隙を作ってやるからな。
そのグレートアックスの一撃、期待しているぜ。
その時、何かが飛んできて熊の化け物の顔に当たった。
刺激物か何かか?
熊の化け物が顔を覆って叫ぶ。
そこへケモ耳娘の一撃が入った。
よし。賢者の言う通り、ダメージが入っている。
さらに次々と何かが飛んでくる。
鈴木が熊の化け物の周りをちょろちょろと動きながら、
色々な物を投げつけている。
その辺に転がっていた石から、何かの液体が入った物まで。
ありゃ、誰だろうとムカつくだろうな。
私もやられたらキレる自信がある。
反撃しようにも素早く動くから当たらない。
追いかけるのを止めれば、また物が飛んでくる。
それで鈴木に集中しすぎると、他の奴が攻撃を仕掛ける。
案の定、拳聖の拳は通じてねぇ。
将来はともかく、今は実力不足だ。
私と一緒に牽制に回りな。
そして驚いたのがメイドだ。天宮とかいったか。
なんだよ、その薙刀術。攻撃が入っているじゃねぇか。
その華奢な身体で、そんな細い獲物でどうやってんだ?
その薙刀、何かの名品か?
なんか変なオーラまで発しているぞ。
それに、何か物騒なことを言っていた気がする。
確か、「〇〇〇様の加護があらんことを」とかなんとか……。
確かに聞こえたはずなのに、なぜかそこだけ聞こえなかった。
いや、違う。
身体が、魂が、その〇〇〇を理解することそのものを拒否したような……
そんな気がする。
まあいい。考えるのは後だ。今はこいつを何とかしないと。
私と斎藤、それに鈴木。そして勇者の松平が牽制し、
ケモ耳娘とメイドがダメージを入れる。
これしかないか。
油断するなよ。
この体格なら、まともに一撃喰らえば終わりだぞ。
今のところ、なんとかなっている。
だが、みんなの息が上がり始めた。
みんなよくやっている。だが、限界が見えてきた。
不味いな。
チームを分けて、交代で戦うべきだったか。
このメンバーで実戦経験が一番豊富なのは、たぶん私だ。
そのことにも、もっと早く気づくべきだった。
そうしていれば、もう少し上手い作戦を立てられただろうに。
体力のペース配分だって、誰かが判断して指示しないと駄目なんだ。
こちらに比べて、熊の化け物の体力は無尽蔵に思える。
一向に衰える気がしない。
これがグレーター級か。
無尽蔵の体力、高い防御力、そして怪力から生み出される破壊力。
マジで勝てる気がしねぇ。
こいつは騎士団とか、物量で押さえねぇと無理だ。
牽制と攻撃にチームを分け、
交代しながら波状攻撃を仕掛けるような相手だ。
まだかよ。
汽車はまだ出ないのか。
早く発車してくれ。
姫様の方もまだ時間がかかりそうだし、
防壁だっていつまで持つか分からない。
じい様達の犠牲を無駄にはできねぇぞ。
早く、早く行きやがれ。
「グオオオオオオオオ!!」
熊の化け物が叫ぶ。
くそう、大型の魔物特有の咆哮か。
戦い慣れていない奴なら、これだけですくんで動けなくなる。
現にみんなの動きがさらに鈍くなった。私も身体が重い。
元気なのは天宮くらいか。
なんだよ、その全身を覆うオーラは。
禍々しくもあり、神聖でもある。さっきの〇〇〇の加護という奴か。
だが、その天宮の一撃でも、そこまでダメージが通っていない。
熊の化け物の体毛が飛び散るが、その下にある分厚い皮膚に弾かれている。
ケモ耳娘、焦るんじゃねぇ。
一番効いているのはてめぇの一撃だ。だが、慌てて攻撃しても当たらねぇし、
その獲物は一度振れば隙が大きい。
そう思った直後、ケモ耳娘が大振りの一撃を放った。
だが、躱された。
「馬鹿っ!」
熊の化け物の腕が振るわれる。
まともに一撃を喰らったケモ耳娘の身体が宙を舞い、こちらへ飛んできた。
私は咄嗟にファルシオンを捨て、その身体を受け止める。
「おい、大丈夫か!」
やべぇぞ。
生きてはいる。だが、骨がいくつか折れていやがる。すぐに手当てしないと。
「ごっ、ごめんな……」
「おい、しゃべるな!」
傷は深い。
いや、致命傷じゃない。まだ助かる。
だからしゃべるな。
血を吐きながら、それでもこちらを見上げるケモ耳娘――ハルヴィンダ。
「ハルっち!」
鈴木が慌ててこちらへ向かってくる。
馬鹿野郎、奴を見ろ!
不用意に動くんじゃねぇ!
「グオオオオオオオオ!」
「邪魔!」
鈴木が間一髪で攻撃を躱し、そのままこちらへ滑り込んでくる。
冷や冷やさせるな。
お前までやられたかと思ったじゃねぇか。
鈴木はすぐにバックパックを開き、中から一本の瓶を取り出した。
ポーションか。
「早く飲ませろ!」
鈴木がハルヴィンダの身体を支え、慎重にポーションを飲ませる。
やがて荒かった呼吸が少しずつ落ち着いていく。
良かった。
助かった。
だが、私達が動きを止めたのを熊の化け物が見逃すはずもない。
「来るぞ!」
他の奴らが攻撃を仕掛けるが、効いてねぇ。
まずい。
二人を抱えて逃げるなんてできない。
それに――もう遅い。
目の前まで迫った熊の化け物が、その巨大な身体を起こした。
私達を見下ろしながら後ろ脚で立ち上がり、巨大な腕を振り上げる。
くそっ。
私は二人を庇うように身体を丸める。
その瞬間――。
ドゴッ!!
凄まじい衝撃音が響いた。
……おかしい。
いつまで経っても攻撃が来ねぇ。
私は二人を庇っていた腕をゆっくり下ろし、顔を上げた。
熊の化け物が――いない。
その代わり、私達の前に一人の女が立っていた。
「すまんな。駅の裏側にいた魔物を倒すのに手間取ってしまった」
不敵に笑う、その姿。
「……隊長」
遅いっすよ。
本当に死ぬかと思ったんですからね。
隊長に吹き飛ばされたのであろう熊野郎が、
遠くの瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がった。
そして再び咆哮を上げる。
「グオオオオオオオオ!!」
さっきより大きい。
しかも魔力まで乗っていやがる。
くそう。
マジで身体が重い。
「松平! 魔王戦の時みたいにできないの!?」
鈴木が松平に向かって叫ぶ。
「あの負のオーラを打ち消した奴!」
「無理でござる! あの時、どうやったか分からないし!」
片膝をついた勇者が肩で息をしながら答える。
「アンリ先生の悪口を言われて、
頭に来て……気づいたら出来ていたのでござる!」
何かできるなら何かしてくれ。
「アンリ先生の悪口……ええと」
鈴木が考え込み、指を折りながら並べ始める。
「暴力教師」
おい。
「時々酒臭い」
おい。
「小遣いあげろ」
おい!
「門限伸ばせ。他に何かあったかな?」
貴様。
あの気高くて美しく、お優しい姫様のことをよくそこまで悪く言えるな。
そこに直れ。
叩き斬ってやる。
私は目の前の鈴木を睨みつける。
「そんなの無理でござる。僕もそれは思っているし」
「何ぃ!?」
「心の底からの雑言じゃないから、何も感じないでござる」
なんだと。
勇者の奴まで姫様のことをそう思っているのか。
許せん。
私は拳を握りしめる。
絶対殴る。
姫様の悪口は許さん。
「さて、どうしたものか」
私達のやり取りなど完全に無視して、隊長が熊野郎へ向かって歩き出した。
えっ、隊長?
いくら隊長でも、そんな無防備に近づいては――。
「ミレディ先生!」
天宮が薙刀を構えながら隊長へ駆け寄り、
賢者が分析した熊野郎の情報を伝える。
隊長はそれを黙って聞くと、熊野郎へ視線を戻した。
「そうか。打撃が効くのか」
そう言って――走り出した。
ちょっ、隊長!
あの熊野郎、グレーター級ですよ!
何の策もなく突っ込んでは危険です!
しかも隊長は何も持っていない。
それに鈴木も気づいたのか、
「ミレディ先生!」
驚いて声を上げる。
普通はそうだよな。
私も初めて見た時は驚いた。
見ていろ。
隊長のスキルは――《手品》だ。
非戦闘スキル。
しかも、できる手品は限られている。
よくあるだろう。
コインとかカードとか、何もないところから物を出すやつ。
あれしかできない。
手品師としてもパンチが弱い。それしかできないからな。
でもさ、隊長は違うんだ。
すげぇぞ。
隊長が攻撃範囲に入ったのだろう。熊野郎が巨大な腕を振り下ろす。
だが――隊長の姿は、もうそこにはいない。
遅いよ、熊野郎。
後ろだ。
いつの間にか背後へ回り込んだ隊長が大きく跳ぶ。
その両手には棍が握られていた。
そして、そのまま熊野郎の背中へ叩きつける。
バキィッ!
棍が砕けるほどの一撃。
だが、隊長は止まらない。
砕けた棍が手から離れた次の瞬間、
その手にはもうハンドアックスが握られていた。
それをさらに叩き込む。
また砕ける。
それでも止まらない。
次々と手元に打撃系の武器が現れ、隊長は熊野郎を殴り続ける。
出た。
隊長の十八番。
《千手観音武具炸裂拳》。
……あれ、やってられないよな。
相手に合わせて、有利な武器をその場で手元へ取り寄せて戦う。
普通なら、あれだけ大量の武器を使えばどっちつかずになって、
どれも中途半端になりそうなものだ。
だが、隊長は違う。
使う武器全部の腕前が達人級なんだよな。
棍も。
斧も。
槌も。
短棒も。
まるで手足のように自由自在に使いこなす。
一体どれだけ鍛錬を積んでいるんだよ。
しかも、壊しても壊しても、次から次へと武器が出てくる。
どれだけ仕込んでいるんだ。
用意するだけでも大変だぜ。
しかし、目の前で繰り広げられているのは、ほとんど武器破壊ショーだ。
私の小遣いじゃ、とても真似できない。
噂では、サフィール伯爵家の武器庫から直接取り寄せているって
聞いたことがあるけど。
もし本当なら、今頃、伯爵家の人間は
武器庫を見て悲鳴を上げているんじゃないのか。
さて、どうしたものか。
気づけば、勇者パーティーの連中が私の周りへ集まってきていた。
みんな、ハルヴィンダが心配なんだろう。
安心しな。
ポーションのお陰で、もう落ち着いている。
骨折も治っている。
……しかし、これ、どれほどの高位ポーションなんだ。
ふと、地面に転がった空き瓶へ目が止まる。
どこにでもある携帯用の瓶だ。
ポーションや薬品を入れる、野戦用の丈夫な普通の瓶。
私はそれを拾い上げた。
どこのだ?
瓶には、一つの紋章が刻まれている。
……これは。
初めて見る。
でも、知っている。
八枚の葉。
世界樹の葉を模した紋章。
これを使うことが許される存在は、限られている。
……こいつら。
本当に勇者パーティーなんだな。
持ち物まで凄いわ。
でも。
本当にこれでいいのか?
さっきまでの死闘は何だったんだ。
目の前では、一方的な撲殺劇が続いている。
隊長は、さっきから一度も着地していない。
空中で位置を変え。
武器を次々と取り換え。
そのまま殴り続けている。
倒すべき敵ではあるけどよ。
少し同情するぜ。
もう熊野郎、呻き声ひとつ上げてないぞ。
ただのサンドバッグだ。
その時。
遠くから歓声が上がった。
何事かと思って視線を向ける。
遠くで。
次々と。
熊野郎が倒れていく。
姫様達だ。
やったんだ。
防壁側でも、魔物は問題なく撃退されているように見える。
……良かった。
じい様も。
屋敷に残ったみんなも。
無事だ。
これなら助かりそうだ。
なんだよ、じい様。
何が最後の教えだよ。
しんみりさせやがって。
気づけば、頬を何かが伝っていた。
私は袖で乱暴に拭う。
うるせぇ。
これは汗だ。
涙なんかじゃねぇ。
その汗を拭ったのとほぼ同時に、熊野郎が大きく倒れ込んだ。
そして。
隊長が止めとばかりに頭部へ一撃を叩き込む。
鈍い音。
熊野郎の頭が潰れた。
「ふん。大したことない」
隊長が平然と言い放つ。
「魔王戦では後れを取ったが、負のオーラもなく、特殊な力もない」
熊野郎の死骸を一瞥する。
「ただ恵まれた体格だけなど、恐れるに足らず」
いや、あの。
隊長。
そいつ、それでもグレーター級なんですけど。
騎士団総出で対応する相手のはずなんですけど。
ほら。
勇者パーティーの奴らも引いてますよ。
熊野郎の死骸と、地面に積み上がった砕けた武器の山を交互に見ている。
顔色が、熊野郎と対峙していた時より青いっすよ。
隊長がこちらへ近づいてくる。
勇者パーティーの連中は疲れ切っているくせに、一斉に背筋を伸ばした。
そりゃ怖いよな。
それより。
私は背中のハルヴィンダへ意識を向ける。
ケモ耳娘――。
いや。
ハルヴィンダだったか。
お前も、確かに戦士だったよ。
隊長がハルヴィンダと熊野郎の死骸を見比べ、それから私へ視線を向ける。
「ソフィー。奴か?」
短い問い。
きっと。
私が見た。
騎士団を蹂躙した、あの魔物か。
そう聞いているのだろう。
戦いは一旦終わった。
もう、言っていいだろう。
「違います」
私は首を振る。
「こいつらじゃないです」
「そうか」
隊長が小さく息を吐いた。
勇者パーティーの連中は何のことか分かっていないようだ。
だが。
これで終わりじゃない。
その意味だけは伝わったらしい。
さっきまで安心していた顔が、再び引き締まる。
私はハルヴィンダを背負い直した。
本命が来る前に、休ませないと。
「お前らも休んどけ」
勇者パーティーへ声を掛ける。
「汽車が動けるなら、そのまま乗って退避しろ」
皆も疲れ切っている。
休憩のために動き始める。
その時だった。
再び。
甲高い笛の音。
一度じゃない。
二度。
三度。
何度も。
何度も。
戦場に響く。
「なんだ?」
私達は一斉に周囲を見回す。
そして――見た。
街の向こう。
地平線を埋めるように。
魔物の集団が押し寄せてくる。
先程より。
明らかに数が多い。
しかも。
熊野郎まで。
何体もいる。
「……なんなんだよ」
思わず声が漏れる。
「魔族の奴ら、本当に進撃でもするつもりか?」
これはもう、ただの襲撃じゃない。
人類へ宣戦布告でもして。
本気で戦争を始めるつもりなのか。
あの数。
いくら姫様達がいても。
無理じゃないか。
隊長も。
さすがに顔をしかめている。
くそう。
早く逃げないと。
まだ、あいつらが街へ辿り着くまで少し時間はあるはずだ。
今度こそ。
じい様達も連れて。
みんなで汽車に乗って逃げるんだ。
私は隊長へそう言おうとした。
その瞬間。
爆音が響いた。
一回や二回じゃない。
何度も。
何度も。
途切れない。
「なんだ!?」
驚く私達の上に、大きな影が差す。
この音。
私は顔を上げる。
空。
そこにいたのは――。
「飛空艇……」
一隻じゃない。
何隻も。
編隊を組んだ飛空艇の艦隊。
アステリア帝国が誇る空挺師団。
艦隊から次々と砲撃が放たれている。
轟音と共に砲弾が魔物の群れへ降り注ぎ、地上で爆炎が次々と上がる。
さらに。
飛空艇の甲板から。
いくつもの影が飛び立つ。
「竜騎士……」
飛竜に跨った竜騎士達だ。
次々と空へ舞い上がり、魔物の群れへ向かっていく。
そして。
飛空艇に大きくなびく。
アステリア帝国旗。
その隣に。
騎士団旗。
私は。
その旗を知っている。
いや。
帝国の人間なら。
知らない奴はいない。
「……援軍」
声が震える。
「援軍だ!」
アステリア帝国空挺師団。
そして。
大陸最強。
第一騎士団。
近衛兵団だ。
師匠のニューワールド講座 111
~〇〇〇の加護編~
「師匠!」
『なんです?』
「勝ちましたよ、みんな!」
「スゴイですね!」
「それに援軍!
飛空艇ですよ、飛空艇!初めて見ました!」
「スゴイですね、あの一斉射撃!」
「それに竜騎士までいますよ、竜騎士!」
「スゴイですね!」
「それにミレディさんも滅茶苦茶強い!」
「師匠の言った通り、みんな人類の上澄みなんですね!」
『そうですねぇ……』
ヴァルナさんは興奮した様子で、飛空艇から放たれる砲撃を眺めています。
どうやら完全にそちらへ夢中になっているようですね。
ちょうどいいでしょう。
私も少し考えたいことがあります。
確かに、アンリ達は人類の上澄みに位置する実力者です。
アンリなど、すでに英雄と呼ばれる領域に片足を突っ込んでいるでしょう。
それに――
アンリ達が魔王戦の後、自らの不甲斐なさを嘆きながら、
鍛錬を積んでいたことも知っています。
手にできた豆が潰れても魔術で癒やし、また武器を握る。
そんな無茶な鍛錬を繰り返していたことも。
だから、以前より強くなっている。
それは当然です。
ですが――
『……それでも、異常ですね。あの強さは』
ミレディなど、本来の実力ならエルダー級を相手に
時間を稼げれば上出来でしょう。
それが今回はどうです。
そして何より――
最初のアンリの、あの一撃。
『一撃でエルダー級を沈めましたよ……』
いくら鍛錬を積んだとはいえ、短期間で到達できる領域ではありません。
だとすれば……。
やはり、あれでしょうか。
私は、少し離れた場所にいる天宮へ視線を向けます。
天宮が時折、無意識に発しているもの。
《〇〇〇の加護》
『……あれは、一体なんなのでしょうね』
誰も気づいていません。
ですが、天界の住人である私の《鑑定》ですら、
はっきりと見ることができない加護。
以前、女神様にも確認していただきましたが――
あの方ですら、ただ唸っていました。
そして問題は、天宮だけではないこと。
ヘイムにいる者達。
そのほぼ全てに、同じ加護が付いているのです。
ハンス。
エルミナ。
リナ。
ソレイア一家。
親方達や、その他の従業員。
プリンセスガード。
さらには、雪原のフェンに住む一族まで。
そして――
私にも。
最初は世界樹の加護かと思いました。
ですが、違う。
アンリには《世界樹の加護》が、それとは別に存在しています。
つまり、この《〇〇〇の加護》は世界樹から与えられたものではない。
神々の加護でもありません。
なのに――
『女神様ですら正体を掴めない……』
改めて《鑑定》を試みます。
けれど――
見えない。
詳しく調べようとすればするほど、何かに弾かれる。
まるで――
見るな。
そう言われているかのように。
そして、何より奇妙なのが……。
『禍々しい……』
そう感じるほどの気配を持ちながら――
『同時に、どうしようもないほど神聖なのですよね……』
相反するはずの二つの性質。
禍々しく。
そして、神聖。
こんな加護を私は知りません。
幸い、今のところ私達に悪影響は出ていません。
神々も静観しています。
ですから、すぐに危険があるとは思いませんが……。
それでも――
正体が分からないというのは、不気味です。
天宮を見る限りでは、能力を底上げし、
危険から守る働きをしているようですが……。
今回のアンリ達の異常なまでの強化。
これにも、この加護が関係していると考えるべきでしょう。
そういえば――
『私自身の力も、以前より増していますね……』
やはり、偶然ではない。
しかし、一番不可解なのはそこではありません。
この加護は、ヘイムに関係する多くの者についている。
なのに――
私は隣を見る。
「うおおお! 師匠! 見ました!?」
「竜騎士ですよ!」
「本当に竜に乗ってますよ!」
飛空艇と竜騎士を見ながら、子供のようにはしゃいでいるヴァルナさん。
『はいはい、見ていますよ』
「スゴイなぁ……俺も乗せてもらえないかな」
『落ちますよ』
「酷い!」
……この人。
この《〇〇〇の加護》の中心にいるとしか思えない、この人にだけ――
加護がついていない。
『…………』
世界樹でもない。
神々でもない。
私ですら分からない。
ヘイムに関係する者達を強くし、守っている。
それなのに、ヴァルナさん本人には存在しない。
『……一体、誰の加護なのでしょうね』
「師匠! 今度は飛空艇が旋回してますよ!」
『分かりましたから、少し静かにしてください』
「スゴイですよ!」
『はいはい』
私は再び、はしゃぐヴァルナさんを見る。
そして――
その周囲にいる者達を見る。
《〇〇〇の加護》
詳しく見ようとすれば、今も私の《鑑定》を拒絶する。
『……さて』
誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
『どうしたものでしょうかねぇ……』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




