↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
117/125

117 それぞれの役目

2026/09/06題名をミスしていて訂正しました。

申し訳ありませんでした。

こいつらは一体、何をやっておるのじゃろう。


建物が、人々の営みの場が、ガイアースブルクの民達の想いの結晶が

壊されていく不快な音を聞きながら、我はそう思う。


今、我はアルマ様とリオニー様と共に、破壊されていく街の中へ潜み、

魔物の一団を観察している。位置は駅とは真逆の方向だ。


いくら指揮する者がいるとはいえ、この破壊行為は妙じゃ。

一見、目の前の物を手当たり次第に破壊しているように見える。

だが時折、何かを探しているような動きを見せたかと思えば、

今度は一つの建物を徹底的に壊し始める。


そのせいで侵攻速度が遅いのは助かっておるが、不快なことに変わりはない。


魔物どもが壊している一軒一軒の家に。施設に。農場に。

どれだけの想いが込められているか、初めてこの街を訪れた我ですら分かる。

今すぐにでも蹴散らしてやりたい。


だが、我らが屋敷を出た時点では、まだ半数ほどしか避難できていなかった。

もう少し時間を稼ぐ必要がある。


魔物の一団が防壁へ辿り着き、しばらく戦闘が続いたところで、

我らがあの大型魔物へ攻撃を仕掛ける。

そのまま駅とは反対方向へ誘導し、そこで戦う予定じゃ。


問題は、あの大型魔物の正体と、指揮官の存在。

大型魔物は熊型じゃ。熊なのは分かるが、元の種までは分からん。

まあ、ここまで巨大化し魔物化しておれば、元がなんであろうと大差ないか。


小さな家ほどもある巨体。

大きいだけなら騎士団の敵ではないが、

魔物というものは見た目だけでは判断できんからな。


これがソフィーの見た魔物であり、第5騎士団を軽くあしらった存在なら、

我らの攻撃がどこまで通じるか。

本当にエルダー級なら……そんなに時間は稼げんぞ。


我は屋敷の方向を見る。

もし我がここで戦死すれば、ヴァルナは力を振るってくれるだろうか。


そして――我の死を悲しんでくれるだろうか。


つい、そんなことを考えてしまう。


いかん、いかん。


そんな考えでは、できることもできんぞ。


『人の世のことは、人の手で』


たとえ無理であっても、人が起こしたことならば、人が治めねばならん。


今回の件。

魔族が起こしたことであるならば、それは人が起こしたことじゃ。

人が魔族へ堕ちることを止められなかった。それは統治者の責任でもある。

我は、その統治者の一員として責任を取らなくてはならん。


最近、ヘイムで神々とお会いしているせいか、

少し感覚がおかしくなっておる。

安易に神々や使徒、そして魔法使いへ頼ってはならん。

あの者達は、我らとは住む世界が違うのだ。

届きそうで届かない。


夜空に輝く星のような存在。


……そう。

少し寂しいのかもしれん。


ヴァルナが、向こう側の存在であるということが。

ただの世間知らずの店主だと思っておったのに。


ひときわ大きな破壊音が響き、我の意識が現実へ戻る。

さて。

残る問題は指揮官。

魔族の存在か。


あの大型魔物そのものに、それほど高い知能があるようには見えん。

ならば、指揮する魔族さえどうにかできれば、

こちらから誘導することも容易になるかもしれん。

魔物を操る権能。

あるいは、そのような魔道具を持っている可能性もある。

いや。

これだけ統率された動きをしているのだ。

何かしら持っていると考えた方がよい。


……まさか、魔王の時のようなパターンではあるまいな。


あの大型魔物五体が、

それぞれ自己判断できるほどの知能を持っていたら、

本当にお手上げじゃぞ。


我は周囲の気配を探る。

魔物以外の気配はない。

屋敷側では、今も衛星映像を使って魔族の姿を探しているはずだが、

まだ見つかっていないらしい。

発見できれば、爺やが拘束か始末に動く手筈になっている。

できるなら、我らが仕掛ける前になんとかしてほしい。

避難民が駅へ向かっていることに気づかれれば、

あちらへ魔物を向けられる可能性もある。


「始まったわ」


アルマ様の声に、我は屋敷へ視線を向ける。

どうやら、魔物の一団が防壁へ辿り着いたようだ。

ロビン前侯爵の指揮のもと、領兵達が戦闘を開始している。

同時に、防壁から青い信号弾が上がった。


あれは――最後の避難の一団が屋敷を出た合図。


「よし」


もう少しじゃ。

駅までは、およそ十分。

そこから全員が列車へ乗り込み、発車するまで。

二十分もあれば足りるか。


我はアルマ様とリオニー様へ視線を送る。

二人も無言で頷いた。


それぞれ予定していた位置へ散る。

まずは我が仕掛けて注意を引く。

そして後退しながら、

アルマ様とリオニー様が待ち伏せている場所へ誘い込む。

決して。

駅の方向へ行かせてはならん。


我は静かに魔力を練り始めた。

魔王戦の後から。

正確には、ヴァルナが蘇り、世界樹がさらに輝きを増してからじゃろうか。

以前より扱える力が、大きくなったような気がする。


より大きく。


より濃く。


より洗練された魔力。


当然、それを扱うための鍛錬も欠かしてはおらんぞ。

決して、ただの飲兵衛親方ではないぞ、ヴァルナ。


我の魔力に気づいたのだろう。

近くまで来ていた大型魔物がこちらを向き、

その巨体で建物を押し壊しながら我を見つけた。

低い唸り声を上げる。


もう遅い。

魔力は練り終わっておる。

それに――。


「腹がガラ空きじゃ!」


我は瓦礫の陰から一気に飛び出す。

大型魔物の腹部へ。

全身全霊。

我が知っている全属性の魔力を一つにまとめた塊を叩き込む。


轟音。


大型魔物の身体が大きく仰け反る。

そして――上半身が吹き飛んだ。


「いける!」


まずは一体。

同時に、防壁の方から大きな歓声が上がる。


だが。

強大な魔力を放った直後。

僅かに動きの止まった我へ、残り四体の大型魔物が一斉に迫ってきた。


その瞬間。

我の左右から雷撃が飛ぶ。


アルマ様。


リオニー様。


二人の遠距離攻撃じゃ。


雷に打たれ、大型魔物達が怒りの咆哮を上げる。

その隙に、我は大きく跳んだ。

あえて派手に動き、我の姿を見失わせないようにしながら後退する。


狙い通り。

大型魔物達が我へ食いついた。

地響きを立てながら追いかけてくる。


我は予定していた場所へ誘導する。

見晴らしのよい実験農場、その中央へ立ち、大型魔物達を待ち受けた。


一体。

二体。

三体。

四体。


「よし。全て入った」


我は再び大きく跳ぶ。

農場の外へ着地すると、

そのまま崩れかけた壁の陰へ飛び込み、身を伏せる。


次の瞬間――。

大爆発。


あらかじめ農場へ仕掛けておいた爆薬が、一斉に炸裂した。

地面が揺れる。

轟音が周囲へ響き渡る。

熱風が壁の向こうまで押し寄せる。


……すまんな。


この農場を作った者達よ。

魔物退治のためとはいえ、壊してしまった。


もうもうと煙が立ち込める。

まさか、あの程度で倒せるとは思っておらん。

だが、少しでもダメージが入ってくれておれば助かる。

やがて。

煙が少しずつ晴れていく。


「……おいおい」


大型魔物達は立っていた。

少なくとも、我が期待したほどのダメージが入っているようには見えん。

防壁を吹き飛ばせるほどの爆薬じゃぞ。

その証拠に、農場の中央には巨大なクレーターができている。


大型魔物達の目が禍々しい赤へ変わった。


そして我ら三人を、はっきりと見定める。


「どうやら、こちらを敵と認識してくれたようね」


アルマ様が双鞭を構えた。


「さて」


リオニー様も、ハルバードへ雷を纏わせる。


「一対一という話だけど、誰が二体引き受けるのかしら?」

「お二方」


我は二人へ注意を促す。


「最初の一体は倒せました」

「ですが、あれは十分に魔力を練ったうえでの完全な不意打ちです」

「戦闘中に、同じことをするのは無理です」


改めて、目の前の大型魔物を見る。


「エルダー級ではありません」

「ですが……あの手応え」

「グレーター級はあります」


やはり、おかしい。

本当にこいつらが、第5騎士団を相手にした魔物なのか。

数も違う、そしてこの程度なら。


時間こそかかるだろうが、我ら三人ならなんとかできる。


第5騎士団が不意を突かれたとしても、ここまで遅れを取るとは思えん。

本命がまだいる?

嫌な予感が頭をよぎった。


その時、戦場に甲高い笛の音が響く。


「なに?」


四体の大型魔物のうち一体が突然、後ろを向いた。

そして走り出す。


「なっ!」


そっちは――。


「駅じゃ!」


我は追いかけようとする。

だが、目の前へ大型魔物が立ち塞がった。

アルマ様の前にも。

リオニー様の前にも。

一体ずつ。


やはり、いる。


指揮をしている者が。

魔族が。


「まいったわね」


リオニー様がため息交じりに呟く。


「これで一対一にはなったけど」

「困るのよね」


次の瞬間、リオニー様の姿が獅子人へ変化していた。

雷を纏ったハルバードを振り抜き、大型魔物の身体へ叩き込む。


「手加減している暇はないのよ!」


さらに、アルマ様も竜人へと変わった。


「こっちも始めるわよ!」


双鞭が唸りを上げる。


戦闘開始。


グレーター級。

倒せない相手ではない。

問題は。


時間。


いかに短時間で目の前の一体を倒し、駅へ向かった大型魔物へ追いつけるか。

だが、そんな短時間で倒せるほど甘い相手ではない。

駅の方へいる者達の顔が浮かぶ。


松平。


斎藤。


駄目じゃ。


ノリだけで戦ってどうにかできる相手ではない。

実戦訓練など、ほとんどしておらん。

中島と渡り合えたのは、正直、運が良かっただけじゃ。


ソフィー。


ハルヴィンダ。


二人も。


まだ実力不足、となれば。


「ミレディ……」


時間稼ぎくらいならできるか。

頼むぞ、ミレディ。

目の前のこいつを片付けたらすぐに行く。

我は再び魔力を身へ纏い、大型魔物へ向けて踏み込んだ。



ようやく、駅に着きました。

最初に駅からお屋敷まで歩いた時は、そんなに長く感じなかったのに。

避難する人達を連れ、魔物に気づかれないよう歩く道のりは、とても緊張して。

ものすごく長く感じました。


私達が屋敷を出た頃には、すでに魔物達が屋敷を襲い始めていて。

本当に怖かったです。


今、避難してきた人達が、次々と列車へ乗り込んでいます。


恵子ちゃん。


雪菜さん。


柑奈ちゃん。


それだけでなく。


松平君、斎藤君、佐々木君達も、戦えない人達を誘導しています。


もう少し。

もう少しで。

全員乗り込める。

そして発車できる。


最初から全速で動き出せるように、駅員さん達も慌ただしく動いていました。

でも、避難してきた人達の中に店長さんはいません。


シロちゃんも。


エマさんも。


屋敷へ残りました。


「大丈夫」


店長さんは笑っていました。


「なんとかするから」


店長さんだけではありません。

防壁で戦っている領兵の皆さんを支えるために、

戦えないのに残った人も何人もいます。


傷の手当をする人。


食事を作る人。


物資を運ぶ人。


そういう人も必要だから、と。

最初、店長さんはシロちゃんを私へ預けようとしました。

でもシロちゃんが店長さんから離れなかった。


「まいったなぁ、シロ」


店長さんは苦笑しながら、シロちゃんの頭を撫でていました。


「どこかに行くんじゃないぞ」

「目に見えるところ」

「手の届くところにいるんだぞ」


笑っていた。

店長さん戦えないのに。

……それとも。


期待していいのですか。


そんな淡い期待が心の中へ浮かぶ。

でも、すぐに否定する。


トレース親方。

スミズル親方。


二人から念を押されたではないですか。

とても真剣な顔で、とても真剣な声で。


「いいか、ハル」


「今後、生きていく上で、ヘイムで生活していく中で、

 店主をヴァルナを魔法使いとして扱ってはいかん。」

「そして、頼るな」


あの時、私は意味が分かりませんでした。


「魔法使いとして扱えば、店主の心は傷つく、そして頼れば、

 それはお主自身の努力の否定じゃ。」


私はスミズル親方の言っていることが、その時はよく分からなかった。

すると、トレース親方も口を開きました。


「そうじゃぞ」

「ワシらも、そうじゃった。親方、親方と呼ばれて。どいつもこいつも、

 ワシら自身を見とらん。」


トレース親方が大きな手を振りながら言っていました。


「ワシはトレースという、一人のドワーフじゃ。」

「親方とかいう存在ではないわ。」


そして、少し照れたように笑いました。


「のう、ハルや。ワシは店主が好きじゃ。」

「あの世間知らずで、お人好しの店主がのう。」

「魔法使いとかいう訳の分からん奴なぞ知らんし。知りとうもない。」


……。


「きっとこれから皆、店主のことを、魔法使い様・魔法使い様と、

 そう呼んで崇め、恐れるじゃろう」

「のう、ハル。お主はそんな腫れ物のように扱われる店主を見たいか?」

「そんなことを「店主が望むと思うか?」


私は、何も答えられなかった。


「ワシらくらい、魔法使いじゃなく。

 あの頼りないヴァルナとして見てやらんでどうする。」


その時は、なんとなく分かったような気がして頷きました。

でも、今なら本当に分かる。


私も、いつまでも


恵子ちゃん。


雪菜さん。


柑奈ちゃんを。


鈴木さん。


天宮さん。


冨樫さん。


そう呼んでいた頃、三人とも少し微妙な顔をしていました。

でも、名前で呼び合うようになって、とても喜んでもらえました。


そして、前よりもずっと仲良くなれた。


店長さんも、そうなんだよね。


店長さんは店長さん。


魔法使いとかいう伝説の存在なんかじゃない。

あの雨が降る夜、びしょ濡れになって行くところもなくて。

途方に暮れていた私を助けてくれた優しい店長さん。

いつも、楽しそうに料理を作ってエマさん達にいたずらされて。

慌てて、困って、それでも笑っている、

ちょっとおっちょこちょいな店長さん。


それが、私達の店主さんなんだから。


それに魔法。

店長さんが、

ヘイムの空き地で練習しているところを何度か見たことがあります。

物を浮かせたり、湖の上を歩いたり。

正直、他の魔術師さんと何が違うのだろうと思うこともある。


でも、あのクリスタルの山を消してしまった。


だから本気を出したら。きっとすごいことができるのだと思う。

でも、頼ってはいけない。


魔法は、神様の奇跡と同じ。人が気軽に触れてはいけないものだと、


みんなが教えてくれた。

気安く使えば、皆がそれを求めて群がってしまう。

頼れば、なんでもできて、楽になって。

私や、みんながしてきた努力や苦労が意味を持たなくなる。

頼れば頼るほど、店長さんが魔法を使えば使うほど。

店長さんは、みんなが知っている店長さんではなくなっていく。

そして、私達も駄目になる。


『人の世のことは、人の手で』


気軽に、奇跡や魔法へ頼ってはいけない。

だから、今も店長さんへ頼ったら駄目。

店長さんは魔法使いじゃなくて、店長さんなんだから。


……。


それでも。


つい、思ってしまう。


どうか、みんなをお守りください。


「夜を司る女王」様。


そして――。


魔法使い様。


……。


その瞬間、親方達の続きの言葉を思い出しました。


「その代わり、店主として料理人としては、思い切り頼って困らせてやれ。」

「そうじゃ、そうじゃ!」

「ワシらも酒のつまみなぞ作らせておるぞ!」


さっきまでの真面目な話はなんだったのかと思うほど。

酒の匂いをさせながら大笑いしていた親方達。

本当に、飲兵衛なんだから。


……そうね。


無事に避難できて、また店長さん達と会えたら。

みんなで、食事会を開こう。

店長さんに、いっぱい料理を作ってもらって。

みんなで、騒ぐのだ。

きっと楽しい食事会になるはずだ。


そう思っていた時、屋敷の方向から大きな歓声が聞こえました。


「え?」


何事かと思い振り返る。

ここからでも見える巨大な白い魔物。

そのうち一体が倒れ込んだ。


「姫様達……!」


姫様達だ。

ソフィーが言っていた騎士団でも敵わなかったという魔物を倒してくれた。


続いて、大爆発・轟音。

地面までわずかに震える。


「あんな爆発……」


初めて見ました。

あれほどの爆発なら、魔物だってただでは済まない。

そう思いました。

でも、煙の向こうから巨大な影が再び現れる。


「……うそ」


全然、効いているように見えない。

あんなのと姫様達は戦うの?


隣にいたソフィーが舌打ちをしました。

ムカつく奴だけど今の舌打ちには。私も同意します。


その時戦場から、ひときわ甲高い笛の音が響きました。

そして同時に、巨大な魔物の一体が突然こちらを向いた。


「……え?」


走り出す、こっちへ。

まさか。


「ここに気づいたの?」


私は慌てて駅を振り返ります。


まだ?

まだ出ないの?


避難民の人達は、もうみんな乗り込んでいます。

残っているのは、私達護衛と駅員さん達くらい。

でも列車は動き出そうとしない。

それどころか先頭車両の周囲へ駅員さん達が集まっている。

怒鳴り声。


何かトラブルが起きている。


「おい」


声がした。


「行くぞ」


ソフィーがファルシオンを抜いた。

そのままホームから飛び降り駅の外へ向かう。


私は、何度か手を握って開く。

そしてグレートアックスを取り出した。

誰かが時間を稼がないと。


「ハルちゃん!」


後ろから柑奈ちゃんの声が聞こえた。

私は振り返る。


「大丈夫」


できるだけ、安心させるように笑った。


「すぐ戻るから」

「汽車に乗ってて」


すると、松平君・斎藤君、二人がこちらを見て頷いた。

そして、こちらへ走ってくる。


「ほらほら、柑奈」


恵子ちゃんが柑奈ちゃんの背中を押す。


「私ら勇者パーティーの脳筋に任せて」

「後衛はここにいて」

「ちょっ、恵子ちゃん!」


柑奈ちゃんを列車の中へ押し込み。

恵子ちゃんもこちらへ歩いてくる。


「佐々木君」


雪菜さんが、佐々木君へ声を掛けた。


「汽車に乗る前に教えて」

「《鑑定》をお願い」

「うん」


佐々木君も改札近くまで来る。


「少し待って」


遠くから迫る巨大な魔物を見つめる。


そして《鑑定》。


「……出た」


全員、佐々木君を見る。


「《怒れる極点熊》」

「体内に、無理やり魔物核を埋め込まれた極点熊」

「怪我をしていて、興奮状態にある」

「クラスは――グレーター級」


グレーター級。

その言葉だけで空気が重くなる。


「弱点は喉元」

「でも」

「他の部分より弱いってだけ」

「僕達の攻撃力だと」

「どこを狙っても大差ないと思う」

「全身を、厚い毛皮と皮膚で覆われてる」


佐々木君の声が続く。


「あの毛皮」

「高い魔術抵抗を持ってる」

「刃物も通りにくい」

「打撃でダメージを与えるのが、一番有効」

「特殊能力はなし」

「単純にあの巨大な身体と「怪力で攻めてくる」


淡々と魔物の情報が語られる。


良かった。エルダー級じゃない。

でも、グレーター級。

……私達だけで。

どうにかできるかな。


「分かった」


雪菜さんが頷いた。


「ありがとう、佐々木君」


そして、迫ってくる魔物を見る。


「そろそろ来る。汽車に戻って」

「それと」


少しだけ。

声が低くなった。


「私達のことは構わず、発車するように言っておいて。」

「待って!」


佐々木君の顔色が変わる。


「それじゃ、委員長達が――」

「佐々木君」


雪菜さんが真っすぐに佐々木君を見る。


「一番分かっているでしょう」

「あいつの恐ろしさ」

「甘いことは言ってられない。」

「委員長……」

「行きなさい。」

「これは」


雪菜さんが少しだけ笑う。


「クラス委員長としての命令よ」


佐々木君が黙り込む。


「ごめんなさい」


雪菜さんが少し優しい声に戻る。


「怒鳴って」


そして目の前へ迫る魔物を見た。


「これトロッコ問題よね」


小さく笑う。


「現実にあるなんてね」

「しかも突きつけて、見捨てられる側とはね」

「委員長……」

「分かるでしょう」


雪菜さんが佐々木君を見る。


「みんな」

「それぞれの役目を果たさないといけない状況なの」


しばらく佐々木君は何も言わなかった。

そして。


「……分かった」


悔しそうに歯を食いしばる。


「でも」

「ギリギリまで待つからね。

 列車が動き出したら、走って戻って飛び乗ってよ」


そう言って佐々木君は列車へ戻っていった。


「まったく」


恵子ちゃんがわざと明るい声を出す。


「私達が、あの程度の魔物にやられるわけないじゃん」

「私達、魔王相手に戦って、生き残ったんだよ?」


そして私へ笑顔を向ける。


「ねっ、ハルっち」

「うん」


私も笑ってみせる。


「そうだね」


でも見えてしまいました。


恵子ちゃんの手震えている。


雪菜さんも手が震えている。


松平君も斎藤君も顔色が悪い。


怖い。

みんな怖いんだ。

それでもここにいる。


「遅かったな」


ソフィーがファルシオンを肩へ担ぐ。


「早く構えな」


いつもの憎たらしい笑顔。


「頼りにしてるぜ、勇者パーティーとケモ耳娘」


……ムカつく。


でも、こんな時でも、いつも通り軽口を叩いているソフィーが。

少し、頼もしく見えた。


「もっと前で迎え撃つぞ」


ソフィーが魔物へ向けて進みだす。


「ここだと、駅にも汽車にも被害が出る」


そしてそのまま魔物へ向かって走り出す。

私達も後を追った。


駅から離れる。それは列車が動き出した時、

飛び乗れなくなる可能性が高くなるということ。

それでも、行かなくちゃ。


……ごめんなさい。


リナ。

お姉ちゃん。

戻れないかもしれない。


もし、戻れなくても。親方達やベルンさん達の言うことを。

ちゃんと聞いていい子に育ってね。


パパやママが死んだ時みたいに。

泣いて、みんなを困らせるんじゃないよ。


狼族はたとえ一人になっても。

誇り高く生きていくのよ。


汽車が動き出すまで時間を稼がなくては。

私はグレートアックスを。


強く。


強く。


握りしめる。


そして。

大きく息を吸った。


「狼族が一人」


私は。


迫る巨大な魔物を見据える。

「ハルヴィンダ・ウォルフガング」


グレートアックスを構える。


「――参る!」


師匠のニューワールド講座 110

~極点熊と「信じて待つ」修行編~


「師匠」

『なんです。』

「なんです、じゃないですよ!」


俺は思わず声を荒らげる。


「なんとかしないと!


魔王戦の時と違って、今回は俺も師匠も動けるんですから。動かないと!」


『そうですねぇ。』


師匠は、焦る俺とは正反対に落ち着いている。

そして――


『ヴァルナさん。』

「はい。」

『ステイ。』

「……はい?」

『そこでシロと一緒に、大人しく眺めていなさい。』

「犬じゃないんですけど!」

『反論は認めません。』

「そんなぁ!」


俺の抗議など聞く気もないらしい。


『アンリやハルヴィンダ達を信じなさい。』

『あの者達は、やる時はやります。』

「でも、今まさに戦ってるんですよ!」

『だからです。』


師匠の声が、少しだけ真面目なものになる。


『目の前で何か起こるたびに、私達がいちいち介入していたら、

 本当に人類は一人立ちできなくなってしまいますよ。』

「それは……」

『それに――』


師匠は、まるで大したことではないように言う。


『極点熊の魔物程度に、あの者達がやられるものですか。』

「なんです、その《極点熊》って。」


名前からして嫌な予感しかしない。


「滅茶苦茶強そうなんですけど。」

『この世界に生息する熊の一種ですね。』


やっぱり普通の熊じゃなかった。


『体長は、およそ二~三メートル。

 体重は四百~四百五十キロほど。』

『全身を白い体毛に覆われた肉食の熊です。』

「十分怖いですよ。」

『普段は万年雪が積もる雪山や、北極・南極などの極地に生息しています。

 そのため、《極点熊》と呼ばれています。』

「そのまんまですね。」

『分かりやすくていいでしょう。』


師匠は気にした様子もなく続ける。


『しかも、かなり頭のいい熊ですよ。』

「頭もいいんですか……」

『獲物を捕らえるために、その巣の近くで待ち伏せしたり、

 巣を破壊して追い出したりします。』

「怖っ!」

『そして、その圧倒的な体格から繰り出される爪と牙。』

『熊の中でも一、二を争うほど獰猛な種類ですね。』

「やっぱり滅茶苦茶危険じゃないですか!」

『そして今回、その極点熊が魔物化しました。』

「もっと駄目じゃないですか!」

『魔物化によって、さらに大きく、さらに賢く、さらに獰猛になっています。』


師匠がさらっと、とんでもないことを言う。


『まさしく――グレーター級ですね。』

「そんなぁ……」


思わず、戦いが起きている方向を見る。


「そんなのが今、暴れているんですよね?」

『ええ。』

「しかも、あと四体もいるんですよね?」

『そうですね。』

「だったら、やっぱり――」

『ヴァルナさん。』


また動こうとした俺を、師匠の声が止める。


『アンリ達を信じなさい。』

「でも……」

『アンリ。アルマ。リオニー。』


師匠が一人ずつ名前を挙げていく。


『彼女達三人だけを見ても、人類の上澄みと言っていい実力者ですよ。』

「それは分かってますけど……」

『それに、ヴァルナさん。』


師匠が、じっと俺を見る。


『貴方が前線に出て、戦えるのですか?』

「…………」

『誰かを倒すことも、殺すこともできない貴方が。』


その言葉に、何も言えなくなる。


『それ以前に、どうやって戦うのです?』

「それは……魔法とか……」

『攻撃魔法、一つでも使えましたっけ?』

「…………」


使えない。


『では、今のヴァルナさんに何ができるのか、言ってごらんなさい。』

「ええと……」


指を折りながら考える。


「料理の味にブーストをかけること。」

『はい。』

「椅子に座ったまま浮いて飛ぶ。」

『はい。』

「水の上を歩ける。」

『はい。』

「師匠の助けを借りて、治療を少々。」

『それから?』

「あっ、風を少し吹かせることができます!」

『…………』

「…………」

『で、他には何ができます?』

「…………」

『他には?』

「……これだけです。」

『…………』


師匠が深いため息をついた。


『ふぅぅぅ……』

「そんな露骨にため息つかなくても。」

『そんな状態で戦場に出ても、足手まといになるだけです。』

「うっ……」


何も言い返せない。

全部、本当のことだからだ。


『ヴァルナさん。』


師匠の声が、少しだけ優しくなる。


『これも修行の一つですよ。』

「修行?」

『ええ。』

『仲間を――人類を信じなさい。』

「…………」

『自分に力があるからといって、

 何でも自分で解決しようとしてはいけません。』

『信じて任せること。』

『そして、信じて後ろにいること。』


師匠が静かに俺を見る。


『それもまた、力ある者の役目の一つですよ。』

「……分かりました。」


そう答えたヴァルナさんは、大人しくシロの隣に座る。

これで少しは落ち着いてくれたでしょう。

そう思ったのですが――


「風よ……吹け。」


そよっ。

ヴァルナさんの前髪が、ほんの少し揺れる。


「もう少し……風よ、吹け。」


そよそよっ。


「おお……さっきより強くなった。」

『…………』


何をしているのでしょう、この人は。

戦場へ出るのを諦めたと思ったら、

今度は真剣な顔で風を吹かせる練習を始めてしまいました。

シロも隣に座り、そんなヴァルナさんを不思議そうに眺めています。


「よし、もう一回。風よ――」


私は、風に向かって「吹け、吹け」と一生懸命念じている

ヴァルナさんを眺めながら、内心思う。


『(まあ……極点熊に襲われたところで、

 ヴァルナさん自身には傷一つつかないでしょうけどね)』

『(盾くらいにはなるでしょう)』

『(もっとも、ヴァルナさんが本当に危険になれば、エマが動いて――)』


ちらりと、近くにいるエマを見る。

いつも通り穏やかな表情で、箒を手にしています。


『(あっという間に終わってしまうでしょうけど)』

「風よ、吹け!」


そよっ。


「師匠! 今の見ました!? ちょっと強くなりましたよ!」

『はいはい。見てましたよ。』

『ですから、そのままそこで大人しくしていてください。』

「よし、次はもっと強く――」

『ステイ。』

「だから犬じゃないって!」



作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。