115 その子は化け物だ
あのばばぁ、力いっぱい殴りやがって。マジでいてぇ。
しかも、何が腹立つって、あのケモ耳野郎と化け物が、
こっちを見て失笑しやがったことだ。
このソフィー・シュトゥルム・ガイアースブルク、一生の不覚。
だから、ばばぁ。あの化け物は危険なんだって。
そんな私を引きずりながら、ばばぁは屋敷の廊下を進んでいく。
こら、お前ら笑うんじゃない。
途中ですれ違う軍人や、その家族が私を見て笑っている。
どいつもこいつも顔見知りだ。久しぶりに帰ってきた侯爵家の娘が、
祖母に襟首を掴まれて引きずられているのだから、
そりゃ面白いだろうさ。
おい、ばばぁ。
分かったから。ちゃんとついて行くから離しやがれ。
何度言っても離してくれないので、私は諦めて腕と足を組んだ。
まったく、いつまで経っても餓鬼扱いしやがって。
もう私は大人なんだ。帝国学園だって、席次上位で卒業したし、
騎士団に入れていたら、
今頃は小隊長か中隊長くらいにはなっているはずだ。
そんな私を、ばばぁは会議室の扉を開けるなり、
そのまま中へ放り込んだ。
くそう。本当に物扱いしやがって。
私は空中で身体を捻り、一回転して床へ着地する。
中にいた奴らが、何事かと一斉に身構えた。
だが、じい様が大きなため息をついて片手を上げたことで、
皆は構えを解く。
「よう、じい様。久しぶり」
最後に会った時より老けたか?
いや、結構痩せた気がするんだが。
「まったく……久しぶりに顔を見たと思ったら」
じい様――ロビン前ガイアースブルク侯爵が額を押さえる。
「どんな入室の仕方をしているんだ。皆様の前で無礼だろう」
呆れられた。
「小さい頃から、全然変わらないな」
そいつは無理というものだぜ、じい様。
私は物心つく前から、ばばぁやアルマ様、
そして皇后様の武勇伝を聞きながら育ったんだ。
伝説の《雷霆の三華》の活躍。
憧れないはずがない。
くそう、羨ましいぜ。私も同じ時代に生まれたかった。
そして騎士になれずとも、武勲を上げてやるのに。
だから全部、ばばぁが悪いんだ。
子守と称して武芸を仕込んだ、ばばぁとアルマ様がな。
「あらあら、私が悪いの?」
げっ。
なんでここにアルマ様がいるんだよ。
よく見れば、宰相様までいるじゃないか。
しかし、相変わらず若いなぁ。とても孫がいるとは思えん。
まあ、それを言ったらばばぁもそうだが。
この世代はまだ戦争中で、子供を作れる年齢になると、
自分が戦死しても家を存続させるために早く結婚して子供を作った者が多い。
おかげで、ばばぁどころか、ひい爺さんまでいる。
そのひい爺さんがまた酷い。
「身内とはいえ贔屓はせんぞ」
とか言いながら、帝国学園では私をこき使いやがって。
どいつもこいつも性格悪いぜ。
これだから学者肌の奴とは合わねぇんだ。
親父も兄貴も、魔術、魔術、魔術って。
飯の時まで術式がどうとか討論しやがって。
飯が不味くなるってんだ。
部屋に籠もって計算ばかりしているより、
外で剣を振るっている方が気持ちいいだろう。
「本当に、全然変わってないわね」
アルマ様が私を眺めながら苦笑する。
「苦労するわね、リオニー」
そう言って、ばばぁへ同情するような視線を送った。
これでも剣の腕は上げたのですよ。
道場破りをして師範を倒したり、
仕返しに来た奴の闇討ちを返り討ちにしたり。
魔物被害に遭っている村を助けたりと、
ここ数年の武者修行で色々経験しました。
その辺の騎士には負けません。
これで私も、憧れのプリンセスガードに――。
「なるほど。確かに腕は上げたようだが」
突然、横から駄目出しが飛んできた。
「礼儀作法も言葉遣いも直っていない。
状況把握能力も、たいして培われていないようだな」
誰が成長してないだと。
私は勢いよく声のした方を見る。
……げっ。
「た、隊長……」
なんでミレディア様がいらっしゃるのですか。
私は反射的に姿勢を正し、敬礼する。
ミレディア様はそんな私を見て、深いため息をついた。
「はぁ……昔から何度も言っていただろう」
「プリンセスガードというのは通称であって、
彼女達は姫様を支える侍女だと」
「一人称が『俺』から『私』に直ったことだけは認めよう。
だが、侍女としてはどうなのだ」
指を折りながら、次々と質問が飛んでくる。
「掃除は?」
「洗濯は?」
「接客は?」
「茶の一つでも淹れられるようになったのか?」
「書類整理はどうした?」
うっ。
ええと……。
「中型の魔物なら、一人で討伐できるようになりました」
ミレディア様が顔を覆った。
「だから、武力は必要最低限あれば問題ないと言っている」
「必要なのは礼儀作法と事務能力だ」
何も答えられない私を見て、部屋のあちこちから笑い声が漏れる。
ええい。
こんな姿をアンリシア姫様に見られたら、
自室に籠もって二度と出て来られなくなるぜ。
「なんじゃ。我に何か用か?」
…………。
振り向く。
そこには、いつの間にかアンリシア姫様が立っていた。
「ひ、姫様……!」
なんで姫様までこんな所に。
私は冷や汗を流しながら、慌てて最敬礼する。
お久しぶりでございます。
あの第一皇子が婚約破棄をやらかして、
取り巻き共もまとめてどつき回した時以来でございます。
いやぁ、あの時は爽快でした。
いけ好かない馬鹿共を思い切りどつけて最高でした。
……って、今はそんなことを言っている場合じゃない。
よく見ると、姫様も隊長も武装されている。
もしかして、援軍ですか。
我が領地の危機に駆けつけてくださるなんて。
流石です、姫様。
最高です。
私が一人で感激していると、部屋へ一人の男が入ってきた。
ドワーフ?
……いや、ヒュマ族か。
ドワーフなら、あの体型でも中身は筋肉に覆われている。
この男はただのメタボだ。
しかも、軟弱そうな服装。
コックか?
我が家の新しいコックなら鍛えねば。
魔術馬鹿の家だが、そんな体型は許さん。
徹底的に鍛え直して――。
って。
貴様、姫様に馴れ馴れしく話しかけおって。
しかも姫様も普通に答えている。
我が家の料理人ではなく、姫様専属のコックか何かか?
流石姫様。
戦地にまでコックを連れてくるとは優雅だ。
戦場に楽隊を連れてくる馬鹿貴族もいるが、
コックなら体調管理のためにも重要だ。
毒殺の危険もある。
日頃から信用できる者を連れて歩くのは正しい。
そう感心していると、先程のケモ耳娘と化け物が部屋へ入ってきた。
化け物がケモ耳娘の腕から飛び降り、
嬉しそうにコックへ駆け寄っていく。
そして、そのコックが化け物を抱き上げた。
さらに姫様まで、
「おお、元気じゃのう。飯は食ったか?」
と、無警戒に手を伸ばす。
「姫様、危のうございます!」
私はファルシオンを抜いて構えた。
「貴様! 姫様から離れろ!」
姫様を守るために飛びかかろうとした。
――が。
動けなかった。
首筋。
脇腹。
背中。
気づけば、隊長、アルマ様、そしてばばぁの三人が私を取り囲み、
それぞれの武器で身体の急所を押さえていた。
動けば斬られる。
いつの間に。
姫様がそんな私を見て、深いため息をつく。
くそう。
今日はため息をつかれてばかりだ。
「で、何が危ないんじゃ?」
姫様は、コックから化け物を受け取ると、普通に腕の中へ抱き上げた。
「今、この部屋で一番危ないのは、そなたじゃろう」
「昔から、そそっかしいのう」
くっ。
羨ましい。
……じゃなくて。
「姫様! そいつは危険です! 処分しなくては!」
隊長の剣が喉元に当たっていて話しにくいが、なんとか口にする。
「もうよい。離してやれ」
姫様の言葉で三人の武器が引かれ、ようやく自由になった。
ゴツン!
「痛ってぇ!」
次の瞬間、ばばぁの拳骨が私の頭へ落ちた。
結構本気だ。
あまりの痛さに、手にしていたファルシオンまで床へ落としてしまう。
「言ったでしょう。今は戦時下で、みんなピリピリしていると」
ばばぁが冷たい目で私を見る。
「不用意に武器を抜くなんて、殺されても文句は言えませんよ」
いや、だから話を聞けって。
「それに、この程度で獲物を手放すとは、
一体何の修行をしてきたのですか」
くそう。
事実だけに文句が言えねぇ。
武器は納めているが、三人から感じる圧がすげぇ。
気づいたら、私は床に正座していた。
そんな私を、ケモ耳娘と化け物が見ていやがる。
「ウォフッ」
ちくしょう。
「それで」
ばばぁが腕を組む。
「話してもらいましょうか。どうしてシロちゃんが化け物なのか」
その身体に魔力が纏われる。
バチッ、と髪の間を小さな雷が走った。
私は姿勢を正す。
いいだろう。
話してやる。
これを聞けば、あの白い奴が化け物だって、みんなにも分かるはずだ。
◇
あれは、武者修行で北の大地へ行っていた時だ。
「あっ、姫様。ブルボン公爵領にも行きました」
話の途中だが、思い出したので報告しておこう。
「収穫祭とローズ、オスカーの結婚式には間に合いませんでしたけど、
あの二人、幸せそうな顔をしていましたよ」
新婚ほやほやで、こっちに幸せを見せつけてきて、もう大変でした。
それと聞きました。
帝都へ行って、姫様の書記官として働くんですよね。
羨ましいです。
あと、吟遊詩人の歌。
あの二人の馴れ初めから、婚約破棄という試練。
そして『大地母神』様の祝福を得て結ばれるまで。
いやぁ、あちこちで歌われていましたよ。
ローズの奴、顔を真っ赤にして悶えていました。
本人は、
「歌の内容、ほとんど創作だから!」
って叫んでましたけど。
同級生として。
友として。
側で見てきた私から言わせてもらえば、もっと盛っていいと思います。
それくらい、あいつは苦労したんだから。
うんうん。
それと姫様。
吟遊詩人の歌といえば、魔王退治の歌。
あれも感動しました。
流石姫様。
憧れます。
痺れます。
ああ、なんで私、その場にいなかったんだろう。
なんでアルマ様はともかく、ばばぁまで活躍しているんですか。
そこは私でしょうに。
きーーーーっ!
ばばぁの勝ち誇った顔が憎たらしい。
えっ?
アルマ様だけじゃなく、勇者パーティーもここへ来ているんですか?
後で会わせてください。
姫様の勇姿を聞かなくては。
……嘘でしょ。
そのケモ耳娘も、そこにいて活躍した?
まさか。
吟遊詩人の歌に出てくる《白狼の若き戦士》って、そいつなんですか?
グレートアックスを振り回して、
魔物をバッタバッタと斬り倒したっていう――。
嘘だ。
なんで、そのケモ耳娘が姫様の側で活躍して、私が話に出てこないんだ。
そこは私でしょう。
私は床に両手をつき、涙を流しながら崩れ落ちた。
ああ……。
姫様の側で戦うために、ずっと修行していたのに。
「ワフッ」
化け物の鳴き声で、我に返る。
顔を上げると、周囲の視線が痛かった。
そんな残念な者を見るような目で、私を見るな。
「ねぇ、リオニー」
アルマ様が、私を眺めながら首を傾げる。
「あなたの孫娘って、こんなに面白かったかしら?」
「私の記憶にあるソフィーって、
もっと才色兼備なイメージがあるのだけど」
アルマ様が言葉を止める。
「これじゃ、まるで……」
まるで、なんですかアルマ様。
私は何も変わっていません。
昔からこうです。
「もういいから、話を続けなさい」
ばばぁが腕を組み、またため息をつく。
おのれ。
今日で何度目だ。
覚えておけよ。
私はローズの所を出た後、そのまま北方の遊牧民の所へ向かった。
遊牧民と一緒に暮らし、
あの厳しくも自然豊かな広大な大地を駆け回っていると、
とても体力がつく。
時々魔物も出る。
それを退治して経験も積めるし、遊牧民からも感謝される。
いいことばかりだ。
それに比べて――。
私は窓の外へ視線を向ける。
ここは、相変わらず何もないな。
草一本生えていない。
「なぁ、じい様」
つい、口から言葉がこぼれた。
「気持ちは分かるけどさ。もう諦めろよ」
部屋の空気が変わった。
それでも私は続ける。
「神様が奇跡を起こして、それでもこれなんだろう?」
「人が何かしたくらいで、本当にどうにかなるのか?」
私は帝都生まれの帝都育ちだ。
だから、昔のこの土地を知らない。
でも、じい様達がどれだけ苦労してきたかくらいは分かる。
「でも、何の成果も出てないじゃん」
「ひい爺さんも、親父も兄貴も魔術に取りつかれたみたいに、
この地を蘇らせようと必死に研究してさ」
「母上も農家や錬金術師達と実験ばかりして」
気づけば、声が少し大きくなっていた。
「何もかもほっぽり出して」
「家族が全員揃ったのって、いつだよ」
「私、記憶にないぜ」
…………。
「もっと別のことに目を向けろよ」
「ばばぁが、元領民のために何をしているか知っているだろう?」
「この地は……もう駄目なんだよ」
言ってしまった。
「いつかは治るって言われていても、それ、いつだよ」
「私達が生きている間じゃ無理だって、学者も神様も言っていただろう」
「……現実を見ろよ」
部屋が静かになる。
言ってから。
後悔した。
そんなこと。
じい様も。
ここに残っている領民も。
分かっている。
分かった上で、諦められないんだ。
かつてのガイアースブルクを知る者達にとっては。
じい様が、少し悲しそうな顔をした。
「……悪かった」
私は頭を掻く。
「今のは私が悪かった」
「私の失言だ」
じい様達の気持ちを考えなかった。
「ああ……帝都に現れたっていう世界樹」
それでも。
もう一つだけ。
ずっと思っていたことが口から出る。
「なんで帝都なんだろうな」
「なんで、この地に現れてくれなかったのかな」
帝都なんか。
もう十分だろう。
放っておいても栄えていく。
「まったく、新しい魔法使いも気が利かないぜ」
その瞬間。
部屋にいる何人かが、一斉に先程のコックを見る。
……なんだ?
なんかあったのか。
「いいから、話を続けなさい」
ばばぁが苛立った声で促す。
なんだよ。
私が悪かったって。
じい様達の気持ちを考えなかった私が。
そんなに怒るなよ。
「で、遊牧民と一緒に過ごしていた時、雪崩が起きたんだよ」
私は話を元へ戻した。
毎年、この時期には雪崩が起こるらしい。
でも今年は、回数も規模も明らかに大きい。
遊牧民の部族にいる魔術師も、
「何かがおかしい。不吉だ」
と言っていた。
だったら、いっちょ調べてやろう。
そう思って、雪崩が起きた場所へ向かった。
そこで――。
「あいつらに出会った」
「白い、大きな化け物だ」
「ワフッ! ワフッ!」
姫様に抱かれていた白い化け物が、突然激しく吠え始めた。
ほら見ろ。
何か関係あるんじゃないか。
思いっきり反応していやがる。
白い大きな化け物。
そう言った途端。
ばばぁの呆れた目が、一気に鋭くなった。
ようやく本気で話を聞く気になったな。
見ていろよ。
ここからだからな。
「私が見た白い化け物は二体」
「四足歩行で、全身にとんでもない魔力を纏っていた」
低く唸っていた。
近づくだけでも、肌がピリピリした。
もう少し観察しようと近づいた時。
そいつらは突然、南へ向かって走り出した。
「だから、見失わないように追いかけたんだよ」
しんどかったぜ。
あいつら、本当に速くて。
私も身体強化を足へ集中させて追いかけた。
それでも、全然追いつけない。
仕方なく。
残された魔力の残滓を辿った。
でも。
途中で、その痕跡まで消えた。
「どうしたもんかと思って探していたら、遠くが騒がしくなってさ」
何かあった。
そう思って向かった。
そして――。
「そこに行ってみたら、
その化け物が騎士団相手に暴れているじゃないか」
部屋の空気が張り詰めた。
「すごかったぜ」
私は思わず笑う。
いや。
今思い返しても笑うしかない。
「天下の帝国騎士団が、宙を舞ってたからな」
吹き飛ばされる。
叩きつけられる。
何人掛かりで攻撃しても、まるで相手にならない。
「何もできず、一方的だぜ」
「あんな化け物、初めて見た」
ええと。
確か。
騎士団が出張らないとどうにもならない魔物が、グレーターだったか?
その騎士団ですら相手にならない。
「だったら、エルダーか?」
自分で言って。
背筋が寒くなる。
「エルダーって、人類の危機だろ」
「それこそ、帝都にいる魔法使いに出張ってもらわないと」
…………。
私の言葉で。
部屋が静まり返った。
「ワフッ! ワフッ!」
白い化け物が、何か必死に訴えている。
でも。
化け物の言葉なんて、誰も分からねぇよ。
「店長さん……」
あのケモ耳娘が、先程のコックへ縋るような目を向けた。
けっ。
魔王退治の英雄様が、そんな情けない声を出すんじゃねぇ。
それに。
そいつはただのコックだろうが。
「その話、本当なの?」
ばばぁが真剣な顔で確認してくる。
「こんなことで嘘つくわけないだろ」
私は即答した。
「その白い化け物が、騎士団を蹂躙して、そのまま更に南下した」
「こっちへ向かったんだ」
「ガイアースブルク領へ」
だから。
私は急いで追いかけてきた。
そして。
ようやく領地へ辿り着いた。
街が無事なのを見て、心底安堵した。
そこで見たのが――。
「こいつだ」
私は白い化け物を指差した。
大きさは違う。
でも。
見た目は同じ。
「間違いない」
「さっきのデカい奴が擬態しているか」
「あるいは同族だ」
「なっ?」
「分かるだろ。今のうちに処分しないと――」
ようやく。
部屋の全員の視線が、白い化け物へ集まった。
白い奴は姫様の腕から飛び降りると、
先程のコックの足元へ走り寄り、何度も吠える。
その化け物を。
コックが抱き上げた。
まるで落ち着かせるように、背中を撫でる。
ばばぁも暫くその様子を見ていた。
そして。
「大丈夫よ」
ばばぁが言う。
「シロちゃんは、ヴァルナ殿の使い魔だから」
…………。
ああん?
使い魔?
「あいつ、コックじゃなくて魔術師なのか?」
でも。
魔力なんて何も感じない。
それとも。
私にも気づかせないほどの凄腕で、正体を隠しているのか。
うちは魔術師一家だ。
魔術師とそうでない奴の区別くらいはつく。
魔術師相手にそこを見誤ったら、本当に痛い目を見るからな。
「ヴァルナ殿は魔術師じゃないわ」
ばばぁが私の視線に気づいたのか、教えてくれる。
「料理人よ」
……そうなのか。
料理人。
つまりコックだろう。
私の目も曇っていなくて安心したぜ。
でも。
「だったら、なおさら危ないだろ」
私は白い奴を指差す。
「そいつが使い魔だろうと危険なものは危険だ」
「その男がただのコックなら、
使い魔が離反した時に取り押さえられないだろう」
どうせ。
コックだから。
偶然エサでもやって、懐かれたとか。
そんなところだろう。
私は更に、白い奴の危険性を訴えようとした。
だが――。
「シロはヴァルナの使い魔じゃ」
姫様の声が響いた。
静かな声。
なのに。
部屋全体に圧がかかる。
「問題ない」
私だけじゃない。
先程まで動揺していた部屋の者達も、その一言で黙った。
流石に姫様のお言葉でも。
危険なものは危険です。
そう口を開こうとした。
その時だった。
「敵襲! 敵襲!」
突然。
屋敷中へ警報が響き渡る。
「魔物の軍勢が接近中!」
部屋の空気が一変した。
皆が一斉に立ち上がり、そのまま部屋を飛び出していく。
私も床に落としていたファルシオンを拾い上げ、
背中へ背負って後を追った。
ああ、もう。
本当に危険なのに。
こうなったら。
とっとと魔物共を蹴散らして。
もう一度、きっちり話をしなくては。
師匠のニューワールド講座 108
~雷霆の三華編~
「師匠」
『なんです。』
「前からちょくちょく出てきた《雷霆の三華》ってなんです?」
「厨二ネーム全開で、カッコイイんですけど。」
『そうですねぇ。』
『《雷霆の三華》――ディー・ドライ・ドンナーリーリエンと読みます。』
「やっぱりカッコイイ。」
『そうですか?』
師匠はそう言いながら、三人の名前を挙げていく。
『まず一人目。アンリの母様である――』
『マリー・モナート・ソルヴェイン・ドンネル・アステリア。』
『そして、トール夫人こと――』
『アルマデッタ・ヴァル・セイレス・ミョルニル。』
『最後に、ハーケン夫人こと――』
『リオニー・アルス・フェルセア・ガイアースブルク。』
『この三人のことですね。』
「皇后様と、トール夫人とハーケン夫人……」
『ええ。』
『三人は身分こそ違いますが、学生時代の同級生。
親友であり、そして互いに競い合うライバルでもありました。』
「へぇ……昔から三人一緒だったんですね。」
『そうですね。ですが、三人が《雷霆の三華》として
名を馳せるようになったのは、その後です。』
『二百年戦争が終結した後も、世界各地では紛争が続いていました。』
『その戦乱の中で三人は再会し、共に戦うようになります。』
『軍上層部も、三人が組んだ際の作戦成功率の高さに目をつけましてね。』
『いつしか、三人を一つのチームとして運用することが多くなりました。』
「そんなに相性が良かったんですか。」
『それはもう。』
『三人とも雷属性の魔術を得意とし、雷を放ち、
時にはその身に雷を纏って戦場を駆ける。』
『そんな三人の姿から、いつしか――』
師匠が、わざと少し間を置く。
『雷霆。』
『そして、戦場に咲く三人の華――《三華》。』
『合わせて、《雷霆の三華》と呼ばれるようになったのです。』
「おおお……」
やっぱりカッコイイじゃないか。
『もちろん、名前だけではありませんよ。』
『一人一人でも相当な実力者でしたが、三人が揃えば、
その力は単純な三倍ではありません。』
『長年培った信頼と阿吽の呼吸。
互いの弱点を補い、長所を最大限に引き出すことで、
時には数倍もの戦力を発揮したと言われています。』
「そりゃ有名になりますね。」
『ええ。もう当時から、女性達の憧れの的でしたよ。』
「そんなに?」
『ヴァルナさんのいた世界で言うなら、
女性だけの歌劇団のスターみたいな人気でしょうか。』
「なんとなく分かるような……」
『もっとも、純粋に人気だけで広まったわけでもありません。』
師匠が少しだけ真面目な口調になる。
『二百年戦争が終わっても紛争は続き、
世の中には明るい話題がほとんどありませんでした。』
『そこで帝国軍も、若く美しく、そして実力もある三人を《若き英雄》として
大々的に宣伝したのです。』
「軍のプロパガンダですか。」
『それもありましたね。』
『ですが、実際に戦果を挙げていたのですから、
何もないところから作られた英雄というわけではありません。』
『そして、その人気をさらに押し上げたのがマリーです。』
『当時の若き皇太子――』
『ルートヴィヒ・デア・エローバラー・ソルヴェイン・シグルズ・アステリア。』
『彼と婚約し、やがて結婚。皇后となりました。』
「英雄が皇后に……」
『ええ。』
『それはもう、人気はうなぎ登りですよ。』
『吟遊詩人の歌から、ラジオの英雄譚まで。
《雷霆の三華》は今でも定番です。』
「ラジオまであるから、妙に現代っぽいんだよなぁ、この世界。」
『今さらでしょう。』
「ですよね。」
『まあ、ヴァルナさんにも分かりやすく言えば――』
師匠がこちらを見る。
『歴史に名を残した、ネームドユニットですね。』
「急にゲームっぽくなった!」
『実際、帝国学園に限らず、多くの学校で歴史の教科書に載っていますよ。』
「教科書に!?」
『ええ。歌劇にもなっていますし、
《雷霆の三華》を題材にした物語もたくさんあります。』
「そこまで有名なんだ……」
『ところで、ヴァルナさん。』
「なんです?」
師匠が、じーっと俺を見る。
なんだ。
嫌な予感がする。
『貴方も一応、魔法使いとして歴史に名を残す立場なんですよ。』
「一応って言わないでください。」
『果たして、後世ではどのように語られるのでしょうねぇ。』
「普通に、立派な魔法使いとしてじゃないですか?」
『…………』
「なんで黙るんです。」
師匠が上から下まで俺の身体を眺める。
そして、腹の辺りで視線が止まった。
「どこ見てるんですか。」
『いえ。』
『普段のヴァルナさんを見ていると――』
嫌な予感しかしない。
『英雄というより、ただの駄目なメタボのおっさんなんですけど。』
「歴史にそこまで正確に残さなくていいよ!」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




