114 その子は化け物じゃありません
子犬って可愛いですよね。
いえ、子犬に限らず、犬ってなんかモフモフしていて、こう、
なんていうか……とにかく可愛いです。
こうやって撫でていると、尻尾を振ってワフワフ言って。
目をキラキラさせて、そのつぶらな瞳で見つめられると、
私まで嬉しくなってしまいます。
昨日、店長さんが飼うことにしたシロちゃん。
いいなぁと思っていたら、
「ヘイムで飼うから、みんなで可愛がってね」
と言ってくれました。
ということは、私もエサをあげたり、
お散歩に行ったりできるのですね。
『上手いこと、散歩とエサ当番を押し付けましたね』
師匠さんがそんなことを言っていましたけど、
きっとみんなで代わる代わるすればいいと思います。
こんなに可愛いのですから、みんな喜んでお世話しますよ。
しかし、昨日は大変でした。
店長さんが姫様に拳骨を貰って、ホームをのたうち回っていました。
あれ、海底都市で私もされましたけど、とても痛かったです。
普段から貰っている恵子ちゃんとか斎藤君はすごいですね。
普通に受けて、頭をさするだけで済むなんて。
私は涙が出ちゃいましたよ。
ああ、恵子ちゃんって、いつも元気な鈴木さんね。
鈴木さんって呼んでいたら、
「恵子って呼んで。その代わり、私もハルって呼ぶから」
って。
最近はハルッチって呼んできます。
名前の最後に『ッチ』と付けて呼ばれるから、
最初はなんだかむず痒かったけど、最近はもう慣れてきちゃいました。
で、その後は、みんなでホームに正座させられてお説教。
シロちゃんも一緒にお座りして、しゅんとしていて可愛かったなぁ。
みんなでその姿に和んでいたら、更に姫様が怒って。
でも、その姫様もホームのど真ん中で説教を始めたものだから、
列車から補給物資を降ろしている人達から邪魔扱いされていました。
あの人達、絶対、姫様のこと知らないよね。
知っていたら絶対あんな態度取らないもの。
姫様も「すまぬ、すまぬ」とペコペコ頭を下げていて、
それを見たみんなが笑ったら、更に怒られて、もう大変でした。
迎えに来たミレディ様なんて、
ホームの隅で私達を説教している姫様を見て、呆れていたもの。
あれ、あの後、敵襲がなかったら、
姫様も座らされてミレディ様から説教されていたよね。
でも……敵襲かぁ。
突然、警報が鳴り響いて、シロちゃんが驚いて店長さんの懐に隠れました。
周りの駅員さんや軍人さん達が一斉に慌ただしく動き出して、
あちこちから大声で指示が飛び交って……すごかったです。
ヘイムで魔王と戦った時とは、また違いました。
突然のことで、とても心の準備なんてできませんでした。
姫様とミレディ様に連れられて、
最初にいた会議室で隠れているように言われました。
姫様やミレディ様はもちろん、トール夫人やハーケン夫人も武装して、
すぐに部屋から出て行きました。
恵子ちゃんや雪菜さん達、戦える勇者の人達には、
「この部屋で春香様や宰相様など、非戦闘員を守るように」
と命令が出ました。
攻めてきているのは知能のない魔物が多いけど、中には知恵のある魔物や、
それを操る魔族などがいるかもしれない。
戦える者が外へ出た隙をついて襲ってくる可能性があるから、
注意するようにと言われたのです。
そう言われなければ、
恵子ちゃんも雪菜さんも武器を持って飛び出しそうだったもんね。
私も、ついグレートアックスを出して突撃しそうになっちゃいました。
そうよね。店長さんやシロちゃん、柑奈ちゃんを守らないと。
春香様や宰相様も国にとって大事な人だし、特に春香様が怪我でもしたら、
リナやソレイアちゃんが泣いてしまうわ。
時計を見ると一時間くらいだったけど、とても長く感じました。
館内放送で魔物が撤退したと聞くまで、ずっと緊張しっぱなしでした。
でも、松平君達がその放送を聞いた途端、
一斉にトイレへ駆け込んでいったのには、
少し笑ってしまいました。
みんな緊張していたんですね。
騒ぎが落ち着くと、私達は護衛に囲まれてガイアースブルク侯爵様の
お屋敷に向かいました。
途中の街並みは荒れていました。
戦闘の直後ということもあるかもしれないけど、
人が生活している感じがまるでありません。
本当にここは、街というより軍事施設や研究施設なんだ。
宰相様曰く、昔はここも整然とした街並みが広がり、
大勢の人が住んでいて、とても賑わっていたそうです。
でも、今は軍人さんくらいしかいません。
魔物は手当たり次第に暴れていて、何が目的なのか分からない。
ただ本能に任せて暴れているのかと思えば、
確かに指揮をしている者がいるらしく、気を抜けないと言われました。
到着したガイアースブルク侯爵様のお屋敷は、
西園寺公爵様のお屋敷とは全然違いました。
塀は高く、庭には花一つありません。
代わりに物資が山積みになっています。
お屋敷の窓も固く閉ざされ、避難してきた街の人達でしょうか。
何人もの人が板を打ち付けて、窓を補強していました。
中に入ると大勢の避難民がいて、
怪我をした軍人さん達があちこちで治療を受けています。
魔王戦の時のヘイムを思い出しました。
部屋に案内されて、板で補強された窓の隙間から外を見ると、
街のあちこちから煙が上がっているのが見えます。
西園寺公爵領や海底都市で楽しく騒いでいたのが、まるで嘘のようでした。
その後、食堂に集まって今後のことが話し合われました。
西園寺公爵領を出発した時とは状況が変わっています。
春香様や宰相様をはじめとした
非戦闘員を飛空艇で帝都まで運ぶ案が出ましたが、
「帝国東部の見回りや物資輸送に使っている数少ない飛空艇を、
我々だけのために使うわけにはいきません」
と宰相様が断りました。
前侯爵様や軍人さん達が、
「帝国の要人なのですから、ご自身の安全を第一に考えてください」
と説得していましたが、魔族の目的が分からない以上、
飛空艇も絶対に安全なわけではない。
空中で襲われたら、それこそ助からないと
宰相様に言われて、押し切られていました。
ならば鉄道で、という話になりましたが、それも走行中に襲われれば、
この荒野の真ん中に投げ出されてしまいます。
逆に宰相様から、
「なぜ我々がガイアースブルク侯爵領へ到着する前に連絡を入れ、
引き返すよう指示しなかったのです?」
と問われ、軍人さんの一人が血相を変えて
部屋から飛び出していきました。
後で聞いたのですが、連絡を入れたはずの人が消えていて、
後日、街外れで見つかったそうです。
口封じではないかと言われていました。
帝都からの応援についても話し合われました。
第1騎士団は銀星祭が終わり、
続々と帝都へ集まる貴族達の護衛や治安維持のため、
すぐには動けない。
他の騎士団も帝国各地に散っていて、移動には時間がかかる。
北で大型の魔物に襲われた第5騎士団が再編して、
ここへ来るのが最も早いらしいです。
早くて三日。
それまで耐え、第5騎士団が到着したところで挟撃する。
それが一番安全で確実だということになりました。
それが昨日の話。
夜が明けた今日、私達にはガイアースブルク侯爵様のお屋敷の中だけ、
自由に行動することが許されました。
敵襲があれば、すぐに屋敷内へ戻ることが条件です。
姫様達は武装して、軍人さんを率いて街の見回りに行っています。
なにせ、姫様、トール夫人、ハーケン夫人は、
今ここにいる戦力の中だけでなく、
帝国でも有数の戦闘力を持っています。
三人がいるだけで軍人さん達の士気も上がり、
避難している人達にも少し笑顔が見えるようになりました。
恵子ちゃんや雪菜さん達は子供達と遊んだり、
洗濯を手伝ったりしています。
店長さんは、お屋敷のキッチンで料理人さんや
主婦の方々と一緒に料理をしています。
戦時下ということもあって、
今はお屋敷のキッチンで全員分の料理をまとめて作っているそうです。
店長さんも最初は他の手伝いをしようとしたみたいだけど、
子供の遊び相手は疲れるし、掃除はともかく、
洗濯は大雑把だから駄目だと断られていました。
私も、店長さんはそういうことよりキッチンにいる方がいいと思います。
店長さんも楽しそうだし。
早くヘイムのキッチンにも戻ってきてくれないかな。
親方達からは、これに関しては何も言うなと言われています。
戻ってきた時は、黙って受け入れてやれ、と。
「そういうお年頃なんじゃ」
と言われたけど、よく分かりませんでした。
でも、きっと戻ってきてくれると信じています。
あそこが店長さんの居場所なんだからね。
シロちゃんはキッチンには入れないので、私が預かりました。
子供達にも人気で、一緒に遊びたがっていたけど、
病み上がりだし、まだ子犬だから危ないと言って諦めてもらいました。
今、シロちゃんが食べているのは、店長さんに作ってもらったご飯です。
炊いたお米に、お肉と野菜を煮たものをかけています。
美味しそうだったけど、
「犬用に薄味だから、食べても美味しくないよ」
と言われました。
私、そんなに食いしん坊キャラじゃありません。
ねっ、シロちゃん。
「ワフッ」
返事をしてくれました。
可愛い。
そんなシロちゃんを眺めながら、私は――ふと、何かを感じました。
さっきまでとは違う気配。
私は反射的に立ち上がると、シロちゃんを庇うように前へ出て、
グレートアックスを構えます。
「誰です。出てきなさい」
シロちゃんも食事を止め、私の足元で耳を立てました。
「ふーん。私の気配に気づくとは、やるじゃないか」
声がしました。
逆光で顔まではよく見えませんが、
積まれた資材の上に誰かが立っています。
背中には、その身体に比べて不釣り合いなほど
大きな剣を背負っていました。
確か、ファルシオンとかいう大剣です。
決闘騒ぎの時、武器選びをしていた際に
スミズル親方の武器庫で見たことがあります。
私には少し重さが足りなかったから選ばなかったけど、
あの人が背負っているものは通常のファルシオンよりも大きく、
刀身の幅も広い。
見た目だけで判断してはいけません。
きっと私みたいに、何かスキルを持っているのかもしれない。
「その化け物を渡しな」
化け物?
何を言っているのでしょう。
私は周囲の気配を探ります。
化け物なんていません。
ここにいるのは私とシロちゃん。
少し離れた場所に作業をしている軍人さんや避難民がいるくらい。
あとは――目の前の、この不審者。
「何キョロキョロしている。お前の足元にいる、その白い奴だ」
不審者が背中の大剣を抜き、その切っ先をシロちゃんへ向けました。
「なっ、シロちゃんは化け物なんかじゃありません!」
思わず声を荒らげます。
「店長さんの、ヘイムの新しい家族です!」
私が不審者を睨みつけた、その瞬間。
不審者が資材の上から跳びました。
速い!
私は咄嗟にグレートアックスを持ち上げ、
振り下ろされた大剣を受け止めます。
ガァンッ!
金属同士が激しくぶつかり、腕に重い衝撃が走りました。
「何をするんです! 危ないじゃないですか!」
「うるせぇ! とっととその化け物を渡しな。処分してやる!」
不審者は私を押しのけるように剣を滑らせ、
そのままシロちゃんを狙います。
させない!
私はすぐに間へ入り、大剣をグレートアックスで弾き返しました。
「邪魔するんじゃねぇ!」
不審者が次々と大剣を繰り出してきます。
速い。
一撃、二撃と受け止めますが、防ぐだけで精一杯です。
しかも、このままでは、そのうち受け止めきれなくなる。
焦った私は、大きく踏み込んでグレートアックスを横薙ぎに振るいました。
しかし、不審者は大きく後ろへ跳んであっさりと躱します。
「ほう。威力だけはありそうだ。伊達に大物を振ってないな」
不審者は着地すると、大剣を何度か軽く振るってから構え直しました。
余裕があります。
確かに、これはプリンセスガードの皆さんにも言われたことです。
私には一撃の威力はある。
でも、それを相手に当てるための技術がまだ備わっていない。
その辺の格下相手なら無双できるけど、きちんと修行をした相手なら、
たとえ格下でも負けることがある。
冷静に防御し、戦いを組み立てることのできる相手には、
手も足も出なくなる、と。
まいったなぁ。
この不審者、私より腕が上だし、とても冷静です。
間違いなく格上だ。
この間にシロちゃんには逃げてほしかったけど、
私の横で唸りながら不審者を威嚇しています。
とても逃げてくれそうにありません。
誰か、この騒ぎに気づいて来てくれないかな。
シロちゃんを守りながらだと……負けちゃう。
「いくぞ」
不審者が掛け声と共に、勢いよく地面を蹴りました。
来る!
私は覚悟を決めてグレートアックスを構えて――呆れました。
だって、不審者が突然、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだからです。
「やめんか、馬鹿者」
ゴンッ! という、聞いているだけで痛そうな音。
不審者の後ろには、拳を握ったハーケン夫人が立っていました。
助かった。
「痛ってぇなぁ! 誰だ!」
不審者が頭をさすりながら立ち上がり、勢いよく振り返ります。
そして、固まりました。
「げっ、ばばぁ――」
ゴンッ!!
その瞬間、大きな音を立てて、不審者は再びしゃがみ込みました。
今度は不審者の頭と、ハーケン夫人の拳から煙が出ています。
シロちゃんがハーケン夫人を見て、そっと私の後ろへ隠れました。
そうね。
あれは痛そうだよね。
「なんですか、その口の利き方は」
ハーケン夫人が拳を握ったまま、にっこりと微笑みます。
「ソフィーという、知恵を意味する名を頂いたというのに。
こんなに粗暴に育って……一体、誰に似たのかしら」
不審者は、どうやらハーケン夫人の知り合いで、
ソフィーというらしいです。
「そんなの、ばばぁに似た――」
ソフィーは涙目でハーケン夫人を睨みます。
しかし、再び拳を構えたハーケン夫人を見て、途中で口を閉じました。
賢明だと思います。
「ごめんなさいね、ハルちゃん、シロちゃん」
先ほどまでとは打って変わって、
ハーケン夫人が笑顔でこちらへ近づいてきます。
ええと……戦闘は終わったってことでいいのでしょうか。
「怖かったよねぇ、シロちゃん」
ハーケン夫人は子供をあやすような甘い声を出しながら、
シロちゃんの頭を撫でます。
するとシロちゃんは、ころんと転がってお腹を見せ、尻尾を振り始めました。
それ、降参のポーズですよね。
笑顔ですけど、ハーケン夫人が怖いのは分かります。
ヘイムで逆らってはいけない人の一人です。
でも、怖いけど、とても優しい方ですよ。
普段はトール夫人と一緒に、ヘイムへ来る貴族や商人の相手をしながら、
私や学生達のような平民の従業員に礼儀作法を教えてくれます。
厳しいけど、とても親切に分かりやすく教えてくれて、
上手くできるとちゃんと褒めてくれます。
空いた時間はいつもお酒を飲んでいるように見えますが、
帝都のお屋敷から人が来て、色々と仕事もされています。
何度か側で見ることがありましたが、
帝都に住んでいる領民の方々が無事に生きていけるよう、
色々と手配されていました。
なんで、今は家臣でもない、
ガイアースブルク侯爵領から出て帝都に住んでいる
人達の面倒を見ているのだろうと不思議でした。
でも、今回ガイアースブルク侯爵領に来て分かりました。
好きで故郷を出たのではない。
ここでは生きていけなくなって、仕方なく帝都で暮らしていたのですね。
そんな領民の方々が無事に生きていけるように、
ハーケン夫人はずっと心を砕いていたんだ。
やっぱり、とても慈悲深くて、お優しい方です。
でも、最近、本当にお酒の量が増えてきているので心配です。
ご家族や領民の方々のためにも、なによりハーケン夫人ご本人のためにも、
お体には気をつけてほしいです。
「いや、だからさ。その化け物、危険なんだって。処分しないと」
いつの間にか復活したソフィーが、ハーケン夫人に言い寄ります。
しかし、ハーケン夫人はまるで相手にせず、
「大丈夫よ、この子は。ねぇ~」
と、更にシロちゃんを甘やかします。
「なにが『ねぇ~』だ。ばばぁがそんな声出したって可愛く――」
ソフィーは最後まで言葉を紡げませんでした。
いつの間にかソフィーの後ろへ回ったハーケン夫人に、
頭をぐりぐりされていたからです。
「痛い、痛い! やめろって! もう餓鬼じゃないんだから!」
「あら。武者修行と称して三年も音信不通になって、
戻ってきたと思ったら刃傷沙汰。
これのどこが『餓鬼じゃない』のか、説明してほしいわ」
どうやら、本当に戦闘は終了でいいみたいです。
私はシロちゃんを抱き上げて、改めてソフィーを見ました。
ソフィーの物言いといい、髪の色といい、目元といい……
なんとなくハーケン夫人に似ています。
親戚か何かなのかな。
どう思う、シロちゃん?
「ウォフッ」
そっか。
分かんないよね。
店長さんは今はまだできないそうだけど、
そのうちシロちゃんと意思疎通できるようになるそうです。
羨ましい。
ああ、私もシロちゃんと話したい。
しかし、こんなに可愛いシロちゃんを化け物呼ばわりするなんて許せません。
御使い様も、邪悪な存在ではないと言っていました。
ちょっと特殊な加護がかかっているけど、悪いものではない、と。
それに、もし魔物が犬に擬態していたとしても、私の鼻は誤魔化せませんよ。
シロちゃんは、とってもいい匂いがしますからね。
「さて」
ハーケン夫人の声が変わりました。
振り返ると、腰に手を当ててソフィーの前に仁王立ちしています。
「今までどこをほっつき歩いていたのか。
そして、なぜシロちゃんを襲ったのか。きっちり教えてもらいましょうか」
「いや、あのさ。別に大したことはしてなくて……」
「ほう。三年も旅をして、何の成果もなかったと?」
ハーケン夫人の髪に魔力が流れます。
バチッ、と小さな音がしました。
ああ……身体が帯電している。
「待って! ちゃんと話すから!」
ソフィーが慌てて両手を上げます。
しかし、もう遅かったようです。
ハーケン夫人はソフィーの襟首を掴むと、
そのままずるずると引きずり始めました。
「今、戦時下でみんなピリピリしているの」
「分かった、分かったから! 自分で歩けるって!」
「ちょうどロビンもアンリちゃんも戻っているわ。
みんなの前で話してもらいましょう」
私とシロちゃんは、そんなソフィーを見ているしかありませんでした。
「シロちゃん、あんな大人になったら駄目よ」
「ワフッ」
「て、てめぇ……!」
ソフィーが何か喚いていますが、無視です。
「ハルちゃんもシロちゃんも、いらっしゃい」
ハーケン夫人に呼ばれ、私はシロちゃんを一度降ろすと、
食べ終わった餌皿を片付けました。
やれやれ。
なんか、またうるさい人が増えたね。
これも店長さんの人徳なのかしら。
本当に、トラブルばかり呼び込むんだから。
その場にいない店長さんのせいにして、
私はシロちゃんを抱き上げ、ハーケン夫人達の後を追って歩き出しました。
「ワフッ」
師匠のニューワールド講座 107
~古代の軍事衛星編~
「師匠」
『なんです。』
「前回、会議にとんでもない物が出てきましたけど。
あんなの、映画とかでしか見たことないですよ。」
「本当にあるんですか。」
『ああ、衛星画像を使用しての軍事会議ですね。』
『あれも過去の文明の遺産ですよ。』
「やっぱり、アーティファクトみたいな物なんですか。」
『そうですね。
過去、この世界には宇宙にまで進出した文明がありました。』
『その文明の人類は滅んでしまいましたが、運よく残った物があるのです。』
『現在でも、いくつか衛星軌道上を回っていますよ。』
「まだ動いてるんですか!?」
『すごいですよねぇ。』
師匠も感心したように頷いている。
『ヴァルナさんの世界では、人工衛星の寿命は数年から、
長い物でも十数年、二十年程度の物が多いのでしょう?』
「そうだと思いますけど……」
『それなのに、こちらの物はもう何千年と経っているのに、
いまだに稼働しています。』
「何千年……」
もう人工衛星というより、宇宙を漂う古代遺跡じゃないか。
『まあ、使われている金属が魔法金属ですからね。
部品の消耗もほとんどありませんし、エネルギー源も魔法的な物です。』
『ですから、何か大きな問題でも起きない限り、半永久的に稼働します。』
「相変わらず、魔法金属って無茶苦茶ですね。」
『便利でしょう。』
師匠がなぜか自慢げに答える。
『もっとも、最初から人工衛星だと分かっていたわけではありません。』
『最初は古代遺跡から、いくつかの魔法板が発見されただけでした。』
「魔法板?」
『今で言う操作端末みたいな物ですね。
発見した当時の人々には、それが何なのかさっぱり分かりませんでした。』
『それが超帝国時代になって、ある転生者が使い方を見つけましてね。』
「嫌な予感がする。」
『狂喜乱舞しました。』
「やっぱり。」
『軍事衛星だ! と。』
「なんで、いきなり軍事利用なんですか!」
『人間ですから。』
「便利な言葉ですね、それ。」
師匠は俺のツッコミなど気にせず話を続ける。
『それによって、超帝国の全盛期には衛星からの偵察映像だけではなく、
位置情報の把握や衛星通信、遠隔兵器の誘導などにも利用されていました。』
『中には、衛星軌道上から直接攻撃できる物まで発見されたそうですよ。』
「それ、完全にSFじゃないですか。」
『魔術のある世界で今さら何を言っているのです。』
「いや、そうなんですけど……」
『まあ、そのほとんどは超帝国の内乱や、
異星からの侵略者との戦いで失われました。』
『残った衛星も、その時に詳しい操作技術や制御設備の多くが失われています。』
『ですから現在のアステリア帝国では、
こうやって衛星から地上の映像を見るくらいにしか使われていません。』
師匠が大きくため息をつく。
『しかも、よりによって軍事目的です。』
「でも、衛星なら他にも使い道がありそうですよね。」
『そうなんですよ!』
急に師匠が食いついてきた。
『せっかくスマートフォンの解析も進み、
それに似た魔道具まで開発されているのですよ。』
『位置情報を利用した案内、遠距離通信、天気予報。
災害の観測や船舶の航行支援だってできるでしょう。』
『どうして、もっと平和利用しないのでしょうか。』
「数が少ないからじゃないですか。」
『……その通りなのが腹立たしいですね。』
どうやら図星だったらしい。
『現在、アステリア帝国が利用できるのは、主に衛星映像程度です。』
『ですが、大陸連合国や他大陸の一部の国には、
衛星砲などを使用できる軍事衛星を保持している所もあります。』
「衛星砲……」
嫌な単語が出てきた。
『まあ、過去の戦争で散々使われましたからね。
それに対抗するための防御魔術や妨害魔術も編み出されています。』
『ですから、かつてのような決戦兵器ではなく、
今では強力な兵器の一つといったところでしょうか。』
「それでも十分怖いですよ。」
『そうですね。』
『対応できる魔術師が、その場に必ずいるとは限りませんから。
脅威度そのものは、今でもかなり高いですよ。』
「なんか、この世界って、
たまにファンタジーなのかSFなのか分からなくなりますね。」
『作者に言ってください。』
「…………」
そこは触れないでおこう。
『あと、数が少ないので、現在は軍事利用が最優先されていますが――』
師匠が、何やら悪そうな顔をする。
『もう少し数に余裕があれば、政府の要人などを常に追跡して、
弱みを握ったりすることにも使えますね。』
「もっと駄目な使い方じゃないですか!」
『実際、過去にはありましたよ。』
「あるんだ……」
『軍部や担当官が、自国の要人や有名人を勝手に追跡して弱みを握り、
脅迫に利用する事件が何度も起きましてね。』
『そのせいで、現在では軍事・治安維持などの正当な目的以外での
使用は禁止されています。』
「じゃあ、安心ですね。」
『表向きは。』
「表向きは!?」
『実際のところ、どうなんでしょうねぇ。』
「怖いこと言わないでくださいよ。」
ふと、一つ気になった。
「そういえば師匠は?」
『私がなんです?』
「衛星とか使って、地上を見たりするんですか。」
師匠は、何を当たり前のことを聞いているのだと言わんばかりに首を傾げる。
『私ですよ?』
「はい。」
『天界の住人なんですから――』
そして、ニッコリ笑った。
『衛星なんか使わなくても、見放題ですよ。』
「……」
『……』
「それ、一番駄目なやつじゃないですか?」
『さぁ、なんのことでしょう。』
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




