111 世界を好きになってほしい
先程。
アトランティス・ザ・ムーでは、俺が主賓として晩餐会に出ると聞かされて。
軽いパニックになった。
主賓ですよ、主賓。
お誕生日会ですら照れて碌に喋ることができない俺に、主賓なんて無理。
三つ子の魂百まで、というだろう。
この年になったら、むしろ余計に恥ずかしくて無理だよ。
接待する側なら、それなりに経験はある。
でも、される側なんて初めてだ。
時間だけが過ぎていく。
早く行かないといけない。
そう分かっているのに、なかなか踏ん切りがつかない。
それに。
晩餐会って、パーティーだろう。
そんな場に出る服なんて持ってないよ。
西園寺公爵家で晩餐会が開かれた時だって、
みんな衣装合わせとかしていたじゃん。
その横では。
ちゃっかりパーティー用のドレスに着替えたエマさんが、
ヘイムから持ってきた俺の服を次々と部屋に広げている。
どうやら、晩餐会に相応しい物を探してくれているらしい。
だけど。
一着を手に取っては首を傾げ。
別の一着を広げては、ため息をつく。
そして、ついに。
「旦那様」
エマさんが俺を見た。
「どれを着ても似合いませんから、適当でいいですか」
……投げやりになった。
流石に、それはないんじゃない。
「そのスーツでいいからさ」
俺は広げられた服の中から、一着を指差す。
「ほら、みんなで帝国学園に行った時のやつ」
するとエマさんは、にっこりと笑った。
「まあ、旦那様。流石です」
なんだ。
やっぱりそれが一番いいのか。
「ここでも、あの威圧的な服を着て皆様を脅すのですね」
……やっぱり、あの服そうだったのね。
あんなお揃いの服を、みんなで集団で着て。
学部長達から向けられていた、あの視線。
あれ。
怖い人を見る目だったのね。
みんな悪ノリして……。
学部長、ごめんなさい。
先程から何度も、使用人らしき人が部屋まで呼びに来ている。
もう。
それでいい。
一番マシだよ。
トントン。
また扉がノックされた。
もう何回目だろう。
「どうぞ。開いているよ」
先程から何度も繰り返しているやり取りだ。
〖失礼するよ〗
扉が開いた。
その向こうでは、使用人達が揃って畏まっている。
そして。
部屋へ入ってきたのは――。
「あっ、先輩」
先輩こと、七葉の魔法使いだった。
先輩はそのまま部屋へ入り。
背後の扉を閉める。
〖いやぁ、遅いから見に来ちゃったよ〗
そして。
部屋一面に広げられた俺の服を見る。
〖服装で悩んでいるのかい?〗
「まあ……はい」
〖普通の服でいいよ〗
そう言って。
先輩は自分のローブを脱いだ。
その下から現れたのは――。
……普通の部屋着。
「ほら」
先輩は平然と言う。
「僕みたいにローブを被れば、分からないよ」
そして椅子へ座った。
「みんな、ローブばかりに目が行って、中身なんて見てないからさ」
「『魔法使いだ』ってビビって、僕個人なんて見てない」
楽しそうに笑う。
「だから楽だよ」
「ローブ着て、少し不機嫌そうにしていたら、誰も話しかけてこないから」
……それでいいのか、魔法使い。
「ほらほら、早く」
先輩が俺を急かす。
「もう今のままでいいじゃない」
「晩餐会会場、大変そうだから早く行かないと」
えっ。
これでいいの?
それに。
「大変って、何かあったんですか」
俺が聞くと。
先輩が声を上げて笑った。
「それがさぁ」
「久々の外国からのお客様だって、みんな張り切っていたのに」
「完全に空振りしちゃって」
肩を揺らす。
「もう町内会の集まりの方が、まだマシって状態だよ」
何が起きた。
「誰かが行って、治めてあげないとね」
先輩が立ち上がった。
「ほら。ローブ着て行くよ」
と言われても。
俺は固まった。
……あのローブ。
着方が分からない。
いつも。
気づいたら着ている。
意識して着たことなんて一度もない。
そもそも。
普段どこにあるんだろう。
俺が困っていると。
先輩が俺の顔をじっと見る。
「ふーん」
一拍置いて。
「そこからかい?」
……そこからです。
〖ほら。こうやるんだ〗
先輩が部屋の空いた場所へ移動した。
〖僕のローブを見て、意識してごらん〗
そう言われて。
俺は先輩のローブを見る。
出てこい。
出てこい。
ローブよ、出てこい。
…………。
何も起こらない。
先輩は顎へ手を当て。
少し考えた。
〖うーん〗
そして。
師匠とエマさんを見る。
〖御使い様も、そこの頼りになる妖精さんも〗
〖攻撃の意思はないから、少し見ていてね〗
師匠とエマさんへ断りを入れて。
先輩は部屋の中央へ立った。
そして。
〖これは、近接戦闘用〗
一瞬。
先輩の姿が変わった。
さっきまでのローブ姿とは違う。
身体を守ることを最優先にしたような、重厚な装備。
魔力の圧まで変わった気がする。
エマさんが反射的に身構えた。
敵意がないと分かっているのに。
それほど、装備だけで感じる力が違うのだろう。
〖こっちは、遠距離戦用〗
また衣装が変わる。
今度は軽装。
それでいて、全身から魔力を効率良く放つような構造に見えた。
その後も。
治療用。
万能用。
威圧用。
工房用。
次々と衣装が変わっていく。
最後に。
一番最初のローブへ戻った。
「これね」
先輩が裾を軽く持ち上げる。
「魔法使いなら誰でもできる、衣装替え」
「状況に応じて、すぐに着替えられるようになっておかないと困るよ」
……なにそれ。
紅白かくし芸大会みたいな能力。
でも。
必要なの?
俺、戦闘なんてしないよ。
そう思っていると。
先輩は苦笑した。
「別に、戦えって言っているわけじゃないよ」
再び。
先程見せた衣装の一つへ変わる。
「例えば」
今度は、治療用らしい装備。
〖治療魔法の効果が上がる装備とか〗
先輩の声が少しだけ真面目になる。
〖誰か助けたい人がいる時に〗
〖これができませんでした〗
〖治療するのに力が足りませんでした〗
〖それで後悔してもいいの?〗
…………。
もっともだ。
何も言えない。
でも。
そんな装備。
俺は持っていない。
魔法使いのローブすら、まともに呼び出せないのに。
俺の表情を見たのか。
先輩はすぐに笑顔へ戻った。
〖他の魔法使いはすごいよ〗
ローブを脱ぎ先程の軽装に戻る。
「実は僕も、これ苦手でね」
……そうなの?
「僕なんて、ワンパターンの装備しかできないんだ」
「他の魔法使いはさ」
「一つの用途だけでも、何パターンも使い分けるからね」
少し呆れたような。
それでいて感心したような顔。
「よく冷静に状況に合わせられると、本当に感心するよ」
そして、再びローブを纏い。
俺を見る。
〖大丈夫〗
〖君にもできるよ〗
〖魔法使いの基本能力だからね〗
〖僕のをよく見て〗
〖自分にもできると信じて〗
〖あとは練習だね〗
装備については。
先輩は師匠へ視線を向ける。
〖御使い様に教えてもらいな〗
〖君に相応しいと判断したら、導いてくれるよ〗
〖ね?〗
『まだ早いです』
即答だった。
『魔法とは何かも、まだ理解できていませんし』
『魔力のコントロールすら、上手くできていません』
……厳しい。
トホホ。
〖ほらほら〗
先輩が笑う。
〖今は、とにかくローブだけでいいからさ〗
〖相棒に〗
〖その杖に頼んでごらん〗
俺は。
腰に下げていた世界樹の枝を握った。
お願い。
力を貸して。
ローブを頂戴。
そう念じる。
すると――。
世界樹の枝が。
震えた。
次の瞬間。
俺の身体を光が包む。
そして。
ローブが現れた。
「おお……」
本当に着られた。
「ありがとう」
俺が世界樹の枝へ声を掛けると。
枝が嬉しそうに光った。
〖よし〗
先輩が頷く。
〖じゃ、行こう〗
扉へ向かいながら、振り返る。
〖ああ〗
〖場を治めて乾杯したら、僕の工房に行くからね〗
〖魔法使いが二人もいたら、宴席どころじゃないから〗
そして。
師匠とエマさんを見る。
〖御使い様も〗
〖妖精さん……ええと、エマさんも来るかい?〗
師匠が頷く。
エマさんも。
当然という顔で頷いた。
こうして。
四人で部屋を出た。
◇
晩餐会会場へ向かって歩く。
しかし。
すれ違う人。
みんな。
俺達を見ると固まる。
そして。
無言で道を空ける。
……なんか申し訳ない。
先輩はともかく。
俺は。
そんなに大したものじゃありませんからね。
若葉マークどころか。
まだ仮免前の。
魔法使い(笑)ですから。
会場へ近づくにつれて。
騒がしい声が聞こえてくる。
……確かに。
俺が想像していた晩餐会とは違う。
そして。
会場へ入った瞬間。
さっきまでの騒ぎが嘘のように。
静かになった。
…………。
うう。
みんなの視線が痛い。
先輩の後ろについて歩き。
用意された席へ向かう。
俺の席。
お誕生日席じゃん。
……恥ずかしい。
そんなに注目しないで。
席へ着くと。
先輩が盃を掲げた。
俺も。
それに続く。
中身は酒。
俺は飲めない。
でも。
飲んだふりなら得意だ。
慣れたものだ。
〖私達がいては、折角の宴も窮屈であろう〗
先輩が穏やかに言う。
確かに。
みんな緊張してるもんね。
これじゃ。
折角の料理も楽しめないだろう。
〖私達は私達で楽しむから〗
〖あとは自由にしたまえ〗
そう先輩が言った。
そして。
次の瞬間。
目の前の景色が。
変わった。
さっきまでの宴会場ではない。
見知らぬ部屋。
◇
「ああー、疲れた」
先輩が一気に脱力する。
ローブを脱ぎ。
部屋の中にあった椅子へ座った。
「ああいう場、疲れるよね」
……めちゃくちゃ分かります。
「ああ」
先輩が俺達を見る。
「ここ、僕の工房だから」
「くつろいで」
「自分の部屋にいるみたいに、楽にしていいから」
そう言って。
指を鳴らす。
パチン。
俺とエマさんの後ろに。
椅子が現れた。
同時に。
小さな机も。
その上にはカップまで置かれている。
「君達、何派?」
先輩が聞いてくる。
「紅茶派?」
「それともコーヒー派?」
そして。
少し誇らしそうに。
「ちなみに僕は、コーヒー牛乳派」
俺は。
紅茶派。
そう答える。
すると。
何もしていないのに。
カップへ紅茶が注がれた。
エマさん。
そして。
師匠の分も。
……すごい。
指を鳴らすだけ。
カッコイイ。
『ヴァルナさんには無理ですね』
師匠。
即答しないで下さい。
『魔力コントロールがダメダメですから』
ぐすん。
だって。
未だに魔力の流れ。
よく分かりません。
「さて」
先輩がカップを手に取った。
中身は。
コーヒー牛乳というより。
ミルクコーヒーに見える。
「何から話そうか」
一口飲んで。
思い出したように。
「あ、そうそう」
俺を見る。
「ヴァルナ君って」
「料理魔法の使い手なんだって?」
そして。
とても良い笑顔になった。
「助かるわぁ」
……嫌な予感がする。
しかし。
先輩。
男性なんだろうか。
女性なんだろうか。
どちらにも見える。
声だけ聞けば。
女性らしい気もする。
でも。
男性にも聞こえる。
「今までさぁ」
先輩が愚痴り始めた。
「僕が一番若輩者だったから」
「宴会の度に、パシらされるのよ」
……魔法使いにも、そういうのあるんですね。
「あの人達さ」
「いきなり現れて、宴会要求してくるんだよ」
「その度に」
「世界中飛び回って」
「酒と料理を手配して」
ため息。
「もう大変」
「誰も料理できないからね」
「それなのに」
「既製品を用意するとキレるんだよ」
……めんどくさ。
「もう勝手だよね」
先輩は。
そう愚痴りながら。
俺の紅茶が減ると。
指を鳴らす。
カップへ紅茶が注がれる。
さらに。
茶菓子まで机へ並ぶ。
……随分。
手慣れている。
しかし。
今の話。
ということは。
次からは俺がやるのか。
既製品は駄目。
しかも。
世界中飛び回って料理集め。
……もしかして。
ファストトラベル?
あのチート。
宴会に使っていいの?
「だからね」
先輩が、俺を見る。
「ヴァルナ君も」
「世界中を旅するといいよ」
「ここ」
「アトランティス・ザ・ムーは、もう登録されているはずだから」
「他の魔法使いの工房とか」
「美味しい料理の名産地とか」
「登録しておくと便利だよ」
……用途。
ほとんどグルメ旅行じゃん。
「みんな、お気に入りの料理があってさ」
「ないと暴れるからね」
「大人げない」
本当に。
「ちなみに」
先輩は笑う。
「僕は西の大陸にあるトウモロコシ」
「あそこのトウモロコシ」
「甘くて美味しいんだ」
嬉しそうだ。
「バター醤油も好きだし」
「スープにしても最高」
…………。
それは。
俺に。
西の大陸へ行けということですか。
俺の問いに。
先輩は。
ものすごく良い笑顔で。
頷いた。
「まあ」
「すぐにとは言わないけど」
「行くといいよ」
そこで。
先輩の表情が。
変わった。
「冗談抜きでね」
「ヴァルナ君」
俺を見る。
「君」
「この世界の何を知っている?」
急に。
真面目な声。
俺は答えられなかった。
「別に」
「責めているわけじゃない」
「君」
「この世界へ来て」
「まだ一年経つか、経たないかだろう?」
…………。
そうだ。
もう。
この世界へ来て。
一年近くになるのか。
「魔法使いってさ」
先輩は。
少し考えながら話す。
「大袈裟だけど」
「世界の守護者なんだよ」
「傷ついて」
「痛んだ世界を癒して」
「そこに住む者達が」
「安心して暮らせるようにする」
そして。
指を組んだ。
「この世界が」
「神々の争いだけじゃなく」
「異星からの侵略者によって」
「死にかけているのは知っているよね」
それは。
師匠から聞いた。
何度も。
文明が滅び。
その度に。
世界の生命力を削ってきた。
神々の中にすら。
邪神。
トリックスター。
世界の滅びを望む存在がいる。
そして。
何より。
異星からの侵略者。
意思疎通すらできない。
ただ。
この世界。
この星の資源。
生命。
それらを。
ひたすら刈り取る存在。
「本当に」
先輩が。
低い声を出す。
「厄介なんだよ」
「異星からの侵略者」
「彼らは」
「一体、何者なんだろうね」
先輩が。
指を振った。
すると。
空中へ。
幾つもの映像が浮かんだ。
異形。
機械のような物。
生物のような物。
どれも。
統一性がない。
「二葉の爺さんがね」
先輩が言う。
「あれ」
「プレイヤーキャラじゃないかって言っている」
…………。
プレイヤーキャラ?
何それ。
誰かが。
ゲームでもしているの?
「そう」
「僕も最初は」
「遂にボケたか、この爺」
「って思ったよ」
二葉さん。
お爺さんらしいけど。
酷い言われようだ。
「でもね」
「色々な検証内容を聞くと」
「もしかして」
「って思ってさ」
先輩が。
俺を見る。
「ヴァルナ君」
「元の世界で」
「ゲームとかしてた?」
それはもう。
生活の一部でした。
「そこでさ」
「MMORPGとかで」
「素材集めとかするでしょう?」
ええ。
しました。
あちこち駆け回って。
採集して。
敵を倒して。
素材を加工して。
…………。
まさか。
「そう」
先輩が頷いた。
「そのまさかだよ」
「二葉の爺さん曰く」
「どこかの上位世界から」
「この世界を」
「ゲームの狩場だと思って」
「来ているんじゃないかって」
…………。
「ヴァルナ君」
「ゲームで狩りして」
「素材を集めている時」
「狩る相手の声とか」
「気にするかい?」
…………。
いえ。
気にせず。
ひたすら狩ります。
「だよねぇ」
先輩が。
乾いた笑みを浮かべた。
「だから」
「こちらから交信しても」
「答えない」
「ひたすら」
「無慈悲に」
「この世界を狩り続けている」
…………。
そんな。
恐ろしいことが。
あってたまるか。
でも。
師匠は。
何も言わない。
否定しない。
……本当なのか。
「こちらからの反撃は」
「ほとんど効かない」
「ゲームでもそうだろう?」
「適正レベルで行けば」
「問題なく狩れる」
……おい。
待てよ。
それだと。
本当に。
勝ち目ないじゃん。
「向こうも」
「僕達のことを」
「ゲームのキャラ」
「素材」
「経験値」
「その程度にしか思ってない」
先輩は。
低く笑った。
「だから」
「遠慮がないんだよ」
そして。
空中の異形を見上げる。
「だから」
「神々じゃないと」
「まともに対抗できない」
少し間を置き。
「知っているかい?」
俺を見る。
「二百年戦争末期」
「異星からの侵略者が攻めてきた時」
「あれ」
「神々は何もできなかったんだよ」
…………。
えっ?
「完全に壊れた世界の境界」
「それを抑えるのに」
「神々は必死だった」
「邪神やトリックスターまで」
「慌てて世界の維持へ力を回した」
……えっ。
邪神やトリックスターは。
世界の滅びを望んでいるのでは。
「そうだけど」
先輩が肩をすくめる。
「その方法が問題なんだろうね」
「あくまで」
「滅びるなら」
「現地の人間の手で」
「異星からの侵略者みたいな」
「他世界からの手で滅びてはいけない」
「神々にも」
「ルールがあるみたいだよ」
そして。
さらっと。
「僕も」
「その場にいたからね」
…………。
今。
ものすごく重要なこと。
さらっと言いませんでした?
「もう」
先輩が遠い目をする。
「それは大変だったよ」
「神々は」
「世界の維持で動けない」
「僕達も」
「何をどうすれば対抗できるか分からない」
そこで。
先輩の顔が。
少し引きつる。
「なのに」
「六大神の一柱」
「『大地母神』様が」
「姿をくらましたからね」
…………。
えっ。
そうなの?
俺は。
師匠を見る。
でも。
あれ。
『大地母神』様の活躍で。
事なきを得たって。
「そうだよ」
先輩が。
笑い出した。
「もう」
「駄目だって」
「みんな諦めかけていた時」
「いきなり現れたもんね」
そして。
笑いながら続ける。
「よっぽど慌てていたんだろうね」
「幾つもの次元をぶち抜いて」
「襲われていた孤児院の前へ」
「いきなり現れたんだもの」
…………。
無茶苦茶だ。
「あの時の」
「神々の焦りようといったら」
先輩が声を上げて笑う。
「完全武装だったよ」
「『大地母神』様」
「近くで装備見たけどさ」
「あれ」
「かなり上位世界の物だよね」
「二葉の爺さんが」
「『原初の世界の物だ』って」
「本気でビビっていたもの」
そして。
「そこからが」
「さらに大変でさ」
先輩の笑顔が引きつる。
「只でさえ崩壊していた世界の境界」
「それを」
「さらにぶち抜いたもんだから」
…………。
「あの時」
「『夜を司る女神』様の」
「あの漆黒で長い髪が」
「金色に逆立ってたもんね」
…………。
えっ?
「怒り大爆発」
「もう」
「あれは野菜人スリーだったよ」
…………。
なにそれ。
少し見てみたい。
「僕達も」
「急いで『大地母神』様の側へ行ってさ」
「その圧倒的な力で」
「今度は世界そのものを滅ぼさないように」
「調整するのに全力」
先輩が。
疲れた顔をする。
「七人掛かり」
「やっとだったもんね」
……想像できない。
「とにかく」
先輩が。
浮かんでいた映像を消した。
「そういう存在なんだ」
「異星からの侵略者って」
「今は」
「何十」
「何百」
「何千」
「何万もの結界を張ってる」
「でも」
「この時みたいに」
「内側からやられると」
「意味がない」
確かに。
どれだけ強固な要塞でも。
内側から攻撃されたら。
簡単に落ちる。
「あの超帝国の末裔」
先輩が。
少し考え込む。
「どうやったんだろうね」
「召喚の影響で」
「魂すら残ってないから」
「調べようがないんだよね」
そして。
先輩は。
俺を見る。
「で」
「ヴァルナ君」
さっきまでとは違う。
真剣な目。
「再び」
「そうなったら」
「君はどうするのかな」
…………。
俺は。
答えられなかった。
確かに。
どうするんだろう。
俺は。
その時。
何ができる?
「難しいよね」
先輩は。
俺を責めるような顔はしていなかった。
「その時って」
「今かもしれない」
「明日かもしれない」
「来週」
「一年後」
「それとも」
「何十年後かもしれない」
いつ来るか分からない。
そんな時に。
ずっと備えていないといけない。
そんなの。
重すぎる。
「でもさ」
先輩が。
静かに言った。
「その時が来て」
「力を振るえなくて」
「大事な者を失ってもいいのかな」
…………。
嫌だ。
そんなの。
絶対に嫌だ。
でも。
俺に。
力を振るえるのか。
俺は。
戦い方すら知らない。
いや。
それ以前に。
戦う覚悟すらない。
「ごめん、ごめん」
先輩が。
両手を軽く上げた。
「困らせちゃったね」
優しい笑顔。
「聞いていると思うけど」
「君は」
「本当は」
「こんなに早く覚醒するはずじゃなかった」
「もっと」
「時間をかけて」
「修行して」
「少しずつ魔法使いになる予定だった」
そう。
『天秤の女神』様も言っていたそうだ。
「だから」
「今は気にしなくていい」
「君が」
「本当の意味で魔法使いになるまで」
「その覚悟ができるまでは」
笑う。
「僕達がなんとかするさ」
…………。
少し。
肩の力が抜けた。
「だからね」
先輩は。
紅茶を飲みながら。
俺へ言った。
「修行を兼ねて」
「世界を巡るといい」
「今は」
「ヘイムの経営で大変だろうけど」
「いつか」
「表舞台から下がる時が来るだろう」
そして。
穏やかな声。
「そしたら」
「世界を旅して」
「そこに」
「どんな人がいて」
「どんな営みをしているか」
「見てきたらいい」
少し笑う。
「できたら」
「この世界を好きになって欲しいな」
…………。
まるで。
俺の今の心を。
見透かしているみたいだった。
「余計なお世話だけど」
先輩が。
少し悪戯っぽく笑う。
「今の君の悩みなんて」
「小さな物だよ」
…………。
ちょっと。
イラッとした。
俺は。
先輩を見る。
俺にとっては。
真剣に悩んでいるんだよ。
「魔法使いはね」
先輩は。
俺の視線を気にせず。
続ける。
「世界を癒して」
「守護しないと」
そして。
一言。
「ヘイム自体が」
「なくなってしまうよ」
…………。
何も。
言えなかった。
そうだ。
世界が滅べば。
ヘイムもなくなる。
キッチンが。
俺の居場所が。
そんなことを言っても。
全部。
なくなる。
そして。
頭の中に。
みんなの顔が浮かんだ。
アンリ先生。
ミレディさん。
飲兵衛親方達。
ハルヴィンダちゃん。
リナちゃん。
ちみっこ達。
ハンスさん。
セバスさん。
マルタさん。
キューブ。
エマさん。
そして。
師匠。
ヘイムのみんな。
…………。
嫌だ。
失いたくない。
「その気持ち」
先輩が。
静かに笑った。
「大事にして欲しいな」
……やっぱり。
読まれてる?
「そして」
「いつか」
「その気持ちを」
「世界へ」
「そこに住む人達へも」
「持って欲しい」
先輩が。
椅子へ深く腰掛けた。
「僕もね」
「この地にある世界樹の元へ」
「工房を構えて」
「もう」
「かなりの時間が経つ」
そして。
笑う。
「たまたま」
「海人の国が側にあってね」
少し楽しそうに。
「いい名前だろう?」
「アトランティス・ザ・ムー」
…………。
まあ。
厨二心に刺さる名前ですよね。
「知り合いの」
「転生者だった当時の代表と」
「酔った勢いで名付けてね」
…………。
お前なんかい。
この厨二ネーム。
「当時は」
「まだ僕の顔を知っている人も沢山いてね」
先輩は。
懐かしそうに。
遠くを見る。
「よく」
「一緒に遊んだものだよ」
その顔は。
嬉しそうだった。
でも。
少し。
寂しそうだった。
「いつの頃からか」
「僕個人じゃなく」
「魔法使いとしか」
「見てもらえなくなったけど」
…………。
「それでも」
先輩は。
笑った。
「この国は」
「ここの民は」
「僕の大事な友達の」
「子孫達なんだ」
そして。
「ここだけじゃない」
「世界を巡って」
「色々な人と巡り会った」
「いつまで」
「この世界にいられるか」
「分からないけど」
少しだけ。
真剣な顔。
「いる以上は」
「世界を癒して」
「守っていくつもりだよ」
そして。
また。
いつもの笑顔へ戻る。
「それに」
「顔を知られていないと」
「街へ降りても」
「ただの人として振る舞えるからね」
「楽しいよ」
その言葉と共に。
先輩が。
腕を振った。
すると――。
部屋の壁。
床。
天井。
全部が。
消えた。
いや。
正確には。
透けた。
外の景色が。
見えている。
「うわ……」
思わず。
声が出た。
天井。
いや。
工房の上。
そこには。
巨大な世界樹。
ヘイムにある世界樹より。
さらに大きい。
そして。
眼下。
海底には。
沢山のドームが見える。
整然と並ぶ街。
そこに灯る。
無数の光。
さらに。
何段にも並んだ畑。
本当に。
海底都市なんだ。
あれ?
遠くで。
ものすごい勢いで進んでいる船。
その後ろから。
警告灯を回しながら。
別の船が追いかけてる。
……何やってるんだろう。
「どうだい?」
先輩が。
景色を見る。
「美しいだろう」
「沢山の」
「生命の輝きが見える」
…………。
うん。
綺麗だ。
「焦る必要はない」
先輩が。
俺を見る。
「さっきも言ったけど」
「僕達」
「先人を頼りなさい」
「君の準備ができるまで」
「世界を守ってみせる」
そして。
少し。
頭を下げるように。
「だから」
「もし」
「君の準備ができたら」
「僕達を」
「手伝って欲しいな」
それは。
命令でも。
要請でもなかった。
ただ。
お願いだった。
その後。
俺達は。
色々な話をした。
魔法使いとしての心得。
できること。
できないこと。
魔法の使い方。
工房について。
たわいのない話まで。
本当に。
色々。
…………。
他の魔法使いの愚痴も。
かなり多かった。
「そのうち」
「向こうから押しかけてくるよ」
なんて言われて。
俺は。
かなりビビった。
そして。
気づけば。
なぜか。
俺が先輩の工房のキッチンを借り。
料理までしていた。
…………。
どうしてこうなった。
四人で。
食卓を囲む。
俺。
師匠。
エマさん。
先輩。
そんな中。
先輩が。
思い出したように。
「あっ」
「そうそう」
料理を食べながら。
俺を見る。
「『海神』の女神様から」
「伝言を預かってるよ」
……来た。
嫌な予感。
「あとで」
「神殿へ来るようにって」
忘れてはいない。
忘れてはいないけど。
できれば。
頭の隅の。
さらに端っこへ置いておきたかった。
なんだろう。
厄介事の予感しかしない。
「ああ」
先輩が。
また思い出したように笑う。
「紅ズワイタラバ」
「美味しかったかい?」
…………。
「いやぁ」
「アレを」
「あれほど採るの」
「苦労したよ」
…………。
あの差し入れ。
先輩だったの?
じゃあ。
『海神』様。
関係ないんじゃ。
俺がそう言うと。
「いや」
先輩が笑う。
「『海神』の女神様からの依頼でね」
…………。
「だから」
「頑張ってね」
あっさり。
突き放された。
「きっと」
「良い経験になるよ」
そして。
さらに。
恐ろしいことを言い出す。
「それに」
「最近」
「みんな引き籠って」
「魔法使いって」
「世界で全然活躍してないからね」
…………。
「ここで」
「派手に暴れて」
「『魔法使い、ここにあり』」
「って」
「やってくるといいよ」
いや。
待って。
物騒。
いいんですか。
師匠。
俺は。
師匠を見る。
…………。
駄目だ。
例のお酒を飲んで。
上機嫌になっている。
そっか。
思い出した。
みんな。
このお酒。
欲しがっていたんだ。
俺は。
先輩へ聞いてみる。
いくつか。
貰えないかって。
「これ?」
先輩が。
酒瓶を見る。
「僕が作ったやつなら」
「いいよ」
…………。
先輩。
酒まで作るの?
「これ」
「海人の家では」
「結構作っているからね」
「それぞれ」
「家ごとの味があって」
「色々楽しめるよ」
そこで。
俺を見る。
「ああ」
「ヴァルナ君」
「飲めないから」
「分からないかな」
……余計なお世話です。
話を聞くと。
海人しか辿り着けない。
海底深く。
そこに。
特殊な海流が流れているらしい。
その水。
そして。
そこに群生している。
海ブドウ。
ただし。
日本人が言う。
あの海ブドウではない。
本当に。
海中で。
ブドウのような実がなるらしい。
その水と。
海ブドウ。
それらを原料にして。
各家庭。
各氏族。
それぞれの味付けで。
酒を造っている。
そして。
毎年。
酒のコンクールまで開かれる。
そこで。
優勝した酒。
それが。
『海神』の女神様へ。
捧げられるそうだ。
俺が快気祝いで貰った酒は。
西園寺公爵家の親戚筋。
青の氏族の家で造られた物ではないか。
先輩は。
そう教えてくれた。
先輩自身も。
酒を造っているらしい。
「沢山はないけど」
「どうせ僕一人じゃ」
「飲みきれないから」
「持っていっていいよ」
…………。
その瞬間。
師匠。
エマさん。
ものすごく喜んだ。
特に。
エマさん。
最初に先輩と会った時と。
態度が。
全然違う。
なんか。
俺より。
先輩の方を。
主人みたいに扱ってない?
…………。
別に。
寂しくなんかないからね。
まあ。
これで。
ヘイムのみんなへの。
お土産はできた。
助かった。
…………。
あ。
でも。
ちみっこ達。
子供達の分がない。
流石に。
酒は駄目だ。
どうしよう。
俺が心配していると。
先輩は。
すぐに気づいたらしい。
「大丈夫」
「いい物」
「用意してあげる」
そして。
ニッコリ。
「後で送ってあげるから」
一拍。
「『海神』の女神様の用事」
「頼むよ」
…………。
念押しされた。
『海神』様の用事。
一体。
なんなんだろう。
先輩は。
魔法使いとして。
派手に暴れてこいって。
言っていた。
…………。
嫌な予感しか。
しないなぁ。
師匠のニューワールド講座 104
~異星からの侵略者~
「師匠。」
『なんです?』
「本編で異星からの侵略者のことを言ってましたが、本当なんですか?」
『そうですね。実際のところは、まだ分かっていません。』
『恐らくそうではないか、という段階ですね。
二葉の魔法使いは異世界や平行世界を観測していますから、
その観測結果を元に神々も探っています。』
「じゃあ、まだ確定じゃないんですね。」
『はい。ただし、上位世界からの侵攻であることは分かっています。』
「上位世界?」
『世界はですね、横と上下に広がっているのです。』
師匠が何やら難しいことを言い始めた。
嫌な予感がする。
『まず横。簡単に言えば、平行世界ですね。』
『何か一つだけ違う世界もあれば、大きく違っている世界もあります。
横の位置が離れれば離れるほど、世界の中身も大きく変わっていきます。』
「なるほど。」
それなら、なんとなく分かる。
俺が男ではなく女だった世界とか、
そもそも生まれていない世界とか、そんな感じだろうか。
『そして、この横の世界は無限に広がり、今も無限に増え続けています。』
「……無限?」
『はい。』
「それ、管理できるんですか?」
『正直、どこまで管理できているのか私にも分かりません。』
おい。
管理会社、大丈夫なのか。
『ですが、問題は上下です。』
師匠の声が少しだけ真面目になる。
『上下になると、世界そのものの法が、理が変わってきます。』
『上へ行けば行くほど、その世界の存在や法則は圧倒的なものとなり、
下へ行けばその逆になります。』
「つまり、上の世界ほど強い?」
『単純に強い弱いだけではありませんが、
その認識で大きくは間違っていません。』
『先ほど話した無限に広がる横の世界も、より上位の世界から見れば簡単に
管理できるのかもしれません。あるいは、そもそも横方向への広がり方自体が
違う可能性もあります。』
うーん。
分かったような、分からないような。
『ちなみに、私達が天界と呼んでいる場所は、
この物語の舞台となっている世界から三つ上にあります。』
「三つも上なの?」
『はい。』
『残念ながら、邪神やトリックスターは、
そこからさらに一つ上の世界に属する存在です。』
「えっ。」
それってマズくない?
『ですが、私達管理会社の大元が、さらに上位世界の組織に属しています。
そのため、邪神やトリックスターにも対抗できています。』
なるほど。
上には上がいるのね。
……いや、待て。
じゃあ――。
『そして、『大地母神』様。』
やっぱりそこですよね。
『あの方が、そのさらに上――遥か上位に存在する《原初の世界》の装備を
持っていることで察してください。』
『あの方は、一体どこの世界の存在なのでしょうね。』
『そして、なぜこの世界の管理者の一員なのでしょう。』
「師匠がそれ言うんですか?」
『私にも分からないことくらいあります。』
さいですか。
『それに動じないキューブとは、一体何者なのでしょうね。』
……。
キューブさん。
貴方、本当になんなんですか。
『まあ、その話は置いておきましょう。』
置いておいていい話なの、それ。
『ともかく、それほどの対処が必要になる存在が、異星からの侵略者です。』
『彼らが上位世界の存在であることは間違いありません。』
『どの世界から来ているのかさえ分かれば、こちらも対処のしようがあります。』
『ですが、それが分からない。』
『本当にどこから発生して、どのような方法でこの世界へ干渉しているのか……。』
『だからこそ、非常に厄介な存在なのです。』
なるほど。
本編で先輩が言っていた、プレイヤーキャラみたいな存在というのも、
あくまで二葉さんの推測なのか。
『あと、ヴァルナさん。』
「はい?」
『貴方や、他の転移者、転生者達は一つ上の世界から来ています。』
「えっ、俺も上位存在なの?」
『そうですよ。』
『そうでなければ、この世界でチート能力など振るえません。』
『上位存在だからこそ、下位世界でチートができるのです。』
へぇ……。
俺って、実はすごかったのか。
『それに対抗できるアンリさん達は、本当にすごいですね。』
「そっち?」
『ええ。この世界の、まさしく上澄みです。』
『それに負ける上位存在って……。』
師匠が呆れたようにため息をつく。
『情けない。』
酷い。
『普通なら、上位存在は赤子であろうと、
下位世界へ降りれば無双できるものなのですが。』
……。
なんだろう。
ものすごく嫌な流れになってきた。
『ところでヴァルナさん。』
「……なんでしょう。」
『貴方はどちらですか?』
「何がです?」
『上位存在として下位世界へやって来て――』
一拍。
妙な沈黙が流れた。
『チートできないなんて……。』
「ほっといてください!」
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




