109 外交よりオハポニニ
ミレディです。
ようやくです。
ようやく私の番がきました。
初期メンバーで一人語りをしていないのは、
これでスミズル親方とブラスだけですね。
しかし、ここまで出番がないとは、少々扱いが悪くないですか。
まあ、愚痴はここまでにしておきましょう。
それよりも――迂闊でした。
最近、人生で一度あるかないかというようなイベントが多すぎて、
私も少々浮かれていたのかもしれません。
何より今回は宰相閣下までいらしていたので、
ついアステリア帝国政府の外交団として
訪問するのだと勘違いしていました。
違ったのです。
店主殿や生徒達がオマケなのではなく――。
私達の方がオマケでした。
西園寺公爵令嬢に言われて、ようや思い出してしまいました。
そして気づいた瞬間、別の問題が浮かび上がります。
店主殿に、国賓や賓客としての対応ができるのでしょうか。
今、姫様が店主殿の両肩をがっしりと掴んでいます。
「いいか、しゃべるな」
店主殿の目を真正面から見据え、姫様が念を押します。
「必要最低限のことだけでよい。それ以上しゃべるな」
そして店主殿の肩を激しく揺さぶっています。
そうですね。
その方がいいかと。
以前、ヘイムに皇后陛下やトール夫人、
ハーケン夫人が初めて来られた時も、
店主殿は数日前からシミュレーションをして、
心構えまで整えたと聞いています。
それでも大変だったそうです。
それを今、何の準備もなしに、
いきなり国賓として振る舞えと言われてできるのでしょうか。
「おっ、おう」
店主殿も、まだよく分かっていない様子です。
不安しかありません。
そんなことをしている間にも、船の扉がゆっくりと開いていきます。
待って下さい。
まだ打ち合わせが終わっていません。
こちらの都合など知るはずもなく、
無情にも轟海号と港を繋ぐ橋が架けられていきます。
その向こうには、私達――いえ、正確には店主殿を歓迎するために集まった
一団の姿が見えていました。
姫様が慌てて店主殿の肩から手を離し、
そのまま乱れてしまった服装を整えます。
「ああ、夫婦みたい」
後ろから鈴木が茶々を入れました。
普段なら姫様の雷が落ちるところですが、
今はそんなことをしている暇すらありません。
轟海号の船員クルー達も甲板へと並び始めます。
向こう側も動きました。
歓迎する一団の先頭には、
聞いていた八大氏族を表すトーガを纏った者達がいます。
どの程度の立場の方々なのかまでは私にも分かりません。
ですが、八色。
八人。
それぞれ異なる色のトーガを身に纏っている以上、
八大氏族の各氏族から一人ずつ来ているのは間違いないでしょう。
こちらも西園寺公爵令嬢を先頭に、姫様、宰相閣下、
トール夫人、ハーケン夫人が並びます。
私も慌ててその後に続きました。
なお、ムラマサ親方は船内待機です。
親方の入国については、もう一度アトランティス・ザ・ムー側へ
確認してからということになっています。
過去に色々ありましたからね。
学生達やその他の同行者は、その後ろへと並んでいきます。
そして――。
店主殿。
貴方まで一緒に並んでどうするのです。
主賓でしょうに。
……ああ。
そうでした。
誰も何も教えていませんでしたね。
訪問団の代表である西園寺公爵令嬢が、
引きつった顔のまま私達の間を通り抜け、
アトランティス・ザ・ムーの一団へと向かっていきます。
店主殿。
後に続くのですよ。
……駄目です。
完全にクルーの一員に混じっています。
西園寺公爵令嬢が向こうの一団と何か言葉を交わし、
それからこちらを振り返りました。
ほら。
チャンスですよ。
今です。
前に出て下さい。
誰か、周囲にバレないよう店主殿へ助言してくれないでしょうか。
しかし、店主殿の横にいるのはハルヴィンダ。
駄目です。
こちらも分かっていません。
仕方なく姫様と宰相閣下が先に動きました。
まずはアステリア帝国政府の代表として、二人が挨拶をします。
その間に、私はできるだけ目立たないよう
静かに店主殿の側へ移動しました。
「さあ、次は店主殿の番ですよ」
小声で囁きながら背中へ手を添えます。
「そんなにしゃべらなくていいですから」
そして、そっと背中を押しました。
本当に、そんなに強く押したつもりはありません。
ですが店主殿は大きくつまずき、
たたらを踏みながら前へ出てしまいました。
気を抜きすぎでしょう。
その動きで店主殿の存在に気づいたのでしょう。
アトランティス・ザ・ムーの一団の視線が、
一斉に店主殿へ集まりました。
店主殿。
それは挨拶ですか。
それとも誤魔化しているのですか。
店主殿が片手を上げます。
手の内を相手に見せ、中指と薬指の間を開いています。
……店主殿。
お願いですから、「長寿と繁栄を」などと言わないで下さいね。
分かる人などいませんから。
ちなみに私はTNGのファンです。
ああ。
今度は服の弛みを下へ引っ張り、伸ばすような仕草をしましたね。
そのまま歩き出しました。
P艦長ですか。
店主殿。
貴方もですか。
ファンであることは認めましょう。
しかし、P艦長と店主殿では月とミジンコです。
ああ。
今度は右手と右足が一緒に出ています。
左手と左足も一緒です。
ブリキの兵隊の方が、まだ自然に歩けるでしょう。
しかも、この場にいる全員の視線が店主殿へ集中しています。
やがてアトランティス・ザ・ムーの一団も、
店主殿の腰に下げられた携帯ホルダーへ気づいたようです。
そこに収められているのは、世界樹の枝。
それを見た瞬間、向こうの空気が変わりました。
アトランティス・ザ・ムーの一団が緊張したのが、
こちらからでも分かります。
そして店主殿は橋の中央で立ち止まりました。
傍から見れば、周囲をゆっくりと見回しているように見えるでしょう。
アトランティス・ザ・ムーの一団も、
自分達が何か失礼なことをしたのかと思ったのか、
息を呑んで店主殿を見つめています。
違います。
あれは視線に耐えきれず、テンパっているだけです。
ヘイムの者なら誰でも分かります。
姫様の額から汗が流れています。
ハーケン夫人など、
ここが外交の場だということも忘れて、片手で顔を覆っています。
店主殿。
お願いです。
何かしゃべるか、動くかして下さい。
沈黙が支配しています。
不味い。
アトランティス・ザ・ムーの一団まで、
困惑した様子で互いの顔を見合わせ始めました。
ああ。
お願いです。
誰か何とかして下さい。
「あああ! あれは痛車ならぬ、痛船ではないですか!」
突然、後ろから大声が響きました。
「佐々木氏!
ほら、あそこの船にポニーちゃんが描かれているでござる!」
……松平?
「コニーちゃんもペニーちゃんも! 最大娘が全員いるでござる!」
ま、松平。
いったい何を言い出しているのです。
ここは大事な外交の場ですよ。
そう思いつつも、つい松平が指差す方へ目を向けてしまいました。
轟海号から何隻か船を挟んだ先。
個人所有の物でしょうか。
何隻かのクルーザーらしき船が停泊しています。
そのうち三隻には、
それぞれ松平達漫研が描く薄い本に出てくるような
女性キャラクターが、大きく描かれていました。
……確かに目立ちます。
理解できない者から見れば、痛々しく見えるのでしょう。
なるほど。
“痛船”とはよく言ったものです。
……いや。
違います。
そうではありません。
今はそんなことに感心している場合ではないのです。
アステリア帝国とアトランティス・ザ・ムー。
両国のファーストコンタクトともいえる、
とても大事な場面なのですよ。
ところが松平は、
私達を押しのけるようにして甲板の前へ出てしまいました。
「スゴイでござる!」
目を輝かせています。
「あの格好は八周年記念実装の水着でござる!」
一人で盛り上がっています。
いけません。
一番近くにいる私が止めなくては。
そう思って足を踏み出そうとした、その時でした。
「おい」
力強い声が響きます。
同時に、松平の側へ三つの人影が立ちました。
アトランティス・ザ・ムーの歓迎団にいた、
八色のトーガを纏った八人。
そのうちの三人です。
いずれも若い女性に見えます。
ですが、ここに立ち、それぞれ違う色のトーガを身に纏っている以上、
八大氏族の者であることは間違いありません。
しかも、それなりの地位にある者でしょう。
三人が松平と向き合います。
睨み合いました。
……何でしょう。
この一触即発の雰囲気は。
今にも流血沙汰になりそうです。
いけません。
何としてでも止めなくては。
もはや外交どころの話ではありません。
ですが、私が動くよりも先に彼女達が動きました。
そして松平も。
四人は同時に片手を高く掲げ――。
「「「「オハポニニでござる!」」」」
私はずっこけました。
それはもう、豪快に。
そして倒れながら、見てしまいました。
四人は掲げた手の中心に何かがあるかのように、
それを軸にして片手を上げたまま、もう片方の手を腰へ当てます。
そして豪快に足を上げながら、その場でクルクルと回り始めました。
しかも口からは、何かの歌まで聞こえてきます。
「こ、これは……」
側まで来た佐々木が、驚いたような声を漏らしました。
何です。
《鑑定》スキル持ちのお前が反応するほどの何かですか。
まさか、これは何かの儀式。
あるいは、とんでもない意味を持つ――。
「確か、ポニーちゃんが主役のアニメのエンディングの曲と踊りだ」
真剣に聞いた私が馬鹿でした。
何なのです、それは。
全身から力が抜けます。
「おめぇ、やるじゃねぇか。名前は?」
三人の中央にいた黒髪の女性が、松平へ笑いかけます。
「松平家之介でござる」
松平が胸を張りました。
「そういうお主らも、見事なオハポニニダンスでござるよ」
感心したように三人を見回します。
「さては、あの痛船の持ち主でござるな?」
「「「おうよ!」」」
……何でしょう。
意気投合しています。
「こら! 黒氏に青氏に桃氏!」
アトランティス・ザ・ムーの一団から、年配の者が声を上げました。
「ここは大事な式典だぞ! 勝手なことをするでない!」
そうです。
もっと言って下さい。
そして松平にも言って下さい。
「うるせぇ! 家の名で呼ぶんじゃねぇ!」
ところが黒髪の女性は、悪びれるどころか怒鳴り返しました。
「俺達はそれが嫌いなんだ!」
そう言って、自分の胸を親指で指します。
「俺達には魂の名前があるんだ」
魂の名前?
「おい、松平。俺のことはポニーと呼びな」
続いて、青髪の女性が手を胸に当て、優雅にお辞儀をしました。
「私はコニー」
最後に桃色の髪をした女性が、片目をピースサインで隠します。
「私はペニーだよ」
そして舌を少し出しました。
いわゆる、テヘペロというものでしょうか。
しかし――魂の名前。
アトランティス・ザ・ムーには、そのような文化があるのでしょうか。
家名や本名とは別に存在する、魂そのものを表す名前。
ずいぶん重要そうなものですが、
そんなものを気軽に公言してよいのでしょうか。
「違います」
横から冷静な声が聞こえました。
佐々木です。
「単なる偽名というか、あだ名でしょうか」
何ですと。
「今、失礼ながら《鑑定》で見ましたが、
そんな大層なものではありません」
佐々木が三人を見ながら、静かに首を振ります。
「アニメキャラに自分を重ねているだけです」
そして、決定的な一言を放ちました。
「彼女達、間違いなく松平君の同類です」
一拍置いて。
「厨二病に感染しています」
私は今度こそ崩れ落ちました。
……何なのです、それは。
「もし、松平様」
先ほどコニーと名乗った青髪の女性が、松平へ一歩近づきました。
「もしかして……あの松平様ですの?」
そう言いながら、懐から一冊の本を取り出します。
「あっ、それは!」
本を見た瞬間、松平の目が大きく見開かれました。
「僕が描いた夏の増刊号でござる!」
「やはり、そうでしたのね」
コニーが嬉しそうに本を胸へ抱きます。
「春香が一緒に来たから、もしかしてと思っていましたの」
どうやら、この自称コニーという女性。
西園寺公爵令嬢の従妹。
西園寺公爵夫人の姉君の娘にあたるらしい。
「春香に貰ったこの本、いつも楽しみにしていますのよ」
本を大切そうに撫でながら、コニーが微笑みます。
「お陰で、私達はようやく生きる道を見つけました」
……生きる道?
「家の慣習に縛られず、新たな道を」
その言葉に、自称ポニーと自称ペニーも力強く頷きました。
その瞬間。
私達だけではなく、アトランティス・ザ・ムーの一団の視線まで、
一斉に西園寺公爵令嬢へ集まります。
西園寺公爵令嬢の額から、汗が流れ始めました。
あちらの大人達の視線には、
『原因はお前か』
という意味が、これでもかというほど込められています。
後で聞いた話ですが。
この三人娘。
最近、家や氏族の大人達の言うことをまったく
聞かなくなったそうです。
痛船へ乗り込み。
暴走族よろしく海中を駆け回る。
いわゆる、反抗期というものなのでしょう。
そして。
そのきっかけとなったのが――。
西園寺公爵令嬢が持ち込んだ、松平の描いた薄い本。
……一体、どんな内容なのです。
アトランティス・ザ・ムーを代表する八大氏族。
そのうち三つもの氏族の娘を、暴走娘へ変えてしまう本とは。
後で問い詰めなければなりません。
集まる視線に耐えきれなくなったのか、
西園寺公爵令嬢が突然高笑いを始めました。
「おーっほっほっほっほ!」
……それで逃げられると思わない方がいいですよ。
あちらの大人達の目。
本気ですからね。
「聞いたぜ」
ポニーが興奮した様子で松平へ詰め寄ります。
「お前、転移者だってな」
「お前がいた世界には、これのオリジナル――原典があるんだろ?」
「そうでござる!」
松平が胸を張ります。
「僕がいた世界には、《オハポニニ・ストーリー》という作品があって」
「アニメも、ゲームもあったでござる」
「ポニーちゃんも、コニーちゃんも、ペニーちゃんも」
「他にも沢山いたでござるよ」
暴走三娘の目が、どんどん輝いていきます。
「残念ながら、この世界にはブルーレイディスクも
本も持ってこられなかったでござるが」
松平は懐から、見覚えのある板状の魔道具を取り出しました。
「スマホには、データが入っているでござる」
「電波が届かないから、ゲームはできないけど」
そのままスマホを三人へ見せ始めます。
「うおおお!」
「これが本物!」
「動いていますわ!」
三人が松平を取り囲み、大いに盛り上がり始めました。
「そうでござる」
松平も負けず劣らず興奮しています。
「ブルーレイディスクも、本もないなら」
「自分で作ればいいでござる!」
……何を言っているのです。
「記憶があるうちに、
全て形に残そうと思って描いたのが、それでござる」
そう言うと松平は、暴走三娘へ少し離れるよう促しました。
そして。
甲板の上へ突然、机と椅子を取り出します。
その机の上には。
ヘイムの漫画研究部で、何度も見た道具が次々と並びました。
紙。
ペン。
インク。
定規。
その他、私には用途の分からない道具まで。
松平は椅子へ座り、胸を張りました。
「これが、今月の新刊でござる」
原稿を広げます。
「正月版で、皆、初詣の装いでござるが」
「時間がなくて、まだ途中までしか描けてないでござる」
そして。
何事もなかったかのように、作業を始めました。
……いや。
待ちなさい、松平。
ここ。
甲板ですよ。
アトランティス・ザ・ムーに到着したばかり。
店主殿を迎える歓迎式典。
そして。
アステリア帝国にとっても大事な、
ファーストコンタクトの場ですよ。
「「「おおおおお!」」」
暴走三娘は。
そんなことなど一切気にせず。
目の前で描かれていく絵を見て、感激の声を上げています。
第一。
その机と椅子。
どこから出したのです。
お前、今回の修学旅行。
荷物が多すぎて、ムラマサ親方に預かってもらっていましたよね。
アイテムボックスも。
アイテム袋も。
持っていませんよね。
「これは漫研専用ボックスでござる」
私の疑問が聞こえたのか、松平が作業を続けながら答えました。
「漫研期待の新人、アカデミカー氏が伝授してくれた物でござる」
「漫画を描く道具一式が入っているでござるよ」
……何です、それは。
聞いたことがありません。
第一。
アカデミカー氏って誰です。
そんな方、いましたか?
私の記憶にはありません。
もう。
グダグダです。
八大氏族のうち三大氏族は、松平の周りで盛り上がっています。
残った五大氏族は。
西園寺公爵令嬢を取り囲んでいます。
姫様も。
宰相閣下も。
完全に蚊帳の外。
そして。
主賓である店主殿は――。
未だに固まったままです。
「うう……駄目だ」
突然、松平が頭を抱えました。
「資料がなさすぎるでござる」
「スマホにも、必要なデータが入ってない」
「それに、僕の記憶が薄れているでござる」
苦しそうに頭を押さえます。
「おのれ、魔王!」
「僕の記憶を奪ったな!」
……違うと思います。
「これでは描けないでござる!」
「衣装を思い出せないでござる!」
松平が本気で苦しみ始めました。
「おい、頑張れ松平!」
ポニーが机を叩きます。
「新刊を楽しみにしているんだぜ!」
「そうですわ、松平先生!」
コニーが祈るように両手を組みました。
「思い出して!」
「ファイトだよ、松平お兄ちゃん!」
ペニーまで拳を握って応援しています。
何でしょう。
この光景。
「そうか」
ポニーの顔つきが変わりました。
「魔王の奴のせいなんだな」
……何ですって。
「松平の記憶を奪ってやがったのか」
「よし、待っていろ!」
勢いよく拳を握ります。
「魔王の封印を解いて、お前に記憶を戻すよう、どついてやる!」
……は?
「そうですわね」
コニーが真剣な顔で頷きます。
「その手がありました」
「待っていて下さい、松平先生」
何を待つのです、自称コニー。
「大丈夫だよ」
ペニーがにこやかに笑いました。
「アトランティス・ザ・ムーの超科学を見せてあげるね」
何を見せるつもりです、ペニー。
「で」
ポニーが周囲を見回します。
「どうやって長老達の目をごまかす?」
三人が、顔を寄せ合って何やら相談を始めました。
……待ちなさい。
その新刊のために。
世界の危機を起こすのはやめなさい。
確かに。
世界滅亡というものは、
ちょっとした出来事から始まるのかもしれません。
ですが。
これはないでしょう。
止めなくては。
誰か。
誰か、手を貸して下さい。
私は周囲を見回しました。
ですが。
誰も、私の声に耳を傾けてくれる者はいません。
そんな中。
エマがこちらへ歩いてくるのが見えました。
店主殿へ近づき、何か話しています。
「ええ……」
店主殿の困り果てた声が聞こえます。
「あの中に入るの、嫌なんですけど」
気持ちは分かります。
ですが。
行って下さい。
「ほら」
エマが店主殿の背中を押しました。
「世界の危機ですよ」
その言葉に押されるように。
店主殿が、松平達へ近づいていきます。
「なんだよ、おっさん」
ポニーが、店主殿を睨みつけました。
どこのチンピラですか。
……いや。
暴走三娘でしたね。
「八葉様ですわ」
コニーが、ポニーの耳元へ顔を寄せました。
「ああん?」
ポニーが鼻を鳴らします。
「八葉だか七葉だか知らねぇけどよ」
知らないのですか。
「俺達の新刊の邪魔をするなら」
親指で、自分達の痛船を指差します。
「俺のポニー号に縄で括りつけて、海中を引き回すぞ」
…………。
自称名もポニー。
愛船の名前もポニー。
安直すぎませんか。
店主殿も、完全に引いています。
助けを求めるようにエマを見ました。
しかし。
エマは、無言で店主殿へ視線を返すだけ。
やりなさい。
ということでしょう。
店主殿は諦めたように、腰の世界樹の枝へ手を伸ばしました。
杖を抜きます。
「おっ」
ポニーが嬉しそうに構えました。
「やるか」
それに合わせて、コニーとペニーまで構えます。
待ちなさい。
本当に戦うつもりですか。
店主殿は何も言わず。
杖を振りました。
攻撃されたと思ったのでしょう。
暴走三娘は一斉に身を守る構えを取ります。
しかし。
何も起きません。
三人は恐る恐る手を下ろし。
店主殿を見る。
その前には――。
大きな黒い板。
確か。
テレビ、といったでしょうか。
今度、帝都の大広間へ設置する予定だという。
映像を映し出す魔道具。
そして。
ヘイムの者しか入れない秘密の部屋にある。
映画やアニメを見るための魔道具です。
店主殿は続いて。
リモコン。
そして、いくつかの小さな箱を松平へ渡しました。
「いいのでござるか!」
松平が歓喜の声を上げます。
小さな箱の一つを開き。
中から、虹色に光る円盤を取り出しました。
それをテレビの下に置かれた箱へ入れます。
そしてリモコンを操作すると――。
音楽が流れました。
続いて。
映像。
そこには。
先程、痛船に描かれていた女性が動いています。
喋っています。
「皆!」
松平が立ち上がります。
「見るでござる!」
テレビを指差しました。
「《オハポニニ》でござる!」
その声に反応し。
暴走三娘がテレビの前へ集まりました。
三人とも。
完全に食い入るように画面を見つめています。
「これでござる!」
松平も興奮しています。
「これ!」
「これで新刊を描けるでござる!」
そして再び。
机へ向かいました。
…………。
なあ。
私は。
私達は。
一体、何を見せられているのでしょう。
もう。
突っ込む気力すらありません。
昔から。
姫様の我儘には、散々振り回されてきました。
ですが。
それ以上に疲れています。
「わぁ……」
コニーが画面を見つめ、目を輝かせました。
「綺麗ですわ」
「私も、このような服を着てみたい」
「ああ」
ポニーも頷きます。
「俺もだ」
「これ」
ペニーが画面を指差しました。
「なんていう服なの?」
三人が。
画面の中で、同じ名前を持つ女性達が着ている服へ見入っています。
「ほう」
その時。
後ろから声がしました。
「振袖ではないか」
いつの間に。
ムラマサ親方が、腕を組みながらテレビを見ています。
「振袖?」
三人が振り返りました。
「そうじゃ」
ムラマサ親方が顎を撫でます。
「鬼族の間で着られておる着物の一種でな」
「女性が、目出度い時などに着る着物じゃ」
……何故。
貴方がここにいるのです。
「てめぇ、ムラマサ!」
ポニーが、ようやく親方の存在へ気づきました。
飛び上がるように身構えます。
「なんでここに居やがる!」
「なぜと言われてものう」
ムラマサ親方は、困ったように頬を掻きました。
「不法入国の咎で、国外追放になっただろうが!」
ポニーが指を突きつけます。
……ああ。
やはり問題になるのですね。
だから。
まだ表へ出ないよう言われていたでしょうに。
「それより」
ムラマサ親方は、ポニーの言葉をまるで気にせず。
テレビを指差しました。
「いいのか?」
「アニメが終わってしまうぞ」
「なっ!」
ポニーの視線が。
ムラマサ親方。
テレビ。
ムラマサ親方。
テレビ。
忙しく行き来します。
残りの二人は。
既にテレビへ釘付けです。
「ああ……」
コニーが、うっとりと呟きます。
「私も着てみたいですわ、これ」
「なんじゃ」
ムラマサ親方が、少し楽しそうに笑います。
「振袖を着たいのか」
「でも、それを着たまま風になると、
袖がタイヤに巻き込まれて大変じゃぞ」
……風になる。
「大体、魔動二輪車には女性用の着物は合わんぞ」
そういえば。
ムラマサ親方も、暴走族でしたね。
田舎道を魔動二輪車で爆走し。
そのまま村や町中まで突き抜け。
苦情が来ていると聞いたことがあります。
親方は話しながら、懐へ手を入れました。
恐らく。
アイテムボックスでしょう。
中から、一本の巻物のような物を取り出しました。
「ほれ」
「これが反物じゃ」
……巻物ではありませんでした。
鮮やかな柄の布を、綺麗に丸めた物です。
暴走三娘の目が、同時に輝きました。
確かに。
映像の物よりも、遥かに素晴らしい物です。
親方はさらに。
いくつもの反物を取り出します。
どれも。
鮮やかな色彩。
美しい模様。
目を奪われるほど見事な物です。
「どうじゃ」
ムラマサ親方が笑います。
「仕立ててやろうか?」
「ワシも若い頃、母上の手伝いをして作ったことがあるからのう」
反物を軽く持ち上げます。
「今でも仕立てられるぞ」
そして。
自分の着物を指差しました。
「ほれ」
「ワシが着ているこれも、自前じゃ」
「本当にいいのか?」
ポニーが反物を手に取り。
柄を眺めながら、ムラマサ親方を見ました。
「おお」
親方は、大きく頷きます。
「良いぞ」
「お主には、前回迷惑を掛けたからな」
「その詫びじゃ」
そう言って。
豪快に笑いました。
ポニーは。
しばらく反物を見つめ。
やがて大きく頷きます。
「いいだろう」
「これで手打ちだ」
……え?
「前回の不法入国については」
胸を張りました。
「黒の氏族は忘れてやる」
さらに。
「滞在も認めてやる」
……え?
「同じく」
コニーが反物へ目を輝かせながら、静かに頷きました。
「青の氏族も」
「桃の氏族もいいよ」
ペニーまで。
にこにこと頷いています。
こうして。
ムラマサ親方の過去の不法入国。
国外追放処分。
それらが。
あっさり不問となり。
滞在許可まで得てしまいました。
……いいのですか。
それで。
これは。
買収ではないのですか。
「その代わり」
ポニーが、テレビを指差します。
「きっちり再現してくれよ」
「おう!」
ムラマサ親方が胸を叩きます。
「任せておけ」
「着物を仕立てる場所の用意と、サイズ合わせはさせてもらうぞ」
「ああ、分かった」
そう答えた直後。
ポニーが松平へ顔を向けました。
「おい、松平!」
「見逃しちまった」
「もう一度見られないのか?」
新刊を描いていた松平が顔を上げます。
そして。
何の疑問も持たずに、再び映像を再生し始めました。
姫様。
宰相閣下。
その他の皆様も。
揃って首を横に振っています。
もう。
式典は終わりです。
……いえ。
始まってすらいませんでしたね。
その時。
店主殿が私の側へ近づいてきました。
そして。
先程松平へ渡していた物と同じ。
小さな箱を、いくつか私へ差し出します。
「……これは?」
受け取って確認してみます。
どうやら。
続き物らしい。
今見ている作品より、いくつか先の話が入っているようです。
私は店主殿を見る。
店主殿は。
暴走三娘。
そして。
私の手の中にある箱。
その二つを交互に指差しました。
……なるほど。
これで。
あの暴走三娘を釣れ。
そういうことですか。
なんでしょう。
嫌な弱みを握らされたようで。
非常に嫌なのですが。
……まあ。
交渉のカードにはなりそうです。
少なくとも。
彼女達の親。
あるいは氏族の長。
そういった、本来の責任者達が出てくる前に。
何かしらの交渉をしておいた方が良いでしょう。
私は。
疲れきった身体を起こしました。
そして。
深く。
深く。
ため息をつきます。
……本当に。
いいのでしょうか。
初めての私の回が。
こんなので。
グダグダすぎるでしょう。
師匠のニューワールド講座 102
~オハポニニ・ストーリー~
師匠
なんです。
「オハポニニでござる。
……って、なんですか?」
『何でしょう。』
『私も知りたいです。』
「…………。」
『…………。』
「終わってしまいましたね。」
『終わりましたね。』
『世の中には、知らない方がいいこともあるのです。』
『では、また次話で。』
「いやいやいや!」
その時――
ひらひらと、一枚のメモ用紙が上から降ってきた。
『…………。』
師匠が嫌そうな顔をしながら、その紙を拾い上げる。
『何々……。』
『作者め、余計なことを。』
『仕方ありませんね。』
「何が書いてあるんです?」
『“オハポニニでござる”についての説明です。』
「あるんじゃないですか!」
『私が知っていた訳ではありません。作者が今持ってきたのです。』
『では――』
『“オハポニニでござる”とは。』
『松平達が元々いた世界で、
アニメ、ゲーム、漫画――』
『それどころか映画化までされた大人気作品、
《オハポニニ・ストーリー》に由来する言葉だそうです。』
「オハポニニ・ストーリー……。」
『元々は小説だったらしいですね。』
『ポニー。』
『コニー。』
『ペニー。』
『この“最大娘”三人を中心に、
沢山の女性達が登場する――』
『笑いあり、涙あり、バトルあり。』
『そして彼女達が浮遊バイクに乗り、
世界一周をしながら順位を競い合うレース物だそうです。』
「なんか普通に人気出そうな作品ですね。」
『現在、第5期まで放送中だそうですよ。』
「長寿作品じゃないですか。」
『ちなみに――』
『“最大娘”とは何なのか。』
「はい。」
『作者にも分からないそうです。』
「…………はい?」
『後になって読み返したら、そう書いてあったそうです。』
『誤字脱字なのか。』
『それとも最初に何か設定を考えて、“最大娘”と書いたのか。』
『本人にも、もう分からないそうです。』
「直せばいいじゃないですか。」
『“きっと当時の自分には何か考えがあったのだろう”と、
そのままにしているそうです。』
「作者ぁ!」
『過去の自分を信じるのも大切なことですよ。』
「絶対それ、意味違いますよね。」
『そして、“オハポニニでござる”という言葉ですが――』
『この作品のファン同士が出会った時に交わす、
合言葉のような挨拶だそうです。』
『“オハポニニでござる”』
『そう声を掛けて、相手も同じように返せば――』
『お互いに《オハポニニ・ストーリー》のファンだと分かる訳ですね。』
「なるほど。」
『恐らく、アトランティス・ザ・ムーのあの三人も、
この作品にハマったのでしょう。』
『特に、浮遊バイクに乗って世界中を駆け巡るレース部分に。』
「……なんか嫌な予感がするんですけど。」
『さすがに、ドーム都市の中で暴走することが
愚かだという程度の常識はあるでしょう。』
「それなら安心――」
『ですから、その分、海中でクルーザーを乗り回しているのでは?』
「安心できなかった!」
『いいじゃないですか。』
『彼女達は海中でも生身で平気なのですから。』
『クルーザーから振り落とされても、そこは海の中。』
『多少転がったところで平気でしょう。』
「海中で転がるってなんですか。」
『気分はきっと――』
『風になったつもりならぬ、
バショウカジキにでもなったつもりなのでしょう。』
「なんでバショウカジキなんです?」
『海の中を猛烈な速度で泳ぐことから、
“海のF1”などと呼ばれる魚だからですよ。』
「つまり……。」
『はい。』
『海底暴走族ですね。』
「一気に台無しになった!」
※バショウカジキ……非常に高速で泳ぐことで知られる大型魚。
「海のF1」と呼ばれることもある。最高速度については諸説あり。
作者メモ
※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。
※本編とは時空が違います。
※本編の都合により、設定が変わる事があります。




