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107 冬だけど、夏だ!

冬だけど、夏だ!!


そう言わんばかりに、ヘイム御一行様はビーチではしゃいでいる。

砂浜では、女性陣がビーチバレーをしていた。


青い空。


白い砂浜。


照りつける太陽。


そして、水着姿でボールを追いかける女性陣。


画像があれば、きっとサービスカットになっただろう。

グラサンがあって良かった。


一方、男性陣は海で泳いでいる。

ムラマサ親方が浜辺から監督しているが、

遠目に見ると、まるで水泳部の合宿だ。


俺はというと、その少し離れた場所。

《紫外線カットバリア》という魔道具の中で、

ビーチチェアへ寝転がっていた。


傍らには、色鮮やかなトロピカルジュース。

漫画やアニメでよく見る、あれだ。

俺は密かに感激していた。

本当にあるんだ。


何?

もっと女性陣の描写をしろって?


無理、無理。


俺のボキャブラリーでは無理だ。

何かの間違いで映像化されるのを待ってくれ。


そんなもの来ないだろうって?

そうだね。

来るわけない。


まあ、女性生徒たちがスマホで写真や動画を撮っていたので、

運が良ければ後で見られるだろう。

男子生徒たちも同じように撮影しようとして、

女性陣にスマホを没収されていたことについては、察してくれ。


で。

なぜ、俺たちがこんな所にいるかというと。



先日の深夜の蟹料理パーティー。

その後、西園寺公爵から持ちかけられた、

海人の国――《アトランティス・ザ・ムー》。

そこへ誰が行くのか。

それを決めなくてはいけなかった。


とはいえ、あの晩は、まともに話し合える状況ではなかった。


寝ているか。


酒を飲んでいるか。


皆、どちらかだったもんね。



そこで翌日。

引率者であるアンリ先生とハーケン夫人へ事情を話した。

すると。

大人たちが、過剰反応した。

全員、目がお酒になっていたよ。


俺、一人で行こうかな。


そう思って師匠を見る。

師匠の目も危なかった。


『何を言っているのですか』


師匠は、あからさまに心外だという顔をした。


『私はヴァルナさんを心配してですね』

『初めて訪れる場所で迷子になり、泣き出さないか心配なのです』


ものすごく取って付けたような理由を言ってくる。


絶対、酒だろ。


ハーケン夫人とムラマサ親方に至っては、何も言わなかった。

無言で、俺の両肩を掴む。

二人の目が、


「分かっているな?」


と語っていた。


痛い。


痛いから。


肩が砕ける。


その中で、アンリ先生だけは腕を組み、本気で悩んでいた。


「海人の国か……」


難しい顔で呟く。


「これは、帝国の姫として赴くべきか」

「それとも、一教師として訪れるべきかのう」


どうやら。

アンリシア第一皇女として、帝国政府の一員。

つまり外交官として政治的に訪問するべきか。


それとも帝国政府とは切り離し、

帝国学園の教師として、ただの観光で行くべきか。


そこを悩んでいるらしい。


現在、海人の国と正式な関係を持っているのは、西園寺公爵領。

正確には、西園寺公爵家だけだ。

これを機会に、帝国そのものと国交を結ぶことができないか。

そう考えているのだろう。


流石アンリ先生。

他の大人たちとは違う。

きちんと考えている。


「姫様」


その隣で、ミレディさんが真剣な表情を浮かべた。


「一個人として訪問した場合、

 目的の物を購入できない可能性があります」

「それよりも、帝国政府の代表として赴けば」

「友好の証として頂ける可能性もあります」


アンリ先生が、深く頷く。


「そうじゃな」

「一般人向けには販売されておらぬ可能性が高い」


ええと。

それ。

お酒の話でしょうか。

酒を手に入れるために、皇族の身分を使うのはどうかと思います。


駄目だ。

この大人たち。

全員、酒のことしか頭にない。


学生諸君は、最初こそ状況をよく理解していなかった。

だが、


「海底都市」


と聞いた途端。

全員の目が輝いた。


「竜宮城じゃん!」

「海底都市って、本当にあるの!」


などと騒ぎ始める。

さらに国名が、

《アトランティス・ザ・ムー》

だと聞くと。


「すげぇ!」

「本物の失われた伝説の大陸じゃん!」


一気にテンションが最大まで上がった。

うん。

こっちの方が、まだましだ。

生徒たちとハルヴィンダちゃんだけで行こうかな。


そうしよう。

そう思っていた。


だが。

そうは問屋が卸さなかった。


アンリ先生は、本気で外交交渉を試してみることにしたらしい。

帝国政府へ連絡を取り。

贈答品。

基本的な外交方針。

訪問時の立場。

様々な取りまとめのため、

宰相夫妻まで西園寺公爵領へ来ることになった。


西園寺公爵からは、


「相手にして頂けるかどうかは分かりませんよ」


と念を押されていた。

そして。


もう一つの問題が、ムラマサ親方。


以前、一度。

海人の国へ不法入国しようとして、捕まったらしい。

その時、西園寺公爵夫妻。

特に奥様がいなければ、かなりまずいことになっていたそうだ。

西園寺公爵夫人は、海人の国でも有力な氏族の出身。

その口添えがあったため、国外退去だけで済んだらしい。

なければ、どうなっていたことやら。

当のムラマサ親方は、


「今度こそ正式に入れる!」


と喜んでいた。

だが。


「国外退去の処分を受けているのだから、

 普通に考えれば入国できないのでは」


と言われた瞬間。

俺に泣きながらしがみついてきた。


勘弁してください。


まあ。

そういった諸々を調整するため、数日ほど時間が欲しいとのことだった。

ならば。


その間、西園寺公爵領を満喫しよう。


そういう話になった。

まず変更されたのが、宿泊先。

西園寺公爵家の屋敷から、

現在開発中のリゾートホテルへ移ることになった。

このまま公爵家の屋敷に滞在していれば。

毎日、貴族や商人が訪ねてくる。

そして毎晩、歓迎会や晩餐会。

そんなことになりかねない。


そこで。

まだ正式に営業を始めていない施設へ移ることになった。

それが、このリゾートホテルだ。

まだ建設中のため、一般客は入れない。

本当に関係者しかいない。

ここに泊まり。

必要に応じて、街へ遊びに出ることになった。


建設中とはいえ、ホテルそのものはほぼ完成している。

宿泊には何の問題もない。

スタッフも開業へ向けて訓練中。

今回の俺たちの滞在は、その成果を確認する良い機会になるそうだ。

そちらも問題なかった。


しかし。


こういう所へ来ると、本当に異世界感がない。


何だろう。

どこかで見たことがあるホテルだ。

俺がそう呟くと、案内してくれていた春香様が答えた。


「そりゃそうよ」

「日本の旅行雑誌に載っていたホテルを参考にしているもの」


なるほど。

西園寺公爵家に残されていた資料。

そして、他の転生者や転移者たちが持ち込んだ日本の旅行雑誌。

それらを複数集め。

現地の建築家たちと相談しながら設計したそうだ。


懐かしいような。


安心するような。


でも、何となく複雑な気分だ。

ホテルの設備も。

部屋の構造も。

何となく使い方が分かってしまう。

逆に言えば。

これらを、

現地の技術だけで再現した建築家や職人たちには、称賛を贈りたい。


そして。

俺たちをホテルで出迎えてくれたのが。


春香様の祖母。

前西園寺公爵夫人だった。


このリゾート開発の発案者であり。

現在の責任者でもある。

アンリ先生やハーケン夫人と、お約束の貴族的な挨拶を交わす。

それが終わると。

なぜか。


俺がロックオンされた。


前西園寺公爵夫人は、このホテルへ日本製品を導入したいらしい。


シャンプー。


リンス。


ボディーソープ。


そして化粧品。


ヘイムにある物を、どうにか手に入れたいそうだ。

当然。

海を汚さないため、

下水処理施設もさらに改良を重ねているらしい。


「自然にも海にも優しいですわよ」


笑顔で迫ってくる。

いや。

笑顔が怖い。

俺は、


「ヘイム以外には卸していません」

「外部への持ち出しは禁止されています」


と説明し、何とか断った。

だが、これでは終わらない。

元日本人なら何かアイデアがあるだろうと。

今度は、俺や学生たちへ詰め寄ってくる。


「おばあ様、恥ずかしい……」


春香様が、顔を真っ赤にしていた。


その時。

斎藤君が、何気なく言った。


「温水プールとか、室内プールはどうですか?」


その瞬間。

前西園寺公爵夫人の目が輝いた。

まさしく、目から鱗。

海人の血を引く春香様たちは、真冬でも平気で海へ入れる。

だから。

冬に泳ぐため、温水プールを作る。

そんな発想自体がなかったらしい。


でも。

ここへ来るのは、海人だけではないからな。

そう考えると。

ヘイムの皆って、やっぱり規格外ばかりだよね。

冬の海を見て、


「泳ごう!」


と思うんだから。

そんな騒動もありながら。

荷物を部屋へ置き。

俺たちは、早速街へ見学に出た。


この街には、神殿以外にこれといった観光名所が少ないらしい。

だからこそ。


リゾートホテル。


そしてビーチ。


この二つを成功させ、新しい観光名所にしたいそうだ。

でも。


俺からすれば、街に並ぶ商店だけでも十分に面白い。


帝都の市場では見たことのない商品が、沢山並んでいる。

特に、南大陸から運び込まれた物が多い。

見ているだけでも楽しい。


南大陸にある鬼人族の国。


ドワーフの国。


そこから運ばれてくる工芸品は有名らしく、

様々な品が店頭へ並べられていた。

ここから、アステリア帝国全土へ売られていくらしい。


学生たちも、自分の財布と相談しながら、真剣に悩んでいる。


分かるぞ。

今ここで沢山買ってしまえば。

後で本当に欲しい物を見つけた時、

お小遣いが足りなくなるからな。


俺を当てにするなよ。

もう、すっからかんだからな。

昨日。

師匠とエマさんが挑戦した、大食いチャレンジ。

あれで、どれだけ使ったと思っている。


本当にどうしよう。


ヘイムのみんなへのお土産。


定番なら。

それなりの値段で、数が沢山入っているお菓子。

だが。

ヘイムは飲食店だ。

しかも。

冨樫さんがいる。

味より量と雰囲気の菓子より、

冨樫さんの作る菓子の方が美味しい可能性が高い。

この手は使えない。


「ああ」


思わず、隣にいるエマさんを見る。

なぜか、この人は裕福だ。

羨ましい。

俺の視線に気づいたエマさんが、得意げに胸を張った。


「ふっ」

「薄給ですが、きちんと貯金していましたので」


ドヤ顔で言いながら、また何かを購入する。

俺だって、ほとんど使っていないはずなんだけどなぁ。


『ヴァルナさんの場合、天界ローンの支払いがありますからね』


師匠が、当然のように言う。


『店の売上と、ヴァルナさん個人の財布は別です』


そして師匠も、店先の商品を眺め始めた。


『私も今回は、“江戸メス”の新作を我慢して、お買い物を』

『旅の思い出は、お金では買えませんからね』


いや。

買い物しているじゃないですか。


相変わらず。

師匠が商品を取ると、

周囲には俺が買っているように見えているらしい。

だから。

学生諸君。

俺の方を見るな。

俺の財布は、ぺらぺらだ。


見ろ。


ハルヴィンダちゃんなんて。

店先の商品を前に、真剣な顔で悩んでいる。


「うう……」

「リナの将来の学費を考えると、無駄遣いできないし……」


いやいや。

リナちゃんの学費は、こっちで出すから。

心配しなくていいからね。

ハルヴィンダちゃんも、旅行を楽しみなさい。

折角、大陸の南端まで来たんだから。

買い物くらい楽しんで。

なんなら。

ヘイムへ連絡して、飲兵衛親方たちからお小遣いを送らせるから。


学生たちと扱いが違うって?


そりゃそうだろう。

俺も、ハルヴィンダちゃんの保護者の一人みたいなものだからな。

なのに。

こういう旅行先で、俺自身が何も買ってあげられないのが情けない。


大体。

学生諸君にも、お年玉をあげただろう。

あのお金は、どこへ行ったの。

帝国政府から、生活費やお小遣いも出ているでしょう。


すると。

次々と答えが返ってきた。


「貯金しています」

「新しいお菓子作りの道具を買いました」

「私も、新しいコスメを買ったし」

「えっ、決してお酒なんか買っていません」

「新作のアイデアのために、少々フィギュアを……」

「エミリアさんとのお出かけで……」


誰が誰の発言かは。

言わないでおこう。

そんなものなのだろうか。


俺が学生の頃なんて。

お年玉どころか、お小遣いすら貰っていなかったぞ。

昼飯代を削って。

少しずつ貯めたものだ。

アルバイトができる年齢になり。

ようやく、自分の欲しい物を買えるようになった。


俺の青春時代。

ぐすっ。

きつかったなぁ。


一度。

定期券を買うためのお金でゲーム機を買ってしまい。

片道二時間くらいかけて、学校まで通ったこともあった。

今考えれば、何をやっているんだ俺。


これも時代の違いなのか。

それとも、異世界だからなのか。


そんなことを騒ぎながら。

俺たちは、様々な店を巡り、街の観光を続けた。

やがて昼。

昼食を取るため、適当な店へ入った。

すると。


店員の顔が、一瞬強張った。


どうやら。

昨日の大食いチャレンジ連続達成の話が、

既に街中へ広まっているらしい。

入店した瞬間から、警戒された。


「何やってんのよ」


皆から呆れた目を向けられる。

だから。

俺じゃない。

師匠とエマさんだって。

でも。

師匠の分は、全て俺が食べたことになっている。

そのせいか。

どうやら街では、


《美女を連れたドワーフ男は要注意》


と噂になっているらしい。

俺。

ほとんど食べていないのに。


そんな俺たちの前へ、昼食が運ばれてきた。


大振りのロブスター。

プリプリとした弾力のある身。

噛めば、凝縮された甘味が口いっぱいに広がる。

味付けは、レモンを搾っただけ。

素材の味を生かした、シンプルな料理だ。


次に。

フィッシュ・アンド・チップス。

外はカリカリ。

中は、ふっくら。

こちらもレモンと塩だけの、シンプルな味付け。


それから。

ミートパイ。

サクサクのパイ生地。

その中に、ジューシーな牛ひき肉と野菜。

濃厚なグレービーソース。

噛めば、肉汁とソースが口の中へ広がる。


さらに。

ラムチョップ。

子羊の骨付き肉を、ハーブとスパイスで仕上げたものだ。

肉本来の甘味。

濃厚な旨味。

噛めば溢れる、ジューシーな肉汁。

そして、上質な脂の香り。


最後はデザート。

スポンジケーキを、

生クリームたっぷりのチョコレートでコーティング。

そこへ乾燥ココナッツをまぶした、レミントン。

濃厚な甘味と、ココナッツの香ばしい風味がする。


なんだろう。

完全にオージー名物じゃないか。

ここには、オーストラリア出身の転生者か転移者でもいたのだろうか。


まあ。

食べ物に罪はない。

それに。

俺の頭へ、しっかりレシピがインストールされた。

世界的にも問題のない料理ということだろう。


とても美味しかった。


それだけ言っておこう。

そんな美味しい昼食の最中。

話題は、水着の話になった。


先ほど見たリゾートビーチ。


そして。


これから向かう海底都市。


どちらへ行くにしても、水着は必要だろう。

そう女性陣が言い始めた。


「ビーチよ、ビーチ!」


鈴木さんが食事をしながら、楽しそうに声を上げる。


「聞いたら、普通に泳げるらしいよ!」


一体、どこから情報を仕入れてくるのだろう。

冬に泳げるとは思っていなかったため、

水着を持ってきていないらしい。


折角の修学旅行。

目の前にビーチがあるのに、遊ばないのはもったいない。

他の女性陣も、その意見へ賛成した。


水着って、高くない?


さっきまで、土産物の値段で悩んでいただろう。

昼飯だって。

アンリ先生の奢りだと分かるまで、

メニューの前で苦悶していただろう。

いかん。

さっきから、お金の話ばかりしている。

一度でいいから。


「おお、気にするな!」


と。

大盤振る舞いしてみたい。


そして。

水着を扱っている店へ入った。


ここからは、お約束だ。

男性陣の水着は。

あっという間に決まった。


問題は、女性陣。

長い。

でも。


ここで文句を言ってはいけない。


斎藤君みたいに、海へ沈みたくないからな。

ムラマサ親方は、早々に見切りをつけていた。


「どうせ、数時間掛かるじゃろ」


そう言い残し。

一人、近くの酒屋巡りへ出かけていった。

俺たちには。

そんな勇気はない。

なぜなら。


「ねえ、どっちがいい?」


と。

女性陣から水着選びの相談をされる。

そんな高度なイベントが起こるかもしれないからだ。

男子生徒たちも。

どこか期待した顔で、静かに待っている。

しかし。

そんなワクワクするイベントは、起こらなかった。


「あんたたちのセンスなんて、誰も期待してないわよ」


ハーケン夫人が、呆れた顔をする。

彼女は水着を選んでいない。

ビーチで遊ぶ気がないのだろうか。


「それに」

「彼氏でもないでしょ」


全員。

撃沈した。

ハーケン夫人は、鼻で笑った。


「ふっ」

「水着の一つや二つを常備していなくて、

 貴族なんてやってられないわ」


そうなんだ。

貴族の常識なのか。


「それより」


ハーケン夫人が、俺へ何かを差し出した。


「ちゃんと褒めてあげるのよ」


ありがたい助言と共に渡されたのは。


領収書だった。


水着代。

ヘイムのツケになっていた。


「あら」


ハーケン夫人は満面の笑みを浮かべる。


「『おお、気にするな』って、大盤振る舞いできて良かったわね」

「魔王退治のご褒美よ」


アリガトウゴザイマス。



その日の午後。

神殿巡りをしている途中。

昨日訪れた『海神』様の神殿へ、再び立ち寄った。

そして。

また、あの声が聞こえた。


『海底へ行った時か』

『戻ってきた後で構わないわ』

『もう一度、神殿へ来なさい』


間違いない。

昨日聞こえた声だ。


『食べた蟹の分』

『きっちり働いてもらうから』


やっぱり。

昨日の蟹。


地雷だった。


そうだと思ったよ。

世の中。

あれほど美味しい話が、ただで転がっているわけがない。



そして夜。

リゾートホテルへ戻った俺たちは、サーモンづくしの夕食を食べた。


その後。

春香様が用意してくれた、手持ち花火で遊ぶことになった。

流石、西園寺公爵家。

線香花火まである。


小さな火花が。


ぱちぱちと弾ける。


次第に弱くなり。


最後に残った赤い火の玉が、ぽとりと落ちる。


懐かしい。


そして。


なんとも儚い。


日本にいた頃。

何度、こうして線香花火を眺めただろう。

そんなことを思いながら。

俺は久しぶりに、静かな夜を過ごした。



そして。

翌日。

冒頭へ繋がるわけだ。


若さっていいね。


皆。

朝から元気に、ビーチではしゃぎ回っている。

俺は、ビーチチェアへ身体を預け。

トロピカルジュースを飲みながら、その姿を眺めていた。


「何言ってんのよ」


隣から、呆れた声が聞こえる。


「ヴァルナ殿も、まだまだ子供よ」


同じくビーチチェアでくつろいでいた、ハーケン夫人だ。

長命種の方から言われれば、そうなんでしょうけど。

俺。


もう、十分おっさんですよ。


そう思いながら、反対側を見る。

そこには。

これまたビーチチェアへ寝転がっている、爺やがいた。

年齢は俺より、遥かに上。

だが。

その身体は。

筋肉隆々。

引き締まった腹。

余計な肉など、一切見当たらない。

俺は。

自分の腹と、爺やの腹を見比べた。


「はぁ……」


減らない。

俺の腹。

全然減らない。



そして昼。

ビーチのすぐ近くにあるバーベキュー場で、

海鮮バーベキューをすることになった。


ロブスター。


海老。


蟹。


ホタテ。


様々な海の幸を並べ。

それぞれ好きな物を焼いて食べる。


解放感のあるビーチ。


潮風。


目の前には海。


そこで食べる、焼きたての海鮮。

最高だった。

流石に。

ヘイムでは、これはできないもんな。



午後からは自由行動になった。

そのままビーチで遊ぶ者。

街へ買い物に出る者。

ホテルでゆっくりする者。

皆、それぞれに旅行を満喫していた。


アンリ先生とハーケン夫人は。

西園寺公爵家の屋敷へ向かった。

宰相夫妻が到着したらしい。

二人は礼服へ着替え、西園寺公爵家へ向かっていった。

今夜は。

また晩餐会だそうだ。


そして。

明日の昼には。

《アトランティス・ザ・ムー》

へ向けて出発する。

そのため。

きちんと準備をしておくように言われた。


準備と言われても。

俺は、この身一つだし。

荷物の大半はエマさんが持っている。

お土産を買うお金もない。

一体。

何を準備すればいいんだ。


考えても仕方がない。

俺は。

リゾートホテルの名物。

海底レストランへ向かった。

これ。


絶対、人気が出るよ。


大きなガラスの向こうには。

一面に広がる、青い海。

色鮮やかなサンゴ礁。

その間を泳ぐ、小魚の群れ。

時折。

大きな魚が、悠々と目の前を横切る。

食事をしながら。

海の中を散歩しているような気分になれる。

本当に素晴らしい。

竜宮城とは。

こういう場所のことなのかもしれない。



そして。

夜が明けた。

朝食を済ませ。

俺たちは、西園寺公爵家の屋敷へ向かった。

そこには。

ローズ様とオスカー様の婚約式で、

一度会ったことがある人物がいた。


トール夫人の旦那様。

帝国宰相。


そして。

その隣には、トール夫人本人。

宰相夫妻が揃っていた。


ちなみに。

今回の宰相夫妻の訪問は、表向きには、

《少し遅めの年末年始休暇を利用した夫婦旅行》

ということになっているらしい。

ただ。

今まで二人が、このような旅行をしたことは一度もない。

そのため。

既に、かなり注目を集めているそうだ。

本当に。

偉くなると、自由がないな。


西園寺公爵からは。

海人の国へ訪問すること自体については、

一応了承を得たと説明された。

だが。

あちらが受け入れるのは、


《八葉の魔法使いと、その同行者》


という立場。

帝国政府の正式な外交使節としてではない。

そのため。

外交交渉まで応じてもらえるかどうかは、分からない。

西園寺公爵から、改めて念を押された。


そして。

問題のムラマサ親方。


「ムラマサ親方」


西園寺公爵が、念を押すように告げる。


「絶対に、勝手な行動は取らないでください」

「二度目はありませんよ」


ムラマサ親方は、自信満々に胸を叩いた。


「問題ない!」


うん。

なんだろう。

ものすごく不安だ。

この人も。

基本的には、まともな人なんだけど。

あくまでも。


《飲兵衛エイトの中ではまとも》


なんだよね。

他の人たちと比べると。

色々と、アレだからなぁ。


そして。

今回の案内役は、春香様。

西園寺公爵家を代表して。

俺たち一行を海人の国へ案内することになっている。


春香様は、プリンツ・アレクの第一妃になることが決まった。

そのため。

これからは、今までのように自由に里帰りすることも難しくなる。

ならば、今のうちに。


海人の国にいる、西園寺公爵夫人方の親族へ会ってきなさい。


西園寺公爵夫妻には。

そんな親心もあったらしい。



やがて。

全員の準備が整った。

俺たちは、西園寺公爵家専用のドックへ向かう。

そこに停泊していたのは。

巨大な船。

いや。

船と呼んでいいのだろうか。

海上ではなく。

海中を進むための船。


海中潜航船――《轟海号》。


これに乗り。

俺たちは、海の底へ向かう。

さあ。

いよいよだ。

海人の国。

《アトランティス・ザ・ムー》。

一体。

そこには、何があるのだろう。


師匠のニューワールド講座 100

~潜航船編~


師匠

なんです。

「今回出てきた、

海中潜航船《轟海号》ってなんです?」

『そうですねぇ。』

『《轟海号》は船の名前でしょう。』

『どこかで似たような名前を聞いた気もしますが……

 まあ、気のせいでしょう。』

「そこは触れない方がよさそうですね。」

『簡単に言えば、海上を航行する船と潜水艦を

 合わせたようなものだと思ってください。』

『魔動エンジンを搭載した船体を特殊な

 フィールドで丸ごと包み込み、そのまま海中へ潜って進みます。』

「そのまま海の中に潜るんですか?」

『そうですよ。』

『もちろん、普通の船がそのまま海中へ潜れば大変なことになります。』

『深く潜れば潜るほど水圧は高くなりますし、

 太陽の光も届かなくなって真っ暗になります。』

『他にも呼吸するための空気、船内の温度、

 海中での位置確認など、問題は山ほどあります。』

『それらを複数の魔道具と魔術を組み合わせて

 解決しているのが、海中潜航船です。』

「なんか急に本格的になりましたね。」

『ここまで来るのに、多くの技術者が大変な苦労をしたそうですよ。』

『なにせ物理法則を色々と無視していますからね。』

『本当に便利ですよね。』

『“魔術だから”の一言で、なんでも解決できますから。』

「師匠、それ言っちゃ駄目なやつじゃないですか。」

『では、全部説明しましょうか?』

『海中潜航を可能にするために搭載された魔道具の種類から、

 その構造、術式、魔力回路まで一つずつ。』

「……遠慮しておきます。」

『そうでしょう、そうでしょう。』

『まあ、そのおかげで小型の輸送船並みの積載能力を持った船が、

 嵐の影響を受けない深い海中を航行できるようになりました。』

『海が大荒れでも、その下を悠々と進めるのです。』

『輸送船として考えれば、とんでもない性能ですよ。』

「だったら、いっぱい造ればいいんじゃないですか?」

『それができれば苦労しません。』

『建造費も維持費も、とんでもなく高いのです。』

『使われている魔道具も高価な物ばかりですからね。』

『そのため、現在運用されている海中潜航船のほとんどは軍用です。』

「やっぱり軍事利用なんですね……。」

『人間ですから。』

『便利な物ができたら、まず兵器に使いたがるのはいつものことです。』

『しかし――』

『この海中潜航船が完成した時、

 海人達からはずいぶん不思議がられたそうですよ。』

「不思議がられた?」

『ええ。』

『海人達には、そんな物は必要ありませんから。』

『彼ら、生身で深海まで潜れますので。』

「……あっ。」

『地上の技術者達は、それでも胸を張っていたそうです。』

『自分達はついに、

 地上に住む者でも安全に深海へ行ける船を造ったのだ、と。』

『そして、その海中潜航船に乗って――』

『地上の者達が初めて海底にある海人達の国、

 アトランティス・ザ・ムーを訪れました。』

『そこで見てしまったのですよ。』

「何を?」

『自分達が造った物より、はるかに優れた潜航船を。』

「うわぁ……。」

『あの時の技術者達の落ち込みようといったら……。』

『帰りの船内は、お通夜みたいだったそうですよ。』

「せっかく頑張って造ったのに……。」

『まあ、仕方ありません。』

『考えてもみてください。』

『海底に巨大な都市を造り、

 そこで何世代にもわたって暮らしている者達ですよ。』

『海中を移動する技術で、

 地上の者達が簡単に勝てるはずがありません。』

『むしろ当然の結果ですね。』

『そんな訳で、それ以降の海中潜航船は――』

『海人達の技術に、追いつけ追い越せ。』

『それを目標に改良が続けられ、

 現在の《轟海号》のような高性能船へと発展していきました。』

「じゃあ、今なら海人達の船とも戦えるんですか?」

『…………。』

「師匠?」

『たぶん、戦闘になったらすぐ沈みますね。』

「駄目じゃないですか!」

『当たり前でしょう。』

『海上でも海中でも、かつて世界を支配した超帝国ですら

 海人達には勝てなかったのですよ。』

『海の中で海人に戦いを挑むなんて――』

『鳥に空中戦を挑み、魚に水泳で勝負を挑むようなものです。』

『勝ちたいのでしたら、陸に上がってもらいなさい。』

「それ、海人側が受ける理由ないですよね。」

『だから超帝国も負けたのですよ。』




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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