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102 故郷は遠く

今日もヘイムは平和ね。


……平和なのかしら。


まあ、帝国学園長のくせに学園を放り出し、

毎日のようにヘイムへ通っていた父親を、

わざわざ黙らせる必要がなくなったのだから、

平和といえば平和ね。

このまま帝国学園の行事に忙殺されて、

しばらくヘイムへ来られなくならないかしら。


新年を迎えてから、しばらくの日が過ぎた。


帝都も祭りの賑わいが落ち着き、いつもの喧騒を取り戻している。


今月の終わり頃には、領地へ戻っていた貴族たちが、

再び帝都へ向かって移動を始める。

そして来月からは、いよいよ社交シーズンが始まる。


昨年、帝国の勢力図は大きく変わった。

領地へ戻った貴族も、帝都へ残った貴族も、宮廷貴族も、

皆、新たな帝国での立ち位置を決めるために忙しかったことだろう。


そう考えると、私の家はまだ気楽な方だ。


父は帝国学園の学園長。


息子は筆頭魔術師として帝宮へ仕えている。


一人目の孫は、次期当主として、そして宮廷魔術師として働いている。


二人目の孫は、女だからという理由で騎士養成学校へ入れず、

すっかり不貞腐れて武者修行の旅へ出てしまった。

最初から分かっていたことでしょうに。

今頃、どこで何をしているのやら。


そして三人目の孫は、今度、プリンツ・アレクの学友として

帝国学園へ転入することになっている。


アルマは「乙女ゲーム二作目が始まる」と騒いでいるけれど、

果たしてどうなるのかしら。

それはそれで、少し面白そうね。


とはいえ、側近候補など、それほど重要な立場でもないでしょうに。


帝国騎士団も、宮廷魔術師も、その他の技術職も、完全な実力主義。

大臣職や官僚職も、それぞれの派閥や組織によって人事が決められている。

下手に学友だからという理由だけで

重要な地位へ就ければ、問題しか起きない。

精々、取り巻きとして甘い汁を吸うくらいしかできないだろう。

外戚に関しても、宰相が作り上げた組織が介入を弾くはずだ。

それでも側近候補たちが国政で幅を利かせるようになったのなら、


その時はもう、この国が末期ということだろう。


そして、夫は――。


私は遠く、東の領地がある方角へ目を向け、深いため息をついた。


旧アステリア辺境伯領と、旧ミョルニル王国。

その国境に位置していた領地。


かつて、旧ミョルニル王国の伯爵領であった、ガイアースブルク領。


今、そこには何もない。


領都とは名ばかりの、軍の駐屯地があるだけだ。

ガイアースブルク侯爵軍と、帝国騎士団が駐屯している。

領民と呼べる者は、その軍人の家族と、

軍を相手に商売をする商人たちくらいだ。


ああ。

夫が組織した学者の一団もいる。

滅びた領地を、もう一度生き返らせるための者たちだ。


二百年戦争の末期。

確かな証拠は残っていない。

だが状況から考えれば、間違いない。

ハシュバルト公爵家が、異星からの侵略者を召喚した地。


そのせいで、私の領地は滅んだ。


草一本、残らなかった。

たまたま軍の任務で帝都の西へ出ていた軍人たちを除き、

皆いなくなった。


よく歩いた領都の街。


親しくしていた酒場の仲間。


商店街の人々。


農地を耕していた者たち。


何もかもが消えた。


そう。

何もかも。


二百年戦争も、その後に続いた紛争も終わり、

ようやく故郷へ戻った時。


私は泣くことができなかった。


あまりにも非現実的すぎて、何が起きたのか理解できなかった。

報告は受けていた。

故郷が滅びたことも、何一つ残っていないことも、知っていた。

それでも、実際に自分の目で見ても、受け入れることができなかった。


今でも、どこか現実味がなくて、笑ってしまいそうになることがある。


もしかしたら、そのせいなのかもしれない。

我が一族が、魔術馬鹿になったのは。

元々、魔術が好きだった父は、故郷を失ってから、

さらに魔術へ深くのめり込んだ。

夫も、領地を復興させるために、私財のほとんどをつぎ込んでいる。

死んだ大地を蘇らせるため、今も様々な方法を試している。

『大地母神』様が起こされた奇跡によって、

人間が土地へ立ち入っても問題はなくなった。


だが、それだけだった。


後は長い時間をかけ、少しずつ大地が癒えるのを待つしかない。

それは皆、分かっている。

分かっているというのに、父も夫も、まだ何かできないかと必死になっている。


では、私は何をしたのだろう。


生き残った軍をまとめ、領都の跡地へ駐屯していた。

それなのに、気づいた時には帝都の屋敷にいた。

アルマやマリーと共に、帝都で暮らしていた。

誰かが帝都へ残り、帝国政府とのつながりを維持する必要がある。

そう言われたからだ。



私は、最近お気に入りになったヘイム二階の、

庭園側にあるテラス席へ腰掛けていた。

そこから、世界樹を見つめる。


なぜ、ここに現れたのかしら。


なぜ、私の故郷には現れなかったの。


なぜ、私の故郷を癒してくれないの。


父の話では、龍脈の問題だという。

故郷の領地では、龍脈そのものが消し飛び、失われていた。


異星からの侵略者を呼び出すために、利用されたのだ。


そして、土地は死の大地となった。


今は周囲の土地に流れる龍脈から、

わずかに漏れてくる力を分けてもらっている状態だ。

だが、その周囲の龍脈さえ傷ついている。

無理に力を引き込めば、今度は周りの土地まで死の大地になってしまう。


大惨事を引き起こしておきながら、

今なお、のうのうと生きているハシュバルト公爵が憎い。


当時は、まだ赤子だった。

そのため、罪を問われることなく生き長らえた現当主。

その男は今も、策謀を巡らし、帝国の裏で蠢いている。

許されるのなら、今すぐ屋敷へ乗り込み、その首を落としてやりたい。


私は椅子へ深く座り直し、背もたれへ体を預けて目を閉じた。


庭園では、

リナちゃんやソレイアちゃんをはじめとする子供たちが遊んでいる。

楽しそうな笑い声が、風に乗って聞こえてくる。


ああ、いけない。


ここは、あの子たちのような、未来ある者たちが過ごす場所。

毎日、一生懸命に働き、生きている人たちが、

ひと時の癒しを求めて訪れる場所。


こんな醜い感情を抱いてよい場所ではない。


八百屋の娘さんは、大きくなったお腹を撫でながら笑っていた。


魔道具屋のおじいちゃんは、悪戯をしては皆に怒られていた。


屋敷の料理人親子は、いつも私の好きな料理を作ってくれていた。


他にも、沢山の人々の顔と思い出が浮かぶ。


そのまま無意識に、傍らに置いてあったビールへ手を伸ばした。


「あらあら。まだ昼にもなっていないわよ」


聞き慣れた声に、私は目を開ける。

そこには、疲れ切った雰囲気を全身から漂わせながら、

それでも笑顔を絶やさないアルマが立っていた。


最近、宰相夫人として社交界へ呼び戻された彼女が、

ヘイムへ来るのは久しぶりのはずだ。


アルマは私の手元にあるビールを一瞥すると、

そのまま向かいの椅子へ腰掛けた。


やれやれ。


その姿を見ても、誰も帝国宰相夫人とは思わないでしょうね。

日頃、厳しく指導されている学生たちが見たら、さぞ驚くでしょう。


「随分、お疲れね」


私が声をかけると、アルマは力なく片手を振った。


「本当に、もう嫌になってしまうわ」


椅子へ背中を預け、盛大なため息をつく。


「どいつもこいつも、新体制へ媚びを売ることしか考えていないのよ」


眉間へ深い皺を刻みながら、アルマは吐き捨てた。


「来月からの社交シーズンが思いやられるわ」


私は苦笑しながら、ビールを口に運ぶ。

使用しているのは、魔道具のカップだ。

長時間放置しても、中の飲み物が温くならない。

これ一つの技術だけでも、故郷の復興資金にどれだけの足しになるだろう。

そう考えながら、私はさらにビールを煽った。


「それで、何かあったの?」


私が尋ねると、アルマは首を横へ振った。


「別に。今言った通りよ」


両手を組み、机の上へ置く。


「皆、新体制の中で、どうにか自分の利権を確保しようと必死なの」

「今年は、領地へ戻らなかった貴族も多かったみたいだけれど」


アルマは遠くを見るように、目を細めた。


「大物貴族は、ほとんど領地へ帰っているから、

 本格的に動き始めるのは、その者たちが帝都へ戻ってからね」


そこで、ふと思い出したように顔を上げる。


「そういえば、北の山脈で大きな雪崩が起きたみたい」

「雪崩?」


私が聞き返すと、アルマは軽く頷いた。


「毎年起きているから、それほど緊急性はないそうよ」

「ただ、今年はいつもより少し大きかったんですって」


そう。

帝都は今日も平和ね。

このまま、落ち着いた日々が続けばいいのに。

争いがなくなれば、帝国政府の予算も、もっと国内の整備へ回せるだろう。

そうなれば、故郷への復興支援も増えるかもしれない。


「それで、こちらは何かあった?」


今度は、アルマが私へ問いかける。


「そうねぇ。いつも通りよ」


私はヘイムの中へ目を向けた。


「厄介な客もいないし、来るのはいつもの常連客ばかり」

「新規のお客は、やはり様子見ね」


興味を持ち、並木通りまでは来る者も多い。

だが、魔法使いの工房となった店内へ足を踏み入れる勇気は、

まだないらしい。


「でも、そのうち、この風景が当たり前になれば増えるんじゃない?」

「食事も、冨樫さんが担当している喫茶も人気だもの」


アルマは小さく頷いた。


「そう。それは良いことね」


そして少し間を置き、こちらを見る。


「それで、ヴァルナ殿は?」


その言葉に、私は黙り込んだ。

最近、ヴァルナ殿はキッチンへ顔を出さない。

未開放の三階席から、

寂しそうに店内を見下ろしている姿を、何度も見かけている。


「相変わらずよ」


私は住宅地の方角へ目を向けた。


「魔法の訓練をしているか、住宅地で料理を作っているわ」


ほとんど完成しつつある住宅地が、庭園の先に広がっている。

さすがはスミズル親方とトレース親方、といったところか。

手抜き工事どころか、反対に凝りすぎて、住む者たちが笑っているほどだ。


「グスタン親方が言っていたわ」


私はビールを机へ置いた。


「放っておけって」

「自分の中で、折り合いをつけるしかないって」


そう言ってから、もう一度ビールを口へ運ぶ。


「グスタン親方も、同じような経験があるそうよ」


アルマが意外そうな顔をする。


「昔、長年の親友に誘われて、半年ほど旅行へ出たことがあるんですって」

「農場を離れるのが心配で仕方なかったけれど、

 それでも思い切って出かけたらしいの」


旅行から戻るまでの間、穀物がどうなっているか。

きちんと世話をされているか。

農場が荒れていないか。

ずっと気にしていたそうだ。


「それで、戻ってみたら、普通に育っていて何の問題もなかったんですって」


アルマは目を丸くした。


「グスタン親方も呆然として、しばらく何も手につかなかったそうよ」


自分がいなければ回らない。

そう思っていた農場が、自分抜きでも問題なく動いていた。

ヴァルナ殿と似ている。


「ヴァルナ殿って、いい年をして、大人になりきれていないのよね」


自分でも少し辛辣な言い方だと思った。

だが、状況についていけず、混乱しているだけに見える。


まるで、私みたいに。


故郷が滅びてから、もう何十年も経っている。

孫もいる。

とうに、おばあちゃんと呼ばれる年齢だ。

それでも私は、今なお、故郷がなくなったことを受け入れられていない。


「聞けば、ヴァルナ殿は、

 この世界へ来てからずっと帝都へ籠もりきりなんでしょう?」

「しかも、ヘイムと市場くらいしか知らないそうじゃない」


私はアルマへ視線を戻した。


「海人の酒のお礼をしたいと言っていたから」

「一度、帝都を出て、外の世界を見てきたらいいのよ」


この地を。

この大陸を守る者として。

そこに暮らす人々を、自分の目で見てくればいい。

そして、私の故郷も見て。


そして、魔法を――。


いけない。

『大地母神』様も仰っていた。

父も、すでに結論を出している。

これ以上、奇跡や魔法を無理に使えば、かえって大地を傷つけてしまう。

見せかけだけの復興など、意味がない。

長い時間をかけて、ゆっくりと大地が息を吹き返すのを待つ。


それしかない。


一体、いつになるのかしら。

その頃には、かつての領地を覚えている領民は残っているのだろうか。

故郷を知る者は、誰もいなくなっているかもしれない。

皆、私のように帝都で暮らし、帝都民となっているだろう。


私は、さらにビールを煽った。


最近、飲む量が増えてきた気がする。

魔王との戦いでも、ろくに体が動かなかった。

年かしら。

それとも、お酒のせい。


そう。

お酒といえば、この間のあのお酒。

海人の酒。

美味しかったなぁ。

また飲みたい。


ヴァルナ殿、まだどこかに隠していないかしら。

いつも御使い様のお菓子を隠しているわよね。

きっと、どこかに隠し持っているはず。

でも、ヴァルナ殿本人はお酒を飲まないから、もうないのかしら。

それなら、お礼ついでに、さらに貰ってきてくれないかしら。


「リ・オ・ニ・ー」


一音ずつ区切る、低い声が聞こえた。


顔を上げる。

なぜか、アルマが恐ろしい顔をしている。

その覇気。

戦場でも、魔王戦でも見たことがないんですけど。


「聞いたわよ」


アルマの口元は笑っている。

だが、目はまったく笑っていない。


「とても珍しいお酒を飲んだんですって?」


さて。

何のことかしら。

あれは、ムラマサ親方が言っていた通り、至高の味だった。

もう一度飲めるなら死んでもいい、とは、よく言ったものだ。


「聞いているの?」


アルマが席を立ち、私の両肩を掴む。


「マリーも怒っていたわよ!」


そのまま、私の体を勢いよく揺さぶり始めた。


「一人だけ、海人の酒を飲んだんですって!」

「もう、皆、大騒ぎよ!」


まあ、そうなるでしょうね。

海人の酒なんて、西園寺公爵が、

ごく稀に帝宮へ届けてくれるくらいだもの。


本当に、ごく稀に。


海人の国。

一体、どんな所なのかしら。

西園寺公爵家が代々、信用を積み重ね、血を交えてきた国。


ちょっと、アルマ。

そんなに揺さぶらないで。

折角飲んだお酒を戻してしまうわ。


あの日は楽しかったわ。

一人一杯だけだったけれど。


ごめんね。


あなたの分まで飲んでしまったわ。

アルマの揺さぶりが、さらに激しくなる。

だから、ごめんってば。


「ほらほら。ヴァルナ殿の所へ行きましょう」


私はどうにかアルマの手を外し、宥めるように肩を叩いた。


「もしかしたら、まだ隠し持っているかもしれないわよ」


今にも暴れ出しそうなアルマを連れ、私たちは席を立った。

この時間なら、ヴァルナ殿は住宅地にいるかしら。



私たちは庭園を抜け、奥へと歩いていく。

庭園の先には、まだ荒野が広がっている。

まるで、私の故郷のように。

けれど、ここでは少しずつ緑が増えてきている。

世界樹の方角から流れてくる力のおかげだ。


『人の世の事は、人の手で』


神々よ。


人は。


私は。


そんなに強くはないのですよ。



やがて、住宅地が見えてきた。

本当に見事な出来だ。

派手さはない。

だが、素朴で温かみのある、立派な家々が並んでいる。


屋根の形。


窓枠の彫刻。


柱や扉の金具。


所々に、スミズル親方やトレース親方のこだわりが見て取れる。

そのスミズル親方とトレース親方が、

こちらへ気づき、遠くから手を上げた。

だが、私の後ろにいるアルマの姿を見た瞬間。

二人は顔を引きつらせ、そのまま逃げ出した。


海人の酒のことを思い出したのだろう。


そうね。

アルマの分も、私たちが一緒に飲んだものね。



ヴァルナ殿は、案の定、集会所の台所にいた。

大きな鍋の前に立ち、料理を作っている。


動きを見る限り、体はもう問題なさそうだ。

残っているのは、心の問題かしら。


『天秤の女神』様が仰っていた、心の闇。

あれは、一体何なのだろう。


ヘイムのキッチンへ立てないことかしら。


心の問題というものは難しい。

私にとって深刻なことが、他人にとっては大したことではない場合もある。

その逆もある。


ヴァルナ殿にとっての何かが、彼を苦しめているのだろう。

せめて、話してくれればいいのに。


そういえば、アンリちゃんとは一晩中話をしていたそうね。

遠目から見ていたけれど、良い雰囲気に見えたのは最初だけ。


あれは、ただの傷の舐め合いね。


色恋へ発展しそうな雰囲気では、まったくなかった。

はぁ。

ようやくアンリちゃんにも、浮いた話の一つができたと思ったのに。

まだまだ先は長そうね。


アンリちゃんも、最初から諦めすぎなのよ。

何千年。

もしかすれば、何万年も生きる苦しみなど、

私には理解してあげられない。

せめて、彼女の長い人生の中に残る、

大切な思い出の一つになってあげたい。

でも、それほど長く生きるのなら、

今の私たちのことなど、いつか忘れてしまうのかしら。


駄目ね。


今日は、後ろ向きなことばかり考えてしまう。


ふと、料理の置かれた机へ目を向けた。

そこに一本の瓶があった。


海人の酒。


私は反射的に足へ魔力を纏わせ、一気に机へ駆け寄った。

そして、誰よりも早く瓶を手に取る。


軽い。


嫌な予感がした。

瓶を逆さにしてみる。


中身がない。


「ああ。それ、最後の一本ですね」


ヴァルナ殿が、鍋をかき混ぜながら笑顔で答えた。


「師匠と日吉さんが飲んだ残りです」

「さっき、料理に使っちゃいました」

「なんでよう……」


後ろから、アルマの絶望に満ちた声が聞こえた。

振り返ると、アルマがその場へ崩れ落ちている。


本当に、ついていない。


もう一度、海人の酒を飲めると思ったのに。

でも、料理に使ったのよね。

それなら、どんな味になったのかしら。

私は泣き崩れるアルマの腕を掴み、無理やり立ち上がらせた。

そして、ヴァルナ殿から料理を一皿分けてもらう。

一口、口へ運ぶ。


「うーん……」


分からない。


海人の酒が、どのような味を料理へ加えているのか、

私にはよく分からなかった。


やっぱり、お酒のまま飲む方がいいわ。


集会所の隅へ目を向ける。

そこでは、御使い様と、日吉とかいう新しい使用人が並んで寝ていた。

さらに少し離れた場所では、ムラマサ親方まで横になっている。


話を聞けば、ヴァルナ殿が西園寺公爵家へ、

海人の酒のお礼に行くかもしれないと聞きつけ、、


「自分もついて行く」


と直談判に来たらしい。

そして、そのまま最後の一本のご相伴に預かったのだとか。


「まだ行くと決めたわけじゃないんだけどなぁ」


ヴァルナ殿が困ったようにぼやく。


そうは言っても、行くべきよ。


ヴァルナ殿も、いつまでもここへ籠もっていないで、

少しは外の空気を吸いなさい。


そして、この世界を自分の目で見てきなさい。


きっと、良い気晴らしにもなる。


勉強にもなるでしょう。


まさか。

この提案が、後にあんなことになるなんて。

この時は、まだ誰も気づいていなかった。


魔法使い。


世界の理を書き換える存在。


それが決して、伝説の中だけの存在ではないということを。


師匠のニューワールド講座 95

~アトランティス・ザ・ムー編~


師匠。

「なんです。」

「もう大丈夫ですか?」

「いつもの師匠ですか?」


『何を言っているのです。』

『私はいつも通りですよ。』

『……まあ、少しだけショックでしたが。』

『本当に少しだけですよ。』


『さて。』

『前回は特別編でしたね。』

『あれはあれで良いのですが、説明不足でした。』

『仕方ありません。』

『私が補完してあげましょう。』


『アトランティス・ザ・ムー。』

『海人達の国ですね。』

『名前については……察してください。』

『いつものアレです。』

『どうして転生者や転移者という人種は、

自分の世界の伝説や神話の名前を付けたがるのでしょう。』

『本当に厨二病ですねぇ。』


『もともとは海に適した種族が住んでいた地域でした。』

『大陸と言われていますが、実際はそこまで大きくありません。』

『大小無数の島々からなる群島国家ですね。』

『そして、本当に天変地異によって海へ沈みました。』


『もっとも、彼らは非常に高い科学力を持っていました。』

『事前に異変を察知して避難を進めていたため、

 人的被害はほとんどありませんでした。』

『しかも、もともと海中で生活する技術を持っていた一族です。』

『天変地異が収まった後は、荒れた海底を整備し、

そのまま生活を続けたのです。』



『海底には巨大な膜を何重にも張り巡らせ、その内側へ都市を建設しています。』

『よくある高層ビルが立ち並ぶ未来都市ではありません。』

『もっと幻想的で、美しい都市ですよ。』

『地上から差し込む光。』

『海中を泳ぐ魚達。』

『色鮮やかな珊瑚。』

『そして、それらを包み込む透明な都市。』

『一度見れば、生涯忘れられない景色でしょうね。』


「うわぁ……。」

「行ってみたい。」


『でしょう。』

『ですが、そう簡単には行けません。』

『海人以外が自由に出入りできる国ではありませんからね。』

『だからこそ、西園寺公爵家がどうやって親交を築いたのか、

各国とも不思議に思っているのです。』


「それで。」

「前回話に出た海人の酒は?」


『…………。』

『それは、実際に行った時のお楽しみです。』


「えー。」


『詳しい国の様子も、その時に説明しましょう。』

『まあ……。』

『本当に行く事になればですが。』


「もしかして……。」

「まだ考えてないんですか?」


『な、何を言っているのです!』

『けっして作者が思いついていないから時間稼ぎをしている訳ではありません!』

『決して違います!』

『本当ですよ!?』


「師匠。」

「最後の方だけ、いつもより早口でしたよ。」


『…………。』

『さあ、次の講座へ行きましょう。』

『この話は、またいつかです。』

「逃げた。」




作者メモ

※本編のおまけ設定です。読み飛ばしても問題ありません。

※本編とは時空が違います。

※本編の都合により、設定が変わる事があります。


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